月夜に閃く二振りの野太刀   作:刀馬鹿

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どこでもそうだろうけど、年末と年度末は忙しいよね?


歪んだ憎悪

 

「はぃ? 魔力と剣がなくなった?」

「……どうやらそうみたいです」

 

それが士郎の治療を終えて聞いた……セイバーからの衝撃の言葉だった。

セイバーが泥に呑まれそうになっており、士郎が虫に噛まれたことによって毒を帯びていたので乱入した俺。

臓硯を吹っ飛ばしてセイバーを狩竜によって救出した後、そのまま二人の介抱をし、途中で合流した遠坂凜とアーチャーコンビと共に……といってもアーチャーは直ぐに霊体化したが……士郎の家へとやってきた。

桜ちゃんは深夜と言うことも相まってか寝ていると士郎は言っていた。

現在士郎の家には士郎、セイバー、遠坂凜、桜ちゃんが寝食共にしているらしい。

 

……一気に住人が増えたな

 

と、呑気なことを考えていたら治療を終えたセイバー達に、冒頭の言葉を聞かされたわけだが……。

 

……魔力と聖剣がなくなったって……つまり……

 

 

 

ピンポ~ン セイバーは戦力外通告を受けました♪

 

 

 

ということだろう……。

 

……なんてことだ

 

何が起きるのかわからない状況だからこそ、手札不足にならないようにと思って、殺せる状況にあったにもかかわらず、敵サーヴァントでも出来うる限り殺さないようにしていたというのに……。

それがよもやたった二日で二体のサーヴァントが退場することになるとは……。

 

しかも接近戦においては最強クラスだったセイバーと、小次郎を失うとは……

 

これは正直痛かった。

まだ三騎士と呼ばれているサーヴァントが二騎残っている。

アーチャーとランサー。

アーチャーはまだ致命的に敵対化してはいないが……それでもいつ敵になっても不思議ではない。

即死および、即敗北ということはないだろうが……簡単に勝つことは出来ない。

しかも宝具もまだどのようなものなのかもわかっていない状況では、宝具によって戦力がひっくり返る可能性は大いにあり得る。

またランサーが非常に厄介だ。

あのクラスの槍兵とやり合うのは実に一年以上ぶりだ。

兵器の王とまで謳われた槍、しかもあれほどの手練れ相手でははっきり言って勝つのは難しい。

そしてランサーに至っては現段階では完全に敵対化している。

最近出てきていないが……果たしてどうなるやら……。

 

……所詮、予定は未定……か……

 

泣きたくなってきた。

 

だがあのとき完全に狩竜を制御できなかった俺がどうこう言える立場じゃない……か……

 

あのとき、狩竜を完全に制御できていたらどうなったかはわからない。

所謂たられば等に意味はない。

これからの事を考えるほうが建設的である。

 

まぁ、騎士としてのセイバーは救えなかったが、セイバーを救えたからよしとしよう

 

自分をそう無理矢理納得させて俺は席を立った。

 

「わかった。まぁともかく大人しくしていたほうがいいだろう」

「ちょっと待って。まさかあんた本当にまだ戦うつもりなの?」

「お前には関係ない……と言ったと思うが?」

「確かに言ったわ。でもそう言う場合じゃないでしょ? あなた……セイバーの話だとあの黒い陰の一部をその野太刀で斬った上に吸収したんでしょ? 何をしたの?」

 

……そら不思議にも思うか

 

昨夜見たあの黒い陰の存在。

それを一部とはいえ斬って吸収したのだ。

遠坂凜だけでなく、士郎やセイバーも聞きたそうにしていた。

そして何よりもアーチャーから放たれている……この場に霊体でいるのだろう……警戒心がびしびしと伝わってくる。

以前にも戦ったみたいなことを言っていたので、あれがどんな存在か骨身にしみているのだろう。

故にそれをあっさりと片付けた俺を警戒するのは無理もないことだった。

 

……言って信じるかね?

 

ここまで来た以上、そこまで隠し立てすることでもないが……というよりも言っても信じない可能性の方が高い。

故に……俺は素直にこういった。

 

 

 

「あの黒い陰の神様版と戦ったと言えば信じるかな?」

 

 

 

「「……はい?」」

「なに……?」

「っ!?」

 

四者四様の反応を返してくれる。

特にアーチャーは劇的な反応をしている。

姿こそ見えないが、俺が言っている言葉が嘘でないことを感じ取ったようだった。

それに気づかなかったふりをして、俺は一番訳がわからないという反応をしている士郎と遠坂凜に言葉を返した。

 

「まぁ信じる信じないは任せるが……あれなんぞ比べものにならないやばいのと戦ったことがあってな。そしてなんの因果か……狩竜にはその力が宿ったみたいだ」

「みたい?」

「最近ようやく覚醒したみたいでな。俺自身も狩竜が今一体どういう状態なのかわかっていないんだ」

 

おおよそ予想通りの力を有しているようだったが……それでもそれだけではないだろう。

あの煌黒邪神の力が、あの程度の訳がない。

しかしそれを解放するにはリスクが高いことは先刻味わったばかりだ。

余り気軽に使える訳がない。

 

「その神様が煌黒邪神龍と言ったんだが、そいつと戦って俺は勝利した。とはいえ、あのときより俺もずいぶんと弱体化しているが……まぁ恐怖で動きが鈍ると言うことはそうそうないだろう」

「……それがあんたがサーヴァントを失ってもまだ戦う理由と自信なのかしら?」

「それだけではないが、まぁ理由の一部ではある。俺の目的は変わらず、帰宅すること……己の世界に帰ることだけだ」

 

状況はどんどんと悪化していくが、それでも止まらない。

止まるわけもない。

 

「あなた……本当に何者なの?」

「平行世界からやってきた人間では不満か?」

「……それにしたって異常よ」

 

まぁ普通ではないだろうな……

 

自分が普通だと思っていた日常生活から一転、モンスターが蔓延る世界へと何故かいて、さらにはそこから帰る途中にすごく似ている異世界へと流された。

これが普通の人生とは……俺は思わない。

 

まぁ元々普通の生活とは言えなかっただろうが

 

考えてもきりがないことはとりあえずシャットダウンし、俺は腰を上げた。

 

「状況がだいぶ変わってしまったが……まだ休戦協定は有効でいいか?」

「……何をするの?」

「それはさっきも言ったぞ。自分の世界に帰るために奔走するさ」

 

聖杯戦争に付随する何かだとは思っていたが……まさかあの黒い陰の討伐だとは思わなかった。

いくら相手が煌黒邪神よりも弱いとはいえ俺もモンスターワールドの時ほどの力を有していない。

どうなるかは謎だが……頑張るしかなさそうだった。

 

