学戦都市アスタリスクRTA 『星武祭を制し者』『孤毒を救う騎士』獲得ルート   作:ダイマダイソン

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納得できる仕上がりにならなかったのでまたも投稿間隔が空いてしまいました。申し訳ないです。m(_ _)m

作者の曇らせ好きの被害者がまた1人増えてしまったので初投稿です。


裏話20 恋心

 昼下がりの午後、エルネスタは非常に機嫌が良かった。

 

 論文の執筆に忙殺されていたせいで中々会う時間を取れなかった基臣と、久しぶりに話すことが出来るのだ。基臣との会話はしたくもない派閥争いで疲れた彼女にとって癒しになっていた。

 

 いきなり迫って身体を密着させた時の少し困ったような顔や、あまり表情に現れづらいので分かりづらいが、誰かを守ろうとするときの必死な顔も彼女にとって愛しく感じる。そんなことをカミラに話すと苦笑いされたことは彼女の記憶に新しい。

 

 彼を待たせ過ぎてもいけないと思った彼女は小走りで実験室へと向かった。

 

 

 

「やぁやぁ剣士君! 久しぶりー!」

 

 先に部屋で座って待っていた基臣の様子はどこかいつもとは違うような雰囲気だった。

 

「……剣士君?」

 

「そこへ座れ」

 

「もー、どうしたのさー。私と剣士君の仲じゃん、どうせなら近くで──」

 

「いいから座れ」

 

「っ……うん

 

 いつもの優しい彼から出たとは思えないぐらいゾッとするような声色。

 

 有無を言わさぬ空気がエルネスタを鋭く突き刺す。

 

 冗談が通じない事を本能的に悟ったエルネスタがいつものように隣に座らず、言われた通りに対面のソファに座ると基臣は口を開いた。

 

「先日、医者から診断を受けた。もう二度と腕を動かすことは出来ないそうだ。それにこの足もだ」

 

「どういう、こと?」

 

 彼は包帯で巻かれた傷だらけの腕や足を見せる。確かに見るだけでその痛々しさが彼女にも伝わる。

 

 だが、身に覚えのないことだった。ここ最近、彼を交えての実験など彼女はしたくても忙しくてできなかった。他にも色々とおかしい点は思いついて口に出そうになるが、そんなことは彼の目を見ると全て吹き飛ぶ。

 

 激しく嫌悪している目。その目に彼女は息の止まりそうな錯覚を覚える。

 

「お前のせいだ」

 

 ポケットの中に右手を突っ込むと、テーブルに雑に紙切れを叩きつける。

 

「なに、これ……? 契約、解除?」

 

「もうお前との付き合いは金輪際行わない。正直、こうやってこの話を言い渡すのも虫唾が走るほど嫌だったがな」

 

(もう、あえない……?)

 

 さっきまでの頭脳明晰なエルネスタはどこへ行ったのか、頭の中が真っ白になり考えが纏まらない。それでも彼と会えないという言葉に彼女は必死に言葉を絞り出す。

 

「ぁっ……ぇ……? ぅそ、だよね?」

 

「そうか、お前にはこの目が嘘に見えるか」

 

 基臣はエルネスタの首を掴み上げると、怒りを抑えながらも壁に叩きつける。

 

「ぅっ……あぁ……」

 

「苦しいか、苦しいよな。だがな……そんな苦しみすぐに消える。対して俺はどうだ、この腕の痛みも、足の痛みも、そして身体の一部を動かす事が出来ない苦しみも、一生消えることは無い」

 

「ぇぅぁ……っ、ごぇんな、さい……!」

 

 言葉を発するのも辛い苦しみの中、謝罪の言葉を繰り返すがその言葉を聞き流し基臣はエルネスタは汚い物に触れたかのように床へと放り捨てる。

 

「あぐっ! けほっ、けほっ!」

 

「ちっ……、もう触れていたくもない。いいか、その文書にお前もサインしておけ。後でグチグチ言われるのは御免こうむるからな」

 

 部屋から立ち去ろうと向かっていく基臣にエルネスタは必死に縋りつく。

 

「あ……ま、まって! あ、あたしが悪いの」

 

 基臣の足を掴むと、必死に置いて行かれないように懇願するように言葉を綴り続ける。その様子に基臣は彼女をゴミを見るような目で見下す。

 

「まったく、苛々する。人を散々弄んでおいて、いざこうなったら謝罪か」

 

「あ、えっと、その……」

 

「もういい」

 

「ぁ、だめっ。()()私をおいてかないで……」

 

 歩いて出て行く基臣を必死に追いかけてもその背は遠のいていく。

 

 そんな彼を追いかけようと、普段走らないその身体を必死に動かして彼に近づこうとする。

 

 それでも彼との距離は遠のいていく。

 

 

 とおの いて

 

 いく

 

 

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 

 

「────っ!?」

 

「お、やっと起きたか」

 

 起きるとそこには基臣の姿があった。どこかその顔は心配そうな様子をしている。

 

「けん、し……くん?」

 

「あぁ、そうだが。……って、どうした急に」

 

「ごめんなさいごめんなさいっ。私が悪かったです! なんでもするからっ! なんでもするから……見捨てないでぇ……、ひっく……ぅっ……」

 

 エルネスタは追い縋って彼に贖罪の言葉を口にする。

 

「おいおい……お前を見捨てるなんていつ言った……」

 

 いきなりの謝罪に流石に困惑する基臣だったが、エルネスタの心はひどく消耗してボロボロに擦り切れたように悲鳴を上げているようで、その悲痛な表情は見るに堪えないものだった。背中に手を回すと彼女の衣服は汗でびっしょり濡れていて、先ほどまで見ていたであろう夢のつらさを言葉にせずとも語っている。

