学戦都市アスタリスクRTA 『星武祭を制し者』『孤毒を救う騎士』獲得ルート   作:ダイマダイソン

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最終話までの展開でうだうだと悩んでいたので初投稿です。


裏話34-② 切り札

 

「すぅ……はぁ……」

 

 王竜星武祭本戦の会場であるシリウスドームの待機室で、沈華はゆっくりと一つ深呼吸をする。

 

「ここまでは上出来ね」

 

 今まで対戦相手の組み合わせがよかった事もあり、難なく準決勝まで勝ち上がることが出来ていた。

 

 だが、次の対戦相手は今までとは別格。その事を意識しないようにしようとしても手の震えは止まらない。界龍最強と呼ばれる星露や基臣と同格であるといえば、そんな存在と対峙する事がいかに危険性を孕んでいることは言うまでもないだろう。

 

「まったく、こんな風になるなんてらしくないわね」

 

 こんな姿を見られようものなら、セシリーや虎峰辺りに笑われそうだと思いながら深呼吸を何度もして心を落ち着けさせる。

 

 

 

 ──ピロン

 

「……ん?」

 

 そんな試合前で一人っきりになって精神統一していた沈華の元に基臣からメールが届く。何事かと思い見てみれば、たった一言だけ書かれた文面があった。

 

『決勝戦で待ってる』

 

 まるでオーフェリア相手に勝てるだろとばかりの言いぐさに、試合前でヒリヒリしていた顔も思わず笑みが零れてしまう。

 

「……もう、簡単に言ってくれちゃって」

 

 どこまで見通しているのか分からないが、おそらく沈華が緊張しているのを見越して送ってきたメールであろうことは彼女にも想像できた。他人に無関心に見えるその印象とは裏腹に、こういう繊細(せんさい)な気配りが出来るところは彼の美徳とも言える。

 

「だからこそ、こんな私でも惚れてしまったのよね……我ながらチョロい人間だわ」

 

 こんなメールを貰ったからには、弱気な所は見せられないと自分を一喝して闘志を(みなぎ)らせる。パンッと自分の頬を叩くと、自然とさっきまで震えていた手の感覚が収まっていく。よしっ、と一人呟くと立ち上がり、愛する人の言葉を受けて戦いの場へと(おもむ)く決意を新たにした。

 

「さて、行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『迫真の戦いを見せてくれた準決勝第一試合。午後から始まるこの第二試合も我々の心揺さぶる激闘になるのでしょうか!』

 

『オーフェリア選手が勝てば王竜星武祭二連覇の可能性が、沈華選手が勝てば誉崎選手とグランドスラムの座の奪い合いがあるっすから、どちらが決勝戦に進出しても、面白そうな展開になりそうっすね』

 

『さて! 最初に出てきたのは、ここまで持ち前の星仙術によって順当に強者たちから勝ちを拾ってきた、界龍の最優、黎沈華選手!……おや?今までの界龍の制服とは違って衣装が変わっていますね』

 

『どうやらオーフェリア選手のために奥の手を隠してたってところっすかね。今までの試合とは気合の入れようが違うみたいで楽しみっす』

 

 実況や解説の言うように、沈華の装いは今までと違い、手が隠れるほどの長袖にロングスカートの儀式衣装のような紋様が複雑に絡み合ったデザインの服装を身に纏っている。衣装が変わったことに観客も驚きの声が上がる。おそらく、対オーフェリア用に用意した代物なのだろうことは誰の目に見ても明らかであった。

 

 事前の予想では圧倒的にオーフェリア優位となっているが、何か一矢報いてくれるのではないか、そんな期待がドームにいる観客たちの間で生まれる。

 

『続いて出てきたのは、ここまで一つもダメージを受けることなく準決勝まで進み、今大会優勝最有力候補と名高い、オーフェリア・ランドルーフェン選手です!』

 

 向かいの出入り口から出てきたオーフェリアだったが、一年半ほど前の基臣の誕生日会の時とはまるで雰囲気が変わっていた。

 

「なるほど。どうりで基臣が心配するわけね」

 

 元々儚げな印象を思わせるオーフェリアではあったが、今見れば更にその儚さに加えて触れてしまえば周りにあるもの何もかもを壊してしまいそうな危うささえ感じる。

 

