アサシン(英霊)なオリ主in名探偵コナン   作:ラムセス_

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2 裏切りの制裁

 ぴこぴこと画面に映る自機を操作する。

 舞台はルネサンス期イタリアで、もちろんのこと暗殺ゲーム。

 華麗に梁を伝い衛兵を欺き、ローマ教皇を人知れず暗殺することを目的としたこのゲームは、私の決め台詞「真実はなく、許されぬことなどない」の元ネタである。

 

 ベッドの上でごろごろしつつゲーム(暗殺系)をやることの至福さよ。

 現実で暗殺もいいが、ゲームにはゲームの良さがある。特にこのゲームは当たりだった。今度このゲームの製作会社の株でも買おうかな。

 暗殺任務での報酬に加えてスキル「黄金律(富&体):B」があるため、前世では考えられないほど金があるからな。株の爆買いなど造作もないことだ。

 ああ、もちろん綺麗な金だとも。きちんと資金洗浄(マネーロンダリング)したからな。税金を誤魔化すのも面倒なので、タックス・ヘイブンで知られるイギリス領バージン諸島を経由して利益計上してあります。ぐへへ。よい子は真似をしないように。

 

 ゲーム会社の株を大量購入する計画を立てながらベッドサイドのマンゴーをつまむ現在、私はセーフティーハウスで次の任務を待っている。

 このセーフティーハウスは私の製作物の中でも最高クラスのものだ。

 何十基もの魔術炉心が常に稼働し、迎撃術式や基礎能力の強化魔術に莫大な魔力を供給している。大きさは半径2kmほどもあり、その中には居住空間の他に武器庫、資料室、鍛練場など様々な施設を有する。

 

 その正体はアサシン・セミラミスの宝具「虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)」である。

 高度7500メートルを浮遊するこの要塞は、私の稼ぎと努力の結晶だ。

 なにせ建築業者を呼ぶわけにもいかないのですべて手作りだ。

 ベッドやタンスなどの家具は自分で運び込まなければならないし、お風呂の設置も水道を引くのも手作業。魔力の節約のために、石造りで寒暖差の激しい元の設計から断熱材を使用した最新設備へ変更した。長期間の滞在のために太陽光発電を取り入れ、常時の「十と一の黒棺(ティアムトゥム・ウームー)」は大量の太陽光パネルを空中庭園周辺に浮遊させる役割を負っている。

 

 その努力の甲斐あり、冷暖房完備でネットも繋がる(4G・LTE)完璧な自堕落ハウス……ゴホン、セーフティーハウスとなったのだ。

 あってよかった「皇帝特権:A」。このスキルで大抵のことは何とかなる。体感としてはこのスキルから「天賦の智慧」を経由して学問を習得するのが一番効率的である。

 

 地上でバイオハザードなパンデミックが起こっても生きていける程度には機能しているこの空中庭園は、私のメイン居住地だ。

 国をまたぐ依頼が来ても庭園を移動させれば飛行機に乗らずとも目的地へ到着できるし、私と敵対する面倒な輩が襲って来ることもない。

 まさに天空の楽園。

 ああ、人間がダメになるってこういうことなのね。

 

 そんなふうに今日も自堕落な生活を送っていると、ふと窓をコツコツと叩く音に気が付いた。

 

「くるっくー」

「ハトさん! ハトさんじゃないか! ありがとうお疲れ様。どれ、水でも飲んでいくといい。トウモロコシはいるかい? 美味しいよ」

「くるっくー」

「そっか、お前も家族がねぇ。あいよ、分かった。奥さんによろしくね!」

「くっくー」

 

 やけにイケメンな妻子持ちのハトさんはキリリとした目でこちらを一瞥すると颯爽と大空に羽ばたいていった。

 彼は私のスキル「使い魔(鳩):D」で伝書鳩の役割をお願いしているハトさんの一羽だ。彼の他にも数十羽の契約社員が存在している。

 アサシンたるもの、依頼は伝書鳩で受けなくては。任務達成の報告は対象の血を含ませた羽を添えて。譲れない部分ですよね。

 そのこだわりのせいでいつも使い魔不足なのが最近の悩みだ。

 7500メートルの高さまで自力で上昇する根性あるハトさんを常時募集しております。彼のようなイケハトさんだけでなく、パート、アルバイトも可。まだ巣立ったばかりの学生ハトさん積極採用中です。どうぞ奮ってご応募ください。

