月夜に閃く二振りの野太刀   作:刀馬鹿

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黒い陰

「部活が休止?」

「そうなんですよ。おかげでなんか張り合いがなくなったって言うか……」

 

いつものように……そう、いつものようにだ……美綴が店へとやってきて朝のお茶を入れての言葉がそれだった。

昨日、あんなことがあったばかりなので、こないかもしれないなと思っていたら意外にもきてくれたのだ。

最初こそ、美綴は居心地悪そうと言うか……少し恥ずかしがっていたが、それでも俺は美綴がきてくれたことが嬉しくて、ごく自然に接していた。

話を聞くのは今度休日が出来たときに買い物に行ってからだ。

ならばそれをするまでは、今まで通りに接しようと俺は思ったのだ。

 

こんないい娘が……そうまでしてくれたのだから……

 

この朝のお茶会が楽しかったのは当然だし、美綴もそう思ってくれているはずだ。

だから、この朝のお茶会は今まで通りにしたかったのだ。

結論を先延ばしにしているただの言い訳なのかもしれない。

だがそれでも、あの話の回答が、俺のこの態度だった。

 

 

 

話を聞いたそのときは……どうなるかわからないが……

 

 

 

「絶好調だったんですけどね~」

「そうか。まぁ残念だなと言うしかないが……」

 

ぐでぇ~っと、机に突っ伏す美綴に苦笑する。

実際の裏の事情を知っているがそれを言うわけにもいかないので、俺は空になった美綴の急須に新たにお茶を注いだ。

そして小次郎が、小さな取り皿に入れた和菓子を添える。

 

「これは?」

「これはわらび餅だ。刃夜の知り合いの方からお裾分けをいただいてな。美綴に振る舞おうと思って置いておいたのだ」

 

雷画さんより昨夜いただいた、和菓子の老舗のわらび餅があまりにもうまかったので、朝のお茶会用に置いておいたのだ。

わらび餅ならばのどごしもいいので、ランニング後で疲れた体でも食べやすいだろう。

 

全力で走った後でのどがからからなのにどら焼きとかは、ちょっときついし……

 

全力で運動した後で唾液すらもでないほどに水分がない状態でぱさぱさした食べ物は拷問に等しい。

もしくは高熱でうなされているときに固いフランスパンでもいい。

 

ちなみにどら焼きにフランスパン、どっちも大好きだけどな……

 

俺も小次郎もどら焼きは大好きである。

ちなみに異世界の食い物を食せないことを、封絶はものすごく残念がっていたりする。

 

異世界ねぇ……

 

そう考えると、モンスターワールドで食した料理が食えないというのは、俺としても少々残念と感じてしまう。

 

奇っ怪な食材が多々あったが……だがうまかったなぁ……

 

至極最低なこと……自ら帰ることを望んでおきながら……を言っているかもしれないが、あの味を味わえないのは残念だ。

 

「うん、おいしいです」

「……それはよかった」

 

本当においしそうにわらび餅を食べている美綴を見たら、俺も嬉しくなって自然と笑っていた。

そんな俺を見て、美綴が一瞬で顔を真っ赤にする。

 

……むぅ

 

『お主も罪作りな男よな』

 

くつくつと、そんな俺と美綴を見て小次郎がニヤニヤと笑っていた。

それが異常にしゃくに障ったが、かといって現段階で攻撃するわけにもいかないので、俺はそれを飲み込んでおいた。

 

……ったく……こういったときはどうすりゃいいんだ?

 

全く対処方法がわからないので、俺と美綴は互いに苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

これが……この朝のお茶会の……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の光景だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「相撲で腰をやっちゃった?」

「そう。お父さん年甲斐もなく、相撲を若い人とやって腰をやっちゃったんだって」

 

早朝。

朝の食卓の話でも、大河はおもしろおかしく、そして賑やかな食卓を作り出す。

暴走しすぎなければそれはそれでとてもいいことなのだが……そこで止まらないのが大河なのだろう。

 

「スモウ? それはどんな競技なのですか?」

「あ、そっかセイバーちゃんは外国の子か。えっとね、スモウって言うのはとにかく押す、引かば押せ、押せば押せっていう競技でね。張り手はいいけどげんこつと蹴りはダメ。裸で体ごとぶつかって相手を地面にたたき伏せるって競技」

「は、裸でですか?」

「そ。あ、でも裸っていってもちゃんと急所はまわしで隠してるよ。あ、ふんどしって言うのは……難しいなぁ? 士郎が詳しいから聞いてみて~」

 

ニヤニヤと笑いつつ、ずず~っとアサリの味噌汁をすすりだす。

さも「食べてる最中だから口が使えません」とでも言いたいのか、長~くすすっていた。

 

「シロウ。ふんどしとは?」

 

そして、素直とでも言えばいいのか、セイバーはその誘導に見事に乗っかり士郎へと質問を投じる。

 

……何が悲しくて朝飯時にふんどしの話をしきゃいけないのさ

 

士郎の思いはもっともだといえよう。

というよりも、朝飯でなくても食事時であれば下の話はご遠慮願いたい……と、思うのは自然といえよう。

 

「知らない。スモウは専門外だから他当たってくれ」

「嘘だ~。士郎はまわし持ってるでしょ~」

 

自然に、しかし実に計算的に汁をすすっていた大河からの攻撃。

おもしろいこと、人をいたずらに掛けることにおいては天下一品といえよう。

 

「持ってない! 相撲は雷画じいさんにやらされただけで、回しだって借り物だっただろ!?」

 

切嗣のことを気に入った雷画は、その養子である士郎の面倒もよく見ていた。

雷画の影響力が会ったからこそ、士郎は学生の身でありながらこれだけ大きな武家屋敷……広大な母屋に離れ、小さいながらも立派な道場に広い中庭、極めつけが士郎の鍛錬場所である古い土蔵がある……に一人ですんでいることが出来るのだ。

 

「そうだったね~。士郎、子供の頃はちっちゃかったから相撲も負け続きだったしねー。おじいさまが違う競技にしなさいっていって、勝つまで往生際悪く諦めなかった士郎に弓持たせたんだっけ……」

 

……なんかおかしい

 

そこでようやく士郎は大河の異変に気づいた。

いつもよりもより賑やかにしようとしているのを感じ取った。

 

「藤村先生。そろそろ時間が危ないんじゃないですか?」

 

士郎のおもしろおかしい対応に内心で爆笑しながらも、そこはしっかりと悪魔の皮をかぶっている凜は、優等生の顔のまま大河にいつもの時間が迫っていることを教える。

だがそれに対しての大河の返答は……

 

「ん? ありがとう遠坂さん。でも大丈夫。今日から朝練も部活禁止になったから」

「部活が休止ですか?」

 

その言葉に驚いたのは桜だった。

弓道部に所属している桜が、部活動休止のことを知らないのはおかしいのかもしれないが……彼女は昨日部活をせずに衛宮家にきたために、それを知らなくても無理はなかった。

ちなみに桜は昨夜早く寝たのが功を奏したのか、普通に動ける分には回復していた。

それでももし、部活に行こうとしたら止める気だった士郎はそれをせずにほっと出来た……ら良かったのだが、部活休止の理由を聞いてそれは出来なかった。

 

「あ、そっか。桜ちゃんに伝えるの忘れてたね。陸上部の子が怪我しちゃってね。保健室の先生が診断したら寝不足っていうから」

「寝不足?」

 

寝不足という理由……個人によるところが大きい理由……だけで、果たして全体の部活が休みになるのか? そう考えた瞬間に士郎は鋭くも回答にたどり着いていた。

 

「その怪我人って……まさか一人だけじゃないのか?」

 

一人だけならば自己管理を怠ったことになるが、同じ理由で同時に、それも大量に怪我人が出れば……。

そう考えたのは士郎だけでなく、この場にいる聖杯戦争関係者……士郎、セイバー、凜、アーチャー……は気づいた。

そして士郎の疑問の言葉に、大河は一瞬だけ悲しそうに目を伏せた。

 

「ん~。だいたい二十人くらい」

 

そんなに!?

