学戦都市アスタリスクRTA 『星武祭を制し者』『孤毒を救う騎士』獲得ルート   作:ダイマダイソン

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普段のクールな姿から一転、可愛らしい姿を拝めるオーフェリア回なので初投稿です。

もう少し早いペースで執筆できると言ってましたが、普通に忙しかったので次の投稿も1か月後ぐらいになるかもしれません、申し訳ないです。
出来るだけ早くできるように善処します。


if⑤ フジハタザオ -共に生きる-

 私、オーフェリア・ランドルーフェンは家族を知らない。物心づいたころには一人で、物乞いをしてはなんとか食いつないでいく生活を繰り返して暮らしていた。もちろん、家なんて物はなく、路上で一夜を過ごすことが日常だった。

 

 その日その日を生きるのに必死で、将来の事なんて考えたことも無い。運が良ければ生きながらえて、悪ければ死ぬ。そういう星の元に生まれたのが私だ。

 

「なぁ、嬢ちゃんよぉ……。てめぇみてえなちびっこがこんな所に来るなんて、どうなるか理解できてるんだろうな?」

 

「ひぅ……っ」

 

 生まれ持った不運のせいか、こんな風に悪い人に絡まれてしまった時にも誰も助けに来てはくれない。正確に言えば、近くに人がいたとしても見向きもしてくれない。私に絡んできてる悪い人たちはこのスラム街では有名なギャングなのだから、誰も助けてくれないのは当然と言えば当然なのかもしれない。こんな不運な事が起こった自分の運命を呪いたくなる。

 

「おいおいおい、ビビっちまって言葉も出ねえのかよ」

 

「小さいガキが大好きな性愛倒錯者どもに差しだせば、ちったぁ金になるだろ。おい、連れていけ」

 

「了解っす、ボス」

 

 捕まったら絶対に良くない事が起こる事ぐらい私でも理解できた。

 

 逃げないと。そう思っても足が(すく)んで思うように動いてくれない。

 

「ぃやっ……!」

 

「おらっ、抵抗すんじゃね――ヘブッ!?」

 

 もうダメだ、そういう考えが頭をよぎった瞬間。私の身体はいつの間にか宙に浮いていた。何かと思って周りを見ると目に映ったのは、私を捕まえようとした男が、どこからか入ってきた男の子に顔を膝蹴りされていた光景だった。

 

「…………え?」

 

 気づけば、浮遊感に包まれていた自分の身体は、私と同じぐらいの年の男の子に抱きかかえられていた。

 

 その男の子はこのリーゼルタニアでは見ない黒髪黒目で、背丈はたぶん私よりも10センチほど大きいだろうか。吊り目がちな瞳に幼い容姿ながらもどこか大人びたような雰囲気が特徴的だった。

 

「おい」

 

 部外者が乱入してきたことによって生まれた数秒の静寂は、男の子によって打ち破られた。彼の瞳は恐ろしく冷たいもので、その瞳を向けられてない私でもゾッとするものだった。

 

「そこのお前。椅子に座ってるお前だ」

 

「あん……?」

 

「そうだ、お前だ。大人しくこの子から手を引け」

 

「……は?」

 

 何がおかしいのか、笑いを堪えきれず声を漏らすリーダーらしき男。けれど、その目は間違いなく怒りに満ち溢れている。

 

「笑わせるなよ東洋人のクソガキ。てめぇは、誰に喧嘩を売ってるのか理解してんのか?」

 

「別にお前らが誰だろうがどうでもいい。だが、相手がどれぐらいの力量を持っているか見極めないと痛い目を見るぞ」

 

「少し強いからって調子に乗りやがって。……おいッ!」

 

 リーダーらしき男が指を鳴らすと、建物の外から続々と仲間らしき人間が中に入ってくる。

 

「いくら星脈世代だからって、お荷物を抱えた状態で大の大人に囲まれたら勝ち目はねえぜ?大人しくしな」

 

「……阿呆どもが」

 

 何十人ものに武装した大人に包囲されてしまった。もう駄目だと諦めた私の頭を男の子は優しく撫でてくれた。

 

「……え」

 

「大丈夫だ、すぐに終わらせる。目を閉じてろ」

 

 恐怖で思ったように動くことが出来ないのに、意外にも彼の言われた通りにすんなりと私は目を閉じることができた。

 

 

 

 

 

「ほぶぇっ!?」

 

「げぼべっ!?」

 

 大の大人に勝てるわけがないと目をつぶっていたけれど、聞こえてきたのはその大人たちの情けない悲鳴だけ。銃声も聞こえてきて、思わず身震いしたけれど痛みは全然やってこない。

 

 殴る蹴るの応酬が続き、一分ほど経っただろうか。

 

 いつのまにか罵声が止んで、どうなったのかと恐る恐る目を開けてみると、映っていたのは男たちが武器を片手に間抜けに地面に倒れ伏している光景だった。

 

「これはシスター・テレーゼには説教を食らいそうだな。……まったく、ツイてない」

 

 マフィアを倒したことに対して何も思う事がないのか、誰かに後で怒られることを憂いている様子だ。なんで見ず知らずの人間を助けてくれたのか訳も分からず、ただ目の前の状況に困惑していると、男の子が抱きかかえている私の顔を覗いてきた。

 

「おい」

 

「っ……!?」

 

「ったく、そんな反応をしないでくれ。流石に傷つく」

 

「ぁ……ごめんなさい

 

「まあこんな(つら)をしている俺も俺か。ところで、怪我は無いか?」

 

「ぇ、ぇぇ……」

 

「そうか、ならいい。立てるか」

 

 特に怪我を負ってないので、彼の言葉に首肯し立ち上がる。すると、彼は私の身体をジロジロと見て、何かを確認する。

 

