月夜に閃く二振りの野太刀   作:刀馬鹿

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共同戦線その2

……あの二人は今どうしているかしらね

 

久しぶりに帰ってきた我が家の空間は、ひどく冷たく感じられた。

それが凜にとっては少々意外に感じられた。

父が第四次聖杯戦争で帰らぬ人となり、母もすでに他界して長い。

妹はいてもそれはあくまでも血縁だけの意味で家族ではなく、彼女はそのほとんどを一人で過ごしてきたのだ。

だというのに久しぶりに帰ってきた遠坂邸はひどく寂しかった。

それがどうしてなのかを考えて……彼女は無理矢理に思考を絶った。

 

朝だからかしらね……。変なこと考えちゃった

 

自分の体質……低血圧のせいにした。

そうして一人で物思いにふけっていると……

 

「リン……。どうしたのですか?」

 

今までこの家では聞いたことのなかった人物の声を聞いて、凜は我に返った。

声がした方へと目を向ければ、そこには同じようにソファーに腰掛けている金髪の少女の姿があった。

 

「なんでもないわ、セイバー。朝だから少し寝ぼけていただけ」

 

曖昧な笑顔を浮かべて、凜はそうセイバーに対してごまかした。

セイバーもそこまで追求する気はなかったのだろう。

それ以上追求することなく、二人ともアーチャーが入れた紅茶を口にする。

ちなみに昨夜の罰としてアーチャーは一夜を明かして執事の役目として、家中を掃除させられていた。

 

「それで……これからどうするのですか?」

 

それがもっとも重要なことであった。

桜がああなってしまった以上、セイバーを衛宮家においておくわけにもいかないためセイバーはこうして連れてきたのだが、それ以外考えていなかった。

むしろ考えられなかったというのが凜の本音だろう。

だがそれでもこれ以上このままというわけにもいかない。

凜は思考を再稼働させて、今後どのように動くのか……そして士郎がどう動くのかを予想する。

 

桜を諦めないってことは……狙いは聖杯だって考えていい。だけどそれを目指すためには衛宮君だけでは出来ない……

 

何でも願いが叶うという万能の願望機、聖杯。

聖杯に願いを託し、桜の体をどうにかするのが一番確実な手段である。

しかし今の士郎にサーヴァント(戦力)がないのは、ここにセイバーがいる事で証明している。

力を失ったとはいえ、聖杯を実際に手にすることが出来るのはサーヴァントなのだ。

ライダーがいるとはいえ、ライダーを使役すればその分桜の体に負担を掛ける。

となれば、桜とライダー以外の存在に頼ることになる。

そして、昨夜のアーチャーと刃夜の戦闘。

 

「アーチャー」

「なんだ?」

 

マスターの呼びかけに、アーチャーはすぐさま現界しリビングへと姿を現した。

昨夜の独断行動を行っても、全く悪びれないその態度に内心でいらだちを覚えた凜だったが、それはひとまずおいておくことにした。

 

「あの男が衛宮君の味方をするって言っていたのね?」

「そうだ。確かにあの男はそう口にしていた」

 

刃夜が士郎の味方をすると言っていた、それを確認して再度凜は思考を巡らせる。

刃夜が味方につけば最低限サーヴァントから身を守る事の出来る戦力は完成する。

しかしそれでも不十分と言えなくもない。

それに士郎の性格を考えて、凜は回答へと行き着いた。

 

 

 

チチチ、チュン、チュン

 

日差しが入ってきた部屋の明るさと鳥の鳴き声が、士郎の意識を覚醒させる。

普段ならば直ぐに身を起こして朝食の準備に向かっただろう。

だが今はそれが出来ない理由があった。

 

……気だるい、な

 

何故か異様に疲れていた。

全身が気だるく、腕に力が入らない。

そのせいか頭はまだ覚醒しておらず、体も休息を訴えている。

もう朝になっているというのに、全く起き上がろうとしなかった。

 

なんでこんなに疲れてるんだ?

 

横になったまま、ぼんやりと思考を巡らせた。

寝ぼけていたのだろう。

そして……昨夜の出来事を思い出す。

 

……

 

それを思い出して士郎は顔を真っ赤にした。

というよりも自分と同じ布団に桜がいるのだから、それでわかりそうなものだったが……。

なんとか桜を起こさないように起き上がり……そのとたんに軽いめまいを士郎は覚えた。

倒れそうなる体を咄嗟に腕で床をついて支えた。

 

……なんだ……これ?

 

かつてないほどに気力がわいていなかった。

なんとか体を起こしたものの、今すぐにでも体を休めたくなってしまっている。

だが……

 

「……すぅ、すぅ」

 

隣で寝ている桜を見ていると、そんな気持ちにすらならなかった。

というよりも顔を合わせづらいので今すぐ部屋を出て行くことにした。

 

動いていれば、元気もでるだろ

 

動いても元気が出るわけがない。

なぜなら昨夜根こそぎ持って行かれたのだから。

だがそれを士郎は知らない。

そうして居間へと続く廊下を歩いているときだった。

 

トントントントン

 

台所と一緒になっている居間から、まな板を使用している音が聞こえてきたのは。

 

……なに?

 

さすがの士郎も、その音には違和感を覚えた。

普段ならば何も気にせず桜が料理をしていると思って、居間へと入っていっただろう。

だが桜は未だに士郎の部屋にいる。

昨日までいた同居人だった凜とセイバーは、昨夜よりいなくなっている。

ライダーが調理をしている可能性もなくはなかったが、マスターで有る桜の体のこともあるため、そんな馬鹿なことを主人思いのライダーがするわけもない。

残る人間の選択肢としては大河だが……士郎は大河が料理をしているのを見たことがない。

 

……一体誰が?

 

桜がいる以上この家にはライダーがいる。

敵であれば容赦なく襲いかかっているはずだ。

だが油断は出来ない。

 

……武器になりそうなものは

 

唯一使用できる強化で特攻をしようにも、廊下にはそんな都合のいい物はなかった。

だがそれでも自分が来ている服を強化することは出来る。

 

……同調、開始

 

魔術を使用して、士郎なりに戦闘態勢を整えたのだが……それは無駄だった。

 

「その度胸は買おう」

 

そんな声が、自分の背後から聞こえてきたのだ。

背後から聞こえてきたその声に、咄嗟ながらも反応して士郎は後ろを振り返るが……。

 

トン

 

そのときにはすでに遅く、士郎の心臓に敵が持っていた菜箸が当てられていた。

殺そうと思えば今の一撃で殺されていたのは、士郎にもわかった。

それを行った人物は……

 

「しかし勇敢と無謀は違う。今の場合桜ちゃんを起こしてライダーを呼び出すのが正解だ」

 

案の定というべきか……刃夜だった。

 

 

 

 

 

 

「どうした? 食べないのか?」

 

早朝の衛宮家の居間にて。

何度かおじゃましたことはあったが、それでもこの家で料理を振る舞ったことはなかった。

そのため調味料を探すのに少し手間取ったりしたが、少なくとも手抜きはしていない料理を前にしても、士郎と桜ちゃんは箸をつけようとしなかった。

 

