1 転生者/組織の幹部グラスホッパー
突然だが、私は転生者である。
なんの変哲もない前世だったが、一つ嬉しいことを上げるとするなら、死後に一つだけ願いが叶ったことだろう。
「来世はアサシンになりたいです!」
あっ、そこ、ゲーム脳とか言わないように。かっこいいじゃないかアサシン。何がダメなんだアサシン。
諸々の説明は省こう。
ともかく私は今世、念願のアサシンとして生きている。
少しばかり誤算だったのは今世も現代日本な世界観だったことだけ。
転生というからには異世界モノが王道だと思ったんだが、生まれてみればちょっぴり殺人事件が多いだけの現代。
魔物が跋扈してたりしないし、魔法学校が実在していたりもしない。
あるとするなら妙に凝ったトリックによる殺人事件(一日につき3件、米花町交番調べ、昨年比20%UP)くらいだ。
物騒といえば物騒だが、規格外なアサシン性能を付与された今世の私にしてみればいささか拍子抜け。
こう、世界統一王朝の現皇帝暗殺みたいなビッグな任務は入ってこないだろうか。
蘇った古代のファラオに東洋の伝説の毒薬を盛るとか、宇宙帝国の幹部を一人ずつ亡き者にするとか。もっと転生先もいろいろあったろうに。
気が利かないな。
……ああ、なんか良い暗殺はないだろうか。
ホワイトハウスでハンモックをつるして昼寝できる程度にはアサシンなので、私は日々やりごたえのある暗殺を切望しているのだ。
「グラスホッパー、次のターゲットの資料です。期限はこれから一週間。後始末はいつも通りに僕が行います」
バーボンが机に置いたのはA4の紙一枚。
内容はターゲットの名前とごく簡素なプロフィールのみで、これなら口頭で伝えてもいいんじゃないかという情報量だ。
紙の無駄遣いは環境に良くないぞ。
「承った。契約通りに事を為そう」
いつも通りの定型文で答えて、机の上の資料を手に取った。
塚田樹。56歳。男。
日本人で、以前はプログラマーとして組織で働いていた。以上。
いつも思うのだが、もうちょっと情報を増やしてもいいんじゃなかろうか。
確かに情報収集は暗殺と不可分だが、私が好きなのは侵入と暗殺であって、ターゲットを日本中から探し出す作業が好きなわけではないのだ。
始めの頃こそきちんとターゲットの居場所や生活習慣、好みや癖まで調べ上げた資料が渡されていたのだが、だんたんとそれが減っていき、ついにこの間は名前と年齢だけになってしまった。
しかも前回などは同姓同名同年齢が二人もいたせいで、組織にどっちがターゲットなのか確認しに行かなければならない羽目になった。
そりゃ調べられるさ。調べられるとも。私は完璧なアサシンですから。
だがモノには限度があってだな。
ああ、そろそろこの組織も潮時かなあ、なんて思いつつ顔を上げるとバーボンが鋭い目でこちらを見ていた。
硬質で、しかし絡みつくような粘度を持った視線だ。
私がそれを目にするかしないかの一瞬のうちで獣の眼は消え去り、人好きのする笑顔だけが残る。
……さすがは探り屋バーボン。めっちゃ怖い。
「毎度思うのですが、貴方のその『記憶に残らない』容姿はどんなトリックなんですか?貴方の容貌は特徴的でとても忘れやすいとは言えません。僕も仕事柄記憶力には自信があります。それなのに貴方と別れるたび、僕は貴方の姿を思い出せなくなる」
「薬の類ではない。あなたに害は残らない」
「仕事相手の顔も覚えられないなんて悲しいじゃありませんか」
「私はアサシンである。私は過たず目標を討つ。不足か?」
「グラスホッパー、貴方の仕事は完璧だ。これ以上はないほどに。だからこそ個人的に伝手を作っておきたいんですよ」
「……聞き置こう」
いや、だってこの人の本来の職場は公安だ。
暗殺者である私が顔見せしちゃあかんやろ。ムショ生活はごめん被る。