「その申し出はこちらとしてもありがたいから有効にしてもらえるかしら。セイバーが戦えなくなってしまった今、あなたなら衛宮君もセイバーも倒すのは簡単でしょ?」

「リン! 私は……」

「セイバー。気持ちがわかるなんて言わないけど、無理でしょ? まずはどうにかして力を取り戻すことを考えないと」

 

遠坂凜の事実上の戦力外通告を受けて、セイバーが反論しようとしたがそれを許すわけにはいかなかったのだろう。

何せ魔力も剣もないとなると……セイバーは見た目通りの非力な少女だ。

実際、以前は感じていた圧倒的な強さと威圧感が、今のセイバーからは全く感じられない。

これでは下手をすればまだ、魔術が使えて男の士郎の方がましかも知れない。

 

……まぁ、ぽん、と力が戻るかも知れないし……様子見だな

 

ともかく俺がやることは決まった以上長居は無用だった。

壁に立てかけていた狩竜を手に取りそのままあいさつだけをして、俺は外へと出て行く。

 

……さて……殺すわけにもいかないが、それでも放置するわけにはいかないだろう

 

目標はただ一つ……あの爺さんだ。

だがみつけて追い詰めても……不殺という戒めを持っている以上、俺にはどうすることも出来ない気がする。

 

ぶっちゃけ……やることがないから無理矢理やること作って自分の無力感と焦りを封じ込めているに過ぎない……

 

正直……自分の能力のなさに泣けてくる。

少しでいいから狩竜の煌黒邪神の力の解放を、扱えるようにしておかなければならないだろう。

あの泥を吸収したという事実……まぁその結果に関しては考えるまでもなかったが……から鑑みても、狩竜が切り札になるのは間違いない。

だがそれでも軽はずみに使えば能力を晒してしまう。

余り他の連中に知られるわけにはいかない力だ。

 

特に……あの妖怪じじいには

 

問題は山積みだが、それでもどうにかするしかないのだ。

溜め息をつきつつ、俺は帰路へとついていた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

翌朝。

 

「先輩……すみません」

「……気にするな桜。昨日は俺の世話を見てもらったんだから、今度は俺の番だ」

 

そう言って士郎は寝ている桜へと笑いかけた。

だが内心でほぞをかむ思いだった。

しかしそれを表に出さず、士郎は桜の看病を続けた。

 

……桜がまた体調崩すなんてな

 

昨夜の……セイバーが戦力となり得なくなってしまった晩から一夜が明けた今朝。

昨日とは違い、今度は桜が風邪を引いてしまったのだ。

士郎と入れ替わるかのように……。

しかしそれにしては高熱だった。

高熱であるため、さすがに誰かが看病しなければまずいという話になり、士郎がその任を担っている。

セイバーが最初こそ世話をすると言ったのだが……現代日本の生活に少しは慣れたとはいえさすがに病人の看病をさせるのは心許なかったのだ。

 

主に……料理が出来ないという点で……。

 

そのため、昨日本当に体調が悪かった士郎が様子見という名目で二日連続で学校を休み、こうして桜の看病をしていた。

最初こそすごく恐縮していた桜だったが、それでも体調が悪いのが辛かったのか、素直に士郎の看病を受けていた。

 

 

 

しかし……これはただの風邪ではないのだが……。

 

 

 

それに士郎は気づけなかった。

 

 

 

気づかない。

気づけるわけもない。

二年もの間……全く気づかなかった士郎には。

また、桜のことを心配しつつも……士郎の内心は穏やかではなかったからだ。

 

 

 

……セイバー

 

 

 

今自室の隣室で寝ているセイバーのことが気がかりだった。

昨夜の泥のせいで、セイバーの能力は激減した。

戦力にならなくなった……ということではなく、士郎はセイバーのことを純粋に心配しているのだ。

そして……それはどうしようもないことだと言っても良かった。

 

俺には……

 

何も出来ない。

その無力さが士郎は歯がゆかった。

一応同盟を結んでいる凜には……

 

『ちょうどいいから休んで桜の看病をしてあげて。セイバーがああなってしまった以上、あなたはもう戦えない。だから……もう戦わなくていいわ』

 

それが今朝凜から告げられた、優しいけれど……残酷な言葉。

正義の味方を目指し、聖杯戦争という一般人は知り得ない戦争によって人の命と平穏が崩されるのは許せない……その一心で参加したこの戦い。

だが士郎にはもう戦う手段がない。

サーヴァントという参加資格()をなくしてしまった士郎には……それをなすことができない。

何せ士郎は壊れているとはいえ普通の人間だ。

普通とは言えない刃夜とは……違う。

 

だけど……

 

それでも士郎は諦めない。

確かにセイバーがああなってしまっては、士郎にはどうすることも出来ず、またサーヴァントの戦いに参加できるわけもない。

だがそれでも……彼にはまだ戦うための武器があった。

 

魔術使い……

 

それが士郎の武器。

あまりにも貧弱だが……何もないわけではない。

その力で……士郎は何とか聖杯戦争を終わらせようと思うのだが……

 

どうすればいい?

 

手段はあっても、それを模索するための力がない士郎ではどうしようもなく……買い物に出かけることしかできなかった。

 

 

 

それが……最悪の結果を招き……

 

 

 

そして……この生活が壊れることを……

 

 

 

士郎は知らなかった……。

 

 

 

いや、元々壊れていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

ただその瞬間は刻一刻と近づいていた……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

……冷えるわね

 

屋上にて凜はそんな当たり前のことを思っていた。

ただ一人……生徒ではという意味でだが……登校した凜はお昼休み屋上にて昼食を取っていた。

二月前半はまだ冷える。

それを承知で彼女はここでお昼を取っていた。

 

『……一つ聞いていいかな凜?』

『何かしら?』

 

アーチャーとの会話をするためだった。

念話で話すことは当然可能だったが、それでもそちらに意識を集中してしまうと、周りの反応を気にする必要性が出てくる。

それを防ぐためだ。

 

『まさかとは思うが……まだあの男と同盟を続けるつもりか?』

『……そうよ、悪い?』

 

アーチャーの問いに、凜はぶすっとした態度と声……といっても念話なので外には出ていないが……で返事をする。

その言葉に……アーチャーは呆れていた

 

『本気なのか? セイバーもああなってしまった以上、足手まといだろう。さっさと――』

『それでもよ!』

 

その反感の言葉は……かなり感情的だった。

そのあまりの激情に……アーチャーもひるんで言葉を閉ざした。

彼女には理由があったのだ……。

 

ランサーによって殺された士郎を助けた理由……

 

士郎と休戦協定を結び、戦っていた理由……

 

そして今現在……同盟を続けている理由……

 

彼女にとってもっともネックとも言えた存在であるセイバーが昨夜力を失った。

それは凜にとっては不幸でもあり、幸いでもあった。

士郎には悪いと思っていたが……それでも凜にとっては好都合だった。

 

