学戦都市アスタリスクRTA 『星武祭を制し者』『孤毒を救う騎士』獲得ルート 作:ダイマダイソン
久々のメスガキメイン回なので初投稿です。
アスタリスクは地理的には日本の北関東のクレーター湖にあるため、祝日も日本に寄せて設けられている。よく、その例として挙げられているのがゴールデンウィークで、欧米圏などの地域で過ごしていた
そんな長期休暇ということもあって学生たちが海外へ旅行や帰省に行くことも珍しくなく、基臣もその例に漏れず旅行へ行こうという口だった。
「まさかお前がついてくるなんて思いもしなかったな」
旅行先であるリーゼルタニア……の近くに空港を持っているミュンヘンへと向かう飛行機の機内。
隣に座る沈華にそう声を掛けると、少しムスッとしたような表情で基臣を見る。
「何、文句ある?」
「いや。せっかくの長期休暇なのに、俺と一緒に旅行なんて楽しくないだろうにと思ったから意外だっただけだ」
「ふん……っ」
少し不貞腐れたような表情で顔を背ける沈華だったが、その表情とは裏腹に内心では嬉しそうな感情が現われている。
表面上の突き放すような物言いをする面と内心の嬉しそうな顔を覗かせてくる面のギャップがあることを理解し、上手く折り合いをつける。その心得をこの一年である程度理解していたため、基臣と沈華は親友以上に互いの適切な距離を上手く取る事ができていた。
最初の3,4時間ほどは色々と世間話をして暇を潰していた二人だったが、途中からやることもなく沈華は眠りにつくことにし、基臣は星露から指示されていた特訓内容をイメージトレーニングで行う。
そして何事もなく時間は進み、機内で過ごすことおよそ半日。ようやく目的地であるミュンヘンの街並みが見えてくる。
「ようやくか……。おい、
長いこと機内にいたことで、スヤスヤと可愛らしく寝息を立てて眠りについている沈華の肩を揺すると、ゆっくりと瞼を開けて寝ぼけているのか周りをきょろきょろと見回す。
「……ん? なぁにぃ?」
「じきにミュンヘンに着く。用意はしておけよ」
「んぅー……分かった」
声をかけて間もなく、飛行機が着陸態勢に入って着地の衝撃が身体を揺さぶる。その衝撃で目が覚めたのか沈華がひゃぅっ!? と可愛らしい声を漏らす。
飛行機が着陸し、基臣達はミュンヘン空港に到着。手荷物受取場で沈華の荷物を受け取った後に入国手続きを済ませて、晴れてドイツへと入国することになった。
空港を出ると、時刻は丁度15時。
「思っていたより暖かいわね。この分だと念のために用意した厚着はいらなかったかしら」
「今は真昼だから暖かいが、ここはアスタリスクよりも3度から4度程気温が低い。朝方から昼にかけては寒いから無駄にはならないはずだ」
「随分とリサーチしてるじゃない」
「友人に聞いただけだから、受け売りの知識ではあるがな」
「ふーん」
何か探ってくるような視線を沈華から向けられるが、オーフェリアの事を話すと間違いなく学園祭の時のシルヴィアの二の舞になる未来が見えていたので気づいていないふりをして地図を見る。
「ここに用があるわけでもないし、さっさと高速鉄道に乗るぞ。いきなりストでも起こされて足止めは食らいたくは無いからな」
「……分かったわ。いきましょ」
二人は近くにある駅から高速鉄道に乗り、リーゼルタニアの首都ストレルへと向かっていった。
列車の中から自然豊かな景色を楽しむと、ほどなくして二人は目的の場所までたどり着く。
日も沈み始める頃になっていたため、既に予約をしているホテルへと基臣達は向かう。
「予約していた誉崎だが」
「誉崎様ですね。予約コードを拝見してよろしいでしょうか」
端末を操作して、ホテルの予約をした本人である事を証明するコードを表示する。
「シングルのお部屋を2部屋でお間違いないですね」
「ああ」
「では、こちらをどうぞ。お部屋は806号室と807号室にございます」
予約していた名前が名前なだけに何かしら言われるのかと想定していた基臣だったが、そこはプロ。特に言及することなく手続きを進めたため何の問題もなくホテルのチェックインを終えた。
ルームキーを2組分渡されると、ホテルスタッフに荷物を部屋まで運んでもらうことにした二人は時刻も19時に迫っていたこともあり、夕食を先に食べることにした。