あってよかった「情報抹消:B」。これは自分の能力、名前、外見特徴を相手の記憶から抹消するスキルである。
カメラや盗聴器の記録でも同様の効果を発揮するので実に重宝している。
最近バーボンが何かあるたび私を探ってくるようになって困る。
例のバーボンの瞳でこっちを見てくるのに始まり、盗聴器、監視カメラ、GPSとあの手この手で情報を収集しようとするのだ。
私はアサシンでも心根は一般人。「情報抹消」によりデータは残らないとはいえ、刺すような警戒の視線を向けられると心臓が縮むのです。
ただ、オープンにモーションをかけられたのは今日が初めてだ。
にっこにっことイケメンを光らせているバーボンを目の前に、私は戦略的撤退を心に決めた。
せっかく有能暗殺者っぽい厳かな口調を維持しているというのに、これ以上ここにいたらボロが出てしまう。
組織のアジトの一つ、安っぽい造りの古びたビル3階。
埃の積もった使われていない会議室での邂逅を終え、私は壊れかけたドアノブを回した。
もちろん指紋が残らないように手袋をはめて。髪の毛も落ちないようにまとめてある。
「では、一週間後にまたここで」
貼り付けた笑顔が実に恐ろしいバーボンを尻目に扉を閉める。
アニメとして見るには有能なイケメン安室は眼福だったが、実際に対面すると心が休まらんねんて。怖えよ威圧感凄えよバーボンさん。
よくコナンはこんなんに突っ込んでいったな。鋼鉄の精神か。気づいたら東京湾に沈んでるとか、目が覚めたらあの世だったとかありそうじゃないか。
黒の組織なんて怖そうな連中ばかりだが、この人は特に間接的な手法で忍び寄る感が強くて怖い。あんたさん、目が笑ってませんよ……。
表面上は颯爽と、内心でガクブルしながら私はアジトを後にした。
さて、6日後のことである。
私はとあるホテルの前に来ていた。
片田舎のビジネスホテルだ。のっぺりした灰色の外壁に、錆びた看板。無駄に広い駐車場を完備したここは、意外にもしっかりした防犯設備のある良心的なホテルである。
今からここで惨劇を起こす身としてはもうちょっと潰れても良心が痛まないような粗悪なホテルを期待していたのだが、ままならないものだ。
このホテルの4階の一室にターゲットは宿泊している。
3か月前からここに籠っているようで、ビジネスホテルなのに一切外出せずに引きこもっている珍しいお客さんとして従業員の間で話題になっている。
外出しないのは組織に見つからないためだろうが、残念ながら相手は私だ。
「専科百般:A+」と「蔵知の司書:C」の合わせ技と、「皇帝特権:A」によって「天賦の智慧」を主張することによって、分身一人でも熟練のハッカー並みの仕事ができるのだ。
弱点は、しょせん分身も私なのでどいつもこいつも暗殺をやりたがって情報収集を押し付けあうこと。
現在はローテーション制度を作って落ち着いている。
ここまで来ればもうお分かりかと思うが、私が転生に当たり付与された能力は「サーヴァント・アサシンとしての力」である。
Fateシリーズでお馴染みの英霊、そのサーヴァントのスキル・宝具をアサシンクラスに限って自由に使うことができるのだ。
気配遮断はもちろんのこと、佐々木小次郎の対人魔剣から女神ステンノの微笑みまで自由自在。
この力をフル活用すれば一週間といわず一両日中に終わっていたこの仕事だが、あんまり本気を出しすぎると組織からの依頼が過密になりすぎる。
ただでさえブラック企業なのだ。イメージカラーとかじゃなく労働条件的な意味合いで。
調子に乗りすぎるとせっかくもらっている給料を使う暇がなくなってしまうのだ。
暗殺もほどほどに。どんなに好きでも休暇は別腹。
セーフティーハウスでまったり時を過ごすのはいいものだぞ。
依頼を受けて5日間だらだら。6日目に情報収集してさっと対象を暗殺。7日目に報告して終わり。夏休みの宿題のごとき進め方だが、これはこれで乙なもの。
