魔法使いが落ちていました 作:あきと
母子家庭、母、俺、妹の三人暮らし。
有難いことに、父方の祖父母の支援で平和で十分な暮らしができており、俺は見事高校に通わせてもらうことができた。当然、金を使わないために私立ではなく公立に進み、大学も行かせてもらえるなら公立に行こうと思っている。親孝行な息子に育って、母さんは有難いだろうな。ふふふ。
今は4月、入学式。あふれる期待と少しばかりの不安を胸に、新たな道へ踏み出す日。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
「気を付けてね」
母さんと妹の見送りを受けて、ドアを開ける。
すぐ目の前に倒れている魔法使いっぽい女剣士がいた。
「……」
「どうしたの?」
「いや、なんでもないんだ」
ドアを閉めて、目頭を強く揉む。もしかしたら新しい学生生活に緊張して変な幻覚でも見えたのかもしれない。
再びドアを開ける。魔法使いっぽい女剣士が倒れていた。
「母さん。魔法使いっぽい女剣士が倒れてる」
「あら大変」
「何言って……ほんとだ。魔法使いっぽい女剣士だ」
俺めちゃくちゃ動揺したのに、我が家の女性陣動じなさすぎだろ。
母さんが「よいしょ」と軽く力を入れて女剣士を家に引きずり込み、ドアの向こうから手を振って見送ってくれる。うそ。その人うちで預かる感じ? 病院とか警察とかに連絡しないの?
新手の詐欺かもしれねぇし、警察に任せた方がいいと思うけどなぁと思いつつ「いってきます」と言って学校へ向かった。
朝、ドアを開けたら魔法使いっぽい女剣士が倒れていることなんて、現代日本においてそうそうないどころか絶対にありえない。この世に魔法文化なんていうものは存在せず、あると主張するのは怪しげな宗教団体かクスリをやっているそもそもおかしい連中だけだ。
「はぁ? 朝ドア開けたら魔法使いっぽい女剣士が倒れてた?」
つまり、いくら小学校からの同期であるとはいえこんな話を信じてくれるわけもない。
「やべーじゃん! すげぇ!」
信じてくれたわ。
俺のバカみたいな話をすぐに信じてくれたバカは、俺の小学校からの同期である
「魔法ってこの世に存在してたんだなぁ。ってことは、
「魔法使いっぽいってだけで、魔法使いって決まったわけじゃないけどな」
入学式を終え、ホームルームを終え、帰路につきながら魔法使いっぽい女剣士について話す。こいつと親友でよかった。こんなの吐き出さずにいたらもやもやがたまってどうにかなるところだった。
「まぁ俺は新手の詐欺かなんかだと思うけどな。日本じゃありえないカッコしてたし」
「日本じゃありえないカッコしてたから魔法使いなんだろ?」
「すげぇなお前の信じる心」
魔法使いっぽいカッコしてただけなのに、それだけで魔法使いって信じるのはなんでなんだ。高校生にもなって純粋が過ぎないか? こいつ。こういうところがこいつのいいところって言えばそうなんだけど、いつか悪いやつに騙されないか心配だ。
「んじゃ、また聞かせてくれよ! 魔法!」
「おう。あんまり大きな声で魔法とか言うなよ」
バカに思われるからと言外に込めて、翔に手を振って別れる。
家に帰ってあの魔法使いっぽい女剣士がまだいたら、警察に届けを出そう。詐欺じゃないにしても、あの人にも帰る家があるだろうし、魔法使いが異世界からきたとかじゃなきゃ警察一直線だ。っていうか普通に帯刀してたから銃刀法違反っぽいしな。
とりあえず危ない人なのは間違いない。どういう方面で危ないかは不明だが、この家にいる男は俺一人。もし荒事になったら俺の出番だ、覚悟しておこう。
鍵を開け、ドアを開ける。とりあえず帰宅したことを伝えようと、リビングに入った。
「へぇー。リアちゃんって魔法使いなんだ!」
「体の具合はどう? 食べられそうなものはある?」
馴染んでやがる……。
リビングには俺の母、
見れば見るほど、現代人らしからぬ容姿だ。金の髪を肩まで伸ばし、凛とした碧の瞳。タイトな青いローブを身に纏っていながら帯刀している。真面目にファッションした現代人だってんなら俺は腕をもいでもいい。
「あ、おかえりなさい悠里」
「おかえり兄ちゃん。あ、この人リアちゃんって言うんだって! 魔法使い!」
「どうも……」
どうも……じゃねぇよ。あとなんで俺の周りには純粋な人しかいないの? 魔法使いって言われてそうですかって信じるってどういうことだ。このインターネット時代にそんなやつが存在するのか? クソどもの掃きだめ掲示板でこんなこと言ったらめちゃくちゃに言われるぞおい。
「どうも」
かと言って、俺も「そいつは詐欺師かもしれないから離れろ」なんて言うわけもなく。今こうして仲良く……仲良いかどうかはともかく、名前まで言って礼儀正しく正座してるってんなら、目くじら立てて非難することもない。
ただ、なんとなくやべーやつだということはわかるので、二階の自室で着替えることを後回しにして俺はリアさんの隣に座った。
遠くで見た時から思ってたけどどちゃくそ綺麗な人じゃねぇか。
「あれ、兄ちゃん緊張してるの?」
「リアちゃん綺麗だから仕方ないわ」
それで緊張してんじゃねぇよ。リアさんが明らかな危険物を隣に置いてるから緊張してるんだよ。なんで緊張しないの? 明らかに現代人のカッコしてないやつが刀持ってんだよ? 俺がいない間にそれほどの信頼関係築いたの?