まぁ無理もないけど……

 

「あぁ、毒とかは入れてないぞ? そんな回りくどいことする必要ないしな」

 

自らが食べることで毒はないとアピールしながら二人にそう言った。

といっても俺自身毒はほぼ効かない体になっているのであまり意味のない行動だったが、それでもしないよりはましだろう。

 

「違う……なんのつもりなんだ刃夜?」

 

当然といえば当然に質問を士郎から向けられる。

魔力消費を少しでも抑えるために現界はしていないのだろうが、ライダーは居間にいるようだった。

桜ちゃんが話に加わらないのは、ライダーとの念話で忙しいのかも知れない。

 

まぁ……少し話した程度で和解できたら争いなんて起きないよな

 

参加人数という意味で規模こそ小さいが、戦争を行っているのだ。

用心に越したことはない……特にこの二人の護衛となっては……ので、俺はそれを気にせず食事を続ける。

 

「疲れているみたいだったから代わりに朝食を作っただけだが?」

「違う。ここにいる理由を聞いているんだ」

「二人の味方をするためだが?」

 

なんのことはない、と言うつもりで俺はあっけらかんとそう言った。

その言葉に二人は面食らっていた。

まぁ確かに普通はそう思わないだろう。

 

というかさっきも言ったが、そのつもりならとっくに戦闘しているって……

 

おそらくライダーと激しい戦闘を行っていただろう。

サーヴァント相手に霞皮の護りを使用したまま戦闘は出来ない。

そして戦闘が始まれば結界が発動している……士郎の家は警告音が発動するだけっぽい……ので二人とも起きているだろう。

 

まぁ当のライダーは怪しみながらも俺を家に入れてくれたが

 

いくら霞皮の護りが優秀とはいえ、気配遮断しか行っていないのだから当然家に入ろうとすれば丸見えである。

しかも食材が入ったビニール袋を下げているのだから戦闘しようにも出来ない。

 

夜月と狩竜と封絶は持ってきたが

 

持ってきた得物達はこの居間の壁に立てかけている。

直ぐに使用できない状況ではあるが……必要となればいつでも使用できる状態である事が、俺の心の心理を表している。

 

「そ、それってどういう事ですか?」

 

少し警戒しながらも、桜ちゃんが気になって話を続ける。

警戒しているようだが、それでもどういうことか気になるのだろう。

故に俺はまじめな話をするために、箸を置いて二人に向きなおった。

 

「俺の目的のために協力したくて、そして協力して欲しくてここに来た」

 

 

 

 

 

 

その言葉は嬉しいと同時に、強い疑念をもたらすものだった。

確かに士郎と刃夜は明確な敵対行動をしていない。

セイバーと小次郎がやり合ったこともあったが、それでも士郎は刃夜を敵だと思っていなかった。

そもそもにしてセイバーと小次郎が戦ったあの夜のことにしても、刃夜がその気ならば自分が今この場にいないことも士郎にはわかっていた。

だがそれでも、士郎と刃夜は敵であることに他ならない。

確かに明確な敵対はしていないし、命を救われたことは何度もある。

だがそれでも聖杯を求めていると言ったのだ。

今では士郎の目的自体が変わっているのもあるが、最悪聖杯に望みを託すしかないというのが士郎の現状である。

 

「まぁいきなり味方になるといっても、相手が俺ではいぶかしむ気持ちも十分わかる」

 

それがわかっているのかいないのか?

少なくとも自分がどういう目で見られているのかは十分に理解しているのだろう。

刃夜が更に言葉を続けた。

 

「桜ちゃんには言ってなかったが……俺はこの世界の人間じゃない。士郎は知っているな?」

 

突然の告白に、桜ちゃんが目を点にした。

以前に話を聞いたことのある士郎は驚きはしなかった物の、どうして今それを話すのかわからないといった表情をしていた。

それに苦笑しながらも話がわからない桜、ライダーに説明するため、刃夜は言葉を続けた。

 

「平行世界って概念はわかるだろ? まぁその平行世界から来てな。最初は自分の世界に戻るためには、聖杯を手に入れるのが条件だと思ったんだ」

「条件?」

 

聖杯に願いを託して平行世界に帰るのではなく、条件といった。

それはつまり聖杯以外にも己の世界に帰ることが出来ることを意味している。

 

では何故聖杯を求めているのか?

 

そんな当然とも言える疑念が士郎の脳裏をよぎる。

そのことを刃夜もわかっているのだろう。

士郎にうなずきながら言葉を続けた。

 

「まぁ聖杯に頼んでそれで終わりだったらまだ楽だった……というよりも話が簡単だったんだが、そう行かない事情があってな」

 

どういう事情だ?

 

と思うも、それを口にするのははばかられて士郎は口をつぐんだ。

 

「んでようやく何をするのかわかってきたのでな。それに影響が及ばないのならば、俺は君たち二人をどうにかしたいと思っている」

「……なんでさ?」

 

何が条件かまだ語られていない以上、それが一体どういうものなのかはわからない。

それにしても自分たちに味方する理由がわからない。

だが、サーヴァントと相対できる刃夜が味方になれば心強いことは間違いない。

そんな疑念と期待が入り交じった表情を向けてくる士郎に、刃夜は苦笑しながらこういった。

 

「お前が桜ちゃんを選んだんだ。少し異常だったお前がそんな人並みの願いを持ったというのなら、俺は支援する」

「「!?」」

 

その台詞がどういう意味なのかはわかりきっている。

そしてその意味するところを正確に理解して、二人は同時に赤面した。

 

要するに……刃夜はこういっているのだ。

 

士郎が桜のことを大切に思い、桜がもっと自分としての願いを大切に思い……二人が互いを思い合うのならば……刃夜は二人を手助けると……。

 

だが……

 

「しかし……」

 

それが全てでないこともまた事実だった。

 

「全面協力じゃないことは当然わかっているよな?」

 

上げて落とすとでも言うのか……。

一度希望的なことを言ってから、掌返すかのように逆のことをいう。

それは残酷な行為であると……言えなくもなかった。

 

だが、明確な線引きをするというのは、互いになれ合いにならないために必要なことでもある。

 

 

 

「藤村組の連中、雷画さんと大河、そして……美綴に手を出したら、俺は全力でお前達に敵対する」

 

 

 

それが俺の最低にして絶対の条件だった。

俺は別段……博愛主義者ではない。

もちろん被害が無駄に広がらないように努力はするが、俺も一人の人間に過ぎない。

守ることの出来る存在というのは限られている。

桜ちゃんがそこらの赤の他人でしかない存在達を喰らう場合、努力はするが全力で止めはしない……まぁ魔力を吸収しすぎて死に至らしめたりしたら話は別だが……が、藤村組の人間達、雷画さん、大河、美綴といった俺にとって大切な存在達に、例え髪の毛一筋ほどの傷でも負わせようものなら俺は二人を潰しにかかる。