 

「ぐすっ、ひくっ」

 

「まったく……」

 

 不器用に彼女の背中をさすって宥めてあげながらどうしたものかと困っていた基臣だったが、しばらくエルネスタのしたいようにさせてあげると徐々に落ち着いてくる。

 

「エルネスタ」

 

「……もうちょっと、おねがい」

 

「……分かった」

 

 基臣にとって誰かを抱きしめることは初めてだった。

 

(なんだか、落ち着く……)

 

 無意識ながら、基臣の方からも抱きしめる力が強くなる。互いの温もりを分かち合ってそれを感じる。しばらく抱き合っていると徐々にエルネスタの体の震えも収まっていく。

 

 落ち着きを取り戻してようやく離れたエルネスタに基臣は先ほど異様な程に取り乱した理由を問いただした。

 

「それで、どうしたんだ。あんなに取り乱したかと思えばいきなり謝り出すなんて」

 

「…………悪い、夢を見たんだ」

 

「夢?」

 

「私の実験が失敗したせいで、君に一生癒えることの無い傷を負わせてしまって……それで……」

 

 今でもそれを思い出して恐怖しているのか、必死に言葉を絞り出すように喋った。

 

「君が一生関わってくるなって言われたんだ……目に入れるだけで不愉快だ、って……」

 

「……なるほど。夢の中とはいえ、それはまた難儀な目に合ったな」

 

(夢の中の俺も随分と酷な事を言うものだ……)

 

 過去に実の父親からの酷い罵倒を受けたことのある基臣だからこそ、エルネスタの受けた心の傷の深さをしっかりと理解できた。現に、先ほどまで寝ていたはずの彼女だったが、酷く疲れたような顔をしている。

 

「私、やっぱり君の近くにいちゃいけない存在なのかな……。いつか君を不幸にして……」

 

 自己嫌悪に陥っていくエルネスタを基臣はどこか新鮮な気持ちで見ていた。

 

(……まったく、お調子者の癖してナイーブな所があるんだな)

 

「「いつか」「未来に」なんて事、所詮はたらればの話でしかないし、気にしたらキリが無い。まあ、仮になったとしてもお前を責めるなんて事しないがな」

 

「でも……、でもっ!」

 

「……そこまで言うなら仕方ない。ほら」

 

「……煌式武装?」

 

 基臣がポケットから取り出した予備の煌式武装を手渡されたエルネスタはその意味を図りかねた。

 

「もし、俺がそんなことを言うのなら、渡したそれで殺せ」

 

「ころ……っ!?」

 

 突拍子もない言葉に流石のエルネスタも動揺する。だが、基臣の表情は真剣そのものでふざけてる様子は欠片も無い。

 

「それだけ自分の言葉に責任を持ってお前に言っている。だから信じてくれ、お前を傷つけるような事はしないと」

 

「……」

 

 

 

 しばらく無言のままだったエルネスタだったが、やがて決心したのか頷いて基臣の煌式武装を受け取る。

 

「…………うん」

 

「今みたいに不安になったらいつでも連絡して構わないからな。少しはお前の痛みを分かち合えば心の負担も軽くなるだろう?」

 

「そう、だね。…………ねぇ、剣士君」

 

「うん? どうした」

 

「二人きりの時でいいから、名前で呼んでいい?」

 

「……なんだ、そんなことか。むしろ、なんで今まで名前で呼んでこなかったかが不思議でならなかったんだぞ。別に今更聞かなくても好きに呼んでくれて構わない」

 

「うん……」

 

 その目はトロンと蕩けたように熱い視線を基臣へと送り、ギュッと胸の前で手を組むと上目遣いで基臣を見る。

 

「これからもよろしくね、基臣くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 界龍の訓練施設。

 

 獅鷲星武祭に向けて各チーム、特訓を必死に行っていたがその中でもかなり異質な風景があった。

 

 ギプスで片手を固定している状態であるにも関わらず、二人を相手に優位に立ち回る基臣の姿がそこにはあった。

 

「うわっ!?」

 

 この前の学園祭で片手を負傷した基臣だったが、ピューレの能力を併用することで治りが早くなり今では邪魔にならない程度まで左手が元に戻っていた。

 

 ピューレではなく、新型の煌式武装を使ってセシリーに切りかかった基臣は、それと同時にカバーに入っていた虎峰を体術で蹴り飛ばす。虎峰は基臣の攻撃をガードしたものの、身体はその衝撃に耐えきれず端まで吹っ飛んでいく。

 

「ぐっ!?」

 

「もっとうまく攻撃を受け流せ! お前が遠くに飛ばされてる間、仲間がピンチになるんだぞ!」

 

 声を張り上げてチームメンバーへの指導を行っていた基臣。さすがに4人同時に相手をするのは無理があったため、基臣以外で攻撃の主力を担うセシリーと虎峰、後方からのサポートをこなす沈華と沈雲をセットにして指導していた。もちろん基臣が片方のペアに指導している間、もう片方のペアはそれぞれ各自で用意した自主練メニューをこなしている。

 

 基臣としても、敵チームから複数人で囲まれる可能性が高いことから1対2の状況を想定した模擬戦は非常に有用なものだった。鍛錬の一方的な状況を見て勘違いしそうになるが、虎峰とセシリーは前回の鳳凰星武祭の準優勝ペア。その二人を相手に優位に立ち回れるということは獅鷲星武祭の本戦になっても対複数人のシチュエーションでも通用するということを暗に示していた。

 

「ここです!」

 

「もらったぁっ!」

 

 二人からの息の合った同時攻撃に挟まれた基臣。片腕しかない以上両方の攻撃をさばくことは至難の技。故に基臣は、敢えて虎峰の攻撃へと突っ込んでいく。

 