「助けていただいてありがとうございます。私は、リア・エルライト。この世界にはない魔法というものを扱う、異世界からきた剣士です」
「あ、どうもご丁寧にすみませんね、へへ。俺は黒野悠里っていいます、よろしく」
絶対ヤバい人じゃんこの人。自分の口から魔法使いますって言って異世界からきた剣士ですってとんでもねぇよ。うっかりドン引きしながら対応しちゃったじゃねぇか。礼儀正しく俺にお辞儀してるのが逆に怖ぇよ。
……いや、世界にはいろんな趣味の人がいる。自分の常識外だからっておかしいだとかヤバい人だとか思うべきじゃない。ここは広い心で大人の対応ってやつを。
「私は、魔族との闘いの最中敵に不意を打たれ、魔力欠乏症に陥り存在を保つことが難しくなってしまいました。そのため緊急時の処置として主に授けられた次元転移の鍵を使ったのですが、たどり着いたのはここ、見知らぬ土地。頼る人もおらず、私の中に僅かながら残っていた魔力が感じた強い魔力を辿り、今朝この家の前で倒れて」
「いやいやいやいや無理だ無理!! 何が大人の対応だクソッタレ!! わけわかんねぇことべらべら喋りやがって怖ぇんだよ宗教勧誘ならお断りだぞ帰れ不思議電波女が!!」
「宗教勧誘ではありません」
「今その話してねぇよ!」
「してたよ?」
「ちょっと落ち着きなさい悠里。リアちゃんはただ魔族との闘いの最中敵に不意を打たれ、魔力欠乏症に陥り存在を保つことが難しくなってしまいそのため緊急時の処置として主に授けられた次元転移の鍵を使って地球にきて頼る人もいなくて、リアちゃんの中に僅かながら残っていた魔力が感じた強い魔力を辿ってうちの前に倒れてただけなんだから」
「母さんは落ち着きすぎなんだよ!! なんだその把握力! よく未知の言語バンバン出てんのにさらっと受け入れられんな!」
「よかった。この世界の人たちはみんなこうなのかと思っていました」
「テメェが俺側についてんじゃねぇよ!」
なんだ、俺がおかしいのか? なんで俺はリアさんに安心感抱かれてんだ? あまりにも信じられすぎたから、疑ってる俺の方が信用できるってやつか? 俺もそう思う。未知の文化つきつけられて素直に信じられるやつなんてそうそういねぇって。多分翔のやつも信じるけど。あれ、やっぱり俺がおかしいのか?
「ごめんねリアちゃん。この子思春期なの」
「俺の正常な判断を思春期の一言で片づけんな!」
「お母様。悠里さんが一番正常だと思います」
「テメェは黙ってろ!」
「ねぇねぇ兄ちゃん。強い魔力感じてうちにきたってことは、私たちの誰かが魔力持ってるってこと?」
「悠陽はいきなり核心ついた発言してんじゃねぇよ! どうなんだリアさん!」
「……」
「何黙ってんだよ!」
「黙ってろという命だったので」
「素直かテメェ! 喋っていいよ!」
叫びすぎて疲れ、はぁはぁと肩で息をしていると、悠陽がキッチンまで走って水を入れてきてくれた。できた妹だろ? これで中学一年生なんだぜ。入学式被ったから母さんが入学式俺のところにくるっていう思春期特有の恥ずかしイベントも回避できたし、万々歳だ。
「強い魔力ですが、今はわからないのです」
言って、リアさんは悲しげに目を伏せる。やめろよ俺がいじめたみたいじゃんか……。
「それは今リアさんに魔力を感知できる魔力すら残されていないからってことね?」
「はい。理解が早すぎて怖いです。どうしましょう悠里さん」
「俺に懐くな。……一応言っとくけど、俺は信じねぇぞ。この目で魔法ってやつを見せてもらうまでは、そんな話信じらんねぇ」
「それが普通です」
「えー!? 信じてあげないの!?」
「これが異常だよな」
小さく頷くリアさん。おかしい人だと思っていたが、どうやら気が合いそうだ。
実際、俺は信じてみてもいいかなと思っている。今リアさんが俺を正常だと思ってるってことに何のメリットもないからだ。今母さんと悠陽に同調して俺を丸め込めば、何が目的かはしらないがリアさんの思い通りにいくだろう。それなのに俺を正常って判断するってことは、リアさんは自分の言っていることが信じてもらえないことだってわかってるってことになる。
いや、関係ねぇわ。逆に厄介な俺から取り込もうってやつじゃんこれ。危ねぇ騙されかけた。
「ただ、今私に魔力はほとんど残されていませんが、魔力を吸い取ることなら簡単です。魔力を持っている人と触れ合い、相手に魔力を与える意思さえあれば供給は可能ですから」
「あらそう。じゃあ試しに悠里に触ってみたら?」
「……よろしいでしょうか」
「いいけど、リアさんなんで日本語喋れんの?」
「翻訳魔法に魔力はほとんどいりませんから」
リアさんが俺の手にそっと触れる。女性らしい、指が細く、柔らかな感触。ただ純粋に綺麗な手だな、と思った。
そしてリアさんの手が俺の手に触れた瞬間、激しい碧の光が放たれる。
俺かよ。
「……翻訳魔法、俺も覚えようかな。ハハハ」
光の向こうで、リアさんが申し訳なさそうな顔をしていた。いいんですよ。なんかそんな気はしてましたから。ははははは。
──どうやらこの世界とは別にもう一つ世界があるらしく、そこからやってきたのは一人の女剣士。新たな学生生活が始まるかと思いきや、それと同時に摩訶不思議な生活が始まった。
これは、地球の日本生まれ一般育ちの俺が、異世界生まれ魔法育ちのリアさんと巡り合ったことで、ガンガン不思議に巻き込まれていく……かもしれない物語である。