士郎を……聖杯戦争から遠ざけることが出来るのだから。

 

同盟を破棄して監視を外そうものなら、士郎がどういった行動に移るのかわかったものではない。

そう言う意味があるにもあったのだが、それでも士郎との同盟を続けるのは……凜がやはりお人好しだからなのだろう。

 

『凜……。昨日君がさんざんいぢめた青年についてだが……』

『……その言い方やめてくれる?』

『事実だろうに。まさかその自覚がないというのか?』

『……あのときはむしゃくしゃしてたのよ』

 

昨日間桐家へと押し入った凜とアーチャー。

そのときの最悪の気分と感情は……彼女が暴走させるには十分な理由だった。

こうなるまで放置してしまった自分が許せなくて……。

何も出来なかった自分が……悔しかったのだ。

天才の凜も、まだ若者なのだ。

感情が爆発するのも……致し方ないことだった。

 

『見た限り学園にはきていないようだが……』

『……だから何?』

『……いや、なんでもない』

 

考えを口にしなかったアーチャーが何を言わんとしたのか、凜も何となく察しがついた。

昨日自分が言ったことは間違いなく本心であり……事実だった。

魔術刻印という、魔術師が魔術師たる証であるとも言えるそれが宿っていない慎二には、どうあがいても慎二の言う特別になることは不可能だ。

しかしあの狂気、妄執とも言える執念と憎念に染まったその表情は……狂った感じのするものだった。

 

……素直に普通に生きていればいいのに

 

魔術師の家系に生まれてしまったのが慎二の不幸といえただろう。

実際慎二は普通の世界で生きていくのならば十分に特別な存在といえた。

女子生徒の大半が好意を抱くことの出来るルックス。

勉強もスポーツも並以上だ。

歪んでしまっていると言えなくもないその性格も……もしかしたら魔術師とは無縁の普通の家で生まれたいたのならば歪まなかったかも知れない。

 

特別な存在である私にはわからないことなのかも知れないけど……

 

特別な存在であり、そしてそれ以上に優秀な存在の凜は、慎二の悩みを真に理解してやることは無理だろう。

だが……それでも士郎を見ているとそんなことはないと思えてくる。

慎二に語った言葉……。

それは自分の本心でもあったのだ。

魔術師としての才能は確かに士郎にもない。

だが士郎には魔術師たる資格が備わっていて……そしてそれ以上に彼には確固たる信念が会った。

魔術をただの便利な道具としか捉えていない魔術使いである士郎は……仮に魔術回路全てを失ったとしても士郎自身の信念を貫いていくだろう。

凜には……それが自分には出来ないとわかっていた。

魔術回路全てを失っても生きていくことなど……考えただけでも寒気がする。

幼少時より……否、生まれたときから特殊な力を持っていた存在が、それをなくしてしまえばそうなってしまうのも無理はない。

だけど士郎なら……魔術の家系に生まれながらも魔術回路を失っても気にもしないだろうと……彼女は思っていた。

それがすごいと……思ってしまうのだ。

 

彼の特殊な生い立ちを知らない……凜には……

 

 

 

士郎のことを思い浮かべて……彼女は苦笑した……。

 

 

 

私も慎二のこと……言えないわね……

 

 

 

特別な存在にあこがれにも似た想いを描く。

それは人間の性と言っていいのかも知れない。

ありもしないはずの空想の存在に胸を躍らせるということ。

それが凜にとっては……悔しかった。

 

なんであんなヤツに……!

 

ここ数日の急激な情勢の変化。

ライダーのマスターが慎二であったということ。

士郎と接することで知った……士郎のすごさ。

 

それが過去の記憶を……あのとき二人(・・)で見たものを思い起こさせて、弱気になったのかも知れない。

 

だが弱音を吐いている場合ではないことは凜は十分に理解していた。

間桐臓硯の暗躍。

それによって変化しつつある聖杯戦争。

あの老人が何をするのかは凜にも皆目検討もつかなかったが……それでもろくな事はしないだろうと言うことだけはわかっていた。

 

『何をしてくると思う?』

『どちらがだ?』

『あの妖怪じじいの事よ』

『さて……目的がわかるほど接していないので何とも言えないが……。あの体の構成具合からして、聖杯を求める心は並大抵のことではあるまい』

『……そうね』

 

一目見てわかった、臓硯の体の異常さ。

そしてその体を構成している虫達。

凜ならば単体でも何とか防ぎようもあるだろうが……それでも数が多ければ不利になってしまうのはぬぐえなかった。

慎二に関しては憎悪の視線が異様に強かったとはいえ、そう脅威ではないだろう。

ビルでの戦いで宝具の使用、セイバーの宝具から脱出するために令呪を使用し、さらには先のセイバーとの戦いで深傷を負った。

とても動ける状態ではない。

 

 

 

今はまともに動けないでしょうね……

 

 

 

そう判断してしまった凜は正しいとは言える。

だが……それは正常な相手であればの話だが。

 

『とにもかくにもあの妖怪じじいをどうにかした方がいいわね』

『同感だ』

 

放課後、そして夜の行動が決まる。

その際士郎を連れて回ることを彼女は考えていなかった。

数の多さでこられた場合、士郎を守りきることが出来ない……。

そういう言い訳をつけて、凜は士郎を聖杯戦争から遠ざけるつもりだった。

 

士郎の身を案じて……

 

そして何よりも……

 

 

 

ある少女のために……

 

 

 

慎二が持っていたという書物……。

それがなんなのか凜ははっきりと認識していた。

その書物が……偽臣の書が……

 

凜の不安を……確固たるものへと変えてしまった……

 

そうでないと願っていたのに。

関係がないはずだと信じていたというのに。

それでも現実は残酷に……凜の願いを否定した。

ならば……少しでも早く終わらせないといけない。

少しでも長く……幸せでいて欲しい。

その想いが、凜を焦らせた。

 

早く終わらせないと……このままじゃ……

 

平和が終わってしまう。

否……彼女が望んだ平穏がなくなってしまう。

それがどれほど悲しいことかなど……凜には想像も出来なかった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

自室にてベッドに横になりながら、彼女は何をするもなく、ただ部屋に備え付けられている秒針の音を聞いていた。

学校を休んでまで自分の看病をしてくれた士郎は、セイバーとともに買い物に出かけている。

だが風邪を引いているからか……まだそんなに時間が経っていないにもかかわらず、もう何時間も経過したかのように彼女は感じていた。

 

「……先輩、おそいなぁ」

 

風邪でふらふらになりながらも、彼女はぼんやりとつぶやいていた。

風邪はいっこうによくならず、視界も定まっていない。

それすらも高熱でぼんやりとしてしまって、自己を完全に把握できていなかった。

だが……それでものどが渇き、士郎が用意してくれた魔法瓶へと手を伸ばすが、それはすでにからになっていた。

故に仕方がなく……何とか体を起こして桜は台所へと向かった。

 

トン トン トン

 

自分の歩く音がすごく大きく聞こえている。

一歩一歩動くたびに、体から力が抜けていくかのようだった。

 

おかしいな……。どうして……直らないの?