ホテル近くにあるレストランに向かうと、観光客や富裕層向けということもあってか人はまばら。ホテルの時もそうだが金に困ってはいないのでとりあえず各自好きな料理を注文することにした。
しばらくすると料理が運ばれてきたので食事を取りながら、今後の予定について話をすることに。
「とりあえず、ここには3日ぐらい滞在することになるから持ってきてない生活用品は帰る途中に買っておくか」
「ええ、そうね」
「「…………」」
そのまま夕食を食べていた二人だったが、いきなり料理を食べる手を止めた沈華はジッと基臣を見つめる。
「…………それよりも昼間にあなたが言ってた友達っていうのは誰のことかしら」
いきなり昼間の話を蒸し返されてしまい、基臣の口が閉じる。
「……言わなきゃだめか?」
「できれば言ってほしいわね」
できれば、と口にしたもののその威圧感は明らかに吐けと言わんばかりの圧。ずっと隠し立てできるものでもないかと思った基臣はその圧に屈することになった。
「……
「孤毒の魔女って、あの王竜星武祭の?」
「ああ、ご想像の通りだ」
少しご機嫌斜めな様子の沈華に、思っていた通りの反応をするなと基臣は内心思った。こういう時の機嫌の取り方は決まっている。
「ほら、機嫌直してくれ」
「ん」
沈華の頭を撫でる。普通考えれば恋仲関係を疑われてもおかしくない行動なのだが、彼女が催促してくるため基臣も断るに断り切れない。実際、頭をしばらく撫でているだけで機嫌が直っていくのだから仕方がないと途中から割り切っていた。
「そろそろいいか」
「んっ……! まだだめ」
(前はこんなに接触を求めてくるような性格ではなかったはずだがな……)
鳳凰星武祭が終わって以降、身体的な接触を求める回数が目に見えて増えてきている。前も、他の学生たちの目の前で料理を食べさせられるという事があったばかりなので正直な所勘弁願いたいと内心思う基臣。
「ほら、夕食食べてる最中なんだからそろそろ離すぞ」
「あっ……」
基臣が手を頭から離すと、沈華は少し不満げな声を出したが周りに客がいることもあり自重した。
(もっとしてほしかったのに……)
その後、リーゼルタニアの食材を堪能した二人は帰途の途中にスーパーに立ち寄って水や最低限の物を買ってホテルに帰宿。それぞれの部屋の前で二人は解散し、一日目を終えることになった。
人々が床につき始める時間帯。
寝る前に聞きたいことが出来た沈華は電話で聞くよりもと思い、部屋に直接出向いていた。
「ちょっといいかしら」
ドアを2,3回ノックして中にいる基臣に呼びかける沈華。
「基臣?」
ドアをノックして確認を取ったものの一向に反応が返ってこない様子にどうしたものかと思っていると、沈華はスペアのカードキーを渡されたことを思い出す。
「入るわよ」
カードキーを通した後、ノブを回してドアを開けると部屋の中に入った沈華。部屋には明かりはついていたが、沈華が入ってきたことに対して基臣から反応が返ってこない。ベッドのある場所まで歩を進めると外出着のまま着替えずに横になっている基臣がいた。
「まったく……呆れて物も言えなくなるほどね」
雑な生活っぷりに呆れていた沈華だったが、よく見ると基臣の顔が苦悶に満ちていることに気づく。
「……基臣?」
明らかに様子のおかしい基臣に近づいて様子を見ると、うわ言を呟きその額からは汗がびっしょりと出ている。
「生まれてきてごめんなさい……ごめんなさい……」
どんな夢を見ているのかは伺うことは出来なかったが、少なくとも良い夢を見ているわけでは無いという事だけは見ているだけで分かった。
(1年も一緒にいるけど私、基臣の事をほとんど何も知らないものね……)
鳳凰星武祭で周りからバッシングを受けた時も、彼女には基臣が"誉崎家"という一族の名を持ったせいで厄介事に巻き込まれてしまったという程度の知識しかない。実際には彼がどういう過去を送っていたのかについてはほとんど知らなかった。
「本当に痛々しい傷……」
頬に出来た刀傷は鍛錬の最中に出来たものと基臣は語っていたが、通常の鍛錬で出来るようなレベルの傷の深さだとは思えなかった。そっと優しく触れると、ピクリと反応したがすぐに落ち着く。
心なしか若干震えているような様子で寝ている基臣の手を安心させるように両手で優しく包み込む。
「安心しなさい、私がずっとついているから」
「ぅん……?」
カーテンの間から差す僅かな陽光によって、基臣は目を覚ます。