「本当に大丈夫そうだな。お前、名前は?」

 

「え?」

 

「名前だよ。……もしかして、無いのか?」

 

 このスラム街で名前の無い子たちも少なくない。私もその類なのかと気遣っての事なのだろう。

 

「……オーフェリア。オーフェリア・ランドルーフェン」

 

「オーフェリアか。俺は基臣、誉崎基臣だ」

 

 差し出された手に、おずおずと私も手を差し出す。私よりも少し大きな手が優しく握ってきて、握手を交わす。

 

「よろしく」

 

 これが、私と彼の初めての出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よい、っしょ……!」

 

 マフィアに誘拐されかけたあの出来事から数か月ほど経った。

 

 助けてくれた彼の勧めもあって、私は孤児院へと身を寄せることになった。今は、孤児院を運営するシスター・テレーゼの教えの元、身寄りのない子供たちと一緒に生活している。

 

 最初は慣れない環境での生活という事もあって、周りに振り回されることも多かったけれど、今では私も自分よりも小さい子たちの世話もするようになり、お姉ちゃんと呼ばれるほどこの孤児院での生活に馴染んできている。

 

「兄ちゃん!あそぼあそぼ!」

 

「はいはい、ちょっと待ってくれ」

 

 そして、私を助けてくれた男の子、誉崎基臣。

 

 大人びた雰囲気のせいで、少し近寄りがたい存在だったけれど、洗濯物や炊事、起床など。私が困っていた時は、必ずと言っていいほどフォローに回ってくれる。そんなお人よしな所からか、彼もまた孤児院の子供たちからは今のようにお兄ちゃんと呼ばれて慕われている存在で、年上の人達からも年齢不相応の落ち着き払った雰囲気と星脈世代特有の身体能力を買われて頼りにされている。

 

 ただ、基本的に私を助けるときは無言で助けていつの間にかいなくなることがほとんど、人を助ける事で誰かから何かもらえるのかと思えば、特にそういったこともない。

 

 自分に何の益もないはずの彼の行動に、どこか私は恐れを抱いていたのかもしれない。何を考えているのかよく分からなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日、朝早く起きると、花たちを育てる温室の中に一つの人影があった。

 

「……あら」

 

「ん、オーフェリアか。お前が早起きとは珍しいな」

 

「……ええ、まあ。……ところで、ここで何をしてるのかしら」

 

「何って、見ての通り花の世話だ。あまり花について詳しくはないが、朝に誰も世話をしないのは流石にかわいそうだからこうやって早起きして水やりをしてる」

 

 私の質問に答えながら、温室の花たちに丁寧に水をやる。その言葉に嘘はないようで、所作の一つ一つが日ごろからのお世話によって手馴れている事をしっかりと証拠づけている。

 

「私も……一緒にしていい?」

 

「お前が?構わないが退屈だろう。別に仕事でもないしやる義務は無いんだぞ」

 

「問題ないわ、私も花が好きだから」

 

 そう言うと、基臣は一瞬意外そうな顔を見せた。一見すれば私に縁もゆかりも無さそうなだけれど、道端に咲いている花を見るのが、孤独に生きている中での唯一の癒しだったから昔から好きだった。

 

「そうか、ならお願いするとしようか。ほら、ジョウロだ」

 

 彼に渡されたジョウロに水を入れて一緒に水やりをする。チラリと彼の横顔を見ると、心なしか共通の秘密を抱える仲間が出来て嬉しそうな様子だった。今までの何を考えているか分からないような彼だったけれど、こんな表情も出来るのかと彼に対するイメージが少しずつ変わっていく。

 

「ねえ。なんで私の事をこんなに気にかけてくれるの」

 

 もしかしたら、私が見ている彼の姿はあくまで一側面でしかないかもしれない。そう思ったからか深く考えるよりも先に、彼に対する質問が口に出ていた。私の質問を聞いてか、彼は水やりの手を止めると、少し思案に耽るようなしぐさをする。

 

「……そう、だな。正直に言えば、自分のため……というのが一番か」

 

「自分のため?人を助けることが?」

 

 私の疑問に、その反応も当然か、と軽く苦笑しながら基臣は言葉を続ける。

 

「まず、俺が星脈世代だって前に言ったことは覚えてるよな」

 

「ええ、だから私を助けてくれたあの時もマフィアを倒すことが出来たのよね」

 

「そうだな。それで、この事は言ってなかったんだが……俺は《魔術師(ダンテ)》だ」

 

魔術師(ダンテ)……?」

 

「縁が無ければ流石に聞いたことは無いか。まあ特殊能力を持った星脈世代だと思ってくれればいい」

 

「特殊能力っていうと、炎を出せたり空を飛べたりって感じかしら?」

 

「そう、そんな感じ。……で、俺の能力だが、人の心がなんとなく読めるんだよ」

 

「心……?」

 

「といっても、お前が想像してるようなテレパシーみたいな類の心が読めるじゃない。あくまで、相手の感情をダイレクトに感じ取る事ができる能力ってだけだ。まあ他にも、お前を助けた時に使った危険を察知出来る能力とかもあるが、その話は脱線するから置いておこう」

 

「……感情を、感じ取る」

 

「まあ露骨に感情を表にすれば、一般人でも知覚することはできるが、俺の場合はその知覚能力が物凄く鋭敏だ。そのせいか、人からの悪感情を受けたら物凄い気持ち悪い気分になる。そんなわけで、嫌な感情を向けられたくないから善人ぶって好感度稼ぎしてるわけだ」

 

「……そう、なのね」

 

 完全無欠のようで、実は周りからの評価には人一倍に敏感。思わぬ彼の一面を知り、驚きよりも安心感が先にやってくる。

 