「そして、あれが覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)……」

 

 使用者の血を代償にして任意に重力を発生させる純星煌式武装だが、その外見の異様な不気味さは、立ち向かってくる相手の命を刈り取る鎌のようにすら見える。今までの試合を見てきたが、《魔女(ストレガ)》の能力を使う事すらなく、覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)の能力だけで文字通り相手を押しつぶしてきていた。重力という単純明快な能力ながらも非常に厄介と言えるものだろう。

 

「……あなたは今までの相手とは持ち合わせている運命の輝きが違うようね」

 

 待機場所で黙ったままでいる沈華にオーフェリアが声を掛けてくる。今までの対戦相手には一言もしゃべらなかっただけに珍しいと思いながらも、彼女の言葉に皮肉めいた声色で返す。

 

「相変わらず運命論なんてものを持ち出して人を評価するのやめてくれないかしら。胡散臭くて仕方がないわ」

 

「あなたが私に勝てるのかを見極めてるだけであって、理解してもらおうとは最初から思っていないわ」

 

「勝てるか、ねぇ……。まあ、私は最初から勝つ勝たないかを意識してこの試合に臨んでいないからどうでもいいわ」

 

「……どういうことかしら?」

 

「さあ?どういうことかしらね」

 

「…………」

 

 妖艶に薄ら笑う沈華の表情に、気味の悪い物を感じて思わず警戒を強めるオーフェリア。お互いに視線を送り合うが、これ以上の会話は無くなった。

 

『さて準決勝第二試合、まもなく試合開始です!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「王竜星武祭、準決勝第二試合。試合開始(バトルスタート)!」

 

 

 

「急急如律令、(ちょく)!」

 

 試合開始の機械音声が聞こえると同時、オーフェリアは重力球、沈華は分身。互いに能力を展開し牽制(けんせい)し合うように睨み合う。数瞬の膠着の末、先に攻撃をしかけてきたのはオーフェリアの側だった。彼女が振るう覇潰の血鎌に導かれるように、分身含めて沈華の元へと殺到する。

 

「爆!」

 

 対抗するように起爆札をぶつけるものの、手数が足りないために重力球に対抗するように更に大量の分身を生み出すと、その物量で分身を肉壁にしてしのぎ切る。

 

「この攻撃を凌ぎ切るのね、なら……」

 

 一度の攻撃で沈華の実力を見極めたのか、今度は本命とばかりに紫紺(しこん)に彩られた冥府の(かいな)が彼女の背後に大量に顕現する。

 

塵と化せ(クル・ヌ・ギア)

 

 数で防御しきろうという思惑を粉砕するかのように、分身体を含めて沈華に向けて叩きつけるようにしてその腕で攻撃をする。

 

「……っ!」

 

 先ほどの重力球とは威力、手数ともに桁違いの攻撃にさきほどの肉壁による防御も意味を為さない。そんな攻撃に対し、沈華は呪符を取り出して自身の前に展開すると同時、オーフェリアの攻撃が衝突した。

 

『おぉっと! オーフェリア選手が先手を取ったようですが、沈華選手は無事でしょうか!?』

 

 オーフェリアの攻撃に耐えきれなかったステージの破砕片が巻き上がり、風塵が会場を曇らせる。

 

「流石に期待し過ぎたかしら……」

 

 自身の能力が沈華を叩き潰した感触を確かに感じたのを受けて、オーフェリアは自分でも意識せずか高揚していた気分が急激に冷めていく。

 

 今まで星武祭で基臣と共に二度の優勝を果たした相手だけに、少しは良い勝負になるかと期待をしていたものの、試合にもならずに終わっていくのを感じて、所詮は基臣に頼りっきりの寄生虫のようなものかと落胆する。

 

 だが、まだ試合終了の機械音声は聞こえない。ぎりぎりの所で気絶しなかったのかそれとも別の要因か、いずれにせよ悪運強いと思いながらとどめとばかりに次の攻撃を繰り出そうと再び攻撃を沈華へと差し向けんとする。

 

 だが──

 

「破ァァァッ!!」

 

「──っ!?」

 