 

桜の体そのものは弱っていなかった。

ただただ……活力である力が足りなくなっているだけなのだ。

 

活力を求めて……それらは桜の体を動き回っていた……。

 

みっちりと詰まった体の中をはいずり、うごめくもの。

それらは役割を果たしているだけだということは桜自身が一番よく知っていた。

 

大丈夫……。こんなの、慣れっこだから……

 

幼少時……。

桜にとっての転機となった十年前(・・・)

その頃より躾けられた、改造された……。

十年前から……改造されてから生きてきた年月の中で、このような事態に陥ったのは何度もあったのだ。

 

チックタック チックタック チックタック 

 

集中しようにも、この高熱でぼんやりとしている頭ではどうしようもなく、また秒針の音が邪魔をした。

その秒針の音の中で……

 

カラカラカラカラカラ

 

屋敷に備えられた、侵入者を知らせる警告音が鳴っていることに、彼女は気づいていなかった。

 

 

 

「なぁんだ。衛宮いないのか? そりゃ好都合だ!」

 

 

 

嫌らしい感情が込められた声が居間に響き渡った。

そちらの方へと顔を向けるとそこには……彼女がよく知っている人物がいた。

 

「にい……さん」

「ん? なるほど。衛宮がいないから一人で盛ってたわけ? 爺さんの言うとおり、ライダーを使いすぎた反動か?」

 

慎二は土足のまま不法侵入をした。

慎二の表情をみるまでもなく、何か妖しげな事をしにきたの明白だというのに……彼女は逃げなかった……。

 

 

 

否……逃げる気力はとうの昔になくなっている。

 

 

 

逃げ切ることは出来ないと……諦めている。

 

 

 

諦めきってしまったのだ。

 

 

 

だけど……ここだけはそれを忘れることが出来た……。

 

 

 

だから桜にとってこの場所は……大切だったのだ。

 

 

 

「やめて……にいさん……」

「なんだよ? 逆らう気か? お前は僕の言うことを……聞いてればいいんだよ!」

 

そこで慎二は言葉を区切って桜へと歩み寄って……拳をおなかへとたたき込んだ。

 

「っかは……。うぐ……ぇ」

「僕って優しいなぁ……。爺さんから預かった薬を使わないであげてるんだから」

 

ニンマリと、邪悪な笑みを浮かべ床へと転がっている桜をけりつけて、慎二は笑う。

咳き込み、痛みに顔を歪ませている桜には、その表情を見ることは出来ない。

その桜を無理矢理立たせて……慎二は嗤う。

 

「安心しろよ。衛宮を殺すつもりはないしお前の事だって黙っててやるって。僕は優しいからさ。でも……衛宮に痛い目にあってもらわないと気が狂いそうなんだよ」

 

首を捕まれたまま間近で睨まれて、桜は口を閉ざした。

何度も味わった。

何度も思い知っているこの事実を……受け入れるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

こんなものか……

 

深山町の商店街にて買い物を終えた士郎は、買った食材を確認しながら帰路についた。

桜が結構な風邪を引いたことで、暖かいうどんか鍋、もしくはおじやを作るためだ。

先日、初めて風邪を経験した士郎に取っては、それがどれほど強烈だったのかということは身をもって知っている。

故に桜が少しでも良くなるように、彼は精一杯看護をする……つもりだった。

 

「これで全部でしょうか? シロウ」

「あぁ。それにしてもごめんなセイバー。買い物につきあわせて」

 

そして珍しいことに、今日はセイバーが買い物につきあっていた。

といってもこれが本来は正しい……いや厳密に言えば買い物に行くこと自体がNGなのだろうが……姿と言えなくもない。

サーヴァントもつれずに買い物に行くのは……殺して欲しいと言っているようなものだ。

 

「……力を失ってしまった私ですが、それでも危険を察知することは出来ます。最悪、令呪を使用してもらった力を無理矢理使用してでも、あなたを守ります」

「……サンキュ」

 

力を失ってしまった……その言葉を言うときにセイバーの顔が一瞬ゆがんだことを、士郎は見逃さなかった。

あれほどの戦闘能力を有していた力を失った今のセイバーの気持ちを推し量ることは、士郎には当然出来ず……気づかなかったことをすることしか出来なかった。

 

「でも大丈夫だって。魔術は秘匿されるものって言ってるんだから。こんな町中で仕掛けてくることはそうそうないはずさ」

「……はぁ。シロウ。やはりあなたは甘い。まだ露見していない可能性は高いですが、それでも私の力が失った事が知られれば、ランサー、そしてバーサーカーが攻めてくる可能性は十分に考えられます。そのとき……私はシロウを守ることは出来ない」

 

……そうかな?

 

シロウはセイバーの言葉に、ランサーとバーサーカーを思い起こす。

ランサーはともかくとして、バーサーカー……というよりもイリヤがそこまでしてくるとはどうしても士郎には思えないのだ。

何度か公園で話したあの小さな女の子のことが、士郎は敵と認識することが出来ずにいた。

友達と言ったときも、それがまるで初めて言われたといわんばかりの態度だったことも気がかりだったのだ。

 

が、士郎は甘い。

 

イリヤは確かに優しいが、魔術師として相対すれば士郎を容赦なく殺す事が出来る少女である。

 

が、それはまた別の話。

 

 

 

「? 衛宮君?」

「? あれ、遠坂? そうか、もう放課後だったか」

「だったかって……。あんたねぇ……」

 

フレンドリーに話しかけたにもかかわらず急にこめかみに青筋を刻み込む凜。

それを見て……

 

なんで怒ってるんだ遠坂?

