アサシン(英霊)なオリ主in名探偵コナン   作:ラムセス_

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No.-- 体感FGO、シャーロック・ホームズ

「あああぁぁぁ、やっと、やっと着いたぁぁあああ」

「お前ホント便利だな。蛆虫が腕に湧くトラップを引き受けるなんて今回一のMVPじゃないか?」

「お前が押し付けたんだろうがふざけんなよ! 俺は肉盾じゃないからね、そこんとこ分かってる⁉ つかお前の方こそあの切り裂きジャック幼女版と戦った時なんて完全にバケモノだったじゃん! 重火器ぶっ放したみたいな威力の鉤爪攻撃とか何あれ⁉ 戦闘担当の俺なんて面目丸つぶれだよ‼」

「いい度胸だスコッチ。あんなに見るなと言ったのに見ていたのか。正直なのはお前の良いところだが、時と場合を考えた方がいい。とりあえず二つに一つだ。太平洋側か、日本海側か、どちらが好みだ?」

「また俺沈められちゃうの⁉」

「赤井さん、ホントにホントに大丈夫? 正直に答えて。ただでさえ小さな女の子が襲ってきてパニックだったのに、爆弾みたいな虫に襲われたり呪いみたいな幽霊に追いかけられたりして平気なわけ無いよね。僕の前だからって無理しないで」

「…………ボウヤ……」

 

 倒れ伏して大声を出すスコッチに、肩で息をしている疲れ果てた安室。赤井に至ってはほぼ燃え尽きたタバコの吸い殻のようなありさまだった。

 無事なのは大人たちが体を張って守ったコナンぐらいなもので、それでも全員が疲労困憊を隠しきれていなかった。

 

 ジキルに送り出されてからコナン達の前に立ちはだかったのは、予想をはるかに超えた災害の数々だった。

 水牢の仕掛け、食人虫の大群の強襲、ずっとついて回る悪霊の呪い。

 ホラー展開も一度や二度ではなかった。カリカリと爪がドアをひっかく音がするのに音の主が見つからない小部屋もあれば、一行のうち一人にしが見えない縦長の人影もいた。

 

 一番酷かったのは掠れた手書きの書物が並ぶ書斎を通ったときだろう。

 鍵を探すため赤井が手に取ったのは一冊の日記だった。

 分単位で書き込まれたそれは「十二月九日13:42 五秒間立ち止まる」などといった行動記録を書き連ねたもので、執拗なほど細かくその日の行動を羅列していた。

 タバコを四十二秒間吸う、左手を小さく二回振る、首を右に二回まわす。何でもないことを延々と書き続ける記録はその日ごとに瞬きの回数までカウントしてある始末。

 

 それだけなら気味は悪く感じるものの、赤井とて特段反応はしなかっただろう。

 何気なく本の裏表紙を確認し、そこに「赤井秀一、三十二歳、身長〇〇㎝、体重××㎏、****誕 記録簿」などという言葉を発見しなければ。

 

 それが己を病的にまで観察し続けた何者かの記録であると気付き、ページの最後には「マ っ テ ル」と書かれているのを見るに至り、赤井はついに言葉を一言も発しなくなった。

 コナンが必死でなだめるたびにボウヤ、ボウヤ、と掠れた声で呟くのみだ。

 あまりにも憔悴した赤井に耐え切れなかったコナンが、グラスホッパーに赤井だけ特別に離脱させることを求めたこともあった。

 その結果は、宙に浮かんだ青い砂嵐が奔るモニターにグラスホッパーの姿が映り、一言「途中リタイアの機能はついていない」という無情な答えを返したのみだった。

 

 他にもメフィストフェレスと名乗るピエロのような恰好をした男に襲われた話や妙に毒舌な青い髪の少年との邂逅、幼い子どもの姿をした切り裂きジャックとの命がけの追いかけっこなど事欠かないが、今回は割愛するとしよう。

 長い長い地下道を踏破し、現在の彼らはイーストエンドからザ・シティを抜け、ウェストミンスター区にあるハイド・パークの地下に辿り着いていた。

 地図を信じるならここを抜ければロンドンの外まで一本道だ。厄介な研究区画も無く、隣のミドルセックス州に抜けてしまえば英霊に襲われる心配もない。

 