「またあの夢か……」
父に蔑まれ、虐待に等しい指導を受けていたあの頃の記憶。
前から見ることはあったが、ここ最近は
「はぁ…………」
ベッドから抜け出し、シワシワになっていた服を纏めるとそのまま洗面台へと向かい顔を洗う。
「酷い顔だな、全く」
洗面台の大きな鏡に映るその顔は疲れたような顔をしている。
といっても、いつもに比べて幾分かマシに感じたその顔を水で洗いスッキリとさせる。
洗顔し終えて、身だしなみを整えると最低限の荷物を手に取り部屋を出る。
丁度起きたのか、沈華も同じタイミングで隣の部屋から出てくる。
「あ」
「お」
「……おはよ」
「ああ、おはよう」
妙にぎこちなさを感じる沈華の挨拶に若干違和感を感じたが、一々気にすることも無いかと基臣は思考を打ち切る。
その後、部屋を出た二人はモーニングをホテルで取った後、リーゼルタニアの街並みを歩きながら見回っていた。
「今まで海外に旅行する機会が無かったから、こういう風に異国の街並みを見るのは新鮮な気持ちになるな」
「そうね。私も故郷とアスタリスクの街並みしか知らないから、こういう所に来たのは初めて」
朝市が開かれているのか、午前早くであるにも関わらず多くの人が街を出歩いている。店も活気があり、リーゼルタニアは貧富差が激しいという前情報の割には賑わいを見せていた。
(あくまで街の一側面しか見ていないからなのかもしれないがな……)
「おーい、そこの兄ちゃんたち!」
「……ん? 俺達のことか」
横の方から声がしたので向いてみると、何かを売っているのか店から60代ぐらいの老人がこちらに手招きをしていた。
無視する理由も無いので、二人は近づいてみると店にはアクセサリーの類が並べられており、どれもハンドメイドを思わせるような手作り感を感じさせる。
「あんたらまるで夫婦みたいだな。もしかしてもう結婚してんのかい」
「ふ、夫婦!?」
「……ただの友人だ」
「そうかい。仲睦まじいもんだから勘違いしちまったもんで、すまねぇな。そうそう! 友人だっつぅならこういうのはどうだい。今頃の若いもんたちに……」
(ふ、夫婦って……)
話に耳を傾けることなく、今しがた老人の言った言葉を
(夫婦ってことは、基臣と私が結婚……)
「……おい」
(でもでも、別にまだ付き合ってるわけじゃないし……。いきなり結婚なんて……)
「おいったら」
「へ?」
沈華の口から間抜けた声が漏れ出る。
「ここの特産品を使ったアクセサリーらしいぞ。旅行に来たんだ、どうせなら何か買っていくか?」
「え、ええそうね」
基臣に肩を揺さぶられ、正気を取り戻した沈華。少し冷静さを取り戻した沈華は老人から話を聞き、結局基臣と対になる首飾りを買う事にした。
「嬢ちゃんも苦労してるみたいだけど頑張りな!」
そんな中、沈華の心中を察していたのか老人もこっそりと応援をしてくれた。
なんでも沈華たちが買った首飾りは、昔から伝わる伝統的なアクセサリーらしく、対となる首飾りを持っている者と末永く結ばれるという言い伝えがあるのだとか。
その後も街中を練り歩いては色んな店で商品を覗く二人。
途中に鳳凰星武祭優勝したペアであることに気づかれ、大騒動になりかけるというアクシデントもあったがどうにか人の目を掻い潜ることに成功。街にいるのは目立つということで人があまり多くない観光地を巡ることになった。
リーゼルタニアは昔、旧王家の領地だったということもあり、狭い国土でありながら宮殿や古城などの文化遺産や河川や湖などの自然遺産が豊富にあった。
それらの遺産を2日程かけて巡っていき、普段の鍛錬の日々を一時ではあるが忘れて楽しむことができた。
「良い景色だな」
一通り観光地を巡り終えた基臣達はリーゼルタニアの王が住まう王宮が見える池に来ていた。
池の畔には人もいないため、ランチを取るにはうってつけの場所だった。
「レジャーシート敷くから。ほら、どいてどいて」
「おっと、すまん」
バッグから取り出したと思わしきレジャーシートを敷くと、カバンの中から色々と物を取り出す沈華。その徹底している準備に基臣も少し感心する。
「随分と用意がいいな」
「こっちに来る前に準備してたのよ。はい、お茶」
「助かる」
てきぱきと準備している沈華からお茶の入ったコップを受け取ると、湖を眺めながら飲む。
