アサシン(英霊)なオリ主in名探偵コナン   作:ラムセス_

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13 天空の難破船──C

※軽いジャブ程度の残酷描写アリ

 

 

 

 安室がたどり着いたダイニングは、地獄の縮図に似ていた。

 

 始めに目に入ったのは全身が血にまみれ、乾いてどす黒くなった男の姿だった。

 裸のようだが、全身が血で覆われていて肌が見えない。

 虚ろに何ごとかを呟き続けているが、その内容は不明瞭で聞き取ることができない。

 男の表面はやすりで削られたかのようにぐちゃぐちゃで、男の手足は不自然なほどに一部分が細くなってしまっている。

 横に転がっているのは船内清掃用のワイヤーブラシだ。

 ワイヤーブラシには血と肉がごっそりと張り付いており、男がそれでもって肉を削り取られたと言うことは想像に難くなかった。

 

「…………」

 

 部屋の照明は落とされている。

 暗い室内が晴れた空からの日光で所々照らされていた。

 空調は効いていて過ごしやすい気温のはずなのに、全身が粟立って仕方がない。

 鉄錆た臭いはバーボンとして働く己には慣れたものだが、どうしてだか緊張と悪寒で息が上がる。

 

 部屋の中央には机がいくつも重なって高い台のようになっていた。

 部屋中に響き渡る絶叫。

 回り込むと、もう一人男が逆さまに台に吊るされていた。

 男の股を裂くように腹まで食い込んでいるのは、「清掃中」と赤い文字で描かれた黄色い表示ボードだ。

 よく見ると表示ボードの側面がノコギリのようにギザギザに整えられている。

 

「やめ、やめやめやめギャアアァアアァアアアアッ、あ、ァァアアアア!!」

「大丈夫、死ぬことはない」

 

 表示ボードを手製のノコギリとし、男の胴をごくごく軽い動作で裂いていく姿。

 彼女の服には返り血一つない。

 暗い室内でもなお映える金糸のごとき艶やかなゴールデンブロンドの髪。

 幼い女神を思わせる神秘の相貌は、常とは異なり深海のごとき昏さと冷たさを含んでいた。

 

「い、……き、なり、居なくなったのでびっくりしましたよ、グラスホッパー」

 

 いつの間にかからからに乾いていたのどを震わせ、辛うじて言葉を紡ぐ。

 全身の震えをなんとか抑え込み、バーボンとしての己を注意深く被りなおした。

 なんてことはない、裏ではありふれた拷問風景だ。

 多少悪趣味な類だが、見たことが無いわけではない。

 

「ソレが残りのテロリストですか。貴女に拷問の趣味は無いと思っていましたが、どういう心境の変化なんです?」

「趣味ではない。単に私にはこの男を許す気がないだけ」

 

 そう言ってまた無造作にノコギリを引いた。

 ありとあらゆる苦悶を煮詰めたような声がダイニングに反響する。

 ダイニングには芯の底から冷え行くような冷たさが満ちていた。

 バーボンには、この部屋がどこか現世とは隔離された異界のように感じられた。

 

「一体全体、ここでなにがあったんですか。貴女をそこまで怒らせるようなことをその男はしたんですか?」

 

 目の前のグラスホッパーという暗殺者は、滅多なことでは感情を表に表さない冷静さを持っている。冷酷さ、と言い換えてもいい。

 バーボンも組織からの依頼を伝えて幾度となく彼女の暗殺任務の後詰を行ったし、公安のNOCとして独自に彼女のことを調査することもあった。

 そうして観察する中で、グラスホッパーがその行為に感情を滲ませたことはみじんもなかった。

 対象を殺害するとき、罪のない警備員をその手にかけるとき、情報を得るために一般人に近づいたとき。

 どんな時でも彼女はガラスのごとき温度の無さを貫いていた。

 

 それが今、焼け付くような冷気で憤懣と怨嗟を表している。

 

「……シェリングフォードに、傷をつけた」

 

 彼女の声はいつもと変わらない平坦さだ。

 しかしどこか言い知れぬ激情のようなものが含まれているようにバーボンには感じられた。

 

