まぁこの次の話も分割した者になるのですがw
長いですが楽しんでいただければ何よりです
意識が覚醒して、士郎はゆっくりと目を開けた。
時計を見れば時刻はいつも起きる時間よりも少しだけ早い時間だった。
時計を見つつ……士郎はぼんやりと、昨夜起こった出来事を思い起こしていた。
……慎二
未だ心の整理が出来ていなかった。
何せ慎二がマスターだったのだから。
士郎としてはそこそこ仲がいいと思っていた。
確かに慎二は学校の連中には余り好かれていないのかも知れない。
だけどそれでも士郎は慎二のことは嫌いではなかったし、それが慎二の味であると思っていた。
だが聖杯戦争に関わった慎二は……士郎が知っている慎二ではなかった。
当たり前だ。
友人とはいえ全てをさらけ出す人間はそうは居ない。
士郎が自分が魔術師だったことを慎二に隠していたように……。
慎二も間桐が魔道の家系であることを隠していたのだから。
間桐……
それが士郎の目下もっとも心配していることだった。
そして臓硯がこうも言ったのだ……。
『遠坂の小娘より聞いておると思っておったが……』
それはつまり、凜は知っていたことを意味する。
故に……それを問いただそうとしたのだが……
「……明日にしてくれないかしら」
昨夜、帰路につきながら凜がそう言ってきたのだ。
いらだっていたこと、そして……それが何か重大なことに気づいて……士郎もそれ以上追求するのをやめた。
覚悟を決めなければならないのかも知れない
それが何の覚悟なのかまでは士郎もわかっていなかった。
それでも士郎は聞かなければならないと思ったのだ。
だが……
それは出来なかった……
あ……れ?
何故か汗だくだった体にも気づかずに……士郎は腕に力を入れて体制を崩した。
体の感覚が危うく、頭もふわりと……まるで何かに漂っているかのように不安定だった。
体がすごく気怠い。
それどころか力があまり入らず、起き上がることすらもできない。
そして体をよくよく意識してみれば……のども痛く、また熱かった。
だるい体を必至になって動かし、士郎は手を額へとやった。
あついな……
普段よりも熱くなっている己の額。
それで士郎はようやく今自分がどのような体調になったのかを理解した。
「風邪……か?」
疑問系になったのは士郎が今まで一度も風邪を引いたことがなかったからだ。
故に経験がないために、己の身体状況を鑑みてそう思ったのだ。
「だから……あんな夢――!?」
そこまで言ってようやく……士郎は自分が昨夜何を見たのかを思い出した。
体が熱くなるのは当然だと士郎は思った。
何せあんな夢を見たのだ……。
それこそ今顔が真っ赤であったとしても士郎は全く驚かなかっただろう。
何だってあんな夢を!?
あまりの事で士郎は気が動転していた。
当たり前だろう。
どちらの女子ともそれなりに親しい士郎だ。
それなりに親しい友人をそう言う目で見ていたということはないが、それでも綺麗だと思ったのは本当なのだ。
というよりも遠坂凜と美綴綾子はそんじょそこらの美少女という枠では治まらない。
それほどの……下衆な言い方をすれば上物である。
そう見てしまったのも別段不思議ではないし、この年頃の男の子であればそれも当然なのだが……士郎はそう思えなかった。
ふぅ~……落ち着け俺
自分に言い聞かせながら士郎はゆっくりと深呼吸を繰り返す。
するとその気配を……士郎が起きたのを感じ取ったのか……。
「シロウ、目が覚めたのですか?」
控えめに襖をノックして声を掛けてくる、隣室のセイバー。
護衛上、士郎の隣の部屋にはセイバーが寝室として使っている。
何せ今は殺し合いの真っ直中なのだ。
むしろ同室でないことのほうが驚きなのだ。
しかしそこは悲しいかな……思春期の男の子。
いくらセイバーがサーヴァントと言い張っても、セイバーはとても綺麗な女の子にしか見えないのだ。
士郎には。
「? どうしたのですかシロウ。寝っ転がったままで」
「……おはようセイバー」
安堵すると同時にやってきた、体のけだるさ。
そのため士郎は体を起こすこともせずに己を見下ろしてくるセイバーへと声を掛ける。
それに違和感を感じたセイバーがいつものように朝食を取りに来た大河へと知らせて……。
「……三十七度六分ね。士郎が風邪を引くなんてね~」
持ってきた体温計を片手に、大河は心配そうに溜め息を吐いた。
それに申し訳なく思いつつも、士郎はただじっと横になっているしかなかった。
何せ初めて経験した風邪はとてつもなく辛かったことを知ったのだから。
ちなみにこの場……士郎の寝室……には今現在衛宮家に連なる人物全員が集結していた。
セイバー、桜、凜に大河である。
事情を知っているセイバーと凜は心配そうに顔をゆがめ、事情を知らずとも士郎を慕っている桜が、それはもう心配そうに士郎の表情を見つめている。
「体はだるいだけ? 痛いところとかはないの?」
「……特には」
「あ~でも士郎は我慢しちゃうからなぁ……。薬もだしときましょうか」
ばたばたと、救急箱をひっくり返したりしている大河。
自分が剣道をやっていることもあって怪我などの手入れ等には慣れているのだろうが……こういった病気のたぐいにはどう対応していいのかわからないのだろう。
何せ大河自身、大して風邪を引いたことがないからだ。
といっても普通の風邪ならば対処方法など決まっている。
とりあえずひたすら寝ることだ。
「さんきゅ、藤ねえ。ごめんな。飯作れなくて」
しかしさすがは士郎。
こんな時にまでそんなことを考えていた。
その言葉を聞いた瞬間に、大河は動き……
ペチ
と、軽く士郎の額を叩いていた。
「バカを言わない。病人は休むのが仕事。だから士郎は寝てなさい」
本気でいっっているのは誰の目から見ても明らかだった。
だから士郎は心の中だけでわびて……この話を終わらせた。
「まぁともかく寝ていること。またいつものように鍛錬とかしてたら本当に怒るよ」
「わかってる」
「どうだか。それとご飯なら心配いらないから。桜ちゃんがおかゆ作ってくれたから」
桜が?
それには士郎は驚いた。
何せ一昨日とはいえ倒れてしまうほどに体が消耗していたのだ。
それなのに料理をするというのは……。
「はい、大丈夫です。心配いりません」
そう言って微笑む桜の顔に嘘はないように見受けられた。
しかしそれでも心配で、士郎は凜へと視線を投じる。
それを受けて……
「大丈夫みたいよ。私も最初は止めたんだけど……料理するって聞かないから。様子を見てたけど、きちんと出来てたから心配ないと思うわ」
それを聞いてようやく士郎は安堵した。
その行動をどう見られるのかも考えず……。
「とりあえず念のために今日は休みなさい。大事になっても困るし」
「え……と……」
その大河の言葉に士郎は思わず考えてしまった。
昨夜新都にて行った慎二とのやりとり。
あれによって慎二がどう出てくるのかわからないので警戒だけは緩めないと昨夜話したばかりなのだ。
それに士郎としてはどうしても……凜に聞きたいことが会ったのだが……。
「藤村先生の言う通りよ衛宮君。今日は休んだ方がいいわ。大丈夫。今日手伝ってもらう予定だったものはまた明日でいいわ」
凜が猫をかぶった状態でさも「心配しています」という慈愛に満ちた表情でそう言ってくる。
その言葉の内容はつまりは……慎二のことは任せろと言うことなのだ。
実際……凜は士郎にも伝えていなかったことを、本日行う予定だった。
この言葉を言った凜の内心がわかるはずもない士郎には……ただ慎二の事を任せることしかできない歯がゆさを噛みしめながら、うなずくしかなかった。
実際体がだるかったのも事実なのだ。
「それじゃ欠席届は出しておくからきちんと休むこと。セイバーちゃん、士郎が何かしないか見張っておいてね? この子、ほっとくと何でもしちゃうから」
「はい、そのつもりです。シロウを監視して食事を与えれば良いのですね?」
「……その通りなんだけど……物騒な物言いだね」
俺は囚人なのか?