 

 さて、今回の依頼を確認することとしよう。

 小さく折りたたまれてハトさんの足に括りつけられていた手紙を広げる。

 無機質な明朝書体が印字されたそれはRUMからの任務依頼だった。

 本当は印刷ではなく流れるような手書きの筆記文字で依頼文を書いてほしいんだけどね。アサシン的にはその方が気合が入る。まあRUMも個人情報を伏せてる事情があるので致し方なし。

 

 手紙を一通り確認して、私はちょっとした感動に目を見開いた。

 任務の内容はこうだ。「裏切り者のスコッチを始末しろ」。

 なんと、原作において因縁の始まりとされるスコッチの一件に私が関われるとは!

 公安所属のNOCにして降谷零の幼馴染、自殺という最後が降谷と赤井の二人の展開に深くかかわってくるキーパーソン。さりげなく世良とも仲良くなった音楽系特技もち。

 下手をするとそこらの犯人よりも登場コマ数が少ないあのスコッチだ。

 

 実をいうと、私はこれまでスコッチに会ったことがない。

 通常なら幹部同士の顔合わせが行われるのだが、私は雇われ幹部という例外だ。

 直接私を勧誘しに来たRUM以外とはほとんど面識がない。

 バーボンはRUMが他の件にかかりっきりのときにRUMの代わりとして私に依頼を伝えに来ただけだし、ジンは私の暗殺の確認を何度かしに来たくらいだ。

 ちまたでスパダリと話題のライとも、癒し系組織員なウォッカとも会えていないのだ。せっかくなのでライとは交流をしておきたいところ。

 

 くしゃりと手紙を握りつぶして魔力放出で焼き払い、私はベッドの上で仁王立ちした。

 この際である。スコッチの一件を思う存分引っ掻き回してやろうではないか。

 裏切りが発覚してから逃走できる程度には能力のあるスコッチだ。相手にとって不足なし。ああいや、本気を出してしまうと物足りないのだが、いつもやっているウィークリーミッションなんかよりは手ごたえがあるだろう。

 さてはて、どんな劇的な暗殺をしようか。

 私はやりかけのゲームを放り投げ、脳内で計画を練るのであった。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 むせ返るような深い霧の中、スコッチは走っていた。

 ほんの2メートル先すら見通せない、ホワイトアウトする視界。万全なはずの方向感覚を狂わせる魔霧に覆われたコンテナ群は、その規則正しい配置も相まって迷宮のごとし。

 走っても走っても同じ景色で、錆びついたコンテナ番号の印字だけが自分の移動を証明している。

 

 この時期、この季節に霧など発生しないことくらい、スコッチは分かっていた。

 元々雨の少ない地域だ。乾燥した風が砂を巻き上げることはあっても、19世紀のロンドンを想像させるような濃霧が発生するわけがない。

 霧にまかれると同時に携帯は圏外となり、方向感覚はさっぱり機能不全となり、不自然に人の気配すら消えてしまった。

 

 肺が限界を訴えて悲鳴を上げ、スコッチはコンテナの一つに手をついて息を整えた。

 コンテナ番号、B4869。

 先ほど通り過ぎたはずのそれと、同じ番号。

 スコッチの潜入捜査官として鍛えられた優秀な記憶力が告げている。コンテナの錆ぐあい、舗装された道路のヒビ、雑草の生え方。全てが「自分が元の場所に戻ってきた」ことを証明していると。

 