「シェリングフォード、というとシャーロック・ホームズの初期の名前でしたね。何のことをいっているんです?」

「シェリングフォードとは江戸川コナンのことである。私は彼をそう呼ぶ」

「ああ、なるほど。幼い名探偵、ということですか。たしかに彼には相応しい呼び名だ。この男はコナン君に傷をつけた、と。ここにいたはずの乗客は元より当のコナン君も見当たりませんが、いったいどこへ?」

「乗客は意識を奪って隣のラウンジに移動させた。この光景は一般人には毒となりうる。シェリングフォードは……」

 

 グラスホッパーは空きっぱなしのダイニングの窓に目線を向けた。

 

「銃で腹部を撃たれ、そのまま外へ放り出された」

「なっ、コナン君が!?」

 

 思わず安室透としての感情が揺れた。

 あの聡明な子どもが銃で撃たれ、あげく地上何百メートルという高さから落とされる。

 彼も時々驚嘆するような発想と計略、そして特殊な道具の数々でもって奇跡を再現するが、酷い手負いの状態で高所から落下などすれば当然命はないはずだ。

 あの3発の銃声は彼が撃たれる音だったのかと冷静な頭脳が納得し、それと同時にあの利発で明敏な少年が当然行きついたであろう結末に感情が軋んだ。

 コナン君が、日本の未来ある子供が、一般人が、安室を幾度となく助けた幼い賢人が。

 

 また、また失ってしまった。

 

 脳裏にねっとりと張り付く臓器の展覧会が一瞬想起された。

 もうずっと昔に行ったきりになってしまった友人たちの墓。

 降谷零の現在を知ろうとして送られてきた同期のメールは、もう削除して残っていない。

 なにも残っていないのだ。

 

 黒の組織に紛れ込む者として、その感情の揺れは一瞬のうちに表情からは拭い去ることができた。

 窓の外を眺める彼女には見られていないはずだ。

 いくらグラスホッパーがコナンに肩入れし組織に対する裏切り行為を働いているとしても、彼女自身は明確に組織に敵対すると宣言しているわけではない。

 その背信行為をバーボンというNOCで贖おうとする可能性もゼロではないのだ。

 バーボンの正体、背景を彼女に知られる愚は犯せない。

 

 いつもと変わらぬ探り屋としての笑みで固め、彼女に経緯を問う。

 

「……噂は耳にしていましたが、まさか本当に一般人の少年に入れ込んでいるとは。今回はまったく不運というほかありませんね。参考までにお聞きしたいのですが、彼の何をそんなに気に入ったんですか?」

 

 受け答えが宗教的ながら明瞭な彼女にしては長い沈黙だった。

 黙考した彼女は、自らの淡い考えを言葉を介して形にするような不確かな声を囁いた。

 

「彼は主人公(タイトルロール)である。眺めるよりも関わりたい。関わるよりも触れ合いたい。そう願ってやまない存在だと考える」

「タイトルロール、というと演劇やオペラなどの表題役のことでしょうか。彼が舞台に立ったという話は聞きませんが」

「否、否、否。この物語の主人公(タイトルロール)は彼である。彼こそがこの世界を廻す。もっとも注目される人であり、最も運命的な人である。存在の全ては彼との関係において成り立つものだ」

「これはこれは、大きく出ましたね。この世界そのものの表題役がコナン君であると、あなたはそう言うんですか? 端役であるなら表題役を気にかけるのは当然だと」

 

 常人であれば笑い飛ばす戯言のたぐいだ。

 しかしバーボンは、彼女のこういった話が彼女自身の背景と深く関係しているとこれまでの付き合いから把握していた。

 元々彼女は解離性障害を患っている可能性が高い。

 現実の物事をどれほど己に関係することであっても第三者目線で語り、感情を表に出すことがない。

 出来事を「描写」と呼び、事実を「設定」と呼ぶ姿をバーボンは機械越しに知っている。

 

 さらに、彼女が育った環境が問題を複雑にしている。

 彼女の語る独自の生死観は親、もしくは暗殺術の師からの教えによるものだろう。

 職業的な暗殺者にしては複雑かつ独特、大衆のものにしては死に近すぎる考え方だ。

 それは暗殺を生業にする一族伝統の宗教といった組織的な色を帯びているようにバーボンには感じられた。

 