「ふふっ」

 

「……何かおかしかったか?」

 

「いえ、今まであなたの事をどこか遠い存在のように見ていたけれど、こうして話してて、とても心優しい人間なんだなって思ったの」

 

「心優しい?俺が……?ただ周りからの視線に怯える、情けない人間にしか見えないだろ」

 

「そんなことないわ。だったらそもそも私の事を助ける必要なんて無かったはずだわ。あの時ほど憎悪を向けられることなんて普通ありえないはずだし」

 

 私を助けてくれた時、基臣は間違いなくマフィアたちから殺意を向けられていたはずだった。その不愉快さは普段嫌悪感を向けられる時の比ではないことぐらいは容易に想像がつく。

 

「それは、まあ……あんな胸糞悪い場面に出くわしたら無視せずにはいられないからな」

 

 彼は自分の事しか考えていない自己中な人間だと卑下しているみたいだったけれど、私からしてみれば、人のために自分を犠牲にできる優しい人間なんだなと思う。

 

「そんなに自分を悪く言わないで。あなたに感謝してる人はたくさんいるから」

 

「…………オーフェリア」

 

 

 

 

 

 

 

 二人で水やりを終えると、ジョウロを倉庫に片付けに行き鍵を閉めてシスターのいる部屋へと持っていった。

 

「お疲れ様。ほら、水だ」

 

「あっ、……ありがとう」

 

 彼から手渡されたコップを手に取ると、ちょっとずつコップに入っている水を喉に流し入れる。眠気交じりだった脳内を冷水が一気に覚ましてくれる。

 

 時計を見ると、まだ起床まで時間があるようだった。話のネタになればと思い、ふと気になった質問を基臣へと投げかける。

 

「ねえ、あなたはいつからこの孤児院にいたの」

 

「俺か?確か……シスターの話によると赤ん坊の頃からここにいるらしい」

 

 詳しい話を聞いてみると、親は基臣が生まれてくる前にこの孤児院に来た事があるらしく、基臣を入れていた籠の中に残していった手紙の内容から仕方ない理由があって孤児院に預けたのだろう、と基臣は言う。

 

「ほら、この写真にいる二人が俺の両親だ」

 

 基臣がポケットからペンダントを取り出したので中に入っていた写真を見せてもらうと、どこかここではない場所にある家の前で写真を撮っている二人の顔があった。親だと言われてみれば、確かに基臣にはこの写真の二人の面影をどこか感じるような気がした。

 

「一度でもいいから……会ってみたいな……」

 

 しばらく写真を眺めていると、ポツリとギリギリ聞き取れる声量で独り言を呟いた。ハッとなって彼の顔を見ると、どこか哀愁漂う雰囲気を漂わせていた。

 

 それを見て、基臣の心の中にある孤独を理解できた。本当は写真の中にしかいない親の温もりを感じていたかったのだ。まったく繋がりがないのならまだしも、こうして残していった写真や手紙が彼と両親との繋がりを生み出しているが故の孤独。

 

 だから、私はそんな基臣の身体を優しく抱きしめることにした。

 

「ぇ、オーフェリア……?」

 

 そんな突然の行動に基臣も動揺したのか離そうと手を掴んできたけれど、私の意図をなんとなく理解したのかすぐに力が弱まって私のなすがままにされる。

 

「私には最初から親がいなかったから、あなたの気持ちが分かる、なんてことは言えないわ。でも――親の代わりにはなれないけれど、せめて……私があなたの心の支えになってあげたい」

 

 私は決して基臣の親ではないから、彼の孤独を完全に埋めることは出来ない。それでも、私を救ってくれた彼に何かしてあげたいと心の底から思った。

 

「…………ありがとう」

 

 基臣もまた私の背中に手をまわし、ゆっくりと抱きしめてくれる。そして、起床の時間になるまで私達は抱きしめ合い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 それからは、朝早く起きて基臣と一緒に花に水やりをすることが習慣になり、彼とは随分と距離が縮まった気がした。普段から彼と一緒に行動することも多くなり、彼に対する見方が大きく変わった気がした。

 

 それと共に彼に対する恋心を自覚するようになった。ただ、彼も私が抱いている恋心を《魔術師》の能力で理解しているのか、私に対する態度がどこか恋人のそれに近いものになっていった。ただ、あくまで恋人のそれに近い関係というだけで恋人ではない。その証拠に恋人だったらするのだろうキスはしていない。本当なら、もっと関係を進めててもおかしくないのかもしれないけれど、私たちは私たちのペースで関係を進めていこうと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 孤児院の生活にも慣れて数年、孤児院での生活に少し変化があった。

 

 それは、たまたまスラム街で助けたユリスという女の子が、孤児院に定期的に遊びに来てくれるようになったことだ。シスター以外の孤児院の皆は気づいていないようだったけれど、身なりからして彼女はおそらく王族だと私は気づいた。その事を彼女に聞いてみると、王宮にいる人たちの目を盗んではこうして私たちの元に遊びに来ているみたいだった。まさにおてんば王女様といったところだろうか。

 

 そんなおてんば王女様であるユリスをコントロールするのが基臣の役割で、猪突猛進に突き進む彼女を上手い事基臣が制御するという構図が孤児院でいつもの定番になっていた。

 

 時には、ユリスの提案でシスター・テレーゼ監督の元、基臣と模擬戦をすることもあった。といっても、基臣は喧嘩慣れしている事もあってか、模擬戦と言うよりは基臣がユリスに稽古をつけてあげているという方が正しい。

 

「せいッ!」

 

「甘い」

 

「……痛っ!」

 

