学戦都市アスタリスクRTA 『星武祭を制し者』『孤毒を救う騎士』獲得ルート 作:ダイマダイソン
表紙のシルヴィ、どっちもかわいいですね。改めて惚れ直しました。
イラスト担当のokiura先生の体調が思わしくないとのことで、挿絵や口絵が無い状態での出版になるというのは少し寂しいかなぁという気持ちがありますが、そんな状態でもなんとか出版までこぎつけてくれたのは本当に嬉しいなという気持ちでいっぱいですね。
『今日最もラッキーな星座は~! ……てんびん座のあなた! 思わぬ出会いがあなたを待ち受けていそう! ラッキーアイテムは──』
「…………はぁ」
着替えている最中に、テレビで毎朝恒例の星座占いが放送されている。どうやら占いによると、私の星座が一番ラッキーらしい。いつもなら表情に出るぐらいには嬉しいはずなのに特に何も感じない。ただ、ため息をついてしまうだけ。
「別にネガティブな気持ちな訳じゃないんだけどなぁ」
ここ数か月、何故かは分からないけれど、どこかぽっかりと胸に穴が開いたような気分になる。自分の半身がどこか別の場所へと消えて行ってしまったような、そんな感覚なのかもしれない。
「こんなの私らしくないんだけどねぇ……」
最近特にこれといった喧嘩やトラブルもなかったし、悩みもあるわけではない。なのに、こんな気分になる頻度が異様に多い。
原因は分からない。でも、ただ一つだけ。そう、一つだけ気がかりなものがあった。
今時珍しい紙の楽譜を収めているファイルを取り出す。作詞作曲者は──
「誉崎澄玲。誰なんだろ」
私が持っている楽譜の中で、世間一般に公表されていない唯一の楽曲。それに加えて、普通はデータとして取り込んでいるはずなのに、何故かこの楽譜だけは紙媒体のままで大切に保管されている。
そこまで大切にしてるのなら、そう思ってこの曲の作詞作曲者である誉崎澄玲さんの名前について思案するけれども、覚えはないしデータベースを参照してもそんな名前の人間は出てこない。あくまで正規の人間しか登録されていないので、ワケありの人だったらデータベースの中にいない可能性がある。
でも、いるいないの問題ではない。
「────ぅ……っ!」
この名前、特に苗字を見ると胸がきゅうっ、とそんな風に締め付けられる。
どこかでこの名前を見た……いや、どこかで会ったのかもしれない。忘れてはいけない気がして──
「シルヴィア、準備はできましたか?」
「っ、あ、はーい!」
どうやら考え事に時間を費やしすぎていたらしい。いつの間にか、ペトラさんが部屋の中に入って来たのに気づかなかった。
「………………。あなた、どこか体調でも悪いのですか」
「へっ? そ、そんなことないよー」
「本当にですか?」
「もー、ペトラさんは心配性だなー。大丈夫だよ!」
「……それなら構いませんが」
その言葉にただ、と付け加えると私に説教じみた言い方でペトラさんは話す。
「あなたの社会への影響力は、今や絶大な物。体調一つで関わっている人に良くも悪くも影響を与えるという事を忘れないように。くれぐれも体調管理にはしっかりと気を配りなさい」
「はーい」
厳しい言葉をかけているように見えても、実は暗に必要ならば休暇を申請しなさい、と言っているようなもので、よく私の事を気遣ってくれている。冷徹な人間ていう印象を持たれる事が多いペトラさんだけれど、今みたいな感じで生徒たちの事をきちんと見てくれている。
……それにしても、気づかれないように顔に出さないようにしていたつもりだったけれど、ペトラさんに見抜かれてしまうとは思わなかった。伊達に昔はトップアイドルをやっていたわけじゃないという事なんだろうなぁ。
まあ、確かにペトラさんの言う通り少し疲れているのかもしれない。移動中に少し休むことにしよっかな。そう思いながら、私は部屋を出て、ペトラさんと車に乗るために正門前まで徒歩で移動する。
「――――!!」
そんな道中、正門の方向から何やら小さな女の子が騒いでいる声が聞こえてくる。
「……ん? どうしたんだろ」
「だーかーら! おうたのおねえちゃんに会わせてよー!」
騒ぎの中心地にたどり着くと、可愛らしい女の子が正門の前でうちの生徒に何やら話しかけているみたいだった。
「
よく見ると、その女の子は自律式擬形体のようだ。随分と精巧に作られているその女の子の造形に流石の私も驚かされる。アルルカントが新しく作り上げたのかな。私と同年代の天才研究者がいるって噂だから、その子が作ったものかもしれない。
