月夜に閃く二振りの野太刀   作:刀馬鹿

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現実に押しつぶされていて、何もする気が起きなかった
まぁいつものことかも知れませんが、二ヶ月ほど放置してしまった
このままだといつ終わるのやら
というよりも戦闘シーンとかがなくてマジで面倒だぜ!

くそぉ!

BGMも大好きなのがあるし、ある意味一番納得の出来るルートだから桜ルート結構隙なんだけど!

心がおれそうだぜ!





滲む暗闇

 

 

 

「……ぅ」

 

朝、ぼんやりとした意識が覚醒して、士郎は目を覚ました。

 

……眠い

 

はっきりと意識が覚醒しないことに疑問を覚えつつ、士郎は身を起こす。

妙に気だるい体が何故だろうと思いながら……頭を掻いている。

 

似たようなことが……最近合ったような……

 

そこまで思考して、士郎は先日の初めての時と、昨夜の行為を思い出す。

それによって一気に意識が覚醒し、顔が真っ赤になった。

 

そう言えば昨日も……

 

昨夜の出来事を明瞭に回想して、士郎は掛け布団に突っ伏した。

文字通り搾り取られて落ちるように眠ったのだ。

それが前回とは違うこと。

互いに互いを求め合い、貪るようにして、果てた結果だった。

 

そう言えば桜は……

 

前回は自分の腕の中で眠っていた存在が、今朝は見あたらない。

それを不思議に思い咄嗟に部屋の中を見回すと、時計が目に入る。

その時計に刻まれていた時刻は……

 

「うわ、完全に遅刻だな」

 

時刻はすでに八時を過ぎていた。

遅いとは言わないが、普段早起きの士郎から見れば当然のように寝坊だった。

遅刻とは学校に遅刻という意味であるが、今聖杯戦争の真っ直中で、しかも相当切羽詰まっている状況ではのんびりと学校に行っている場合ではない。

だが学校に行くことは出来ないとはいえ、普段の習慣というのはそう簡単に抜けるものではなかった。

 

朝飯どうしたかな?

 

昨日、一昨日と刃夜が作っていた上に、他にも料理をすることの出来る人間はいるので、特に心配はないと思いつつも、それでも家主として、今まで一家の台所を一人で切り盛りしていた自負がある士郎としては、完全に人任せにしてしまうのは抵抗があった。

急いで今へと向かうその途中、縁側にて……

 

「ぁ、先輩」

 

ばったりと居間から出てきた桜と鉢合わせをする士郎。

 

……大丈夫そうかな?

 

ぱっと見た限りでは特に体調が悪そうには見えない桜の様子を確認して、士郎は内心でほっと息を吐いた。

しかしそれも一瞬のことで、寝坊したことの謝罪を直ぐに行う。

 

「おはよう……っていうにはいつもより遅いか? ともかく今朝は悪い。寝過ごしてさっき起きたばっかなんだ」

「……」

 

そう謝罪するも特になんの反応も示さない桜に、士郎は首を傾げる。

どこか夢見心地とでもいうのか……そんな感じに桜はぼーっと士郎の顔を見つめていた。

 

「お、オハヨウございます先輩!」

 

熱でもぶり返したのだろうか? そう思い手を伸ばしたそのときになってようやく、桜は再起動し、元気いっぱいに挨拶を返してきた。

若干イントネーションがおかしかったが、特に心配はいらなさそうだった。

 

「よかった、元気いっぱいって感じだな。その分だと体調も大丈夫そうか?」

 

それは何気ない会話の中で出した一言。

しかしそれの意味するところは……

 

「は、はい! せ、先輩のおかげで元気いっぱいです! げ、元気を先輩に分けてもらいましたから!」

 

士郎の何気ない一言で顔を真っ赤にする桜。

 

元気を分けた? それになんで顔を赤く……っ!?

