学戦都市アスタリスクRTA 『星武祭を制し者』『孤毒を救う騎士』獲得ルート 作:ダイマダイソン
本当にお待たせしました(1.5か月ぶりぐらい)
これからは今までよりも執筆スピードを上げて本編執筆に取り掛かれそうなので、楽しみに待っていただけると幸いです。
「ねえねえ!あたしの歌、どうだった!?」
「すっごい良かったよー!また聞かせてねミルシェちゃん!」
「そー?えへへー」
あたしは小さい頃から歌うのが好きだった。そして、歌を将来
だからかもしれない。一人、無関心な表情であたしの歌を聞いている存在が気に入らなかったのは。
そもそも名前を知らなかったので、まずは幅広い交友関係を持つ友達に話を聞いてみることにした。
「え?あいつが誰かって?」
「そうそう、教室の隅にいるあいつ」
「あー、そっか。名前知る機会なんてロクにないだろうし、知らないのも無理ないか」
友達によると、そいつの名前は誉崎基臣というらしく、いつもクラスで一人で過ごしていて、笑う事も怒ることもせずにただ無表情で過ごしてるらしい。そんな根暗な感じで過ごしてるから、先生含めてみんな気味悪がって距離を取っているけれど、その事を彼は一切気にもしていない。
そういうわけでクラスの人間のほとんどが誉崎の名前を知ることなく今の今まで過ごしてきたらしい。まあ、あたしの場合はただ単純に絡みが無かったから認知してなかっただけで、気味悪がってるからという理由ではないんだけど。
確かに、友達に誉崎の事を聞いてから、あたしが時折クラスで歌を披露するときに誉崎のいる方向を見てみると、彼の表情はピクリとも変わらず、窓を見ているばかりだ。何を思っているのか知りたくて、直接理由を聞いてみることにした。
「おーい」
「……………………」
「おいってば」
「……なんだ」
自分が呼ばれていると思っていなかったのか、ちょっとだけ意外そうな表情でこちらを見上げてくる。
「一つ聞きたいことがあるんだけどさ。なんであたしの歌聞いてもそんなつまんなそうな顔してんのさ。本当につまんないの?」
「別に……つまらないとか面白い以前に、興味がない」
「……は?」
「お前の歌は一般人よりは上手いんだろうが、プロ並みかと言われたらそうでもない。だから、何も思わないしお前の歌になんて興味がない」
「はぁ!?」
てっきり
「そんなに評論家ぶるんだったら、上達する方法とか教えなよ!」
「それは……心当たりはあるが、別にお前に教える義理は無い。……もういいだろ」
「あ、ちょっと!」
言う事は全て言い切ったとばかりに、逃げるようにして教室から出ていく誉崎。
「むぅ……意地悪な……」
心当たりはあると言っておきながら、教えないなんて卑怯だと思ったが、そっちがそういう態度ならこっちもそれ相応の行動に移れるというものだ。授業が終わると、バレないように完璧な変装をして、誉崎が隠す秘密を探るために、放課後に彼の帰りを尾行することにした。
「…………」
「…………」
黒いサングラスにフェルトハット、まさに完璧な変装だ。その証拠に20分ほど追いかけているけれどバレることなく尾行することが出来ている。
このままついていって誉崎が隠している心当たりを知ることが出来たら、あたしの歌唱力にも磨きがかかるはずだ。
「そうすれば、あたしも世界一に……って、あれ?」
一瞬、妄想の世界に意識を引っ張られていると、いつの間にか視界からあいつの姿が消えていた。
「どこに行ったんだよぉ、も~!」
見つかる事覚悟で、急いで誉崎が行き先を探してみるものの、完全に姿をくらませてしまった。当てずっぽうで基臣の行ったかもしれない場所を探し回ったけど、結局時間を浪費するだけで何も成果は無し。
「はぁ……もういいや」
仕方ないから帰ることにしよう。そう思って帰途につこうとした時だった。
「――あ、綺麗……」
視線の先には桃色の花を枝に付けた綺麗な木がすぐ近くに立っていた。この地域にはない種類の木だろうか。物珍しくて思わず見惚れていた。一軒家の中に植えてあったので、どこの家の木だろうかと思って表札を見てみると、誉崎と書かれている。
「誉崎……ということはあいつの家かな」
「う~ん……、でも人間違いだったりしたら――」
「――うちに何か用?」
「わっ!?」
後ろからいきなり肩をちょんちょんと叩かれて、びっくりして振り返ると落ち着いた装いに身を包んだ女性が立っていた。腰まで伸びた綺麗な黒髪も目を引かれるけど――
(右目を閉じてる……。もしかして、見えないのかな?)