思わずそう思ってしまう士郎だが……実際そうなることは士郎自身否定できなかったので何も言うことが出来なかった。
「それじゃ晩ご飯は精のつくものを買ってきた上げるからそれまでに体を治しておくように!」
「……」
?
張り切ってそういう大河の後ろで、桜がもの言いたげな視線をこちらに向けていることに士郎はようやく気がついた。
そしてそれに気づかぬまま、大河は話を締めくくって出勤していく。
「それじゃね~。おみやげを期待しているように!」
無駄に元気な大河を見送った士郎は再び自室へと戻ってすぐに倒れた。
縁側から見送ったというのに、体は思った以上に動かないことに士郎本人が驚いていた。
何かするだろうと大河に言われたが、この体調では結局も出来ないだろうと思って再び布団に入ろうとした。
しかしその前に、桜が士郎の自室へと入ってくる。
それに士郎は首を傾げた。
? もう七時半なんだけど?
七時半では部活がないとはいえもうでなければ遅刻してしまう時間なのだ。
「桜どうしたんだ? もうでないとまずい時間だろ?」
「……」
そう言うが何も言葉を返さず、桜はただ黙っていたままだった。
もの言いたげな表情のまま。
? どうしたんだ?
このままでは本当に遅刻してしまう。
そう思って再度声を掛けようとした矢先に……
「あの、先輩。私も残っちゃいけませんか?」
そう言ってきた。
残ると言うことは学校を休むと言うこと。
そこで士郎は一昨日の桜の容態を思い出した。
「もしかして桜もまだ熱があるのか?」
「そういうわけじゃ……ないです」
だったらなにさ?
士郎の見る限りではそこまで顔色も悪くないように見えた。
しかし桜はここに残りたいと言っている。
士郎の見る限りでは顔色も悪いようには見えない。
「その……ずる休みしちゃおうかなって……」
ずる?
何故ずる休みという単語が出てくるのか? 更に言えば何故ずる休みをするのか士郎にはわかっていなかった。
ここでそれがわからないところが……士郎が士郎たる由縁なのだろう。
「なんでさ? 体はもう大丈夫なんだろ?」
「……私のことはいいんです」
いや、よくないだろ?
「その……先輩が風邪をひいてしまったのって私の性だと思うんです」
「そうかな? 別にそんなことないと思うけど。俺最近夜に散歩しててさ。それで勝手に風邪ひいたんだよ」
夜の散歩。
あながち間違ってはいない。
まぁ目的にはだいぶ違いがあるが……。
「それでもいいんです! い、いぇっ! よくはないですけど……。私にその……先輩の看病をしたいんです。だから!」
ずる休みがしたい
その言葉こそ言葉にはならなかったが、さすがにそこまで言えば士郎も桜が何故突然そんなことを言い出したのかはわかった。
しかしそれでも桜にずる休みをしてまで看病してもらうのは気が引けた。
だがそれ以上に……内心で喜んでいる自分がいることに士郎は気づいていなかった。
気づいていなかったが……桜に看病を頼むのに士郎はあまり抵抗しなかった。
それは風邪を引いて弱っているからか?
それとも……――
「なら……頼んでいいか?」
「や、やっぱりダメですよね。ずるしてまで――」
断られると思っていたのだろう。
だが途中で士郎が何を言ったのかに気づいて、桜がうつむけていた顔を上げて士郎へと視線を投じた。
その瞳には確かな喜びの感情が見えていた。
「ほ……本当ですか?」
「あぁ。情けないんだけどこのままだと昼飯も作れないから……。桜が看病してくれたら助かる」
自分事を頼りにしてくれた。
その事実が桜の表情をぱっと明るくさせて、満面の笑みを浮かべる。
それこそ飛び跳ねるかというほどに。
「は、はい! 私、精一杯頑張っちゃいます!」
小躍りしながら桜が台所へと消えていく。
まだ準備には速いんじゃないだろうか? そう思った士郎だったが、あそこまで笑みを受かべている桜にそれを言うのは野暮だと思い、苦笑するしかなかった。
――――――――――――
桜がずる休みをしたことで登校したのは凜のみだった。
はずだった。
しかし彼女は……登校した振りをして、目的の場所へとたどり着く。
深山町にそびえる洋館の一つ、間桐家。
聖杯のために二百年前にこの町へと移り住み、同盟という関係を結んでいた古い魔術師の家系。
協力者という名目はあったが、それでも交友と呼べる存在ではなかった。
互いに互いが不可侵という盟約を持っているからだ。
「……」
しかし盟約を無視して凜は家へと足を踏み入れる。
互いに関わらないという盟約は十一年前に破られている。
更に言えば二百年以上前の盟約など、理由も内容も定かではないのだ。
それに……どうしても確かめなければいけないことが出来たから
だから……彼女はこの場へと足を運び、言いつけを破って侵入した。
堂々と玄関から突入する。
魔術の罠を警戒してはいたが、凜が見た限りそれはなさそうだった。
仮にあったとしてもこちらには超常の存在である
そうそうまずいことにはならない。
しかし……そうは思っても長年の習慣というのはなかなか変わらなかった。
「……そっか。お父様の言いつけ破ったの、初めてなんだ。私」
十年前に帰らぬ人となった己の父親にして師。
大好きだった父の言いつけを破ったことにそこまでの後悔はなかった。
だが、それでも……後悔が消えることはない。
「破るんだったら……もっと早く……」
その先の言葉を、凜はかみ殺した。
様々な感情がない交ぜになったまま、凜は間桐家を探索する。
そして、アーチャーが目的のものを見つける。
「凜、見つけたぞ。おそらく二階だ」
「二階?」
「あぁ。階段にしては狭いがおそらく地下へと通じているはずだ。ところで……」
気づいているか?