「なっ!?」

 

 虎峰の攻撃を上手く逸らすと、それがそのままセシリーの校章へと向かうように方向を調整する。その目論見は上手く成功し、セシリーの校章は味方である虎峰の攻撃によって破壊される。

 

「ぎゃうっ!」

 

「くっ……!?」

 

 強引に攻撃の軌道を変えられた虎峰も、無理な動きをしたせいで基臣から距離を取ることが出来ずに一瞬固まる。

 

 その一瞬は基臣にとって十分すぎる時間で、動けない隙を突いて虎峰の校章も破壊する。

 

 

模擬戦終了(エンドオブバトル)。勝者、誉崎基臣!』

 

 機械音声が響き、勝者を淡々と告げる。

 

「そろそろ休憩にするか」

 

「はぁ~、もうヘトヘト……」

 

「さすがにきついですね……」

 

 一気に練習がハードになったこともあってくたびれたのか、基臣が休憩の指示を出すとセシリーだけでなく虎峰もその場で床に倒れる。

 

「はい、基臣」

 

「水か、すまないな」

 

 沈華から水を受け取ると、椅子に座ってゆっくりと飲み干す基臣。

 

 少し時間が経って気力が回復したのか、セシリーが唇をとがらせて不満げな表情を基臣へ見せる。

 

「まったく、鳳凰星武祭の時から強くなり過ぎじゃなーい? タイマンだったら太刀打ちできる自信無いんだけど」

 

「左手使えないハンデを背負ってこれですからね……」

 

「右手だけでもやりようはいくらでもある。上手い立ち回りを意識するだけで劇的にパフォーマンスが変わるからな」

 

 この前、青鳴の魔剣(ウォーレ=ザイン)の使い手と戦って以降、基臣の戦闘勘は格段に上がっていた。その助けがあったからか、片手だけという縛りを課されても尚、虎峰・セシリーペアを圧倒できるだけの立ち回りを可能にしていた。

 

 セシリーと虎峰の二人を相手に右手だけで応戦している基臣を先ほど自主練の片手間に沈華たちも若干引き気味にその様子を見ていたためセシリーの言葉に同感の様子だった。

 

「全く……、基臣と虎峰で機動力に差があるせいで計算して支援しないとかえって私達後衛が邪魔になりかねないわ」

 

「まあ、それを何とかするのが僕らの役割だから仕方ないさ」

 

「はぁ……」

 

 各々不満を垂れているものの、向上心の固まりである彼らは誰一人、辞める気など無かった。休憩後は指導するペアを交代して、各々自分の能力に磨きをかけていく。

 

 といっても、毎日ハードなトレーニングを続けるのは長続きしない。今日は週末なので、基臣は練習を早めに切り上げ、昼前には終わらせることにした。

 

「じゃあ、これで今日のチーム練習は終了だ」

 

「はー、疲れたー! ほら虎峰、遊びに行こ!」

 

「ちょっと! わかった、わかりました! ついていきますから、離してくださいっ!」

 

 セシリーに無理やり引っ張られていく虎峰という構図はいつもの事なので基臣は特段気にせず部屋へと戻る。

 

 丁度昼飯時だったため、基臣は部屋で着替えだけ済ませるとそのまま食堂へと向かう。注文を済ませて食堂のスタッフから料理を受け取ると、人も多くなってきているため隅の方にあるテーブルで食事を取ることにした。

 

(この前の序列トーナメントのせいで、周りから一歩距離を置かれているか……。誰でも彼でも仲良くというつもりはないが、さすがに一緒に食事を取る友人の一人もいないというのは周りから浮いてしまうな)

 

 仕方ないか、と割り切って食事に手を付けようとすると斜め後ろから人影が見えた。振り向くと沈雲も食事を取ろうとしていたのかトレーを持って立っている。

 

「今更だけど手、大丈夫かい? 片手だけの生活はかなり不自由だと思うけど」

 

「む、沈雲か。自分で言うのも何だが、器用だからこういう事であまり不便になることはない。そもそも不自由だったらさっきみたいに上手く戦うことも出来んさ」

 

「はは、違いない。隣、いいかい?」

 

「あぁ、構わない」

 

 顔を隣の椅子に向けて座るように促すと、沈雲はトレーをテーブルに置いて椅子へと腰を下ろす。しばらく二人で黙って食事に手をつけていると、沈雲が口を開く。

 

「うちの妹がいつも世話になってるね。君のおかげで大分あの子にも笑顔が増えた気がするよ」

 

「俺のおかげ? むしろ、あいつに助けてもらったことの方が多い気がするがな」

 

「そう思うかもしれないけど、彼女の成長の大きな一歩の手助けをしたのは紛れもなく君なんだ。兄として感謝の言葉ぐらいは言わせてほしい。ありがとう」

 

「そうか。それなら素直に感謝の言葉は受け取っておこう」

 

「そうしてくれると助かるよ」

 

 それからは今度の獅鷲星武祭の対抗馬の動向や星仙術に関する雑学、沈華の日常生活など、沈雲は色々な話題を基臣に振ってくれた。何故か沈華に関する話題が露骨に多かったが、兄だから妹の事が気になる物なのかと深く考えずに勝手に納得する。

 

「それで沈華が君の事を……おや、噂をすれば来たようだ」

 

 沈雲の言葉で後ろを振り返ると沈華も昼食を摂りに来たのかトレーを持って立っていた。

 

「隣、いいかしら」

 

「あぁ」

 

 そのまま食事を再開した基臣だったが、隣から凄い視線を感じたため横目でチラリと沈華を見る。

 

「ジー」

 

