アサシン(英霊)なオリ主in名探偵コナン   作:ラムセス_

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5 漆黒の追跡者、後編

 目の前で転がるアイリッシュに、私は内心でため息をついていた。

 全身切り傷だらけで出血がスーツを赤く濡らし、骨折したらしい左腕をかばいながらもこちらから目を逸らさない。

  度重なる打撃で変装マスクはすっかり取れてしまい、その特徴的な眉毛の顔立ちがあらわになっている。

 

 まあ現実的に考えて、サーヴァントの能力を持つ相手に人間が勝てるわけがないよね。

 先手必勝でアイリッシュが打ち込んできた鉛玉は、アサシン・佐々木小次郎の愛刀物干し竿で丁寧に細切れにした。

 この刀自体はいたって普通の刀なので、斬鉄の際にはいたわりを込めて強化魔術を施している。

 強化魔術というのも単純だが侮れない。

 ただの丸めたポスターでゲイボルク(真名解放はしない)を防げるのだから、その性能は折り紙付きだ。魔術に関しては三流である衛宮士郎でこれなのだから、セミラミスとして最高峰の魔術が使える私にとっては刀の強化など児戯にも等しい。

 

 数発の銃弾を粉塵に変えて無力化し、そのまま肉薄。

  死なない程度になます切りにしてから極々軽い蹴りを一発。

それだけでアイリッシュはゴム毬のように床を跳ねて柱にぶつかることになった。

 

 基礎スペックが違いすぎるので、戦闘というより蹂躙だ。

 これだから直接戦闘は嫌なんだよ。無双ゲームなんて飽き飽きだ。単純で分かりやすいのはいいことだが、美しさというものが全く持って不足している。

 暗殺とは芸術だ。

 蛇のようにしなやかに、蜘蛛のようにひっそりと、濡れる吐息のように情熱的で、夜の褥のように安らかに。鴉のごとき狡猾さで標的に近づき、溺れるように命を奪う。

 一分の隙も無い美こそが、本当の暗殺であり私の目指すところでもある。

 

 身を起こしたアイリッシュは力の違いを感じたのか、口の中にたまった血を吐きだして悪態をついた。

 

「……ガ、ァ、……この化け物め」

「反応が鈍い、行動が遅い、技量が足りない。だが、初手で正確に脳幹を狙えたのは評価できる。クイックドロウを磨けば多少マシになる」

「はっ、そのマシってのは次元大介か?ビリー・ザ・キッドか?」

「次元大介やビリー・ザ・キッドはトリガーの重いDAリボルバーを用いてもあの速度を出している。あなたは無理をせずSAリボルバーを用いて訓練をすべきだ。DAではいくら磨いたとしてあなたでは使い物にはならないだろう」

「……次ってやつがあるのなら参考にするぜ」

 

 見たところアイリッシュには射撃の才能がありそうだ。

 次元大介とまではいかなくとも、適切な銃を用いればそこそこいいところに行くのではないだろうか。

 逆に体術はダメだ。恵まれた体格の癖にどうにも動きが悪い。耐久力はあるようだが、これではともすれば毛利蘭さんにも負けてしまうぞ。

 

 そんな風にアイリッシュの戦闘能力を測りながら、私は右手に持った刀をゆっくりと持ち上げた。

 戯れもここまでとしよう。

 依頼が前金しか受け取れないのは残念だが、江戸川少年の正体を知ってしまった以上生かして返す意味もない。

 原作沿いだってそう悪いことじゃあないだろう。死ぬ運命にあった人間が死ぬだけだ。世はすべてこともなし。

 

 次に起こることが予見できたのか、背後で小さく息をのむ音がする。

 後ろにいるため表情はうかがえないが、おそらくは追い詰められた顔をしていることだろう。

 ごめんよ江戸川少年。ピアノソナタ月光を思い出すだろうが、焼死ほど苦しませるつもりはないから許しておくれ。

 刀を地面と水平に構え、神経を研ぎ澄ませる。

 かの対人魔剣が命中すれば、痛みを感じる暇もなくこの世とお別れできることだろう。同じ職場の同僚として、せめてもの手向けである。

 数秒。

 アイリッシュが諦観に目を細め、江戸川少年が声を張り上げ、私が踏み込もうとするその一瞬。

 

「コナン君っ!無事!?」

「なっ!?」

「来るな蘭!!」

 