ライダーが黙ってはいないだろうが、それでも護衛対象が二人いる状況+桜ちゃんの体からみて、力を十全に発揮できないだろう。

それが二人もわかっているのだろう。

こちらから条件を出した事で、敵になりうる可能性もあると言うことを再認識して、緊張していた。

少しだけ殺気を込める。

むろん……ライダーが出てこない程度の出力でだ。

 

戦いにでもなったら面倒だしな……

 

といっても、先ほどこの家に入るときにある程度話はしたので出てくるとは思えないが。

少しだけ二人を脅した後、殺気を霧散させて俺は息を一つ吐いて苦笑した。

 

「あぁそれとその大河に関してだが、しばらくの間この家には来ないように言いくるめてきた。さすがに今の状況でこの家に来たら、まずいなんてもんじゃないだろう」

「藤ねえだって?」

 

そこでようやく今の時間を見て、大河がまだ来ていないことに気付いたのだろう。

しかしいるわけもない。

大河に関しては雷画さんに頼んでしばらくこの家にこないようにすること、そして士郎はしばらく学校を休むことを伝えておいたのだ。

ほとんど訳も伝えていないにもかかわらず、雷画さんは快く引き受けてくれた。

 

……マジでどう恩返しするか

 

この問題を解決すれば良いと言ってくれたが、それに甘えていいレベルではない気がする。

今頃大河が藤村組で暴れているのが目に浮かぶようだった。

 

「まぁそう気負うこともあるまい。要するにそれさえしなければ協力し合うのが吉だと考えたからそう提案したまでだ」

「け、けど……」

「そもそも美綴とか特定の存在じゃなくても、襲わないことが二人に取っての最低条件だろ? ならば俺の条件など、ないような物だろう?」

 

それが出来れば……だがな……

 

詳しいことはわからないが……それでも桜ちゃんがそこまで耐えられるとは俺も思えない。

あの明らかにおかしな神父が言うことも、ほとんどが真実だろう。

だが不思議な事に昨日よりは桜ちゃんの顔色が良かった。

何があったのかはわからないが……まぁ元気ならばそれだけ襲う確率が減るのだからそれはそれでいいだろう。

問題はこれからのことだ。

 

「さて、とりあえず協力関係になった……と認識していいかな?」

 

確認のためそう声を掛けると、二人は互いに目配せしてうなずいた。

戦力は多い方がいいと思ったのだろう。

そして先ほど俺が言ったように、桜ちゃんが人を襲うような事態を防ぐのが目的なのだ。

それがうまくいくのならば俺が敵対する理由も少ない。

そう思っていたら、士郎から質問があった。

 

「刃夜……キャスターとの協力関係はまだ続いているのか?」

「あぁ、続いている。一応臓硯が出てきて以来は、柳洞寺に毎晩行くようにして相手に警戒させている」

 

臓硯がどれほどのやり手かは謎だが……いくら弱体化しているとはいえサーヴァントであるキャスター+相当やり手の葛木先生のコンビ相手ではそう簡単に手が出せないはずだ。

だが相手は老獪を絵に描いたような存在。

サーヴァントを従えていないとはいえ油断は出来ない。

故に定期的に柳洞寺へと赴いて相手を牽制していた。

そしてそれとは別にキャスターとは別の契約を結んだのだが……切り札は取っておいた方がいいため、俺はそれをあえて黙っておくことにした。

 

相手に秘密を持ったまま同盟ってのも……俺もなかなかに腹黒いなぁ……

 

と、素直に思うのだが、それでも構わなかった。

相手がどんな手を使ってくるのかわからない以上、警戒するのに越したことはない。

 

「そこで思うんだけど……出来ればキャスターが桜に……」

「それは俺も考えた。だが、それを行うには龍脈の上である柳洞寺に行くか、キャスター本人が桜ちゃんのそばにこなければいけない。さすがにライダーがいる以上、キャスターをそばに来させるわけには行かない」

 

士郎のすがるような目線を俺は一蹴した。

ライダーを言い訳をしたが、本音は桜ちゃんのそばにキャスターを連れてくるわけにはいかない、が本当である。

キャスターが行っている魔力吸収を桜ちゃんにも譲渡すること。

それは確かに魅力的だが、それを行うのは少々危ない。

何せサーヴァントで元々接近戦に弱いキャスターだ。

さらには弱体化しているおまけ付き。

俺と葛木先生がいるといっても、ライダーがいる場所に連れてこれるわけもない。

キャスターの力も絶対に役に立つはずなのだ。

何せ魔術師のサーヴァントだ。

現代の魔術師では知り得ないことも知っている可能性は十分にあり得る。

最終的に必要になるのは力ではない……。

争うだけなら獣だって出来るのだ。

 

まぁその理屈になると俺は完璧に獣なのだがな……

 

知将タイプでないことは間違いないが。

猪武者と言われても何も言えない……言い返せない。

 

「それは……」

 

さすがに言わなくても、自分が言ったことが甘ったれているとわかっているのだろう。

それ以上士郎が言葉を発することはなかった。

桜ちゃんも非常に気まずそうにしている。

場の空気が少し悪くなったことは理解したが……それでも俺はそれを取り払おうとはしなかった。

それだけせっぱ詰まっているのだ。

このチームは。

 

同盟直後から前途多難とは……

 

しかしそれと同時に少し嬉しい言葉でもあったのは事実だった。

 

それだけ大切なんだな……桜ちゃんが……

 

キャスターの魔力吸収を阻止しようとした士郎。

それをして欲しいと言うにはそれなりに葛藤があったはずだ。

だがそれでも士郎は桜ちゃんのために他人を利用したいと言ったのだ。

それは己を顧みずに他者を救おうとしていた士郎から見れば、ずいぶんと変わったことになる。

 

まぁ桜ちゃんがどう思っているのかは……わからないがな……

 

少し気まずそうにしているのは、士郎の変化に桜ちゃんとしては少し考えるところがあるのだろう。

だがそれでも俺はそれを知らないことのように扱うことにした。

桜ちゃんのことは全て士郎がどうにかしなければならない。

むろん手伝うが……それはあくまでも内面以外でだ。

内面は二人でどうにかしてもらわないとどうしようもない。

 

それに気付くかが肝要なんだが……それまで求めるのは酷だな……

 

若干周りが見えてないのかも知れない。

まぁ今までの人生観を根底から覆したばかりなのだからそれはしょうがない。

そこらはフォローするとしよう。

 

「それでどうする? この家にいないことでわかっているのだが、遠坂凜、セイバーとは事実上決別したんだろう? そうなるともう頼れる存在ってのはだいぶ絞られるわけだが?」

 

今のところ脱落したサーヴァントは小次郎のみ。

事実上脱落したと言えなくもないセイバーも、小次郎と違って存在している以上、完全に脱落したとは言えないが、二人の事情により決別。

アーチャーと、キャスターもおおっぴらに頼ることは出来ない。

他のサーヴァントはランサーとバーサーカーのみ。

そしてランサーは未だにマスターの存在が誰だかわかっていない。

故に……頼ろうとなると一つしかないわけで……。

 