 背後からつんざくような拳の風切り音が聞こえ、反射的にその方向に手を出すと、今までの対戦相手とは段違いの重さが手にのしかかる。

 

「流石に硬いわねっ!」

 

「……まさか今の一撃を凌いだというの?」

 

 沈華の手を払い互いに距離を取る。

 

 煙が晴れ、沈華が元いたには数枚の呪符が燃え尽きるようにして舞い落ちていた。おそらく、呪符に何かしらの防御機能が組み込まれたものであることは予想がつく。だが、オーフェリアの攻撃力は生半可な防御など簡単に吹き飛ばせるほどに非常に高い。たかが呪符数枚ごときで防ぎきれるものかと彼女は思案する。

 

「今度はこっちの番よ」

 

「…………!」

 

 オーフェリアの攻撃を凌ぎ切った沈華が、服の袖をはためかせると同時に、独特のステップで動きながらオーフェリアに対して何の変哲もない貫手を突きつける。

 

「そんな攻撃で私を傷つけられるわけが無いわ」

 

 先ほどの不意打ちならまだしも、来る方向が分かっている攻撃は莫大な星辰力でガードできるオーフェリアにとって何の脅威も無い。攻撃に対して、何の躊躇いもなく手を差し出して防御するオーフェリア。

 

 ──だが

 

「──なっ!?」

 

 そんな彼女の予想を裏切って、沈華の貫手が星辰力(プラーナ)の壁を突き破りオーフェリアの右肩に突き刺さる。初めてのダメージに驚きを覚えながら沈華を見ると、全て目論見通りだったのだろう、何も驚くことなく淡々としていた。

 

『なんとっ! 完全無敵だったオーフェリア選手の防御をいとも容易く突き破った! ただの貫手であるにも関わらず何故あのような破壊力を実現しているのでしょうか!』

 

『おそらく、腕力などのような力づくというわけではないと思うっすけど、順当に考えれば星仙術、じゃないっすかねぇ』

 

 反撃とばかりに仕掛けてくるオーフェリアの攻撃を即座に退避する事で回避した沈華は、次の手を今にも繰り出さんとばかりに構えている。

 

「いかに馬鹿げた星辰力(プラーナ)の量を誇っていたとしても、流石に今の一撃は効いたかしら?」

 

「……今の攻撃のカラクリはその服かしら」

 

「えぇ、この服は一年以上の歳月をかけて編み込んだ呪符の塊、一種の仙具みたいものね」

 

 もう一度袖を軽く振ると、目の前にいたはずの沈華が消えていた。

 

 ──まるで、最初からそこにいなかったかのように綺麗さっぱりと。

 

「…………っ!?」

 

『おおっと!? これはどういう事か! 沈華選手の姿がステージ上から消えてしまいました。オーフェリア選手も我々と同じく姿を見失っているようです!』

 

 オーフェリアが周囲を見回し警戒していると、背中に強い衝撃を食らい、反射的に攻撃された方向へと自身の纏っている瘴気を飛ばす。だが、そこに沈華の姿はない。

 

「私の得意分野である有るものを無かったものに見せる幻術を拡張して、指定した対象の存在を本当に無かったことにする。それがこの服の能力よ」

 

「──っ!?」

 

 声がした方向に顔を向けると、そこには先ほどまで欠片も存在感が失せていたはずの沈華がいた。彼女の言う全てが全てを信じるわけでは無かったが、それでも今の現象と彼女の説明は辻褄が合う。

 

 限定的ではあるだろうが、指定した対象を消すことが出来るのならば、今まで見せたように自分自身の存在をなかったことにして相手の攻撃を回避したり、絶対無敵を誇るオーフェリアの防御も無かったことにできたり、応用の幅は非常に広い上に非常に強力な能力である。

 

 試しに自分のいる場所以外の全範囲に覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)を使って重力を発生させるが、その瞬間に沈華の姿は一瞬にして消える。そして、脇腹に衝撃を感じて軽く吹き飛ぶと同時にオーフェリアが立っていた場所に彼女が再び姿を現す。

 

 その様子から重力によるダメージは与えられていないようで、彼女の言う通り本当に最初から存在しなかったかのように消えてしまっていた。

 