「はー、あとちょっと、ここまで来ればあとちょっとだ……」

「だがここが最も難関なのは分かってるだろう。大英博物館の地下。時計塔とかいう魔術組織の本部。それがここ、全体基礎科(ミスティール)棟なんだ」

 

 石造りの重厚な門と、理解できない細かくも禍々しい彫刻。

 滴り落ちた水滴が石をすり減らしている様子は長い歴史を感じさせる。横には地上へと続く道が続いており、ジキルの話によれば表向きの時計塔である老舗大学の建物へと繋がっているらしい。

 正面の門は地下街を増設するにあたって作られたもので、魔術的な守りが敷かれており簡単には侵入できない仕掛けとなっている。

 

「こんなのでこの扉が開くとは、まったくグラスの庭園といい魔術ってのはワケわかんないもんだな」

「グラスの起こすヘンテコ現象に一番慣れてるスコッチさんでそれなんだから、僕たちはもう全部諦めてるって言っていいかもしれないね」

「コナン君は一度腹をくくるとホントに割り切りがいいからなぁ、この中で一番魔術に馴染めてないのって零じゃないか?」

「頑なに使おうとしないもんね、あの変身技」

「コナン君が何と言おうと人前でアレは使いませんよ。人前で使うぐらいなら潔く死にますから。僕、断固として人間なんで」

「…………ボウヤ……」

「え、うん。赤井さんが『一番わかりやすく人間辞めているのは君だろう、降谷君』だって」

「喧嘩売ってるのか赤井! あと、コナン君を通訳代わりにするのは止めていい加減自分で喋れ。もう喋っても背後から化け物が襲ってきたりしないから」

「この中で一番外れクジ引いたのはライだな、絶対。俺、これはこれで面白くていいと思うんだけど」

 

 まったりと雑談しながら体を休め、扉の前で息を整える。

 ここから先は真に魔術との戦いとなる。休めるときに休んでおくのはこれからを進むのに重要なことだった。

 

「ところで、切り裂きジャックとの戦いのときのアレはどこで気付いたんだい、コナン君」

「アレ? どのことを言ってるの?」

「大規模除霊術式の起動に必要なキーワードだよ。結局、あの区画自体が一つの魔術式になってたって話だろう? 魔術の知識なんて欠片もないはずなのに、どうやってあんなに的確に起動できたのかなと疑問に思ってね」

「あー、それは……うーん、それ、僕もよく分かってなくて」

 

 石畳の上に体操座りになって安室を見上げるコナンはムムムと唸って首を傾げた。

 何ごとにも真実を見つけ出す慧眼を持つ彼が、分からないという様子を見せる。そんな珍しい姿に赤井も興味深げに言葉の続きを待っているようだ。

 適切な言葉が見つからないのか、コナンはうんうんとしばらく唸った後、諦めてぽつりぽつりと話し始めた。

 

「なんというか、声が、聞こえたような気がしたんだ」

「声?」

「うん。でも、謎が一気に解けたときみたいなひらめきにも似てるんだ。感覚としては道を教えてもらったような、謎解きのヒントを誰かが囁いたような、そんな不思議な感覚だよ」

 

 手のひらを見つめてそのときのことを回想するコナン。

 スコットランドヤード犯罪記録博物館の地下にて遭遇した切り裂きジャックは、その可愛らしい見た目を覆す残酷さと強大さを持っていた。

 地下に逃げた警官たちは全員臓物を散らしてこと切れていたし、それをやった切り裂きジャックたる少女はグラスホッパーとそう大差ない少女だった

 彼女の意志と力のほとんどは抜き取られており、それが街中に広がるオートマタの大群の動力となっていたのだろうとアンデルセンは説明していた。

 そのため本来の彼女の十分の一にも満たない力だったそうだが、コナン達からすれば十分すぎるほどの脅威だ。

 安室とスコッチが決死の思いで立ち向かってできたのは時間稼ぎ程度のもので、彼女を退けられたのはほとんどがコナンの功績だ。

 降霊科に所属する研究者が残した術式の跡地であったそこにアンデルセンとともに手を加え、修復強化し、大規模な除霊術式を正しく作り直して見せた。

 