 

この数には凜も驚きを隠せなかったのか、柔和に微笑んでいた笑みが一瞬だけ消えて鋭く目線を細めていた。

その凜の変化に気づかずに……というよりも凜が気づかせていない……大河は話を続けた。

 

「倒れた子の他にも、なんだか疲れた顔の子がちらほらいてね。最近物騒でしょ? 美綴ちゃんも襲われたってのもあったし、この間の昏睡事件もあるから、当面の間部活は禁止することにしたの。負担ってわけじゃないけど、体が疲れるってのは間違いないしね。それに夜遅くなっちゃうし……」

 

はぁ~と、最後に盛大に溜息を吐いて大河は話を打ち切った。

話は紛れもない事実なのだろうが、朝から気が滅入るような話を長く続けたいとは思わないのだろう。

だが、士郎と凜は違った。

 

……疲れた顔か

 

疲れたというのは精神的疲れではなく、生命力を抜き取られたからでは? と、そこまで思考して、士郎は真っ先に柳洞寺にいるキャスターを思い浮かべたのだが……。

 

……刃夜がさせないか?

 

生命力を生活に支障が出るほどに吸い取ったのならば、刃夜がキャスターのことを放っておかない。

あのとき小次郎が言った言葉が嘘だったとは思えないからだ。

それにそうなると学園の生徒だけというのもおかしい。

大河の話だけではまだ判断が出来ないが……学園の生徒と言うのが、士郎は気がかりだった。

 

ライダーの結界の効力がまだ残っているのか?

 

結界内部にいる人間を根こそぎ溶かし、吸収する結界を発動させたライダー。

そのライダーはセイバーが倒したはずなのだが、まだ何らかの形で効力が残っているのかもしれない。

何にしても情報を整理して、状況を推理しなければいけない。

そう考えた士郎は、凜へと目を向ける。

すると、凜も同感だったのかわずかに首肯した。

 

 

 

 

 

 

それを見ている……一人の目線に気づかずに……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

ナンデ?

 

 

 

ドウシテ?

 

 

 

ドウシテ……■サントメヲアワセルノ?

 

 

 

ワタシハ……

 

 

 

センパイサエミテクレテイタラ……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

けが人が同時に二桁か……。これは何かあるんだろうな……

 

今朝のお茶会にて、美綴からもたらされたこの情報。

利用しているみたいで少し気が引けたが……ここはまぁ割り切っておこう。

怪我人が出たと言うが、同時に二十人近くが寝不足という理由でなったのはおかしい。

 

寝不足というよりも……生気を吸い取られたか……

 

生気、生命力……言い方はいろいろあるが、それを抜きとられてしまったかのような感じだ。

そうでなければ二十人が同時に怪我をするなどとは考えにくい。

寝不足って言うのがずいぶんとそれっぽい感じだ。

しかも場所が穂群原学園……。

疑ってかかるべき理由は十二分だ。

ライダーの結界がまだ生きているのかどうかは謎だが、それが原因と言うことも考えられる。

 

さてと……そうなると是が非でも内部に侵入したいのだが……

 

場所が学園というのは実にやっかいだった。

学校という場所は一種の閉じられた場だ。

一般人がそう簡単に出入りできる場所じゃない。

まぁ非合法な手段を使えばいくらでも侵入は出来るが……リスクは可能な限り避けたい。

 

場所が学園だしな……

 

青年達に、あまり無駄に怖い思いをさせるのは本意ではない。

ただでさえ、先日結界でかなりひどい目にあったばかりだ。

 

さてそうなると……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

昼休み。

全体的に活気がない穂群原学園の屋上にて、士郎と凜は作戦会議をしていた。

冬のこの時期に、屋上で昼食をとろうとする人物は他におらず、密会の場所としては悪くない場所だった。

密室では逆に聞き耳を立てられる可能性があるため、開けた場所での会話はある意味で理にかなっているといえる。

また、実体化こそしていないがアーチャーも哨戒に当たっているので、早々問題が起こることもない。

冬の屋上で男女二人きりの昼食というのは……目立つには目立つが、そうも言ってられない状況だった。

そしてその場にてもたらされた、凜からの言葉。

 

「ライダーらしき人物を見た……だって?」

「えぇ。昨夜、アーチャーがね」

 

凜から伝えられたその情報に、士郎は目を丸くした。

 

そんな馬鹿な……確かにあのとき、セイバーが……

 

新都のビルの屋上にて行われた死闘。

その時、セイバーの聖剣より放たれた金色の光。

天馬にて突進してきたライダーをその黄金の光が貫いたのを、士郎は確かにこの目で見ていたのだ。

 

「あんたが驚くのも無理はないわ。私も今朝起きてアーチャーに報告を受けて驚いたから」

 

驚いた、という割には大して驚いた様子を見せていない。

しかし実際問題、驚いてばかりも居られない士郎は、落ち着いた様子の凜を見て、その驚きをいったん封印した。

 

「それで、あいつが見たって言うのは……」

「深夜の二時過ぎだったみたい。あまりにも遠すぎてアーチャーのスキルでも、はっきりと見た訳じゃなかったらしいけど」

 

サーヴァント、アーチャーのスキル。

弓使いというクラスとしての利点として、視力が異様といってもいいほどに高い。

それこそ数キロ先の道ばたの小石をはっきりと見れるほどに……。

そのスキルによって昨夜見た……ライダーらしき人影。

それが意味するところは……

 

「じゃあやっぱり……まだ学園の結界は……」

「壊れてない……かもしれないわね」

 

ライダーがまだ脱落していない。

そして昨日起きたという二十人以上の怪我人。

これらを結びつけるのはある意味で必然だった。

 

「仮にライダーがまだ残っていたんだとしたら、そこそこの日数が経っているにもかかわらず誰も脱落してないのね。全く、面倒なんだから……」

 

ジュルジュルジュルと、下品にパックのジュースを吸いながら、凜は顔をしかめた。

それをいさめようと思った士郎だったが、凜の顔があまりにも不機嫌そうだったので、ふれてはやぶ蛇だったと思い、あえて言及しないことにした。

しかしそれと同時にわかったこともあった。

 

やっぱり刃夜は関係なかったんだな……

 

刃夜が、というよりもキャスターが行っていなかったと言うことに、士郎はほっとしていた。

キャスターが行っていたとすれば、刃夜が先日の約束を反古したことになるからだ。

最初からそこまで疑っていなかったとしても、それが確実となって嬉しいと思ってしまう。

士郎は、敵となった今でも刃夜のことは嫌いではなかったのだ。

それを、凜はめざとく悟った。

 

「あんた、まさかキャスターが行ってないからよかった~とか思ってないでしょうね?」

「え!?」

 

過剰に反応してしまったことで凜が質問したことは事実であると言ったような物である。

それによって、凜の不機嫌さは最高潮となった。

 

「甘い! あんたまだそんな甘いこと考えてるの!? あいつは敵なんだから、今度会ったらぶちのめしてやらないと!」

 

俺は一言も刃夜のことは言ってないんだけど……

 

そう思う士郎であったが、しかし半ば激高している凜に口答えするのはまずいと言うことはすでに身にしみて理解しているので、特に言い返すことはしなかった。

刃夜には結構痛い目を……というよりも負けっ放しなのが許せないのだろう……あわされている凜にとっては、刃夜は憎き敵であることに代わりはなかった。

しかし、それで冷静さを失うほど、凜は愚か者ではなかった。

 

「それにしても……おかしいわね」

「……なにがさ?」

「何で倒したはずのライダーがまだ現界しているの?」

 

……それは確かに

 

超常の存在であるはずのサーヴァントは、実体なき存在として、この世に存在している。

故に、いかに常軌を逸した存在とはいえ、完全に消滅すれば死という結果から逃れることは出来ない。

それを受けたはずのライダーが何故生きているのか?