 

そこまでいきついて、ようやく士郎はその意味するところを理解した。

ここに至るまでにここまで時間がかかったと言うことは、まだ士郎は寝ぼけていたのだろう。

自分自身も、顔が一気に熱くなり、赤くなっていることを士郎は十分に自覚した。

そして恥ずかしそうに顔を伏せている桜を見れば、昨夜の出来事が夢でも幻でもないことを教えてくれる。

そして 昨夜の情事の最中の、自分のあまりにも粗野で獣じみた行動を思い出す。

 

「その……桜。昨日は、乱暴だったな、ごめん」

 

昨夜の記憶と行為で頭がくらくらしながらも、士郎は何とか桜に対して謝罪した。

それに対して桜は……

 

 

 

「はい。でも……わたしは嬉しかったです、先輩」

 

 

 

と、朝からとんでもない爆弾を士郎に対して投下した。

その言葉は、まごう事なき喜びが満ちた言葉だった。

恥ずかしいが、それ以上に喜びを感じている。

そんな声だった。

そして桜の表情は、真っ赤になりながらも優しい微笑を浮かべている。

桜の言葉と笑みは、士郎の理性を破壊するのに十分な威力を兼ね備えていた。

 

それこそいまこの場で押し倒してしまいそうになるほどに。

 

しかし幸か不幸か……。

 

「士郎起きてるんだろう? さっさと飯食いに来い! いつまでも食器が片付かないだろ!? 俺はお前の母親じゃないんだぞ!?」

 

居間からの怒号が縁側まで響いてくる。

別段決まりがあるわけではないが、朝食担当になりつつある刃夜だった。

その声は述べた言葉以外にも、怒らせる原因が有るようだった。

おそらく昨夜も美綴のマンションの屋上に行っていたので余り寝ていないのだろう。

もしも刃夜からの怒号がなければ本当に桜を襲っていたかも知れない。

それほどまでに桜が愛おしく思えてしまった。

 

「ご、ごめん桜! 刃夜が怒ってるから飯食ってくる!」

 

恥ずかしさのあまりに、右手と右足を同時に出しながらもこけずに器用に居間へと体を向けた。

何とか欲情を抑えて、士郎はまるでロボットのように機械的に足を運ぶ。

そのとき……

 

……

 

桜の表情が一変して暗くなったことに、体を反転させた士郎は気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

「遅い!」

 

そして居間へとやってきた士郎を迎えたのは、意外なことに刃夜ではなく凜の怒鳴り声だった。

腕を組んで仁王立ちして出迎えた凜の表情は当然のように「怒」のマークが浮かび上がっていた。

その後ろでは、食卓に温め直した朝食を並べている刃夜。

この家に居候し始めてからまだ日は浅いというのに、その動作は実に様になっていた。

 

「呑気に寝入っている場合じゃないのは衛宮君もわかっているわよね?」

 

仁王立ちのまま凜は首をクイッと、テレビへと動かした。

その動作は「テレビを見ろ!」と命令していることに他ならない。

 

なんでそんなに怒ってるんだ遠坂?

 

それを不思議に思いつつ、士郎はテレビへと目を向けて……今度こそ完全に意識が覚醒した。

 

これは……

 

それは昨日の朝もニュースに流れた光景の巻き戻しのようだった。

だが内容は全く違った。

昨夜新都で起きた昏睡事件。

一夜にして何故か大量の昏睡者が続出した。

そしてその範囲は実に50mに及んだ。

しかしそれが全てではなかった。

報道の最後に映し出された光景。

病院に運ばれている三桁以上の被害者達を移しながら、横に名前が映し出されており、その表題は行方不明者とかかれていた。

 

「行方不明者が14名。調べればもっと出てくるでしょうね。全体の10分の1に治まったのは不幸中の幸いかも知れないけど……」

 

先ほどまでの怒気はなりを潜めて、凜は実に淡々と事実を述べた。

さすがにここまでの情報を目にしてのんびりと寝ぼけているほど士郎もバカではなかった。

 

「これは……」

「そういうことよ。これが臓硯なのか、あの黒い陰が原因なのかは不明だけど、そんなことは関係ないわ。一夜にしてこれだけの犠牲者が出たって言う事実。この分だと数日後にどれだけの犠牲者が出るのかわかったものじゃないわ」

 

行方不明者。

それがまだ日常的なものであれば、まだ希望は合ったかも知れない。

だが今この都市で起こっているのは日常とはかけ離れた、魔術を使用した戦争だ。

そしてその魔術という神秘よりも更に謎の存在の黒い陰。

今のこの状況で、これがただの行方不明であると思う者は、この家には存在しなかった。

 