 無事にコナンの手により起動した魔術式は切り裂きジャックの残骸を吹き飛ばし、救って見せたのだった。

 

「そりゃまた不思議なことだな。知ってもいないことをひらめくなんて。ついにコナン君もグラスの魔の手にかかったか?」

「違うと言い切れないのがグラスの怖いところだよね……」

「仕込まれたとするならこのゲームに入るときかな。遂にというべきか、ようこそというべきか。悩ましいなぁ」

「安室さんもやめてよ! 今回は散々だよもう。変なゲームをプレイさせられるし、せっかくホームズが出るって言うから選んだのにホームズの姿は影も見えないし。そのうえ変な魔術をかけられたなんて、ここから出たら絶対抗議してやる!」

 

 ぷんすかと怒って見せながら、コナンはあの時のことが忘れられないでいた。

 切り裂きジャックの脅威にさらされて風前の灯火となった自らの命。極限状態で迫られるまったくの専門外である魔術の謎解き。

 

 必死で頭脳を回して、それでも分からずに絶望しかけたそのとき、コナンの脳裏に語り掛ける一つの声を聞いた気がした。

 

 信じられぬほどの深い叡智とそれを扱う凪いだ理性。ある種の理想の形が、ひらめきという形でコナンの頭脳をそっと後押しする感覚。

 成立した術式によりジャックが還っていく光を眺めていたあの時、コナンは確かにひらめきが静かな男の声として囁きかけるのを聞いたのだ。

 

 その声を、コナンは忘れられない。

 憧憬、尊敬。辿り着くべき理想の姿。

 

 己の原点が、そこに垣間見えたと感じたがゆえに。

 

「よくやった、私の後継者。君の頭脳はいずれ『明かす者』へと至るだろう」

 

 

 

 

# この茶番劇がアトラクションと知るが故に

 

 

「ようやく、ここまでたどり着いたのですね」

 

 深く落ち着いた声に、コナン達は暗い視界に紛れる男の姿をやっと認識した。

 

 時計塔地下中央部。

 ロックされた地下道すべての扉を管理する管制塔であり、ここを正しく起動させてしまえばあとは得た情報通りに道を駆け抜けるのみ。

 中央管理室手前の大部屋にて相対するのは未知の人物だ。

 

 明かりもなく真っ暗なその部屋はホールほどの広さで、名も知らぬ薬草と実験器具、得体の知れない剥製に大量の書物など大量の物にあふれている。

 作りかけの人形がそこかしこに打ち捨てられ、虚ろな瞳がこちらをじっと見ていた。

 部屋の中央からかかった声の主は青年だ。

 黒い艶やかな長髪に女性的とも見える美貌。理知的な印象を受ける容姿は整っていて白衣が映える。

 左手に持ったフラスコをコトリと机に置き、男はこちらを振り返る。

 

 コナンはふと、部屋の端に山積みにされた何かに気が付いた。

 それはぺちゃりぺちゃりと粘着質な音を立てて痙攣するように不規則に動いていた。

 横にあるのは手術台のようだ。

 まったく簡素な造りの人形がそこで今も作業をしており、生々しい音を立てて生物の肉のような何かを切り分けている。

 

「……まったく悪趣味だこと。ゴア表現も大概にしてほしいね」

 

 困ったようなスコッチに、険しい顔の安室。赤井はわずかに不快そうだ。

 スコッチの呟きでコナンもようやくその山の正体に思い至った。

 

「ロンドンで死んだ人たちの、遺体……」

 

 目を凝らせば確かに見える、衣服のような布の切れ端、指先のような奇形の肉塊、ネックレスと思われるアクセサリー。

 生々しい痕跡を残して蠢くナニカになり果てた人間の残骸。

 あまりにも常軌を逸したその所業はホラー映画のワンシーンのようだ。

 

「アンタがロンドンで起きている全ての異変の犯人、ってわけか?」

「ええ、ご推察の通り。生まれることすらできなかった嬰児たちの怨霊を用いて霧を撒き、数多のオートマタを用いて逃げ惑う人々を刈り取った悪鬼の所業、すべてが私の仕業です」

