アサシン(英霊)なオリ主in名探偵コナン   作:ラムセス_

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赤井の過去編
7 赤井の過去、序


 宮野明美は目を伏せ、そっと息を吐いた。

 

 トナカイのモチーフライトがいくつも天井から下がり、手すりには雪の結晶の形をしたイルミネーションが飾り付けられている。

 25メートルおきに設置されたクリスマスツリーはライトアップされ、てっぺんには笑顔の星が光る。

 六階建ての店内は吹き抜けだ。

 明るく温かいそこは多くの人でにぎわっている。

 

 ここは東都スパイラルヒルズ。

 すぐそばまでやってきたクリスマスイブの息吹に誘われ、多くの人が行きかう冬のデートスポット。

 愛と幸せに包まれるカップルたちを眺めながら、宮野は一人寒さの身に染みる街路のベンチに座っていた。

 

「大君……」

 

 手には可愛らしく赤と緑のリボンでラッピングされた箱が一つ。

 手袋のない凍える指先が大事そうに箱を包み、そこに籠る想いと希望に色を与えている。

 駐車場に面するそこは街路灯に照らされて明るい。

 光を反射して煌めく雪の結晶が、手のひらに落ちては溶けて消えていく。

 

 今日、宮野明美はとある男性とデートの予定だった。

 東都スパイラルヒルズをめぐり、最近話題の映画を見て、おしゃれなレストランで食事を共にする。

 それはありきたりな計画ではあったが、確かな幸せにあふれていた。

 愛しいヒトと共に過ごす時間は何にも代えがたい。

 凡百な内容であっても、手垢のついた構想であっても。

 二人が真実結ばれる事がないと知っていても。

 

 宮野の想い人の名は、諸星大。

 ターコイズグリーンの瞳に黒の長髪。名前こそ日本語だがその容貌は西洋の血を思わせる。

 深い彫と鋭い眼はどうにも他人を威圧しぎみだが、彼がそう見えて心優しく穏やかな人物であることを宮野は知っていた。

 そして、その心穏やかさと冷徹さが両立することも承知だった。

 

 宮野明美は言うにはばかる裏の組織の一員である。

 両親もそうだったし、自分も妹も周りの人間も、環境全てがそうして成り立っていた。

 必然的に想い人もそうだ。

 ただの下っ端でしかない自分とは違い、諸星はライというコードネームを得るほどに優秀だ。

 裏の組織での優秀さは、それだけ人を不幸に陥れていることを示す指標である。

 想い人の優しさの裏に、それだけの冷徹さがあることを宮野は知っている。

 

 知っていてなお、宮野は彼のことを愛していた。

 自分が組織でのし上がるための踏み台の一つでしかなくとも、自分を見るその瞳は本物である。

 自分に語る過去が空虚で嘘に塗り固められていようと、繋ぐ手のひらは本物である。

 いずれ捨て去られる日が来るとしても、今この瞬間は本物である。

 

 人生の大半を薄暗い悪事とわずかな姉妹の支え合いで過ごしてきた彼女にとって、諸星大との出会いはなにより大切な情念だった。

 

 宮野明美は手の中にある小さな箱を握りしめる。

 愛しい彼へのプレゼント。

 そして、自分のきっと報われないであろう想いを伝える決意の証。

 これを今日、デートという名目で宮野は彼に渡すつもりだった。

 さりげなさを装って、なんでもないプレゼントの一つと言い張って渡すつもりだったそれ。

 

 結局、彼は急遽入った組織からの任務によりデートのキャンセルを余儀なくされ、同時にプレゼントを渡す機会も延期された。

 できるだけ特別な意図が伝わらないようにと練りに練った計画だったが、今回は失敗のようだ。

 未練を夜に流すつもりで宮野は東都スパイラルヒルズに来ていた。

 なんの憂いもなく恋と愛を振り撒く人々の姿に羨望を覚えないでもないが、彼女も少なからず後ろめたい行為に加担してきた身だ。

 自分にはその資格がないと諦観し、しかし諦めきれない無念を胸に夜を眺める。

 

 吐く息は白い。

 明日には詐欺の手伝いとして個人情報を抜き取る任務が待っている。

 たとえ下働きのさらに下といっても、自分の行い次第では妹に影響が及びかねない。

 次の日に差し障りのある行動は慎むべきで、こんな冬の夜の外で長時間物思いにふけっているわけにはいかない。

 それなのにどうにも動く気になれなくて、宮野はぼうっと夜に光るネオンを視界に映していた。

 