 予想外の闖入者が現れたのだった。

 制服の職員一名を伴い、現れたのは毛利蘭その人だ。

 非常階段から上がってきた彼らはちょうどアイリッシュの真横にいる。

 江戸川少年は驚くより先に反射的ともいえる速さで制止の声を上げていた。

 

 鋭い声に毛利蘭は驚いて硬直した。

 致命的な隙だ。アイリッシュは素早く毛利蘭を捕らえて締め落とし、仕込んでいたらしい折り畳みナイフを開いて首へあてがった。

 悲鳴を上げる間もなく毛利蘭は意識を失ったようだ。くたりとした様子に、江戸川少年は真っ青な顔で悲痛な叫びをあげた。

 

「蘭!! くそっ、蘭っ!!」

「……空手家である毛利蘭を無力化するのは良い判断だと感じる。人質として捕らえるならば」

 

 アイリッシュは人質を捕らえながら、その優位を感じさせない苦い顔でこちらをにらみつけている。

 そりゃ、裏の住人が誰とも知れない一般人を人質に取られたからって攻撃を躊躇ったりしますかねえ、という話だろう。

 咄嗟に人質を取ったものの、私相手には無意味に過ぎる。

 生きた肉壁として使えるかどうか、やらないよりやった方がましかもしれない。アイリッシュの認識としてはその程度か。

 

 加えて言うなら、この距離で人質を取っても私にとっては障害にならない。

 コマを飛ばしたかのような瞬間移動じみた動きができるのがサーヴァントというものだ。

 彼我の距離は約5メートル。

 サーヴァントにとっては間合いどころか刃物を突き付けているに等しい距離だ。

 アイリッシュのナイフが毛利蘭の首に触れる間に、五体を丁寧に腑分けすることすらできるだろう。

 

 しかし、江戸川少年にとってみればたまったものではない。

 黒の組織同士の対決に巻き込まれた毛利蘭の命は風前の灯だ。

 無意味に切り捨てられてしまう未来を恐れて、江戸川少年は緊張に身を強張らせながらアイリッシュをにらみつけている。

 

「その人質に意味はない」

「んなこたぁ分かってるが、こっちも打つ手がないんでね。化け物を相手にするんならやれることはすべてやっとくべきだろう?」

「是、是。あがくことは無意味なことではない。諦めないのは愚かなことではない」

「一応言っておくか。このお嬢ちゃんを殺されたくなきゃ動くな、ってな」

 

 アイリッシュの言葉の端々には諦観がにじんでいるが、あくまでも諦めを大っぴらにすることはないようだ。

 再び私は刀を構える。アイリッシュのナイフが毛利蘭の首に小さく傷を付けた。

 

「やめろグラスホッパー!!」

「シェリングフォード、心配は必要ない」

「俺が依頼主だろ! 依頼主が動くなっつってんだ! いいか、蘭が解放されるまで動くんじゃねえぞ!」

 

 幼馴染の危機に限界を超えたらしい江戸川少年。

 私に悲鳴交じりの命令を言いつけ、アイリッシュの方へ進み出ていく。

 震える肩にこわばる手足。よほど幼馴染が大切らしい。映画の度にらーん!って叫んでいるものね。命に代えてでも守りたいという思いがあるらしかった。

 

「アイリッシュ、ターゲットは俺だろ! 蘭は関係ないはずだ! 連れていくなら俺にしろ!」

「……工藤新一自身と契約を交わしてやがったのか。暗殺任務以外は受けねぇと思っていたが、どういう風の吹き回しだ?」

「あなたには関係のないこと」

「まさか、工藤新一に惚れたか?」

 

 それはない。断言する。

 芸能人にマジ恋をする人間が少ないように、私にとって江戸川少年は観賞して楽しむものである。

 遠くからイケメン俳優を眺めてキャーキャー騒ぐかのような行為を恋と呼ぶ度胸はない。

 だが愛でるだけなら自由だよね?