「ここの自然は見ていて飽きないな。実家を思い出す」
「実家は田舎なの?」
「あぁ、周りはほとんど畑と山ばかりで何もなかったが空気は綺麗だった。……といっても鍛錬の日々だったからそんなことをあまり気にする余裕もなかったがな」
「へぇ……。はい、お弁当」
「ああ、すまない」
「それじゃあ、食べるわよ」
「「いただきます」」
昼食を食べながら基臣は一人考える。
──強くなければ、誰一人守れない。その事を
父が何度も重ねて言ってきた言葉を頭の中で反芻する。
(強くならなければ……。それしか俺は父に期待されていない)
(それしか……それだけしか……)
「だめ」
いきなり横から手を引かれた基臣はハッと思考を中断させられる。
「今度そんな顔したら引っ叩くから」
沈華の瞳が基臣をしっかりと見つめる。まるで心の中を見透かすようなその瞳に思わず基臣は息を呑む。
何故だか基臣自身にも分からなかったが、さっきまで考えていた事が嘘のように頭から消えていく。
「……ああ、分かった」
これ以上、考え続けていたら宣言通り引っ叩かれることは想像に難くないので、基臣は何も考えずに弁当に手をつけることにした。
しばらくして、昼食を食べ終え、沈華が一人で勝手に片づけ始めたので彼女に今後の予定をどうするか聞くことにした。
「これで大体の場所は巡ったか。後は適当に街中でも回るか? 変装すればバレないだろうし」
「うーん、そうね……」
――あはは!
――待ってー!
二人で今後の予定を考えていると、基臣にだけどこからか子供たちの声が聞こえる。
「子供の、声……?」
「…………? ちょっと! どこ行くの!」
制止する声に耳を傾けず、誘蛾灯に
「はぁ……」
こうなってしまってはついていくしかないと嫌でも理解している沈華は弁当やレジャーシートを片付けるとトコトコと基臣の後をつけていく。
途中から街並みはガラリと変わり、雰囲気が陰気臭くなって道端には時々浮浪者が壁にもたれかかっている姿が見受けられるようになった。
「全く……ここに何の用があるっていうの……」
目的地を話さずに進んでいく基臣に少し愚痴りたくなる感情を漏らしながらも、素直についていく沈華。
沈華が基臣についていき歩くこと十分程、並び立っている建物の中でも一際目立つように教会と併設されている孤児院が見えてきた。
「孤児院か」
「もっと街中にあるものだと思っていたけれど、こんなとこにあるものなのね。ここに用なの?」
「ああ、おそらく」
「おそらくって……」
入口から中を覗いてみると、庭で子供たちが楽しそうに遊んでいるようでその様子に沈華は微笑ましい気持ちになる。
その時、孤児院の子供たちの内の一人が入り口にいる基臣達に気づく。その子が何やら赤髪の少女に駆け寄る。
「ユリスお姉ちゃん、あの人たち誰?」
ユリスと呼ばれたその少女は子供に言われて入口に目を向ける。
「お前は誉崎……!!」
ユリスの基臣を見るその顔は嫌悪に歪む。
ほとんどの人間は基臣の悪い評判を忘れただの星武祭優勝者として見ているが、一部にはいまだにそう見ることの出来ない人間もいた。
「むっ」
「綻べ!
事前に相手の行動を察知した二人はユリスの設置型能力を余裕を持って躱す。
「立ち去れ! でなければ次は外さん!」
自信の悪評だけではない何かが彼女を激しい怒りに飲み込ませている。何が彼女をそこまで怒らせたのかは基臣にも正確な所は分からなかったが、二人の間に筆舌に尽くしがたく重苦しい空気が流れる。
「そうか、邪魔したな……」
とてもではないが、孤児院に立ち寄れる雰囲気ではないことを理解し、残念だとは思いながらも基臣はそのまま足早に立ち去ろうとする。
「待って」
「……沈華?」
孤児院の前に立ったままの沈華に、どうしたのかと基臣は振り返る。
「何をしているのですか! いきなり人に能力を使うなんて」
「シスターテレーゼ……っ」
庭に老年の女性の声が響く。孤児院の子供たちに事のあらましを聞いていたのか慌てて駆けつけてくる。
流石にこの状況で基臣に攻撃するほど気持ちが高ぶっていなかったようで、ユリスもシュンとした様子で立っている。
「失礼をしました、旅のお方。お怪我はありませんか?」
「いや、大丈夫だ。こちらこそ用もないのに不躾に中を見てしまってすまない」
「いえ。……ここで話をするのもなんですから、中にお入りください」