「……なんだ?」

 

 あまりにも長時間見つめてくる沈華に、さすがの基臣も食べづらいのかスープを含んだスプーンも口に入れる直前で止まっている。しばらく沈黙が続いていた両者だったが、溜息を吐いた沈華は自分の持っていた箸をトレーに戻し、基臣のスプーンをひったくる。

 

「ほら、貸しなさい」

 

「あ、おい」

 

「……ほら」

 

 差し出されたスプーンを前に基臣は固まる。目だけ周りを見渡すと、当然の事だが周囲の学生たちは何事かと基臣たちを見てくる。

 

 恋愛事に鈍い基臣でも沈華の行動が周りからどう映るかは理解できる。

 

「おい、沈華。お前何をしてるのか理解してるのか」

 

「それでも貴方は怪我人でしょ。全く、見てられないわ」

 

「片手での食事程度、造作ない事だ。お前の補助がなくてもできる」

 

「い い か ら!」

 

「むぐっ!」

 

 スプーンを口に突っ込まれた基臣は仕方なしにスープを飲みこむ。その様子に微笑ましいものを感じ取ったのか沈雲は椅子を引いて立ち上がった。

 

「どうやら、僕はお邪魔のようだね。他の所で食べさせてもらうよ」

 

「おい沈雲」

 

 そのまま退散していった沈雲を目で追いかけるが、その視線を遮るかのように沈華は立つ。

 

「ほら、早く食べなさい」

 

「……………………。はぁ……」

 

 結局、彼女から発せられる謎の圧力に抗えず、されるがままの状態になる。

 

 

 

 その後は語るまでもなく、沈華にいっぱいあーんさせられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……酷い目にあった……」

 

 食事だけで酷く疲れた様子で廃墟のビル群を歩いていた基臣。沈華の介護じみた行為から逃れるためにも夕食はどこかで外食しようかと考えていた時だった。

 

「ん?」

 

「早く財布出せっつってんだろうが! 耳ついてんのかタコ!!」

 

「相変わらずの治安の悪さだな、ここは」

 

 再開発エリアに迷い込んだ人間を複数人で囲んで恫喝する。平常運転の様子の不良たちに基臣は嘆息する。

 

「おい、そこまでにしておけ」

 

「はぁ? いきなり誰だ…………って、げぇっ!?」

 

「兄貴、知り合いっすか?」

 

 兄貴分の不良が手下の肩を持つと、基臣に聞こえないようにヒソヒソと話し始める。

 

「ばっか! こいつだけは相手にするなって上の方から通達があっただろうが! ロドルフォの兄貴と張り合ったって噂の!」

 

「マ、マジっすか……あいつが……」

 

 チラチラと見る不良たちの恐怖の感情を読み取った基臣は、敵意を振り撒く。

 

「ヒィッ!?」

 

「さっさと立ち去れ。でないと……」

 

 敵意を不良たちに向けると、さすがに強者に反抗するほどの肝は据わっていないのか委縮しているようだった。

 

「チッ……、行くぞ」

 

 分が悪いと踏んだ不良たちが立ち去っていくのを確認した基臣は、囲まれていた男の様子を確認するとどうやらトラブルが始まって間もなかったのか、怪我は一つも無かった。

 

「大丈夫か……といっても、その感じだと武術の心得はあるみたいだから余計なお世話だったか」

 

「いや、あまり事を荒立てたくなかったから助かったよ、ありがとう。……君、名前は?」

 

「誉崎基臣だ。名字でも名前でも好きな方で呼んでくれ。お前は?」

 

「俺かい?」

 

 

 

「俺は朧。榎本(えのもと)(おぼろ)だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不良に絡まれていた青年である朧を助けた後、疲労で珍しく鍛錬をする気が起きなかったため、彼の散策に付き合うことにした基臣だったが、先ほどまで彼が何故再開発エリアにいたのかよく分かるような方向音痴っぷりだった。

 

「初めてアスタリスクに来たものだから少し散策してみようと思ったんだが、御覧の有様でね……」

 

「なるほど、どうりであんな場所にまで迷い込んだわけか」

 

「一回来てしまえば、もう迷うことは無いから極度の方向音痴という訳では無いんだけど…………ん?」

 

「…………?」

 

 朧はいきなり基臣の顔を注視したかと思えば、更に食い入るように瞳の奥までのぞき込んでくる。

 

 のぞき込んでくる朧の瞳に不快感は無く、不思議とその瞳に吸い込まれそうな気分になる。

 

「君、やっぱり俺と似てる気がするよ」

 

「…………似てる? どういう意味だ」

 

「基臣。君、人の心の内を感じ取れるだろう?」

 

「……!! どうしてそれを」

 

 魔術師としての能力はその分かりづらさから学外に知れ渡っていないため、ここまで能力を言い当ててくることに基臣は驚きを覚える。

 

「いや、何。人を見る目が他の人間と違うんだよ。まるで俺そっくりだ」

 

「人を見る目……」

 

「まあ、さっきから俺の事を見ていたようだけど、あまり見すぎてしまうと勘の鋭い相手には不快に思われる可能性があるから気を付けたほうが良いよ。同じ能力を持つ先達(せんだつ)としてのアドバイスだ」

 

 朧の言われた通り、確かに今まで第六感越しに内心まで見過かそうとしてきた人間の中には顔を顰めるような不快感を示した人がごく一部だが、いた事を思い出す。

 

「なるほど、忠告感謝する」

 

「ま、心が読めると言っても相手が心を無にしたりとかしたら読める物も読めないんだけど。君が俺の心の中を読もうとしても読めなかったのはそういう理由(ワケ)だ」

 

「さっきからまるで思考が読めないと思っていたがそういうことか」

 