「あ、いた!!」
「へ?」
自律式擬形体の女の子は私の事を見るなり、他の子に目もくれずに一目散に駆け寄ってくる。自律式擬形体なのに物凄い感情豊かな子だ。
「おうたのおねえちゃん!」
「わ、私の事……?」
お歌のお姉ちゃんと言う呼ばれ方をされたことが無かったので、女の子にどう返せばいいのか若干反応に困りながら自分を指さす。すると、食い入るように頷きながら私に近寄ってくる。
「そうだよ! レナの事覚えてるよね?」
レナと名乗るその女の子の事を私は知らない。ここまで印象的な女の子なら忘れてる、という線も無いはずだと思う。
「……ごめんね、あなたの事覚えてないんだ」
「じゃ、じゃあおとーさんの事は? おねえちゃん、おとーさんの事好きだし覚えてるでしょ!」
「あー、えっと……。お父さんっていうのは?」
「おとーさんの事を忘れちゃったの!?」
その顔は私を騙そうという冗談や欺瞞の類ではない、真剣な顔だった。それに加えて、私の返しが不味かったのか、今にも泣きそうな顔でいる。
「やっぱり……おかーさんも、おうたのおねえちゃんも、ほかのおねえちゃんも、みんなおとーさんの事を忘れてるんだ。うわあああああああああん!!」
「わわわ、落ち着いて。ほらいい子だから、ね?」
いきなり目の前で泣き出した女の子に、私もどうすればいいのか分からずオロオロとしながらあやすしかできない。
そんな私達に痺れを切らしたペトラさんは女の子をつまみ出そうとする。
「まったく……アルルカントの
「待って、ペトラさん」
アルルカントに送り返そうとするペトラさんに割り込んで女の子と話を続ける。この子とは初対面のはずだけど、どこか懐かしい気持ちになる。もしかしたら、今私が感じてる違和感を埋めるピースになるかもしれない。
「思い出してよぉ、おうたのおねえちゃん。おとーさん、みんなから忘れられてきっと寂しがってるからぁ」
「そのおとーさんのお名前は?」
「誉崎! 誉崎基臣って名前n──」
ドクン
「か……ぁ……っ……!」
いつもよりも更にきつく締め付けるように胸が痛む。
「シルヴィア! ……っ、あなた何を!」
「っ、待ってペトラさん!」
女の子に詰め寄ろうとするペトラさんをなんとか手で制して立ち上がる。まだ胸の痛みは止まらないけど、そんな事はどうでもいい。
「……ねぇ、あなたのお名前は何て言うの?」
「レナはね、レナティって名前だよ」
「レナティ……レナちゃん、か。いいお名前だね」
頭をゆさゆさと撫でると、レナちゃんはくすぐったそうにしながらも心地よさそうに身を委ねてくる。
「ね、レナちゃん。連絡先交換しよっか」
「…………シルヴィア」
流石に深く踏み入りすぎだと判断されたのかペトラさんが釘を刺してこようとする。でも、この子の事をそのまま送り返してしまったらきっと後悔する。
「うん、いいよ! これがレナのアドレス!」
ここまで感情豊かな自律式擬形体ならもしかしたら、と思って連絡先を聞いてよかった。レナちゃんのアドレスを自分の端末に入れる。
「っと、ごめんね。私、お仕事あるから行かなきゃ」
「ぅぅ……っ! ……わかったぁ」
レナちゃんは不満そうにしているけれど渋々頷いてくれた。
「じゃあね」
手を振ってレナちゃんに別れを告げると、私は車を停めている場所へと向かう。
「……早くおとーさんの事を思い出して、おうたのおねえちゃん」
そんな懇願にも近いお願いに私は分かったと言う事もできず、曖昧な笑みを浮かべて応えることしかできなかった。
────……ヴィ
「…………んぅ?」
声が聞こえて起きると、車の中だった。そういえば、移動中に仮眠を取ろうとして眠りに落ちていたのを思い出す。
今の声……さっき会ったレナちゃんの声かと思ったけれど、彼女のような快活な声ではなくどこか物静かな声だった。その声に、誰かが私に呼びかけてきてるのかと思って起きたけれど、車の中には運転手さんとペトラさんしかいない。
「シルヴィア、どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ。ペトラさん」
……気のせいかな。
最近疲れてるみたいだし、夢でも見ていたかもしれない。少し仮眠を取ればいつも通りの私に戻れるはずだ。
────シルヴィ!