 

 愁いを帯びた瞳を伏せ、男はこちらにゆっくりと歩み寄る。

 その姿は己の過ちを悔いて自首する犯人のようにも、実験体のマウスを感慨無く解剖する研究者のようにも見えた。

 聖人のような高潔さと氷のような冷たい不穏さが同居する。

 この男は常人が理解できる人間ではない。そう直感するに十分だった。

 歩み寄り、彼我の距離が数メートルほどに縮まったところで立ち止まる。

 

「どうしてこんなことをしたんだ、いったい何が目的なんだ!」

「ゲームの舞台装置に語るべき動機など必要でしょうか?」

「……っ」

 

 問い返す男に思わずコナン達は息を呑んだ。

 あまりにもリアルで忘れがちだが、この世界はグラスホッパーによってゲームとして作られたはずのものだ。

 悲劇のうちに亡くなった人間は架空のものであり、離別に嘆く女性は現実の存在ではない。

 だが彼らは皆それを知らずに精一杯今日を生ていた。

 唯一例外はあのひねくれた童話作家で、なんだか含みを込めた言い回しをしていたのを思い出す。

 

「お前、ゲームって今……!」

「この世界のすべてが戯れ事だと考えると少々不思議な思いを感じざるを得ません。ですが、元は全て滅ぶはずだった世界の欠片。それをすくい上げ、この形に治めてくれた彼女に恩義は感ずれど反抗する理由などありませんよ」

「彼女……グラスホッパーを知ってるのか?」

「はい。暗殺者の霊基に収まった別の何か、この星の生命ではない超常の存在。ポトニアテローンを2度も見る事になるとは、私も業が深いものです」

 

 彼女、という言葉には畏怖と敬意が滲んでいた。

 遠い遠い宇宙の果てでも覗き込むような畏怖と、神を目の前にしたかのような深い敬意。

 これほど残虐な行為を行った人物とは思えない敬虔な様子にコナンは面食らった。

 この世界を作った女性というのならグラスホッパー以外ありえない。

 だが、この言い回しはただ作ったというだけのことではなさそうだ。

 異常者への対応には慣れているのだろう、赤井が男に冷静に問いかける。

 

「問いたいことは数あるが、まず初めに聞かねばならんだろう。俺達はこの先に進みたい。それを阻む意思が君にはあるか?」

「いいえ。私はあくまで研究者ですから荒事が得意ではありませんし、直接手を出すような指示は受けていませんから。通るつもりならばご自由に」

「ならば、」

「もちろん通れるのならば、の話ですが」

 

 男が視界の右に動く。

 

 その先にあったのは大きな扉だ。滑らかな石造りにどこか機械めいた蝶番。

 流動する水銀が見たこともない言語で描かれた魔方陣を絶えず扉の表面に生成し続け、それを取り巻くように何十にも連なった金環が回転している。

 門番の如く両脇に据えられた巨大な宝石が威容を放つ。

 

「貴方がたに最後に課すのは謎解きです。探偵に課すには相応しい試練かと思いますが、私は謎解きの専門家ではありません。簡単過ぎることがないといいのですが。私は『P』……いえ、ここではヴァン・ホーエンハイム・パラケルススと名乗りましょう。パラケルススの名において問いましょう。

 

『ウィンザーの陽気な妻たちは言うだろう。嘘つきは誰だと。城にあるノートは記す。それは私の弟子ような奴だと。真珠のように美しいギリシャ人の少女は言う。彼は明るい場所が好きではないと。錬金術師たる私は言う。彼はかつて硫黄を捨てた者であると。嘘つきの名を答えよ』

 

……では、貴方がたが脱出できることを祈ります」

「く、待て! お前は何を知っている!」

「答えを扉に書けば中央管理室へ入ることができますのでどうぞご自由に。もちろん正面から番人であるエレメンタルを打倒して入室することも可能ですが、貴方がたには少々荷が重いでしょう。魔術知識でもって術式の解除を試みることも構いません。方法は貴方がたにお任せします」

 