「そんな事が出来る人間はほとんどいないから、会ったらラッキー程度の物だけどね……っと、言いたいのはそういう事ではなくてだね……。同じ能力を持っている者同士だからシンパシーを感じたのさ。君も大分その能力で苦労した口だろう」

 

「そうだな」

 

 人の好意だけでなく悪意も全て受け取ってしまう第六感。幼い頃から父からの憎悪をぶつけられて苦労した基臣は朧の言葉に共感する。

 

 

 

 街の散策をしながら朧と会話を重ねていく基臣。不思議と初対面の筈なのに話が弾む感覚に不思議な気持ちになる。

 

(初めて会ったはずなんだが……不思議と仲良くできるって思えるような気がする)

 

 その不思議な感覚に戸惑っていた基臣だったが、着信が来たのか端末が震える。誰かと思って着信相手を見るとシルヴィアの名前があった。

 

「……すまない、少し電話出るぞ」

 

「あぁ、構わないよ」

 

 断りを入れて電話に出ると、ツアーの予定はないのかクインヴェールの中にいるシルヴィアが映る。

 

「もしもし」

 

『基臣君! ミルシェから連絡とか来てたりしない?』

 

「どうかしたのか」

 

『ミルシェ達が喧嘩したみたいで、突然ルサールカを解散するって言いだしたの!』

 

「ルサールカを……?」

 

『それに加えてミルシェが学園からいなくなったってペトラさんから連絡が来て。あの子たち、衝動的に解散って言葉を口に出したんだろうから、話せばすぐ仲直りすると思うんだけど……』

 

「詳しいことは分からんがとりあえずどこかに集合しよう。今、アスタリスクの中にいるんだろう?」

 

『うん。それじゃあ、クインヴェールの近くにある公園に集合ってことで』

 

「ああ、それで構わない。すぐ行くから待っててくれ」

 

 通話を切ると、待たせていた朧に事情を離して別れることにした基臣。どうやら電話中の会話が一部聞こえていたようで、基臣が用事で朧の散策についていけなくなることを彼も何となく理解してるようだった。

 

「すまないな。お前の散策に付き合うつもりだったんだが、少し用事が出来てしまった」

 

「ああ、ううん。気にしないでくれ。ほら、急ぎの用事なんだろう? 行かなくていいのかい」

 

「そうだな、じゃあまた」

 

 走り去っていく基臣を見送った朧はどこかへ電話をかけた後、独り言ちる。

 

「……生まれが違えば君とは友達になれる可能性があったんだろうね、基臣」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスタリスク内にある商業エリアのとある喫茶店。

 

 ほとんどの客が静かに料理やコーヒーに舌鼓を打つ中、何か腹立たしい事があったのか一人でやけ食いしている少女、ミルシェがいた。周りからどうしたのかと時折視線を感じていたが、ミルシェは気にする様子もなく一人寂しく料理を胃袋に詰め込んでいく。

 

「あむっ……もぐもぐ……」

 

「おい」

 

「もぐ……ん、何……。私、機嫌が悪いからサインなら受け付け…………って、なんで!?」

 

 誰かと思って傍に立っていた二人を見ると、基臣とシルヴィアが立っている。

 

「ルサールカ解散するっていうから心配したんだよ。どうしていきなりそんなことを……」

 

「っ……! 二人には関係のない事だから!」

 

「あ、おい!」

 

 強引に押しのけるとミルシェはそのまま金を払わず店を出て行く。いきなりの行動に呆気に取られていたが、すぐに我に返る。

 

「あいつ……金を払わずに出ていったな」

 

「私が払っておくから、基臣君は追いかけて!」

 

「あぁ、分かった」

 

 シルヴィアに後始末を任せると、ミルシェの痕跡を第六感を頼りに探し当てていく。

 

「次は右か……、すぐ近くだと思うが……いた」

 

 必死に逃げたからか壁にもたれかかって一息ついていたミルシェは発見されたことに驚く。

 

「げっ!? なんでもう追いついてんのー!!」

 

 愚痴を漏らしながらも脱兎のごとく逃げていくミルシェに驚きを覚えるものの、向かっていった方向を思い出して、ミルシェのポンコツ具合に呆れる。

 

「…………あいつ、再開発エリアに入ったのか。土地勘無しだと、間違いなく迷子になるに決まっているのに、よくもまあ……」

 

 呆れていても仕方が無いので、基臣もそのまま再開発エリアの中へと進んでいく。

 

 土地勘のアドバンテージがある基臣は、ミルシェとの距離は徐々に詰まっていく。

 

 ミルシェが焦って行き止まりの道へと行くまでそう時間はかからず、数分もしない内に追い詰めるような形になっていた。最後の抵抗と言わんばかりに煌式武装を取り出そうとするミルシェに、基臣も近づくのを止めて説得しようとする。

 

「ぐぬぬぬ……」

 

「おいおい、別にお前に悪いようにしようと近づいたわけじゃないんだ。少しは話を聞いてから──っ!?」

 

 突然側面の建物からこちらへと向かってくるナニカの気配がしたため、基臣はすぐ警戒を強める。

 

「嫌だから! 絶対シルヴィアに頼まれたんでしょ! ルサールカは解散するって決めたんだから、部外者は口を挟まない────へっ?」

 

 建物が崩れて現れたそのナニカの正体が分かると、ミルシェも喋っていた口を止めてそれに目線を向ける。それはまるでギリシア神話に登場するキマイラのような姿をした化け物だった。全長は建物数階分に相当する程で、その大きさから出てくる威圧感はミルシェを震え上がらせるほどのものだった。

 

「ひぅっ!? な、なに? なんなのさ、この化け物」

 