それによって二人の胸中に、この戦争に対する疑問が浮かびあがったのだ。

そして先日の刃夜からの言葉……

 

 

 

『これは俺の勘だがな? この聖杯戦争には何か裏の意図があると見ているんだ』

 

 

 

その言葉を聞いてから、凜は文献をあさって聖杯戦争のことに関して調べ直していた。

まだ現段階では彼女も納得のいく回答を見つけていないが、それでもその言葉、そして今回のことで、この聖杯戦争に関して少々考えを改めていた。

 

 

 

といっても、「そこに山があったから」と同じレベルの理由で聖杯戦争に参加している……そこに戦い(聖杯戦争)があったから……といってもいいので、ある意味考えるのが遅いといえなくもない……。

 

ちなみに彼女の尊厳のために付け加えておくが、父からの言いつけ「聖杯を手に入れるのは遠坂の義務である」もあって参加していることは事実である。

他にもいろいろ理由はあるのだが……理由の一つに『そこに戦い(聖杯戦争)があったから参加した』があるのは間違いない……。

 

 

 

まぁそれはともかくとして……

 

 

 

「あいつらの存在といい、お父様から聞いていた物とはずいぶんと違う感じがするの。どうもきな臭いって言うか……。なんて言うか……私たちが知らないところで何かが動いているって感じがするわ」

 

何かが動いているというのはある意味で当たり前だ。

七組の存在は互いに知り合いというわけではないのだから。

裏を掻き、画策をして、相手をおとしめて聖杯を勝ち取る。

聖杯戦争とは……戦争とは……、殺し合いとはそう言う物だ。

 

だが、そうは感じない……第三者が暗躍しているかのようだと、凜は言ったのだ。

 

凜がそんな当たり前のことを言っていないとわかっていたからこそ、士郎は特に何も言わず、うなずくだけにとどめた。

というよりも、士郎の本音はよくわかっていない……だった。

 

聖杯戦争すらも理解の範疇を超えているのに……

 

魔術使いとして生きていたが故に、神秘があることは知っていた。

だが士郎が知っていたのはそれだけであって、聖杯戦争の「せ」の字も知らなかった。

それが偶然(・・)にも……セイバーを召喚し、士郎は聖杯戦争へと身を投じることになったので、聖杯戦争の知識など皆無といってよかった。

だから凜の考えに完全に同意は出来なかったが、それでもここ数日の町のおかしな雰囲気は察していた。

 

「まぁ令呪の可能性もあり得るけどね……」

 

しかしそれをすべてぶった切る凜の言葉に、士郎は思わずずっこけそうになったが……どうにかこらえていた。

だがその可能性を考えていなかったわけでもなかった士郎は、特に何も言わずにただ苦笑いを受かべる。

 

 

 

令呪。

三度のみ使用することの出来る、切り札と同時にサーヴァントを縛るための道具でもある。

三度のみなら、常軌を逸したことも行うことの出来るその令呪を使用したということも、十分に考えられた。

令呪は、空間転移すらも可能なのだから……。

 

 

 

セイバーの勝利すべき黄金の剣(エクスカリバー)で消し飛ぶ前に令呪を使用していたのならば……あるいは……。

 

「……何にしても夜から本格的に見回りをした方がいいわね」

「……そうだな」

 

昨夜までも当然のように夜に冬木の街を見て回っていた士郎達だったが、それでも刃夜という存在のせいで動きにくかったのは事実だった。

刃夜と小次郎のコンビは非常にやっかいだった。

何せ刃夜はサーヴァントと斬り合えることの出来る人間だ。

実質、サーヴァントが二人で行動しているような物である。

そうなると士郎と凜が身の安全を確保するためには、己のサーヴァントをぶつけるしかない。

故に二手に分かれるという行動を行っていなかったのだが……。

 

「二手に分かれて行動するわ」

「……わかった」

 

少しでも情報を得るために、凜は苦渋の決断を選択した。

下手をすれば命を失いかねないその決断に……士郎は異を唱えなかった。

その士郎の覚悟が嬉しかったのか……凜は笑顔を浮かべると手を差し出した。

 

「なら頑張っていきましょう。他人に利用されるのなんて、まっぴらごめんだからね」

 

嘘偽りのない笑顔。

それこそ、凜が常にかぶっている「優等生」という悪魔の皮すらもない、遠坂凜そのものの笑顔。

それがあまりにもまぶしすぎて、士郎は思わずすぐに握り返せずに、顔を赤くした。

 

……その笑顔は反則だろう遠坂

 

そう思いつつも士郎はどうにか平静を装って握手するが……わずかな時間とはいえ、凜にそれを見せてしまったのは致命的だった。

 

「―――あら?」

 

少し前までの屈託のない笑顔はどこへやら……ニヤニヤと実にいたずら心が見える笑いを浮かべる。

……いや、もはやいたずら心では生やさしい。

邪悪な笑みと言ってもよかった。

 

「慣れているって言うか、あんまり興味なさそうに見えるけど、そうでもないのね。外見通りって言うか……ふーん。ふ~~~~ん、ふ~~~~ん」

 

じろじろニヤニヤと、士郎の顔をそれはもうおかしそうに上から下まで見る凜。

それに薄ら寒い予感を……予感と言うよりももはや確定事項だが……覚えた士郎は、それを努めて見ないようにして、購買で買ってきたパンを口にした。

 

「な、なにさ? 言いたいことがあったらはっきりいったらどうだ?」

「べっつに~。あんたのことがすこしわかっておもしろいだけだから気にしないで。口にするつもりはないけど……言っていいなら言ってもいいのかしら?」

 

余裕たっぷりに慈母のように微笑むその笑顔からは、想像も出来ないほどの邪悪なオーラを発っしていた。

それに恐れをなした士郎は、前言を撤回しようとしたのだが……。

 

 

 

「衛宮君。好きな子のリコーダーが気になるタイプでしょ?」

 

 

 

「って! 言ってんじゃねぇぇぇぇぇかぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!」

 

自分の悲しき衝動を暴露されて思わず叫ぶが……それは木霊することもなく、冬の寒空へとむなしく吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

好きな子のリコーダーと言われて……無意識のうちに桜を思い浮かべていたことにも、気づかずに……。

 

 

 

 

 

 

※いや、それもどうなんだろうか?

 

 

 

 

 

 

「それで夜の見回りなんだけど……」

 

昼休み終了間近になって、士郎と凜は屋上から各々の教室へと向かうために階段を下りる。

ちなみに二人の教室は別々である。

さらに言えば性癖に等しい物を暴露……というよりも自らが隠していたかった物を暴露されて少しナーバスになっていた。

 

そこに訪れる……意外な人物達の声……

 

 

 

「よう士郎? ずいぶんと景気の悪そうな顔をしているな」

 

 

 

「凜とした雰囲気の少女よ。久しいな」

 

 

 

「「!?」」

 

階段の踊り場から降りて二階へと下りてきたそのとき……そんな声が廊下から二人へと掛けられた。

その声があまりにも聞き慣れた物であり……そしてこの場ではもっとも聞きたくない声だった。

士郎と凜……二人が同時にその方向へと視線を投じると……

 

 

 

「学生してるなぁ~。それとも青春か?」

 

 

 

板前姿の刃夜と、和服姿で前掛けを装備している小次郎の姿があった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

屋上で女子と二人きりでお昼とは……青春だなぁ……

 

実におっさんくさいことを考えていることに苦笑しつつ、俺は少し先にいる二人……士郎と凜へと話しかける。

学園内部と、二人の姿が制服と言うことで……俺はふと自分の立場というか、表の俺の社会的立場を思い出す。

 

ちなみに俺も高校生です……。今はどうなるのかわからないが……

 

 

 

夏至を越え 刀を鍛え 異世界へ それから未だ 帰宅できない~

 

 

 

適当短歌風、By鉄刃夜

 

 

 

どちらもまさか俺が学園に堂々とくるとは思ってもいなかったんだろう。

かなり驚いている様子だった。

 

かなり無理矢理な理由で侵入したしな……

 

大河の携帯へと電話して、出前を頼むようにお願いしたのだ。

出前といっても、完全にサービスなので一円も取ってないのだが。

魔術という一般人では全くわからないことで、教師が苦労するのもかわいそうに思えたので、教師陣に差し入れを持ってきたのだ。

 

ま、学園に侵入するための言い訳だけどね……

 

むろんそれだけが目的ではないが……大半がそれを占めていることは否定できない。

普通に学校に潜入しよう物なら完全に警察沙汰だ。

まぁ数百人単位で相手にたかられようとも警察程度では楽勝だが……そう言う問題じゃないしな。

 

大河の様子を見に来たってのもあるがな……

 

恩人である大河が心配だったのも当然のようにあった。

あいつにも死なれたら寝覚めが悪すぎる。

俺の恩人であることに間違いはないからだ。

 

まぁそう言った言い訳はいいとして……

 

さてこの状況は、前回俺が夜の病院にて直面した危機の立場が逆転したといえるだろう。

学園においては、アーチャーを現界させることは厳しいと言わざるを得ない。

セイバーはいないみたいなので、もしも戦闘が開始されれば士郎と凜を、この場で容易に殺せる。

板前服の都合上、現在装備しているのは水月と数点のナイフのみだが……どっちもたやすく殺せる……。

 

まぁ殺さないが……

 

そもそも殺す気ならば声なんぞ掛けずに、首を掻き斬っている。

それもこの場にいる全員に俺が殺したと悟られずに殺害することも不可能ではない。

 