「……イリヤに助力を頼もう」

 

まぁそうなるわな

 

残った候補はそれしかいない。

だからイリヤの名前を挙げるのは当然なのだが……果たして相手がうなずくかどうかは謎である。

 

「居場所はわかるのか?」

 

念のために聞いておく。

俺は一度以前にイリヤに森の中の道筋を覚えているから行くことは出来なくはない。

ただ、士郎が言い出したのが完全な無計画なのかどうかを知りたかったのだ。

 

「大丈夫だ刃夜。イリヤに道は教えてもらっているから行くことは出来る。何とか助けてもらわないと」

「了解した。俺も知っているし、それなら鬼に金棒だな」

「刃夜もか?」

「まぁ、俺もイリヤとはそこそこ親しいんだよ」

 

どうやら無用な心配だったようだ。

それにほっとしていると……

 

「まだ……戦うんですか?」

 

戦闘するのを望んでいない桜ちゃんが、小さくだがはっきりとそう声を上げていた。

一番状況が逼迫しているのはわかっているだろうに、それでも戦うことを望んでいないようだった。

 

……元々の性根が争いごとに向く子じゃなかったからな

 

一年近く接してきたが、余り争いごとを好む人間ではない。

しかしそれでも自分の体の事はわかっているだろうに。

 

……まぁこれはいいとしようか

 

直ぐに変わる物でもないし、一応士郎は戦う気があるのだ。

士郎にも影響を与えるのならば考えるが、これはしばらく放置するしかない。

それに桜ちゃん自身が戦いに参加しないことは大いに意味がある。

積極的すぎるとまずいのだから。

 

「あぁ、戦いは続ける。話し合いですめば一番いいけど、それは無理だ。臓硯が桜を手放すわけがない。あいつに聖杯を渡したら一体何に使うのか……。それに桜のために、聖杯は桜が手に入れるべきだ」

 

何でも叶うという万能の願望器。

それが聖杯のうたい文句だが……それがうさんくさく感じてしまうのは俺だけだろうか?

士郎はもうそれしかすがる物がないが故に視野狭窄になっているのかも知れない。

しかし俺は違う。

聖杯が必要でないことはもうわかっている。

故に、少し考え直す事が出来る。

 

あの黒いのが果たしてなんの原因もなく、そして発生する理由もなく出てくるだろうか?

 

煌黒邪神の小型版とでも言うべき、黒い陰。

あれは確かに聖杯戦争が始まるまでは感じられなかった。

故に……そう思ってしまう。

 

が、それは言えないな

 

言えないことだらけで参ってしまいそうだ。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいです。だけど……先輩は戦えるんですか?」

 

誰と……とは言わなかったが、それが誰を差しているのかは、俺にも直ぐにわかった。

少し前まで士郎と協力関係だった、紅いコートを着た猫かぶり娘。

 

「……邪魔をするのなら戦う。でも正直言うと聖杯はあいつに任せたい。俺は魔術は素人でしかないから、聖杯なんて物は手に余る。それに……遠坂なら桜を助けてくれると思うんだ」

 

あまいなぁ

 

「そう……でしょうか? あの人は魔術師で、弱虫な私の事なんて……考えてくれるとは思えません」

 

……ずいぶんと感情を押し殺しているな

 

何を隠したのかはわからないが、それでも遠坂凜に……姉に対して何かしら思うところはあるようだ。

それに気付いているのかいないのか、士郎は話を続ける。

 

「……そうかもしれない。だけど……大丈夫だと思う」

「……どうしてですか?」

「いや、確証はないけど、あいつ……根っこはすごくいいやつだから。あいつはきっと誰かを見捨てるような選択をしないと思うんだ」

 

……どうだろうな

 

確かに根がいいヤツというのに同感だが、それだけでどうにかなる物か?

疑いすぎな気がもしないでもないが、それでも俺が疑わなければ士郎は自分にとって好ましいヤツなら全員を信じてしまいそうなので、俺が警戒することにしよう。

 

「……その、先輩は」

「?」

 

何かを問いかけようとして黙り込む桜ちゃん。

これでわからないからこそ、士郎は士郎なのだろう。

生き方を変えたと言っても、そう簡単に人間性まで変わるわけがない。

だがそれは口にしない。

先にも行ったがこれは士郎が乗り越えるべき事なのだ。

 

「……いえ、何でもありません。私も、先輩がそう言うなら信じてみようと思います」

「あぁ。だけどあいつに任せっぱなしにはしたくない。譲りたくない。桜を守るのは俺なんだから」

 

心意気は立派だが、こいつは自分の力量をもう少し考慮に入れた方がいい気がする……

 

士郎の腕では相手がサーヴァントでは話にもならない。

俺もサーヴァント相手に本気を出されてはどうなるかわからない。

というよりも宝具が厄介すぎる。

こちらとしても宝具に相当する物があるが、修行不足な俺では使えない物が多い。

使用できる物もあるが、あのレベルの連中を相手に使うにはリスクが高い。

だがそれでもどうにかするしかない。

そうでなければ……帰れないのだから。

 

「その気持ちは嬉しいです。だけど私は……私のせいで先輩に傷ついて欲しくないんです」

「ばか。桜のせいじゃない。俺が守りたいからだ。それに今聖杯戦争を降りるわけにはいかないだろう?」

「その通りだな」

 

このままでは堂々巡りになりそうだったので、俺はそれを断ち切るために二人の会話に入った。

忘れていたわけではないだろうが、それでも二人の視線が一度こちらへと向いた。

 

「桜ちゃんの気持ちもわからんでもないが、士郎の気持ちも考えてあげてくれ。何せこいつは桜ちゃんだけの守護者(ガーディアン)なんだ。守らせてやってくれ」

 

存外まじめな顔をして、俺は桜ちゃんにほほえみかけた。

男二人からそう言われては何も言い返せないのだろう。

元々余り気の強い子ではないのだ。

まだ言いたいことはあるだろうが、押し黙ってしまった。

 

まぁいい……。さて……

 

外に出るのならば、その前にまだやることがある。

一応二人の同意が得たとはいえ、ここでもう一人の人物とも協力関係を締結しておかなければならない。

 

「ライダーさん。いるんだろう?」

「……なんでしょう?」

 

さすがに話しかけては現界せざるを得ないのだろう。

話しかけてきた俺に不信感を抱きながらも、ライダーがこの場に実体化した。

家にいることはわかっていたのだろうし、俺がいる以上当然に居間にいることはわかっていたのだろうが、突然の現界に士郎が少し驚いていた。

 

「話は聞いていただろう? 俺と士郎はこれからイリヤの城へと向かう。俺も士郎も道筋を知っているからおそらく迷うことはないだろう。士郎の護衛は俺がするから、桜ちゃんを守ってあげてくれ」

「……本当に任せても構わないのですか?」

 