 それだけ言い捨て、男は宙に溶けるように姿を消した。

 それと同時に門の両側に据えられた宝石が明かりを灯した。

 暗い室内が炎のように激しい赤と流水のように鮮やかな青の光に照らされる。

 それは金の装飾が施された台座から浮き上がり、ゆっくりと回転しながら光を強めていく。

 右に浮かぶルビーに似た真紅の宝石は、赤い光の中に髪を焦がすような灼熱をはらみ始める。左に浮かぶサファイアと思しきブルーカラーの宝石は、熱を受けて沸き立った熱湯を表面から滴るように流し始める。

 

 その二つともが明確なターゲットとしてコナン達を捉えている。

 

「なるほど、制限時間は俺達全員が息絶えるまで、というわけか。まだなんのヒントも無い以上、時間稼ぎに徹するしかないな」

「これまでの経験上、八割の確率でアレからはビームが出るって俺の勘が囁いてる。流石のスコッチさんでもビームは防ぎきれないぞ? 貫通しちゃいそうだし」

「お前は最善を尽くせ、肉盾。俺は今日自己改造を一回使っているから逆に足で纏いになりかねない。なるべくコナン君を護るように動くから、アレの行動の阻害に努めろ」

「ならば俺もスコッチをサポートしよう。残弾数は残り少ないが、ないことも無いからな」

「あいよ、コナン君は?」

「僕は部屋を調べてみるよ! 何かヒントがあるかも知れないし」

 

 素早く各々の割り振りを確かめるうちにも、部屋は肌を撫でるような異様な空気がざわめきはじめた。

 カタカタと軽い音を立てて立ち上がるのは部屋に散らばった人形たちだ。

 未完成の彼らは手足も揃わないままぎこちなく這い上がり、欠けた瞳に怨念じみた色を宿す。

 こぼした臓器がひとりでに蠢き、ずりずりと近寄ってくるさまは例えようもない執念を吐き出しているようだ。

 

「…………っ!!」

「オーケー、ライは戦力外な。全力でコナン君を連れて逃げるように」

「今回本当に役立たずだな赤井……FBIの底意地を見せろよ、さっきはちょっと立ち直ってたじゃないか。そんなんで本国に出現するUFOとかにどうやって対処するんだよ」

「いや、UFOとかは流石に……と、言い切れなくもないな。グラスだって魔法使うし、UFOぐらいいてもおかしくないか」

「前から思ってたけど、やっぱ安室さんたち流石だよね。僕一人だったらもっとずっと緊張してたや」

「極限のときこそリラックスして事に当たれ。戦場の知恵さ。君には将来公安に来てもらうつもりだし、今から覚えておいて損はないよ」

「コナン君単体でも相当な優良物件なのにセットであの伝説の暗殺者グラスホッパーがついてくるんだもんなぁ。今でさえSP山ほど付けるかって話になってるんだから、就職なんて下手したら監禁騒ぎにすらなりそう」

「僕は探偵になるから! 公安にもFBIにもいかないからね!?」

「ははは」

「安室さん聞いて!?」

 

 軽口を叩きあいながらもスコッチは前に出て銃を宝石に突き付け、それをサポートするように安室が構えをとった。

 赤井は無言ながら安室の言葉が効いたのか、歯を食いしばってコナンを抱え上げる。

 

 キィィ、と甲高いガラスが振動するような音が部屋に響き渡る。

 ヘドロが垂れるような不快な音。

 人形たちがゆっくりと近づいてくるカラカラという関節の駆動音。

 肌を焦がす熱と、わずかに鼻につく生臭いにおい。

 

 一拍、息を吸う。

 

「□■■□□――」

「っ!! 引き付けていられるのは五分以下だと思えっ!」

 

 宝石が放った炎は轟音を立ててスコッチに迫り、それを間一髪避けて叫ぶ。

 避けたものの宝石の放つそれは通常の炎とは一線を画す。

 炉の中を思わせる超高熱が熱気をまき散らし、スコッチの左腕はほとんど焼けただれていた。

 安室はじりじりと近づいてくる人形の一体を掴み上げ、胴の部分を内臓ごと握りつぶして武器として振り回した。

 かつて飲まされた霊薬によって得た「怪力:C」を用いた力業だ。

 

