メールに添付した写真を見た瞬間、赤井さんが周囲に気を張り巡らせたのが分かった。
はた目にはなんら変わった様子はない。
しかしサーヴァントの規格外の知覚力は、彼の僅かな筋肉の収縮、呼吸の乱れを感知する。
辺りの気配を探っているのだろう。
彼は後ろを振り返るような浅慮な真似はしなかった。
ただ私に気取られないように警戒はしているはずだ。
携帯をポケットにしまい、一呼吸。
赤井さんは拍をずらすようにゆっくりと振り返った。
正面には私が居る。もちろん「気配遮断:EX」のせいで居ても見つけられないのだが。
私は正面から赤井さんをまじまじと見て、ほうとため息をついた。
この世界は平均的に顔面偏差値が高めだ。
だいたい皆個性の差はあれどTVに出ても見苦しくない整い具合。美形と呼ばれてちやほやされる部類は絶世の美女美男。最悪でも前世のフツメンという程度だ。
赤井さんはその中でもイケメンの部類に入るだろう。
日本人にしては彫が深く、眼筋鼻筋が通っている。目つきはキツめで威圧感を与えるだろうが、元の比率が整っているので問題にはならない。そして碧の瞳が印象深い。
眼球だけで辺りを探る赤井さんを目の前に、私はイケメン具合を吟味した。
これはこれは、バーでウイスキーを傾ける図が似合う男だこと。
鍛え上げられた筋肉は実用的で均整がとれている。これでタバコをくゆらせる姿は絵になることだろう。
前世ならすぐにでもテレビ関係者が飛んできただろうに、この世界では目つきの悪い男性扱い。
ままならんものだ、としみじみ思う。
まあ彼がどれだけイケメンであろうと、イケメン無罪とするわけにはいかない。
私の友人である宮野明美の運命は彼のせいで真っ暗なのだ。
ただでさえ才能のない下っ端と評されているのに、組織にNOCを連れ込んだ罪までかぶってしまった。
何かと人材を切り捨てることに定評のあるこの組織だ。宮野さんが遠くないうちに処分されてしまうことは想像に難くない。
宮野さんは生まれが生まれだっただけで、別段悪人というわけではない。組織を抜けたいと常々思っていたことも彼は知っていたはず。
それなのに処分されることが確定している彼女を置いていくとは……。
ううむ、ギルティ! 驚かしの刑を言い渡す!
そう意気込んだものの、これまで追いかけて来た間に彼が驚いた形跡は見受けられない。
ハトさんの視界を通してみていたが、私のドッキリメールを見ても無表情、無反応の冷静そのもの。
一応周囲を警戒するそぶりはみせていたのだが、あくまで潜入捜査官としての警戒や緊張であって明確に恐怖しているような感じではないのだ。
せっかくメリーさん調にメールを送ったというのに、彼はまったく冷静に事に当たっている。
その対応も的確で、きっと一般的な追跡者だったら5度は撒かれているはずだ。
だからこそちょっと不満なのだが。
「追 い つ い た」
「っ、!!?」
私は赤井さんの後ろに回り込み、ワザとらしく一音一音に力を込めて耳元で囁いた。
瞬間、彼は振り向きざまに切れのある拳の一撃を放った。
SAA、すなわちジークンドーの基本戦術の一つである「Single Angle Attack」。
振り向くための腰の動きに傾斜を加え、角度をつけた鋭いフックだ。
常人なら避けられるはずもない速さに一撃で昏倒しうる威力。しかし、残念ながら相手は私。
右手の人差し指で彼の第三中手骨骨頭――拳骨をそっとおさえる。
それだけで彼の拳は一ミリたりとも前に進まなくなった。
私のステータスはアサシン合算方式だ。30近いサーヴァントを総計した筋力値は並みのバーサーカーを遥かに凌ぐ。
指一本で拳を止める、なんてドラゴンボールみたいな真似をできるのもそのせいだ。
「っ、馬鹿な……」
渾身の一撃を指一本で受け止める少女、という図柄にはさすがに驚いたようだ。
彼は私の姿を確認し、静かに目を見張った。
……ここまでやってもこの程度の反応とは、本当に鋼の精神だなこの男。
すぐさま赤井さんは一歩退いて私と距離をとった。
ジークンドー独特の構えをとり、油断なくこちらを見据えている。