 いきなり建物を破壊して現れた化け物にミルシェは思わず腰を抜かしてしまう。既に攻撃態勢に入っている化け物に思わず舌打ちしたくなる気持ちになるが、急いでミルシェを守ろうと動く。

 

「ミルシェ、しっかり捕まっておけ」

 

「あ、ちょっとぉっ!」

 

 走りながら戦闘で使えない左腕でミルシェを抱き上げ、右手で化け物に剣先を向けると目にもとまらぬ速さで切り刻む。

 

「…………再生速度が速いタイプか」

 

 切断された首と腕の根本から数秒の内に再生を行う化け物を観察していた基臣だったが、首を切断されてもなお動き、腕を振るっての攻撃を仕掛けてくる。首が吹き飛んでるからか、狙いが雑で回避も余裕だったが、衝撃が加わった地面は音を立てて崩れる。

 

「む……」

 

(地面の舗装が脆い。あまり衝撃を加えると崩落に巻き込まれかねんか)

 

 化け物の首を幾度も斬り落としても再生するため、核となる部分を探すことに専念した基臣。第六感によってそれと思わしき箇所をものの数秒で斬り捨てるが、まだトドメの一撃には至っていない。

 

(といっても、確実にダメージは入っている。時間はかかるがなんとかなるか)

 

「あ、あたしを降ろしてよ。基臣の邪魔になってるみたいだし……」

 

「馬鹿なことを言うな。こんな所で降ろしたら間違いなくあいつの攻撃はお前に向く。人を囮に使う程俺は落ちぶれていない」

 

「……でも、このままだと」

 

「大丈夫だ、やれる。邪魔になりたくないと思うのならしっかりと掴まっておけ」

 

「…………分かった。頑張って」

 

 基臣を信頼したのか、ミルシェはギュッと可愛らしく抱き着いてくる。

 

「任せろ、すぐに倒す」

 

 化け物も追い詰められているという事もあって、徐々に勢いを増した攻撃を放ってくる。その全てに対してカウンター気味に攻撃を加えていき、順調に体力を削っていく。あと一歩というところまで削っていき、基臣も少し余裕が出来てくる。

 

「ふぅ……、あともう少しか」

 

「大丈夫? 疲れてない?」

 

「あぁ、これぐらいは問題ない。それよりもあと少しだ、もうちょっとその体勢で我慢しろよ……っと、誰だ?」

 

 第六感が新たに来る人影を感知する。こちらには敵意はないようで、間違って入ってきた人間ではないかと心配した基臣だったが──

 

「基臣君!」

 

「シルヴィか」

 

 声のする方へ目を向けると、愛用の銃剣型煌式武装を構えたシルヴィアの姿があった。ミルシェを抱きかかえた状態で戦っていた基臣にとってはありがたい助太刀だった。

 

 しかし──

 

(シルヴィは地盤が脆くなっていることを知らない……。下手に銃撃を命中させたら、間接的にこの辺り一帯を崩落させかねん……!!)

 

「シルヴィ! 撃つな!」

 

「へっ?」

 

 しかし、声をかけた時には既に遅かった。トリガーを引いた銃口からは光弾が射出される。誰も割り込めるような位置にいない光弾はそのまま化け物へと着弾する。

 

 攻撃を食らった化け物は踏ん張ろうとその四肢に力を込めるが、その力によって地面はミシリと嫌な音を立てる。

 

「あっ……」

 

 音を立ててから地面が崩落するまで数秒もかからなかった。

 

「落ちるうううぅぅぅぅぅ!!」

 

「基臣君!! ミルシェ!!」

 

 仲良く崩落に巻き込まれた二人はそのままシルヴィアの見えない深さにまで落ちていく。

 

 二人分の重量のため、それ相応の衝撃が身体に伝わってくるが、受け身を取って着地することでミルシェにその衝撃があまり伝わらないようにする。

 

「……っと!」

 

「きゃうっ!?」

 

 それと時間差がほとんどなく化け物も落ちてくる。ただ、もう死んでいるのか受け身も取らずそのまま落下してきた。

 

「……死んだか?」

 

 警戒を厳にした状態で近づいて生死を確認すると、どうやら完全に息絶えているようでピクリとも動かない。

 

 化け物の生死を確認した基臣は、右手の剣をホルダーに収めて状況を確認しようと周りを見回す。

 

 上まで高くそびえる壁、あるとすれば人二人程度が入れる大きさの一本道だけ。

 

「おそらく整備用の地下道か……。さすがにここから上は行けないからこの道を通るしかないが……ん?」

 

 電話がかかってきた端末を開くと、シルヴィアのホッとしたような顔が映り出す。

 

『二人とも! 大丈夫?』

 

「あぁ。だが、ここから上まではさすがにミルシェ込みだと登れそうにない。道があるようだから地下通路を経由して地上に上がる道を探すことにする」

 

『そっか、気を付けてね。一応、こっちでも救助は呼ぶことにするよ』

 

「分かった」

 

 そのまま通話を切ると、座らせていたミルシェの様子を見る。

 

「動けそうか?」

 

「うん……たぶん……」

 

 なんとか立ち上がった様子のミルシェ。走ることはできないようだったが、歩くぐらいはできるみたいで基臣も自分の足で歩くと言った彼女の意思を尊重することにした。

 

 上へと続く道を探すために地下通路を歩くことにした二人だったが、ミルシェの歩みは明らかに遅かった。

 

「ちょ、ちょっとぉ……。ここ、お化けとか出たりしないよね」

 

「魔女や魔術師の能力で生み出された物ならまだしも、本物のお化けなんているわけないだろう。ほら、手を繋いでやるからついてこい」

 

「う、うん……」

 