それ以上に、右目を覆う瞼がずっとピタリと閉じていることが特徴的だった。つまり、あたしから見える女性の瞳は左目だけ。こういうのを半盲って言うんだったかな。
「驚かせちゃったみたいでごめんね~。この家に何か用があるみたいだから声をかけたんだけど、勘違いだったかしら」
「あ、えと……この家に誉崎基臣っていますか?」
「もしかしてあなた、基臣の友達……ってあら」
女性が何か喋ろうとした時、家の玄関が開きそこから誉崎が姿を現した。
「はぁ……、やっぱりついてきてたか」
「あ!誉崎基臣!」
……………………
あたしが誉崎と関わりがある事に気づくと、物凄い歓迎ぶりの誉崎のお母さんによって、トントン拍子とばかりに秘密が隠されているであろう家の中にまで入ることが出来た。だけど――
「ふ~ん、そんなことがあったんだ」
頬杖をつきながら、あたしの事をほわーんと柔らかな笑みを浮かべ、ジロジロと見てくる誉崎のお母さん。何か微笑ましい物を見つめるようなその目のせいで居心地が悪い。ただ、彼が隠している心当たりとやらを知るまで帰るに帰れない。少しの辛抱だと思い我慢することにした。
「基臣が失礼な事を言ってごめんね~。照れ隠しで言ってるだけで、あまり悪く捉えないでもらって大丈夫だから」
「はぁ……」
「そういえばあなたのお名前は?」
「ミルシェです」
「ミルシェ?この辺だと珍しい名前だね」
「芸名です。自分で考えました」
「ほぇー芸名かぁ。まだまだ小さいのにそこまで考えるなんて、随分と意識が高いなぁ」
間の抜けた声で関心している誉崎のお母さんに、思わず気が抜けてしまいそうになる。物凄く厳しい印象を抱かせる誉崎に対して、この人は随分と物腰が柔らかい。本当に親子なのだろうかと疑ってしまうぐらいには性格が正反対だ。
「そうだ、自己紹介を忘れてたね。私は誉崎
「よ、よろしくお願いします……」
「さてと、自己紹介も終わったことだし本題に入ろっか。基臣、ミルシェちゃんが歌を上達させる方法の心当たりって何なの?」
「……母さんが教えればこいつも上手くなる、と思ったんだ」
「私が……?……あー、なるほどね。そういう事だったら基臣もいじわるせずにミルシェちゃんに普通に教えてあげればいいじゃない」
「意地悪とかそういう問題じゃない。母さんを俺の我儘に付き合わせたくないから黙ってた」
「……まったく、そんな事気にしないでいいのに」
「…………?…………?」
二人の会話に何のことだか理解できない表情をしてるあたしに気づいた澄玲さんは、苦笑いしながら誉崎が隠していた秘密を話してくれた。
「あー、実はね……基臣の心当たりって、私の事なんだ」
「澄玲さんが?」
「自慢みたいになっちゃうけど私、そこそこ歌には自信があるからね。だから、ミルシェちゃんが私に教われば、って思ったみたい」
「そう、なんですか」
「まあ話だけ聞いてもピンと来ないよね。せっかくだし、実際に歌わせてもらおうかな」
「っ……!本当ですかっ!」
「といっても、あまり期待はしないでね。長い事、真面目に練習してないからたぶん下手くそになっちゃってるはずだし」
「それでも全然大丈夫です!」
「それじゃあ移動しよっか、ついてきて」
澄玲さんはあたし達を連れて縁側に向かうと、さっき目についた桃色の花を付けた木――澄玲さんによるとサクラという木らしい――が植えられている庭の方へと出た。
「すぅ~、はぁ……」
一つ深呼吸をすると、口を開いて歌い始める。
「~~~~♪」
「……ぁ……っ」
下手くそだなんて、とんでもない。
今すぐにプロデビューしても、デビューシングルからミリオンヒットを余裕で叩きだせる。それどころか、ちゃんとしたマネージャーが付いていたら世界の歌姫として称えられるほどの実力を持っている。
なんで誉崎がさっきああ言っていたのか、気に食わないけれど理解できる。この人の歌は人を惹きつける何かがあるんだと。事実、4,5分ほど歌っていたけれど、それだけで完全に澄玲さんの歌にあたしの心は掴まれていた。