 事の起こりは2日前。

 どこから漏れたのか、何が発覚したのか。情報の出所が明らかになる前に、スコッチは裏切り者として組織から追われることとなった。

 いくつかの幸運が重なり初動で捕えられることはなかったが、状況は最悪に近い。

 自分のミスでNOCとしての立場が明らかになったのならまだしも、もしそれ以外だとしたら後続の潜入捜査官の身が危険だ。早急に情報の出所を探らなければ同じことの繰り返しになってしまう。

 撤退するにも最期を迎えるにも、スコッチは最低限情報漏れの元を突き止めなければならなかった。それはNOCとしての使命でもあり、自らの親友を守るためでもあった。

 

 スコッチは己の親友を思い、霧深い空を見やる。

 生真面目な友だった。

 職務に忠実で、しかし柔軟で融通の利く、有能な友だった。

 同年代と比べてもとびぬけて優秀で、それ故に自信家で、敵も多いが味方も多いを地で行く男。冷静冷徹で恐ろしいほど頭が回るのに、ちょっとばかり直情的。要領がよく抜け目ないが、とても友情深い。

 バーボン、安室透、本名は降谷零。

 彼のためにも、自分は今ここで死ぬわけにはいかないのだ。

 

 ぎり、とスコッチは歯噛みした。

 友のためにもやるべきことは多々あるのに、状況がそれを許さない。

 そもそもの話、ここから抜け出すすべが分からないのだ。

 追手から命からがら逃げ伸びてコンテナ群へ隠れたはいいものの、この謎の濃霧に囚われてはや数時間。車で数分で通り抜けられる広さしかないはずなのに、走っても走ってもこのざまだ。

 銃を持った下っ端程度ならどうにか切り抜ける自信があるが、怪奇現象など専門外にもほどがある。重火器と諜報にまみれた人間が、今更神仏に祈れるはずがないだろうに。

 息を整えながら周囲への警戒も怠らない。

 張り詰めた神経が肌を震わせる。

 

「その不屈の心は美しい。暗殺に足る」

「っ、誰だッ!」

 

 とっさに振り返って銃を突きつけた。

 しかし視界の先には濃霧とコンテナのみ。人影らしきものは欠片もない。

 馬鹿な。警戒は怠っていなかった。周囲にこれ以上ないほど気を張っていたというのに、まったく気配が感じ取れなかった。

 

「今、ヒトのため、友のため、あなたは命を諦めない。いずれ、ヒトのため、友のため、あなたは己の心臓に銃弾を放つ」

「…………っ」

 

 背後から細く小さな腕が回される。

 白く華奢な手は繊細で美しい。陶磁の肌は滑らかで、霧に浮かぶ影は幻想的だ。

 スコッチは全力で振り払って身をよじった。

 ……振り払ったつもりだった。しかし、ガラス細工のごとき儚さに反して、その手は鉄骨か万力か、人外の腕力でスコッチを押さえつける。

 鍛えられた成人男性であるスコッチの抵抗をものともせず、その幼い誰かはスコッチを抱き寄せた。

 

 幼い誰かとの身長差によってスコッチは仰向けに倒れこんだ。

 顔にかかる金紗の髪。パステルピンクの笑う唇。ビスクドールにも似たおとぎ話の美しさ。オリーブ・ブラウンの瞳は大きく透き通っているのに、川底の汚泥を溶かし込んだおぞましさを放っている。

 ノルディック柄のフード付きクロークがスコッチの肩に触れる。

 スコッチを捉えた誰かは、人という種をはるかに超えた、神造の美をもつ少女だった。

 

 押さえこんだままスコッチの顔を覗き込んだ少女は、鈴の音の声を投げかける。

 

「最期の言葉を聞こう。望み、願い、無念。来世(つぎ)には叶うように私は祈ろう」

「……だれ、だ……?」

「私はグラスホッパー。組織の裏切り者であるスコッチを処分するため、RUMに遣わされた者である」

「っ、グラス、ホッパー……!」

 

 話には聞いたことがあった。

 組織の幹部にして史上類を見ない最高の腕を持つ暗殺者、グラスホッパー。

 裏社会では知らぬ者はいないほどの知名度を持つその暗殺者は、しかし謎だらけの存在である。

 国家を相手取る情報収集能力を持ちながらも、協力者や関係者がまったく洗い出せない。

 洗練された武術・重火器運用技術をもつのに、軍の経験や師の存在が見えない。

 年齢、性別、身体的特徴すべて不明の影のアサシン。

 