 彼女自身の精神的な病と宗教がもたらすレトリック。

 

 一つ、バーボンは可能性に行き当たった。

 それは「主」という考え方である。

 暗殺というものは、そもそも実行者の意向を挟まない機械のような行いだ。

 ターゲットを殺害するのは暗殺者の意思ではなく依頼者の意思だ。殺人鬼とは違い、暗殺者は暗殺対象を自分で選んだりはしない。

 それはかつても今も同じであり、時代に関係なく当てはまる一種の定義とも言えるだろう。

 今はそれを「依頼人」と呼ぶ。連絡する術が万人に開かれている現代においては、金さえあれば暗殺を依頼することは不可能なことではない。

 

 では、昔はどうだったか。

 当然暗殺者と繋がりを持つことができるような身分は限られたはずだ。

 王侯貴族、権力者。

 召し抱えられた暗殺者とその依頼人との関係も、当然「家臣」と「主」になるだろう。

 暗殺技術を代々伝える家柄であれば、かつては主を持っていたとしてもおかしくない。

 そして、今でもそうした教えが残っている可能性も、無くはない。

 

 世界を動かしうる権力を持ち、万人に注目される権力者。

 主。主人。

 それを離人症的な観点で、物語的な観点で置き換えればどうなるか。

 

 「タイトルロール」と表現するのではないだろうか。

 

 江戸川コナンを主と認め、仕えることを決めた幼い彼女。

 聡明で善良な子供の命を最上とする、世界最強の暗殺者。

 バーボンが稀代の暗殺者グラスホッパーの背景について情報を整理し考察を進める一方で、表では何でもないような顔で彼女との会話を紡ぐ。

 

「是。彼は私が力を貸すに足る。守るに足る。彼が主人公(タイトルロール)である以上、激動の物語の渦中にあるのは避けられないと分かっていた。それなのに今回彼が傷を負ったのは、私の不足というほかない」

「おや、自分のせいだとおっしゃるんですか。それにしては随分な光景を作ったんですね。これでは後片付けも随分手間だ」

「これは八つ当たりに過ぎない。宝物を傷つけられ、癇癪を起こした幼子の駄々。死した先で幸福を享受してほしくない、生きてこの物語のうちに居てほしくない、そんな我執の行いである」

「随分と情熱的だ。貴女にそんな感情があったんですね」

 

 バーボンの見てきた彼女とは、温度のない殺戮人形と言って相違ない。

 そうなる前をバーボン自身は知らないが、今となっては彼女の心は殺人の教えと体に染みついた闇の技術でもって完全にすり切れているとばかり思っていた。

 探り屋として培った人に好かれ、好意を抱かせる技術であっても、安室としての本心であっても、彼女は微塵も動かなかった。

 

 これまでも任務にかこつけてさりげなく会話を交わし親身に接し、彼女の心を溶かそうとバーボンは努力してきた。

 時に優しく、時に狡猾に、時に無邪気にふるまって見せる。

 それでも彼女は初めて会った時と同じ、淡々と任務を受けるだけ。

 彼女の情報抹消現象という特異な条件付きではあったが、それを差し引いても人一人落としうる完璧なふるまいだったはずなのに。

 彼女の感情も情動も見せずにただ淡々と暗殺任務を実行していく様は、懐に忍ばされる一丁の拳銃のようだった。

 

 グラスホッパーはまた軽くノコギリを引いた。

 絶叫がこだまする。

 江戸川コナン、彼女の主の死を目にして、彼女の心は初めて火をともした。

 

「あなたにこのような児戯を見られるのは慙愧に耐えない思いだ。しかし、ここは異界。拷問の苦痛を鋳型に形作られた生と死の坩堝。殺し続け、生かし続ける世界の外。現実ではないと思って見逃してほしい」

「別に責めたりはしていませんし、人間らしさを恥ずかしがる必要もありませんよ。大切な人を失った人間として、その反応は当然だ」

 