とりあえず入り口前から「気配遮断:EX」を作動。堂々と玄関から侵入する。
装飾がなく味気ないフロントを通り過ぎ、ちょっぴり古ぼけたエレベーターへ。
ちょうど降りてきた客と廊下で鉢合わせるが何事もなく通過。気配遮断が強すぎて向かいからくるお客さんが端へ寄ってくれない。廊下の真ん中を歩かれると向こう側へいけないのですが。
なんとかお客さんとぶつからずにすれ違い、ターゲットのいる部屋の前へ来る。
サーヴァントに標準装備されている五感の鋭さによれば、ターゲットの塚田さんは今も部屋の中で爆睡中のご様子だ。
ドアノブ一体型の鍵など専科百般に含まれる鍵開け技術の前には紙も同然よ。
音もなく開いてするりと中へ。
ちなみに、ドアノブ一体型の古い鍵は素人でも三日くらい集中して練習すれば開けられるようになるのでご注意を。キーピックとテンションを用意すれば自宅でも練習できるぞ! 開錠のキモはテンションなので、ツールセットを買うときはテンションの種類が多い奴を選ぼう。
閑話休題。
ベッドの上に転がっているのは酒を飲んで寝こけているターゲットだ。
ビールの空き缶がナイトテーブルの上にごろごろしているし、もっさりとダサいオーバーシャツは脱げかかっている。
完全に酒浸りオールだ。仮にも裏社会の住人ならもっといい酒を飲めばいいのに、転がっている缶はどれも某スーパードライ。庶民派かよ。
なんとも物悲しい気持ちになりながらターゲットの横にしゃがみこむ。
ううーん、栄えあるアサシンのハイ・サーヴァントに対して割り振られる仕事がコレだよ。
確かに情報はしっかりと隠蔽されていて収集難易度の高めのお仕事だったが、肝心の暗殺がこれでは片手落ちだ。ホテル一棟買い上げでトラップ屋敷に改造とかしてくれないと満足できぬのだが。
なんにせよ仕事は仕事。
白髪の多い頭に手を置いてそっと撫でる。
暗殺は好きだが苦しませるのは好みではないので、せめて安らかに見送りましょう。
死後も希望はある。具体的には、来世はチート能力を持って自由に生きられるとか。この人もいい具合に異世界転生してハーレムを築くことを願おうかな。
お気に入りのゲームより拝借した祈りの言葉兼決め台詞をつぶやいて、今回のお仕事もつつがなく終了である。
「――真実はなく、許されぬことなどない。眠れ、安らかに。『
染み出すように現れたギロチンは、きっかり一秒後にその首を刈り取った。
頭という行き場を失った鮮血は心臓の鼓動に合わせて脈々と首から噴き出し、ホテルの壁紙を鮮やかに染め上げる。
お別れを果たした生首はごろりとベッドの上を転がって絨毯の上に落下した。
本物のギロチンならいざ知らず、この宝具は「人道的な処刑」という概念が具現化したものだ。己が死んだことすら気づかずに逝けただろう。
ターゲットの表情は安らかだ。酒のもたらす酩酊感のままに、淡い笑みを浮かべたまま目を閉じている。
うん。次回はもっと手ごたえのある仕事だといいな。
そう思って、来た時と同じようにとぼとぼと無造作に部屋を出ていくのであった。
―――――――――
安室はスカイブルーの目を細めた。
仮の顔、探偵として得た例の事件の情報は、安室の警戒をさらに高めるのに十分すぎるものだった。
グラスホッパー。
リキュールをベースとした
同名の有名小説は東京・渋谷を舞台にした殺し屋にまつわる一件を描く。
グラスホッパーの名を戴いた組織の幹部である彼……もしくは彼女は、たいへんに謎多き存在だ。
本名は不明。年齢、性別、外見的特徴不明。
それらは別段隠しているわけではない。彼は無造作に人の前に姿を現すし、聞けばきちんと答えてくれることが多い。
それでも彼を見た人、聞いた人は口をそろえてこう言うのだ。覚えていない、と。
安室ははじめ、彼についての情報は厳しく口止めされているのかと思っていた。