サーチアンドキル

 

デストロイ? 人を殺すのに破壊は必要ない。

殺ろうと思えば指一本で事足りる。

俺でなくとも、一般人でもだ。

 

まぁその気になればの話だがね……

 

「そう警戒するなよ。俺はただ出前をしにきただけだぞ?」

 

そう言って空になった出前箱を掲げて見せる。

昼の学園という関係上、アーチャーを召喚できない。

それをみこして、俺は交戦の意志はないと態度で語った。

少ないとはいえ周りにも生徒が居る以上、こちらの言い分を信じざるを得ないだろう。

ここで戦闘になったら大変なことになる。

 

まぁ俺は魔術が秘匿されようがされなかろうがどうでもいいんだけど……

 

だが……聖杯戦争がどうこうなるのはまずい。

聖杯に願いを叶える能力があったとしても、それで帰れるとは思えない。

その程度でどうにかなるとは思えない。

だが、かといってそれすらも手に入れないというへまを犯してしまったら、それでアウトというのはなんとなく察しが付く。

 

どう終わらせればいいのかは謎だがな……

 

「職員室の出前にきたんだよ。そのついでに美綴の忘れものを渡そうと思ってきたらお前らを見かけたんでな」

 

その言葉は半分嘘で半分は本当だった。

だが、それをこの二人にいう必要性はないので説明しない。

適当にごまかしておく。

 

「ふぅむ。これが今日の学舎か。ずいぶんと高いのだなぁ」

 

コンクリート構造物はもとより、三階建ての建築物も珍しかったであろう時代に生きていた小次郎がしきりに辺りを見ている。

寺子屋に小次郎が通ったかは激しく疑問ではあるが。

そして当然のように理由としてはそれだけではなく……

 

「あれ? 小次郎さん! どうして学園に?」

「菜々美よ。そなたが恋しくなってな。こうして会いに来たのだ……」

「学園内部で堂々とナンパをするな、たわけが」

 

通りがかった顔見知りの女子生徒に、ナンパをする小次郎をこづきつつ、俺は二人へと近寄った。

それで体を硬くする二人だったが、それも無視する。

あちらとしてもこちらがここで何かをするとは思ってないのだろうが、それでも敵である以上身構えてしまうのだろう。

俺も逆の立場だったら……俺よりも強いやつ二人と相対したならばだ……警戒せざるを得ないだろう。

だからそこは気にせず近寄って……言葉を放つ。

 

『情報交換といかないか?』

 

風翔の力を用いて、二人にだけ聞こえるように空気の震えを調整した。

完全に二人だけにしか聞こえないようなことはまだ出来ないが、しないとするとでは雲泥の差がある。

それを魔術も用いずに行ったことを驚いたのか、それとも会話の内容が驚いたのか、凜が驚愕の表情を浮かべた。

士郎にも聞こえていたのだろうが、どういう物かよくわかっていないのかそこまで驚愕していなかった。

そっちのことよりも、俺がいることのほうが驚きなのだろう。

 

「鉄さん。出前とはいえ学園の関係者じゃない人が、校内をうろつくのはあまりほめられたことはありませんよ?」

 

外面をかぶっているが故に、優等生としての遠坂凜を演じる遠坂凜。

これはつまりここで一戦を交えるつもりはないというあちら側からの了承なのだろう。

それを理解し、俺は二人に近寄った。

内緒話が出来る程度に、そして不自然でない程度に……。

 

「……虫みたいな使い魔を使うヤツに心当たりは?」

 

先手必勝……ではないが、有利な状況と言うことでこちらから先に情報を提供した。

それに驚いて一瞬だけ優等生の顔から魔術師の顔に変化する遠坂凜だったが……すぐに元の優等生としての皮をかぶった。

 

「どんなのかはわかるかしら? さすがに虫ってだけじゃわからないわ」

「……まぁそうだろうな」

 

俺が何かをしているとわかっていても、念のために小声でそう言ってくる。

人がいるこの空間での内緒話というのは、ある意味で人の虚偽をついている。

こんな人の多い場所でやばい話をするとは普通は考えないからだ。

だからといってそれで聞かれないということにはならないので、小声になるのはしょうがないだろう。

そしてその小声によってもたらされた情報は……まぁ俺の予想通りだった。

 

まぁそうだよな……

 

物があるのならばそれを分析したりも出来ただろうが、使い魔の死骸もなくただ虫という情報だけでは無理があるだろう。

使い魔を消失させられてしまった以上それは仕方のないことである。

これに関しては俺に非があると言っていいだろう。

 

しかし……かといってあれを持ってきたいとは思わないが……

 

あんな18禁みたいな物体を手にしたいとは思わない。

それもよりによって男性器の形をした使い魔。

進んでふれたいとは思わない。

 

しかしこうなると俺がこいつらを脅しているだけになるな……

 

状況は相手にとっては最悪と言っていい。

アーチャーがいるとはいえ、こっちの方が戦力的には優位なのだから。

令呪はあるが、それは俺も同じこと。

このままでは前回俺がぶちぎれた状況……病院に美綴が運ばれたあの夜に……のまま終わってしまうことになる。

それはちょっといただけない。

 

先に情報与えたっていっても、くさった情報だったしなぁ……

 

有用性で言えばゴミクズみたいな情報だったために、ほとんど意味がないだろう。

さらに上乗せしないと意味がなくなる。

ならば……

 

「使い魔を使ってくるやつが誰なのかわかるまで、様子見から停戦にしないか?」

 

その言葉を発して、士郎や遠坂凜だけではなく、小次郎も後方で少し驚いていた。

というよりも俺も少々驚いていた。

虫のよすぎる話だとは思う。

使い魔が虫なだけに……。

 

しかしこの状況だとね~

 

学園にまで乗り込んできて、しかもこちらから声を掛けたのだ。

何かあると考えられても不思議ではない。

大河の様子見と美綴へと渡す物……これだけだったのだが、収穫は……

 

「ん……あれ? 鉄さん!?」

 

あっちから来たか……

 

聞き慣れた声が俺の耳朶を打った。

気配ですでにわかっていたので、俺は特に驚くこともなく、その声がした方へと振り向いた。

 

「よっ、美綴」

「今朝方ぶりだな、美綴よ」

 

俺の目当てでもある美綴だ。

士郎と遠坂凜からとりあえず言いたいことは言ったので、俺は美綴へと近寄った。

何度か出前にはこさせられたので、学園に出前にくること自体はあまり驚いていないようだが、しかしそれでも俺がこうして学園を出歩いていることは今までなかったので驚いているようだった。

俺も正直非常識だとは思っていた。

だがいてもたってもいられなかったのだ。

 

一人よがなりなのかもしれない……。わがままかもしれない。だが……

 

今話題にした、虫の使い魔が気がかりだったのだ。

血の匂いがした、あの鋭い牙が生えた口が……。

だから俺は非常識とわかりながらも、こうしていろいろな手を使って学園へと忍び込んだのだ。

 

「美綴、忘れ物だ」

「? 忘れ物って」

 

俺の言葉に美綴が首を傾げた。

それはそうだ。

何せ美綴は忘れ物などしていないのだから。

ランニングの最中にいらない物をじゃらじゃら持っていても効率が下がるだけだ。

故に美綴は朝のランニング時は手ぶらである。

 

よって俺が言ったことは嘘である……

 

周りに人がいる以上、あまり注意を引くわけにはいかなかった。

注意を引くと言ってもあくまでも会話の内容だけであって、別段見られること自体は問題じゃない。

忘れ物と言うことであればあまり注意を引くことはない。

と思ったが、俺の店に入り浸っていることを知っている人間からは、結構注目されてしまった。

 

……ミスったか? まぁいい

 

「忘れ物って」

「これだ……」

 

そう言って差し出したのは小さい鉄板。

厚さは3mmほどの物だ。

中には大きく「守」と掘ってある。

 

「……これは?」

「お守りだな。可能であれば……これは四六時中持っておいてくれ」

 

余っていた玉鋼を熱し、板状にした物だ。

ストラップになるように、上の方に穴も開けてあった。

紐も通してあって、これは余っていたリオレウスの毛を、気を込めながら編んだ。

 

木材よりも玉鋼の方が気も魔力も込めやすいからな……

 

あの使い魔を見て、俺はこれをどうしても美綴に渡したくなったのだ。

木のお守りよりも、より強く守護の力を込めたこれを……。

 

これなら、おそらく大丈夫だ

 

