アサシン(英霊)なオリ主in名探偵コナン   作:ラムセス_

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4 漆黒の追跡者、中編

 江戸川コナン少年と別れて数十分。

 静かに息を吸い込んで、溢れる喜びをこっそり吐き出した。

 …………いやっふぅうううううう!!!

 生の江戸川少年と握手してしまったよ!

 計略においてはジンをだまし切って赤井を生存させ、推理においては天下一品。劇場版でのアクロバティックさは義経にたとえられるほどのもの。

 少年誌のビッグヒーローの一人、工藤新一くんと!

 恐らく母親譲りであろう整った顔立ち、あざとくも可愛らしい仕草と口調、明晰な頭脳。

 いやはや主人公はやっぱり凄い。

 思わず抱きしめたくなる可愛らしさだった。小動物的というか、まだ幼い子猫がボールと戯れているかのような問答無用の癒し系というか。

 これが高校生に育つんだから、さぞテレビ映えのする美貌だろう。報道陣が工藤新一にこぞって取材を申し込むのも無理からぬことだ。

 いはやは、本当に役得だった。

 江戸川少年とホームズ談義なんて、例えてみれば悟空と手合わせしてもらうようなもの。あるいはルフィの船に乗せてもらうようなものか。

 ああ、光栄過ぎて感激が目から零れそうだ!

 港区の芝公園で手作りお弁当をパクつきながら、彼の主人公との邂逅の余韻に浸る現在だ。

 この後は使い魔のハトさん達からの情報を整理する作業に移る予定。

 空中庭園ほどの高所にあるとハトさん達も動きづらいが、場所が地上となれば話は別だ。

 敏腕アルバイターなハトさんを大量に雇って街に放ち、密な情報網を構築している。

 全面展開させればこの東都一帯において私が分からないことはない。

 花の形に固められた卵焼きは優しいだしの味が付けられ、熊さんをかたどったコロッケは上から海苔とハムで顔が描かれている。

 食べてみるとコロッケは中身が凝ったかぼちゃだった。

 半分だけ食べるのもグロテスクなので一口に顔を食べきり、顔のない胴体だけが残ってさらにシュールな方向に加速する。

 どうでもいいのだが、スコッチはお弁当に力をこめすぎではないだろうか。

 手順が煩雑で竜牙兵へのプログラムが面倒である料理を、一番初めにスコッチに任せたのは順当な線だと思う。

 しかしながら行きつく先が凝りに凝ったキャラ弁とはこれ如何に。

 「女神の神核:EX」を用いればどんなものを食べようと体に支障は出ない。女神とは不変の存在であり、老いたり太ったりしないからだ。

 それにかまけて三食ポテチだった私にも過失はあった。せめて野菜ジュースぐらいは飲むべきだった。

 しかしそれにしたって小学校低学年の子供を持つママみたいになるのは何かが違わないだろうか。

 今日の私のスコッチお手製弁当は主菜副菜いろどりよく、主食と合わせれば3:2:1の栄養バランスの黄金比だ。

 旬の味覚を余さず使い、それに加えて乳製品が摂取できるよう一工夫がなされている。

 子供の成長を願うバランスの取れたお弁当である。

 それでいて見た目の良さも抜かりなく、お子様が見ればさぞ喜んだであろう出来の良さ。

 つくづく何かを間違えている。

 ……あっ、アスパラガスのベーコン巻きだ! これ美味しいんだよね。

 もっきゅもっきゅと無心に弁当を平らげ、青く塗装されたアルミ製のベンチで一息つく。

 午後の日差しが公園をまんべんなく照らし、遠く野球に打ち込む少年たちの姿が見える。直射日光もこの気候なら心地いい。

 もうすぐ仕事の時間が来る。

 黒の組織の幹部、アイリッシュからの依頼は実に簡単なものだった。

 ようは、殺人犯を始末してメモリーカードを取り戻せ。

 そんなもの彼一人で十分にできるだろうに、彼は犯人の情報だけこっちに渡して自分は他のことにかかりきりと来た。

 こちとら転生者だ。

 アイリッシュがメモリーカードを追って日本に行くと聞けば、例の東都タワーで戦闘ヘリが銃を乱射した件だとすぐにわかった。

 あとは裏どりをちょいとするだけ。のこのこ現れる素人ターゲットを葬ればおしまいだ。

 私はアサシンのサーヴァントだぞ。こんなやりごたえの無い任務がはたして許されるのか。

 勝手にここのところの任務の手ごたえの無さに憤慨していると、バッグに入れた携帯電話が振動とともに安っぽい音をがなりたてた。

「スコッチ、何か問題が?」

『いや、大丈夫だ。水銀は言われた量を購入できたぞ。そのついでに100円均一に寄ったんだが、卵を簡単に飾り切りできるグッズを見つけたんだ。ゆで卵ににこちゃんマークを作れるし、花柄でお前にも合うと思うんだが……ダメか?』