そう問おうとする相棒の言葉を凜は首を振って答える。
否定ではない。
そんな小物に相手をしている時間もなければ、そんな気分でもなかったからだ。
故に、彼女は話題を変えて気分を少しでも良くしようとした。
「あなたって、どうしてそんなに構造とかに詳しいの?」
屋敷を少し回っただけでその屋敷の正確な設計図を脳内へと描き、異質な空間である地下室への階段を見つける。
アーチャーの物の設計や、構造を把握する能力はずば抜けていた。
戦いの備えとして連れてきたというのに、それ以外のことでも十分に戦力となる存在である。
この場では恰好のからかい材料となってしまったが……
「なんて無駄な能力なんでしょうね?」
「減らず口はそこまでだ。暗くなっているから気をつけろ」
「……えぇ」
二人して口数が少なくなる。
それはただこの場の空気を余り吸いたくなかったからだ。
地下室へと通じているであろう通路を越えて……その場へとたどり着く。
湿った空気が、二人を包む。
その空気は……おぞましいほどに湿り、不快な腐臭だった。
蠢く闇。
その闇の中で……うごめいているおぞましい存在。
それを……凜はただただ無表情にそれを見つめていた。
「これが間桐の……マキリの修練場」
その声には……あらん限りの感情が込められていた。
腐った空気、それを更に腐敗させる死臭。
有象無象とうごめく虫たち。
壁面に埋め尽くされたその穴には怨念と憎念が込められている。
これが……彼女に与えられた部屋だった。
修練……ね
自分の考えに当てはめてしまった自分を凜は嗤った。
ここは鍛える物が根本的に異なっている。
人を鍛えるのではなく……有象無象の虫たちがその対象なのだ。
そしてその虫が……後継者を鍛え上げる。
貪るように……絡むつくように……。
それは自分とどれほど違う世界だったのだろう……
魔術師としての修練。
課題の困難さ。
刻まれた……魔術刻印の痛み。
後継者としての修練の厳しさで言えば、この部屋の後継者は凜の足下にも及ばない。
魔術協会が特待生として迎え入れようとしているほどの若き天才魔術師。
それが凜の実力を証明している。
彼女はそれに見合った努力と修練を行っている。
この部屋に巣くった虫たちを、彼女ならば半年も掛けずに統率できる。
それをしたいかどうかをは別だが……。
だが今のこの修練の仕方。
同じ修練の仕方を……虫にたかられ、まとわりつかれる、慰みものの修練を凜には耐えられない。
しかしこれを修練と呼ぶには無理があった。
むしろ拷問と言っていい。
肉体と魂に直接刻み、教え込む。
それが間桐の……マキリの継承。
間桐臓硯の嗜好。
その後継者になるということは、その責め苦を甘んじて受け入れなけれならない。
「……凜」
「わかってる。臓硯がいるわけがないわ。私が来る前からいなかったでしょうね。正体を表した相手がいつまでも同じ場所にいるわけがないもの。他に拠点もあるんでしょうね。とりあえず……ここには用済みね」
怒鳴り散らしたい……八つ当たりの衝動を抑えて、凜はその場を後にする。
不快さに耐えきれず……彼女が戻した物に虫が群がる。
地上へと戻った彼女は、こらえきれない衝動をぶつけるかのように、その人物へと声を掛けた。
「慎二。隠れても無駄よ。出てくるなら出てきなさい」
リビングの奥。
もう一つの隠し部屋にいた慎二。
「遠坂……お前!」
不法侵入といって差し支えない凜に慎二は怯えた。
自分が今絶体絶命の状況だと理解しているからだ。
アーチャーの有無だけではない。
仮にアーチャーがいなくても、凜だけでも殺すことも出来る。
普段の彼女ならばこの状況で慎二に声を掛けることはなかっただろう。
しかしそれでも……あまりにたまってしまったこの心の中の憎悪を、はき出したかったのだ。
凜に……自分に対して恐怖を抱いている少年に、凜は気づいていなかった。
「ふ、ふざけるなよ遠坂……。僕には話なんてない」
「あら? 同じ学校の同級生じゃない。遊びに来ても別にいいでしょ? それに……」
その先の言葉を、凜は必至になって呑み込んだ。
それに気づかずに……慎二は必至になって言葉を発した。
「笑わせるなよ。鍵を壊して入ってきて遊びに来た? 強盗だろ? ふん、父親が死んでから礼儀も何もないみたいだな」
それは精一杯の虚勢。
慎二にしては頑張ったと言っていいだろう……。
それが最悪の選択だったとしても。
「……そう見えた? それも悪くはないわ。盗む物なんてないけど……強盗って暴れ回ることでしょ? 今それをしてもいい気分よ……。私」
紛れもない冗談。
だがそれを発する笑いもしない凜の顔と雰囲気、そして怒りが、それを冗談ではなくしていた。
「ぼ、僕は関係ない! あの爺さんが何をしているなんて知らない!」
「……ならなんでマスターになったの?」
「それは……」
歯を噛みしめる音が慎二の口から漏れた。
それは絶対に言いたくない……知られたくない彼の秘事。
臓硯のことを知っていたのならば彼はすぐにでも教えただろう。
アーチャーだけでなく、今の凜は非常に危険だった。
それこそ……本当に殺しかねないほどに。
しかし……その秘密は、凜から見たらあまりにもちっぽけな事でしかなかった。
命を……それこそ本当に死の淵をのぞき込んでいる、凜にとっては……。
「言ってあげるわ。あなたは単に魔術師のまねをしたかっただけ。だから聖杯を望んだ。魔術師になるために。それ以外に目的もなく、あなたはただ自分の無力な姿を隠したくて、手に入れることも出来ない証をほしがった小物よ」
そう、断言した。
「おまえ!?」
「あら違った? 間桐の家に生まれながら魔術回路を持たなかった。でもそれはあなたのせいじゃない。冬木の街に根付いてからだんだんと魔術師としての力を失っていった。だけどそれを受け入れずにあなたはソレに固執した。特別であることを望んで、自分に与えられるべきだった特権にすがるしかなかった。それが小物でなくてなんだというの?」
それはどうしようもないほどの事実であり、それ故に残酷だった。
「知ったような口を! 僕が魔術師になれないだって!? なんでそんなことがわかるんだよ!」
自分の望みを否定されて慎二は恐れも忘れて声を荒げた。
その醜さが……だだをこねているだけにしか見えず、更に彼女の怒りを加速させる。
それ故に……慎二にとって耐え難い事実を……彼女は言葉にした。
「才能がないもの。衛宮君と違ってね」
「――ぇ?」
突然の名前に、慎二は一瞬だけ怒りも忘れた。
あまりにも予想外だったからだ。
ここで衛宮士郎の名前が出てくると言うことが。
魔術師の……特別な家系でもない、マスターとしてもふさわしくないはずの存在。
だが現実は違い、士郎はセイバーを従えている。
それだけでも度し難く、許せないというのに、遠坂凜の口から衛宮士郎の名前が出ることは許せなかった。
「彼は強い。悔しいけど……私よりもある意味で強いわ。魔術師としては才能があるとは言えない。だけどそれ以上に大切な物が彼にはある。自分以外のために先を目指し、他者を顧みる。そして……自分が嫌いな者」
凜もうすうすと、士郎がどこか壊れているということを察していた。
だがそれでも彼女はそれに触れず、共に過ごしていた。
聖杯戦争を勝ち抜くために。
だがそんなことを知らない慎二にとっては、不快でしかない言葉だった。
「あ、あいつよりも僕が劣るだって!? あいつにあって僕にないものなんてありはしない!」
激昂して紡がれたその言葉。
それを聞いて凜は怒りを通り越して呆れてしまった。
怒りの余り彼女も冷静ではなかったのだ。
この場で……慎二を相手するべきでは……
なかったのだ。
「言っても無駄だったみたいね。少しは責任を取ってもらおうかと思ったけど……その価値すらないわね。悪いことは言わないから、早く協会に行きなさい」
そう言い残して、凜はリビングを去っていく。
間桐慎二というマスターを敵とすら認識せずに……。
その凜の態度、そして言われてしまった言葉が、慎二の胸中に渦巻いていた。
僕が……衛宮に劣る?
内心で繰り返す言葉には、憎悪しかない。
だがそれでもここで凜を追いかけて襲いかかるほど慎二は愚かではなかった。
そして……その怒りの矛先は、この場にいない人物へと向けられる。
「クックック、アハハハハハ」
暗く、暗く、笑う。
哄笑を上げ続けて……ゆがんだ笑みで慎二は笑った。
それは暴かれてしまった……閉じこめていた感情を暴露された者の憎しみの笑み。
恐怖によって乾いていた唇を舐めて……彼はこういった。
「ようするに……あいつがいなくなればいいんだろう?」
――――――――――――
時間が経過し、すでにお昼と言っていい時間にさしかかった。
一度も風邪を引いたことがなかった士郎としては非常に珍しい経験……昼まで寝ているという状況に、さすがに飽きて来た頃だった。
……暇だ
桜お手製のおかゆを食べ、さらにはほとんど寝ていたこともあり体はだいぶ回復した。
激しい運動は難しいかも知れないが、それでも普段通りの生活を送るのには何ら支障のない程度まで体は元気になっていた。
故に暇をもてあますのも何なので……士郎が布団から起き上がろうとすると……。
『ダメです! 先輩は熱が下がるまで安静にしていてください!』
と、どうやって察知したのか台所から桜が飛んできて士郎を布団へと縛り付けていた。
桜のやる気満々さ、朝飯と昼飯を作ってもらったこと、それにまだ体も本調子ではないことからこうしてまだ布団に横になっている。
ちなみにセイバーも居間にいる。
警護という名目で最初こそ部屋の片隅にいることを主張していたのだが、桜もいる状況で部屋に二人きりというのは危ない誤解を招きかねない。
「先輩、入っても大丈夫ですか?」
「あぁ、桜。大丈夫だよ」
部屋の前で桜から声を掛けられて、士郎は身を起こした。
その手には念のためなのか薬と水の入ったコップを持っていた。
「体の方は大丈夫ですか?」
「あぁ、桜のおかげで熱は下がったみたいだ。体はまだだるいけど、この分ならもう大丈夫だと思う」
「良かった。ならもう薬はいりませんね。後はご飯をしっかりと食べてちゃんと寝れば大丈夫です」
持ってきた薬とコップをおいて、桜は隣室へと足を運んで新しい布団を敷いた。
その行動に、士郎は首を傾げる。
「なにしてんだ?」
「新しいお布団に変えないと。先輩ずっと汗をかいていたんですからそろそろ変えないと気持ち悪いかなって」
布団を手際よく敷きながらそう言ってくる。
さらには布団の他にも新しい寝間着を用意した。
布団の場所も寝間着の場所も把握しているというのは……正直どうなんだろうか?