 ちょこんと可愛らしく繋いでくるミルシェの手を基臣が応じるように握る。

 

 幸いにも第六感で危険を感じ取るような道は回避できていたため、ミルシェが想像するようなお化けやアクシデントは起こらず順調に地下通路を探索していく。

 

「ん……」

 

「どうしたの、何かあった?」

 

 突然立ち止まって壁をじっと見つめる基臣にミルシェは不思議そうな顔で尋ねる。集中していたためミルシェの質問に耳を貸さず、壁を指で叩くと中が空洞になっているような音がかすかにだが感じ取れた。

 

「なるほどな、そういう仕組みか」

 

「ちょっと聞いてるー?」

 

 ようやくミルシェが基臣にずっと質問していたことに気づくと、謝罪の言葉と共に壁にあったカラクリを話す。

 

「悪い、集中して聞いてなかった。……その代わりというわけではないが、一つ分かったことがある」

 

 基臣が今いる位置から少しずれた所の壁を叩くと、重い音を鳴らして壁の一部がスライドし、新たに隠し通路らしき物が出現する。

 

「び、びっくりした……、でもなんで隠し扉がこんなところに」

 

「さぁな。ただ、最近使われていなかったのか埃をかぶっていたのは間違いない」

 

「ねえねえ! 行ってみようよ!」

 

 度胸があるのか無いのか、隠し通路へと迷う事なく進んでいくミルシェに対してそんな事を思いながら基臣も彼女についていく。

 

 隠し扉から5メートル程度で行き止まりになり、奥には銀色のドアが構えてある。ドアの横にはボタンがあるのでエレベーターだということは誰の目に見ても明らかだった。

 

「ボタンが1つだけ……上か下か……」

 

「ね、ねえ……どうするの?」

 

「さっきの地下通路を歩いても地上に戻れる気がしない。乗るしかないな、このエレベーターに」

 

「うっ、でもぉ……」

 

「俺がいるから大丈夫だ。ほら、行くぞ」

 

「あ、ちょっと!」

 

 ミルシェを引っ張ってエレベーターに乗った基臣はそのままボタンを押す。

 

 

 

「…………下か」

 

「下だね……」

 

 

 

「「…………」」

 

 

 

 明らかに地上から遠ざかっていくエレベーターの中では、とてもではないが喋れないような雰囲気が流れていた。

 

 エレベーターの速度の問題か、はたまた向かっている場所の深さの問題か。どちらにしろエレベーターが長い間下り続けている事で完全にお通夜ムードの空気が続いていたが、ようやくエレベーターが停まって、ドアが開かれる。

 

「ここは……」

 

 荒れ果てた六角形状のフィールドに、コンクリートで高く積み上げられた壁、それに沿うように六本の柱があるが、若干劣化が進んでおりボロボロになっている箇所も多少見受けられる。

 

「《蝕武祭(エクリプス)》か……」

 

「うぅ……ここ、本当に大丈夫なのぉ……?」

 

 後ろからおっかなびっくりといった様子でついてきているミルシェに聞こえないようにボソリと呟くと、フィールドを歩き回る。

 

 基臣の記憶の中では蝕武祭は数年前に星猟警備隊の摘発によって、統合企業財体の幹部でありながら主催者だったダニロの事故死と共に話題になっていた。摘発前はアスタリスクの都市伝説のような扱いを受けていたが、実在したことを受けて世間に衝撃をもたらしたらしい事を伝聞の形ではあるが基臣は聞いている。

 

 星猟警備隊が摘発したという話の割には、そのまま放置されたような雰囲気に違和感を覚えたが何かしらが事情があるのだろうと考えを打ち切って探索を続ける。

 

「上は、観客席か。見世物だから当然あるだろうな」

 

「もう戻れないよね? どうするのさ」

 

「さっきのエレベーターも本当に片道切符のようだったし、他に出口らしき場所も見つからないから、ここでシルヴィが呼んでいるだろう救助を待つしかないだろう」

 

「うん、そだね」

 

 腰を落ち着けれる場所に座ると、基臣はポケットを探り一つの紙袋を取り出す。

 

「……それは?」

 

「クッキーだ、いるか?」

 

「いる!」

 

「そうか、ほら」

 

「おっと、っと……」

 

 基臣はそのままクッキーの入った袋を投げると、ミルシェはとっさにそれを受け取る。

 

 そのまま食うのかと思っていたが、ミルシェは紙袋をしばらく見つめるとやがてクッキーを何枚か基臣へと渡す。

 

「……俺にか?」

 

「ん。だって、一人食べるのもなんか気まずいし」

 

「なるほどな。それなら俺も頂くとしよう」

 

 受け取ったクッキーを口に入れるとほのかに甘い味わいが広がる。

 

 しばらくの間、クッキーを食べる音がステージの中で響いていたが、基臣が口を開いた。

 

「……シルヴィから聞いたぞ。ルサールカ、解散するんだそうだな」

 

「…………」

 

「俺は別に責めるつもりでも、解散するなと説得をするつもりでもない。お悩み相談みたいなもんだと思って気楽に話してくれれば良い」

 

「……ん」

 

 それからミルシェは基臣にルサールカが解散するに至った経緯を話した。

 

 今年の春から新しく入ったメンバーであるマフレナが元からいるルサールカのメンバーとそこまで若干距離感があったこと。

 

 ちょっとした出来事がきっかけでマフレナと元からいた3人の間で意見の相違があったらしくお互いに譲らなかったようで喧嘩になったこと。

 

 リーダーとしてミルシェはどうすればいいか分からず、どっちつかずの状態で喧嘩を眺めるだけになったようで、結果、解散騒動になったこと。

 

 

 