サーヴァントが相手ではきついだろうが、使い魔程度なら何とか数分は持ちこたえてくれるはずだ。

それも数によるが……三桁近くにたかられても何とか大丈夫な程の気と魔力を込めた。

特に魔力。

未熟な俺が、一日分体内にため込める魔力量をすべて注ぎ込んだ。

三桁を超えては厳しいが、三桁手前程度なら大丈夫だ。

 

こいつを死なせるわけにはいかない……

 

もう二度と……自分にとって大事な人が死んでしまうのは嫌だから……。

モンスターワールドにて……振っておき、挙げ句の果てには二度と会えない状況にした俺が、言うべきではないのかもしれない。

独りよがりでも……わがままでも構わない。

俺はこいつに生きていてほしいのだ……。

その俺の感情が表に出ていたのかもしれない。

最初こそ顔を赤らめてとまどっていた美綴が、一瞬だけはっとした表情をすると、すぐに力強くうなずいてくれた。

 

「わかりました」

「サンキュ」

 

わかってくれたことが嬉しくて、俺は思わず礼を言っていた。

図式……というか流れで考えれば忘れ物をしたことになっている美綴が礼を言うべきだろう。

端から見れば滑稽に見えるだろうが、それでもそこは気にしないことにした。

 

さてと、最大の目的は達したので……

 

「小次郎、帰るぞ~」

「む、もうか?」

「出前と用事が終わったんだ。これ以上治外法権区に長居してたら通報されてしまうかもしれない」

 

というよりもすでにされていても不思議じゃないくらい程度の長居はしている。

怪しいことをするつもりはさらさらないが、通報されてもやっかいなので用事がすんだのならば早々に帰還しよう。

 

夜の部の仕込みもあることだしな

 

「それじゃな。美綴に士郎に遠坂凜。勉強しろよ~」

「さらばだ美綴。また明日な……」

 

ひらひらと、ぞんざいに背を向けた三人に俺は手を振りながらさっさと帰宅していく。

小次郎はてっきり渋ると思ったが、どうやらあちらも俺を抜きで行動するということをする気はないらしく、すんなりと俺についてきた。

しかしそれはどうやら……

 

「遠回りな逢瀬の時だな刃夜よ? もっと直接的に行けばよいのではないか?」

「……からかうな」

 

どうやら俺をからかうためだったらしい。

念話ですむことをわざわざ直接口頭で言ってきやがった。

ささやかな反撃として、俺はこの日帰ってからの昼食は激辛麻婆にしてやった。

俺も辛かったが、小次郎はそう言った刺激物には慣れてなかったようですごく効果があって、恨めしそうな目線を俺に向けていた。

 

「刃夜……兵糧攻めとは卑怯だぞ」

「相手がもっとも何をいやがるか。それを考えるのが戦いだ! 食べ残しは許さぬ。どうしても無理というなら首から下を地面に埋めて口から麻婆を流し込んでやるが?」

「……外道めぇ」

「そりゃステータス(褒め言葉)だ」

 

豆腐など飾りだ、麻婆の海の底に申し訳程度に沈んでいる……という神父感激の昼食をスタッフがおいしくいただきました。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「深山町の見回りですか?」

「そうだ、今夜から遠坂と二手に分かれて行動する」

 

それが深夜になって寝静まった家からこっそりと抜け出そうとしている、士郎とセイバーの最初の会話だった。

すでに凜とアーチャーは出陣していた。

 

「家の改装で少し問題があったらしいの。それの打ち合わせに言ってくるわ。帰りは遅くなると思うから」

 

誰もが納得できると言えなくもない嘘の理由を、さらりと言ってのけながら。

そして現界していないアーチャーを引き連れて、新都方面へと見回りを敢行していた。

それに対して、今現在半ば同居中の桜がいるため、桜が寝た後でなければ家を出ることの出来ない士郎とセイバーは手近な場所、衛宮家も存在している深山町の方を探索する方針となったのだ。

 

「確かに、ここ最近夜になると不穏な気配を感じますのでそれには賛成ですが……しかしいいのですか?」

 

明確に表現こそしなかった者の、それは桜のことを気遣っての言葉だった。

昨日も風呂場にて倒れたばかりだった桜。

今日様子を見た限りでは特に問題がなさそうだと判断したからこそ、こうしてセイバーに見回りを提案した士郎ではあったが……当然のように心配でないと言えば嘘になった。

だがそれでも……

 

「……あぁ。今日の様子を見る限りでは大丈夫だと思う」

 

士郎は見回りを選んだ。

桜のことは心配だが、それでも聖杯戦争による被害を恐れたのだ。

特にまだ存在していると判ったライダー。

ライダーが発動させた「鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)」。

それは、彼の最悪の記憶を呼び覚ました。

 

 

 

生命力を奪われて力なく倒れている同じ学舎の人間達。

 

 

 

それが……あの日の地獄の日々を呼び起こす。

 

 

 

それを思い出してしまっては……いてもたってもいられなくなったのだ。

故に士郎は桜の身を案じながらも、探索へと乗り出したのだ。

 

「それで、どの辺りに行くのですか?」

「……とりあえず足下を固めよう。足下をすくわれるのは避けたい」

「なるほど、確かに。注意深く観察すれば、何か判ることがあるかも知れない」

 

士郎の意見にセイバーも納得した。

彼女も無辜の民が被害を被るのを快くは思わない。

以前も見回りに行くことは彼女自身心の中で思っていたことだったが、それでも桜の体調、そして刃夜と小次郎の存在のせいであまり表だって行動をすることは出来なかったのだ。

少し前に辛酸をなめさせられたことを、彼女は忘れてはいなかった。

ちなみに見回りへと行く際に、刃夜と一時休戦を行った事をセイバーには伝えていた。

そうして見回りを開始する。

最初は順調に捜査が終わった。

聖杯戦争の真っ直中であり、夜と言うことも相まってかひどく不気味だった。

 

……何かあっても不思議じゃないな

 

士郎がそう思ってしまう、それほどまでに……。

 

 

 

そう言うのは……往々にして悪い物を引き寄せてしまう。

 

否、この場合は幸運と言うべきなのだろうか?

 

 

 

人を助けたいと思う……青年には……

 

 

 

 

 

 

「――――――っ!?」

 

 

 

 

 

 

その時、士郎の体内に走る魔術回路が魔力の波動を感じ取っていた。

その波動があまりにも大きな物だったが故に、彼にも感じ取ることが出来た。

 

「セイバー、これって!?」

 

そうしてセイバーを見ると、セイバーは鋭い目を、新都の方へと向けていた。

士郎よりも明確に感じ取っているのだろう。

己の勘違いでないことがわかり、一瞬だけ頭が真っ白になった。

 

こうなることを望んでいたはずなのに……

 

とっさのこととなると頭の中が一瞬だけ真っ白になってしまったのだ……

 

はじめからこうなることを……

 

 

 

正義の味方として戦えることを……

 

 

 

望んでいたはずなのに……

 

だが、士郎の頭は思考を停止し、体が動かなかった……

 

 

 

そのとき、先日見た切嗣の顔を思い出した……。

 

 

 

「いこうセイバー!」

「はい!」

 

その言葉と共に、一瞬にして魔力の鎧をセイバーが纏った。

そして士郎を抱きかかえて宙を舞った。

己だけの力では決して出せない速度に揺られながら、士郎は必至になって覚悟を決めていた。

 

戦場へと向かい、場合によっては相手を殺すための覚悟を……

 

そしてもしも相手がライダーだった場合……

 

 

 

自分の知り合いを殺すことになるかもしれないということを……

 

 

 

結局判明しなかったライダーのマスター。

それの存在が、士郎の友人である可能性を……刃夜から示唆されてから、ずっと考えていたのだ。

 

その友人と……自分は戦うことが出来るのだろうか?

 

と。

戦う覚悟が出来ていないわけではない。

だがそれでも……知り合いと戦うというのは勇気がいる。

 

 

 

相手を殺すかも知れないという……覚悟がいる。

 

 

 

それが出来るのか?