「でもその前に着替えた方がいいですね。私はお布団干してきますからそれまでに汗を拭いて着替えておいてくださいね」
そのあまりにも手慣れた行動に士郎は驚くしかない。
完璧な看護ぶりだった。
手慣れてる、気が利くとかいうレベルの事ではなかった。
しかもそれを自然と行っている。
「遺伝子だ。きっと遺伝子にそう言った能力が備わっていたんだな」
「? 先輩、何か言いました?」
「言った。その……不謹慎かも知れないけど、桜に看病してもらって良かった。見直しちまった」
普段料理をしているだけではわからない、気遣いと優しさ。
今、桜が士郎に対してしている看護には確かにそれがあった。
士郎からの言葉に一瞬だけ顔を赤らめて……だけどそれを見せないようにして桜は胸を張った。
「当然です! だって一年半もここに通ってるんですから。先輩のおうちの事は全部わかってます」
ふふーんと、鼻歌でも歌いそうな陽気さだった。
その表情がかわいらしくて、士郎も思わずにやけてしまいそうだった。
「そっか。なら任せた。ご厚意に甘えて病人らしくしてるよ」
「はい、任されちゃいます。布団干し終わったらリンゴを剥きますんでちゃんと寝ててくださいね」
今まで士郎が寝ていた布団一式を全て抱えて、桜は廊下へと出て行く。
それを見て、再度驚く。
「うわ……力あるんだなぁ」
冬用の布団一式なので決して軽くはない。
それを全て持って行ったのだからその腕力は押してしかるべきだろう。
張り切ってくれていることにくすぐったさを覚えながら、士郎は用意してくれたタオルで寝汗を拭いてから寝間着を手にとって着替え始める。
それから程なくしてリンゴを持って戻ってきた桜からありがたくリンゴをいただいた。
そしてさすがに暇になって身を起こそうとしたら……
『無理しちゃダメです先輩』
そう言って怒られて、未だに士郎は布団に寝っ転がっていた。
しかしある意味で考えるのには都合のいい時間だった。
……桜
魔術師の家系だった間桐。
その家の娘である桜。
切嗣よりまともな教育を受けていない士郎では、桜が魔術師であるかどうかなど、見た目で判断することはかなわなかった。
だからこそ凜と話がしたかったのだが……その凜は今間桐家へと足を踏み入れている。
携帯に電話することも一瞬だけ考えたが……凜が登校したと思っている士郎には、授業中だったことも考えて電話をすることはできなかった。
また桜に会話を聞かれても困る。
故に……思考の論点は、あの黒い陰へとなるのにさして時間はかからなかった。
何故……俺はあれを懐かしいと思ったんだ?
あの黒い陰を見てふと胸に去来した……懐かしいという感情。
それが何を意味するのか……士郎にはわからなかった。
そして、あのときの回想で出てきた……黒い太陽。
あれを見た覚えを、士郎はなかった。
だが……それはあくまでもパニックに陥った当時の自分が覚えていないだけで、見ていないという保証にはならない。
だが……それがわかったところでどうにもならない。
ただわかることはただ一つ……
あれを……放っておくわけにはいかないよな
「先輩? どうしたんですか?」
そうして考え込んでいると、桜が再びやってきた。
考え込んでいた頭を軽く振って士郎は思考を中断した。
聖杯戦争と関係がないはずの……桜に心配を掛けたくなかったのだ。
「なんでもないよ。掃除は終わったのか?」
先ほどリンゴを持ってきたあと掃除をすると言って掃除をしてくれていた。
客人扱いである桜にそんなことをさせるわけにはいかないと思ったのだが……押し切られてしまった。
「ごめんな桜。桜だって病み上がりなのに。掃除まですることないぞ」
「そんなことありません。ここで朝ご飯も夕ご飯も食べさせてもらっているんです。お掃除するのだって当然です。私だって……」
この家の一員なんですから……
遠慮がちに……そうでありたいと願うように、小さな声で桜はそうつぶやいた。
それを聞いて、士郎ははっとした……。
「そうだった。俺も桜も藤ねえも家族みたいなもんだよな」
「え?」
「……遠慮して悪かった。その……助かるよ」
すまんと、そう謝って反省する。
その姿勢を見て、桜はわずかに驚いたが……すぐに嬉しそうに微笑した。
「はい。先輩は少し人のことを大切にしすぎだと思います。もっと頼ってくれてもいいんです」
そう言いながら、乱れた布団をかけ直す。
そこでようやく士郎は普段使ってないはずの布団から、ほこりが余り立たないことに気がついた。
いつもこの家が綺麗だったこと。
使わない部屋も多数あるというのに、それは気がつけば掃除や手入れがされ、まるで……切嗣がいた頃のように生活感があった理由。
学校の後輩であり、友人の妹。
きっかけはほんの些細なことでしかなかったこの少女は、自分に以上に家を守ってくれていたのだ。
当たり前すぎて……そしてあまりにも自然にやるものだから気づくことが出来なかった。
大河と士郎だけでは作れない者を……この少女は持ってきていたのだと、士郎は気づいた。
「……」
ぼんやりと、桜の顔を見上げる。
幸せそうに看病してくれる桜の笑顔が、士郎の胸を暖かくしてくれて、眠気を誘ってくる。
このまま眠ってしまおう……そう思ってまぶたを閉じて意識を手放しそうになったそのとき……
「けど……そんな先輩が私は大好きです」
そんな言葉が士郎の耳に入って意識が一瞬にして覚醒した。
寝ぼけていたが故に、しっかりと聞いていたが、それが本当であるかどうかわからなかった。
故に驚きの声を上げる。
「ぇっ?」
「せ!? 先輩!? 起きてたんですか!?」
ダダダダと、よくぞ転ばないなというほどの勢いで桜が下がっていく。
その反応が、先ほど聞いた言葉が嘘ではなかったと証明しているもので……。
士郎と桜、二人そろって顔を赤くする。
「な、何も言ってないですよ!? 私は何も言ってません! た、ただその熱を測ろうかなって! ただそれだけで……」
あたふたと体温計を取り出して、士郎へとがばっと襲いかかるように覆い被さってくる。
突然のあまりの行動だったのだろうが……それが墓穴を掘ることになる。
「せ、先輩! 熱を測りますよ!」
片方の手で士郎を押さえ、もう片方の手で体温計を持っている。
その体制では当然密着と言っていいほどの物になり……
ふにゃん
と、男にはない女性独特の感触が、士郎の腕に伝わってくる。
「……ぁ」
その感触が……あまりにも甘美で柔らかく……
昨夜の夢を思い起こさせる。
……!?!?!?