 ふいに、深々と降る雪が止んだ。

 

「風邪をひく。せめて中に入るべきだ」

「……え?」

 

 いつの間にか目の前に立っていた少女が、自分に向かって傘を差していた。

 目の覚めるような金紗の髪。魂が惹き入れられていくような美貌。

 柳の枝に遊ぶウグイスが金粉を散らしたように寸分の隙も無い、圧倒的なまでの美しさ。

 わずかに雪が積もる傘にはファンシーなお化けの図案が描かれている。

 

 宮野はわずかに脳裏に引っかかるものを覚えた。

 それがなにか分からないまま、困惑の表情で少女を見上げる。

 

「ありがとうね。……えっと、あなた、お父さんとお母さんは?」

「組織外でなんの連絡もせずに会うのは初めてのことだから、あなたが私を認識できないのは仕方のないことだ。故に名乗ろう。私はグラスホッパー、あなたの友である」

 

 グラスホッパー。

 その名を聞いて、記憶が電流にも似た衝撃を伴って蘇る。

 そう、そうだ。グラスホッパー。少し前に組織に加わったメンバーであり、最上級幹部直々に招待されたという謎多き人物。

 妹の宮野志保を通して偶然に知り合ったが、末端の一人でしかない自分を何かと気にかけてくれる稀有で奇特なコードネーム持ち。

 この裏社会にふさわしくない人形のように愛らしいこの少女のことを、宮野はもう一人の妹のように可愛がっていた。

 

「は、ハサンちゃん! どうしてこんなところに!?」

「ここのイルミネーションは素晴らしい。セーフティーハウスをクリスマス仕様にするための参考として来た。やはりモミの木のてっぺんは星が安定だろうか。虹色に輝く星型の八面体ではだめだろうか」

「え、クリスマスツリーに決まりなんて無いんだからそれでも構わないと思うんだけど……同居人に何か言われたの?」

「その形は財布に悪い影響が出る、と止められた」

「風水とかかしら……個人の信条は様々だから、同居人さんにこだわりがあるようならいっそ任せてしまった方が楽かもしれないわね」

「彼は特に宗教を信仰していないはず。だが、一理ある。ここを撮った写真だけを渡して彼に任せてみよう。助言に感謝する」

「どういたしまして」

 

 反射で流れるように会話をしてしまった。

 グラスホッパーの口調は文語体で見目にそぐわない硬さがあるが、口調よりずっととっつきやすい性格をしている。

 気心知れた幼い友人との会話に、宮野は少しだけ心が溶けだすように感じた。

 

「あー、それにしてもびっくりしたわ。まさかハサンちゃんとこんなところで会うなんて。いつものことだけど外で会うと殊更誰か分からないものね」

「名乗るだけで思い出すことができるのは珍しい。ジンには名乗っても銃口を向けられる」

「元々ジンは人の顔を憶えないんだから比べるに値しないわ」

「辛辣。しかし妹に粘着する男に対しての姉の対応としては正しいと感じる。3日前にシェリーに対してロック・ア・コーを作るかなどとジンがうそぶいていた。酷いセクハラである」

「ロック・ア・コー?……たしかドライ・ジンとドライ・シェリーのカクテルよね……って、あ、あの変態!! 信じられないやっぱり私が責任もって刺し違えてでも排除すべきだったわ!」

「依頼なら安くしておく。安心安全の達成率100%、長年のご愛顧に感謝してありがとうキャンペーン実施中。組織幹部一人暗殺お試しパック」

「ありがとうね。まだ消すには早いから、今度何かあったらお願いするわ。あと、胡散臭い健康食品のチラシみたいな宣伝方法はいい加減止めた方がいいと思うの。謳い文句に偽りなしなんだけど、なんか悪徳商法にひっかける気満々みたいな気配がするし」

「信頼も実績もある暗殺者として遺憾に思う。やはり駆け出しの暗殺業として多少の親しみやすさは必要である」

「暗殺に親しみやすさって必要かしら……? せめてドクロ仮面のゆるキャラを載せるのは止めましょう?」

 