「…………料理はあなたに一任する。あなたが買うべきと考えるなら、買った方が良い」

『そうか! ありがとう! 今度はこの前気に入ってた味付きゆで卵を作るから、楽しみにしてろよ』

 もはや何も言うまい。

 彼の飯はうまい。それでいいじゃないか。

『それにしてもお前に渡された偽造運転免許証なんだが、どこから手に入れたんだ? 偽造クリエイターの伝手は無かっただろ』

「この前私が作った。無いと移動に不都合が生じるだろうと考えた故に」

『作った!? これをか?』

「是。前に話したように、私に伝手は存在しない。正確には、存在するが利用しない」

 裏社会は縁故社会だ。

 スリが個人情報を抜き取り、代理人が情報を横流しし、それを基に偽造クリエイターが偽造し、仲介業者が買い取り、詐欺師が使う。

 あらゆる闇は繋がっていて、故にコネと人間関係が重要視される。

 そんな中にあって、暗殺以外の職にできるだけ手を貸さない私のあり方は特異極まるだろう。

 麻薬栽培、ヤミ金、人身売買、示談屋、総会屋、偽造クリエイター、売春業、運び屋、詐欺師。

 裏の職業は数あれど、私の能力でできないものは存在しない。

 「専科百般:A+」の詐術・話術、「皇帝特権:A」の扇動、「魅惑の美声:A」を組み合わせれば詐欺なんて失敗する方が難しい。

 隠密性の高さから運び屋を依頼されることがあるし、戦闘力から抗争のお手伝いを頼まれることもある。

 しかし、私はあくまでアサシンである。

 金儲けが好きなわけじゃなく暗殺が好きなわけで、ヤクザというより殺人鬼の方がずっと近い。龍之介系列の親戚のようなものだ。

 暗殺以外の裏任務はお断り。一応暗殺が付属するなら辛うじて可。

 それで成り立つのは私が「全てを一人でやり遂げる」からである。

 圧倒的な実力さえあれば多少のわがままは許される。それは表でも裏でも同じことだ。

『その道でも食っていけそうな出来栄えだな、こりゃあ。いっそそっちの方が危なくなくていいんじゃないか?』

「私はアサシンである。故に承諾できない」

『……そっか。まあ、考えておいてくれ』

 たびたびスコッチはこうした提案をする。

 学者、歌手、ゲームクリエイター、株トレーダー。多くの職業が選択肢にあると。

 いやいや、私はアサシンだって。せっかくアサシンとして転生したのに前世にできるような事を職業にはしたくはないのです。

 第二の人生なのだから好きに生きる。というか、二次元転生なんておいしい状況で普通に生きるなんで出来ないよ!

 身を案じてくれるということはスコッチともある程度の信頼関係を結べていると思うのだが、この転職のお誘いは何なんだ?