私は魔力放出で彼の目線の高さ程度まで浮いているのだが、その超常的な光景にもあまり驚いた様子はない。
「先ほどから俺にメールを送り付けていたのは君か、お嬢さん?」
「是、是。私があなたにメールを送った。私はあなたに用があった」
「……さて、魔女の類か、悪魔の類か。あいにく俺は今忙しくてね。契約の勧誘ならまたの機会にしてほしいのだが」
僅かに目を細め、気軽な調子すら感じるほどに軽い言葉を彼が投げかけてくる。
構えはとったままだ。
おそらく戦闘前の舌戦を仕掛けているのだろう。
科学の世界で生きてきた人間とは思えないほど自然に、私という非現実的な存在を受け入れ対処しようとしている。
アメリカもイギリスもキリスト教圏。真っ先に魔女や悪魔という発想が出てきたのはそのせいだろうか。
私は無言でほほ笑んだ。
……ここまで驚かないとこちらも意地だ。何が何でもこいつの余裕ぶっこいた顔、恐怖に歪めてやらねばなるまい。
「『
「……?」
セミラミスの第二宝具、「
効果は扁桃体への刺激。大脳の一部である扁桃体は、記憶や情動を司る重要部位だ。
そこを電極で刺激することで、恐怖反応を強制的に引き起こすことができることが実験で明らかになっている。
一言で説明するなら、脳を刺激して強制的に恐怖させる毒をばらまいたということ。
赤井さんがピクリと肩をゆらす。
それでも反応はそれだけだ。表情は先ほどと変わりない。
次は「皇帝特権:A」から「深淵の邪視」を発動。
未知への恐れを加速度的に増加させるこの眼差しは、純正の恐怖をまき散らす。スキル説明にある「深海に棲むモノ」とは、神話生物と見て間違いない。
スキル説明欄にある「ロストサニティ」とは正気度喪失のこと。いわゆるSAN値チェックというやつだ。
私はこのスキルを発動したまま赤井さんとゆるりと目を合わせた。
スキルは正確に発動し、内在する彼自身の未知への恐怖を抉り出したあげく塗りたくる。
僅かに彼の腕の筋肉が強張った。
彼は無言を貫いている。息もほんの少し乱れただろうか、呼吸のリズムが幾分か変わったようだ。
それでもあからさまに驚いたり恐怖したりした様子はない。
この男、「勇猛」とか「信仰の加護」とかでも持ってんのかよ、と私はちょっぴり戦慄した。
ここまでやればサーヴァントだって恐怖するだろうに。
仕方がないので、加えて酒呑童子の「鬼種の魔:A」によって魔力放出を行う。
太古より人の敵、文明の敵であった鬼種の濃密な気配は人間という種を無条件に威圧する。
それを利用して魔力放出により意図的に気配を濃厚にしたのだ。鼠が猫を恐れるように、人間は鬼を恐れる。それは本能から来る必然だ。
これでさすがの彼もビビって逃げ出すだろう……。
しかし、赤井さんはそれでも目を見開くだけ。
表情はやっと変わったが、それでもこちらに意識を向けていられるようだ。
赤井さんに話しかけてから随分と黙ったままだ。このあたりで私もそろそろ返答すべきか、と思い悩む。
どうやらそこまで怖がってはいないみたいなので、不自然にならない程度に会話はすべきだろう。
いよいよもって彼を人間外の精神の持ち主だと考えねばならないかもしれない。
会話ついでにヘンリー・ジキル&ハイドの「恐慌の声:A」を作動。
聞くものの精神を弱らせる声だ。これによる精神攻撃はサーヴァントすら硬直させうる。
「私は魔女ではなく、悪魔でもない。私はグラスホッパー。暗殺者。闇に紛れるもの。忍び寄るもの。刈り取るもの」
「っ、……そし、き、の暗殺者……グラスホッパーか。俺を、始末しに来たのか……」
私は返答に困って無言を通した。
ここで「違う、プレゼントを届けに来ただけやでー」と言うのは簡単だ。
しかしそんなことを教えてしまえば彼をドッキリさせることが完全に不可能になってしまう。
いや、現段階ですでに失敗しているような気がしないでもないが、諦めるというのも悔しいものだ。
彼の呼吸は若干速い。肩が少しだけ震えている。足の筋肉に力が入っている様子もある。
しかしその表情はポーカーフェイスを貫き通している。