 

と思ってしまう辺り、彼はやはりどこか間抜けなのだろう。

怒った理由など……考えるまでもない。

丸腰で戦場に出てきているのだ。

これを阿呆と言わずになんというのか。

さらにいえば……

 

「桜を放っておいて何をしているのよ!?」

 

そう。

これが凜が大激怒する理由。

それこそ……猫の皮をかぶっている状態すらも忘れてしまうほどの。

しかしすでにそれを知っている士郎としては、そこは別段怒るべきところではない。

どちらかというと士郎には何故凜が怒ったのかがまだわかっていなかった。

 

「と、遠坂落ち着いて。晩飯の食材を買いに来たんだ。ほら……桜に精のつくもの作ろうと思って」

「それなら私が買って帰ったわよ! あんたってヤツは……本当に……」

 

ある程度は士郎の性格というものを理解しているのだろう。

だがそれでも彼女には少々許されざる事だった。

だが士郎にも士郎の気持ちがある。

一応士郎は桜に料理を教えた師匠である。

それなりに料理には自信があり、士郎にとっては桜においしいものを食べさせてあげたかったのだ。

 

「はぁ……。ともかく早く帰りましょ。今桜一人でしょ?」

「……そうだな」

 

三人で深山町の商店街を歩いていく。

セイバーと凜。

二人とも美少女をいって過言でない女の子を二人侍らせて歩く姿は周りから見たら非常に気になる情景だっただろう。

しかし現実は違う。

三人は殺し合いの協力者なのだ。

そして……もう一人……

 

いたのだ……

 

 

 

それを士郎は……知ることになる。

 

 

 

もっとも知って欲しくなかった……その真実を。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

……見つからん!

 

冬木中を駆けめぐったというのに、俺はあの妖怪じじいも、あの黒い陰の片鱗すらも見つけることが出来ずにいた。

といっても……それは半ばわかりきっていたことだった。

ちなみに昼間であることを考慮して、今の装備は封絶(認識阻害を施したシースに入れている)、竹刀袋に入れた夜月、後ろ腰に装備している水月、スローイングナイフ数点のみであった。

 

……戦闘以外の技術で本気で磨いたのは、料理と鍛造だからなぁ

 

結界や認識阻害の術なども使えるので多少はそういった事も出来るのだが……それはあくまでも素人に毛が生えた程度。

探索の術も使えなくはないが……それよりも気で人を探知した方が楽なので余り真剣にやらなかったのだ。

 

余りそう言った方面が得意ではなかったと言うのもあるが

 

というよりもそれが本当の理由。

得意ではないというよりも……余り好きになれないのだ。

術って言うのが。

便利なのだが、そう言うのよりも体を動かす方が性に合っている。

物を切断するのにわざわざ術を使わなくても、俺の場合木刀でもあればそれで十分切断が可能だからだ。

 

話がそれたな……。さて、どうしたも――

 

どうした物か? そう考えようと思っていたときだった。

俺の視界に、桜ちゃんを連れて……というよりも半ば強引に引きずっている、男の姿を目にしたのは。

 

……あの男、確かライダーの

 

名前は覚えていない。

だがそれでも何度か弓道部で見たことのある顔だったし、美綴を襲ったときにもいた男の顔を忘れるわけもない。

となると、直ぐそばにライダーもいるのだろう。

 

……どこへむかっている?

 

歩いていく進路を先読みして……俺は桜ちゃんを連れてあの男がどこに向かっているのか予想をつけた。

 

……穂群原学園?

 

制服を着たままということを鑑みても、それは間違いないように思えた。

更に言えばライダーの結界が張り巡らされた場所……つまりはヤツにとってのホーム、他の連中にとってはアウェイだ。

 

……どれ、先回りしておくか

 

体内にため込まれている残存魔力の容量を確認し、魔力がそこそこあることを確認した。

昨夜根こそぎ吸収されてしまったが、それでも何とか多少は使えるくらいには回復した。

手の感覚も多少はおかしいが、支障がないレベルだ。

 

これならば……霞皮の力も多少は使えるはずだ。ならば……

 

結界が発動されてからでは入ることが困難になる。

ならば先に内部へと侵入しておけば問題はない。

 

そうと決まれば善は急げ……

 

学園にほとんど生徒がいない以上、結界を発動させることはおそらく内だろうが……それでも前回のように、結界を発動されたら手も足も出なくなってしまう。

そうと決まれば……

 

不法侵入開始~

 

といいつつも、俺も一応学生……出席日数が足りなくて必然的に留年だこんちくしょう!……なんだけど。

そう言えばまだ自分が学生だったことを思い出して苦笑しながら、俺は学園へと先に侵入し暗躍すべく、疾走した。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ただいま~」

 

普段と変わらない様子で士郎は自分の家へと……桜が待っている家の扉を開けた。

だが……その瞬間に違和感を感じ取っていた。

違和感を如実に語る……廊下の足跡。

 

「……衛宮君。これ」

「……」

 

当然誰もがその足跡に気づいていた。

そしてそれを見て、皆がそれぞれの反応を示す。

 

凜は静かに目を細め、セイバーは外敵の侵入に警戒した。

 

 

 

だが士郎は……何も考えられていなかった。

 

 

 

靴は桜の物だけが残っている。

故にいるかもしれない。

そう考えて、三人が全員で衛宮家の捜索を行う。

だが広いと言っても三人で探せば直ぐに探す場所はなくなり……どの部屋にも桜の姿は見あたらなかった。

 

予感が確信へと変わっていく。

 

そして今に足を踏み入れて……士郎の頭は完全に沸騰した。

 

廊下から続いていた足跡は、居間でなくなっていた。

その時点で……考えるまでもなかったのだ。

桜がここにいて……そしてここから連れ去られたことを……。

 

「衛宮君、そこの床……。赤いのって……」

「わかってる……」

 

その声は驚くほど平坦だった。

普段は感情がでやすい士郎からは考えられないほどに。

その声を聞いて凜は少し驚いた表情を浮かべた。

それに気づかないほど……士郎の頭は単調になっていた。

 

怒っていたのだ……。誰よりも何よりも……

 

 

 

自分の甘さに……

 

 

 

もっと早く帰るべきだった。

もっと真剣に考えるべきだった。

もっと……思考するべきだった。

こうなることを恐れたからこそ……自分は桜をこの家に招き入れたのではないのかと?

そう繰り返し頭の中で反芻していた。

桜が無関係だと間桐臓硯は言っていた。

だがそんなこと最初からあり得ないのだ。

何せ桜は間桐家の人間だ。

故に……絶対に無関係ということはあり得ないのだ。

 

ジリリリリリ

 

沸騰して爆発しかけた士郎の脳内に……そんな音が響いてくる。

電話の呼び鈴だった。

誰もが黙り込んでしまったその状況で、士郎はセイバーと凜にうなずいて、受話器を取った。

 

『もしもし? ようやく帰ってきたのか? 衛宮』

 

電話の相手は間桐慎二……。

桜の兄からだった。

声を聞き間違えるはずもなく、そして桜がいなくなった事でそうではないかと士郎はわかっていた。

何とか怒りをかみ殺して……士郎は言葉を紡ぐ。

 

「桜は?」

『あ? なんだ偉そうに? 返してもらったに決まってるだろう? あいつは僕のなんだから。いつまでも赤の他人の家においておけないだろ?』

「慎二!」

『はっ! いいね、怒ってるのが電話越しでもわかるよ。桜を取られたのがそんなに悔しいんだ!?』

 

その神経を逆なでする慎二の声と内容。

それが凜にも聞こえているのか、凜が受話器を奪おうとするが、士郎はそれを制した。

凜がこの場にいると知られては面倒になりかねないからだ。

 

「用件をいえ。一体なんでこんなことをしたんだ?」

『カタをつけようと思ってさ? お前だってこの間の一件で終わったなんて思ってないだろ?』

「いや思ってる。ライダーが負けてお前は逃げただろう。それで勝負はついてるはずだ」

 

それは純然たる事実なのだが……それを言っていい場面ではない。

それがわかっていないのは士郎の未熟さ故か?