そう自問自答しながら……士郎はセイバーとともに現場へと向かっていった。

 

そして……その現場へと到着する。

 

その場所にいたのは、予想通りの一組の男女と……その女に抱きかかえられている存在。

その女は、抱きかかえている女の首筋に歯を当てていた。

それはまるで……伝説に登場する吸血鬼のようなものだった。

黒い装束を身に纏い、長い長い髪を垂れ流させているその女性は……

 

間違いなく、セイバーのエクスカリバーでとどめを刺されたはずのライダーだった。

 

最初こそ痙攣していたその女性は……今となってはぴくりとも動かなくなっていた。

それからすぐに食事が終わった……そう言うかのように、ライダーは女性の首から口を離した。

だが……士郎の目はその女性のことを見てはいなかった。

彼の瞳は……血を飲み終えたそのライダーの後ろにたたずんでいる……

 

一人の青年へと注がれていた。

 

 

 

「衛宮じゃないか? もしかしてライダーが行っているのに気づいて来たのか? それともただの偶然かな? それならおまえもずいぶんと運がないな」

 

 

 

その言葉を聞くのを、士郎の頭は拒否していた。

予想していなかった訳じゃない。

だがそれでも……自分の友人がマスターであることなど信じたくはなかったのだ。

 

それもそのマスターが……

 

 

 

間桐慎二だということを……。

 

 

 

「し……慎二」

 

 

 

そうつぶやき、相手を正確に認識しながらも……士郎の頭は未だに冷静ではなかった。

慎二が手にしたその本のような物が何なのか、それすらも魔術使いの彼には判っているのに必死になってそれを否定しようとしていた。

 

 

 

慎二が手にしたその書物……それは「偽臣(ぎしん)の書」といった。

他者(・・)の契約下にある従僕を一時的に従わせることの出来る書物だった。

さらにはこれを使用することで、ライダーの魔力も使用することが出来るという、素人には便利な代物だった。

 

 

 

つまりこの本を手にしているのは明確に……そして確実にライダーのマスターが慎二であることを物語っている。

それが判っているはずだというのに……士郎はそれを拒否した。

拒否していた。

 

それを……

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 

女性からこぼれた、断末魔というにはあまりにか細い声が、冷静さを取り戻させた。

暗いこの状況でも判る、女性の表情。

そして力なく垂れいているその四肢。

それが士郎の……正義の味方の意識を強制的にたたき起こした。

 

「むかつくことに、お前に僕の役に立たないライダーが破れちゃったから、こうしてお姉さんに協力してもらってたんだよ。魂食いを行ってさ」

 

まるで新しい遊びを見つけたとでもいうかのようにそう語る慎二。

その慎二を見て、士郎は先ほどまでの同様とは一変して厳しい目でにらみつけていた。

 

「……殺したのか、慎二?」

「あぁ? 何言ってんだよ。元々はお前が僕のサーヴァントを殺そうとしたんだからだろ!?」

 

士郎のその質問が心底不愉快だったのだろう。

慎二は顔を憎悪にゆがませながらそう怒鳴っていた。

その脇にたたずむ……ライダー。

その姿はまさに主人の命令を待つ忠実な僕だった。

主人の命令がなければ動こうとしない……。

そのライダーの姿を見て士郎は、はっとした。

己の意志では動こうとしないライダー。

そのライダーが先日、穂群原学園で……何を行ったのかを……。

 

 

 

生徒全員を喰らいつくすという悪魔のような結界を使用したのだ……。

 

 

 

それが誰の指示であるかなど……今のこの状況では考えるまでもなかった。

 

 

 

それを思い出して、士郎の心は決まった。

決意のこもった眼差しを……慎二へと向ける。

それで慎二も気づいたのか、にやりと……実に邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

 

「意趣返しって言うのが癪だけど……以前のままだと思うなよ! ライダー!」

 

 

 

慎二がライダーの名を叫ぶ。

それが開戦の狼煙となった。

ライダーの体が一瞬で沈み……十メートル以上もの距離を一瞬にして縮めてくる。

その前に……

 

「シロウ下がって!」

 

士郎の後ろに控えていたセイバーが躍り出た。

そして戦闘が開始された。

 

ギィン!

 

鉄鎖のついた杭と見えない剣が火花を散らす。

前回とは違い、ライダーはセイバーから離れようとはしなかった。

発動にどれほどの時間がかかるのか判ってはいないが、それでもセイバーの宝具を浴びてしまったのでその威力は身にしみてわかっている。

故にライダーは、開けすぎず近すぎずの中距離を保っている。

今は風を纏っているためにセイバーのエクスカリバーの姿は見えないが、遠目とはいえ一度目にした剣の間合いを計り損ねるほど……ライダーは愚かではない。

 

速い!

 

その機敏とも言える動きに、セイバーは翻弄される。

ライダーの武器は長い鉄鎖のついた杭。

故に中距離でも十分に攻撃が出来る。

だがセイバーの武器は剣。

刃夜の狩竜ほどの長さがないのは当然として、西洋剣でも長い部類に入るセイバーのエクスカリバーだが、それでもライダーの杭ほどの長さは当然のようにない。

半ば防戦一方になってしまった。

 

「く、くくく。アハハハハハハ!!!!」

 

防戦一方へと追い込まれたセイバーを見て、慎二が実に愉快そうな笑みと声を上げた。

その表情にはただただ、いたぶることに愉悦を感じている狂った感情だけがあった。

 

その笑顔はもはや士郎の知っている慎二の表情ではなかった。

 

「なんだよ! お前のサーヴァントはたいした事ないな! 僕のライダーに一方的にやられているだけじゃないか!」

 

狂気に満ちたその笑みを浮かべながら、慎二は高らかに哄笑した。

それは完全に相手を舐めきった証。

サーヴァントはサーヴァント同士で戦っている。

故にマスター同士で戦うことも不可能ではないのだが……そうであるにもかかわらず、士郎は動かなかった。

 

「そうだよ、本当はこれが正しいんだよ! 衛宮のくせに、僕にたてつこうとするから」

 

ただ……士郎はその目線を自分の友人へと向けていた。

あまりにも変わってしまった……自分の友人に対して。

 

……慎二

 

確かに以前から慎二は少し自尊が強すぎるきらいがあった。

だがそれは慎二の味であるということは……士郎がよく知っていた。

確かに士郎は性格が破綻していると言えなくもない。

だがそれでも、本当に嫌なヤツならば友人と言うことを言いはしない。

だからこそ……士郎は信じたくなかったのだ。

弓道部の人間がマスターだと教えられたとき……

 

慎二だけは違うと……

 

そう思っていたのだ。

なんだかんだで優しいところもある男だと知っていた。

だが……現実は目の前の男の笑みだった。

 

「これなら魂食いしなくても良かったかもな。この前やられちゃったから、今度はこっちがぼこぼこにしてやろうと思って、結構な数襲ったんだけどな」

 

!?

 

その言葉が……さらに士郎に追い打ちをかける。

一瞬それを否定したくなった士郎だったが……それを許すわけにはいかなかった。

 

正義の味方の……士郎が。

 

 

 

「今……なんて言った慎二?」

 

 

 

そばで剣戟の音が響いているにもかかわらず、その声は慎二の耳に届いていた。

そしてその声に、何かを感じ取ったのか哄笑をやめて、いぶかしげな顔をした。

 

「あ? 魂食いを行ったのは無駄だったっていったんだよ。楽勝じゃないか」

 

無駄だった。

慎二はそう言ったのだ。

そばに息も絶え絶えに倒れている……犠牲者を何人も産み出したというのに……。

その瞬間、士郎の怒りが頂点へと達しかけた。

が……その一瞬前に……。

 

ドッ

 

重たい何かが地面へと落ちる音がした。

その音にはっとして、士郎と慎二はほぼ同時に目線をそちらへと投じる。

そこには……

 

「……ぐっ」

 

倒れ伏しているライダーがいた。

見ればその体を大きな剣の傷が出来ており、そこから真っ赤な血を流していた。

そしてそれを斬ったその剣は、今はその姿をさらしていて……再び風を纏って不可視へとなった。

ライダーにはすでにみれている以上、剣を晒すことにはそこまで躊躇がない。

故にセイバーは、不可視にしている風を身体の方へと回して一時的に加速したのだ。

その加速に反応できずに……ライダーは体を切られたのだ。

 

「……な、何してるんだよ!? おまえは!?」

 

罵声が飛んだ。

セイバーを恐れているために動かないのか……それともただの道具が倒れただけとしか思っていないのか。

慎二はその場から動かずに叫んでいた。

 

「誰がやられていいなんて言ったんだよ! この僕がマスターなんだぞ! 無様な姿をさらして、しかも衛宮のサーヴァントに二度もやられるなんて!」

「っ……ぅ……」

 

自らの血の海に沈むライダーは、それを受けて必死になって体を起こそうとするが、起き上がれない。

明らかな致命傷だ。

このまま放置してしまっては力尽きてしまう。

だが……慎二にはライダーを癒す術がなかった。

魔術師ではない……彼には……。

 

「この、さっさと戦えよ! どうせ死んでいるんだから怪我なんて大丈夫なはずだろ!」

 

ひたすらにライダーを罵倒し続ける。

それでどうにかなると思っているのだろうか?