ううーん、もうこうなったら手っ取り早くヤバめの生き物を出して襲いかからせてみようか。
第一候補は大毒蛇バシュムだ。
幻想種の到達点、神獣に位置する大化生。バビロニア神話に名だたる怪物の母、ティアマトより生まれた11の魔獣の一つ。
竜種と比較して遜色ないほどに強大なおぞましい獣、バシュム。
その隔絶した異様で襲いかかられれば、さすがに彼とて恐怖で逃げ出すはずだ。
毒の吐息も牙も禁止してのお呼びとなるが、戦闘用ではないのでいいだろう。
本気でバシュムを召喚するには準備が足りないし、足りたとしても一国を攻め滅ぼすんじゃないんだから戦力過多になってしまう。
よってこの辺が私の出せる最大のドッキリになる。
赤井さんは押し黙ったままこちらを見ている。
目は僅かに見開かれ、歯を噛みしめているのか顎に力が入っている。
私はバシュムを呼び出すためのシングルアクションとして、手を振り上げて魔力を込めた。
私の動きに、何故か彼は反応しない。何か行動を起こしそうなのだから重心を動かすぐらいしてもよさそうなのに。
不思議に思いつつも私は魔力を編み上げ、膨大な術式が霧をかき乱し、髪が激しく舞い上がる。
いよいよバシュムを呼び出そうとしたその瞬間。
Ririri, Ririri……。
携帯電話のコール音だ。
このデフォルト設定のコール音は私のものだ。緊急用にとRUMにねだられて入手したものなので、番号をしっているのはRUM一人だけ。必然、かけてきた相手もRUMその人だろう。
実にタイミングの悪いことだ。
電話に出ないというわけにもいかないので、魔術式をキャンセルして手を下ろし、ポケットから携帯を取り出す。
「何用か、RUM。依頼はハトを通じて行うと言ったはず」
『すみません、緊急の依頼でして。裏切り者の情報はもう耳にしましたか?』
「是、是。諸星大。赤井秀一。FBIからのNOCである、と」
『さすが、耳が速いですね。その彼ですが、貴方に始末を頼みたいのです』
虫の鳴き声一つしない濃霧の中、電話の声はよく通る。
赤井さんの速い息遣いとRUMの合成音声がまじりあい、どうにも落ち着かない雰囲気だ。
無防備に電話に出ているというのに、赤井さんは逃げ出すそぶりも反撃に出るそぶりも見せない。
実力差がありすぎて逃げ出すことすらできない、というには彼の表情が鉄壁過ぎる。
本当に彼の考えていることが分からないぞ……!
「その依頼は受けられない」
私は赤井さんについての考察に没頭しながら適当にRUMに返答した。
思い返してみれば、当初の目的は赤井さんに宮野さんのプレゼントを渡すということだったはず。
赤井さんの見事な逃走劇と私の個人的な私怨で忘れ去っていたが、プレゼントを渡すことこそが私の成さなければならないことだ。
殺してしまったら渡すも何もない。
たしかに届けたぜ、死体にな……みたいなハリウッドの運び屋的依頼達成は私の感性とは合わない。
『何故ですか?』
「赤井秀一に対して、別件として依頼がある。対象一人に重複した依頼は受け付けていない」
『……組織以外に依頼者がいると?』
「是。組織の依頼を優先的に受けるというだけで、私は組織に帰属しているわけではない。これはあなたとの契約で取り決められたことである」
『…………いいでしょう。では、その依頼の後に赤井秀一の始末を頼むとしましょう』
「承った」
ふつりと通話が切れる。
それから、はっ、とノリで返答したせいで意味の分からない流れになってしまったことに気が付いた。
つまりこれからの流れはこうだ。
赤井さんにプレゼントを渡す。それから赤井さんを殺す。以上。
これどうぞプレゼントです死ねぇ! とはまた「じゃんけん死ねぇ!」のバゼットさんのことを笑えない。
彼が死んでしまうことによる原作乖離に興味がないこともないが、どうせバッドエンド系への布石にしかならない。
江戸川少年が無双している劇場版展開が好きな私としては、あまり好ましくない変化であることは間違いない。
赤井さんは未だに突っ立ったままだ。
ううん、もういいか。