「遠坂……行方不明者ってのは……」

 

だがそれでも一縷の希望にすがり、士郎は思わず凜へと確認を取る。

しかし凜は現実をきちんと見据えて、その士郎の疑問に首を振った。

 

「あいつらは今、この街でやりたい放題やっているわ。私たちにまだサーヴァントがいるにも関わらずにね。それはつまりそれだけこっちが舐められている証拠。なら、見下されている私たちがやるべき事は、罪悪感に落ち込む事じゃないわ。そうでしょう?」

 

未だ臓硯の行方は掴めず、黒い陰の対抗策はなんとか出来たが、それでも敵のサーヴァントへの対応策はない。

軽く見積もっても6:4程の割合で敵に軍配が上がっている。

それも人間を喰らったということは、敵は以前よりもより強大になっているということ。

余り時間的猶予はなかった。

が……

 

「話はわかるんだが、それでも飯を用意したにもかかわらず、食卓にも着かずに立ったままテレビを見ているのはシュールだぞ? この後やることもあるんだろう? ならさっさと飯を食え、寝坊助。食器が片付かないだろう?」

 

シリアスな空気を、刃夜が一蹴する。

それでようやく二人は自分たちが考え込み重くなっていたことに気付く。

そして慌てて二人は動き出した。

確かに刃夜の言うとおり飯を食わない訳にはいかないので、士郎はありがたく飯をいただきつつも少し急いで朝食を食べる。

凜はその士郎の訓練のためと、秘密兵器のための準備を進める。

そんなちょっとあわただしい朝の風景を見つつ……

 

……不安だ

 

魔術という領分ではほとんど役に立てない刃夜は、不安を抱かずにはいられない。

 

それに俺自身のこともある

 

日々強大になっていく敵の怨念。

それらを吸収する事の出来る得物、狩竜。

だがそれを扱うのは刃夜自身に他ならず、そしてその狩竜を今の自分が扱いきれるとは……刃夜自身信じられていなかった。

 

間に合うのか……

 

敵が強大になりすぎて、倒しきれなってしまうかも知れない。

仮に倒しても、あの黒い怨念のような物をどうにかしなければならない。

そのとき、自らの得物を万全に振るうことが出来るのか……。

 

本当にやることは山積みだ……

 

刃夜も心の中で嘆息する。

だがそれで問題は解決しない。

故に刃夜自身ものんびりしている場合ではないと……気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

「衛宮君、あなたにお願いと、命令をするわ」

 

普段よりも遅めの朝食後に道場に集まったのは士郎、凜、イリヤの三人。

昨日とは打って変わり人数が半分になったこの道場で、凜が放った一言がそれだった。

桜は未だ体調が思わしくないのでとりあえず寝かしつけ、刃夜も用事があるということで昼寝もせずに出かけた。

そんな状況で呼び出された存在である士郎には、凜の言葉の意味がわからなかった。

 

てっきりまた投影の強化訓練を行うのかと思っていたんだけど……

 

「どういう意味さ?」

「そのままの意味よ。これ(・・)を作られるのは正直わたしとしては納得したくないことなのだけど……それでも今はこれしか方法がないわ」

 

……本当にどういう意味さ?

 

お願いでもあり命令をされる身であるというのに、士郎には凜の言っていることが全く理解できていなかった。

だが今朝から機嫌が悪かったのが、さらに怒りゲージが上昇していることから鑑みても、触れない方が得策だと学習している士郎は、なんの反論もせずに凜の言葉を待った。

 

「イリヤと一緒に材料を準備しているわ。それを用いて、あなたには秘密兵器を投影してもらうわ」

 

材料?

 

秘密兵器。

材料。

意味がわからない事を言っている事は、士郎にもよく理解できたが、その中でもっとも意味がわからないのが材料という単語だった。

投影は士郎の中に有るイメージを魔力を用いて現世に出現させる魔術。

 

まるで虚空から剣を取り出すように……

 

故に士郎の投影には材料は必要がない。

だが凜はあえてその材料を用意しているといった。

 

「まだ準備が整ってないけど、それまでに何とかして精度を上げてもらうわ。あなたのその投影で形だけでも大師父の護符を複製してくれたら……」

 

秘密兵器と言い、複製してくれたら……そこまで言ったにもかかわらず凜はその先の言葉を紡ごうとしない。

何故言葉を途中で切ったのかわからない士郎は、首を傾げることしかできない。

しかしそんな士郎の事を構っている余裕は凜にはなかった。

 

衛宮君が投影に成功したら……勝てるの?