一瞬にして士郎の脳が沸騰した。
思い出してはいけないはずのその夢を、あまりにも生々しい桜の胸の感触によって呼び起こされ、理性が吹き飛びそうになった。
それを回避すべく……
「わ、待った! 桜待って!」
「え? きゃっ!?」
少々乱暴ではあったがそれを気にしていられるほど士郎に余裕はなかった。
ごろごろと体ごと転がって、部屋の壁にぶつかるほどの勢いで転がって桜から離脱する。
「あの……先輩?」
「桜、すまん熱を測るのは自分でやる! だからこっちに来ないでくれ! でないと昨日の夢が――!」
そう言っていると更に記憶が鮮明によみがえってしまう。
それによって更に士郎の顔が真っ赤になり、体温も急上昇する。
すると……
「昨日の夢?」
これほどおかしな態度を取られてしかも夢と言われれば、その内容が気になってしまうのは仕方のないことだろう。
そして未だ冷静さが戻っていない士郎は、夢がどのようなものかを話してしまう。
「あ……ぅ、そ、そのだな? たちの悪い夢を見たんだ。出来れば思い出したくないっていうか思い出しちゃいけないっていうか……。と、ともかく今はそっとしておいてくれ。別に桜が悪い訳じゃない。単に俺が修行不足ってだけだ」
「修行不足……ですか?」
首を傾げながら桜がぽかんとする。
まぁそれも仕方ないことだろう。
支離滅裂……とまでは言わないが、一連の動作はあまりにも変である。
そして……そんなことを言われたら気になってしまう。
「その……どんな夢を見たんですか?」
さすがに少し心配したのだろう。
桜が真剣に夢の内容を聞いてくる。
だがそれに答えるわけにも行かない訳なのだが……自分の身を案じてくれている相手を邪険に出来る程、士郎はまだ人として終わっていなかった。
……事実だけ述べて終わりにしよう
「夢に誰か出てきたんですか?」
「いや……その……と、遠坂が出てきて」
焦っていた……そして羞恥にもだえていた士郎は桜の表情を見ていなかった。
故に気づかなかった……。
凜の名前が出てきた瞬間に……冷たく、無表情になった桜の顔を。
「そうですか……遠坂先輩が」
「あ、あぁ。最近うちの家の女性比率が多くなったから変な夢を見ちゃったんだと思う」
見ていないから、ありのままとは言わないまでも、言わなくていいことまで言ってしまう。
桜に対しては誠実でいたいと考えての回答だったが……それが間違いだったということは、桜のこの能面のような表情を見ていれば気づけたことだった。
だが、それでも士郎は見なかった。
見ることが出来なかった。
「わかりました……。ならとりあえず体温だけでも測っておいてください。失礼します」
そして、その表情と暗い感情を胸に抱いて、桜は士郎の自室から出て行く。
その足音は……先ほどまでの暖かさは消えて、ひどく冷たく重い足音だった。
――――――――――――
ドウシテナンダロウ?
ドウシテ……ワタシヲミテクレナインダロウ?
ドウシテ……トオサカセンパイヲ……■サンヲミルンダロウ?
ドウシテ……
ナンデ……
――――――――――――
「「ごちそうさま」」
「はい、お粗末様でした。二人とも綺麗に食べてくれましたね」
昼食のうどんを食べ終えて、士郎とセイバーがごちそうさまを唱和する。
それを聞いて調理人である桜は嬉しそうに微笑んでいた。
そしてそのまま昼食の後片付けを行う。
「シロウ、体は大丈夫ですか? 顔色がまだ悪いようですが? 昨夜の戦闘であなたに負担を強いるような行動を取った覚えはないのですが、魔力がほとんど枯渇しています」
桜が離れたことでひそひそと内緒話をするセイバーと士郎。
内容が聖杯戦争の内容なのでそれもある意味で仕方のないことだが……かなり近づいての会話なので、士郎としては少し気恥ずかしかった。
「魔術師にとって生命線とも言える魔力が不足している。あの黒い陰に触れたことで魔力を根こそぎ持って行かれたのかも知れません」
……そうなのか?
確かにあの黒い陰に触れたことで体調がおかしくなったのは事実だった。
だが少なくとも半日寝ていることで回復できたことで士郎としてはそこまで深刻視していなかった。
故に、セイバーの心配に対して士郎は士郎らしい返答をする。
「体は元気なったし問題ないさ。魔力だってきちんと飯を食ってれば直る。俺の魔力量なんて大してないけど……夕飯も食べれば大丈夫だ」
実に楽天的というか……自分を蔑ろにした回答である。
それを聞いてセイバーが呆れていた。
「はぁ……。あなたは本当に。桜の言うとおりですね。シロウはどうも自分を蔑ろにしている」
再度溜め息を吐いて、セイバーが食器を片付け始めた。
「桜に渡せばいいのでしょう? シロウはテーブルを拭いていてください」
「あ、あぁ。頼む」
そのまま台所へ持って行く。
「桜。食器はここでいいですか?」
「あ、セイバーさん。ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ感謝します。今の昼食も朝食も美味でした」
「そんなことないですよ~。おかゆとおうどんはまだ先輩の独壇場ですし」
二人で和気藹々と言うべきなのか、仲が良さそうに話す。
それを見て士郎は少し意外に感じていた。
……仲悪くはないんだな?
昼食に話はでたが、どうやら掃除を二人で行ったらしい。
それを聞いて士郎は少しだけ安心していた。
あまりにも唐突にセイバーがやってきたので桜がどう思っているのか不安に思っていなくもなかったのだ。
だが今の様子を見ればそこまで心配することはなかったと思えた。
……食後のお茶でも入れるか
少しだけジェラシーを感じながら、士郎はこの後の食後のひとときを考える。
といっても、仮にこの状況でセイバーがおらず桜と二人きりだったならば、それはそれで困った状況だっただろうが。
……食後の運動にでも和菓子でも買ってくるか
さすがに一日何もしないというのは、士郎としてあまりにも今までの生活とかけ離れていた。
故に……一言で言えば馬鹿なことに……士郎は商店街へと繰り出してしまう。
さすがに二人にばれたらまずいと思っているのか……こっそりと抜け出す。
一応書き置きだけはおいていく。
そして商店街へと繰り出して偶然大判焼きの屋台を見つけて、士郎はそれを少し多めに購入した。
ちなみに桜の好物だったりする。
大河もいるから数は多かった方がいいと思ったのだが……それ以外にも理由はあった。
「……いない……か」
士郎が大判焼きを購入し、そして更に暖かいペットボトルのお茶を購入して、公園へと足を運んだ時の言葉だった。
団地の中にある、というよりも団地に囲まれている小さなその公園。
そこで士郎は、冬の妖精のような少女と……言葉を交わしたのだ。
マスターと同士としてではなく、人間として……
……おみやげが無駄になっちゃったな
それがもう一度出来ればと思い、こうして足を運んだのだが無駄足だったようだった。
このままここに居座っても意味がない。
そう思って士郎が立ち上がろうとしたとき……ようやく士郎は気がついた。
「あれ……?」
足が動かないことに。
それどころか視界もおかしな事になった。
世界と切り離された、というべきなのか。
これが人為的なものであり……最悪な事態だと言うことはさすがの士郎もすぐに理解した。
だが理解が出来ただけで士郎にはどうすることも出来ない。
令呪へと願い、セイバーを召喚するその一歩手前で……
「な~んて? びっくりした? シロウったらすきだらけなんだも。おもしろかったからからかっちゃった」
その壊れかけた視界に銀髪の妖精が飛び出してくる。
そしてそれと同時に一瞬で世界が元に戻った。
犯人がぴょこりと、士郎の後ろから出てきた。
「内界だけで解呪できないようじゃだめなんだから。これだとまだまだ先は長いよ、シロウ」
その表情は悪戯を成功させて喜んでいる子供と、おねえさんぶって得意げになっている二つの感情が込められていた。
が、一瞬本当に命の危機を感じた士郎としてはそれどころではない。
「イリヤ! いきなり何を!? 後ろから不意打ちは卑怯だろ!」
「む、いきなりじゃないもん。さっきから隣に座ってたよ。なのに気づきもしないで帰ろうとするから今のはシロウがわるいわ」
「いたのか!?」
「隠れてたけど、そこまで強力な魔術は使ってないわ。いくら何でも油断しすぎ。魔力をぶつけただけのお粗末な呪縛でとらわれて、もっと周囲に気を配りなさい」
まったくと、むくれながらそんな忠告を告げられる。
が、それに関しては全く持ってその通りだろう。