穏便に話が進んでいく二人だったが、沈華がテレーゼに話かける。
「少し彼女をお借りしてもいいですか?」
ユリスをチラリと見た沈華の意図を察したテレーゼは軽く頷いた。
「……分かりました。ただ、彼女もまだ星脈世代としては未成熟。あまりやりすぎないであげてくださいね」
「もちろん承知しています」
ユリスと沈華を残して、他の者は全員孤児院の施設内へと入っていく。
「……それで、私に何の話がある」
「あなたの立ち去れっていう要求聞いてあげるわ」
その代わり、と言うと荷物を地面へと置く。
「私に勝てたら、という条件だけれども」
ユリスにとっては何をしに来たか分からない馬の骨を追い出せる絶好の条件。その提案に彼女は首肯する。
「……分かった。その申し出、受けよう」
その言葉を機に二人は距離を取る。沈華は無手でいるのに対し、ユリスは
「場所が場所だから攻撃系の能力の使用は禁止だ」
「構わないわ」
「私が勝ったらお前たちに立ち去ってもらう。逆に、お前が勝ったら私は何をすればいい」
「別に。私からは何も要求しないわ」
「……どういう意味だ」
訝しむ様子のユリスに、髪を纏めていた沈華は自身でも驚くぐらい冷めた顔をして淡々と答える。
「勘違いしてるみたいだからあらかじめ言っておくけど、これは決闘じゃないの」
「教育だから」
「行くぞっ!」
ユリスは土を踏みしめて一気に駆けると、一瞬のうちに10メートルはあった間合いを詰める。
「はぁぁ!!」
細剣型の煌式武装で何度も刺突するが沈華はそれを敢えて紙一重で全て回避する。
「っ、ッ! ふざけているのか!!」
「…………」
全力で腕を振るいその刃を当てようとするが、空気を裂く感触しかユリスの手に伝わらない。
決してユリスが弱いわけではない。ただ、以前に鳳凰星武祭の映像を見ていた彼女は勘違いをしていた。
沈華の後方からの支援力は目を見張る物があるのは確かだが、接近戦においては粗があるとユリスは感じていた。だからこそ、こうして1対1のシチュエーションに持っていければ勝ちの目は五分はあるだろうと思っていた。
だが、蓋を開けてみれば接近戦においても隙はなく、むしろ後方支援抜きにしても
ユリスに疲労が見え始めた頃から、沈華は徐々にいたぶるようにカウンターを仕掛け始め完全に決闘は沈華の優勢になっている。
「くっ!」
ユリスは星脈世代の中でも上から数えれば早い程のポテンシャルを身に秘めている。しかし、王族という立場上仕方のない事というべきか、そんなに戦闘の経験を積めていない。そんな彼女は戦い慣れしてる人間からしてみれば喋るサンドバッグに過ぎなかった。
満身創痍と言ったような状態にまで追い詰められたユリスは、目立つような怪我は無いものの、立っているのがやっとのレベルまで疲労が蓄積していた。
「まあ筋は良いとは思うわ。精進なさい」
「まだだ……っ! まだ私は!」
最後の一矢報いようとする攻撃に、無情にも沈華は足払いしてユリスを転倒させることで無理やり中断させる。
「ガッ!?」
地面に勢いよくぶつかり、肺の軋むような痛みに顔を顰めたユリス。更に追い打ちをかけるように彼女の背中に足を置いて動かないように体重をかけて固定する。
見下すような体勢で見ていた沈華にユリスは見上げるような姿勢で睨みつける。
「人に噛みつかんばかりの気概は良いけれど、これで終わりよ」
「ケホッ、なんで……」
「私が遠距離主体の道士だからって、貧弱な小娘だと勘違いしてない? あまり鳳凰星武祭の時は肉弾戦はしなかったけれどもそんなにヤワじゃないわよ、私」
「私も鍛えているはずなのに……っ」
「《
「っ……!」
悔しそうな顔をするユリスに沈華は続けて追い詰めるように言葉を紡いでいく。
「今、能力を使えればって思ったでしょ」
「っ!?」
「図星ね。全く、素直すぎるというかなんというか……。ほら」
沈華は動かさないようにユリスの身体を固定していた足を除けると、一歩引いた。
「どういう……?」
「あなたのご自慢の《魔女》の能力を使ってきなさい。そうじゃないと後味悪いわ」
「それでは孤児院が!」
「安心なさい。ちゃんと守ってあげるから」
迷いなく断言するその態度にユリスもこの決闘で沈華の実力を信頼したのか、ゆっくりと立ち上がると距離を取って彼女の真骨頂である《魔女》の能力を発動させる。
「……後悔するなよ。咲き誇れ!