 人を超えた膂力でもってできそこないの人形たちを蹴散らして退路を確保し、スコッチがフェイントを交えながら左腕を犠牲に後退する。

 人間にはありえない力を使った連携はこれまでの戦いの中で得てきたものだ。

 ほとんど影すら捉えられない速さを持った切り裂きジャックを曲がりなりにも足止めしていたのだ。

  それらは確実に彼らを人ならざる戦い方に慣れさせていた。

 

「ヴァン・ホーエンハイム・パラケルススか。十六世紀に活躍した放浪の天才医パラケルススのことだよね。錬金術師たる私、って言ってたし、医学的錬金術の祖パラケルススならアンデルセンが言ってた英霊の基準にも当てはまるよ」

「ならば彼がパラケルスス本人か。好戦的で傲岸不遜な性格をしていたと現存する資料にあったと聞いているが、随分と印象が違うな。……ウィンザーだが、ここがイギリスだということも踏まえればイギリスバークシャー州にある街ウィンザーだと考えていい。城というのもウィンザー城のことを指しているだろう」

「女王エリザベス二世の憩いの場っていう? そこにあるノートって言うなら女王様の私物のノートってことになるけど」

「いや、あそこには王室図書館がある。ウィンザー城のロイヤル・コレクションで最も有名なものは『レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿』。ダヴィンチのノートだ」

「そうか! じゃあ『それは私の弟子のような奴だ』の『私』はダヴィンチのことで、弟子はジャン・ジャコモ・カプロッティのことを指してるってことだね。彼はひどい嘘つきで盗人だって言われてたし、『嘘つき』に当てはまる人でもある」

「一人目の候補はジャン・ジャコモ・カプロッティというわけか」

 

 赤井はコナンを背負って這い寄る人形たちの間を駆け抜ける。

 足を掴もうとする手を踏みつけ、積みあがった本の山を足場に机の間を飛び越える。

 パルクールのように軽やかなその動きに驚きつつ、コナンはパラケルススと名乗る男から出された問いにその頭脳を高速回転させた。

 

「それと、最後の部分だけど『錬金術師たる私』って改めて言い直してるし、『かつて硫黄を捨てた者』っていうのも錬金術関連だと考えていいと思うんだ。硫黄っていえば三元質の一つだし」

 

 パラケルススの解いた有名な説こそが三元質説である。

 現代において全ての物質は分子や原子から成り立っていると考えるのが一般的だ。

 古代においてそれは土、水、空気、火の四大元素で構成されていたと考えられていた。

 そこに異を唱えたのが錬金術師パラケルススだ。

 彼はあらゆる物質は硫黄と水銀と塩でできていると説いた。

 人を構成するにあたり、硫黄は霊魂、水銀は精神、塩は肉体を示している。

 

「かつて霊魂を捨てた者か。プライドを捨てたと表現するときにそのような言い回しを使わんでもないが、あまりピンとくるものではないな」

「僕も錬金術なんてよく知らないし専門知識で攻められたらどうしようもないよ。……ああもう!」

「例の声は聞こえないのか?」

「あんまり。それに、声に頼るなんて僕の方こそプライドが傷つくよ」

「それは悪かった。だが逃げ切れる時間にも限りがある。このままでは解く前に全滅してしまうぞ」

 

 強烈な炎の奔流がすぐそばの壁にぶち当たって本棚を炭化させる。

 延焼もせずに対象だけを焼き尽くす不思議な炎と鞭のようにしなる水流とをスコッチと安室はいまも引き付け続けている。

 スコッチは左腕そのものを盾に使っているようで、すでに彼の左腕はボロボロに崩れかけていた。

 