 

 アイリッシュの軽口に江戸川少年は多少困惑したようだ。

 江戸川少年の歩みが止まる。

 それと同時にサーヴァントの鋭敏な感覚が空からの来襲者を感知した。毛利蘭といいアイリッシュといい、どうにもイベントが前倒し前倒しになっているような気がする。

 歩みが止まったのを見計らって、私は江戸川少年の手をつかんだ。

 

「グラスホッパー……?」

「それ以上前へ出てはいけない」

 

 私が言い終わると同時に、窓から強烈なサーチライトが差し込んだ。

 アイリッシュがまぶしそうに手で影を作る。

 ちょうど柱の影になる形の私と江戸川少年は光から逃れることができている。

 窓越しにも大音響を響かせているのは、外から近づいてきた一機の戦闘ヘリだ。

 戦闘ヘリに備え付けられたサーチライトが大展望台の2Fを照らし、突き出たカメラが無機質にこちらを睥睨している。

 

 吹き飛ばされてもかろうじて壊れなかったらしい通信機がアイリッシュの胸元でライトを明滅させている。

 アイリッシュは舌打ちとともにこちらを警戒しながら窓際へ寄った。

 

『なにをぼさっとしてやがる。任務はもう終えたんだろうな』

「ジンか。はっ、重役出勤は気楽でいいなぁオイ。メモリーカードはとっくに手に入れてんだよ」

『フン、ならいい。さっさとメモリーカードを見せろ』

「まて、この嬢ちゃんの処分が先だ」

 

 アイリッシュの言葉に江戸川少年が息をのんだ。

 意識のない毛利蘭の体が無防備にサーチライトに照らされている。

 

『女……?なんの話だ』

「何って、こいつはまだ生きてんだよ、処分しねえと後々面倒に――」

『こちらからはてめぇ一人しか確認できねぇが』

「……!!」

 

 アイリッシュが一瞬だけ鋭くこちらに目をやった。

 「幻術」。魔術の一分野であり、キャスター・マーリンの得意とするそれは高度かつ複雑な術理を含んでいる。

 スキルとしては所持していないが、セミラミスの魔術知識を媒介にすることで低位のそれなら再現可能だ。

 黒の組織に決定的にかかわってしまうのを防ぐため、私は毛利蘭の体を覆うように幻術を展開した。

 ヘリコプター側から見れば、アイリッシュは無傷の状態で一人ぽつんと立っているように見えたことだろう。

 

「……いや、なんでもねぇ」

『…………チッ、さっさとメモリーカードを見せろ』

 

 明らかにジンとアイリッシュの認識の間には齟齬がある。

 それに気づいているらしいジンは、思考を回転させているだろう間をおいて言葉を吐き捨てた。

 ジンとアイリッシュの仲は最悪だ。ここで問い詰めても答えは得られないだろう。しかもここで死ぬ定めにあるアイリッシュに後々問い詰めるという手も使えない。

 ジンはこの齟齬についての情報が得られないことを悟ったらしい。不機嫌を隠さずにアイリッシュに指示をだした。

 

『メモリーカードをこちらに向かってかざせ』

「……こうか」

 

 暗闇に同化する黒塗りのヘリコプターが、轟音に紛れて長い銃身をアイリッシュに向かって伸ばす。

 高層階独特の分厚い窓ガラスがサーチライトをわずかに反射している。

 銃身、メモリーカード、アイリッシュの心臓。

 その三つが一直線上に並んでいる。

 

 私はゆっくりと目を伏せた。

 アイリッシュは闇深い場所の住人にしては愛情深く惚れっぽい。来世(つぎ)はありきたりな学園モノとかになるといいな。

 

 鋭い音を立てて発射された銃弾は過たずアイリッシュの心臓を射抜いた。

 呆然と己の体を見下ろして、アイリッシュは己の血だまりに崩れ落ちる。

 同時に支えを失った毛利蘭も床に体を投げ出された。

 

「アイリッシュ!!」

「っ、動いてはいけない!」

 

 床に倒れ伏すアイリッシュに、江戸川少年は気を抜いている私の手を振りほどいて駆け寄った。

 私の幻術はマーリンのそれほど高性能なわけではない。付け焼刃でしかない魔術は発動にどうしても時間がかかる。駆け寄る江戸川少年の姿は一瞬ではあるがヘリコプターから見えたことだろう。

 お前、自分の命を大切にしてくださいよ!