 それが、こんなに幼い少女だったとは。

 

「……この霧は、君の仕業か?」

「是、是。この霧は結界宝具。産業革命期に英国を襲った硫酸の大災害。本来なら目を焼き、肺をただれさせる攻性の霧だ」

「ほうぐ……法具?五鈷杵のような仏具のことか」

「否。だがもし本物の仏具が現存するなら、それは宝具になり得よう。宝具は伝承であり、幻想である」

 

 グラスホッパーの言葉は哲学的で宗教的だった。

 正直に言えば意味が分からない。この霧の正体を説明しているようだが、なんとも魔術じみた受け答えだ。

 しかし「グラスホッパー」という暗殺者の仕組みはある程度予想できた。

 何らかの宗教集団、カルト組織に類するものが背後にいるのだろう。

 その古典的な暗殺手法から、そうではないかという噂は以前からあった。教義的な理由でこのようなまどろっこしい手段をとっているのだと。

 宗教集団ならその秘密の秘匿性の高さも一応説明がつく。

 彼女の説明はそのカルト宗教の教義に沿った説明なのだろう。幼い子供を宗教で洗脳して、使い捨ての暗殺の手先とする。使い終われば始末してしまえばいい。

 スコッチは内心で悪態をついた。

 なんともありがちで、反吐の出る話じゃないか。

 

「最近のカルト宗教には疎くてね。霧状化学兵器の宗教的解釈なんぞ理解の外さ。それより、この付近にも住宅街があるはずだが影響はないんだろうな」

暗黒霧都(ザ・ミスト)は範囲外に出ることはない。不特定多数が影響を受けることはない」

「そうかい。……なら、もののついでだが、俺を見逃す気はないかな。俺自身は無宗教だが、改宗もやぶさかじゃないぞ」

「……悩ましく思う」

 

 小さな小さな暗殺者の反応は意外だった。

 温度のない淡々とした受け答えが揺らぎ、言葉通り思案に暮れているようだ。

 万に一もない程度、戯れ九割の命乞いだったのだが、予想外にグラスホッパーは真剣に考えている。

 しっかりと腕を押さえ込んだ手は緩まず、目はこちらを捉えて離さないために油断や隙は見当たらなかったが、悩みに悩む彼女は命を奪う様子もない。

 

 審判の時を待つ罪人のようにスコッチは息をのんだ。

 小首をかしげて思案に暮れる少女が、ひとつ頷いた。

 

「あなたは生かす。しかし、そのためにまず殺そう」

「…………え、」

 

 なにか言う暇もなかった。

 次の瞬間には小ぶりのナイフが胸に突き刺さっていた。

 よく手入れされたメスのような鋭さを持つナイフが、豆腐でも切り分けるようにするすると肺を切り開き、臓物を腑分けし、皮下脂肪をくすぐって、首まで到達し。

 

 そうして真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 バーボンがたどり着いた時、もうすべてが終わった後だった。

 

 アスファルトと錆びたコンテナに囲まれたモノクロの世界の中、鮮やかに過ぎる赤色が目に痛い。

 盛大に飛び散った血飛沫がコンクリートにべったりと張り付き、掠れて消えかけた白線を鮮明にする。

 四肢はピクリとも動かない。

 内臓は子供がかき回したかのようにぐちゃぐちゃで、しかし確かな人体知識に基づいて切り分けられていた。

 理科室の人体模型のように丁寧に広げられた臓物はまだ新鮮で、心臓など未だにゆるく動いている。

 どれもこれも血液でぐっしょりと汚れているのに、彼の生首は眠っているかのように綺麗なままだった

 

「スコッチ……?」

「仕事はすでに終わっている。遅い、遅い、バーボン」

 