 心配しなくともサーヴァントとしての能力がある限り、私が死んでしまうことなんぞあり得ないのに。

 いつも通りに落ち合う約束をして、スコッチとの通話を切る。

 さて、今回もうまくいくといいな。

――――――

 7月7日、時刻は午後7時ちょうどを指す。

 コナンは東都タワー大展望台に2Fに続く階段をそっと物音を立てないように登っていた。

 1Fに水谷浩介はいなかった。

 ならば、2Fか……さらに上の特別展望台か。

 エレベーターもあるにはあるが、到着音が水谷浩介を刺激しかねない。慎重に動くことを考えれば階段がベターな選択だった。

 階段を登り切り、壁に身をひそめたままそっとあたりをうかがう。

 営業時間外で薄暗いフロア内は、東都の夜景に照らされているせいで夜空に浮かんでいるようにも見える。

 かすかな話し声。

 コナンは神経を集中して聞き耳を立てた。

「問う。あなたは水谷浩介か」

「…………え?君は……?」

「問う。あなたは7人の被害が出た連続殺人の犯人か」

「っ、……そう、だ」

 聞き覚えのある声だ。

 絹糸のごときソプラノは、コナンが追っていたはずの事件の確信に迫っていた。

 柱伝いにそっと近寄り、コナンは声の主を確認しようとする。

「そう。ならば告ぐ。私はあなたを殺すもの、あなたの最後を看取るもの」

「僕を殺しに来たのか……どうして」

「私はグラスホッパー。あなたの死は確かに誰かに望まれている。その昏い殺意を代行して、私はここに来た」

 闇においてなお映える金色の髪。

 フード付きのクロークは滑るようにつややかだ。

 昼間見たストロベリー・レッドのスカートが影に滲み、どこか禍々しい印象を与えている。

 凍えるような美貌が無機質に犯人を見据え、幼さはそれゆえの現実感の無さに繋がる。

 水谷浩介と思しき青年と相対している幼い姿。

 コナンは目を見開き、人知れず息をのんだ。

 神社で偶然の出会いとひと時の休息をもたらした、あの少女だ。

 昼間見たときにはクロークは羽織っていなかったようだが、その顔立ちその美しさは見違えようもない。

 和やかなホームズ談義が先行して脳内を行き来する。

 ハサン・サッバーハ。

 アラビア語らしき響きの名を持つ、年に見合わぬ知識を持つ少女。

 その少女が、黒の組織の一員?

 少女が手に持つ弓袋からするりと取り出したのは、長い長い刀だった。

 一メートル近くはあるだろう。蒼い柄には金の目貫が打ち込まれ、鍔も柄巻きもない特異な形。柄と同じく蒼に塗られた鞘は飾り模様一つない。

 硬質で鋭い音を立てて抜かれた刃は、都市の光を受けて剣呑に輝いている。

「さあ、受け入れて魂を解くが良い。来世(つぎ)の幸福を私は祈ろう」

「あ……」

 少女が無造作に刀を振り上げるのを見て、コナンはとっさに動き出した。

 素早く己の腕時計のリュウズを押し、照準の役割を果たすベゼルを開ける。

 狙いは無防備な首筋。この角度からなら狙えるだろう。

 その動作の染み付いた体はコナンの脳からの命令を忠実に再現し、麻酔針は小さな音を立てて正確に少女へ飛来する。

 ぱしゅり、といういつも通りの命中音。

「……シェリングフォード。私に毒物は意味をなさない。しかし、その距離その腕前は評価に値するだろう」

「な、効いてない!?」

 コナンは動揺に声を漏らし、無意識に一歩後退した。

 己が隠れて様子を窺っていたことはバレていたらしい。こちらに背を向けたままに名を呼ばれ、コナンは諦めて柱の陰から姿を現した。

 振り上げた刀をゆるゆると下した少女……信じられないことに組織の一員であるグラスホッパーはコナンに向き直る。

「あなたがここにいる意味を私は問わない。殺人事件を解き明かすのが幼いホームズであったとして、それは不思議なことではないからだ。しかし、私の邪魔は許可できない。これは私の仕事であるがゆえに」

「仕事……ハサンさん、いや、グラスホッパー。お前は、お前が本当に黒の組織の一員なのか……?」

「是。私はあなたが黒の組織と呼ぶものの一人。組織のNOCリストが入ったメモリーカードを取り返し、邪魔な人間を処分するために遣わされたもの」

 滑らかな漆黒のクロークが動きに合わせて揺れる。

 説明的な台詞はどこか空虚で、台本を丸読みしたかのように心がこもらない。

 涅色の瞳は濁っていて見通せない。悪意も、殺意も、嘲笑も、なにもコナンには感じられなかった。

「……お前が今回の連続殺人事件の犯人を追っているとして、だ。その人は真犯人じゃない。犯人は別にいるんだ。だから殺す意味なんて」

「真犯人、本上和樹はすでに殺害してある」

「何っ!?」

「彼はメモリーカードを持っていなかった。殺人事件の犯人だと誤認させるため、水谷浩介に持たせたのだろう。私はこの男性を処分し、メモリーカードを取り戻さなくてはならない」