いろんな意味を含んだ言葉だろう。

話して何とか多少は信じてもらえたのだろうが、それでも全部信じ切っているわけではないのだろう。

それは正しい。

例え俺が本当に二人と敵対する意思がないとしてもだ。

 

「信じてもらうしかないが……あんたとしても士郎の護衛はいたほうがいいんじゃないのか?」

 

桜ちゃんから離れられないのは間違いない。

あの結界が発動した状況で戦闘を続けていたところから見て、ライダーの最優先対象は桜ちゃんだ。

だがその桜ちゃんが必要としているのが士郎だ。

桜ちゃんから離れられないにしても、士郎の護衛はいた方が好ましいだろう。

故に、信じるしかない。

 

存外に、俺もなかなかどうして……

 

あくどいというか……手段を選ばない人間だ。

だが、それでもこの二人のことを救いたいのは本当だ。

何があったのかは知らないし、知り得るはずもない。

だがそれでも……士郎があのような傷だらけの姿になるのは、正直避けたい。

 

そこまで親しいわけではないが……大河の弟分だしな

 

ともかくライダーもこの提案を呑むしかない。

しかしそれだけでは俺があまりにも外道になってしまう。

 

さて……どうするか……

 

あまりしたくはないが……こちらからも人質を差し出すのが筋だろう。

しかしかといって得物を渡すわけにはいかない。

今持ってきているのは狩竜と夜月に封絶だ。

これらはかなりまずい。

 

故に……持ってきたこれを渡そう

 

苦渋の決断。

そう言っても言い。

それどころかはっきりってしまえば絶対にやりたくない行動だった。

俺にとっては。

だがそれでも……信頼を得るためには選ばねばならんだろう。

それに、今朝方話した限りでは少なくともこちらが裏切らなければ、ライダー自身が裏切ることはないだろう。

そう決意して、俺はポーチへと手を伸ばした。

 

 

 

「……まぁ言葉だけで信じてもらえるとは俺も思っていない」

 

……刃夜?

 

何故かとても言いにくそうに言葉を発した刃夜に対して、士郎は不思議そうな目を向ける。

そうしていると、刃夜はだいぶ迷いながらも……小さな小物入れ(ポーチ)からそれを取り出した。

 

真っ赤な……燃えるような紅い光彩を放っている、不思議な紅玉を。

 

「これは俺にとって息子との絆の証」

「息子?」

 

そんなに歳も離れていないはずなのに息子?と、不思議に思った士郎の脳裏に閃く衝撃的な記憶。

『約束された勝利の剣』(エクスカリバー)すらもはじき返し、火球によって全てを吹き飛ばそうとした、超常の存在のことを。

 

「!? それって!?」

「? 先輩?」

 

この場でその言葉の意味がわかったのは士郎だけだった。

故に驚くことが出来たのも、それがどれだけ驚異的な物であるのか理解できたのも、士郎だけだった。

 

「……これは神の元で暮らす、俺の息子……銀竜の父親の飛竜よりはぎ取った紅玉」

 

竜?

 

あまりにも突飛な事をいう刃夜の言葉に、思わず桜もライダーも咄嗟にはそれが本当のことなのかどうかは判断できなかった。

だが士郎の尋常でない驚き方が、それが嘘でないということを二人に否が応でも教えていた。

 

「セイバーの『約束された勝利の剣』(エクスカリバー)すらもはじき返すことの出来た、もはや神竜となっていると言っていい存在である俺の息子、ムーナとの絆の証」

 

『約束された勝利の剣』(エクスカリバー)をはじき返した。

それは、銀火竜を実際に見ていない二人にも、そのすさまじさを理解させた。

特にライダーはこの中でそれがどれだけすごいことなのかを一番理解していた。

令呪で途中で抜けたとはいえ、多少なりともその力で我が身を焦がされたのだ。

知らないはずがない。

 

その威力を。

 

だというのに……

 

……それを、はじき返した?

 

ライダーの頭は、そのあまりにもおかしい事実に支配されていた。

あれを防ぐなど出来るはずがないのだ。

そう思えるほどの威力を備えていた。

当たり前だ。

あれは人間が作った物ではなく、星が作り上げた神造兵装。

間違いなく最強の武器の一つなのだ。

それをはじき返した竜との絆の証というその紅玉には、どれほどの価値があるのか想像も出来ない。

それを担保として差し出すと言っているのだ。

刃夜は。

 

「言葉では信じないだろうから、これを渡しておく。いいか? 一応言っておくがあくまでも渡しておくだけであって決して譲渡した訳じゃないからな? 最後には返してもらうぞ? 返さなければ実力を持って返してもらうぞ。あと粗末に扱わないでな」

 

本当は相当いやがっているのだろう。

かなり真剣な表情でそう捲し立てている。

まぁそれもそうだろう。

何せこの紅玉がなければムーナが生まれなかった可能性があるのだから。

しかしそれを知らない三人は……

 

なら、貸さなきゃいいのに……

 

と思ってしまうのだった。

 

 

 

「話を戻そう。当面の事になるが、桜ちゃんは事が終わるまでは外出禁止だ。なるべく動かない方が心配も少ない。ただし、臓硯が攻めてきた場合は逃げた方が無難だ。ライダーがつれて逃げること。落ち合うのはどこでもいい。逃げることを最優先だ。あれを倒すのは俺と士郎の役目だな」

 

自ら話をずらしてしまった自覚があるので、俺は半ば強引に話の方向を修正する。

 

「それが一番でしょう。ですがどうやってあの魔術師を倒すのですか? 何か考えでもあるのですか?」

「……すまんが即答できそうにない。相手は老獪そのものと言っていい。俺も二人よりは経験があるとはいえまだ未熟者だ。それに、そう簡単にしっぽを出すとも思えない」

 

正面から戦えば勝てるかも知れない。

だが相手は妖怪のあのじじいだ。

策謀を巡らせて裏から攻めてくるのは自然の理。

特にあいつにはサーヴァントがいない。

サーヴァントという、超常という存在が敵にはいるのに自分にはいない。

それがどれほどのハンデか考えるまでもない。

そのハンデをひっくり返すための知識などは十分にあるだろう。

何せ妖怪と言っても差し支えないほどに、経験と時間を蓄えているのだ。

油断できる相手ではない。

 

用心してしすぎることはない……どうしようもない状況になるのだけは避けなければ

 

「それで、バーサーカーのマスターの元へと言って説得できる保証はあるのですか?」

「……それは」

「あるとは断言できないが、それでも可能性はある。それに最近見かけないから会っておきたい気持ちもある」

 

言いよどむ士郎の続きを俺は自分の意見にすり替えた。

ここは今でなければこのまままた会話でずるずると時間を使ってしまうことになる。

余裕があるわけではないのだ。

夜になると敵も動きやすくなる。

イリヤの城まで俺だけで行けばそう時間はかからないだろうが、士郎がいる以上無理がある。

担いでいってもいいが……それはそれで俺が疲れてしまう。

戦闘に発展する可能性がある以上、それは避けたい。

 

「ともかく遅くなる前に出よう。行くぞ士郎。準備はいいか?」

「ま、待ってくれ刃夜。直ぐに準備する」

 

これ以上話を長引かせないために俺は刀を手に取り、士郎をせかす。

それがわかっているのかわかっていないのか、士郎もばたばたと準備をし出した。

土蔵なり自分の部屋に行って得物になりそうな物を探すのだろう。

 

あいつが使える魔術は、なんだろうな?