 

自らが口にした希望的観測に過ぎない言葉を自問自答していた。

確かに士郎の投影は異常の中の異常だ。

だがそれはあくまでも異常と言うだけであって、今現時点では一つ手札が加わった程度の物でしかない。

だからこそ凜はイリヤの協力も得て、切り札の準備を進めていた。

士郎のイメージのみでは危ういため、それを補完、補助するために元々その剣の材料を用意しておく。

それによって後は中身のみにイメージを集中させることが出来る。

しかし……それでもどうしても不安は払拭できなかった。

 

大師父の課題が……そんな簡単な物の訳が……

 

「遠坂~?」

 

怖い顔をしてじっと考え込む凜を見て、さすがに見かねた士郎が声を掛ける。

そこでようやく凜は考え込みすぎている自分を戒める。

 

……やらせるしかないわ!

 

そう。

もはや今の状況は一刻の猶予もなく、戦力不足は否めない。

故に、やってもらうではなく、やらせるという命令になるのだ。

 

「ともかく、設計図を用意したわ。これをまず見なさい!」

 

そうして一枚の図面を見せ、それを補完として、徹底的なしごきが始まった。

ひたすら投影を繰り返す。

士郎自身も、凜が必死になっている理由はわかっている。

だからこそ、それに応えようと投影を繰り返すが……今の士郎の力量で、凜の納得できる物が生成できるはずもなかった。

 

「もういいでしょう、リン」

 

事ここにいたってようやく、今までずっと黙っていたイリヤが声を上げた。

ちょうど士郎の集中力がとぎれ、凜もこれではダメかも知れないと諦めかけた、そのときだった。

 

「今のシロウじゃ、宝石剣は作れない。それはあなただってわかってるでしょう?」

 

宝石剣?

 

聞き慣れない単語を耳にして疑問が浮かぶ士郎だったが、何となく納得している自分がいた。

何せ設計図を見る限りでは、どう考えても剣としては機能しない物だったからだ。

剣と言うことで、何かを切断すると言うことは間違いないと思われるが、その切断の対象が果たしていったい何なのかは、士郎には想像も出来なかった。

凜も半ばわかっていたことだった。

だからイリヤに反論もせずに顔を伏せる。

 

「なっていないな」

 

重い沈黙が降りた道場に、虚空より声が漏れ出す。

三人が一斉に声の主を探すがその姿はどこにも見られなかった。

そして二度三度、首を巡らせてようやく、その声の主が姿を現した。

凜のサーヴァント、アーチャーが。

 

「アーチャー?」

 

いきなり現れて何を言っているのか?

そう思うも、アーチャーの瞳を見て、凜は何も言えなくなった。

その瞳に宿した色は、とても一言では言い表せない感情を孕んでいた。

後悔、悲哀、諦観、嫉妬、悔恨……

 

 

 

そして、わずかな嫉妬……

 

 

 

だがそれに気付いたときには、すでに普段通りのアーチャーに戻っていた。

苛烈な戦闘の意思を宿した瞳に。

 

「凜、それを」

 

突然の登場に困惑している凜は、アーチャーに言われるがままに手にしていた宝石剣の設計図を渡した。

アーチャーはそれを一瞥した。

それだけで、アーチャーはその設計図を凜へと返却した。

そして……

 

ブゥン

 

鈍い音と共に、その場に一本の不可思議な剣が姿を表した。

巨大な宝石を削りだし、短い剣の形にした。

そんな形の物だった。

普通の刃物であれば刃に相当する部分である刃先は、荒々しく削り出されてそのままで、とてもではないが物を切断する能力がないのは明らかだった。

この剣が切断する物は普通の物ではないのだ。

そんな明らかに普通ではない形状の剣。

士郎はその「剣」目にした瞬間に悟った。

 