 今もこうして二人で木剣を持って模擬戦をしている最中だ。基臣のほうが武術や剣術の腕は上で、ユリスをに手玉に取っていて今のようにユリスが空振りした隙に木刀で綺麗に一発を入れられている。

 

 その一撃を受けた頭に手を置いて悶絶しているユリスに基臣は手を差し出す。

 

「もう少し冷静に立ち回れ。俺の能力を抜きにしてもお前は考えが読みやすすぎる。動きは最小限に、攻撃する場所に目線を置くな」

 

「むぅぅ……。少しは手加減してくれてもいいだろう」

 

「駄目だ。お前は厳しくしないとある程度まで行ったら成長しなくなるタイプだからな。将来、星武祭で優勝したいのならせめて俺と互角に戦えるようになれ」

 

 ユリスには星武祭で優勝して国のために叶えたい願いがあるらしく、そのための特訓に基臣も快く協力している……けれど、結構スパルタな一面があるのでいつも特訓が終わるとユリスは大の字に倒れるのが恒例になっている。

 

 いつものように地面に横になって呼吸を整えているユリスに水を差し入れする。それを見た彼女はゆっくりと起き上がると、私からコップを受け取った。

 

「お疲れ様、ユリス」

 

「まったく、基臣め……厳しすぎないか」

 

「ふふ、でもユリスもそのおかげで強くなっていってるでしょう。素人目から見てもあなたが強くなっていってると思うわ」

 

「だといいがな……。あいつに勝てるビジョンがまるで見えん」

 

「頑張ればユリスならできるわ。きっと星武祭でも優勝できるはずよ」

 

「基臣の奴もお前も、簡単に言ってくれるな」

 

 ユリスは呆れたように私を見てくる。水をグイッと飲み干すと、一息ついて私に話題を振ってきた。

 

「で、基臣とはどこまで恋人関係を進めているんだ」

 

「えっ……」

 

「何もそんなに驚かなくていいだろう。孤児院のみんなもシスターも、お前たちの関係は周知の事実として扱っているから自然と私の耳にも入ってくる」

 

「そう、なのね」

 

「どうだ、キスまでしたのか」

 

「彼とは手を繋いだり、ぐらいかしら……」

 

 私の回答が予想外だったのか、少し呆れた様子で基臣のいる方向を流し見る。

 

「……はぁ、基臣の奴め、少しは恋人らしい事ぐらいすればいいものを。お前も大変だな」

 

「ううん、平気よ。今の関係でも十分私は幸せだから」

 

「キスもロクにしていないのに、雰囲気だけは熟年夫婦みたいだな、お前たちは。まあ、オーフェリアがそれでいいのなら構わないが、ほかの奴に取られないようにした方がいいぞ」

 

「……あはは」

 

 こうやって、ユリスに時々茶々を入れられる時もあったけれど、基臣とユリスと私、3人で一緒に過ごす日常はとても充実したものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の夜。特に理由はなく、たまたま目が覚めた。

 

 基臣のいる布団が気になって目を向けると、眠っているはずの彼の姿はない。トイレかと思いしばらく待ってみたけれど、待てども待てども返ってこない。

 

「どこに行ったのかしら」

 

 彼の居所が気になって寝室を抜け出すと、みんなを起こさないようにこっそりと歩いて彼を探す。

 

 孤児院の中でコソコソしているとシスターにばれるだろうし、恐らく外にいるのではないかと思って、こっそりと孤児院を出てみる。最初に温室の方へと向かったものの、夜遅くにはいなかったようで鍵がかかったままだった。

 

 どうしたものかと思って他の場所をぐるりと歩き回っていると、孤児院の屋根から地面に向けて、人影が伸びている。目線をあげて屋根の上を見ると、そこには空を見上げている基臣の姿があった。

 

「……ん、オーフェリアか。夜分遅くにどうしたんだ」

 

「あなたが布団にいなかったから少し気になって」

 

「あぁ、なるほどな」

 

 合点がいったのか、悪戯がバレた子供のように苦笑いして私へと手招きしてくる。

 

「少し夜空を眺めててな。ほら、お前も来いよ。星が綺麗だぞ」

 

「え、でも……」

 

「俺が連れてきてやる。よいしょ」

 

 孤児院の屋根から降りてくると、私の身体を抱える。

 

「ふぇっ……!?も、基臣……?」

 

 孤児院にある絵本にもこんな風にお姫様を王子様が抱きかかえる挿絵があった。どんな感じなんだろうかとその時は思っていたけれど、まさかこんなにも恥ずかしさが込み上げるものだとは思ってもいなかった。

 

「わざわざ梯子(はしご)を倉庫から持ってくるのも面倒だしな、しっかり掴まれよ」

 

 身体に重力が一瞬だけかかったかと思うと、次の瞬間には軽やかな靴音と共に屋根に着地していた。

 

「よ……っと。ほら、ここに座れ」

 

 屋根の上の座りやすい場所に私を置くと、基臣もその隣にくっつくように座ってくる。さっきのお姫様抱っこのせいで胸の鼓動が高鳴っている気がして、基臣に悟られていないか気が気でなかった。

 

「ほら、上を見てみろ」

 

 基臣の促されるままに上空を見上げた。すると、満天の星空が頭上で(きら)めいていた。

 

「……わぁ」

 

「どうだ、星が綺麗だろ」

 

「きれい……とても……」

 

 一人で過ごしてきていて、余裕が無かったからなのか夜空なんて今まで意識して見上げた事も無かった。それだけに、こんなに澄んでいて星々が瞬いている綺麗な空は生まれて初めて見た気がした。

 

「丁度今日が快晴だったからな。絶好の天体観測日和ってわけだ」

 

「……それなら、私も連れてきてほしかったわ」

 