 グラスホッパーが有力な権力者達の枕元にスーパーのチラシみたいな宣伝広告を置いて回った事件は記憶に新しい。

 あれのせいで沢山の警備会社が警備計画の見直しを迫られたし、回収された広告は科学的捜査のために厳重に保管されることになった。

 第一報はすぐに黒の組織にも伝わった。キャンティは人目もはばからずアジトの広場で爆笑していたし、情報責任者のバーボンはあまりのことに言葉も出ないありさまだった。

 ナンバー2のラムはグラスホッパーが組織を抜けようとしているんじゃないかと気をもんだようだが、本人は「短期アルバイト」などと抜かしたようで、後日グラスホッパーのアルバイト禁止令が発行されることとなった。

 

 愉快さと頭痛を半々に感じながら、宮野は幼い友と雑談を交わす。

 冬の夜、雪降る日だというのに、それを感じさせない明るさと笑いでもって空気は暖かい。

 道行く人がちらりと視線を向けるが、宮野はあまり気にならなかった。

 彼女との会話は楽しい。

 友達などと呼べる人間など随分長い間いなかった。

 近づく人間がいたとしてもそれは組織の命令で会ったり相手側の思惑だったり。

 真に心休まる時は実の妹との休息くらいのもの。それも組織側で接触を制限されていた。

 

「ときに、あなたは何故ここにいた? シェリーへのプレゼントだろうか」

 

 グラスホッパーが宮野の手の中にある小さなプレゼントボックスを見て言った。

 宮野は少々言葉に詰まる。

 

「うーん、これは……未練、かな」

「未練?」

「そう、未練」

 

 宮野明美は諸星大とは結ばれない。

 諸星大は、おそらく組織に対して何らかの「用事」が存在する。

 その「用事」を済ませるために宮野明美に近づいたのだ。

 だから宮野との関係は組織へ近づくための糸口でしかないし、現在の恋人関係もそれを引きずった偽りのものでしかない。

 彼は自分に微笑みかけてくれるが、それが真実愛に変わることはないだろうと宮野は思っている。

 でも。

 

「諦めきれなくってね。だから、プレゼントで形だけでも残しておこうかなって思ったのよ」

「……ライか」

「知ってたの?」

「是、是。宮野明美は諸星大――ライに心奪われている。恋をしている。付き合っている。その事実を知るのは当人以外はシェリーと私だけである」

「志保には私から話したから知ってるのは当然だけど……まさか見てたわけじゃ無いわよね?」

「2週間前、東都の海浜公園に隣接する博物館であなたはデートをした。彼はあなたに埴輪の形をしたストラップをプレゼントし、あなたは喜んでそれを携帯に付けた」

「やっぱり見てたのね! いつか覚えてなさいよ」

「彼は言った。君がじっと見ていたのが気になってな。欲しかったんだろう? あなたは頬を朱に染めた。恥じらい、わずかに目を逸らして笑う。目の前で揺れる埴輪のストラップが――」

「描写はやめなさい描写は! まったく、まだ貴方には早いわ。貴方は美人さんなんだからきっと将来いい人ができるから、その時までそういう話はお預けよ」

「無念」

 

 無表情ながら残念そうな声色を出すグラスホッパーに宮野は幾度ともしれないため息をついた。

 この少女は自分に対してのみ愉快犯に過ぎる。

 この気軽い性格が自分と妹の仲を取り持ってくれたのを知っているが、こんな様子で裏社会に恐れられる暗殺者を本当にやっていけているのだろうか。

 冷徹、残酷、無情。かの伝説に値する暗殺者について周りから聞くことは多い。

 その残忍なやり口から快楽殺人者を疑われることもあれば、正確無比な達成率から年老いた仕事人と噂されることもある。

 周りに伝わるグラスホッパーという暗殺者の噂と目の前の現実の乖離に、宮野はどうにも混乱し気味だった。

 しかし、どんな噂があろうと宮野は確信している。

 グラスホッパーは自分の最も大切な友人である。彼女は愉快犯的な性格をしているものの、友達思いで優しい性格をしている。

 

「ねえ、せっかくだから、一つお願いを聞いてくれる?」

「何を望む? できる範囲で叶えよう」

 

 間髪を容れず彼女は答えた。

 できないことの方が少ない彼女のことだ。その言葉は「なんでも叶える」と言っているのに等しいだろう。

 

 いつの間にか雪は止んでいた。

 話すうちに夜は更け、人波もまばらになっている。

 遠く街並みのネオンが降り積もった雪をカラフルに照らし、足跡を鮮明にしている。

 