己が投影した物よりも遙かに精度の高い代物であることに。

 

「!? それって……」

 

凜にもそれはわかったのだろう。

今アーチャーが投影して見せた宝石剣が、士郎のよりもより本物に等しい贋作であることに。

それほどまでに、士郎とアーチャーの腕前は別次元の物だった。

 

「……貴様はまだまだ基本骨子の想定が甘い」

 

アーチャーその言葉は、まだ迷っているかのようにひどく重い物だった。

だがそれでも、その声によどみはなく、はっきりとその事実を士郎へと突きつける。

 

「……ぇ?」

「凜、この剣の生成、わたしが受け持とう」

「アーチャー……あんた……」

 

士郎とアーチャーが目の前で同じような物を生成した。

それは異常な魔術を扱う物が二人も存在するということ。

しかしアーチャーはサーヴァントだ。

今この現世に生きている存在ではない。

そして凜は思い出す。

 

未だアーチャーの真名を聞いていない事を……。

 

アーチャー……あなた、まさか……

 

「……やっぱりそうなのね」

 

驚愕に目を剥く二人をよそに、ただ一人この三人のやりとりを、悲しい瞳で見つめている少女がいた。

それに二人は気付かなかった。

二人の疑問をよそに、アーチャーは更に言葉を紡いだ。

 

 

 

「……貴様に出来るのはたったひとつだけだ。その一つを極めて見せろ」

 

 

 

その言葉はあまりに重く、そして全てを理解できる者はこの場には誰一人としていなかった。

 

しかし士郎だけは、その言葉を理解しないまでも、何故か心に重く響いていた。

 

「こいつには投影の特訓をひたすら繰り返させればいい」

「……え、えぇ」

 

話はすでに終わったとばかりに、アーチャーは士郎に背を向けて完全無視の姿勢を見せる。

その態度を見てかちんと来る士郎だったが、しかしその背中があまりにも大きく見えて、言い返す言葉は出てこなかった。

その間も凜とアーチャーの会話は続けられていた。

そうして士郎はお払い箱となった。

とりあえず士郎は引き続き投影の修行。

そしてそこに追加されたのが……

 

「秘密兵器を準備する手間が省けたから、あなたは戦闘技術を身につけなさい。剣がまともに投影できても、それを持っているのが凡人じゃ意味がないわ」

 

と、ありがたい凜の忠告で士郎の特訓項目は投影と剣術となった。

しかし教える人間が今現在いない……セイバーとは仲違い、アーチャーは教える気無し、消去法の刃夜は現在出かけている……ため、とりあえず午前はお開きとなり、イリヤと士郎が連れ立って買い物に行くこととなった。

 

人数増えたし、多めに買わないと

 

大食漢の大河がいなくなったとはいえ、それ以上に人数が増えている今の衛宮家では、今までの感覚で買い物をしては、直ぐに食材がなくなってしまうのは明白だった。

資金はそこまで多くないが、それに構っている場合ではなかった。

 

「よし、それじゃドカッと買うかぁ。イリヤ何か昼飯とかのリクエストはあるか?」

「うーん、そうね。シチューがいい!」

 

笑顔でそう言われては、士郎は断ることは出来なかった。

そのためまず向かったのは精肉店だった。

三日分の食材となると量もそれなりになってしまう。

故に少しでも安く仕入れようと、足を運ぼうとしたのだが。

 

「無防備だなぁ……」

 

そう後ろから声を掛けられて、士郎は一瞬固まりすぐに後ろへと振り向いたが、それは無駄なことだった。

 

「せめて誰かに護衛を頼めよ」

 

いくつも日常にそぐわない物……狩竜、竹刀袋、封絶を入れたシース……を持った刃夜だった。

竹刀袋と黒い布はともかく、狩竜はこの商店街のただ中と合っては偉く目立つはずなのだが、気にとめる人間はほとんどいなかった。

 

「じ、刃夜。脅かさないでくれ」

「脅しもするわ。とかいいながらまだ用事が済んでないから俺は護衛できないんだが。っとそうそうこれ」

 

用事がなんなのかを聞く前に、刃夜は懐へと手を伸ばして封筒を取り出して、それを士郎へと手渡した。

受け取った士郎はそれがなんなのかを確認するために中を開くと……

 

……札束!?