 私が拗ねたと思ったのか、彼は苦笑いすると機嫌取りをするように頭を撫でてくる。

 

「すまないな。流石に時間が遅いから眠たいだろうと思って、お前は寝かせたままにしたんだ」

 

「今度からは私も一緒よ」

 

「……ああ、分かった」

 

 基臣から天体観測に同行する言質を貰った所で、再び顔を上げ星々が瞬く空を見つめる。

 

「昔は……こうやって空を眺めるなんてできなかった気がするわ」

 

「そうか」

 

「……そして、今の私があるのはあなたのおかげよ」

 

「俺のおかげ?」

 

「あなたが私を暗闇から連れ出してくれた。そして、私の希望の光になってくれた。だから、とても感謝してるわ」

 

「そうか……。その感謝の言葉と感情を貰えただけで、お前を救えてよかったなっていう気持ちになれるな」

 

 暗闇で少し見づらい彼の顔だったけれども、どこか嬉しそうにしているように感じた。

 

 その会話を最後に、しばらく黙ったまま夜空の星々を二人で眺めた後、シスターにばれないようにこっそりと部屋まで一緒に帰った。

 

「じゃあまた明日……って、おい……」

 

 自分の布団に帰ろうとする基臣の手をぐいっ、と引っ張ると私の寝床へと連れていく。彼に布団を被せて一緒に横になると、彼の驚いた顔を見たからなのか、思わずクスリと笑みが零れる。

 

「どうしたんだ、いきなりこんな事をして」

 

「ねえ、添い寝してくれないかしら」

 

「添い寝?」

 

「あなたと一緒に寝たい気分なの。だめ、かしら……?」

 

 私が上目遣い気味に基臣を見つめてお願いすると、やがて彼も決心がついたのか自分の布団に帰ることを諦めてそのままいてくれた。

 

「…………しょうがないな」

 

「やった……!」

 

 嬉しくなって基臣の身体に近づいて密着すると、彼の体温を近くに感じられてどこか安心する。彼の顔を見ると、少し恥ずかしがっているのか私から顔を背けている。

 

「私、あなたに出会えてよかったわ」

 

「……ああ、俺もだ」

 

「これからも、ずっと……あなたと……」

 

 添い寝してくれている彼の顔を見ながら、安心して私は深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………すまない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シスター・テレーゼ」

 

「あら。こんな時間にどうかしたかしら、基臣?」

 

「少し、話をしたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 基臣と一緒に夜空を見上げてから数日。あれからというもの、夜は彼と一緒の布団で寝る事が習慣化していた。

 

「んんっ……」

 

 まだ眠たい目を擦りながら、隣にいるはずの基臣を見る。

 

「おはよう、もとお……み?」

 

 しかし、彼はいなかった。部屋を見回しても彼の姿はどこにもない。

 

「もう起きて外にいるのかしら」

 

 珍しい事もあるものだなと思ったものの、昨日の夜のようにフラフラとどこかへ行ったのだろうとその時点では深く考えないで孤児院を出て温室の方に向かう。いつも彼と朝起きてから花に水やりをしに行くから、私よりも早く向かっているのだと思った。

 

「……あれ、いない……?」

 

 温室の方にも基臣はいなかった。少し気がかりになって花たちの世話をするよりも先に基臣がどこに行ったのかを探す。しかし、教会、炊事場、教室……どこに行っても見つからない。

 

「どこに行ったのかしら」

 

 結局、探す場所も無くなったので、シスターのおつかいで朝早くにどこかに出かけたのだろうかと思って、それを聞くために私はシスターが生活する部屋へと向かった。ノックをすると、シスター・テレーゼがドアを開き、姿を現す。

 

「あら……オーフェリア。お早い起床ね」

 

「シスター・テレーゼ。おはようございます」

 

 部屋から顔を出したシスターに挨拶をする。いつもとどこか違い、影が差したようなシスターの顔に少し違和感を感じたものの、気にすることなく基臣の居場所を聞くことにする。

 

「シスター・テレーゼ。基臣はどこに――」

 

「……っ」

 

 基臣の所在を聞いた瞬間、シスターテレーゼの顔が苦々しく歪む。

 

 その顔はまるで彼に不幸でもあったかのように、口にするのを躊躇っているように見えて仕方が無かった。しばらく何かに葛藤するような仕草を見せた後、シスターは固く閉ざしていた口を開く。

 

「……あなたには話さないといけませんね」

 

「話……?」

 

 胸騒ぎが止まらない。何か悪い事を話そうとしている。そんな予感がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、基臣は孤児院にはいません」

 

「――え」

 

 頭が、全身が、シスターの言っている事を理解する事を拒んだ。

 

 そんな混乱する私に、シスターは基臣がいなくなったワケを話した。

 

 ――孤児院は経営難で、このまま借金が続くようであれば借金のカタに誰かを売らないといけないこと。シスターがなんとかして借金を解消しようとしたけれど上手くいかず、その事に気づいた彼は、売り払われることを快く受け入れたこと。私にはその事を内緒にして出ていったこと。

 

「うそ……うそよ……」

 

「オーフェリア……?」

 

 目の前が真っ暗になる。基臣がいなくなった衝撃に身体の震えが止まらなくなり、気づけば天と地がひっくり返ったような感覚に襲われた。

 

「……っ!オーフェリア、しっかりなさい!オーフェリアッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 私はシスターの言ってる事を何も理解できなかった。これは夢だと、幻だと、そう思っていた。いや、思っていたかった。だけど、そんな思い込みも日が経つごとに現実であると理解せざるを得なかった。

 

 気にするまいと気丈に振る舞っていても気づけば涙で視界が滲む。私は基臣のように心も身体も強くないただの弱虫だった。

 