年齢性別ともに不明というなら組織のナンバー2であるRUMも同じだ。裏社会の人間が自身の情報を秘匿することは別段珍しくもない。
しかし、安室自身が彼と関わることになって、ようやくその言葉の真の意味を理解した。
彼と初めて会ったのは半年前だ。
単なる任務の渡し役としての出会いだった。
暗殺任務としては不足に過ぎる情報しか載っていない書類を手に、会った彼は……どんな姿だっただろうか。
女神のように整った女性のようだった気がする。枯れ木のようにやせ細り年老いた男性だったような気もする。
たしかに直接顔を見たはずだった。言葉も交わしたし、そのときは何の疑問も抱かなかった。
だというのに、だというのにだ! 終わってみれば何も覚えていないのだ。
彼の声も、姿も、何一つ思い出せない。交わした言葉の内容は思い出せるのに、彼個人を示す情報が頭の中に残っていない。
驚いた安室が他の幹部にそれとなく聞いたところ、やはりその摩訶不思議な現象は安室だけのものではなかった。
彼と会う人間はみな、彼の個人的特徴を忘れてしまう。
どんな口調だったか、どんな容姿だったか。彼個人を特定する情報を、誰も覚えていない。
安室の彼に対する興味は、この時始まった。
次に安室は彼の任務を調べた。
グラスホッパーといえば暗殺を主とする黒の組織の幹部だ。
活動は3年前から。イランの大物政治家を暗殺した一件から裏社会で名前が売れるようになり、そのころは「山の翁」の名で暗殺任務を請け負っていた。
黒の組織に正式に迎え入れられたのは1年前。数々の不可能とうたわれた暗殺を完遂した功績をもって例外的に幹部に迎え入れられた。
彼の暗殺は圧巻の一言だった。
イランのある政治家を暗殺した際は、公衆の面前での刺殺であった。
演説を行っているさなか、壇上に飛び乗っての犯行だった。殺害と同時に周りを固めていたSPが動き出し、四方八方から彼を射殺せんと鉛球を撃ち出した。会場は怒号と絶叫にまみれ、複数のTVカメラが競い合って歴史的瞬間を映した。
あっという間に規制線が敷かれ、検問があちこちに張られ、国境は封鎖された。
彼を見た目撃者は言う。中肉中背の男だった。いやいや、あのスレンダーなラインは女だね。
彼を映した映像が流れる。黒い影のようなフード付きマントがなびき、顔も体型も絶妙な角度で判然としない。
SPの銃弾はかすりもせず、規制線は軽やかに突破され、検問はいたずらに交通を乱すだけ。
あれほどまでに大胆な犯行は、しかし何か月たっても犯人の特定に至らなかった。
表舞台は混乱に混乱を重ねたが、裏では粛々とことが進んでいた。
封鎖されたはずの国境を越え、何事もなく依頼主のもとへ帰った彼は、事も無げに依頼主に小さな箱を手渡した。
小さな箱の正体は極小の冷凍庫だ。
中にはジップロックに入れられたまま冷凍保存された肉塊が一つ。
それは、殺害の一瞬で解体・摘出された政治家の心臓であった。
裏社会である種の伝説となったその暗殺事件を皮切りに、彼はいくつもの暗殺を成し遂げている。
絶海の孤島にSPを連れて引きこもったEUの有力者が変死体で見つかった時もあれば、晩餐会のさなかに毒殺される億万長者もいた。
一つの共通点として、彼はターゲットの体の一部を何らかの形で依頼主のもとへ持って帰ることがあげられる。
生首を丸ごと持ち帰るなんてこともあったようだが、大抵の場合は鳥の羽にターゲットの血を吸わせて保存しているようだ。
実に古い、古すぎる暗殺の証明だ。
撲殺や刺殺といった原始的な殺害方法を好んで用い、ターゲットをゼロ距離で仕留める彼は、まさに古典的な暗殺者のイメージとぴったりと一致する。
殺害方法の単純さに反して塵一つ分の証拠すら残さない高度な撤退技術。
ターゲットの居場所を短時間で突き止める情報収集の能力。