言っていることはもっともだったので……というよりももしもイリヤ以外のマスターだったらこの場で死んでいることになるのだが……士郎は素直にうなずいていた。
「わかればいいわ。でも、どうしたの? 体の中はからっぽなのに出歩いて。休むなら家でいた方がいいと思うけど」
「いやここにいたのは、イリヤに会おうともおもったんだ」
「――――――――――ぇ?」
その言葉に、イリヤは心底驚いていた。
何故驚くのだろう? そう思いながらも士郎は話を続けた。
「友達になったんだよ……な? だからまたここに来たら会えるかなって思って」
実際士郎に戦う気はなかった。
たったさっき、それこそ殺そうと思えばイリヤは士郎のことを殺すことが出来たのだ。
士郎もさすがにそれは理解していた。
なのにイリヤはしなかった。
そして先日同じようにここで話すときに、彼女が言った言葉。
友達。
その言葉が嘘には思えなかったので、士郎はここに来たのだ。
真っ白な……それこそ雪よりも純白と言っていい……
この少女に会いに……。
「ほら、お菓子も用意したし」
そう言って士郎は半ば強引に大判焼きをイリヤに差し出した。
何故か驚き、そして苦しそうにしている少女を見ていられなくなったのだ。
だから……何のとりとめもない事を話をしたいと思ったのだ。
イリヤもお菓子を差し出されて、そして士郎の邪気のない笑みで安心したのか、二人は少しだけ、この公園で話をした。
ちなみに余談が……
帰宅したときに二人の女性に激怒され、こっぴどくしかられたのは言うまでもないことだろう……。
――――――――――――
「……よし」
俺は……自分の思いにけじめをつけるために、あえて言葉を出して、それをしまった。
俺が手にしてしまったもの……それは暖簾だった。
……慣れないものだな
約一年。
この冬木という街で俺は料理を作っていたのだ。
まさかここまで時間がかかるとは俺自身予想もしていなかったが……それでもここで料理人として働けたことは嬉しかった。
本日の夜……つまりはこの時間より、俺は和食屋(二号店)をたたんだ。
雷画さんにも直々に説明に伺い……許可をいただいた。
突然の謁見でありながらもそれを許してくださり、さらには店を畳むことを心よく快諾してくれた。
さらにはありがたいことに……店として使用しなくてもそのまま家として必要なだけ使っていいというお言葉までいただいた。
……何が何でも果たさなければならない
この地にてやるべき事を。
それが最大の恩返しになるということを、すでに雷画さんから承っている。
ならば……それをしない理由はない。
約一年……どれだけの料理をここで作ったのやら……
一日の大半をここで料理人として過ごした。
料理を作った量で言えば……モンスターワールドとでは比べものにならないだろう。
まぁ……その分と言うべきか、鉄を打つことが全く出来ていないのが痛いが……
モンスターワールドでは好き勝手に打てたものだが……別世界とはいえ法治国家の日本で登録もしてないで鉄を打てばそれだけで違法だ。
即刻逮捕。
むろん逃げ切れる自信はあるが……それで逃げても意味はなし!
あ~……意識したら鉄打ちたくなってきた……
日頃の忙しさがそれを忘れさせてくれていたというのに……
だが、悲しきことに今はその日頃の忙しさも……
鉄を打つという欲求も……
今の俺にはかすんで見える……
……それは言い過ぎだな
かすんで見えるとまでは言わない。
だがそれでも……やるべき事が出来たのだ。
やるべき事がついにわかったのだ。
ならば……俺がすべきことはただ一つ。
どうにかしてあの黒いのをぶった斬る!
もはや二度とこの土地では暖簾棒にならないであろう……というかもともと暖簾棒にするべきものではないのだが……狩竜を握りしめる。
今宵も……こいつは嘶き、うずくように震えていた。
……果たして一体何が相手やら
まぁこいつが嘶いている時点でどんな存在かはある程度はわかっているのだが。
それに一度対面している。
それだけで、あれがどういうものなのかはすでにわかっていると言っていい。
しかしここで問題が一つ。
……どうしたものかな
どんなものかはわかっているのだが……こちらには対処の方法がない。
というよりも有効打がないといっていい。
さらに言うのならば弱点がわかっていない。
龍刀【劫火】は当然のこと、龍刀【朧火】だって使えないこの状況で……俺は果たして煌黒邪神のミニチュア版? のような存在にどうやって対抗するべきなのか?
……充当に考えれば狩竜でどうにか出来るんだろうが……未だにこいつがどうなったのかは未知数だ
煌黒邪神を吸収したことによって変化したこの超野太刀。
出来れば狩竜にどういった変化が起きたのかを知りたいところだが……それを知ることは出来そうにない。
なにせようやく反応したのだから。
そして反応したというのならば、これが切り札になる可能性は大いにあり得る。
余りぶっつけ本番ってのは好きじゃないのだが……
まぁそれを言えば龍刀を使用したのは間違いなくぶっつけ本番だったのだが……。
しかし少しでも勝利=帰宅を確実にするためにも、不安要素は取り除いておきたいことが本音である。
黒い陰も大事だが……先にやるべき事をしておこう
黒い陰が出現し、小次郎を失ってしまった。
皮肉にも小次郎がいなくなったのとほぼ同時に狩竜が覚醒したが……戦力比は大きくマイナスになっているだろう。
そしてあの虫の大本とも言える臓硯の存在もあるのだ。
放置しておく訳にはいかなかった。
さて、うまくいくといいのだが……
何とか丸め込まなければいけないので、俺は必死に頭を巡らせて、柳洞寺へと向かった。
――――――――――――
「あの黒い陰を打倒する」
それが帰ってきた凜と士郎の間で決まった出来事だった。
あれが明らかに普通ではないことは士郎にもわかっていた。
故に士郎としてもそれを反対する理由はなかったのだが……士郎としてはどうしても聞きたいことがあった。
『遠坂の小娘より聞いておると思っておったが……』
昨夜臓硯の言った言葉。
そこに出てきた遠坂と間桐の関係。
昨夜は状況が状況だったために聞くことがかなわなかった。
だからこそ、今夜……聞こうと思っていたのだが、下校してきた時凜の機嫌があまりにも悪かったのだ。
思わず声を掛けるのをためらってしまうほどに。
それは夕食時には少し落ち着いていたが……それでも大河は獣の本能で察したのか、凜には極力声を掛けていなかった。
更に夕食が終わってさっさと探索……表向きは改装工事の相談……に言ってしまったのだ。
故に、今日話したかったことのほとんどを、士郎はすることが出来なかった。
「シロウ? 今日はどうしますか?」
「……ごめん、セイバー。呆けてた。とりあえずこっちを見回ろう」
深夜といってもいい時間帯になった冬木の街。
新都は前回同様凜が見回りを行う事になっているので、士郎は住宅街である深山町を見回ることを提案した。
セイバーはそれにうなずいた。
恰好こそまだ鎧甲冑を纏っていない状態だが、それでもセイバーの気迫は鬼気迫るものがあった。
セイバーとしても、あの黒い陰はどうにかしなければならないほど危険な存在だと言うことを察しているのだろう。
それはそうだ。
何せあの黒い陰は……
サーヴァントの天敵といってもいい存在なのだから……
深山町を見回る二人。
その姿は夜の散歩と称するには無理があるほどに、真剣な歩みだった。
あの黒い陰のことをほとんど理解していない二人だったが、危険すぎる存在だと言うことは十分に理解していた。
更に言えば完全に討伐したとは言えない、あの老人の存在もある。
用心に越したことはないのだ。
だが……それも……
「ほぉ? 昨日の今日でもう動くか。なかなかに頑張るの、衛宮の跡継ぎは」
老獪……。
その言葉の前には無意味だった。
「「!?」」
確かに聞こえた敵の言葉。
それはあまりにも不快であり……そして同時に不吉だった。
弾かれたように、二人は同じ方向を見て……そして警戒した。
「臓硯!」
「生きていたのか」
二人の視線の先にたたずむ老人。
間桐臓硯は昨夜話したときと、全く同じ状態でそこにたたずんでいた。
昨夜アーチャーに吹き飛ばされたはずの下半身も、完全に回復している。
それを見て、士郎は完全に確信した。
こいつ……やっぱり人間じゃないのか……
「生きていたとな? 全くこれでも苦労したのだぞ?」
士郎のそばにセイバーがいるこの状況。
これがどれほどの危機であるかなど考えるまでもないはずだというのに、臓硯は特にあわてることもなく話を続けていた。
この余裕が……サーヴァントを丸腰で前にしても余裕のこの態度を見て……
何かあるのか?