ユリスの前に魔法陣が浮かび上がり、炎にその身を包んだ竜が姿を現わす。優に人間の身長を超えるサイズのその竜は甲高い
「ふぅん……」
そのまま炎竜は沈華の元へと到達し、一瞬の閃光の後に火炎がその場を焼き尽くして煙が立ち昇る。
久しぶりに使う大規模な能力の行使に少し疲れたものの、間違いなく過去一番の出来だとユリスは確信した。
「やったか……!」
立ち昇っていた煙が徐々に晴れていくとそこには何一つ怪我をしていない沈華がいた。彼女の宣言通り、後ろにある孤児院の入り口も一切傷ついている様子はなく、ユリスの大技を完全に防御していたことを証明していた。
「相手が倒れる事を確認するまで油断するんじゃないわよ……ケホッ、
「どうやって防御したのだ! まさか星辰力で……っ」
「まさか。王竜星武祭の時の
私服の袖の中からパラパラと呪符が舞い落ちるのを見て、先ほどの攻撃を防いだカラクリを理解する。
「……呪符か」
「正解。上手い事防御できるように仕込みしてあるわ」
(たぶん一度きりの防御策ではない。恐らく、何度大技を出しても防がれるな。見立てが甘かったか……)
圧倒的な格の違いに流石のユリスも負けを認めざるを得なかった。
「……降参だ」
煌式武装を仕舞い、両手を上げると降参の意を示したユリス。
沈華も呪符を全て収めると、近くに置いてあった荷物を拾い上げる。
「ま、勝ったからここには少しだけ居させてもらうわ」
「分かった」
完膚無きまでに打ちのめされたユリスは沈華にもう何も言う事は出来なかった。
孤児院に向かおうとしていた沈華だったが、歩みを止めてユリスに問いかける。
「ねえ、あなたが見た基臣はそんなに悪人に見えたかしら」
「……鳳凰星武祭の決勝の試合での暴走、あれが全てを物語っていただろう」
「あの時、基臣が力に振り回されていたことについては否定しないわ。だけど……ああ見えて基臣は、誰よりも相手に気を遣っている人間よ。まあ仏頂面で人慣れしてないからよく空回りするけれども」
キッとユリスを睨みつける沈華。彼女から放たれるオーラにユリスは得も言われぬ恐怖を感じる。
「大して言葉を交えていないのに人の本質を見抜いたと言わんばかりの顔を見た時、吐き気がしたわ。非星脈世代の星脈世代虐めみたいに力による脅威しか注目せず、本人をまるで見ていない」
「っ…………」
「名前を聞いて気づいたけど貴方、仮にも一国の王女様でしょ。人の痛みを理解できないようなら、民はついてこないわよ」
ピンポイントにユリスに刺さる言葉を言い残すと、沈華は孤児院に入っていった。
ゆっくりと立ち上がったユリスも彼女の後をついていきながら考える。
力に振り回されているのは何も鳳凰星武祭の時の基臣一人だけではない。
今もなお、《魔女》の強大な力に踊らされているオーフェリアもその一人なのだ。つまり、基臣を否定することは、オーフェリアを否定するに等しいと言えた。
(私は浅慮な事を……っ)
自分の浅はかさに嫌になりながらも、ユリスは足を止めない。それが基臣に対する贖罪にならないことを理解しているのだから。
基臣はシスターテレーゼに孤児院の中で一通り事の経緯を説明していた。その話の途中に、ユリスがこの国の王女であることを教えられ少し驚かされる──あのお転婆な性格を含めて──という事があったものの、ユリスと沈華による決闘が終わるころには全て話が済んでいた。
「映像で少し見たことがありますが、まさかここまで強いとは」
「沈華は今や界龍内でも一二を争うレベルで成長している。リースフェルトが勝つにはもう何年か研鑽が必要だ」
「ユリスも彼女との決闘で何か学び取る物があればいいのですが……」
二人がユリスと沈華の決闘についての感想を言い合っていると、部屋に沈華とユリスが入ってきた。すると、いきなりユリスは基臣の前へと立つ。
「誉崎」
「ん、なんだ?」
「あの時、お前を貶めすような言動をしたこと。すまなかった」
精一杯の謝意を表すために、腰を折り曲げて謝罪するユリス。沈華を一瞥するとなるほど、反省を直接促すという程ではないが彼女がユリスに謝罪させるように何か仕組んだのだろうことが伺えた。
そもそも、いきなりの訪問で場をかき乱したのはこちら側であり、先ほどの高圧的な態度も仕方なしと基臣は思っていた。
「別に気にしていない、が……それじゃお前の気が済まんだろう。立ったまま話すのもなんだ、とりあえず座ってくれ」
「……あぁ」