「ふぅ……、こんなところかな。随分と不格好な歌声だったけど勘弁してね」
「……あの」
「ん……?」
「あたしに、歌い方を教えてください!」
「へ、私がミルシェちゃんに?」
「はいっ!」
「うーん……ミルシェちゃんはどういうジャンルの曲を歌うつもりなの」
「えっと、ロックです」
「ロックかあ……。そうなると、ミルシェちゃんと私とでは歌うジャンルが違うからなぁ。バンドのボーカルなんてやったことないし、そういうのはそれ専門の先生に習った方が――」
「母さん」
「なに?」
「こいつに教えてあげてくれないか。別にジャンルは違っても、ある程度の技術ぐらいは教えられるはずだし」
「うーん、けどなぁ……」
「お願いだ」
腰を折って澄玲さんにお願いをする誉崎に、あたしはただただ驚かされた。散々あたしの歌声を酷評していたくせに、何故今になって手助けしてくれるのかが分からない。
「基臣が人のためにお願いなんて珍しいね。何か心境の変化でもあったの?」
「……ここまで俺を追いかけてまで、教えを請いに来たんだ。こいつの熱意を無駄にさせるのが勿体ないと思った」
「そっか……。まぁ、息子の頼みだし、仕方ないか」
「それじゃあ……!」
「ミルシェちゃんの先生としてレッスンさせてもらおうかな。よろしくね」
「――っ!よろしくお願いします!」
物凄く歌が上手い人からレッスンを引き受けてもらえるという事で、思わずおおはしゃぎした。
その前に誉崎には礼を言っておこうと思った。気に食わなかったけれど、澄玲さんに歌のレッスンをしてもらえるのは基臣の口添えがあったからだ。その礼ぐらいはきちんと言っておきたかった。
「……あのさ」
「ん、どうした」
「その……さっきは、口添えしてくれて、ありがとう……」
「あぁ、そのことか。まあ、母さんに教えてもらうからには全力で取り組め。別に俺に対しては礼はいらない」
「分かった、頑張る」
「ならいい」
表情を変わらないものの、あたしの答えに満足したように頷くとそのまま家の中へ入っていった。
「……変な奴」
無表情で感情に乏しくて、何を考えてるのか分からない。
……でもまあ、たぶんいい奴なんだろうと勘が告げた。
澄玲さんに歌のレッスンをしてもらう事になってから3か月ほど。よく誉崎家に出入りするようになったので、澄玲さんと名字も被っている事だしあいつの事も基臣と呼ぶことになった。
レッスンについては、厳しくも優しく、そして何よりも丁寧に発声法から作詞作曲、歌に関するノウハウを全部教えてくれた。
時々澄玲さんから、学校で友達の前で歌ってきなさいって言われるので、指示通りに学校の皆の前で歌ってる。レッスンの成果が表れているのか、学校の皆ももっと歌うのが上手くなったねと褒めてくれる。後で何でみんなの前で歌わせたのかについて聞くと、人前で歌う事がモチベーションに繋がるからって言っていた。
ただ、あたしの歌が上手くなるにつれて、星脈世代の存在が気に入らない奴らがあたしの邪魔をしてくるようになった。妬み嫉みで馬鹿にする奴もいるけれど、こいつらはその典型的な部類に入る奴らなんだろう。
一応、そいつらが邪魔してくることにはあまり気にしないようにはしているけれど、こいつらの馬鹿にするような言動に傷つかないかといえばそうではない。
でも、そんな時に基臣がいつもあたしの事をかばってくれた。
――お前らはこいつの努力を見てないからそう言えるんだ
――ミルシェの事を理解してないくせに、知ったような口でこいつを馬鹿にするな
そう言って、あたしの事を馬鹿にする奴らに嚙みついた。あたしの歌に対しては興味無さそうなのに、なぜかこういう時に限ってあたしの事を助けてくれる。
「なんであたしの事を助けてくれるのさ」
「あいつらが向ける感情が不愉快だったからだ。別にお前のためじゃない」
「……そう」
あたしのためじゃないとは言っているものの、照れ隠しで言っていることはあたしの目から見てもよく分かる。無表情でよく分かんない奴だと思ったけれど、案外人間味がある基臣の振る舞いに少し笑いが漏れてしまう。