「う……っ、ぐすっ……」

 

「オーフェリア、気を強く持て……」

 

 ユリス、そして孤児院のみんなは優しかった。基臣がいなくなってメソメソとしているばかりの私を、邪険にすることなく優しく接してくれた。でも、そんな優しさでも私の寂寥感は埋まることはない。彼のいない世界なんて、今では考えられないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 基臣が出て行って数年後、私は修道院の見習い修道女として働くことになった。教会の清掃に、お花の世話・販売、子供のお世話など色々と忙しい日々。普通なら音を上げてしまいそうな忙しさだったけれど、私は仕事に自ら忙殺されにいった。出来る限り基臣の事を思い出さないために、敢えて。

 

 寝ようとするといつも基臣の事が思い浮かんでしまうから、不眠不休で働こうとしたらシスター・テレーゼや同じく見習いとして働いている友人たちに止められた。疲労が溜まりすぎて倒れてしまった時には皆に怒られるどころか心配される辺り、見るからに私の健康状態は良くなかったのだと思う。

 

 けれど、ある日そんな日常に変化が訪れた。

 

『オーフェリア!』

 

「……なにかしら」

 

『やっと基臣を見つけたぞ!』

 

「…………うそ」

 

 それは、基臣がアスタリスクにいるという情報だった。電話の後に送られてきた写真に写っていたのは、髪の色や面影は全く違えど、その顔は確かに私が会いたかった基臣そのものだった。

 

「基臣……基臣っ……!」

 

 私は気が気でなかった。基臣がまた会えるかもしれない、そんな一縷(いちる)の望みが目の前に垂れ下がっているのだ、興奮と嬉しさでおかしくなっても仕方ないと思う。

 

 なんとしてでも会いたかった私は、ユリスに頼み込んでアスタリスクまで行かせてもらうことにした。孤児院が忙しい時期にアスタリスクに行くことに申し訳なさがあったけれど、孤児院のみんなはそんな私を快く送り出してくれた。

 

 みんなの後押しを受け、私は最低限の荷物だけ持ってアスタリスクへと向かった。

 

 慣れない都会のせいで少し道に迷ったりはしたけれども、なんとかユリスのいる場所に着くことができた。さっそく基臣に会いたかった私は、彼女に彼の情報を聞くことにした。

 

「あまり……いい話ではないぞ」

 

 ユリスによると、基臣は実験体としてアルルカントに連れていかれ、そこでいろんな実験に使われたらしかった。

 

 詳しい経緯は分からないものの、王竜星武祭で優勝したらアルルカントの実験体としての責務から解放されるという取引をしていたみたいで、結果、基臣は王竜星武祭で優勝して、取引通り実験からは解放されたらしい。

 

 だが、解放には特に条件なども無く、完全に自由の身になったはずなのに一度も私達と連絡を取っていなかった。一度、ユリスが一人で彼の元に向かったものの、軽くあしらわれて相手にすらされなかった。

 

 基臣の今の様子は異質らしく、今の彼に会えば危険な目に遭う可能性もあるということで、ユリスは私に同伴することになった。

 

 ユリスの案内で、基臣がよく現れるという情報があった公園へと向かった。早朝の公園だからか、人はいない。

 

 

 

 ――ただ一人を除いて

 

 

 

 

「……これはまた、随分と懐かしい奴を連れてきたな、ユリス」

 

 愛しの彼が私の目の前にいた。

 

「久しぶりだな、オーフェリア」

 

「…………基臣」

 

 真っ黒だったはずの髪は真っ白になっていて、充血した瞳に明らかに不健康な肌、身体も瘦せ細ってしまっている。昔とはその姿は大きく変わっていた。

 

 そして、基臣の瞳は言葉で表すとすれば虚無。まるで世界に、そして人に絶望したかのような、そんな瞳に私はたじろいだ。

 

「それで……。今更、俺に何の用だ」

 

「何の用だと……!」

 

 私達を億劫に思うかのような物言いにユリスは静かに怒りを滲ませる。それに呼応するようにユリスの周りに炎が立ち上り、今にも基臣を攻撃しそうな雰囲気だった。

 

「お前、理解してその言葉を言っているのか!?」

 

「理解……?理解も何も、今言った言葉が俺の嘘偽りない本心だ」

 

 まるで私たちの友情を無下に扱うような物言いの基臣に、ユリスは激しく憤慨する。だが、そんなユリスを見ても彼は何も思う事が無いのか、ベンチから海を眺めたままだ。

 

「…………ッ! なぜ……なぜっ、オーフェリアに返事の一つもよこさん!お前はもう願いを叶えて自由の身と聞いているぞ!会いに来れずとも、せめてメールや手紙の一つぐらいは寄越すことぐらいは出来ただろう!」

 

「返事、か」

 

 私達から視線を外した基臣はぽつりと口からユリスの問いへの返答を漏らした。

 

「お前らの事はもう、どうでもいい」

 

「どう、でも……いい?」

 

「基臣、お前ッ――!」

 

 基臣の胸倉を掴むとユリスは激昂する。

 

「どうでもいいだとっ!そこまで戯けた事を抜かすとは心底軽蔑したぞ!お前にとって私達との思い出はその程度の物だったのか!?」

 

「ああ、そうだ」

 

「っ……本当に、変わったな。お前は……」

 

「最初から俺は何も変わっていない。ユリス、お前には一度言ったが、そんなに俺を連れ戻したいのなら、戦って勝って見せろ。それ以外に道はない」

 

「……基臣ィッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決着は一瞬だった。

 

 何事かを基臣が呟いたかと思うと、瞬間その場が光に包まれ、気づいたときにはユリスは太陽に直接焼かれたかのように焼けていた。しかも、ユリスの間近にいた私に能力が当たらないようにしてというおまけつきで。