 

そこで今更ながらにきちんと士郎のステータスを把握してないことに気がついた。

戦闘能力が高くないことは十分に理解しているが、士郎の魔術の腕前がどの程度かは把握しておかないとまずいことになるだろう。

普通の魔術師ならば教えるのを渋るだろうが、士郎ならば聞けば素直に教えてくれるだろう。

そう思っていたら……

 

「……本当に信用してもいいんですか?」

 

ぼそりと、そんな不安な声が漏れ聞こえてきた。

そちらへと目を向けると、桜ちゃんが不安そうにこちらを見ていた。

しかし声が聞こえるとは思っていなかったのだろう。

自分が言ったことが聞かれたと理解したのか、少し驚きの表情をしている。

 

まぁ耳はいいしな

 

「信じられない気持ちは大いにわかる。だからこそ俺にとって大事な物を渡したんだ。少しは信用してくれ」

「でも……」

「まぁそれで直ぐに信用できれば苦労はしないわな。だが……まぁさきほど言ったことは紛れもない本心だよ」

 

信じられるわけがない。

この子は今までどれだけの悪意を向けられてきたのかわからないのだから。

歳はずいぶんと離れているというのに、この子はあの子よりも幼く見えてしまった。

 

ジーヤ

 

ふとあの子の顔を思い浮かべて、俺は頭を振った。

あいつはもう逝ったのだ。

それも……俺の夢かも知れないが、赦してくれた。

ならば、悲しむことはない。

寂しくはあるが、それでも悲しむ理由はないのだ。

 

「? あの……」

「あぁ、すまない」

 

話の途中で頭を横に振った俺がいったい何なのか気になったようだ。

俺はそれに苦笑しながら話を切り上げた。

話で信頼できないのならば、イリヤの本拠地へと赴いて士郎を無事に連れて帰れば多少は信頼されるだろう。

そうして俺と士郎は、各々がそれぞれの準備をしてイリヤの城へと向かっていったのだった。

 

 

 

そうして桜は、衛宮家に残された。

戦う意味もなく、そして戦うための力さえ持ち得ないはずの士郎。

その士郎が危険を冒してまで、原因である自分が安全なこの家でいる事実が、桜に取っては悲しかった。

 

「二人は森へと向かいました。後悔していますか? サクラ」

 

自らの従者が主である自分へとそう問いかけてくる。

どう答えるべきかはわかりきっていたので、彼女はただ静かに首を振っていた。

 

「後悔なんて意味がないでしょう、ライダー。後悔しても、もう全部が遅いんだから」

「そうですね。その通りです」

「でもね、不謹慎だってわかっているけど嬉しい。だって先輩が私のために私だけ(・・・)のために頑張ってくれるのは、純粋に嬉しい」

 

それは紛れもない彼女の本心の一部ではあった。

だが当然全てではない。

自分のために何かをしてくれるというのは嬉しいが、それでもその行為が危険を伴うことだというのは、わかりきっていることなのだから。

 

「おじいさまが容赦なんてするはずがない。先輩が戦うって事は、常に危険にさらされると言うこと。それに……」

 

これ以上戦いに参加しては死んでしまうかも知れない。

それが怖かった。

良くない未来はそれだけではない。

ありとあらゆる可能性が彼女と士郎に流れ込んでくるだろう。

自分の身が綱渡りよりもか細い希望にすがっている事はわかっていた。

だからこそ、その短い時間を二人で過ごし……士郎には生きていて欲しいと桜は願っていた。

しかし……そう願う反面で希望にすがる自分がいることもわかっていた。

それと同時に醜い感情が巡っていることも理解していた。

愛する物が、自分ために傷を負うのをいとわずに、命を賭してまで戦ってくれることが……ひどく悦ばしいことだった。

そして……その感情が時間を追うごとに肥大化していくことがわかっていた。

長くないとわかっているのに……。

このままでは士郎が死ぬ可能性がどんどんと高くなっていくというのに。

それでも桜は、自分を助けて欲しいと……今まで見てくれなかった分以上に、自分の想いに応えて欲しいと、そう思っていた。

 

だから、それならば……

 

 

 

士郎が傷ついてもいいと……

 

 

 

そう思ってしまった。

暗い感情がこみ上げてしまったのだ。

その瞬間……

 

「はっ、……っ」

 

痛みに胸を押さえる。

一瞬。

刹那にすら満たないようなそのわずかな時間、士郎が傷つく姿を想像しただけで、体内の虫が桜の体をうごめき、侵していく。

虫が起因した感情がどういう物なのかを、桜は十分に理解していた。

 

しかし……それを邪魔する存在が出来てしまった。

 

そう思考して……桜はそれを必死になって思考から追い出そうとした。

だが出来なかった。

どうしても出来なかった。

 

「サクラ」

「大丈夫……。私はまだ大丈夫。だからライダー……。先輩についてあげて」

「命令ならば従いますが、いいのですか? あの人もいることですので、早々危ない目にはあわないと思いますが」

 

自らの従者の言葉に桜は驚いた。

寡黙で余り感情を表さないライダーが、刃夜のことを信用していると言っているのだから。

この寡黙なサーヴァントが己の意見を口にしたのは、桜の知る限り初めてだった。

 

「ライダー、あなた……」

「信頼に足る人物ではあると思います。敵に回せば少々厄介ですが、それでも彼はこちらが裏切らない限り敵対することはないでしょう。戦力は多い方がいいはずです」

 

はぐらかされている。

そう思うが、ライダーのいうことももっともなので桜はそれ以上言葉を続けなかった。

だがそれ以上に、桜は思ってしまったのだ。

自分と士郎を助けると言っていることは間違いない。

だがそれ以上に……

 

監視されている……

 

と、思ったのだ。

 

 

 

整備された国道より離れて数分。

初めて訪れるはずの場所だというのに見覚えがあるという……既視感に少し違和感を覚えつつも、俺と士郎は森の中へとやってきていた。

二人して同じ場所に来たのだから、ここがイリヤが住む城の入り口に間違いはないのだろう。

山の中だからか……朝靄で林が白ばんでいる。

が……問題はそこではなかった。

 

「うわ……これ、迷わずにいけるのか」

 

それに気付かず……士郎はある意味で呑気なことを言っていた。

しかし……俺はそれどころではなかった。

時刻は正午あたり。

俺の足であればそこまで時間はかからないが……士郎がいるとなるとそれなりに時間がかかるだろう。

 

……これはまずいな

 