「……ギリシャ人、真珠、明るいところが好きじゃない……、真珠、……」

「! そうか、ボウヤ、ギリシャ語で真珠はマルガリテスと呼ばれる。ヨーロッパではよくある女性名の原形だ」

「マーガレットの原型! でもマーガレットなんてイギリス王室関係者だけで何人いるか……ん、待てよ、ウィンザーの陽気な妻たち。シェイクスピアのおじさんがたしか……」

「『ウィンザーの陽気な女房達』。シェイクスピア作の喜劇か」

「ああーっ! 言ってた、凄くあのおじさんが宣伝してた自作!」

「彼ならば全て分かっていての言葉と考えられなくもないな。俺たちに対するヒントか」

「性格悪かったもんね……でもそうすると、『今回の鍵は物語の世界にある』って繰り返し言ってたのもヒントってことになるか」

 

 今回の舞台において登場する物語は数多い。

 始めに出会ったヘンリー・ジキルはロバート・ルイス・スティーヴンソン作の『ジキル博士とハイド氏』の登場人物。

 彼の紹介で向かったのはヴィクター博士の研究所で、それもメアリー・シェリー作のゴシック小説『フランケンシュタイン』に登場する架空の人物だ。

 そこでコナン達を襲ってきた男はメフィストフェレスと名乗った。ゲーテ作の『ファウスト』に登場する悪魔の名だ。

 出版社の地下を占拠していたのはナーサリーライム。イギリスにおける伝承歌謡そのもの。

 アンデルセンは言わずと知れた童話作家だ。

 彼が言及したレオナルド・ダ・ヴィンチは現代において小説・映画で大きな話題を呼んだ人物であるし、切り裂きジャックも実在するとはいえ謎の多さから物語の題材として良く取りあげられる。

 

「くそ、でもこれって逆にミスリードを狙ってるって思えなくもないよねあの人の性格の悪さを考えるに! もう!!」

「……もうそろそろ安室君達の限界も近いな。3分も経ってないが、あれでは仕方があるまい。高熱のブレスとウォーターカッターの乱舞に人間の体は耐えられるようにできていない」

 

 それだけ言うと天井から吊られた植物プラントの上にコナンをおろし、赤井が銃を抜いた。

 

「赤井さん!?」

「部屋の人形どもは宝石の攻撃でほとんど壊されている。あとはボウヤだけでも逃げ切ることはできるだろうさ。俺は安室君たちの応援に行く。時間は稼ぐ。……謎解きを頼んだぞ、ホームズの弟子」

「っ!! 赤井さん、それは」

 

 懐かしい、懐かしすぎる呼びかけの言葉。

 あの夏の日が脳裏に鮮やかに映し出される。――赤井はずっとコナンのことを知っていた。

 彼の柔らかい笑みがコナンを捕らえ、次の瞬間には彼は走り出していた。

 言葉にならない思いを抱えたままコナンは必死で頭脳を回転させる。

 

 シェイクスピア作『ウィンザーの陽気な女房達』は問いかける。

 嘘つきは誰だと。

 ウィンザー城所蔵のダヴィンチ手稿には記される。

 それはダ・ヴィンチの弟子ジャン・ジャコモ・カプロッティのような奴だと。

 ギリシャ人の少女マルガリテス(マーガレット)は言う。

 彼は明るいところが好きではないと。

 錬金術師ヴァン・ホーエンハイム・パラケルススは言う。

 かつて硫黄、すなわち魂を捨てた者であると。

 

 コナンは息を飲んで拳に力を籠めた。

 三元質説はキリスト教にある三位一体と大きく関係している。硫黄は魂、水銀は精神、塩は肉体。

 つまり父なる神、子なるイエス、精霊にそれぞれ対応しているのだ。

 硫黄を捨てたとはすなわち神を捨てたということ。

 

「降参かな、後継者君。私の助力は必要かい?」

 

 どこか遠く深いところから声が聞こえる。深い叡智と凪いだ理性を湛えた声。

 その声のどこかがっかりしたような色が何故かとても耐えられなくて、コナンは血がにじむほど拳を強く握りしめた。

 

 そんな風に思わせたままでは居られない。

 そんな失望を与えたまま終わるなんて許せない!