「コレ、大君に渡してほしいの」

 

 手の中の彼へのプレゼントをグラスホッパーに押し付けた。

 彼女は珍しく目を白黒させて驚いている。

 普段動かない彼女の顔が驚きに満ちていた。宮野はなんとも面白くなって、声を出して笑った。

 

「これはあなたが直接渡すべきもののように見える」

「ふふ、そうね、そうするべきだと思うわ」

「ならば何故」

「なんでかしらね。そうした方がいいと思ったの。理由なんて特に無いわ。でも、貴方なら叶えてくれると思って。……そうね、依頼料はここで売ってるスナック菓子。これから買いに行こうと思うんだけど、どうかしら」

「!!……ポテトすなっくんが良い。うすしお味」

「交渉成立ね。今回は特別にバター醤油も付けるわ」

「優良な取引先を持てた。感謝する」

 

 暗殺者としても組織の幹部としても相当の額をもらっているだろうに、彼女はどうにも小さなことで喜ぶことが多かった。

 可愛らしい見た目の割に豪快にポテチを食べる姿を知っている身としては、将来の美容と健康のためにもインスタント食品やスナック菓子は控えておいて欲しいところだ。

 遊び心で彼女の冷たい手をつかみ、手をつないでベンチから立ち上がった。

 彼女は子ども扱いに不服そうな顔をしながらも抵抗せずに手をつないでいる。

 

「これ、メッセージカードが裏に貼ってあるから落とさないようにね」

「わかった。気を付けよう」

「あと、すぐに渡すのも恥ずかしいから……そうね、明日の昼以降に渡して。大君のことだから電話で問い詰めてくると思うんだけど、やっぱり心の準備ができる時間が欲しいの」

 

 自分勝手な想いを伝えるのは勇気がいる。

 ただでさえ今日偶然により失敗しているのだ。次の機会を考えると今日の倍の勇気が必要になるだろう。

 しかし、受け取って迷惑に思う彼を直接見るよりは随分とマシだ。

 なんでもないプレゼントを装って他人に届けさせるというのも、これはこれでありだったと思う。

 

 グラスホッパーは少しだけ目を細めて宮野を見上げた。

 底の見えない池のような瞳が宮野を捉える。

 彼女はいつも通り、定型文を口にした。

 

「承った。契約通りに事を為そう」

 

 

 

 翌日の早朝、組織の手のものが諸星大の自宅を襲撃したときには彼の部屋は空っぽだった。

 諸星大の本名は赤井秀一。

 彼はFBIが放つスナイパーにして優れたNOC、潜入工作員であると判明したのはわずか2時間前のことだった。

 

 

 

―――――

 

 

 

 現在、私は諸星大のセーフティーハウスの一つにいる。

 殺風景な部屋だ。

 物が極端に少ない。生活に必要な最低限の家具だけあって、飾り気がほとんどない。

 タンスの上のボトルシップとノートパソコンの横に置いてあるクマのぬいぐるみだけが唯一飾り気と呼べるものだろう。

 クローゼットの中は空っぽだ。

 タンスの中も乱雑に引き抜かれ、ぽっかりと空間ができている。

 

 私の横を体格のいい黒服の男性が銃を構えながら通り過ぎた。

 横の壁にぴったりと張り付き、そっとドアを開ける。

 キイ、と扉が開いた瞬間内部に向かって男は銃を突きつけた。

 しかして、中はキッチンだった。出しっぱなしの水道が音を立てているが人の気配はない。

 男は舌打ちを一つすると次の部屋へ向かっていった。やはり銃は油断なく構えたままだ。 

 

 私がセーフティーハウスの中を徘徊していることに男たちは気が付いていない。

 組織から派遣された追跡部隊の男たちは6人。

 相手が赤井秀一だと考えると少なすぎるような気もするが、彼らも一応鍛えらえたエージェントなのだろう。

 「圏境:A」を発動している私に気づくことはできなくとも、その動きには手慣れたものが見える。

 

「おい、やはり居ないぞ」

「逃げたか。くそ、いつ勘付きやがった!」

「部屋の中に何か残ってないか調べろ。お前たちは居間のパソコンだ。俺はキッチンと物置を探す」

 