士郎も罠の危険をすぐに理解できた。
しかしそれがわかったところで、対処をどうすればいいのかなどわかるはずもない。
「セイバー」
「わかっています」
セイバーがわかっていないわけがないとわかっていながら、相手が不気味であったために、士郎は念のため相棒であるセイバーに注意を呼びかける。
言われるまでもないだろう。
セイバーは油断なく構える。
「……いったい何のようだ」
道ばたであるが故に、セイバーはまだ鎧を纏ってはいなかった。
だがそれでも、その手には見えない剣が握られており、戦闘態勢も万全だ。
故に、油断さえしなければ早々やられることはない。
そう考える二人だったが……甘かった。
気を抜く、油断する……
それが戦闘に置いて注意しなければならないことであり、またそれがもっとも危険な行為であることは知っており、理解もしていた……
だが戦闘において、注意しなければいけないことは他にも会ったのだ……
罠
という、敵の術を……
ガリッ
「いたっ!?」
突然走った指からの痛みに、士郎は思わずそう声を出していた。
痛みの場所に目を向けるとそこには……
一匹の虫が、士郎の掌にかみついていた。
そして噛まれたその瞬間に……士郎の視界がゆがんだ。
「ぁ?」
毒か何かか?
そう思ったときにはもう士郎は立つことすらも出来ず、膝をついていた。
「シロウ!」
「ほっ。サーヴァントが優秀でもそのマスターはどうやら優秀ではないようじゃな」
「貴様!」
マスターである士郎を危機にさらし、さらには己の主を侮辱された事で、セイバーは冷静さをなくした。
過信がなかったとは言えないだろう。
何せサーヴァントだ。
相手がいくら普通の人間ではないとはいえ、所詮は己の身の足下にも及ばない存在なのだ。
しかし……残念ながらそれを埋めるものが、臓硯にはあった。
……かかった!
ニヤリと……邪悪な笑みを浮かべた臓硯。
セイバーがそれに気づいたときには……
遅かった……
■■■■■■■■■■■■
どぷんと……地面の一部が黒い泥へと変化した。
そこから伸びた触手のような物が……セイバーへとからみついた。
そしてそれと同時に……セイバーの感触と感覚が狂った。
「がっ!?」
薄れていく意識。
己に叱咤して何とか己の状況を鑑みて……セイバーは絶句した。
「カカッ! 飛んで火に入る夏の虫とはお主の事よなセイバー。名のある英霊といえども所詮は小娘か?」
陰湿な笑みを浮かべて臓硯が笑う。
「ぞう……けん……。貴、様……」
「カカカカカカ、そう睨むな。わしの望みのためにも、セイバーには早めにご退場願った方が得策でのう。といっても……今のセイバーはという意味じゃがの」
目の前の老人が何かを言っている。
声すら聞こえず、さらには感覚すらもなくなってきていた。
このままではあと幾ばくかも持たないということは十分に理解できた。
この泥は、
意識と本能よりも、己の体がこの泥と影を嫌っていた。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁ!」
なりふりなど構っていられないことは十分に理解できた。
故にセイバーは残された全ての魔力を消費するつもりで脱出を試みる。
影はまだ足下を喰らっただけだ。
まだ間に合う。
幾人の人を斬ったのか……
人を……人肉を斬るときの感触……
返り血の味と匂い……
果たしてどれほどの嫌悪感を抱かせるものなのかわからない……
だがそれでも彼女は耐えた
耐えられた
己の国を救うと誓った彼女は……
王として個を捨てた彼女……
その力と聖剣で、彼女は戦った……
そんな彼女にも……この感覚は耐えられそうになかった。
己の体が……
己の足が……
腐っていくのを生きたまま経験するなどごめん被ったのだ。
「ほ、ずいぶんと粘るの。ならば……邪魔はさせてもらおうかの」
当然、セイバーが脱出するのを黙ってみているほど臓硯は愚かではない。
どこにいたのか……大量の虫が臓硯の周りからあふれてくる。
それは集るための虫。
泥と敵サーヴァントと共に消えていく定めにあるが……それでも虫は主の意志を優先した。
士郎はそれを……毒を注がれた体で必至になって意識を保っていた。
見ることしかできなかったのだ。
目の前の状況を看過するわけにはいかない。
そう思っていても体はどうにも動かすことが出来ない。
それは士郎が構うべき事もない羽虫程度としか思っていないことであると同時に……己のサーヴァントが消えていくところを見せつけるための、臓硯の陰湿な行為だった。
動いてくれ!!!!
必至に願った。
必至に体を動かす。
だがそれでも士郎の意志に反して……まるで己の体が人形になってしまったかのように……。
士郎の体は……動いてくれなかった。
足に力を入れても……
膝に力を入れても……
腕に力を入れても……
指に力を入れても……
士郎の体は動けない。
動かせない。
何せそれだけの猛毒を浴びたのだ。
バーサーカーの攻撃すらも癒すことの出来た士郎の体は、士郎の望みむなしく毒を癒すこともなく……
士郎はセイバーが腐っていくのを……呑まれていくのを見ることしかできない。
まだセイバーがいるんだ! 令呪を使ってでも……セイバーを!