その光景を見かねたのか、セイバーが慎二へと言葉を放つ。

 

「ライダーを責める前に己を責めるがいい。いかに優れた英霊だとしても、主に腕がなければ実力を発揮させることは出来ない」

 

たった今己のサーヴァントを切り伏せたセイバーからの言葉は、威圧という意味では十分だった。

 

「ば、バカバカ早く立てよ! マスターを守るのがお前の役目なんだろ! だったらさっさと立ち上がって戦えよ!」

「今のライダーに戦闘は不可能だ。降伏しろライダーのマスター。我が主の言葉に従って敗北を認めて令呪を放棄しろ」

「!?」

 

その言葉は絶対に言ってはいけない一言だった。

だがそれをセイバーが……ましてや士郎が知っているはずがない。

それ故に慎二は最悪の一言を口にしようとするのだが……。

 

 

 

「そこまでだ。やはりお前では無理だったようじゃな慎二よ」

 

 

 

しわがれた老人の声が……その行動を牽制した。

そしてその言葉と同時に、ライダーの体が透けていく。

士郎とセイバー、そして慎二が弾かれるようにその声の方へと視線を投じる。

そこには……

 

 

 

杖をついた、和服を身に纏う老人が立っていた。

 

 

 

「やれやれ。見込みがないとはわかっておったのだが……これほどとは。孫かわいさにさせてみたが、これではもう諦めざるを得んな」

 

 

 

今までどこにいたのか?

その老人……間桐臓硯は、まるで夜の闇から出てきたかのように突然に出現した。

その存在があまりにも異質すぎて……セイバーが士郎の前へと歩みでた。

それは……主人を守護する騎士の姿だった。

セイバーはわかっていたのだろう。

 

間桐臓硯が……危険なことを……。

 

「お、おじいさま。まさか……ライダーを」

「わし以外に誰がおる。愚か者めが。ライダーを殺す気か? それでも貴様はわしの後継者か?」

 

ライダーは姿を消していた。

臓硯の言動を信じるのならば、ライダーを消したのは臓硯なのだろう。

手負いとはいえサーヴァントであるライダーを消した。

この事実は、臓硯が相当の腕前を持っているのを有していることを如実に語っていた。

 

おじいさま? 後継者? ってことは……慎二と桜の肉親か!?

 

だが士郎はそんなことよりも、目の前の老人の存在が驚きだった。

数年間、間桐兄妹と親交を深めていた士郎だったが、慎二の父親がいることは知っていても、祖父がいることまでは知らなかったのだ。

そして……目の前で行われた魔術行為。

それが士郎の中で、最悪の未来を想像させるには十分だった。

 

「な、ならなんで邪魔をしたんだよおじいさま! 僕は間桐の跡継ぎなんだ! こんなヤツに……衛宮なんかに負けたりはしない!」

 

そういって慎二は士郎をにらみつける。

そこには……ただそう言う言葉よりも、より深い憎悪が込められた視線だった。

だが老人はそれを一蹴する。

 

「痴れ者めが。お前程度の出来損ないに勝利など求めておらぬわ。貴様に求めたのは無力でありながらも挑んでいく一族の誇りよ。にもかかわらずそれすらも満足にこなせぬか。親子共々に一族の面汚しめ」

「なっ……僕がオヤジと同じだって」

「たわけ、それ以下じゃ。無能であったお主の父はさらなる不良品を作りおったか。間桐の血筋ももう終わりよな」

 

己の血統が終わりと言う臓硯に感慨はないのか、吐き捨てるようにそう言っていた。

そしてセイバーへと歩み寄っていく。

さきほどから油断していなかったセイバーだが、近寄ってきたことで更に警戒を強めて、その剣の切っ先を臓硯へと向ける。

 

「ほぉ。これではライダーが負けるのは致し方ないと言ったところかの。さぞかし名のある精霊とお見受けした。さて、そうなるとわしは死ななくてはならんようじゃな。あんなのでも孫であることには変わりない。しかしかといってただ逃がして欲しいというのではあまりにも虫が良すぎるというもの。この身に変えねばならんようじゃ」

 

その言葉と言動に、士郎は驚いた。

初めてあったこの老人が、よもや慎二を助けるために出てきたと思ったのだ。

だが実際は違う。

聖杯へと至るために駒がなくなるのを防ぐためだった。

だがあまりの憎悪で頭がおかしくなりそうだった慎二には……そんなことは関係がなかった。

しかしかといってこのまま飛び出していけば殺されるのはわかりきっている。

故に慎二は……かなり屈辱的な事であったが、それでも撤退した。

セイバーも士郎もそれに関しては何もしなかった。

セイバーの場合はそれどころではない。

慎二を斬りかかった瞬間にこの目の前の存在が何をするのかわからないために、士郎のそばから離れるわけにはいかなかった。

 

「ほ、見逃してくれるのかの? おぉそうか。あのような小物を斬っても得ではないとわかっておったか」

 

自らの孫をさげすむような言葉を言うが、それはあくまでも言葉のみ。

口調には、すくなからずの親愛の情が込められているように聞こえる。

しかしセイバーはそんなことに反応はしない。

ただひたすらに……臓硯へと視線を向けて、警戒していた。

セイバーの警戒もむなしく……士郎は臓硯へと話しかけようと歩みよった。

その前にセイバーが止める。

 

「士郎、何をする気ですか?」

「セイバーすまない。少しでいいから話をさせてくれないか?」

「いけません。この老人は人間ではない。話すこともなければ聞くこともない」

 

人間じゃない?

 

そう言われて士郎は臓硯へと視線を向けるが……そこまで変わったところは見受けられなかった。

だが普通ではないことは十分にわかっていた。

否、本能がそう告げているのだ。

 

あれは普通ではない……と。

 

だがそれでも、士郎には聞かねばならないことがあった。

 

「でも、それでも聞きたいことがあるんだ。頼む。すぐに終わらせる。それにもしもの時はセイバーがいるから大丈夫だろ?」

 

実際その通りだろう。

セイバーがいれば早々まずい事態には陥りがたい。

何せサーヴァントだ。

いくら普通ではないとはいえ、臓硯には正面からセイバーと戦う術を持っていない。

主の意志は固いと見たのか……セイバーは何も言わずに士郎へと背を向けて、臓硯の姿を注意深く見つめている。

それが話をする許可だと理解して、士郎は臓硯へと声を掛ける。

 

「あんたは……慎二と桜の祖父なのか?」

「その通りだ、衛宮の跡継ぎよ。聖杯が現れると言うことでわしも参戦しようと考えたがいかんせんもう歳じゃ。故に孫に檜の舞台を譲ったのだ。お主も魔道に連なるものならば、後継者に継いで欲しいと思うのは道理じゃろう?」

 

!?

 

次に掛けようと思っていた質問を先制されて士郎が息をのんだ。

だがそれでも聞かないわけにはいかず……言葉を続ける。

 

「魔術師……の家系なのか?」

「む、知らなんだか? 遠坂の小娘より聞いておると思っておったが……。遠坂と間桐はこの冬木に根付いておる。とはいえ……お主からも見ての通り、間桐の血筋はもはや完全に廃れておるのじゃがな」

 

その言葉で少し不安が安らぐ士郎だったが、それでもこれを聞かないわけにはいかなかった。

 

 

 

「なら、桜は!? 桜もマスターなのか!?」

 

 

 

これが士郎の聞きたかった事。

自分にとって家族に等しい少女の存在。

慎二と桜は兄妹だ。

故に慎二が、そして目の前の二人の祖父が魔術師であるというのならば桜も魔術師たり得る。

故にそれが聞きたくて、士郎はセイバーを説得してまで話をしたのだ。

それを……

 

「これは異な事を。桜がマスターとな? そんなことはあり得まい。どうやらお主の父親はまともに教育をせんかったようじゃの。魔術師の家系は一子相伝が基本(・・)。よほどの大家でなければ後継者以外に魔術を教えることはない。兄妹など最たるもの。跡継ぎは二人もおらぬ。間桐が廃れておらぬのであれば養子にも出しようがあったが魔術回路がないのでは話にもなるまい」

 

これがどれほどの虚偽と真実を織り交ぜた言葉であるのか……それを知る者はこの場にはいなかった。

士郎はそれを見抜く術を知らず……甘い、甘い果実(甘い嘘)へと食らいつく。

 

「なら桜は……」

「兄がマスターである以上、妹はマスターではない。間桐が魔道であることも知らぬであろうよ」

 

この回答にどれほど士郎が安堵したか。

慎二がマスターであったこと、間桐が魔術師家系であったということに問題は残るが、それでももっとも心配していたことに比べれば問題はなかった。

それほど心配する存在のことを、果たしてただの妹だと思っているのだろうか?