 凄惨すぎる死体の創造者であるその少女は、血の染み一つない。

 夜の闇の中、散らばった肉と血液を彩りにして、その幼い白磁の美しさが映えわたる。

 それは人外の美、魔性の美である。冷徹な死神のごとき震えが走る美しさ。

 親友の生首を両手に抱え、グラスホッパーは歩き出す。

 

「……すみません。季節外れの霧が出ていたもので、見つけるのに手間取りました」

 

 声は震えていないだろうか。

 表情はとりつくろえているだろうか。

 

「報告は私が。残りはあなたに与える」

「こんなに盛大に散らかして。後始末が面倒になるじゃありませんか。なぜこのようなことを?」

 

 少女は振り返り、バーボンを見据えた。

 少女の瞳にはなんの感慨も映っていない。

 背後から足音がしたが、バーボンに音の主を振り返る余裕はなかった。

 確認しなくともわかる。この近くでスコッチを追っていたというならライの他にいない。

 

 後からたどり着いたらしいライがこの惨状を見て息をのんだのが分かった。

 

「あなたとスコッチは友人関係にあったと聞いた。形見にひとつ持っていくといい。腎臓は比較的長持ちするからおすすめ。肝臓や心臓はすぐに腐敗してしまう」

「……っ、僕には人体コレクションの趣味はありませんので遠慮しておきましょう」

「そうか。首は報告のために持っていく。あとは好きにするといい」

 

 それだけ言って、少女は闇に溶けるように消えた。

 首のない、臓器の展覧会だけがアスファルトに広げられている。

 

 バーボンは、この気持ちをなんと形容すればいいのか分からなかった。

 怒り。悲しみ。憤怒、悲哀、憎悪、悔恨、慟哭。

 あらゆる激情をないまぜにした、純粋な衝動。

 彼女の前でバーボンを維持できたのは奇跡だった。

 力を入れすぎた拳から血が垂れる。

 

 彼女の所業は、バーボンを思ってのことだったのだろう。

 彼女は死体をむやみに辱めるような人間ではない。仕事に対して冷徹で合理的な、人形じみたアサシンが彼女である。

 だからこの所業は、彼女個人の趣味嗜好ではなくバーボンを思ってのことである。

 「友人の一部を持っていたいだろう」「解体は面倒だろうからこっちでやっておこう」「自由に一つ選んで持っていくといい」。

 きっと、これは思いやりだ。

 

 後ろでライが立ち尽くしているのがわかる。

 自分が震える肩を隠しきれているのか、バーボンは不安でならなかった。

 

 バーボンは、この気持ちをなんと形容すればいいのか分からない。

 こんなの、あんまりではないだろうか。

 スコッチは気のいい男だった。気さくで、おおらかで、意外と気配りができる彼に、バーボンはいつも彼に助けられていた。

 決して、こんな最期を迎えるような人間ではなかったのだ。

 

 経年劣化でアスファルトに入ったヒビを伝って、彼の血液がバーボンの足元を這う。

 霧はとっくに晴れていた。

 

 

 

――――――

 

 

 

 ああああああやってしまった!!!

 頭を抱えて転がっても事態は好転しないのは分かっているのだが、こればっかりは仕方がない。

 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した!

 

 まさかよりにもよってバーボンに見られてしまうとは。

 「黄金の杯(アウレア・ボークラ)」の発動のために全魔力を投入した影響で暗黒霧都(ザ・ミスト)が切れてしまったのは仕方のないことだが、バーボンも現場に来るのが早すぎやしないか。

 スコッチとパスでも結んでるのか?本能で居場所がわかってしまうのか?