 この男たちが来る数分前に到着したが、赤井秀一の撤退技術は凄まじい。

 まずタンスの中だ。

 一般的な大衆向けの衣服類のみで、特徴的なブランド物などは一切存在しない。本棚は有名作品だけで、とくに好み傾向は見当たらない。まるで店の人気商品をそのまま持ってきたような品揃えだ。

 固定電話は履歴が全て削除されている。残っている記録は何もない。

 

 目を引くのはゴミが残ったままのゴミ箱だ。

 潜入捜査官が生活の一部を物語るゴミを残すことはない。他人のゴミ箱に捨てたり、自分で焼却場に持ち込んだりするのが慎重かつ確実なやり方だろう。

 男たちは残ったままのゴミ箱を丁寧に漁り、中から小さな領収書を発見した。

 会話から察するに、急いでいて処分し損ねたと考えているらしい。

 

「ブラジル行きの飛行機チケット、2日前のやつだ!」

「おい、出航は今日の午後7時になってるぞ。今から空港周りを張れば捕まえられる」

「本部に電話だ!サツに気づかれないように東都空港全域を張れ! 取り逃がせば俺たちの首が飛ぶぞ!」

 

 おいおい、頭脳が足りないぞ。

 スパイが空港を利用するわけないじゃないか。少なくともパスポートの管理がゆるいフェリーだろうに。

 領収書はブラフだ。

 出しっぱなしの水道で生活音を響かせて侵入者に圧迫感を与える。

 そうして焦りと安堵を与えて平常心を奪った後に、あからさまなヒントを領収書という形で見せつける。

 そうすれば追手はこう思うだろう。

 「赤井秀一はブラジルに飛行機で逃げようとしている」と。

 

 私は開いたままのノートパソコンを見つめる。

 上部には小さなカメラ。スカイプなどでテレビ電話をするためにつけられている既製品だ。

 男の一人がパソコンの前に座り、必死でセキュリティを突破しようと試みている。

 その顔をカメラはじっと映している。

 タンスに何か残り物が無いか引っ掻き回している男の横には、ボトルシップが一つ。

 

 私はボトルシップに向かって小さく手を振った。

 サーヴァントの視力を舐めちゃいけない。

 中に超小型のカメラが仕込まれていることぐらい見ればわかるし、パソコンについているカメラが小さな小さな駆動音を立てているのも聞こえている。

 

 赤井さんは恐らく別のセーフティーハウスでこの部屋の様子をうかがっているはずだ。

 敵から逃げるには敵の行動を知れ。

 男たちの動向が分かればおのずとどこに逃げればいいのかも分かるはずだ。

 いやはや、スパイって凄い。赤井秀一って凄い。

 

 ぴくり、とハトさんラインを通して連絡があるのを感じた。

 魔術的なラインを通して視界を繋ぐと、それはこのセキュリティハウスの向かいのマンションを映していた。

 3階の窓。中は電気がついていないようで真っ暗に見える。

 暗視で中を覗いて、私はほうとため息をついた。

 向かいのマンションの一室から小型カメラを向け、タバコを吸いながらパソコンでこちらを窺う赤井秀一の姿があったのだ。

 

 いや、お向かいさんかよどんだけ肝が座ってるんだよ!

 優雅にタバコをくゆらせながら足を組み、赤井秀一は逃走経路を思考しているようだ。

 その姿は超然としており余裕に満ちている。

 焦りに顔を曇らせる追手たちとは対照的に、赤井さんはわずかに笑みを浮かべた。

 

 か、かっこいい!!

 スパイってかっこいいな。潜入捜査官ってキマってるな。

 アサシンのかっこよさは揺らがないけれど、スパイ小説が人気なのも頷ける。

 こうやって人を手玉に取る感じはさすがの一言だ。同じスパイの安室さんも組織にはいるのだから、一日くらいはこっそり張り付いて観賞してみようか。

 

 そんな事を考えながら音もたてずに部屋を出る。

 彼には悪いが、こちらも依頼を受けている身だ。

 彼が敵地から逃亡するプロフェッショナルなら、私は追って殺す狩りのクリーチャー。

 人がどれだけ知恵と知識を駆使しようが、真の化け物相手には意味がない。

 

 「影灯籠:A」が発動し、私は階段の影に沈み込んだ。

 勉強がてら、彼はじっくり追い詰めよう。

 

 にたりと笑って、私は鳩の視界から彼を見つめた。

 

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