 淡々とグラスホッパーが告げたのは、一人の人間の殺害報告だった。

 まだ9歳か、10歳か。コナン本来の年齢よりずっと小さいはずだ。幼い幼い少女が事も無げに人を殺し、物を奪う。闇深い組織に身をゆだね、手駒として従順に動く。

 何の感情も浮かばない、濁った瞳。

 その救いようのないありさまは、コナンの心に深いヒビを入れるのには十分だった。

「お前、分かってんのか! 人が人を殺すなんてあっちゃいけないことだ! 許されないことなんだ!!」

「シェリングフォード、真実の徒よ。私があなたに教えよう」

 昼間会った時と何ら変わりない、シェリングフォードとあだ名を呼ぶ声。読書家らしい深い知識に、口調から受ける印象よりずっと親しみやすい性格。

 わずかな時間だったが、あの出会いはこの少女の善性を信じさせるに足るものだった。

 無表情ながらテンポ良く言葉を返し、不思議な話口でホームズを語る少女の姿。

 午後の光を浴びて煌めくハニーブロンドが風に揺れる。

 優しい水面の瞳がコナンを捉え、無表情の中にも喜びを灯していたのを思い出す。

 今、凍てつく眼差しがコナンを見据えた。

「真実はなく、許されぬことはないのだと」

 一瞬。

 踏み込みすら見えなかった。

後ろで急転する状況に混乱していた水谷浩介が、ふいにふらり、と肩から頭を取り落とした。

 吹きあがった鮮血が雨となって降り注ぐ。

 ごとりと生首が床材とぶつかって鈍い音を立てる。遅れて崩れ落ちた胴体が壁と床を赤く塗りたくり、しだいに血だまりを作っていく。

 鼻をつく鉄の臭いが、何拍も後にやってくる。

刀を振り抜いたままの体勢で、グラスホッパーは血しぶき一つ浴びないまま数メートル先で佇んでいる。

 耳が痛いほどの静寂。

 グラスホッパーは血にまみれた刀を一振りした。

 空を切る鋭い音とともに、白刃は煌めきを取り戻す。

 規格外に長い刀だ。重さは2キロ近くにもなるだろうに、彼女は鳥の羽でも振るうかのような気軽さで刀を扱っていた。

 その様子は確かに手慣れていて、殺人を日常のものとするにふさわしい片鱗を見せている。

 コナンは身動き一つとれなかった。

 銃弾よりもナイフよりも、今まで見たどんな殺人事件よりも、ずっとずっと非現実的な光景。

 死体一つ作っておいて、それでもコナンはグラスホッパーから殺気を感じることができなかった。

 東都タワー大展望台2Fには、生きている人間はもう二人しかいない。

 コナンと、黒の組織の暗殺者であるグラスホッパー。

 赤井の言葉がコナンの脳裏をこだまする。「彼と相対したとして、頭脳や武力を用いても無意味だ」。

「シェリングフォード、これは仕方のないことだと考えるべきだ」

「……何?」

「『オレンジの種五つ』。暗殺犯を突き止めたホームズは、しかし暗殺を止めることはできなかった。依頼人とその伯父と父。暗殺対象は結局全員殺された」

「……それがどうしたってんだよ」

「探偵とは、起きた事件を解き明かすもの。防ぐことができずとも、それはあなたのせいではない。あなたの力に翳りがあったからではない」

 残された犯人のリュックサックを漁りながら、グラスホッパーは語り掛ける。

 あらゆる事態が起きすぎて、コナンは返事に躊躇った。

 昼間見た不可思議で善性の少女。黒の組織の一員、グラスホッパー。コナンの目の前で人を殺した暗殺者。コナンを不器用に慰めようとする、一人の少女。

 全ての要素がちぐはぐで、うまく言葉が出てこない。

 今まさに人を殺害しておいて、少女の瞳はコナンへの心配と気遣いを宿していた。

 表情こそ動かないが、この幼い子供の感情は瞳にありありと映されることにコナンは気付いていた。

 コナンを気遣い、水谷が死んだのはコナンの力不足のせいではないと精一杯フォローしようとする優しさ。

 純粋にコナンを思っての言葉と、現実に起きている惨劇。

 言葉が形をなさず、ただ悲しみにも似た何かが喉に詰まる。

 それでも何かを伝えようと、自分でも何が言いたいのか分からないままにコナンは口を開けて、次の瞬間背後から聞こえた革靴の音に身を固めた。

 ぱち、ぱち、ぱち、とゆったりとした拍手の音だ。

「さすがはグラスホッパー。俺が到着するころには仕事を終えているとは、噂に違わぬ腕前ということか」

 大きくがっしりとした体格を上質なスーツでつつみ、口ひげを生やした姿は迫力と威厳に満ちている。

 左目を通る大きな傷跡が歴戦を感じさせる、刑事部捜査一課の管理官。

 