 以上がミルシェの語った内容を簡単にまとめたものだった。

 

「……まあ、意見の相違で喧嘩、というのはよくある事だ。そこまでは別に良い。──だが、このまま喧嘩別れみたいな形で解散になると絶対に後悔するぞ」

 

「後悔……」

 

「その4人とは苦楽を共にした仲間なのだろう? その思い出というものは簡単に消えてはくれない。あの時仲直りしておけばよかった、と思う日はいつか来る。が、その時には既に手遅れだろうな」

 

「あたしはどうしたら……」

 

「お前がルサールカをその4人とやり直したいかどうかは知らんが、今からでも5人全員で集まって仲直りしに行け。お前が言っただろう、大したことではないことで喧嘩になったと。それなら、すぐ仲直りできる」

 

「……そっか、そうだよね」

 

 ミルシェの顔を見ると、少しいつもの快活さを取り戻したような顔になっていた。

 

「まだ、みんなと仲直りできるか不安だけど……頑張るよ、あたし」

 

「そうか、頑張れよ」

 

 普段の調子に戻ったミルシェに一安心した基臣は残りのクッキーも食べ終える。

 

 すると、先ほどまで閉じていたエレベーターが開いて人が現われる。

 

「やれやれ……ここにたどり着くことは無いと思っていたんだがな」

 

「あんたは……隊長さんか」

 

「隊長って……ヘルガ……リンドヴァル警備隊長!?」

 

 星猟警備隊に救助を求めたのだろう。ヘルガの後ろにはシルヴィアの姿もあった。

 

「シルヴィ」

 

「基臣君! ミルシェ!」

 

 シルヴィアは二人の無事を確認すると、安堵したような顔で駆け寄ってくる。

 

「二人とも怪我は無い?」

 

 ミルシェとシルヴィアが話している間、ヘルガは基臣へと話しかけてくる。

 

「君は、とことん災難に巻き込まれる体質のようだな」

 

「俺も巻き込まれたい訳では無いんだがな」

 

 ヘルガの呆れたような顔に、基臣は疲れたような態度で返す。

 

「……そういえば、また前みたいに事情聴収を受けないといけないのか?」

 

「あぁ。本当ならすぐに上まで連れて行って解散としたいところなんだが、君たちがいた場所が場所なだけに事情聴収は受けてもらわないといけない。すまないが時間を貰うことになる」

 

「それなら、事情聴収は俺だけでいいだろう。あいつから聞いても話すことは同じだからな」

 

「ふむ……分かった。とにかく、とりあえず上に出るとしよう。ここにあまり長居したくない」

 

 ヘルガの案内に従い、迷うことなく地上へと戻ってくる。その後、シルヴィアとミルシェはクインヴェールへと戻り、ルサールカのメンバーで仲直りすることになるが、基臣は一人ヘルガの後についていき星猟警備隊の本部で事情聴収を受けることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅー……疲れた」

 

 基臣の言う通り、あたしが皆を集めて改めて仲直りするように行動を起こした。

 

 結果、みんなは仲直りして、ルサールカも解散しなかった。むしろ、今回の喧嘩を通して今まで以上に結束が強まった気がする。

 

 これも全て、基臣が大事なことに気づかせてくれたおかげ。

 

 

 

「うぅー……っ」

 

 シルヴィアが好きな男なのに……。今度の獅鷲星武祭のためにペトラさんから貸してもらえることになった《ライア=ポロス》の直情的になりやすいという代償の影響なのか、基臣を横取りしたらダメだと思っても自分の胸の高鳴りを誤魔化せなくなる。

 

 この気持ちはいくら恋愛に免疫が無いあたしでも流石に理解できる。

 

「好き、なんだ。基臣のこと……」

 

 最初はただの難癖をつける程度のつもりで接触しただけだった。それがいつのまにか相談に乗ってもらったり、今日みたいにみんなとの仲を取り持つために悩みを聞いてくれたり。

 

 冷たい奴かと思ったら、実際はそんな事なくて……意外と繊細な所があって、それで……

 

「とっても優しくて……うぅ……」

 

 自分で言ってて少し恥ずかしくなってきた。こんな姿を見られたら間違いなくみんなにからかわれる。

 

 それでも、気持ちに蓋をするのに限界が来ていることは自分でも理解している。

 

 もしあたしがシルヴィアに基臣を譲ってしまったら。

 

 あの二人の幸せそうな姿を思い浮かべてしまう。

 

 手を繋いで、楽しくデートをして、キスをして……やがて、結婚まで行きつく。それで結婚式であたしは招待客の位置から二人の事を眺めて。

 

 

 

「っ…………」

 

 胸がズキズキ痛む。その場所はあたしがいたいはずなのに、って本心が叫んでくる。

 

 

 

 本当はあたしだって、シルヴィアのいる位置で基臣と一緒にいたい。一緒にデートして、料理を一緒に食べさせ合って、一緒に寝て、それで……。

 

 

 

 

 

 …………

 

 

 

 

 

「ははは……。何を迷ってたんだろう、あたし……」

 

 そうだ、なんでシルヴィアに遠慮をする必要があるんだ。

 

 そもそも、シルヴィアは基臣の彼女でもなんでもない。ただの友達。それは本人から何度も聞いていた。

 

 あたしが基臣を奪い取っても何の文句も言われる筋合いは無い。今のところは、という言葉が後に着くけれど。

 

「シルヴィアよりも先に奪ってやる」

 

 中途半端にあたしの恋を諦めて後悔しないために──

 

 

本作の中であなたが一番好きなヒロインは?

  • シルヴィア・リューネハイム
  • オーフェリア・ランドルーフェン
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  • エルネスタ・キューネ
  • 黎沈華

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