「ふふっ」
「……何かおかしい事を言ったか?」
「ううん、べーつにー?」
不器用だけど、それでいて優しい所のある基臣の事を、いつの間にかあたしは好意を持つようになっていったんだと思う。……まあ、少し優しくされただけで惚れるなんて我ながら馬鹿みたいだけど、好きになってしまったんだから仕方ない。
「じゃあ今日はこれまで」
「あ、ありがとうございました……」
「それじゃあ、おやつにしよっか。座って待ってて、クッキーとジュース持ってくるから」
「はーい」
澄玲さんがキッチンの方へと向かっていくのを眺めながら、どうやって基臣をあたしに惚れさせるのかを考えていた。
(歌で惚れさせる……は無理だよねぇ。前に比べて大分歌うのが上手くなったはずなのに、全然あたしに見向きもしてくれないし。ま、澄玲さんの歌と比較されちゃまだまだ下手くそだもんね)
「こうなったら……澄玲さんに基臣の事を聞いて……」
「おまたせ~」
色々と考えに耽っていると、澄玲さんがクッキーとジュースを持ってやってきた。
「いっぱいあるから、ほら食べて食べて」
「わぁ……。それじゃあ、いただきます!」
相変わらず澄玲さんの焼いたクッキーは美味しい。
夢中になってクッキーを食べていると、そんなあたしの姿を見るのが楽しいのか、ニコニコとしながら見てくる。
「あ、そうだ。一つ聞きたいことがあるんだけど」
「ひひたいこと、へふは(聞きたいこと、ですか)?」
「そうそう」
大した話ではないのだろうと思い、澄玲さんの話を聞き流しながらジュースに口を付ける。
「ずばり、ミルシェちゃんって基臣の事、好きなの?」
「――ぶっっ!?」
澄玲さんの言ってる意味が理解できず、思わず口の中に入っていたジュースを噴き出してしまう。どういう意味なのかと澄玲さんを見ると、微笑ましい物を見るようにニヤニヤしている。
「な、なななっ、何のことですか!?」
「あ、図星かな?」
「いやっ、別にあいつの事なんか……」
「そんなに恥ずかしがらなくていいんだよ。見ててなんとなーくだけど、分かっちゃったし」
「……ぅ~~っ!い、いつから分かったんですか……?」
「う~んと、ミルシェちゃんが家に来るようになってから4か月経った頃、かな」
「……うっ」
澄玲さんが言い当てた時期というのは、丁度あたしが基臣に好意を持ち始めた頃だ。ここまで正確に言い当てられたことに、恋愛経験がある女性の直観とはこうも鋭いものなんだろうか、と驚かされる。
もしかして、私の息子はあなたなんかにあげません!!的な事を言われるんだろうか。
何を言われるのか分からないので、どう答えたものかと、あたしが悩んでいると澄玲さんは手を横に振って苦笑した。
「あ、別にミルシェちゃんの恋を邪魔するつもりは無いからね。むしろ、私がミルシェちゃんの後押しをしてあげるつもりで聞いたんだ」
「そ、そうですか」
好きな相手の親からの後ろ盾があることに喜べばいいのか、これからずっといじられ続けることを悲しめばいいのか……。そんな事を思っていると、にへら~と澄玲さんが笑みを浮かべながらあたしを見てくる。
「……意味深そうに見つめてきて、何ですか」
「いやぁ、その様子を見る限りだと、案外孫が拝める日が来るのも早いかな~と思ってね」
「孫!?いやいや!?子供なんてまだ早いですからっ!」
「あらあら、早いってだけで子供を産む気満々なんだ。まだ付き合っても無いのに、すごい気合の入りようだなー」
「そういう意味じゃないですっ!」
「あははっ」
ポコポコと軽く叩いても、楽しそうに澄玲さんは笑うのを止めなかった。
その日はこっちから質問するどころか、澄玲さんの質問攻めにあったせいでクタクタになったのは言うまでもない。
あたしが基臣に対して好意を抱いている事が澄玲さんにバレてしばらく経った頃。
その日もレッスンがあったので誉崎家に着いたけれど、チャイムを鳴らしても返事がしないので、鍵を確かめると開いていたので家の中に上がることにした。