「…………ぅ、ぁ」
夢、じゃない。
誰かが私を呼んでいる。
「っ、ペトラさん。少し車を停めてもらえないかな」
「車を……? 少し待ちなさい、今停めさせます」
運転手さんに指示して路肩に車を停めてもらうと、勢いのままに車のドアを開いて自分でも訳が分からず外に飛び出した。
「ごめん、後で戻るから!」
「ちょっと! どこに行くのですか、シルヴィア!」
走る、走る──
自分の体力の限界なんて気にせずにどこに向かうのかも分からない、おそらく再開発エリアに向かうだろう細道を走り続ける。
どうかしてしまったんだろうか、私は。こんなことは今までなかったのに。でも、走り続けた先に誰かが待ってる気がしてならない。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ」
長時間にわたる全力疾走は寝起き直後の体には堪える。でも、そんなのを気にしてる暇はない。今までポッカリと空いていた胸の穴が埋まる何かが走った先にある気がするから。
「みつ、けた……」
細道を抜けた先の広間に、輪郭がぼやけてすぐに消えてしまうような雰囲気がする白髪の少女が立っている。声を発していないけど分かる。この子が私に声をかけた子だってことが。
ただ、そんな少女の横顔は探していたはずの私を見つけたはずなのに、どこか悲しい顔をしていた。
「……ついてきて」
「君! ちょっと待って!」
背を向けて無言で路地裏へと消えていく少女を追いかける。
「どこに行くの! なんで私を呼んだの!」
私の質問に答えることなく少女は先へ先へと向かっていく。まるで私をどこかへと導くように。
やがて、誰も使わない廃墟の中に私を連れてくるとようやく立ち止まった少女は、こちらを振り向く。彼女の傍らにはほんのり明るく輝く剣が地面に横たわっていた。
「……久しぶり、シルヴィ」
「あなたは……?」
改めてぼやけてしまっている少女の身なりを観察すると、純白のワンピースを着て儚げな美しさを醸し出している。どこか庇護欲を誘うような雰囲気に、まだ垢抜けない可愛らしい顔。どこか現実とは切り離されたようなそんな可愛らしい少女だった。
でも、さっきのレナちゃんと同じでその顔に全く見覚えがない。
「……ハァ、やっぱり覚えてないんだね。といっても、どうやら少し違和感は覚えてるみたいだけど」
「覚えてない? どういうことなの、そもそもあなたはなにも、の──」
話をしている途中で少女は私の懐に入りこんで、ぴょんとジャンプする。すると、ポンと私の頭に手を置いて──
「面倒くさいから手っ取り早く私の記憶を共有するね。さっさと思い出してよ、
「う……っ!」
──基臣君!私の歌、ちゃんと聴いてくれた?
――ああ……、いい歌だった
おもい、だした
こんなに大切な記憶、忘れてはいけないはずだったのに。私は忘れてしまっていた。
「もと、おみ……くん?」
「やっと思い出せた?」
「ピューレちゃん、私っ!」
「ほら、泣かないで。泣くのはモトオミに会ってからだよ」
そうだ、アスタリスクからいなくなってしまったはずの基臣君を連れ戻してくるまでは、こんなところで泣いてるわけにはいかない。涙を袖で拭ってピューレちゃんに彼の居所を聞いた。
「……ピューレちゃん、基臣君は今どこにいるの?」
「モトオミが私をここに置いていったから確信は無いけど……たぶん実家に帰ってるはずだよ」
「実家……それならみんなを連れて基臣君の元にっ!」
「それじゃ遅いんだよ。もう、モトオミの命も長くない」
「長く、ない?」
「私を過剰に使う代償は普通の純星煌式武装の比じゃないの。今までの所有者も私の能力を過剰使用した結果半年持たずに死んでしまった。モトオミも半年持つかどうか……」
ピューレちゃんは自身の能力から代償について教えてくれた。黒装束の人達に殺された私を蘇生したせいで基臣君が代償に蝕まれたことも含めて。
「今、アスタリスクをすぐに出れるのはシルヴィだけ。いつモトオミが死んでもおかしくないことを考えたら他のみんなを連れていく暇はない」
「……そっか」
「それと、もう一つお願いがあるの」
「…………お願い?」
「私の中に残ってる星辰力はシルヴィを探すのにほぼ使いきっちゃったの。そのせいで、もう長くはこの姿を持続できない。だからシルヴィ、私の使い手になって」