 

 どうしてそんなにムキになるのか自分でも分からないままコナンは拳を植物プラントの側面に叩きつけて、

 ふいにシェイクスピアの言葉が思い出され、

 

 

「――――そうかっ、そうだったんだ!!!」

 

 

 全速力で走り出した。

 右手足のほとんどが崩れ落ちたスコッチと腹を血で染めた安室。

 右肩を庇うように膝を着く赤井の姿を尻目に無我夢中で扉に駆ける。

 もう行く手を阻む人形はほとんどいない。残骸に躓かないように注意を向けながら焦げた肉の臭いにも気を止めずに走り続ける。

 距離は三十メートルも無いだろう。しかし小学生の足には遠すぎる。

 夢中で走る姿を警戒したのか、コナンの跡を削るように炎が奔った。

 舞い上がった人形の破片がコナンの頬を浅く切る。

 

「コナン君、危ないっ!!」

「な、っ!」

 

 宝石の一体が安室たちから標的を変えてコナンに向かってきている。

 あと五メートルの距離が無限に感じられる中、背後から迫りくる致死の水流がなぜかとても遅く感じられる。

 安室の切羽詰まった叫び。

 

 諦めかけたコナンの目の前で水流は弾かれた。

 

「へ? な、」

 

 コルセットに似た複雑な金属装置が空間から染み出るように現れ、コナンの腰に採寸したかのように自然にセットされていた。

 それは虫眼鏡のようにレンズが付いた六本のアームが飛び出しひとりでに動いて周囲を写している。

 金のつややかな表面とアンティーク調の風合い。

 何も分からないまま、ただ必死に駆けたコナンが扉の前に辿り着く。

 

 背後で再び水流を向ける宝石は、しかしその超級の一撃を打ち出す前に墜落した。

 一斉に青い宝石をレンズに治めたその装置はが宝石に向けて光の帯を放ったのだ。

 それすらも気にせず答えを書き込むコナンの後ろに立つ男の姿を、コナンだけは目にすることができなかった。

 後ろにあげられた前髪と精鍛な顔立ち。

 白いシャツにグレーのベストを羽織った姿は紳士然としている。

 凛とした立ち姿は手に持つシンプルなステッキによってより一層引き立ち、知性と悟性を際立たせている。

 そしてその腰には、コナンと同じ不思議な装置。

 

「お見事、彼と同じ名を名乗る少年よ。君の健闘を私が認めよう。誰が否定しようとも私が言おう、君こそが私の後継者に相応しいと」

 

 穏やかに笑む青年をコナンは知らない。

 しかしそれでも、解き終わったコナンは見知らぬ誰かに己を認めさえたという確かな確信に身をゆだねるのであった。

 

 

*****

 

 

 初歩的なことだよ、諸君。

 私を宿したデミ・サーヴァントである彼はこう考えたんだ。

 

 かつて神を捨てた者。それは悪魔のことを指す。

 キリスト教において悪魔とは神に使えた天使たちの一部が神を捨てて堕落した姿を指す。

 同様に、ジャン・ジャコモ・カプロッティも悪魔である。

 彼は盗みを繰り返し師ダヴィンチに「サライ」というあだ名を付けられていたが、これはイタリアの伝承にある悪魔のことだ。

 では「明るいところが好きではない」とはどういう意味か。

 以上二つより、これも悪魔のことを指していると後継者君は考えた。

 ギリシャ語でメフ、フォス、フィロス。明かりを愛せざる者。

 

 さて、『ウィンザーの陽気な女房達』の作中には特徴的な罵り言葉が出てくることを知っているだろうか?

 この馬鹿、嘘つき、クソ野郎。マイナス要素のある人物を罵るとき、作中ではこう言うのさ。

 

 「メフィストフェレス」と。

 

 メフィストフェレスの語源は数あるが、主要なものはだいたいこの三つだ。

 ギリシャ語の「光を愛せざる者」。

 ラテン語の「悪臭を愛する者」。

 そしてヘブライ語の「嘘つき」。

 

 もうお分かりだろう。

 答えは「メフィストフェレス」。ゲーテが描いた悪魔の形であり、ドイツの民衆に伝わるファウスト伝説の魔神。

 後継者君のひらめきは素晴らしかった。

 私もこればっかりは時間内に答えられないと踏んでいたが、想像が外れたようだ。

 ……助言は結局したのか?

 それは秘密としておこう。

 

 なぜなら、そうやって確信を言わないことこそが私のような人物の常だからね。

 

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