彼の暗殺は彼一人で完結している。フリーでも十分以上にやっていける能力があるのにこの組織に所属しているのは、RUMの熱心な勧誘があったためらしい。
今回グラスホッパーに渡した暗殺任務は、安室の手が入っている。
塚田樹。組織にとっては重要な情報を持ち逃げしたうえ慎重に足跡を消した油断ならない人物だが、彼にとっては単なる小物だろう。
苦労して事前に情報を調べ上げ、安室はターゲットの潜伏するホテルやその周辺に監視機材を設置した。
容易に書き換えはできない最新機材を用いたし、公安の手の物もひそかに配置した。
ターゲットの行方を調べるのに、安室はすべての力を使っても1か月かかった。
ターゲットは慎重で、頭の切れる男だった。
何度も出し抜かれたし、この組織に追われていながら半年も逃げ延びることのできた頭脳は本物だった。
半ば以上グラスホッパーに喧嘩を売る心持ちで安室は任務を渡した。
その5日後、ターゲットの塚田樹は死体で発見された。
ホテルを見張る人員からの報告には、普段からホテルに出入りする人間以外の目撃はなかった。
ちょうど死亡推定時刻に宿泊客に扮して廊下をうろついていた人間もいたのだが、だれも通っていないと証言している。
監視カメラまみれの客室に影のように揺らぐ人影がぽつり。
まるで映っていることがわかっているかのようにワザとらしく枕に仕込んだカメラを覗き込み、彼はぽつりとつぶやいた。
「真実はなく、許されぬことなどない」
電波でリアルタイムに受信していた時に聞いた声は性別すら曖昧だった。
録画・録音していたそれらの情報は、今はすべて使えない黒塗りに変わってしまっている。
埃の積もったリノリウムの床を踏みつけ、安室は息をついた。
「バーボン、私の仕事は不足だったか」
「いいえ。いつも通り後始末の必要のない完璧な任務達成、ご苦労様です」
「ならばなぜ」
「前も言いましたが、暗殺の裏どりは僕が行いますので貴方が証拠を持ってくる必要はありません。ですので、その血をたっぷり吸いこんだ鳥の羽は捨ててください。僕に渡されても困ります」
「様式美だ。譲れない」
「グラスホッパー、貴方、意外にいい根性していますよね」
グラスホッパーの自慢げな顔に、安室はもう一度大きくため息をついた。
今見ているはずの顔も、声も、彼と別れれば忘れてしまう。
それは探り屋としても公安のノックとしても、好ましくないことだ。
「グラスホッパー」
「なんだ」
「貴方はなぜ、殺し屋になったんですか」
「唐突だ。質問の意義を問う」
「別に興味本位ですよ。貴方ほどの暗殺者がいったいどういう経緯で生まれたのか、僕も興味くらいあります」
「……」
グラスホッパーはしばし考え込んだ。
川底に溜まる泥にも似た涅色の瞳が記憶を見返している。
「私はアサシンとして生を受けた。故にアサシンとなった」
シンプルな回答だった。
安室はそうですか、と一言だけ返した。
シンプルだが、そこに含まれる意味は多い。
グラスホッパーが生まれながらにアサシンであるとするなら、その卓越した技術は伝来の物である可能性が高い。
例えば表には出ない暗殺技術を伝える一族。
そんな空想上の存在すらグラスホッパーの後ろに見え隠れする。
彼と対面している今、安室はグラスホッパーの顔も声も正確に認識できている。
金紗の髪は緩く巻き、腰まで届く流れが繊細で美しい。
涅色の瞳は大きくあどけなさを残す。
幼い女神のごとき均整の取れた美貌。
おおよそ小学校は卒業していないだろう。小さな小さな背が、上目遣いに安室を見る。
フード付きのクロークに、落ち着いた緑のラッセル・スカートを合わせた幼い少女は、年齢に見合わぬ凍え切った眼差しを持っていた。
そう、安室は「彼女」を見るたび毎回思うのだ。
卓越した暗殺者である彼女もまた、この闇深い裏社会の被害者であるだろうと。