 

 何が何だか分からない私に目もくれず、基臣は長椅子から立ち上がると横を通り抜けていく。

 

「……こんな化け物をいつまでも気にかけない事だ」

 

 ただ無情に、冷淡に、私達との別れを告げると基臣の姿は小さくなっていく足音と共に消えてしまった。

 

「基臣を、止めれなかった……っ」

 

 悲しみもあったけれど、それよりも彼を止めることが出来なかった自分の不甲斐なさが悔しかった。私ごときでは彼の足を止める枷にすらならない、今回の再会は、その事実をズシリと重く受け止めさせられる出来事だった。

 

 それでも、基臣の事を諦められない。私にとって、彼は太陽のような存在だ。彼を失う事は自分の半身を失う事と同義。たとえ死んでしまっても、彼の事を連れ戻してみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 治療院にユリスを連れていくと、手加減されていたのかその日の内にユリスは意識を取り戻した。

 

「オーフェリア、もう基臣に近づくな。昔のあいつとは違って、私達を攻撃することに何の躊躇も無かった」

 

「ユリス……」

 

「私があいつの事をなんとかする。だから、お前はリーゼルタニアに帰れ」

 

「…………」

 

 私のためを思ってユリスはこれ以上基臣に接触することを止めたのだろう。だけど、私は彼の事を諦められない。悪いとは思いながらも、再び私は一人で彼の元に再び赴いた。

 

「……今度はお前一人で来たのか、オーフェリア」

 

 振り向かずに私の接近に気づいたのか、声をかけてきた。

 

「ユリスはどうした。非星脈世代のお前の単独行動を、あいつが許すわけがない」

 

「ユリスなら、今は治療院で寝ているわ。確かに彼女には止められたけど、あなたと一人でお話したかったからここに来たの」

 

「……俺の事はもう気に掛けるなと、そう言ったはずだ」

 

「それでも私は……!あなたの事が――」

 

 

 

 

 

「だまれ」

 

 

 

 

 

「――っ!」

 

 絶対的な強者による威圧。だまれという三文字だけで私の身体は一瞬で(すく)んでしまう。

 

「お前たちと俺の間には決定的な溝がある。もう一生俺に関わろうとするな」

 

「嫌……絶対に嫌……。今なら、まだ……あの時の関係に戻れるわ。だから……」

 

「お前は俺がどうなってしまったかを理解してないからそう言えるんだ。……見せてやる」

 

「え……。基臣、なんでいきなり服を……」

 

「いいから黙って見ていろ」

 

 服を脱ぐと、その肌を私に見せてくる。そこには傷などという生易しい表現が似合わない程の傷があった。身体には黒焦げに灼けたような跡があちこちに見え、生きているのが不思議なほどの酷い傷ばかり。黒焦げになっていなくても膿でぐちゃぐちゃになった肌が痛々しさを演出する。

 

「ひどい……」

 

「今の俺は、実験の産物によって複数の能力をこの身に抱えている。当然、能力を手に入れた代わりにそれ相応の代償が付いて回っている。能力が自分の意思によらず暴走する可能性があるという代償がな」

 

「それって……」

 

「俺がいつ俺でなくなるかが分からないってことだ。今でも、見ての通り能力が暴走して自分の身体を焼いてしまってる。これが悪化すれば、誰彼構わず殺すだろうし、それを気に留めることも無い」

 

 その言葉で、ようやく気付いた。基臣も本当は私達に会いたかったんだ。それでも、自分の抱えている重荷のせいで会いたくても会えなかった。

 

 やっぱり基臣は優しい人なんだと気づかされる。だからこそ、彼を一人きりにして寂しい思いをさせたくはない。そう思って、彼の座るベンチに近づく。

 

「……もう近寄るなとたった今言ったはずだが」

 

 彼からすれば私にもう二度と会ってほしくないのかもしれない。それでも――

 

「それでも、私はあなたの隣にいたいの」

 

「……もういい、好きにしろ」

 

 その言葉に呆れたのか、どうでもよくなったのか、私に対する害意を引っ込めるとまた海岸線の方へと顔を向けた基臣。その彼の隣に座ると、焼けただれてしまった腕に触れる。腕に触れたことに彼はピクリと反応は示したものの、特に何も言ってはこない。

 

 何も知らない人間が触れれば不快感しかないだろうその手も、私にとってはとても愛おしい物に変わる。しばらく腕に触れていると、彼は変な物を見るような目でこちらを見てきた。

 

「……俺もそうだが、お前も相当な変わり者だな。いつ自分に害をなすか分からない存在にどうしてここまでしようとするのか、俺には理解できない」

 

「あなたは、私にとって希望の光だったから」

 

「馬鹿だなお前も。救ってもらったその手に焼かれたら意味も無いだろう」

 

「それでも……一緒にいれるなら、あなたの手に抱かれて死んだとして本望よ」

 

「……はぁ」

 

 それ以上何もいう事なく、私の話を黙って聞いてくれた。何も反応は示してくれないものの、前みたいにすぐに立ち去らないところを見るにちゃんと話を聞いてくれているのだろう。

 

 素直じゃない彼の態度に、思わず笑みが零れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから少しずつではあったけれど、私に向ける態度が軟化していってる気がした。おそらくきっと何度か話をすれば、昔の彼に戻ってくれる。そんな気がしてならなかった。今日はリーゼルタニアで育てている温室の花たちの話でもしよう。そう思って、彼のいる公園へと向かう。

 

 公園に到着すると、基臣は既にベンチの近くに立っていた。

 

「…………?」

 