基臣に座るよう促されたユリスは、お姫様らしく上品に着席する。
「まあ、なんだ……いきなりの訪問という事だったから、お前も何事かと思っても仕方ない事だろう。こちらの事情から話すことにしよう」
大した話でもないがな、と前置きするとリーゼルタニア出身の友人がいて、紆余曲折ありながらも故郷について少しは話してくれる仲になったことをユリスに話した。
「それで、友人がこの国のことを話してくれて、それで来てみようかという事になった」
「ふむ、友人か」
「有名だからお前も知っているはずだ。
「オーフェリアだと!?」
ガタっと音を立てて椅子から立ち上がったユリスは基臣に迫る。
「何故オーフェリアの事を知っている!」
只事ではない剣幕のユリスを手で制する。
「落ち着け。そんなに叫べば子供たちが心配してこの部屋に来かねんぞ」
「うっ……すまない」
指摘されて少し冷静さを取り戻したユリスは椅子に座るとお茶に口をつけて心を落ち着けさせる。
「いきなりどうしたかと思われたかもしれないが、実はオーフェリアは昔、孤児院にいた私の親友なのだ……」
近くにあった写真立てを持ってくると、ユリスは少し躊躇した様子を見せながらも基臣たちに見せてきた。
「もしかしてお前の隣にいるのが」
「ああ、ここにいた頃のオーフェリアだ」
「可愛い……。今の
「……そうだな。初めて昔のオーフェリアを見た人間は皆そう言う」
どこかユリスの語るその姿はか細く、そっと撫でるだけで消えてしまいそうな雰囲気だった。
「……」
「リースフェルト?」
「あいつの友人であるお前にも話しておいたほうがいいか……」
ユリスの口から話されたのはオーフェリアが今に至るまでの話だった。
孤児院にいたものの、孤児院の借金のために研究所と呼ばれる組織から身柄が引き渡され、そして元々は非星脈世代だったにも関わらず花に触れることのできない呪いを身に纏いながらも世界最強と名高い《魔女》になった。
ユリスが入り口で基臣に対して警戒心が非常に高かったのは、過去にオーフェリアが連れていかれたという事情もあってのことだった。それでも、沈華はユリスの事を完全には許していない様子だったが。
ユリス曰く、オーフェリアは身の丈に合わない異常な能力は使うごとに負荷がかかり身体を蝕んでいるとのことだった。恐らく、止めようとしても今のオーフェリアには聞く耳を持たないだろうともユリスは感じていた。
「私なんかがあいつの愚行を止めることができるんだろうか……。今の私にはあいつを抑え込むような力はない……っ!」
「一人で背負い込むな」
「……え」
「あいつの幼馴染であるお前にしかできない事がある。俺も色々協力はしてやるからそんなに悲観するな」
「…………ありがとう」
ユリスのすすり泣く姿に、基臣はオーフェリアが少し前に話していたことを思い出す。
──……一人だけ、まだ私のことを必死に止めようと運命に抗う子がいるわ。愚かなことにね……
(オーフェリアが言っていたのはユリスのことだったか)
それから、ユリスはオーフェリアについて知っていることを出来る限り基臣に話した。
「それでだな──」
ユリスが思い出話に花咲かせていた中、ふと、基臣は部屋の中に飾られていた色んな写真に気が付く。
孤児院の子供たちが楽しく遊んでいる写真が主だったが、その中に一際目を引かれる写真が一つ。
「なん、で……」
その写真に釘付けになっていた基臣の様子に気づいた沈華。
「どうかしたの?」
「父、さん」
「……父さんって、その写真の中で立っている男の人?」
「ぁ、あぁ……。笑った顔なんて見たことも無いが、間違いない」
写真の中で慣れない様子で笑みを浮かべる一人の男。その顔は基臣の知る父の顔と違いが無かった。
「名字が同じなのでまさかとは思いましたが……」
「シスターテレーゼ、何か知っているのか?」
基臣の質問にテレーゼは重い表情ながらも口を開く。
「そのご様子だと、お話ししたほうが良いのかもしれませんね」
全員に分かりやすいように飾ってある写真立てを持ってくると、テレーゼは説明する。
「その様子だと父だけしかご存じないようですけど、隣にいる方が妻、つまり基臣さんの母に当たる方です」
父の隣にいる人物に目を移す基臣。
腰まで綺麗に伸ばした濡羽色の髪に、全てを包み込んでくれるような温かさを感じられる顔立ち、育ちの良さを感じさせられるような所作など、女性からも憧れられるような雰囲気を持っている女性で、子供たちと楽しそうにいる様子が写真に収められていた。