 己で発しておいて様々な感情が去来する言葉だった。

 仲間は、親友は、スコッチは彼女に殺された。多くの人が彼女の暗殺によって同じ思いを抱いていたはずだ。

 感情のない彼女の業が感情を得た彼女を刺し抉る。

 無垢と言うには罪に濡れすぎ、自業自得と言うには冷酷に過ぎる。

 スコッチの色のない生首がバーボンの心臓を撫ぜたような気がした。

 

 バーボンの言葉に、彼女はこてりと首をかしげた。

 

「シェリングフォードは死んでいない」

「……銃で撃たれ、地上数百メートルの高さから地面に叩きつけられたというのに?」

「今の彼はその程度では死なない。彼の下にはKIDもいる。失うことはあり得ない」

「……そう、ですか」

 

 バーボンはそれ以上の言葉を重ねるのを躊躇した。

 江戸川コナンに向けるそれこそが、彼女が得た初めての心のカタチだったのかもしれない。

 かの少年に心を向け、かの少年を主と拝する。

 きっと友好を超えた感情を抱いていたはずだ。

 真に喪失というものを経験した彼女にどういった言葉をかけるべきか、咄嗟に思いつかない。

 

 それでもなにかを語ろうと口を開いたそのときだ。

 

「も、……め、や、……こ、」

「うん? この男、まだ喋る気力があるとは。驚くべき精神力だ。なんて言ったか分かりますか?」

「『もうやめて、殺してくれ』と言ったように思う。もちろん、それはできない。この男が撒いたウイルスは最長でも2日で人を死に至らしめる。よって、この男はあと2日生かされ続ける」

 

 苦痛にうめく男の声に、バーボンの思考は中断された。

 グラスホッパーの答えを聞き、ほとんど痙攣するだけだったテロリストは、裂かれた腹をさらに引き裂くのも厭わない激烈な動きで跳ねた。

 死にかけの魚が最後の力を振り絞って尾びれを動かすさまに似ている。

 

「ちが、違ウ!うるし、漆だカラ死ななイ!!殺シテくれ!コロシテくれぇぇええ!!」

「うるし……? なんのことです?」

「こ、て、……シ………………」

「ああ、駄目か。これ、本当にもうしばらく生きるんですか? 今にも死にそうですけれど」

「拷問に由来する死亡は無治療で1週間かかる。治療すれば障害は残れど回復する程度にしてある」

「これで、ですか。組織の拷問担当なんかよりよっぽど腕が立ちますね。言うことが不鮮明なうわごとだけ、というのは問題ですが」

「……」

 

 彼女は少しだけ目を細めて男を見た。

 表情から何を思考しているのかを察することはできない。

 ほんの少し頭をよぎった懸念をよそに、彼女はおもむろに破り棄てられ床に散らばるタクティカルベストをひっくり返し始めた。

 中から出てきたのは特徴的なロゴマークの入った試験管だ。

 全く同じで、しかし中身だけが抜けたものをバーボンは知っている。

 

「それはシャムネコの……! まだ持っていたのか!」

 

 さらなる混乱を引き起こす品の登場にバーボンは思わず取り乱したが、グラスホッパーは気にも留めず試験管を細かく振って検分している。

 そして次の瞬間、あろうことか試験管を無造作に割り砕いた。

 ガラス片と液体が硬質な音を立てて床に落下する。

 びしゃりと跳ねた液体をぎょっとして避ける。

 

「なっ! 何をしているんだッ!!」

「バーボン、心配はいらない。落ち着いてほしい」

「いくら感染は確実と言ってもわざわざウイルスを追加で撒く必要なん、」

「これはウイルスではない。漆である」

「て、…………漆?」

 

 漆。触るとかぶれることで知られる、樹液由来の塗料。

 バーボンは床に飛び散った試験管の中身である黄緑の液体から、明確かつ強烈なシンナーの臭いが立ち上がっていることにようやく気が付いた。

 シンナーは弱いとはいえ殺菌作用もあるのだ。どう考えてもウイルスの培養液から漂っていい臭いではない。

 そして同時に、シンナーが漆を伸ばすための有機溶剤としてよく使われることをバーボンは知っていた。

 