生き物の気配が薄いのはある意味で仕方がないことだろう。

何せ魔術師が今本拠地としている土地なのだ。

そんな場所にいくらたいした害がないとはいえ、野生動物が存在できるわけがない。

 

それに何より……これが通った後に、生きていられる野生動物など存在するわけがない。

 

これは予定変更だな……

 

「刃夜?」

「のんびりしている場合じゃなくなった。この腐敗臭……。間違いない、あのじじいが来ているぞ」

 

一度しか嗅いでいない匂いだが忘れるわけがない。

というよりも、この腐った匂いを忘れる方が難しいだろう。

これこそ醜悪、これこそ醜怪。

生きとし生けるものを食い千切り、喰らい……そうしている存在の固まりが、清浄なはずがない。

 

「!? なんだって!?」

「しかもそれだけじゃない……。事は一刻を争うぞ。ついてこい!」

 

そしてあの妖怪じじいとは違う……もっと不吉な気配を俺は感じ取っていた。

だが、先日のあの黒い陰とはまた別の、よく似た気配だった。

その先日とは違う何かが……俺の心を不安にした。

 

……ったく、急激に変化しすぎだ!

 

数日前のあの戦争中とはとても思えない日々が懐かしい。

あの日々も俺がほとんど当事者となり得なかったための平穏だったが……今ほど深刻な事態ではなかった。

士郎に会わせての速度になるが、それなりの速度で走る。

道中……紅い悪魔へと出会った。

 

「……やっぱりこっちに来ていたわね」

「!? 遠坂!」

 

気配ですでに接近のことは気付いていたので俺は驚きはしない。

それとなく手を封絶へと伸ばしていたのだが、俺がいるということはアーチャーの眼力を持ってすれば遠くからでも見逃すはずもない。

だというのにアーチャーを現界させずにこの場に現れたというのは……すなわち敵対する気はとりあえずないと言うこと。

ならば……

 

「詳しい説明は後だ! 戦う気がないのならついてこい!」

「な!? なに?」

 

遠坂凜の登場に驚く士郎と、俺の態度に驚く遠坂凜を置き去りにして俺はイリヤの城までの道筋を走っていく。

その俺の横に、併走する紅い弓兵、エミヤシロウ。

胸に去来する物は果たしてどのような想いなのか……?

だが、それでもこうして俺に攻撃してこない以上、もう士郎を狙ってはないのだろう。

二人が後ろで言い合いをしているのが聞こえてくる。

 

「遠坂? どうしてここに?」

「……あんたの行動を考えたらここだと思ったのよ。まったく単純よね、あんたって」

「なんでさ? そう言う遠坂だって昨日の態度はどこいったんだよ?」

「あれは……あんたがあまりにも甘い考えだから少し渇を入れてあげただけよ」

 

その声がけんか腰になってはいるが、それでも悪意なんかが感じられない以上、士郎の見る目もそう悪くはないのだろう。

まぁ確かに遠坂凜は悪人にはなれないタイプだろう。

 

ズォン!

 

しかしそんななごやかとも言える思考は、突如森に響いた重低音がかき消した。

後方の二人もそれに気付いたのだろう、顔を引き締めた。

 

「アーチャー、俺が先導する。二人を頼む」

「……良かろう」

 

後ろから殺されることも考えたが……それは今の状況では無用な心配だろう。

本心でどう思っているのかわからないが、それでもアーチャーは俺の提案に乗り、遠坂凜と士郎を抱きかかえた。

 

ちなみに士郎の扱いが雑だった……遠坂凜は抱きかかえて、士郎は肩に担がれていた……そこはご愛敬だろう。

 

「よし! いくぞ!」

 

速度を抑える必要性がなくなったため、俺はアーチャーがついてこれる程度の速度で先を急いだ。

しかし、少しでも抑えないと今すぐにでも三人を置き去りにしての全力疾走を敢行しそうなくらいに、俺は焦っていた。

 

……無事でいてくれ

 

ジ~ンヤ!

 

笑顔で俺の定食を食べてくれた、冬の……雪の妖精のようなイリヤのことを思う。

歳は俺とほとんど変わらないというのに、あの小さな体が……あの子を思い起こさせてしまう。

 

あのときとは違う! まだだ……俺は今ここにいる!

 

焦燥感が胸をこみ上げてくる。

左手に握った狩竜を握りしめる。

おそらく唯一の対抗兵装となるであろう、この大事な愛刀を握りしめて……俺は先を急ぐ。

 

『勝機はあるのか? あの黒い陰に』

『あれはこいつ(狩竜)があれば討伐はそう難しくない。俺が扱えればの話になる上に、あの幼体のままでいればだが。しかし……おそらく今この場にいるのはあれではない』

 

封絶の問いかけに、俺はそう返した。

そう、狩竜があれば黒い陰の討伐は出来る。

前回あの黒い泥のような物を吸収したことがそれを証明している。

扱いに関しては、何とかするしかない。

しかし……あれがただそのままの姿でいるとは思えない。

そしてこの

 

ズズゥン!

 

重圧な音が、バーサーカーと何かが戦っている音だとすれば……。

 

……間に合ってくれ

 

いやな予感を振り払うように速度を上げる。

ただ、俺の不安をかき乱すかのように……狩竜が左手の中で嘶いていた。

 

 

 

黒い巨人を共として、少女は自らの城から逃げ出した。

本来であればそれは不可解とも言える行動だっただろう。

城はイリヤの一族がこの冬木の聖杯戦争のために用意したものだ。

なればこそ、敵が攻めてくることも考慮してそれ相応の罠なども仕掛けられている。

更に少女のそばには最強と言われるバーサーカーがそばにいる。

負けるなどあり得ない。

だがそれでも少女は逃げることを選択した。

 

危険が迫っている

 

それも尋常ではない何かが迫っているのだ。

それが迫る恐怖なのか? それとも別の何かなのか……。

そのときイリヤの不安がなんであるのかは本人にもわかっていなかった。

だが……その不安を確信させたのは、以外にも黒き巨人だった。

 

逃げろ……

 

クラス特性によって理性を奪われ、口を閉ざしているはずの狂戦士が、そう口にしたのだ。

目前に迫るそれには、狂戦士ですら勝てないことがわかったのだ。

それを聞いた瞬間にイリヤは走った。

そして同時に気付いていた。

自分が恐れていたのはあの黒い陰に負けることはでなく……

 

己の半身とも言えるサーヴァントが、己のサーヴァントでなくなること……

 

それを恐れていたのだ。

黒き巨人はイリヤを抱えて、森を走った。

たくましいその腕に……全てを吹き飛ばすはずのその豪腕に抱かれても、イリヤの不安は消えなかった。

そして……森に出てしばらくして……巨人は足を止めていた。

 

「ほぉ? 懸命じゃの。勝てぬと悟り、逃げてきおったわ」

 

一体どこから現れたのか?