 

「おい、アイリッシュ、しっかりしろ!」

「くどう、しん、いち……」

「おめぇはぜってーにとっつかまえて監獄にぶち込んでやるんだからな! こんなところで死ぬんじゃねぇぞ!!」

「……」

 

 命を投げ出した無償の救出行為。

 幻術をしらない江戸川少年は、ヘリコプター側に見られているのを承知でアイリッシュの体を射線から遠ざけようとしている。

 同時に私も毛利蘭を素早く奥に移動させたが、意識を取り戻す様子はないのでほっと一息つくことができた。

 私が行って戻ってくる間に江戸川少年は10cm進むか進まないか。

 子供の体では重すぎるだろうに、平均的な成人男性をはるかに超える体格を必死に引きずっている。

 アイリッシュが苦しさの中に笑いと憧憬の色を潜ませて江戸川少年を見た。

 

 まったく、これだから主人公っていう奴は。

 愚かしくも輝かしいその生きざまは、こうやって多くの人を魅了していくのだろう。

 スクリーン越しの物語として見ていた英雄譚を目の前にして、私はちょっぴり興奮していた。

 懸命に幼い体でアイリッシュの手を引き、心配と動揺にまみれた声をかけ続ける江戸川少年の姿。

 

 うん、うん、これは私も張り切るべきところだろう。

 こういうお馬鹿さんにはハッピーエンドがお似合いだ。

 ミーハー心で関わり始めたのだが、これは本格的に力を入れる価値がある。

 

 この場にいるはずのない第三者の影にジンは気づいたようだ。

 銃口が幻術の間に合わない隙を追っている。

 筋力の差で遅々として進まない江戸川少年は、次の瞬間には射線に捕えられてしまっていた。

 アイリッシュがそれを庇えば、物語は無事に進んでいくことだろう。

 そしてアイリッシュは間違いなく江戸川少年を庇うはずだ。

 今も震える腕を伸ばし、江戸川少年を射線から突飛ばそうとしている。

 

 私は笑った。

 こんな楽しいこと、見逃せるはずがないじゃないか!

 

 ドッペルゲンガーの能力を作動させる。

 同時に身体強化の魔術、重力制御、魔力放出を展開。

 思考に混じるドッペルゲンガーの副作用を分割思考でやり過ごす。

 戦闘ヘリに搭載された20ミリ機関砲が火を吹く直前、私は地面を蹴った。

 

「おぅわっ!!」

 

 衝撃をできるだけ殺して二人をキャッチ。

 アイリッシュと江戸川少年を抱きかかえ、それぞれの体に魔術で強化を施して離脱。

 そのすぐ後をもみ消すかのような銃撃の嵐が吹き荒れた。

 

「なっ、えっ、赤井、さん……?」

「口を閉じておけ。舌を噛みたくなければな」

 

 一言いいおいて扉を蹴破り、非常階段を駆け上がった。

 この上の特別展望台までは高さにして100メートルもある。原作江戸川少年はよくここまで逃げ切ったものだ。

 その高さも、私にとっては意味がない。

 強化を施された体はコピー元の赤井秀一というスペックも相まって驚異的な速さを生み出す。

 高所の強風がジャケットを強くはためかせる。

 通常なら体を取られてしまいかねない風を、魔力放出でやり過ごす。

 

 ほぼ一足で一側面を走り切り、だいぶ遅れて銃撃の雨が降り注ぐ。

 特別展望台にたどり着くころにはヘリコプターは私たちを見失って、サーチライトをむやみに奔らせていた。

 

「撒けたようだな」

「え、え、本当に赤井さん……?」

 

 流れるように飛び込んだのは特別展望台だ。

 一般客が入れる最も高い位置であるこの場所は、少々スペースが小さいこと以外下階の大展望台とそう大差は見受けられない。

 特別展望台に設置された机の陰に隠れ、私たちは一息ついた。

 まだ江戸川少年は混乱しているらしく、私を見て大量の疑問符にまみれた顔をしている。

 

「それは違うぞ、シェリングフォード。これは……そうだな、変装というやつだ」

「…………その呼び方……まさか」

「そのまさかだ。万が一にも奴らに俺の姿を見られるわけにはいかないんでね。この男の姿を借りさせてもらった」

「いやいやいや、体格が違いすぎだろ! ベルモットだって体格の違いで松本管理官には変装できなかったんだ。グラスホッパーの大きさじゃ成人男性なんて無理に決まって……」

「私の声を聞けば確信できる?」

「うえぇ、ちょ、待って、赤井さんの姿でその声は、ちょっと、分かった信じるから赤井さんの声で話して!」

「ひどい言われようだな。だが君を不快にさせる気はない。今後は控えることとしよう」

 