「なるほど、これがあなたの強さの根源なのね」

 

 沈華(シェンファ)に対する(あなど)りがあったのは間違いない。だが、それ以上に彼女の実力はオーフェリアの喉元とはいかないまでも、その顔に泥を塗るぐらいには差し迫っていた。その事実に、無意識ながらも興奮を抑えられない様子のオーフェリアは、今度こそ全身全霊を以て沈華を叩き潰さんと仕掛け始めた。

 

「急急如律令、(ちょく)!」

 

 何度も何度も攻撃しても存在が消えて回避され続ける。一見、誰の攻撃も受け付けず一方的に攻撃できる無敵に等しい能力かに思えた。

 

(やっぱり……この能力、長続きはしないのね)

 

 しかし、何度か攻防を経て沈華の能力も永続するほど長持ちするものでない事に気づく。仙具として服を媒介にして負担を軽減しているであろうとはいえ、能力使用のコスパは良いものではないのだろう。自分の存在を消す能力だけで十分オーフェリアに対抗できるにもかかわらず、時折本体に攻撃が来るリスクを覚悟しながらも分身を併用しているのがその証拠とも言える。

 

 長丁場になれば先に詰まされるのは向こう側。それを理解したオーフェリアはひたすら繰り出される攻撃を最低限のダメージで受け流し、時間が経過するのを待つ。

 

 オーフェリアが攻撃し、それを沈華が(かわ)す。そして、時折服の中からかなり小さいサイズの投げナイフの形をした煌式武装を取り出してはオーフェリアに投げつけてそれを受けながらもかすり傷程度のダメージで済ませる。

 

「煩わしいわ……」

 

 唯一、意匠を凝らした紋様が彫られた投げナイフが何個も突き刺さり、身体から抜けてくれない事だけは煩わしく感じたものの、それが戦局に影響を与えることなく、攻防が繰り広げられて10分ほどだろうか。ほとんど動かず膠着する戦況に、ただ沈華だけが消耗しているのが目に見えていた。

 

「……そろそろあなたも限界が近いんじゃないかしら」

 

 のらりくらりと回避しては、微小なダメージしか与えることが出来ておらず、善戦はしたもののどう見てもオーフェリアの勝ちは揺るがないかのように思える。そんなオーフェリアの問いかけにも沈華は気丈に振る舞い、戦いの意志を捨てることは無い。

 

「勝手に私の限界を決めつけないでくれるかしら。まだまだこれからが本番なのよ。ちょうど本命の方も完成したことだしね」

 

「本命……?」

 

 沈華の言葉の真意を探るため周囲を見回すが、幾多の攻撃で荒れたステージがあるのみ。それ以外には特に変わった様子はない。

 

 しかし、何かの確信があるのかニヤリと笑みを浮かべると、今まで以上に複雑な印を結んでいく。

 

「さあいくわよ! 急急如律令、(ちょく)!」

 

「────ッ!?」

 

 沈華が印を切ると同時、オーフェリアに刺さっていた投げナイフが淡く煌めき、彼女の身体を取り巻くように(あお)の鎖のような物が具現化して絡みつき、それと同時、身体がズシリと鉛袋を何重にもして着せられたかのように、じわりじわりと体が重く感じるようになっていく。

 

「あなた、何をしたの……っ」

 

「結界型。ここまで言えば分かるんじゃないかしら」

 

「結界型……!」

 

 

 

 ──結界型

 

 それは、星武祭が始まった黎明期にアスタリスクで使われていた煌式武装。能力としては相手の星辰力に直接干渉して動きづらくさせて行動を制約するといったものでシンプルながらも強力な能力。

 

 だが、発動体を全て適切な形で相手の狙った部位に命中させなくてはいけない、発動までに時間がかかる上に起動するのに意識を割かないといけないので戦いづらくなる、など様々なデメリットを抱えていた。

 

 今となっては行動を制約する効果も対策されて数秒あれば解除できるため、戦闘でまともに使われることの無くなった骨董品(こっとうひん)。そんな骨董品を沈華が引っ提げてきた理由は、結界型の副次的効果にあった。

 

 それは──

 

「なっ……ぁ、力が……」

 