「是。これは漆である。触るとかぶれるが、人を死に至らしめるものではない」

「……なんでそんなものを。いや、だからか……?」

「おそらく」

 

 グラスホッパーの端的な同意の言葉に、バーボンは彼女も同じ疑問を抱いていたことを理解した。

 

 このテロリストたちの装いは軽装備に過ぎる。

 民間軍事会社の人間が戦地に赴くための服装としては一般的なものだ。

 しかしここは戦地ではなく生物兵器を用いたテロの現場。

 専用の防護服も何もない状態で顔を無防備にさらすなんてすれば感染は免れない。

 バーボンははじめ、この男たちは発症までの短時間でテロを完了させる予定なのだろうと踏んでいた。

 数時間以内で飛行船がたどり着ける人口密集地を割り出し、そのための警戒も公安に手配させていた。

 

 だがもし、このテロリストたちには本当は生物兵器を使うつもりなんてなかったら?

 

 漆が人体をかぶれさせることを利用して、初期症状である手足の腫れや痛みに似た症状を引き起こすことはできなくもない。

 気付かれずに乗客に漆を塗布する、あるいは触らせることができれば、あとはシャムネコのマークの入った試験管を見せるだけでいい。

 本物のウイルスなどという取り扱いに難があるものを使わなくとも、簡単にテロを起こすことができるだろう。

 

 バーボンは大きく安堵の息をつきかけて、途中でやめる。

 それではおかしい。

 喫煙室にあった試験管に残った液体をグラスホッパーは直に触ったはずだ。

 ちらり、と視線をグラスホッパーの両手に向ける。

 白磁の肌は透き通って傷一つない。裏社会の人間とは思えないほどの滑らかで穢れを知らない両手に、かぶれた跡はない。

 

「あなたの疑問に答える。喫煙席のものは、間違いなく本物のウイルスである。あの液体はヒト血小板溶解物だ。ウイルスの保存はそのウイルスの産生細胞の培養上清を冷却して行われる。液体培地は通常、ヒト血小板溶解物が用いられると聞いたことがある」

「……っ、随分と、マニアックの知識を持っているんですね」

「又聞きに過ぎない。しかし、あの液体にウイルスが含まれていたことは信じてほしい。あれは間違いなく生物兵器であった」

 

 バーボンは高速で思考を巡らせた。

 国立東都微生物研究所で爆破騒ぎがあり、現場には赤いシャムネコのマークが刻まれた試験管が残っていた。

 現場の監視カメラは全て壊され、どんな人物による犯行だったのかは分かっていない。

 しかし、犯行自体はそこまで手慣れたものではなく、逃げ出した職員も若干名存在したため発覚も早かった。

 どちらかと言えば犯行が行われるまでのサイバー攻撃による犯行準備のほうがよっぽど入念かつ優れたものであった。

 

 いまここにいる男たちは訓練された実践経験のある傭兵のたぐいだ。

 サイバー攻撃などより研究所等の建築物制圧のほうがずっと慣れているだろうことは明らか。

 しかし、赤いシャムネコは銃器よりも化学兵器などを用いて財閥に大規模テロをいくつもしかけたことで有名な組織である。

 今回の犯行声明も生物兵器を示唆するものであり、過去の記録と一致している。

 シャムネコと傭兵の男たちの像が繋がらない。

 

「研究所からウイルスを盗み出した犯人とこいつらは別の組織……いや、ウイルスを盗み出したシャムネコの残党に騙されて利用されたのがこの傭兵の男たち、なのか?」

 

 それならば全てに説明がつく。

 研究所からウイルスを盗み出したのは赤いシャムネコの残党で、それゆえ荒事には慣れていなかった。

 彼らは荒事を傭兵に任せた。

 盗み出したウイルスを漆と偽り、傭兵たちに持たせてハイジャックさせる。

 傭兵たちが軽装なのも、ウイルスが本物だとは知らされていなかったからだ。

 

 

 もしそうであるとするなら、事前に船内に潜り込みウイルスを仕込んだ真犯人――つまり本物の赤いシャムネコが船内に残っている。

 グラスホッパーの顔には、やはり表情らしきものは浮かんでいなかった。

 

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