ピューレちゃんの使い手に、私が……
「でも、私じゃ適合はできないんじゃ……」
「シルヴィの事を私は信用してる。だから、今回は特別だよ」
ピューレちゃんが手渡しで自分の剣を差し出してくる。それを受け取ると、私の星辰力を糧にして剣の輝きが基臣君が持っていた時のように戻っていく。それと同時にピューレちゃんの姿もはっきりする。
「行こう、モトオミの実家に」
ピューレちゃんと再会してから、すぐに海外渡航の手続きを済ませて貸し切りの小型旅客機に乗ると、基臣君の実家へと向かう。残してる仕事もあるのに、かなりペトラさんに無理を言ってしまったな。後で謝らないと。
「ねぇ、ピューレちゃん。基臣君ってどんな子だったのかな」
「……いきなりどうしたの? そんなこと聞いて」
「私、基臣君の事あんまり知らないから。……逆に彼は私の事を知ってるのにね」
そうだ。私は彼の事を何も知らない。知っているのは世間が知るようなちょっとした過去だけ。彼の口からは一つも過去が明かされることは無かった。
「……それじゃあ、少し昔話でもしようかな。手を取って」
「こう?」
ピューレちゃんの手を優しく握ってみせる。すると満足したように頷いて私の手を握り返す。
「そうそう、じゃあ行くよ」
「ぁ……っ」
その言葉と同時に意識がどこかに吸い取られるような感覚が私を襲う。
ピューレちゃんが私を害する事をするわけがないと分かっているので、その感覚に身を任せることしばらく、やがてある場所へとたどり着く。
「ここは……?」
和風めいたお家みたいだ。郊外にあるようで、周りには桜が綺麗に咲いている。
そんな中、小さな男の子が綺麗な女の人のスカートをぐいぐいと引っ張っている。小さな男の子が基臣君で、女の人は基臣君のお母さん、かな。その近くの縁側で座っているのはおそらく基臣君のお父さんだろう。
「まーまー」
「あらあら、どうしたの基臣」
「おうたー」
「あー、あの歌ね。ちょっと恥ずかしいんだけどなぁ……」
「いいじゃないか。歌って減る物でもないし」
「しょうがないなぁ」
基臣君とお父さんに言われて照れくさそうにする基臣君のお母さん。
「……綺麗な人」
思わず声を漏らすぐらいには気品のある美しさを纏っていて、同性の私でも見惚れてしまう。でも、何というか気品だけではなく、快活……というか明るい印象を思わせる人だ。
私が見惚れている内に、基臣君のお母さんはねだられた歌を歌いだした。
「~~~♪」
「……この歌は」
今、基臣君のお母さんが歌っている曲は私の誕生日の時にプレゼントしてくれた楽譜の曲だった。でも、私が歌うそれとは違う。とても心に染み入るようなそんな歌。
「どう?」
歌に夢中で気づかなかったけど、いつの間にかピューレちゃんも私の隣で歌を聞いていた。
「……ピューレちゃん。そうだね、仲のいい家族って感じだね。本当に理想的っていうか」
「そうだね。モトオミの家族は生まれて1年ぐらいの間はあんな風に仲睦まじい家族だったんだ。……でも」
話しながらピューレちゃんが指を鳴らす。すると、その指の鳴る音に応じるように記憶の中の過ぎる時間が加速して次々に私へ基臣君の記憶を見せてくれる。
最初の内は楽しい記憶ばかり。遊んだり歌ったり、いろんな場所を見て回ったりして、正に理想の家族だ。
でも、ある時を境に全ての歯車が狂ってしまう。
基臣君のお母さんが死んでしまった。家を襲撃してきた人から基臣君を守って。
それからは地獄だった。お母さんを失ったことで家族の関係は歪なものになっていく。最愛の人を亡くしてしまった基臣君のお父さんは狂ってしまった。復讐に駆られて襲撃した人に繋がる人たちを皆殺しにしたけれど、それだけでは終わらない。
お母さんが死んだ影響は家族関係にまで及んだ。最愛の人を亡くした傷はあまりにも深くて、まだ歩けるようになってそこまで経っていない彼をちゃんと愛することが出来なくなっていた。
それを象徴するように、お父さんに家から叩き出されたんだろうか、まだ幼い基臣君が家の外で縮こまっている。
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
とても、と言い表せないぐらいに基臣君のその姿は痛々しいもので見ていられなかった。身体は傷だらけ、目は涙を拭い過ぎたからなのか真っ赤になっている。
「っ……! 基臣く──」