 

「さて、長々と話をしたがこれでよいかの? ライダーはもはや戦えまいて。慎二も明確に敗北した。今回の聖杯戦争は我が間桐は早々に敗退したということになるのじゃが、それでもこの老体を斬るかな? セイバーのサーヴァントよ」

「……そうであるのならば――」

 

戦いはしない。

そう言う矢先だった。

 

ボッ!

 

あらゆる存在を否定して、この場へと瞬時に近寄り……臓硯の胴体に巨大な風穴を開ける。

そしてその威力のあまりに、臓硯の体は分断された。

 

「「!?」」

 

いくら自分たちが標的になっていなかったとはいえ、攻撃が敢行されるまで気づかなかったことに士郎とセイバーは驚きを禁じ得なかった。

そしてその攻撃……凄まじい威力を秘めた矢が放たれた方向へと目線を向けると。

 

「衛宮君!」

「遠坂!?」

 

当たり前といえば当たり前だろう。

凜とアーチャーのコンビだった。

知覚できないほどの遠距離から放たれたその矢が、臓硯の体を分断したのだ。

凜は先行して士郎の元へと向かってきたのか、アーチャーの姿はない。

 

「遠坂、どうして!?」

「私もよくはわかってないわ。だけど……遠目から見てもこいつが異常がなのがわかったから攻撃したのよ」

「ぐ、ぬぅ……遠坂の小娘……」

 

その凜の言葉を決定づけるように……臓硯は上半身とか半身を分断されながらも生きていた。

普通ならばショック死していても不思議ではない衝撃だったというのに。

更に言えばその断面……血と内臓が飛び散っている中に、何かそれ以外の異質なものが地面へとまき散らされていた。

人体の構造に詳しくなくてもわかるほどに、異常なもの。

まるで人肉で出来た芋虫のようなものが……そこにはあった。

 

あれは……一体……

 

「同感だ」

 

あれはいったい何なのか?

そう考え終える前に士郎の耳に第三者の言葉が入ってくる。

それは頭上より聞こえたもので……士郎がそちらへと顔を向けるその前に、士郎の目の前にその存在が着地した。

 

「何を人外の化け物みたいなヤツと話している。こいつは生かしておくと必ずやっかいな罠を仕掛けてくるタイプだ。さっさとご退場願った方が無難だ。それにこいつは……おそらく使い魔の大本だ」

 

異様にながら木の棒を……狩竜を肩に携えながら現れた刃夜だった。

使い魔の大元……。

その言葉を聞いて士郎は臓硯の体の断面を見る。

断面は確かに人の臓器のようなものが見て取れたが……それ以外にも明らかに普通ではない虫のような物体があった。

普通であれば生きた人間の体の断面など、見れたものではない。

だがそれでも士郎は見れた。

見ることが出来た。

 

死を見慣れたこの青年には……

 

すらりと、刃夜は夜月を抜き放ち、臓硯へと油断なく視線を投じている。

その刃夜を守るように小次郎が刃夜の目の前へと現界した。

野太刀をすでに鞘から抜きはなっており、戦闘準備は万全だった。

 

「私にはあまりよくわかっていないが……体の断面を見れば一目瞭然だな。すまんなご老体。私もお主を斬っておいた方が無難だと思うので斬らせてもらう」

 

小次郎が野太刀の切っ先を向けて死の宣告を放つ。

更に弓を射ったアーチャーも凜に追いついて彼女の前に立って双剣を構える。

周りにはサーヴァントが三体に、サーヴァントに匹敵しうる人間の刃夜。

さらには魔術方面では天才と言っても過言ではない凜がそこにいる。

はっきり言って状況は絶望的だ。

しかしそれでも、臓硯は必至になって逃げようとする。

その体が両断されてなお、這っていく。

そこには間違えようのない執念があった。

 

孫に檜舞台を送ったと言い、間桐は敗北したと言った人間の執念ではなかった。

 

その執念を見て、ようやく士郎も相手があらゆる意味で普通ではないと悟ったそのとき……

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

今この場を……

 

 

 

闇が支配した……。

 

 

 

この場にいる全員がそれを感じ取り、動きを止めた……。

 

 

 

止めざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

その気配があまりにも禍々しかったから……

 

 

 

 

 

 

間桐臓硯すらも、死にかけている己の状況を忘れて愕然とする。

 

何か良くないものがそこにいる。

 

それを見ただけでも無事では済まない。

 

そうわかっているにもかかわらず……皆がそちらへと目線を向けた。

 

 

 

 

 

 

闇の陰がそこにいた……。

 

 

 

 

 

 

 

それは見たことのない何かだった。

 

何か禍々しい何かがそのまま陰として立体化したかのような……そんな存在。

 

だがそれでもそれはこの場において空間を支配していた。

 

生物であるはずがない。

 

しかしどこか人間を彷彿とさせるものだった。

 

それを見て士郎の脳裏には何故か……

 

 

あの日(八年前の火事の日)の光景がよぎっていた……。

 

 

 

月の光に電灯がともっているはずなのに……そこだけがまるで深海の闇のように静まりかえり、沈んでいた。

 

 

 

ゾクリ……

 

 

 

それが現れたと同時に、ひどく寒気を感じる事に、士郎は気づいていなかった。

 

ただその黒い陰だけが……揺らめくように揺れている。

 

目も口も……手も足もなく、体らしきものも見あたらない。

 

まるでおとぎ話に出てくる怪物のようだった……。

 

 

 

しかしこれはおとぎ話ではない……。

 

 

 

また怪物のよう(・・・)でもない……。

 

 

 

それは正真正銘の怪物だった……。

 

 

 

誰もが動くことの出来ない状況だった。

それがあまりにも異質な存在であったために。

士郎は己の中に浮かんだイメージと恐怖で、凜は戦慄で……。

セイバーとアーチャー、そして小次郎は魅入られたかのように固まってしまった。

しかしそれの存在を恐れつつも、それが原因でこの場において動いていない……動けていない訳ではない存在の人間が一人だけいた。

 

 

 

 

 

 

リィィィィィィィィィンンンンン

 

 

 

 

 

 

……狩竜が……嘶いている?

 

 

 

刃夜であった。

 

刃夜が動いていないのはその闇の陰が現れてより、嘶き始めた狩竜の存在に気を取られていたからだ。

 

 

 

嘶いているというよりも……共振……? ……憤り?

 

 

 

モンスターワールドにて煌黒邪神を突き穿ち、喰らった超野太刀狩竜。

 

それがまるでその闇の陰と共鳴しているかのように嘶いていたのだ。

 

それによって刃夜はそれがなんなのかおおよその予想がついてしまった。

 

 

 

思考に気を取られて油断していた……。

 

 

 

そう言ってよかった。

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

ただその場にいた。

そう言っても良かったその存在が何に反応したのか、いままでただ突っ立っていたその状態から唐突に、何か触手のようなものをのばして、それを刃夜へと放っていた。

それに気づくのが一瞬だけ刃夜は遅れた。

避けようと体を沈めようとする一瞬前に……自分の前に誰かが躍り出た。

そして……

 

 

 

ズリュ……

 

 

 

霊体とはいえ、およそ人体に接触したとは思えない……何か奇妙な音がその箇所より響いた。

そしてその接触した部分より……闇がその体を支配していく。

 

 

 

「……小次郎?」

 

 

 

そう、刃夜を庇ったのは……同じく野太刀を携えた……

 

 

 

 

 

 

小次郎だった。

 

 

 

 

 

 





再始動、するつもりで上げる、最新話

どうもあけましておめでとうございます
刀馬鹿です
一年間時間をいただいたにもかかわらず完結出来ず、さらにはほとんど話が進んでいないにも関わらず再始動します
目指せ完結!
可能であれば今年中に!

今日から仕事なんだ
だから感想という力を俺に与えて欲しい……

あ~仕事だよ
やだなぁ……

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