そこには一人の、枯れた樹木のような老人がいた。

間桐臓硯。

それがイリヤが故郷の城を出るときに教えられた、同盟者の魔術師であることを直ぐに理解した。

 

「マトウゾウケン。聖杯に選ばれていない存在が、マスターの真似事をしているのね」

 

間桐臓硯のことを「存在」と、イリヤは断言した。

それは一目でその存在が普通ではないことを看破したことを意味している。

そして、先ほど感じた恐怖が、目の前の存在でないことも理解していた。

 

「聖杯に選ばれると、つまらぬことを言う。聖杯はマスターなど選ばぬわ。聖杯とは受け皿に過ぎぬ。その器が意思を持ち、聖別するなどと……よもやお主まで教会の触れ込みに毒されおったのか?」

 

愉快そうに笑うその存在に対して、イリヤはただ冷淡な瞳で見つめるだけだった。

間桐臓硯の言うとおり、聖杯に意思はない。

聖杯に選ばれたマスターが、聖杯によって形を与えられたサーヴァントを使役し、マスターの力によって現世にとどまって聖杯戦争を勝ち抜く。

これは意図的にゆがめて伝えられたもの。

聖杯戦争の真の目的は……別にあった。

それをイリヤは……知っていた。

 

「ふん。あなたこそ毒されたのかしら? ゾウケン。マスターを選び出す大聖杯には意思がある。もともとこの土地にその原型があったからこそ、英霊を呼び出して聖杯を満たそうとした。まぁ……当事者(・・・)であるあなたがそれを忘れるのだから、間桐の血の衰退も仕方のないことなのかしら」

 

冷淡な表情と、冷たい言葉。

その嘲りとしか取れないその言葉を、間桐臓硯は笑ったまま聞いていた。

 

「なに、それもここまでよ。事はなりつつある。予定では今回は見送る予定じゃったが、手駒が優秀での。わしの悲願まであと少しよ」

「そう? なら勝手にすればいいわ。私はあなたに興味なんてない。私以外の器は気に入らないけど、失敗するのは目に見えているもの。さっさと地の底にもどったら?」

「ほ、言われるまでもない。この体に日の光は少々辛い。事が済めばさっさと古巣へと戻らせてもらうわい。だが……こうも事がうまく進むと心配になってきおっての。念のためにお主の体をもらい受けようと思っておこうと思っての」

「……そんなにしてまで何を望むの?」

 

その声は……イリヤの口から紡がれた言葉にもかかわらず、どこか違って聞こえた。

しかしそれには気付かずに、イリヤに問われた臓硯は嬉々として語った。

 

「我が望みは不老不死! 見よこの体を。刻一刻と腐っていき、骨も、脳髄すらも腐敗していく。生きながらに腐る苦しみがお主にわかるというのか? わかるまい、千年続けて同じ思想しか持たぬ物達よ。人形の貴様はどうあっても人間には近づけん! わしは違う。このまま死ぬわけにはいかんのだ。永久不滅の肉体を得て、生き続けるために聖杯を求めるのだ。いかな真理、いかな境地にたどり着こうと無駄なのだ。自己の消滅を克服せぬ限りは。知っておくがいい、人形よ。目の前に生き延びる手段がある、手を伸ばせば届くかも知れぬと知ったのならば……例え何者をも、世界そのものを犠牲にしてでも手にいれるのが人間という物だ!」

 

狂気。

まさに狂気だった。

己が生きるために全てを犠牲にしてもいいと、この目の前の妖怪は本気で言っているのだ。

イリヤはそれを驚きの目で見つめた後に……

 

 

 

「あきれたわ。そこまで見失ってしまったの、マキリ」

 

 

 

そう、口にした。

先ほどよりもイリヤとは違った雰囲気があった。

今度はさすがに、臓硯も気付いたようだった。

奇妙な表情を浮かべている。

 

「な……に?」

「思い出しなさい。奇跡に至ろうとした切望がなんだったのか? 私たちはなんのために人のみであることにこだわり、人の身のままで、人あらざる地点へと到達しようとしたのか……」

 

哄笑が止まった。

老魔術師は、どこか遠くを見つめるように目をこらしたが……それも直ぐに終わった。

 

「……人形風情がようもゆうた。先祖(ユスティーツァ)の真似事をしよるとはの」

 

一瞬だけ澄んだような表情を浮かべたというのに……それは直ぐに醜悪な形相へと変わった。

それに再度不安を覚えたそのとき……

 

「■■■■■■■■■■!!!!」

 

黒き巨人が、老人へと突貫した。

 

「!? だめ! 戻ってバーサーカー!」

 

少女のその悲痛な願いは届かず……黒き巨人はその豪腕を振り下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

ズゥン!

 

重い地鳴りが更に大きくなっていく。

それだけでなくても、圧倒的な気配に近づいているのがわかっていた。

もうすぐその中心地へとたどり着くだろう。

そして近づけば近づくだけ……俺のいやな予感は更に巨大になっていった。

近づくほどに、気配がより鮮明に伝わってくるのだからいやでもわかってしまう。

 

『仕手よ……これは……』

『気のせいってわけじゃない……か……』

 

封絶も感じ取ったようだった。

そうして俺はいやな予感が現実になることを覚悟して……その戦場へとたどり着いた。

 

爆心源にして、一番強大な気配を放っていたのはバーサーカーだった。

その背中に守られるように、目当ての銀髪の少女がいた。

 

……とりあえず無事か

 

その姿にほっと内心で息を吐いたそのときだった。

巨体な影に隠れていた……それを見たのは。

 

「「「!?」」」

 

俺をのぞく、三人が驚いているのが気配で感じられた。

ある程度わかっていた俺は……もう内心で溜め息をつくことしかできなかった。

 

「……くそったれ」

 

思わず悪態をついてしまった。

つきたくもなる。

あの妖怪じじいがいるがそれすらもそこまで気にならなかった。

巨大な地響き、轟音。

それを発生させていた……発生する原因がなんだったのか?

あの強大な存在であるバーサーカーと刃を交える存在など、そうそういるわけがない。

巨大な暴風を物ともせず、それは手にした得物でバーサーカーの剣を受けて流し、反撃していた。

 

幾筋もの赤い筋を走らせた、漆黒の仮面。

 

同じように赤い筋がいくつも走る、重装化した漆黒の鎧と黒い装束。

 

肌すらも死人のように青白くなっている。

 

ただ一つだけ変わらないのが、その頭部を覆う金髪だった。

 

だがその金髪も、以前ほど金砂と言えるほどの輝きは失っていた。

 

その存在が、手にするのは、漆黒の剣。

 

 

 

全てが黒づくめとなった、セイバーの姿がそこにあった。

 




あ~よく死ななかったな俺
アレはパワハラって言うのかなぁ? まぁもう何とかなったから良いんだけど


過去最低レベルまで精神が崩壊しまして、何もする気が起きませんでした
が何とか復活しまして帰ってきました
三ヶ月も放置していたとは思わなかった
まぁまだ続きはかけていないのですががんばっていく所存ですので気が向いたらでかまいませんので読んでください

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