それとも……大事な存在を取られてしまって怒っている事による物なのか?

 

『違う! あれはサーヴァントの差だ! お前の力じゃない! セイバーさえいなければ僕が負けるはずないだろう!』

 

いろいろと矛盾している言葉だった。

サーヴァントの能力の違いは主にクラスとマスターの実力、相性に依存する。

ライダーは十分に強力なサーヴァントだ。

しかし、今はそれを話している時ではなかった。

 

「桜をどうする気だ?」

『どうもしないさ。けどそれもお前次第だな。学園まで一人で来いよ。でないとどうなるかなっ!!』

 

ガッ

 

『っぅ……!』

 

何かを蹴るような音と、それに苦悶する声。

遠かったとはいえ聞き間違えるわけもない。

一瞬切れそうになった自分を抑えて、士郎は言葉を紡いだ。

 

「要するにセイバー抜きで行けばいいんだな?」

『わかってるじゃないか。学園には結界が張ってあるからお前以外がきたら直ぐにわかるぜ?』

「直ぐに行くから待ってろ。それと……念のために聞いておく。お前はマスターなのか? それとも桜の兄貴なのか?」

 

それは士郎の根幹をなす言葉。

士郎にしかわかり得ない……わかるはずもない言葉。

その言葉に大して慎二は……

 

『はっ!? 嗤わせるなよ。こいつの兄貴なわけないだろう? お前をおびき出すための餌だよ』

「わかった……。マスターとしていってやる」

『あぁ。さっさとこいよ』

 

嘲笑が聞こえていた受話器を置いて、士郎は一つだけ息を吐いた。

そしてはき出した息を吸ったときには……玄関へと向かっていた。

それに対してあわてたのはセイバーと凜だった。

 

「落ち着いてくださいシロウ! 明らかに罠です」

「セイバーの言う通りよ! 本当に一人で行くつもり!?」

「そう言う指定だ。話は後にしてくれないか?」

 

セイバーと凜からの言葉を、士郎はたったその一言で切り捨てた。

普段の士郎からは考えられないほどに短絡的だ。

 

「少し落ち着きなさい! 桜を連れて行ったのは人質のつもりなのよ? あんた一人で行っても殺されるだけよ? あんたが死ぬの見たら桜がどう思うと思う? 作戦を考えて行くべきよ」

「リンの言うとおりです、シロウ。相手にはライダーがいると見て間違いない。今の私では力になれない。令呪を使用してもそう持たないでしょう。作戦を考えなければ危険です」

 

さすがに士郎もそれぐらいのことはわかっていた。

このまま言っても無事ではすまないことなどわかりきっていた。

だがそれでも、止まることは出来なかった。

 

耳にこびりついた……うめき声が士郎の脳みそを沸騰させる。

 

「……桜の前で殺されるかな?」

「……それはわからないけど、無事では済まないでしょうね。前々から慎二は少し普通じゃなかったし、桜に対してもきつかった。でも今回のは度が過ぎている。そんなあいつの前にのこのこ行ったら死にに行くような物よ? というか冷静に見えるけどひょっとして怒ってるの?」

 

……そうかも知れない

 

凜の言葉に、士郎はようやく自分が切れそうになっていることに気がついた。

今士郎の頭の中には、慎二を一発ぶん殴ってやることしか考えていなかった。

本気で……怒っていたのだ。

それを自覚して……そして自分にも怒りがわいていた。

 

「あぁ、怒ってる。慎二もそうだけど、今まで兄妹だからって口出ししなかった自分にも怒ってる。あいつは……桜の兄貴じゃないって言った。そんなヤツが……桜を取ったんだ」

 

取った。

それは明確な言葉。

自分に取って桜という少女がどれほど大切かという事と……

 

桜は自分の物だという、欲望。

 

正義の味方と目指していた青年は、ただそのあり方だけでなく……そう言う意味でも壊れていたのだ。

だがそれでも……それはまだ正常だ。

独占欲というのは……誰にでもあるのだから……。

 

()れたから()り返してくる。二人とも手を出さないでくれ」

 

その言葉と共に、士郎は文字通り家を飛び出した。

猪突猛進といって差し支えないほどに短絡的であり感情的、直情的だった。

ただ、今の士郎のは慎二を殴り飛ばすことしか頭になかったのだ。

 

「あぁ! もうっ! セイバー、士郎は私がどうにかするからあなたはここにいて!」

「しかしリン! 私も……」

「ひどいこと言うけど今のあなたじゃ逆に危険だわ! いいから大人しく待ってて!」

 

士郎のフォローをするために、凜も士郎と同様に衛宮家から飛び出した。

姿こそ見えない物の、アーチャーも一緒である。

そんな中、ただ一人自分だけが役に立てずに衛宮家にいることしかできないことに……セイバーは歯がみするしかなかった。

そうとは知らず、士郎はひたすら学園を目指して歩いていた。

空はすでに暗く、また夜にでも一雨来るかのように暗く曇っていた。

それにすら気づかず……士郎はただ学園へと向かっていく。

そして……学園へとたどり着く。

 

……慎二!

 

校門から見た校舎はひどく静まりかえっていた。

部活動が休止になったために、活気は少ない。

人気がなくなっているその学園へと足を踏み入れるその瞬間……。

 

「待てって言ってるでしょ!? あなた一人じゃ助けられないでしょ!? 私も助けるから少し落ち着きなさい! それに協力するから私たちは同盟を組んだんでしょ!?」

 

同盟。

その言葉で士郎は聖杯戦争当初にて凜と結んだ協力関係のことを思い出した。

そして……今どれだけ危機的状況かということをようやく再認識できた。

だがそれが認識できたところで……状況は変わらない。

 

「ごめん、遠坂。でも……今のままじゃ桜が……」

「そんなことはわかってるわ。桜が人質にいる以上、私もおいそれと手が出せないわ。けど……逆に言えば、あなたが桜を取り戻してくれさえすれば後はどうとでもなるわ」

「どうとでもなる?」

「ライダーがいる以上、こっちはアーチャーで対抗するしかないわ。でも桜という人質がいなければ慎二自身はそこまで恐れる相手ではないわ。私は直ぐに行動できる場所に隠れているから何とかして桜を助けてあげて……後は私が何とかするわ」

 

何とかする。

足手まといが二人もいる状態というのは果たしてどれほど困難な状況なのか?