 元の声で江戸川少年に問いかけると、なんとも吐き戻しそうな顔をされてしまった。

 まあ成人男性からロリ声が聞こえたらちょっと嫌だよね。逆は許せてもね。男からロリ声はダメだよね。

 

 ドッペルゲンガー。

 対象を霊基ごとコピーする変化の極致。新宿のアサシンが取り込んだ幻霊の能力だ。

 この能力を用いて私は赤井秀一の姿をとった。

 今現在、誰がどう調べようと私はDNA単位で赤井秀一という判定を受けるだろう。

 ふとしたしぐさから声の調子まで、この変装を見破れるものは存在しない。

 

 江戸川少年を颯爽と助けるといったら赤井秀一がふさわしかろう、という浅い考えで変身したのだが……予想以上に楽しいぞこれ。

 巷で噂のスパダリごっこ。

 口調もスキルもコピーした完全なコスプレといえばわかりやすいか。

 ついついタバコをくゆらせながらニヒルに笑いたくなるこの姿。楽しまなきゃ損だろう。

 

「さて、アイリッシュの治療をするとしよう。といっても、ここでは止血程度しかできんが」

「! そうだ、アイリッシュ!」

 

 出血の酷いアイリッシュの意識はすでにない。

 過呼吸。脈は速く弱い。皮膚は蒼白で冷たい。冷や汗が出ており、唇は紫を通り越して白い。重度の出血性ショックだろう。

 弾は貫通しているようだが、そんなことここに至っては些事だ。

 強化魔術によって心臓を動かしているが、通常の医療で助けることは不可能に等しい。

 

「グラスホッパー! 早く病院に!」

「焦るな。俺に手がある」

 

 通常の医療で助けることはできない。しかし、魔術ならば助けるのは造作もない。

 大ぶりのハンカチで圧迫止血し、それをカモフラージュとして魔術を構築する。

 江戸川少年からは私がアイリッシュの胸の傷をハンカチで押さえているように見えるだろう。

 ハンカチの裏では空中庭園の魔術炉心から直接ラインを結び、復元呪詛じみた超速再生が行われている。

 血液を仮想構築し、心臓を再生し、多臓器不全を巻き戻し、体温を保全する。

 懐から魔力汚染を防止する薬剤を入れたディスポーサブル注射器を取り出し、アイリッシュへ投入。

 その工程は10分ほどだろうか。

 

「……これで、一命はとりとめただろう」

 

 完全再生は行わず、血液の増量と止血、傷口の処置などにとどめた。

 これで病院へ運ばれても「当たり所がよかった」で誤魔化されてくれるだろう。運よく大きな血管にも重要な臓器にも弾は当たらなかった。そう判断されるはずだ。

 

「よかった……」

 

 幼馴染を人質に取られたあげく組織に連れて行かれそうになったのに、江戸川少年は心底アイリッシュの生存に安堵しているようだ。

 肩で息をついて力を抜いている。

 つくづく善良な少年だ。

 

「治療も一段落ついた。上に向かうぞ、シェリングフォード」

「上って、どうする気だよ。銃撃されたら逃げ場がねーぞ。ここまで派手に動いてるんだ。自衛隊機のスクランブル発進を待った方が良くないか」

「まあ、それが常道だろう。しかしやられっぱなしというのも性に合わないんでな。ひとつ意趣返しをしてやろう」

「意趣返し?」

「具体的には見てのお楽しみだ。間抜けなカラスが空から落ちるのを見せてやろう」

 

 アサシンに不可能はない。

 派手に墜落炎上させてみせよう。それはさぞ劇場版のラストを飾るにふさわしい見栄えがすることだろう。

 想像がつかないらしく江戸川少年は困惑しきりだ。

 私のテンションの上がり具合を察したのか、あきれた顔で一息ついて私の後を追いかけはじめた。

 

 

 

 夜はもう更けている。

 分厚い雲に覆われた空が地上の光に照らし出され、不気味な色に染まっている。

 南南西の風が強い。

 地上の喧騒はここまで届かず、ただヘリコプターのローターブレードが空気を裂く音だけが強く響いている。

 

 地上デジタル放送用のアンテナが上に伸びているさまがここからだとよく見える。

 地上27階。

 東都タワー最上部に私と江戸川少年は来ていた。

 