令呪に力を込めようとする。
だがセイバー同様、臓硯がそれを見逃すはずもない。
こちらは虫の動きが顕著だった。
何せセイバーと違いこちらは完全に弱り切っており、更に男であれど餌だ。
さらには死ぬこともなく、喰らうことが出来る。
一斉に集っていく。
セイバーを助けるどころか自分すらも守れないことに士郎は絶望しかけた……。
そのとき……
「動けと念じて動けたら苦労はしない!」
そんな場違いの声と共に、士郎の眼前へと人物が踊り立つ。
そして集って来た虫をその左手に握った夜月で払った。
「……今の状況ってあれだよな? 俺も桜火竜からそう思われてたって訳か……。修行がたりないな」
右手に超野太刀を持った刃夜だった。
「貴様!?」
突然の登場に臓硯は驚愕した。
何せここら一帯に虫を放っていたのだ。
なのにも関わらずそれに検知されずに、刃夜はこの場に躍り出たのだ。
セイバーも同様に驚きの表情をしている。
刃夜も多少は隠密の心得がある。
だがそれはあくまでもある程度の達人レベルの人間を欺ける程度の隠形でしかない。
セイバーのような一級の戦闘能力を有した人間を欺くことは出来なかった。
だが、それを可能とする力を、刃夜は左腕に宿しているのだ。
【霞皮の護り】
その力の幾ばくかの魔力を込めて、完全なる気配遮断を行ったのだ。
その力を……いくら力を有した存在とはいえ、元が人間の人外の存在と、人を超越したと言っても所詮は人間であるセイバーが気づけないわけがなかった。
「封絶! 力を借りるぞ!」
『……この状況ではやむを得ないだろう』
左手に手にしていた打刀を投げると同時に……誰かへと話しかける刃夜。
その一連の流れに遅滞はなく、そして時間もまた短い。
ほとんど数瞬の時間でしかない。
その間驚きで体制を取り戻した臓硯が新たに刃夜へと虫を仕掛けようと動いた。
だがそれに対して刃夜は……
その背中へと装備されていた二振りの双剣を投げつけることで答えた。
一つはセイバーの前に……
そしてもう一つは臓硯へと……
セイバーの前に守るように剣が弧を描いて飛翔し……
殺意を込めて直線で放った剣が、臓硯へと突き刺さったと同時に……
それを解放した……
「刃魔【紫炎】解放!」
!!!!
突き刺さった剣よりあふれ出た凄まじい力が、臓硯の体を文字通り吹き飛ばす。
そしてそれとは対照的に、力を持った熱がセイバーを守るように展開していた。
「じ……」
「しゃべるな愚か者。というかお前は後」
話しかけようと、力を振り絞った士郎をばっさりと切り捨てて、刃夜はセイバーへと歩み寄る。
一応休戦状態とはいえ、この状況ではセイバーも少なからず警戒してしまう。
何せ気づけなかったのだ。
それが一番セイバーにとっては驚きであり、恐ろしいことだった。
「じっとしてろ。抜け出すことも出来ないだろう」
空から振ってきた夜月を左手で回収して、刃夜は鞘に収めた。
そして……右手に持っていたその超野太刀を構える。
そこでセイバーはようやく気がついた。
ドクン
人間であるはずの刃夜が持っている、その赤い血のような色の刀身をした剣が……脈打っており……
夜闇に溶けているが……何か黒いもやのようなものがその剣からあふれている……
その剣とも思えぬ姿と……それから発せられる禍々しさが……
泥の比ではないということに……
――――――――――――
……出番だ。目覚めてもらうぞ
右手に力を込める……
それは何の意味のない行為でしかないだろう……
だが……
結果が伴えば……
それは意味ある行為へと変化する……
ドクン!
荒れ狂うように脈打つ狩竜……
その中に内包された力が、一年近くの時を経て……
ここによみがえる……
■■■■■■■■■■■■!!!
解放したその瞬間……手にした俺の手に激痛が走り、憎悪の塊が俺の体へと流れ込んでくる……
完全に封じられいるこの狩竜からほんの少し漏れ出ただけだというのに……
それだけで俺は意識が吹き飛びそうになった……
――っ!? ぐっ、これほどとは!?
数十億年に及んだであろう、世界中の憎悪や悪意などを内包していると言って過言でないのだ……
耐性がついているとはいえ、解放して俺が意識を保っていられるほうがおかしいのだろう……
はっきり言って今すぐ再度封印したいくらいだ……
長い間解放すれば俺も無事では済まないだろう……
わずかなこの時間ですらも、手にしている手の前腕が半ばほど黒い何かで覆われようとしている……
黒い部分で覆われた部分に感覚がない……
だが……それでも……
「……き、さ……ま」
放っておく訳にはいなかい!
今にも呑み込まれようとしている、この剣の英霊を捨て置くわけにはいかない。
故に……俺は封じられた力を解放し、俺すらも呑み込もうとしているこの狩竜を……
振った
足下から喰われようとしているので、俺はセイバーの足を払うようにして狩竜を一閃させる。
そのとき……
ズリュ
ん?
とても……形容しがたい感触が手に返ってきた。
ほとんど触覚がいかれている状況なので、気のせいかも知れないが、それが何故か気になった。
しかしそれに気づいても何もせず……俺は狩竜を振り抜いた。
そしてそれによって足下の呪縛が解放されたセイバーが転がり落ちる。
それでもなお、セイバーを喰らおうとする黒い泥へと……俺は狩竜を突き刺した。
「――消えろ!」
その言葉と共に……狩竜がその泥を逆に喰らった。
そうしてその場に満ちていた、暗い雰囲気は霧散した。
その瞬間に俺は狩竜の封印を大急ぎで再度行った。
といっても魔力注入をやめただけなのだが……。
そしてその瞬間、俺はどっと汗を掻いていた。
……予想以上にきついな
時間にしておそらく五秒と封印を解除していないはずなのだ。
なのにじいさんと父さんとの同時修行を全力で行ったなみに疲労している。
煌黒邪神を封じている力を一部とはいえ解放したのだから、当然といえば当然かも知れないが……、軽々しく使える物ではない。
「貴様……なにを……」
俺が初めて解放した狩竜を分析していると、どうやら少し元に戻ったらしいセイバーがそう声を掛けてきた。
魔力が相当量吸われたのか、鎧すらも顕現していない完全に無防備な状態だったが……俺にも今セイバーを倒すほどの余力はなかった。
というか、殺す気ならばムーナが出てきた時点で殺している……
とりあえず無事を確認したのでセイバーは放置。
また当然のように……あの妖怪じじいも姿を消していた。
あのしぶとさから言って仕留められていないだろう。
こっちとしては切り札の一つを使用したと言っても過言ではないというのに……。
『……紫炎の力は?』
『大して使っていない。何せ古龍の力だ。それに仕手の右腕に力の大本がある。少しずつ回復もするだろう』
直接切り裂き、体内にて血と魔力を直接吸収したその力の一部を開放したのだ。
それは相当な威力を誇っている。
であるにもかかわらず仕留めきれなかった。
これは……何かあると思っていいかもな……
俺が未熟なだけかも知れないが……それでもそれとは少し違う気がする。
いくら肉体を改造して人間をやめているとはいえ……それにしても不死身すぎる。
むろん回復にはそれ相応の対価が必要となっているだろうが……それにしてもこうまで仕留め損なうのは……何か理由があるのだろう。
『それよりも大丈夫か?』
『……大丈夫だが、蓄積した魔力はほぼ根こそぎ持ってかれたうえにこの疲労だ。余り簡単には使えない力だ』
俺の容態を心配してくれる封絶に感謝しつつ、俺は何とか狩竜を鞘へと納刀した。
「セ……バ……」
そうして俺が思考に浸っていると虫の息の士郎が息絶え絶えに己のサーヴァントを呼んでいた。
そこで俺は思考を中断し士郎へと近寄って、右手を心臓のそばへと置いた。
「少し熱いかも知れないが……我慢しろ」
そして気を送る。
毒によって衰弱している体を活性化させる。
自分の体ならば直ぐに毒なんぞ消えるのだが……といっても今の俺を毒で殺すのは不可能に近いだろうが……さすがに他人の体だとうまくいかない。
ついでに言えば、他人に渡すほど俺も今はほとんど余力はなかった。
多少気分が楽になった程度だっただろう。
だがそれでも士郎は何とか話せる位にはなっていた。
「じ……刃夜……」
「無理しなくていい」
声を絞り出そうとしている士郎の言葉を遮る。
ともかく俺ではどうにも出来そうにないので、俺は仕方なくそのまま二人を介抱しながら士郎の家へと向かっていった。
途中遠坂凜とアーチャーのコンビがやってきて、回復は二人に任せた。
が……その士郎の家で俺は衝撃の事実を知ることになった……。
人付き合い
面倒すぎて
もういやだ
仕事の上なら
なおのことです
いやぁ……社会人って面倒だわw