しかしそれがわかっていながらも、士郎には凜にすがるしか方法がなかった。

そして……その凜の優しさで士郎も覚悟を決める。

 

なんとしてでも……桜を……

 

助けてみせると。

そう士郎はいまこの場で誓ったのだ。

 

「わかった……。後は任せた」

「えぇ。けどあなたが無事でいるっていう条件付きよ? 桜を守るのはあなたの役目。アーチャーはライダーの相手で手一杯なんだから」

 

桜を守る役目。

それを再認識して士郎は校舎へと目を向ける。

まだ18時前だというのに人気はない。

昏睡事件の影響で下校時刻を早め、教師もほとんどが帰宅しているのだ。

 

「……慎二はどこにいるかな?」

「あいつの性格から考えて自分の教室でしょ? 馴染みがあって高いところ」

「……わかった。先に行く」

「えぇ。私も少ししたら行くわ。ここは相手の陣地よ。結界がある以上、入った時点でばれてしまうから、何とかして注意を引きつけて」

 

一つうなずいて、士郎は駆けだした。

今度は激情に任せず、怒りを内包しながらも冷静に……。

魔術回路はすでに発動している。

この力を……(慎二)を倒すためではなく、桜を守るためだと必至になって暗示した。

そうでもしなければ……今の士郎は自分が何をやらかすかわかったものではないと、本人も自覚しているのだ。

 

 

 

見慣れた校舎に入り、階段を駆け上がる。

そしてその光景を見て……士郎は再び目の前が真っ白になりかけた。

妹を前面に押しだして楯にしたまま、慎二はナイフを首筋へと突きつけていた。

そしてその直ぐそばに寡黙なままのライダーがたたずむ。

瞬殺されても不思議じゃないこの状況下にあっても、士郎は自分が殺されることを全く恐れていなかった。

むしろ……自分がライダーに殺されることなど思い浮かんでいなかった……。

 

「慎二……」

「あはっ! やっぱり直ぐにきたな衛宮。お前の事だからああいえば直ぐにくると思ってたよ」

 

命知らずなことに、士郎はその言葉で再度頭が沸騰し、思わず足に力を込めた。

その前に踊り出す……長髪のサーヴァント。

 

「止まりなさい。これ以上近づけばマスターは彼女を傷つけます」

「っ……!」

 

状況を忘れていた士郎に、半ば強制的に今の状況を教えたライダー。

その言葉の真意に気づかずに……士郎はギリッと歯を噛みしめる。

 

どうして!?

 

前に進むことも許されない士郎には、ただただ慎二をにらみつけることしかできなかった。

妹にナイフを突きつけている慎二。

肉親ならば……兄妹ならば助け合って、一緒に笑うものであるはずだ。

 

俺が失ってしまったその温もり(家族)を……

 

どうしてそれがわからない!?

 

思わず再度進もうとしてしまったその瞬間に……

 

「わからない人ですね、あなたも。この場に一人で訪れたというのならばマスターの意に従ったと言うこと。戦う気であったならば、一人では来なかったはず」

 

……その通りだ

 

再度沸騰しかけたその士郎に浴びせられる忠告。

これが果たして……敵であるはずの青年に向けられる言葉なのだろうか?

 

落ち着け……落ち着くんだ……

 

一つ息を吐いて冷静になって、再度慎二を……桜を見た。

うつむいたままの桜は、顔を上げる様子がなかった。

意識を失ってはいないはずだ。

自分の足で立っているのだから。

ならば……顔を上げないのは一体どういう事なのだろうか?

 

「俺たちの事を話したのか?」

 

少し濁したその言葉。

何を言っているのか? そう思った慎二だったが直ぐにその意味を察して嗤った。

 

「くはっ!? あぁそう言うこと? 安心しろよ衛宮。お前が黙ってるから僕がきちんと説明してやったよ。僕たちがマスターで殺し合いをしてたって!」

「っ!」

「隠しておきたかったのか? バカだなぁ。ばれてるに決まってるだろそんなの。こいつもうすうす気づいてたみたいだぜ? だけどそれでも自分はただの後輩だから聞けないって言ってたぜ?」

「っぅ!?」

 

ただの後輩。

それが何故か自分の事が知られたことよりも……隠し事をしていた事がばれてしまったことよりも深く、士郎の心を抉っていた。

 

「ほら今ならなんだって聞けるぜ? 聞いてみろよ? 自分のことを衛宮がどう思っているのかとか、お前が間桐の人間だって知られて嫌われているのかどうかも聞けるはずだ? 何せあいつに拒否権なんてないんだからさぁ?」

 

嗤いながら、慎二はそう桜に問いかける。

だがそれでも……桜はうつむいたままだった。

まるでそれが謝っているかのように見えてしまった士郎には、これ以上そんな姿の桜を見るのは耐えられなかった。

 

「もういいだろう。お前の言うとおりここまできたんだ。桜を解放しろ」

「はぁ? いつ約束したんだよ? あれは命令だぜ? 一人で来れば桜には手を出さないって言っただけだぜ?」

「……!」

 

確かに嘘は言ってない。

一人で来れば桜を解放すると言うことを……この青年がするわけがないのだから。

 

「そう睨むなよ衛宮。お前がきちんと誠意を見せればこいつはちゃんと家に帰してやるよ」

「……それは約束するんだな?」

「あぁ。お前が僕の言うことを聞くのならね。これは必ず守るよ」

 

それが嘘かどうかはわからない。

だが人質がいる以上、士郎にはそれを信じるしかなく、また従うしかなかった。

 

「わかった。なら俺は何をすればいいんだ?」

「お前も大概頭が悪いね衛宮。僕はカタをつけようって言ったんだぜ?」

 

その言葉と共に、ライダーが一歩前へと躍り出た。

そのたたずまいに殺意も敵意もなく……ただ純粋に命令に従って、ライダーは士郎へと歩み寄った。

 

「けどただやり合ってもつまらない。僕は魔術師じゃないから不公平だ。ただのケンカだったら僕が勝つ。ならここは公平を期して、そいつの相手をしてもらう」

 

それのどこが公平だというのか?