 

結構な金額が納められている封筒だった。

ぎょっと剥いた目を、刃夜へと向けて疑問を投げかける。

 

「それは雷画さんからの預かり物だ。渡すの忘れてた。以前に言っただろ? 大河が士郎の家に来ないようにしたって。そのとき預かった」

「雷画爺さんから?」

 

雷画、そして大河。

その二人の名を聞いて、士郎は最近合っていない、自分にとって家族のような人たちの事を思い出す。

五年前の冬木の大火災より失った血のつながった家族。

そしてその代わりとでもいうように、孤児の自分を引き取って亡くなってしまった切嗣。

広い衛宮家の武家屋敷でも、寂しさを感じなかったのは大河と雷画という、士郎にとって家族同然の存在がいたからこそだった。

 

「雷画さんから伝言だ」

「……え?」

「『その金は軍資金として渡す。好きに使えばいい。ただしそれを使うのならばやるべき事を成し遂げた後、きちんと生きてわしの前に顔を出すこと。理由は刃夜同様詳しくは聞きはしない』……だそうだ」

 

刃夜はそう伝言を残して、士郎の胸を軽くこづく。

士郎はその言葉をしかと受け止めて、その封筒を受け取った。

 

「んじゃ俺は行くな。イリヤ。もしもの時は町中だろうと関係ない。魔力を放出してくれ。直ぐに駆けつける」

「うん。ジンヤも気をつけてね」

 

イリヤにほほえみかけて、刃夜は二人とは別の方向へと歩いていった。

さすがに商店街という人目が多いところで跳躍して移動などはしないらしかった。

軍資金は入ったが、それでも日頃の習慣のために士郎は普段通りに少しでも安く食材を大量に手に入れる。

買い物途中こそつまらなさそうにしていたイリヤは、買い物を終え帰ることとなると嬉々として士郎の先を歩き出す。

 

「ほらシロウ! 早く帰ろう!」

「ちょ、まっててばイリヤ! 荷物は重くないけど食材がつぶれるかも知れないから余り走れないんだよ」

 

男の意地と言うべきか……ほとんど重たい物を持っている士郎だったが、さすがに六つも食材たっぷりの買い物袋を下げては走ることはできなかった。

しかしイリヤは走って移動しているため、何とかイリヤにおいて行かれないように早足で進んで行く。

走ることは出来ない。

卵と豆腐がつぶれてしまっては、食材が無駄になってしまうからだ。

そんな士郎の努力が嬉しかったのか、おもしろかったのか……イリヤは最初こそ笑顔で先へ先へと走っていたが、商店街を抜けて衛宮家最寄りの交差点へとさしかかると、士郎と歩調を合わせてぴったりと二人並んで歩いていた。

 

「~♪」

 

買い物袋を下げながら、イリヤは楽しそうに唄を口ずさむ。

士郎には何を歌っているのかわからなかったがどこか聞き覚えのある音楽だった。

幼少時、どこかで聞いたことがあるような、そんな優しい歌だった。

 

「~♪」

 

並んで歩きながら歌われるその歌。

イリヤの故国の言語なのだろう。

士郎にはさっぱり意味がわからなかったし、イリヤがどんな思いで、どんな表情で歌っているのかも士郎にはわからなかった。

 

「~♪」

 

言語も表情もわからなかったが、その声は明るかった。

素朴でありながらもどこか優しげな歌を口ずさみながら歩くイリヤは、きっと喜んでいると、士郎はそう思った。

 

「~♪」

 

交差点に設置されたカーブミラーをのぞくと、そこには目をつむって楽しげに歌う銀髪の妖精のような少女と、士郎の姿が映っていた。

端から見れば兄妹のように見えてしまうほどに、その光景は優しかった。

だからだろうか?