「無限大の星辰力を誇るあなたとは云えども、流石に効いているようね」

 

 相手の星辰力を一定の割合ではあるが封印する点であった。星辰力の出力を2~3割ほど制限するため、攻撃防御どちらの面においても非常に厄介になる。

 

 とはいえ、通常の星脈世代であれば、2,3割の星辰力出力を封印してまでこのような大それた儀式めいた作業をするのは割に合っていない、所詮副次的効果の範疇(はんちゅう)をすぎないレベルである。

 

 だが、オーフェリアに限ってはそのリスクを冒してまでもやる価値があった。絶対を誇っていた彼女の防御は、普通の煌式武装でも使い手によってはなんとか貫通できるレベルにまで抑え込まれ、攻撃面でもぎりぎり防御可能な代物へと変わる。

 

 それに加えて、通常の結界型の煌式武装と違って、沈華の物は星仙術(せいせんじゅつ)を組み合わせたことで長期間効果が持続する。その持続時間は基臣と戦う決勝戦まで持続するように設定されている。

 

「だから最初に言ったでしょ、私は勝つ気なんてないって」

 

 要は、今回王竜星武祭に出場したのは、あくまで基臣の手助けとなるため、それだけであった。

 

 基臣と先に対戦することになったなら適当に戦って負ければいいし、今回のようにオーフェリアと先に対戦することになったのなら、封印して基臣が出来るだけ楽に戦えるように支援する。今回沈華が王竜星武祭に出場したのはそういった思惑があるからだったのだ。

 

「さっきわざわざ呪符の服の能力を喋ったのは……」

 

「そう、この結界型の煌式武装(ルークス)から意識を反らすため」

 

 オーフェリアは、ただの有象無象(うぞうむぞう)だと思っていた沈華の罠に最初から嵌められていたのだ。罠が効力を発揮するまで気づくことなくじわりじわりと真綿を絞めるかのように。

 

「何が原因かは知らないけれど、力を制限してるせいで中途半端にしか能力を行使できないのが仇になったわね。おそらく、本気のあなただったら私はおそらく一分持つか持たないか程度で死んでいたわ」

 

「っ……!」

 

(……自分で決めたとはいえ、本当に危ない賭けね。ピューレにあの話を聞かなかったらこんな事もしなかったでしょうに……)

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

「シェンファ、いきなりだけどお願いがあるの」

 

 それは、半年前の事。星露の元で鍛錬中の基臣から離れて実体化したピューレだけが、話をしたいと言い沈華の私室にやってきていた。

 

「本当にいきなりね……まあいいけれど。どうかしたのかしら?」

 

「次にある王竜星武祭、基臣と当たる前にオーフェリアと当たるなら出場を辞退して」

 

「いきなり何を言うかと思えば、私に向けたその言葉の重み……理解しているのかしら?」

 

 一瞬にして場の空気がヒリつく。星武祭の優勝は、星脈世代にとって悲願。それもグランドスラムがかかっているとなると、それがどれだけの意味を持っているか想像に難くない。とはいえ、それだけであればグランドスラム自体には沈華も執着もない。だが、基臣と直接対決することが出来る機会は次の王竜星武祭を除いてありえない。彼と星武祭の舞台で対決できる最後の機会を目の前にして辞退してくれというのは沈華にとって無理な話だった。

 

 そういう訳で、不機嫌さを露わにして抗議しようとも思ったが、ピューレの様子がどこかいつもと違って見えたために、沈華はため息をついて気分を落ち着かせることにした。

 

「まあ、変な条件を付けている所を見るに、何かしらの事情があるんでしょ? 言ってみなさいな」

 

「……うん」

 

 悲し気な表情をするピューレの頭を優しく撫でて話を促すと、彼女はポツリポツリと語りだす。

 

 金枝篇(きんしへん)同盟の事、オーフェリアの過去の事。そして、オーフェリアの精神状態が不安定なために、下手に強い人間だと逆に生死に関わる大怪我をしかねない事。特に、沈華は基臣との関係性を強く想起させる存在であるために、オーフェリアの地雷を踏む可能性があることをピューレは念押しした。

 