確かにセイバーに敗れたとはいえライダーはサーヴァントだ。

そんな存在を相手に……ただの人間である士郎がまともに戦えるわけもない。

それはもはや死刑宣告に等しかった。

 

「安心しろよ、何も殺そうとはしてないさ。手加減はきちんとさせるって。でも、これから先邪魔されても目障りだから、両手両足はつぶさせてもらおうかな?」

 

手加減をさせる。

確かにその言葉に嘘はないのだろう。

ライダーの手には得物がない。

それ以外は知らない……そう言うことなのだろう。

 

「簡単な話さ。ただサンドバックになればいいだけさ。あぁでも直ぐに倒れるなよ? 僕が満足する前に倒れたらこいつがどうなるかな?」

 

その言葉を最後に……慎二が口を紡いだ。

そしてそれと同時に……ライダーが士郎に向かって歩き出した。

ゆっくりと……。

そして……その体が沈んだ。

咄嗟に士郎が両手を構えたその瞬間……

 

!!!!

 

腕そのものが吹き飛びかねないほどのの衝撃がその手を襲った。

 

「がっ!?」

 

あまりの痛みに一瞬だけ頭が飛びかけて士郎はあわてて再度構えを取った

首から上をやられるわけにはいかないからだ。

右腕の感覚が完全に消失していたが、そんなことは構っていられなかった。

 

同調、開始(トレース。オン)!!!!

 

直ぐに魔術を……強化を衣服へと施した。

そうでもしなければ下手をすれば手足が吹き飛ぶ可能性があるからだ。

衣服を、体に魔力を通して少しでも防御力を上げた。

 

だがそれを……

 

 

 

!!!!

 

 

 

ライダーの足蹴りが吹き飛ばす。

多少ましになった物の、所詮は多少でしかない。

その一撃は完全に士郎を壊しにかかっていた。

だがそれでも手加減というのは真実なのだろう。

いくらクラスがライダー……膂力にそこまで特化していないとはいえ、サーヴァントの一撃だ。

ガードしているとはいえ、殺す気であるのならば人間ごときに耐えられる物ではない。

だがそれでも士郎は耐えた。

耐えざるを得なかった。

動きが鈍っていく……もはやただ体に付いているだけの肉塊と化してきているその腕で必至になって顔と頭をガードする。

ライダーはその士郎に大してただただ、無機質に無感情にその力を振るっていた。

反応することの出来ない速度で迫るそれを、士郎はただ耐える。

それをどう取ったのか……ライダーは士郎がガードしている箇所(顔と頭)には攻撃してこなかった。

腕と胴を……攻撃してくる。

 

……おかしい

 

そこで士郎はようやくライダーのおかしさに気がついた。

先にも言ったが相手はサーヴァント。

人外の存在である。

ライダーのことを詳しく知らない士郎だが、それでもセイバーと互角に戦っていた存在が、人間ごときを殺すのに手間取るということはあり得ない。

殺すことが目的でない以上、殺すことはないだろう。

だが先ほど慎二は言ったのだ。

 

『両手両足はつぶさせてもらおうかな?』

 

そう言っていた。

それがマスターの命令であるのならば両手を破壊されても士郎にはどうしようもない。

だがこれはチャンスだった……。

 

「ははっ!? ざまぁないな衛宮。もっとがんばれよ! 桜の前なんだぜ?」

 

慎二は士郎がやられているのを見ているのが愉快だからか、そのことに気づいていなかった。

ライダーが手加減しているということに……。

士郎も当然それには気づいていなかったが、それでもこれがチャンスであると信じた。

だがそれを打ち砕くかのように……

 

「ふっ……」

 

ライダーの強力な回し蹴りが、士郎の腹に直撃した。

 

「っぐ……」

 

胃液が逆流しそうになり、はき出しそうになった。

だがそれを必至になってこらえた。

だが体はそうも行かず前のめりに倒れそうになった。

 

倒れたら……

 

起き上がれなくなる。

そう直感した士郎は、目の前の存在の腕を……ライダーの腕を手にとって何とか持ちこたえる。

 

「はっ!? いいね頑張るね! ゴキブリって感じでお前らしいよ。けどもう飽きてきた。このままだと同じ事の繰り返しだから、そろそろ終わりにしようか」

 

同じ……だって?

 

そのとき、士郎は気づき、慎二は気づいていなかった。

チャンスであると信じた士郎は、ライダーに寄りかかってから立ち上がったとき……ライダーの腕を引いて立ち位置を逆にしていたのだ。

ライダーと慎二の間に……士郎は位置取った。

つまり……慎二との間にあるのは距離だけだった。

その距離を……縮める手段が……

 

「距離は五メートルほどです。我慢強いあなたの勝ちです……」

 

え……?

 

耳元に届いたその言葉を聞いて……士郎は耳を疑った。

それを確認する前に……

 

「さて第二ラウンドにして最終ラウンドの開始だ。もう終わりにしろ、ライダー」

 

ライダーが士郎の手を振り払い、そして構えた。

急所以外を狙われたおかげで、士郎には避けることはおろか、構えることすらも億劫になっていた。

体はもはや痛覚を認識しないほどに痛んでいた。

熱を持った体のおかげで意識が飛びそうになっている。

しかし……

 

「……お覚悟を」

 

ライダーのその声が、それを許さなかった。

だが覚悟を決めるために言葉を掛ける意味は果たしてあったのか?

 

まさか……

 

完全に士郎は理解した。

顔を狙わず、急所を狙わず……それ故に士郎の体がまだ動かせる。

手加減したわけでも、ない。

それが慎二の意志ではなく……目の前のサーヴァントの意志であると言うことに……。

そして放たれる……一撃。

 

「がっ!?」

 

その一撃は、士郎は吹き飛ばすに十分な威力を秘めていた。

おかげで士郎は口内で吐血した。

内臓が一部痛んだのかも知れない。

だがそんなことは瑣末ごとだった。

距離だけだった。

桜までの障害は。

完全な体ならばともかく、今の体では慎二へと肉薄するのは難しい。

 

はは……

 

終わりにしろと言った慎二の言葉を明確に遂行していたのならば、士郎はこの時点で死んでいただろう。

だがそうはならなかった。

士郎はタイミングを合わせて後ろに跳ぶことで衝撃を緩和していたのだから。

 

そう、タイミングを合わせて……だ。

 

吹き飛んでいく最中……士郎は何とか体を動かして体を反転させた。

そして……眼前へと下りたって……

 

 

 

「……え?」

 

 

 

目の前にあるナイフを……左手でつかみ取っていた。

 

ザシュ

 

白刃を生身の手で触れたことで士郎の手から血が流れる。

だがその痛みは感じなかった。

ライダーに殴られた麻痺のためにそれを感じることが出来なかったからだ。

 

「え? え?」

 

まだ状況が理解できていない慎二。

士郎は左手でナイフをつかんだまま右手を振り上げる。

麻痺していたはずだった。

だがその麻痺すらも忘れさせる怒りが……士郎の体を突き動かす。

 

 

 

 

 

 

「慎二ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

そして振り上げた拳を、慎二の顔面へとたたきつけた。

 




ラノベ読む暇がないよ~

仕事なんて嫌いだ~
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