 ただ、どことなく基臣の様子がおかしいように見えた。まるで、いつもの彼とは違う雰囲気が漂っているように見えて――

 

「基臣……?一体どうした――」

 

「――来るなッ、オーフェリア!」

 

 大声で制止する基臣の言葉に、近寄ろうとした私の足はピタリと止まる。

 

 よく観察してみると、過剰に放出される熱によって基臣の周りにある空気が歪んで見える。その様子だけで明らかに能力を制御できていない事が理解できた。今はまだ、ある程度能力を抑えているので少し熱い程度で済んでいたけれど、このままだと基臣の言うように全てを無差別に焼き尽くすほどに、能力が暴走することは目に見えて明らかだった。

 

 止めないと、そう思って基臣の制止を聞かずに彼の元へと近づいていく。

 

「近づくな!」

 

 近づいてくる私を必死の形相で止めようとしてくる。だけど、彼を止めるには今しかない。そう思い勇気を振り絞って彼に近づいていく。

 

「っ……つっ!」

 

 身体に焼けるような痛みが襲い掛かり、息も苦しくなる。その苦しみに耐えながらどうにか彼の元にたどり着くことができた。彼をギュッと抱きしめると、落ち着かせるために背中を優しく撫でる。

 

「やめろ……やめてくれ……っ!」

 

 更に痛みは激しさを増していく。でも、決して彼の身体を離さない。今、彼から離れたらもう二度と会えなくなるから。

 

「大丈夫……大丈夫だから……落ち着いて。……ね?」

 

「おー、ふぇり、あ……」

 

 彼を抱きしめる腕、身体、その全てが徐々に熱によって焦がされていくような感覚に埋め尽くされる。けれど、死ぬかもしれないという恐怖は微塵も湧かない。彼を助ける、それができれば自分の身体なんていくらでも捧げる。その思いが私の身体を動かしている。

 

「一生あなたのそばにいるわ」

 

 なんとか基臣を抱きしめて落ち着かせていると、その行動が効いてきたのか身体を突き刺すような熱さが徐々に収まっていく。しばらくすると、能力が完全に収まったのか焼けつくような空気が元に戻っていった。

 

「っぅ、はぁ……はぁ……」

 

「……わっ」

 

 強引に能力をコントロールした反動なのか基臣の呼吸は荒く、私の方へと体を預けてきた。彼の身体に触れると、身体が消耗しきっているのか汗でびっしょりだった。

 

「どうして……どうしてそこまで俺に構うんだ!怖くないのか、恐ろしくないのか?」

 

 私に向かって上げたその顔は、どうして私が離れていかないのか理解できないといった表情だった。

 

 子供のように喚き散らすと、その顔は今にも泣きそうな顔だった。

 

「……やっと本当のあなたを見せてくれた」

 

「っ……!」

 

「どんなに変わってしまっても、あなたはあなた。そこに変わりはないわ。そんなあなたの事が私は好きなの」

 

 私の言葉を受けて基臣の表情が苦々しいものに変わる。

 

「それでも……今のように俺の能力は暴走のリスクと隣り合わせだ。今回はなんとか抑えることが出来たが、最悪の場合はお前を殺してしまうかもしれないんだぞ?」

 

「前にも言ったけど、それならそれで構わないわ。一度あなたに救ってもらった命。殺されるならあなたに殺されたい」

 

「……本当に、それでいいのか」

 

「ええ」

 

「……大馬鹿野郎が」

 

 私の身体を基臣は強く抱きしめると、顔を埋めてすすり泣く音が聞こえる。

 

「ありがとうオーフェリア。こんな俺を見捨てないでくれて」

 

「どういたしまして。……これからはずっと一緒よ」

 

 そうして私達は互いの温もりを確かめ合うように抱きしめ合い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくの間抱きしめあった後、私は海が見えるいつものベンチで基臣に膝枕をしていた。基臣の頭を優しく何度も撫でてあげると、彼の表情は少し和らいだように見える。

 

「なあ、オーフェリア」

 

「ん、なにかしら」

 

「孤児院を黙って出て行って……本当に悪かった」

 

「……そうね。あの時は私もかなり傷ついたわ。なんで相談してくれなかったのかって。基臣と再会するまでずっと引きずっていたし、みんなにもかなり心配されるぐらい衰弱してたのよ、私」

 

「うぐっ……」

 

 よよよ……と泣いたふりをすると、嘘泣きであると理解しているとはいえ、気まずそうに頬を掻く基臣に思わず笑みがこぼれてしまう。やっぱり、実験で変わってしまっても彼は彼だ。この懐かしさを感じさせるやりとりは昔と大して変わりはしない。

 

「本当に……すまなかった」

 

「それなら、言ってくれるわね。あなたの本音を」

 

「…………」

 

 私の催促に、一つ深呼吸をして覚悟を決めたのか真剣な表情に変わり、膝枕していた状態から起き上がって私と向かい合う。

 

「今まで言えてなかったが……お前の事が好きだ。こんな俺でも、好きになってくれるか」

 

「ええ、もちろん」

 

 基臣の告白に応えると、私は彼との距離を縮め口づけを交わした。

 

 彼の心も体も、既に擦り切れてしまっている。もしかしたら、また今のように能力が暴走してしまう時があるのかもしれない。

 

 だけど、それでもかまわない。彼が傍にいてくれる、今の私にはそんな当たり前が、他の何物よりも一番大事なのだから。

 




今回は基臣が親の手から離れ、リーゼルタニアの孤児院で育てられたら+借金のカタとしてオーフェリアの代わりに連れていかれたらというif話でした。

次はミルシェのif話を投稿してから、本編に移りたいと思います。面白かったと思っていただければ感想をくださると嬉しいです。
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