彼の精神は鉄壁である。精神に干渉する類は受け付けないアイアンハートの持ち主。それでもう諦めるとしよう。
宝具スキルの嵐に耐え切ったことを賞賛し、宮野さんのことは手打ちだ。
私はポーチからプレゼントを取り出し、底に貼ってあるメッセージカードを剥がしとった。
それをアスファルトの上に置き、同時に取り出した小さな宝石を手の中で遊ばせる。
それはごく小さなオニキスだ。
縞瑪瑙の一種であり、パワーストーンとして扱われることもある。
石言葉は「遠からぬ成功」。
「ア、ガッ!」
赤井さんの顎を左手で固定し、容赦なく宝石を口に突っ込む。
突然目の前に瞬間移動したように見えただろうが、私はステータスに物を言わせて距離を詰めただけだ。
同時に「魔力放出(水)」でもって宝石を強制的に胃に流し込ませた。
苦しそうにむせているが、これで一応精神的に立ち直れない状況に陥ることはないはずだ。
彼はうずくまって必死に飲み込んだものを吐きだそうとしている。
毒ではないんだが、伝えた方がいいだろうか。
このオニキスの玉には「女神の加護」が込められている。
私の「女神の神核:EX」を利用して神霊の加護を与えるというもので、現在は実験段階だ。
しかし人体に害がないことは分かっているので、なにか問題ないことは確認済みだ。
ゆくゆくは組織壊滅の立役者になるのだ。
これから歩む物語を応援して、餞別がてら幸運を祈るとしよう。
必死の形相の彼を置いて、私はそそくさと退散を始めた。
メッセージカードを残したのは一応プレゼントを渡しには行ったという意思表示のため。
プレゼント自体を渡さなかったのは「まだ依頼は終わってないので赤井さん暗殺はできない」という言い訳に使うため。
ただドッキリ企画を立ち上げただけの追跡旅だったのだが、予想外の赤井さんの精神力に失敗してしまった。
少なくともスパイの華麗な逃走劇はみることができたので、良しといたしましょう。
また彼に会うのは随分先のことになるだろう。
少しの期待を込めて、今回はこれにて終了である。
霧がゆっくり晴れていく。
冬空に生気が戻り、彼は逃げおおせることだろう。
―――
「女神の加護(偽):C」
女神(アサシン)からの祝福。「身を隠す」という行為全般において、幸運値判定にプラスの補正を受ける。 このスキルの持ち主が隠れた場合、それは幸運にも見つかることがない。狙撃のためにビルの屋上に身を隠せば、巡回の警備員はたまたまその日だけ寝坊してしまうことだろう。
―――
「赤井、コナン君はいるか?」
「いや、残念ながら入れ違いだな。さっき探偵事務所に帰っていったよ」
赤井は、FBIが本拠としているビルの入り口でタバコをくゆらせながら答えた。
その返答を聞いて安室は小さく舌打ちした。どうやら急ぎの用事らしい。
すぐさま携帯を取り出して部下と思わしき人物に指示を出し、安室はスーツ姿のまま苛立たし気にビルに目をやった。
「コナン君をFBIが保護したという情報が来たのはついさっきだぞ。FBIめ、やっぱり使えないな」
「どうした安室君。アイリッシュの尋問に難航でもしているのか?」
「あの男はコナン君以外には話さないの一点張りだ。彼が人たらしなのは知っていたが、犯罪者を次々信者にするのはさすがに勘弁してほしいね」
「ふっ、ボウヤらしいことだ。情報を墓場まで連れていかれるよりずいぶんと楽じゃないか。君も大人しくボウヤと協力すればいい」
「彼は誰が何と言おうと一般人だ。大っぴらに巻き込んで良いわけがない」
今回の東都タワー銃撃事件の後始末で長い間公安として活動していたせいか、安室の言葉の端々に降谷が滲んでいた。
粘度の高い探り合いと協力関係を築く安室とコナンだが、降谷としての彼はコナンを守ることに重きを置いている傾向がある。
FBIの本拠を安室が尋ねたのはコナンの話を聞くためだということに赤井は思い至った。
安室の不機嫌の原因も、コナンに頼らざるを得ない自分への苛立ちだろう。
「ボウヤが一般人、か。君が心配せずともこれから彼が傷つくことはないだろうさ」