「ふー……。なるほどね、どうりで基臣が必死にオーフェリアを追っかけるわけだわ。それでいて私があの子にとっての地雷であると。その感じだと、同じく出場するつもりのシルヴィとエルネスタにも言うつもりね」

 

「なら……」

 

「でも簡単に、そうですか分かりました、なんて返答にはならないわね」

 

「シェンファ! 私は心配して……っ!」

 

「もちろんそれは分かっているわよ。確かに、下手したら私は死ぬわ。私だって馬鹿じゃないし、死に急ぎたくないわよ。でも、今の事情を聞いたら尚更引き下がれない。基臣だけまた危険な話に突っ込むのを指を咥えてみているなんて、私の性に合わないから。それはきっとシルヴィたちも一緒よ」

 

「シェンファ……」

 

「安心なさいな。私、こう見えても強いのよ?」

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

(ほんと、アスタリスクには(こじ)らせた奴が多いわね……私が言えた事じゃないけれども)

 

「一つあなたに聞いておきたいことがあるわ。……なんで基臣の元から離れたの。前に見た時は随分と楽しそうにしていたくせに」

 

「……それは」

 

 沈華の問いに逡巡(しゅんじゅん)し、口ごもっていたオーフェリアだったが、かすれるような小さい声で答えた。

 

「私にとってあんな日向(ひなた)のような(まぶ)しい場所はもういらなかった。それだけよ」

 

「もういらなかった、ねぇ……。あなた、結局自分の嫌な事から目を背けているだけじゃない」

 

「っ、基臣もあなたもそうだわ……。私の何が分かるのかしら」

 

「分からないし、分かりたくもないわね。自分の事を理解してくれる仲間を切り捨てて、果てには人様に迷惑をかける。ただの傍迷惑な駄々っ子じゃない、それ」

 

「駄々っ子……っ」

 

「環境や境遇に恨みをすることは私だって似たような事があったし理解できるわ。ただ、その結末が関係ない他人も巻き込んで破滅するだなんて考え、許されるはずがないでしょ」

 

「あなた……どこまで知って……。まさか基臣から……!」

 

「まあ私がいくら言っても聞きはしないでしょうね。そろそろ終いにしましょ」

 

 沈華の袖元から大量の起爆札がひとりでに飛び出してくる。その数は、数十、数百……そんな程度ではすまない。約数万にも及ぶほど大量の起爆札がステージ上空に展開される。一枚程度でもかなりの威力が出ていたことを知っていたオーフェリアは──

 

 

 

 ──自身が《魔女》になって初めて、恐怖の感情を抱いた

 

「最後の置き土産よ、しっかりと味わいなさい」

 

「……あなた、まさか──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「爆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪符が光り輝いた瞬間、全てを焼き尽くさんばかりの焦熱地獄が顕現する。

 

「クッ!?」

 

 大量の起爆札が連鎖し、爆発の雨をステージにいるオーフェリアに降り注ぐ。

 

 爆発によって生じる熱量がオーフェリアの肌を徐々に焦がし、ジリジリと鋭い痛みを与えていく。星辰力による防御すらも突き破ってくるその熱量の余波はバリアで仕切られているはずのステージにまで到達し、観衆もその暑さに思わず目をつぶるほど。

 

「…………っ」

 

 しかし、大規模かつ強力な爆発ではあるものの起爆札程度でオーフェリアを倒せるまではいかない。とはいえ、彼女も無傷とまではいかなかった。爆発で露出した肌はところどころ焼け焦げており、必死に吸おうとする空気も焼け付いてるように感じて妙に息苦しい。今までの星武祭でろくなダメージを受けたことの無いオーフェリアにはどこかその痛みはいやに鮮明さを帯びているように感じた。

 

「けほっ……! かぁ、はッ……ぅ……っ」

 

 ようやく煙が消えて見えるようになった視界にいる沈華は、星辰力を使い果たし、大連鎖の爆発の猛攻に耐えきるのが精いっぱい。なんとか爆破を凌ぎ切りはしたものの、もう立ち上がることも出来ず、ステージの床に倒れ伏していた。だが、表情だけは闘志を(みなぎ)らせており、傷ついたオーフェリアを見るや楽しそうに顔を歪める。