「澄玲さーん?」
心当たりがある場所を探すと、お目当ての人物はあっさりと見つかる。
「すぅ……すぅ……」
澄玲さんが部屋の中でテーブルに頭を置いて眠っていた。澄玲さんがこうやって眠っている事はたまにあるので気にはならない。
ただ、いつもと違いその目尻には涙が少しだけ溜まっていて、目を擦ったのか少し赤く腫れているのが気になった。
「泣いてた、のかな……」
恐る恐る彼女の元へと近づくと、その手には何か写真らしいものが握られている。
「家族写真……?」
恐る恐るそれを覗いてみると、写真には、小さい頃の基臣(?)と澄玲さん、それに一人の男の人が写っている。家族写真となると、男の人は必然的に基臣の――
「……ミルシェ、ちゃん?」
声に気づいて顔を向けると、あたしが入って来たのに反応したのか澄玲さんが目を覚ましたようだった。
「あ……ごめんなさい。勝手に写真見ちゃって」
「ううん、いいのいいの。別に隠すようなものでもないし」
今にも消えてどこかにいなくなってしまいそうなその微笑みに、あたしの胸がズキンって痛んだ気がした。
「その……澄玲さん、この写真に写っている人は誰なんですか?」
「あぁ、うん。これは基臣のお父さん、つまり私の夫だった人の写真なんだ」
「基臣のお父さん……」
「色々あって、若くして亡くなっちゃったんだけどね。まだ、基臣が4歳の頃だったかな」
「そんな事が……」
「基臣のお父さんが亡くなって落ち込んでた私を元気づけてくれたのが基臣なの。本当は基臣の方がもっとつらいはずなのに、頑張って明るく振る舞ってたんだ。たぶん私を励まそうとしてくれたんだろうね」
「あいつが明るく振る舞うなんて……なんだか、想像できないですね」
「まあ今の基臣を見てたら無理もないかもね。でも、明るくて優しくて、よく笑ういい子だったの。ほら、この写真がその証拠」
澄玲さんがアルバムを取り出すと、ある写真を見せてくれる。その写真に写っている幼い頃の基臣は澄玲さんの言うように、今のそれとは全くと言っていいほど雰囲気が違っている。無邪気で心優しい、そんな言葉が似合いそうな少年だ。
「……別人みたい」
「ふふ、そうでしょ。で、そんな基臣の笑顔に元気づけられる形で私も頑張ってたの」
写真を仕舞うと、先ほどまでの笑顔が一転して曇った。
「……でも、その笑顔も私が事故に遭ったせいで消えてしまったの」
「事故、ですか」
「ある時、暴走したトラックが突っ込んできてね。その時に一緒にいた基臣が危険をいち早く感知して、私を助けてくれたの。おかげで死なずにすんだんだけど……何事も完璧に行くってわけじゃないみたいでね。見ての通りだけど片目、見えなくなっちゃったんだ」
「片目……」
「私としては命があるだけ儲けものだと思ってたんだけど、基臣はそうは思っていなかったみたいでね。なまじ人を救える力を持ったせいで、私が目が見えなくなったのは自分のせいだって思いこんじゃったみたい。何度も基臣のせいじゃないって言い聞かせてるんだけど……」
「今もその事を引きずってる、ってことですか」
「うん……。事故で私をちゃんと助けられなかった負い目からなのか、自分だけ幸せになっちゃいけないと思ってるのかな。友達も作らず、遊ぶこともせず。私の手伝いや剣術の鍛錬がほとんど。嫌々やってるわけではないんだと思うけど、親心としては友達を作って外で遊んできてほしいって思ってしまうんだよね」
基臣が学校にいるときは自分を押し殺したような表情で過ごしていた事を思い出した。今にして思えば、母親である澄玲さんを助けられなかった自分に対する
「だから、ミルシェちゃんが家の前に来た時は本当に嬉しかったんだ。やっと基臣にも友達が出来たんだって思ったから」
「澄玲さん……」
「ミルシェちゃんのおかげで、基臣も少しだけ昔みたいな柔らかい表情を見せてくれるようになってね。あなたには本当に感謝してるんだ」