「何を言っている。彼の無理無茶無謀はお前も知っているだろう。あの調子では明日にでも病院に緊急搬送されても何らおかしくない事件遭遇率なんだぞ」
「グラスホッパーもボウヤの人たらしに巻き込まれたようだからな」
「……なに?」
安室の瞳に険しさが増した。
赤井は遠い記憶に畏怖を染み込ませたような苦笑いを浮かべて言葉を続ける。
「ボウヤはグラスホッパーとそうとは知らず『契約』したみたいでね。今回アイリッシュからボウヤを守ったのもグラスホッパーらしい」
「それは本当なのか!? じゃあ、グラスホッパーはコナン君を守るために組織の一員であるアイリッシュを切り刻んだのか」
「グラスホッパーの気まぐれとボウヤの人たらしが奇跡的に噛み合った結果だな。これで、ボウヤは組織戦においてこれ以上ないジョーカーとなったわけだ」
「……なんて子だ、まったく」
もう日は暮れかけている。
夕日は東都のビル群の向こうに隠れつつあり、カラスがまばらに舞う米花町はいつもと変わらない穏やかさを見せている。
どちらともなく二人は空を見て思案に暮れていた。
その対象は江戸川コナンであり、グラスホッパーである。
「こちらの出方次第では彼女が味方につく可能性すらあるだろう」
「彼女? 誰のことを言っている」
「ああ、そうか。まだ言っていなかったな。グラスホッパーは女性だ。年齢は8、9歳というところだそうだ。金髪、ヘーゼルの瞳。思い出せるか?」
「…………な、バカな! お前グラスホッパーの容姿を思い出したのか!?」
「俺は思い出してなんかいない。覚えていたのはボウヤの方さ」
「コナン君が……?」
安室の目が驚きに見開かれた。
グラスホッパーの性別、年齢、外見的特徴全てが記憶・記録から抹消される現象は広く認知されている。
あらゆる情報機関がグラスホッパーの足取りを追おうとしたが、ことごとく失敗に終わった。
その一番の原因こそが、記憶・記録の不可思議な消滅現象だった。
いまや裏社会においてグラスホッパーの外見的特徴は価格すら付けられない価値をもっている。
「どうも、ボウヤは初めてグラスホッパーに会った時から容姿を忘れてしまうということが全くなかったらしい。俺の情報抹消現象の説明も半信半疑の様子だったよ」
「おいおい、それこそ嘘だろ。『契約』の有無と情報抹消現象が関係ないことはすでに明らかになっている。コナン君が覚えていられる道理がない」
「さて、俺も原理に関してはさっぱりだ。だが化け物じみた動きを間近で見ているのは確かだ。グラスホッパー本人に間違いない」
「あの惨状を、10にも満たない少女が……想像できないな」
「いや、逆にしっくりくると思うんだが」
赤井の言葉に安室は目を瞬かせた。
安室にとって、グラスホッパーとは暴虐の化身、怪物の似姿なのだろう。
だから可憐という形容詞が似合うような少女を連想することが難しいのだ。
まあ赤井もグラスホッパーが怪物であるという考えには同意する。
「恐怖とは威圧と未知だ。それが少女の姿をしているのなら、俺にとって納得しかない」
「……女性恐怖症か? お前が? 聞いたことないぞ」
「言ったことがないからな。ティーンにも満たない小さな少女だけだが、近づかれると頭が真っ白になる。ボウヤの同級生に絡まれたときは本当に困った」
「なんだそれ、意外ってレベルじゃないぞ。わけが分からん。どうしてそんなおかしなトラウマがあるんだ」
「俺にも覚えがない。が、心当たりならある」
赤井は大切に保管してある彼女からのメッセージカードを思い出し、目を伏せて過去にこびりつく恐怖と絶望を思った。
上下の別すらつかなくなる程の恐怖。
心臓は脆く崩れ落ち、血液は氷の針が流れていた。
脳を蛆虫に食まれるような形容しがたい絶望に、世界が粘性の泥に変わっていくかのような圧倒的な恐怖。
赤井はそれを的確に説明する言葉を持たない。
どれほど言葉を尽くしても、脳髄が溶けそうなあの恐怖を説明できる気がしない。
世界ごと凍ってしまったかのように動けなかったあの瞬間。
赤井は「恐怖」というものを真に知った。
そして、その恐怖の姿こそが、きっと少女の姿をしていたのだろう。