「すごい綺麗な人……」
写真からでも分かる美しさに沈華も息を呑んで見つめてしまう。
「この人が俺の母……?」
「そうですよ。新婚旅行でリーゼルタニアにいらしたとのことでしたけど」
「新婚旅行、となると俺が生まれる前か」
「母親の写真を1枚も持ってないのか?」
ユリスの問いにしばらく黙っている基臣だったが、やがて口を開くと話した。
「……父は家族の写真を見せてくれることは無かった。家の中にもそれらしい物は無かった」
基臣の重い過去にその場にいる全員が押し黙ってしまう。
「別にいいんだ。そもそも母が物心つく前に死んでしまったからそこまで執着があるわけではないし、こうして一目写真越しでも顔を見れただけで十分だ」
「誉崎……」
テレーゼは何か考え事をしていた様子だったが、何事か決心したようで椅子から立ち上がる。
「誉崎さん、ちょっとよろしいですか」
「ん?」
基臣に声をかけてテレーゼは部屋から出て行く。沈華とユリスは空気を察して部屋に残ったので、基臣だけが一人でテレーゼの後をついていく。
彼女が連れてきたのは教会の礼拝堂らしき場所で、少し古びた状態ではあるが立派なピアノが一台置かれている。テレーゼはそのピアノの譜面台から何か紙らしきものを手に取ると、そのまま基臣へと差し出す。
「これを渡しておきます。私達よりもお二人のお子さんであるあなたが持っておいた方がいいでしょう」
「……これは、楽譜か?」
手渡されたファイルを開くと手作りだが丁寧に書かれたことが分かる譜面があった。
「えぇ、あなたの母である澄玲さんが創作なさったものです。彼女がこの孤児院で歌ってくださった曲を一度聞いた子供たちが何度も聞かせてほしいとねだったものですから、楽譜を書き記して置いていってくださったんです。……とはいえ、これを参考にしても私たちは彼女みたいに綺麗に歌えるわけでは無いですけどね。あの人は物凄い綺麗な歌声をしてましたから」
苦笑しながらテレーゼは懐かしそうにしていた。
「彼女の歌声を音声データとして残しておこうかとも思ってたのですが、本人が恥ずかしがってたのでこれと写真だけしか残念ながら貴方の家族に関する物は残っていませんが」
「良いのか? 元はと言えばこの孤児院に渡すために書いたものなのだろう?」
「構いませんよ。コピーは取ってありますしね。ついでにこの写真も差し上げます」
テレーゼが先ほどの写真も差し出してきたので基臣はそれを受け取る。
「…………そうか。それなら、ありがたく頂かせてもらおう」
「ええ、そうしてください」
せっかくの好意を無駄にしないよう、もらった楽譜と写真を一緒にもらったファイルに丁寧に入れる。
ファイルを仕舞って部屋の前に戻ってくると、ふと扉の中から物音がした。
「ん?」
何事かと思い見ると、ユリスの事を心配していた子供たちが一挙に部屋の中へとなだれ込んでいたのだ。
「ユリスお姉ちゃん、大丈夫?」
「痛い事されてない?」
「ああ大丈夫だ、安心しろ」
取り囲まれてワイワイと子供たちから話しかけられているユリス。
(ユリスには守るべきものが既に見つかっているのか)
「……少し、羨ましく感じるな」
ユリスと和解が済んだ基臣は沈華の提案もあり、子供たちと遊んであげることになった。振り回されることが多かったが、普段はその強さから距離を置かれることが大半の基臣にとっては自分に気を遣うことなく接してくれる子供たちは気が楽になって良かった。
しばらく遊ぶと日も沈み始め、帰らないといけない時間になる。この数時間で仲良くなった子供たちが孤児院の入り口で基臣達を見送ってくれることになった。
「旅行に来たときはまた遊びに来てねー!」
後ろから聞こえてくる子供たちの声に、基臣は振り返らず手だけ上げることで応じた。
「少しぐらいは振り向いてあげればいいのに」
「分かってる」
そう言いながらも振り返らない基臣に沈華は心の中で苦笑する。
(全く、素直に寂しいって言えばいいのに)
「ほら、行くわよ。師父たちのお土産を買っておかないと」
「ああ」
前を先導して歩く沈華についていく基臣は少しだけ後ろを振り返る。
「またな」
「何か言った?」
「いや、何も言ってない。行くぞ」
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