 なんにせよあんな凄惨な解体現場を見られたのだから、心の底まで恨まれていることだろう。

 赤井ィ! ではなくグラスホッパーァァア! とバーボンが叫ぶ日が来るのか。

 面白おかしく原作に介入したいとは考えていたが、こういう結末を望んでいたのではないのです。決してあの粘着質な安室さんのヘイトを一心に集めようと思っていたわけではないのです。

 

 首をぐるっと一周する傷跡だけを残し五体無事なまま眠っているスコッチを目の前に、私はうんうんと唸り声を上げた。

 

 計画の概要はこうである。

 まず、暗黒霧都(ザ・ミスト)を展開し、スコッチを捕らえる。

 これは他の幹部が介入することを防ぐと同時に、スコッチの体を魔術的に解析する時間を稼ぐためでもある。

 慣れない魔術行使に時間がかかってしまったが、これは無事に成功した。

 次に、「皇帝特権:A」から「術理解明」を主張する。「術理解明」とは、術式と呼ばれるものはおおよそすべて解明・修復することのできるレアスキルだ。

 これを用いてスコッチの体内に辛うじて存在していた魔術回路の残滓を探り出し、物理的に脊髄につなげたまま摘出した。

 摘出には「医術:A+」と「人体研究:B」を用いて魔術回路を傷つけないように丁寧に行った。丁寧過ぎて各臓器をそれぞれ並べる羽目になったが、失敗するよりましだろう。

 

 そうして、最後に行うのが「黄金の杯(アウレア・ボークラ)」の発動である。

 「皇帝特権:A」での主張で基礎を築き、「虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)」の全機能を一時停止して莫大な魔力を注入。「女神の神核:EX」で外殻を構築し、「聖杯の寵愛:A+」で安定させる。

 そこまでしてやっと辛うじて発動したそれは、女神の権能の名にふさわしい効果を発揮してくれた。

 

 「黄金の杯(アウレア・ボークラ)」。持ち主の身勝手な願いをかなえる負の聖杯にして、BBの持つ権能級のスキル。

 このスキルを用いて、スコッチの魂を脳とそれにつながる魔術回路に固定・保存したのだ。

 この大権能が生きている限り、スコッチは頭部と魔術回路を破壊されない限り死ぬことはない。

 つまり、私の抱えていた生首はまだ生きていたということ。

 

 死を偽装するのにこれ以上の方法はないだろう。

 なにせ私自らRUMにスコッチの生首(生きてる)を見せに行ったのだ。滴る血と臭いは据え置き。RUMの部下からも首のない死体が報告に上がることだろう。

 これで生きていると考えられるわけがない。

 完全無欠に死んでいるわけで、これで間違って生きているのが発見されても他人の空似と言い張れるレベルだ。

 やるなら完璧に。アサシンの矜持だね。

 

 無事スコッチの生首を見せた後は、持ち帰ってあらかじめ作っておいた肉体につなげるだけ。

 目の前のスコッチは、そうして生き延びた首から上だけ本人のそれである。

 施術のショックでまだ意識を失っているようだが、機能を回復した空中庭園のシステムがスコッチの無事を確認している。

 おーけーおーけー。

 ミッションコンプリート。

 バーボンのことは忘れよう。なんか末代まで祟られそうな視線だったけど忘れよう。生霊と化してここまで追ってきそうな気配すらしたが忘れよう。

 

 ……スコッチ生存を伝えるタイミングは考えないといけないな。

 下手をするとサーヴァントでもないのに「復讐者」のスキルを高ランクで獲得しそうだし、もっといくと「変化」スキルで清姫みたいに変身し始める可能性すらあるからな。

 つーかなんだよ「ひとつ持っていくといい」って! 煽ってんのか! パニクるにもほどがあるだろう。これは絶対クソ野郎だと思われたね。無事安室さんはグラスホッパー絶対殺すマンに進化したね。

 バーボン怖い。これからどんな顔して会えばいいの。

 

 悩みに悩んでいると、ううん、と小さく唸る声。

 

「……こ、こは……?」

「起きたか。記憶ははっきりとしているか?」

「っ、グラスホッパー!」

 

 目を覚ました途端険しい顔で跳ね起きようとするスコッチ。

 しかし体はピクリと痙攣するだけで動く気配がない。

 これはまだ新しい肉体に魂が馴染んでいないために起きる現象だ。時間がたてばしっかりと動くようになるだろう。

 必死で体を動かそうとするスコッチに、私は穏やかに声をかけた。

 

「落ち着け、私にあなたを害そうとする意思はない」

「……どういうことだ」

 