 

「っ、くくっ……いい、気味ね……」

 

「あなた……ッッ!」

 

 意識が朦朧(もうろう)とし、既に怒りに満ちたオーフェリアの表情も(かす)んで見えている。

 

 もう欠片も星辰力が残っていなかった沈華は、薄れゆく意識の中、基臣の姿を思い浮かべた。

 

「……後はあなたに任せたわよ、基臣」

 

 

 

『黎沈華、意識消失(アンコンシャスネス)

 

『勝者、オーフェリア・ランドルーフェン』

 

 

 

 機械音声が準決勝の勝者を宣言した。だが、それではオーフェリアの気は晴れる事はない。

 

「許さない……許さないッ!」

 

 先ほどの問答で沈華に図星を突かれ、まるで勝ち逃げするかのように気絶される。そんな沈華に珍しく怒りの感情を露わにするオーフェリア。

 

 その憤怒を表現するかのように、彼女の周りに揺らめいている瘴気の動きも激しいものへと変わる。試合が終わったにも関わらず、彼女は矛先を沈華に向けたまま下ろすことなく、今にも攻撃を仕掛けんとしていた。

 

「許さないッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──天地開闢(てんちかいびゃく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──斬

 

 沈華に迫っていた大量の瘴気を何者かが切り裂いて掻き消す。

 

「誰っ」

 

 観客席からの第三者の乱入に、敵意を剥き出しにしていたオーフェリアは、一瞬呆気にとられる。だが、たった先ほどまで戦っていた沈華以外に、絶対的な力を持つ自身の攻撃を切り裂けるのに心当たりがあるのは一人しかいない。

 

「……試合は終わった。もう手を出すな、オーフェリア」

 

「基臣……っ!」

 

 ギリッ、と歯を噛みしめる音がステージに反響する。今一番来てほしくなかった相手を目の前にして、オーフェリアは出来る限り冷静に、そして冷徹に言葉を紡ぐ。

 

「……どいて」

 

「どくわけないだろ。お前こそこれ以上やればどうなるか、言わないでも理解してるはずだ」

 

 星武祭(フェスタ)の規約上、試合が終わっての戦闘行為は固く禁じられている。それを破れば何らかの制裁措置、最悪の場合は出場の権利を破棄されることさえある。

 

 今なら未遂行為で処分を軽くできる。そう訴えてくる基臣の目に、オーフェリアは酷く自分の心がかき乱されていくのを感じ取る。

 

「気に入らない……」

 

 傷ついた沈華を抱きかかえる基臣の姿を見るや、指摘されたように駄々っこみたく纏まりのない苛立ちを基臣にぶつける。

 

「いつもあなただわ……。この子が私に説教してくるときも、あなたの影がついて回って離れようとしてくれない……! なんで今なの……! もっと昔に助けてくれたら私は……」

 

 ──もっと昔に

 

 そんなたらればは空想の産物でしかないことを彼女自身も理解はしていたが、本音はそう簡単に納得できない。八つ当たりに近い彼女の吐露する心境に、基臣も表情を曇らせる。

 

「今更私を救おうとしても遅いのよ……っ」

 

「オーフェリア……」

 

 初めて見せる彼女の涙に、本音が薄っすらと垣間見えた気がしてならなかった。

 

「あなたとの縁を断ち切るには……もう、殺すしかないのね」

 

 本来の役目を果たしたいけれども、そのためには邪魔をしてくる基臣を殺すしかない。

 

 そんな葛藤の末の彼女の決意を、今まで一度も表したことないオーフェリアの殺意を感じて理解する。

 

「「…………」」

 

 基臣への殺意を剥き出しにして以降黙りこくってしまい、オーフェリアはもう喋ることはなく泣きそうな表情で睨みつけるだけ。

 

 

 

 一年ちょっと前までは仲の良かった二人の決裂は、誰が見ても明らかだった。

 




二か月近くお待たせしてすみませんでしたm(_ _)m
これからの展開はある程度構想しています。11月前までには完結させたい所さんですので、急ピッチで執筆していきます(11月22日の良い夫婦の日には後日談でヒロインいちゃいちゃ話書きたいから間に合わせたい)

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