「なあ、本当に何をする気だよ。ヘリを狙撃するにもここからじゃ狙えないし、万が一狙われたら一巻の終わりだぞ」

「なんだ、怖いのかシェリングフォード」

「バーロー俺はそんなこと言ってんじゃねーよ。つか、お前その姿になってから性格変わりすぎじゃねぇか?」

「これは赤井秀一本来の性格を忠実に模したものだ。君もこの男と知り合いのはずだと思ったが」

「赤井さんはそんなに底意地悪くないから」

 

 いいや、意外と赤井秀一はいい性格をしていると思うのだが。

 若干かのスパダリに夢を抱いているらしい江戸川少年を尻目に、着々と準備を進めていく。

 武器の投影、位置の計算、手順の確認。

 

 投影したのはM24 SWS。

 世界中の軍・警察で採用されている代表的な狙撃銃だ。

 別にこれを選んだ意味は特にないが、あえて言うなら形がちょっとかっこいいから、ぐらいか。

 アサシンのサーヴァントの集合体として私が成り立っている以上、幻霊の能力で変身してもサーヴァントであることに変わりはない。

 現在の私は赤井秀一を英霊として霊基変換し、それに見合ったスキルを得ている状態だ。

 そうして得た人間としては驚くべき高ランクの「射撃」スキルがある限り、どんな銃であろうとスキル補正により命中する。

 

 というか、赤井さんの「射撃」スキルランク高すぎないか。

 ビリー程とは言わないまでも、人間が一代で築いていいレベルじゃないぞ。

 コナンの段階で揺れるヘリコプターの中から風にはためくロープを打ち抜いているので、この世界の基準はそうなのかもしれなかった。

 

 戦闘ヘリは姿の見えない第三者を探して未だ夜の闇をうろついている。

 サーチライトが無為に下階を照らしている。

 そろそろ時間切れも近い。

 自衛隊が動く前に彼らも撤退を決めることだろう。

 

「シェリングフォード、体はしっかりと固定できたか」

「できたけど……ヘリをその銃で狙撃するんだろ。なんでサスペンダーでお前と体をまかなきゃいけないんだよ」

「言っているだろう、見てからのお楽しみだと。なに、何があろうと君の命は守るから心配はいらないさ」

 

 怪訝な様子の江戸川少年だが、サスペンダーは指示通りしっかり巻き終えたようだ。

 伸縮自在サスペンダーは漆黒の追跡者で初登場だっただろうか。いいや、アニメで初期に登場したものを劇場版で強化したんだったか。

 なんにせよMI6もびっくりの阿笠博士の発明品だ。

 私の超機動にもしっかりと対応してくれることだろう。

 

 落とし物のライターを分解して作った閃光弾の具合を確認し、私はひとつ頷いだ。

 

 3分で作れる閃光弾作成講座です。

 ライターのフレームカバーを外し、フリントとフリントのバネを取り出します。バネをフリントに巻き付け、そのままフリントが赤くなるまでライターで熱します。

 熱いうちにそれを硬いところに投げつけましょう。

 以上です。

 

「目をつぶれ」

「はっ、え?」

 

 次の瞬間、カッと目を焼くほどの閃光が奔る。

 上に伸びるアンテナに叩きつけた即席閃光弾は化学反応でもって白色光をほとばしらせ、東都タワーのてっぺんを明るく照らす。

 その異様はヘリ側もすぐに気が付いたらしい。

 うろつくサーチライトが消灯し、ヘリは一気に高度を上げた。

 夜に同化する黒い機体が無防備に腹を曝す。

 

 私は笑みを深めた。

 高度を稼がせたのは墜落場所を少しでも遠くするため。

 あのヘリコプターが無残な鉄くずになるのは決定事項だが、住宅街に落下されても面倒だ。

 せいぜい命がけで人のいない場所に墜落するといい。

 

 赤く塗られた足場の淵に立つ。

 眼下に広がる絶景はため息をつくほど美しい。

 M24 SWSを片手で構え、眼球の魔術回路に魔力を通す。

 

「おい、まさか、嘘だろ、なあ、そんな」

「Go!」

「嘘だろぉぉぉおおおおおお!!!」

 

 飛び降りた。

 