 彼は混乱しているらしい。顔にありありと理解不能の文字が見える。

 まあ、気持ちはわかる。

 起きたら手術台の上に全裸で寝かされているわ、真っ白な部屋には謎の魔術用具が所狭しと並べれらているわ、目の前には自分の命を狙っていたはずの暗殺者がいるわ。

 理解を超えていてもおかしくはない。

 ちなみに、全裸は全裸だが上にちゃんと毛布をかけてあるので、デリケートな部分は丸見えではないですよ。アサシンにもデリカシーぐらいあるのです。

 

「ここは私のセーフティーハウスの一室。私は意識を失ったあなたをここに連れてきた」

「意識を失った……?いや、俺は間違いなく殺されて……」

「殺していない。ただ殺したように見えるよう処置しただけ」

「……死体を偽装したのか!? 俺をわざわざ生かした……何のために?」

 

 何のために。そう問われると難しい。

 嘘偽りなく答えるなら興味本位としか言いようがないからだ。

 原作で死んでしまうスコッチ。それが原因で捻じれていく運命と展開。なら生かしてみたらどうなるだろう、と一読者なら考えて当然だ。

 それ以上でも以下でもないので、こう、これといった思い入れとかはない。

 だからと言ってそれを正直に伝えるわけにもいかないし……。

 あ。

 

「家事手伝い」

「……は?」

「セーフティーハウスの家事手伝いが欲しかった」

「……そんなもの、口の堅い奴を雇えばいいだけの話だろう」

「ここは特殊。一般人を連れてはいるわけにはいかない」

 

 なにせ夢の空中庭園だからな。魔術の塊みたいな場所に一般人を入れられるわけがない。

 ここのところ竜牙兵に家事炊事をさせるのも魔力の無駄に思えてきたところだ。

 しばらく外に出るわけにはいかない彼を働かせるのはいい考えかもしれない。

 

「教団の人間は他にいないのか?」

「ここは私一人。ここは私一人の楽園。私は私だけで活動している」

「協力者がいない……? 俺を入れて平気なのか?」

「私の暗殺は私一人の行いである。あなたは暗殺に関わらない。私はあなたを暗殺に関わらせない。しかし、日常には人が欲しい」

「日常、か」

「そう」

 

 さすがに公安の方に暗殺の手伝いなんてさせませんよ。本当にこの施設のお掃除さんが欲しかっただけだから。

 なにやら日常、という言葉を難しい顔をして口の中で繰り返すスコッチさん。

 私の姿を見ながら眉をひそめ、苦虫をかみつぶしたような、という表現がぴったり当てはまる顔をしている。

 

「グラスホッパー、お前は独りなのか。いつからだ?」

「いつから……? 覚えがない。私が私となってからは、ずっと一人で活動している」

 

 アサシンとして活動し始めたときからずっと一人で暗殺してきたし、この世界に転生したのも一人だ。捨て子の体に憑依した、というのが一番近いと思われる。

 生きていくのに十分すぎる能力があるし、へたに親がいると面倒なので大変ありがたかった。今更幼児プレイとかごめんですね。

 しかしスコッチは何が聞きたいんだ?

 

 スコッチは私の返事を聞いてしばらく黙り込んだ。

 暗い顔で目を伏せ、拳を握っている。

 もう手が動くようになったらしい。

 ああ、そんなに力を入れると爪が肉に食い込んで痛いだろうに。痛覚を確かめるにしても他に方法はなかったのか。

 

 スコッチがおもむろに顔を上げ、こちらを見た。

 何やら決意のうかがえる顔だ。

 

「どうせお前に助けられたんだからな。お前に要求したいこともある。それが飲めるのなら家事でもなんでもやるさ」

「善し。その働きに期待する」

 

 やけに優しげな顔で話すスコッチ。

 私を見つめる目には慈しみすら宿っているように感じる。

 

 ……致命的な意思疎通の齟齬がある気がしてならないが、それに触れるべきかどうかはもうすこし考えてからとしよう。

 

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