そんな姿を見ていられなくて、私は彼の元へと駆け寄ろうとする。けれど、そんな私をピューレちゃんは手を握って止めようとしている。
「そんなことしても意味はないよ、シルヴィ」
「ピューレちゃん……。……でも!」
「あくまでモトオミの記憶を再生してるだけ、私たちは触れることも認識されることも無い。だから見てるだけしかできないんだよ。見ていて胸糞悪くなるけど」
ピューレちゃんも辛いのか手を強く握りしめて堪えている。つらいんだ、ピューレちゃんも。
だから私は基臣君の過去をしっかりと目に焼き付けないといけない。彼の心を救いたいから。
……………………
「着いたよ、シルヴィ」
「……ん。うん……」
どうやらピューレちゃんに記憶を見せてもらってる間に目的地の空港まで到着していたみたいだ。
飛行機を降りた後、空港を出てそのままタクシーに乗って、実家があるという場所まで向かう。
途中からは車が通れない所にあるとの事でタクシーを降りると、ピューレちゃんの案内に従って、私は咲き乱れる桜の木を眺めながら基臣君の実家に繋がるなだらかな斜面を登っていく。春真っ盛りという事もあって吹き付ける風も心地が良い。
「ここはのどかでいい所だね。アスタリスクにばっかりいるからなんだか新鮮な気持ちだよ」
「そうだね。季節によって色んな景色を見せてくれるからいい場所だよここは……っと」
いきなり先導していたピューレちゃんが足を止めたので気になって先を見てみると、墓が建っている。
「ピューレちゃん、ここは?」
「モトオミの両親の墓。母親の方はさっき見たようにモトオミが物心つく前に亡くなっちゃったけどね」
「……誉崎、澄玲」
墓に刻まれた碑文に私が持っている楽譜と同じ名前が書いてある。
「それがモトオミの母親の名前」
「基臣君の、お母さん」
ピューレちゃんの記憶の中で見た、とっても優しそうで、それでいて明るそうな人。
「シルヴィと同じくらいにはモトオミの母親は歌が上手かったんだよ。さっき聞いたから分かると思うけど」
「うん。すごく……胸に来る歌だった」
自分でも作詞作曲をするのでよくわかる。私が歌う歌が自分の存在を世界に伝えるための、自己表現の手段であるのに対して、基臣君のお母さんの歌う歌は、自分のためじゃなく他者の心に寄り添い癒す歌。だから、気づいたときにはその歌に感動し魅了される。私にとっては理想の歌手だと思う。
「彼女も世間に歌を披露すれば確実にシルヴィのように歌姫としてもてはやされていたんだろうね。まあモトオミとモトオミの父親に聞いてもらえればそれでいいと思っていたみたいだから、そんな事にはならなかったと思うけど」
「でも……だからこそ、あんなに綺麗で心を動かされる歌が作れたんじゃないかな」
私も随分長い事忘れていた気がする。私が歌おうとしていた歌は元々は誰かのために歌うものだったって事を。
「ここは後でも来れるし、先に行こ」
「あ、うん」
ピューレちゃんに手を引かれ整備された道の上を歩いていく。
もう少し……あともう少しなんだ……
基臣君と再開する時に私にどんな言葉をかけてあげればいいんだろう。
慰め? 激励?
……違う。そんなもの私の自己満足に過ぎない。基臣君にとって救いになる言葉はなんだろう。
「もう着くよ、ほら」
考え事をしている内に私たちは目的地まで目と鼻の先の距離にまで近づいていたみたいだ。ピューレちゃんが指さした先には、先ほど記憶の中で見た家と同じものが建っている。そんな屋敷の近くポツンと背を向けて動いている人が一人。
その後ろ姿はまさしく彼のもので──
「生きてた……っ。よかったぁ……」
やっと会えた事の嬉しさと生きていた事の安心感がごちゃ混ぜになって思わず涙が出てしまう。ピューレちゃんに基臣君が死んでいる可能性を示唆されて息が詰まるような気分が続いただけにとにかくホッとする。
「基臣君!」
「あ、シルヴィ! 今のモトオミは──」
ピューレちゃんが何か言ってる気がするけど、そんな事を気にする余裕もなく彼の元へ駆け出す。
どんな言葉をかけるのが正解なのかは分からないけど、もう絶対に基臣君の事を離さない。寄り添い続けて見せる。そんな思いを愛しい彼へ伝えたい。
──でも、そんな彼は
「誰だお前は」
「…………え?」
人を恐れ、まるで信用していない。そんな恐ろしく冷たい目を基臣君はしていた。