「……感謝なんてそんな」
「それに比べて私は……。自分の子供を幸せにしてあげられないどころか、不自由にしてしまうなんて、母親失格だよね。……ほんと、嫌になっちゃうよ」
「……っ、そんな事ないです」
「ミルシェちゃん……」
「基臣は澄玲さんの事を責めてるどころか、感謝してました!大変なはずのに、澄玲さんは一人で自分の事を育ててくれてるって」
「基臣が……」
「だから、自分をそんなに悪く言わないでくださいっ!」
「……そっか……そうなんだ」
あたしの励ましが少しは効いたのか、元のように笑顔を取り戻してくれたようだった。
「ふふっ。私の方が大人なのに、元気づけられちゃったね。ありがとう、ミルシェちゃん」
「んっ……」
娘にするそれと同じように、あたしの頭を優しく撫でてくる。
「そうだよね、私がしっかりしないと基臣に心配されちゃうもんね。……ねぇ、ミルシェちゃん」
「何ですか?」
「基臣とこれからも仲良くしてあげてね」
「もちろんです。でも……」
「……でも?」
「澄玲さんも一緒じゃないと、やです。きっと今の基臣には、澄玲さんが一番必要な存在ですから」
「そっか、じゃあ私も基臣にもっと寄り添ってあげないとね」
そうポツリと呟く澄玲さんの顔は、さっきまでとは違ってどこか吹っ切れたような顔をしていた。
誉崎家に入り浸るようになってから3年の時が経った。今年の4月から中等部の年齢になるので、アスタリスクに行ってクインヴェールでアイドルとして活動することに決めた。第二の実家みたいな場所だったこの家とも、しばらくはお別れになる。
あと、基臣もアスタリスクに来ることになった。なんでも、星武祭でグランドスラムを達成したいんだとか。
「ミルシェちゃんともしばらくお別れかー。中々会えなくなるから少し寂しくなるなぁ」
「大丈夫です!長期休暇が取れたら必ず帰ってきますから」
「そっか。それじゃあアスタリスクのお土産、期待してるね」
「はい!」
「それと、基臣も気を付けて行ってきなさい。帰りたくなったらいつでもここに帰ってきていいから」
「あぁ、分かった。母さんも気を付けて」
「大丈夫大丈夫。お手伝いさんも雇うから、私の事は心配しないで自分の夢に突き進みなさい」
「……うん」
「さて、言いたいことも言い終わったし、3人で写真撮ろっか」
「いや、俺は別にいいから二人で……」
「そんなこと言わないの!ほら、ミルシェちゃんも来て!」
「あ、はい!」
「さーて、時間差で撮影っと。……よっと、ほらほら笑って!はい、チーズ!」
……………………
「懐かしいなぁ……」
アスタリスクに行く前に写真を撮ってから3年ほどの時が経った。写真を眺めてて、時が過ぎるのはあっという間だという事を実感する。
澄玲さんのレッスンのおかげで、今ではシルヴィアと肩を並べるガールズロックバンド、ルサールカとして、世界のあちこちでツアーをするほどの知名度になった。未だに基臣があたし達の歌を認めてくれていないけれど、少しは良くなったんじゃないかと素直じゃない評価をしていたのは記憶に新しい。
「リーダー、ペトラさんが呼んでるぅ……って、まーた彼氏の写真見てるじゃん。お熱いねぇ~」
ノックもなしにいきなり部屋に入ってきたモニカがあたしが持っている写真の存在に気づくと、いいものを見たとばかりに笑みを浮かべる。
「ちょ、違うって!?」
「じゃあ私はお邪魔みたいだし退散退散、キャハ♪」
「もぉ!だから違うんだって!」
盛大な勘違いをしているモニカを追いかけようと部屋を出たものの、そのころにはモニカの姿はとっくに視界から消えていた。逃げ足が速いのは相変わらずのようだ。
「はぁ……まぁ、いっか」
どうせ後でイジられるんだろうなぁ、と半ば諦め気味な考えでモニカは放っておくことにした。
写真を元の場所に戻し、澄玲さんからもらったシュシュで髪を後ろに纏めると、鏡で念入りに確認してペトラさんと会うために準備を整える。
「ヨシ!これでオッケーっと」
さーてと、今日も一日頑張りますか!