 背中にサスペンダーで固定されたまま絶叫を上げる江戸川少年を無視し、上空へと狙撃銃を向ける。

 同時に魔力放出で体勢を安定させ、銃口を固定する。

 アサシンとしての夜目が暗闇に浮かぶ戦闘ヘリを詳細にとらえている。

 スコープもない状態で無造作に銃を向けているとしか見えない体勢。

 だが、それは強風にあおられながら高所から落下しているとするなら不自然極まりないだろう。

 魔術によってサポートされた体勢で、私は二つの宝具を同時開放した。

 

 ひとつ。

 「唯識・直死の魔眼」。

 視界が青い死の渦へと変貌する。

 不安定な世界のなかでひときわ目を引く死の集束点、「死の点」がおぞましい。

 

 ふたつ。

 「時のある間に薔薇を摘め(クロノス・ローズ)」。

 発動と同時に世界がゆったりと流れ始める。

 固有時制御によって体感時間が何十倍にも引き延ばされ、ヘリのローターブレード一枚一枚を視認する。

 

 狙いを定めたM24 SWSに装填されているのはアサシン・エミヤの起源弾。

 地上が迫る。

 宝具の影響で止まっているかのような時の中、私は薄く笑った。

 

「――――堕ちろ」

 

 弾丸は「射撃」スキルによって導かれるようにローターブレードのある一点に着弾した。

 

 魔眼の都合上「死の線」「死の点」への干渉は魔眼所持者自身の直接攻撃に限られるため、式も志貴もナイフを用いる。

 しかし、魔術に例外はつきものだ。

 起源弾とは使用者本人の起源を抽出して作られる。この場合は肋骨だ。

 そうしてできた起源弾は本人の一部であり内界である。

 

 つまり、言ってしまえば飛来する直接攻撃だ。

 

 起源弾の一撃は「死の点」をついたことによる急速な死の到来をもたらした。

 死んでしまったローターブレードは片側が丸ごと崩れ落ちた。

 破片が強風に乗って下界へと落ちていく。

 左右にガクンと揺れた機体が、驚嘆すべき操作技術によって辛うじて撤退を始める。

 

「おいおい……マジかよ」

 

 背中で江戸川少年がつぶやいた。

 私渾身の曲芸射撃を見ていたらしい。

 自慢げにふっと笑ってカギ付きの伸縮性のあるロープを東都タワーの鉄骨へひっかける。

 この程度じゃ落下の衝撃を殺すことはできないが、魔力放出の言い訳くらいには使えるだろう。

 勢いをつけてひとけのない路地へ着地する。

 サーヴァントの身体能力が魔術によって後押しされ、100メートルを超える落下は小さな革靴の音に変換された。

 

「オールクリア、だ。もう降りても問題ないぞシェリングフォード」

「あ、ああ」

 

 呆然としたような声を出して江戸川少年はサスペンダーを取り外した。

 私もそれを見届けてドッペルゲンガーを解除する。

 みるみる低くなる視界に若干の名残惜しさを感じながら、私は元の少女の姿へと戻っていく。

 江戸川少年が遠く消えていくヘリコプターを目で追う一瞬の間のことである。

 変身の決定的瞬間は見られていないはずだ。彼も集中すると周りが見えなくなってしまう悪癖を直すべきだろうに。

 

 物憂げな目でヘリコプターを見送る少年を置いて私は踵を返す。

 今回は実に満足のいく活躍ができた。

 張り合いのない暗殺とは一線を画すわくわくだ。

 魅せる戦闘とはかくも楽しいものなのか。

 江戸川少年と交流できるし楽しめるしで一石二鳥。

 

 そんなことを考えながら次回参加を決意して、今回はこれにて終了である。

 

「なあ、グラスホッパー」

 

 去り際に江戸川少年がこちらに背を向けたまま問いかけた。

 

「何用か」

「…………」

 

 頭の回転が速い彼にしてはずいぶんと長い沈黙。

 

「……どうして俺を助けたんだ」

「質問の意図がわからない。私は契約だと言ったはず」

「その契約がおかしいんだよ。今回の事件で俺の渡した対価は握手一つっきり。どう考えても釣り合ってねーだろ」

「……もう一度言おう、シェリングフォード」

 

 私は彼に向かって笑いかけた。

 本当に小さいことを気にする男だ。命が無事だったんだから些細なことは流せばいいのに。

 対価が握手ひとつっきり?

 それは自身の価値を低く見積もりすぎている。

 

 

「あなたは主人公(タイトルロール)。その存在自体に、価値があるのだから」

 

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