 今回の広域連続殺人事件でも主導をとっていた、松本管理官である。

ゆったりとこちらに近づく松本管理官に、グラスホッパーは無感動な言葉を放つ。

「アイリッシュ、これはあなたの仕事のはず。契約は契約だが、私に任せた意義を問う」

「なあに、ちょっとした調べものでな。お前が任務を代わってくれたおかげで面白ぇ成果が出た。感謝するぜ。感謝ついでに聞いていくか?」

「否、否。あなたの成果は貴方だけのもの。これは契約である」

「はっ、相変わらず硬ぇやつだな。まあいい。メモリーカードはどこだ」

「此処に」

 いつの間にかグラスホッパーはリュックサックの中から一つの質素なお守り袋を取り出していた。

 それを松本管理官――アイリッシュのもとへ放り投げ、アイリッシュは片手でキャッチした。

「なるほど。下っ端過ぎて覚えちゃいないが、素人に殺されるとはお粗末なもんだ。……これで契約は終わりだ。迎えが来る手はずになっているから上で待て。俺はそこのガキに用がある」

「っ!」

 コナンは緊張に身を固めたままアイリッシュを見上げた。

 なくなったイルカの背びれ。壊された騎士兜。

 アイリッシュの言う「調べもの」とは、間違いなくこのことだ。江戸川コナンの指紋と工藤新一の指紋の採取・照合。

 コナンとアイリッシュの視線がかちあう。喜悦にねっとりと目を歪ませているアイリッシュを見れば、自身の予想は確信に変わった。

「工藤新一。ジンに殺されたはずの人間がこんな姿になって生きているたぁ、さすがの俺も半信半疑でな。ちょいと調べさせてもらった」

「俺をどうするつもりだ」

「生かして組織に持ち帰るのさ。俺のおやじを殺したあげく、燃え盛るホテルの中に放置したジンの奴を失脚させるんだよ」

 ジンに殺され、燃えるホテルの中に死体を放置された人間。

 杯戸シティホテルを燃やし尽くす鮮やかな炎がコナンの脳裏に蘇る。

 とある議員の暗殺現場を写真にとられ、あの方に見限られて殺された組織員。灰原の正体に気づき、コナン達に迫る可能性を持っていた財政界の大物。

「ピスコか!」

 思わず叫んだコナンに、アイリッシュはわずかに表情を変えた。

「……そういうわけだ。ジンの失態の生き証人にはご同行願おうか」

「くそっ!」

 ここには黒の組織のメンバーが二人いる。

 前方にアイリッシュ、後方にはグラスホッパー。

 ここは隔離された大展望台で、下に逃げきるにはエレベーターが階段を使うしかない。エレベーターを待つ暇がないのはもちろんのことだが、階段も子供の足で逃げ切るのは難しい。

 麻酔銃はもう使えない。ここまで接近されてしまってはサッカーボールを出す隙も無いだろう。

 万事急す。

 足音を響かせて近づくアイリッシュをにらみつけ、コナンは絶体絶命の状況に歯噛みした。

「待て」

「あん?」

 するり、と目の前を金髪が横切る。

 コナンよりほんの手のひら分しか違わない身長、華奢な手足。

 庇護すべき特徴を詰め合わせた少女は、しかし手に持つ長刀で弱々しさを裏切っている。

 コナンのすぐ前、アイリッシュからかばうようにグラスホッパーが立ち、制止の声をかけた。

「契約により、シェリングフォードの命は私が保証している。組織に連れ帰ることは許可できない」

「……はぁ?」

 アイリッシュの困惑のつぶやきはコナンの脳内の混乱と重なっていた。

 この状況、この場所でコナンをかばう意味などひとかけらもありはしないだろうに。

 黒の組織の一員として殺害現場を見た少年を見逃すはずがないし、ジンの取引現場を見ておきながら生き延びた工藤新一を放置するはずもない。

 グラスホッパーの行いは奇妙に過ぎる。

 ふと、昼間の戯れ事を思い出した。握手を対価に、コナンを守る。

「おいおい、聞いていただろう。こいつは知りすぎてんだよ。このまま野に放せるわけねぇだろ」

「契約は絶対である。己を通したければ、力でもって是を打倒せよ」

「…………本気かよ」

 刀を持ち上げたグラスホッパーに、アイリッシュも懐から拳銃を取り出した。

 曇り一つない刃が向かうアイリッシュの姿を映し出す。

 アイリッシュの武骨な手に収まると少々小さく見える、ニューナンブM60。警察官用拳銃は鈍い光を放ち、射撃の時を待っている。

 グラスホッパーの姿は揺らぎ一つない。ただ淡々とアイリッシュと向かい合い、土色の瞳を向けている。

 黒いクロークがふんわりと揺れて、内側の白いハビット・シャツが見え隠れする。

 華奢な手足が暗闇にぼんやりと色を加え、無防備にも見える背中がコナンを庇ってさらされる。

 木漏れ日の中、花のほころぶような柔らかさで少女が笑う。

 グラスホッパーの背を前に、コナンはなぜか彼女の笑顔を思い出していた。

 

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