士郎は思わず夢想する。

もしも自分たちの間に、じいさん(切嗣)がいたのならば、それはどれだけ幸せな光景になったのだろうかと……。

士郎は切嗣とイリヤの関係を知らない。

士郎とは違い、血のつながった実の親子だと言うことを。

だが、切嗣の事を知っており、先日の朝に切嗣の話をした時のイリヤの表情で、浅からぬ関係であることは士郎もそれとなく気付いていた。

 

「なぁ……イリヤ」

「なに? シロウ?」

 

思わず呼び止めてしまった自分に、士郎は内心で苦笑した。

今のこの関係は、互いに嘘をつきそれを言及していないからこその関係なのだ。

切嗣とイリヤの関係のために、イリヤは士郎の討伐を命じられている。

当然士郎はそれも知らなかった。

しかしイリヤはふれあった士郎のことが嫌いになれなかった。

だからこうして嘘をつき続けている。

士郎も理解していた。

この終わりへの道にイリヤつきあってくれていることに。

 

あの夜の約束を……この銀髪の妖精が守ってくれていることに

 

だから……その気持ちに応えるために、士郎はこう言った。

 

 

 

「もし……この戦いが終わって帰るところがないなら、このまま俺の家で暮らさないか?」

 

 

 

 

そう、問いかける。

その一言で、今まで笑顔だったイリヤの表情に一切の感情が消える。

 

「それは、キリツグの息子として?」

 

その表情のままにイリヤは、そう問いかけた。

 

「……イリヤと切嗣(オヤジ)の関係がどんな物だったのかわからない。話してくれたら嬉しいけど、無理強いはしない。それに俺はイリヤが好きだから、一緒に暮らしたいって思うんだ」

「キリツグの代わりになるの?」

「それはできない。俺は切嗣(オヤジ)じゃないし、切嗣(オヤジ)の代わりも出来ない」

 

イリヤと切嗣の関係。

切嗣は第四次聖杯戦争にてアインツベルンの切り札として用意された、部外者の魔術使いだった。

魔術を用いる暗殺者。

士郎が決して知ることのない衛宮切嗣のもう一つの顔。

魔術師であるにもかかわらず、魔術を暗殺の道具の一つとして認識し、数々の魔術師を魔術と近代兵器で葬ってきた『魔術師殺し』の異名を持った人物であり、世界中を歩いてきた。

そんな彼をアインツベルンは自らの陣営に迎え、妻と第四次聖杯のサーヴァント召喚のための、宝具を与えた。

その妻との間に出来たのがイリヤだった。

仲の良い親子だった。

最優のサーヴァント(セイバー)と、魔術殺し(衛宮切嗣)の二人は聖杯に後一歩のところまでたどり着いた。

だがそれは切嗣の裏切りによって引き裂かれてしまう。

裏切り者(切嗣)とその養子である士郎の抹殺を命じられた、イリヤ。

 

それが士郎が知ることのない、イリヤの事情。

 

そう、本来ならばイリヤが士郎に協力していることはおかしいことなのだ。

協力するのが裏を掻くためであるということであれば不思議はないが、イリヤは純粋な気持ちで、士郎を手助けしていた。

それは彼女自身の小さな、気持ち。

その気持ちがこの提案が素敵なことで、嬉しいことだと感じていた。

だが……

 

 

 

「それは無理だよ。わたしは長生きできないから。一緒に暮らすことは出来ないわ」

 

 

 

綺麗な笑顔で、イリヤは士郎の提案を拒絶した。

 

「長生きできない?」

「そう。わたしにはわたしがしなければいけない使命がある。それは間違いなくわたしが身命を捧げなければ成しえないこと。だからわたしは一緒に暮らすことができない」

 

イリヤの使命。

それは聖杯戦争とは別の使命で有ることは、さすがの士郎も理解できた。

だがそれだけだった。

イリヤの身命を賭しての使命がどんな物なのか、理解することは出来なかった。

 

「ちょっと残念。もう少し早く言ってくれたら……運命が変わっていたのかも知れない。でも嬉しかったよ、シロウ」

 

寂しげな笑顔を浮かべていた。

そしてその言葉は、士郎に深い罪悪感を覚えさせてしまう。

 

また……俺は気付けなかったのか?

 

もう少し早く言っていれば運命が変わったかも知れない。

桜も、イリヤも。

こうしてまた、失ってしまうかも知れないという状況になってしまった、しまっていた。

寂しげに笑う少女の言葉は、確信に満ちていた。

つまり、己が死ぬという運命を……不吉な予言のような運命を、少女は受け入れていると言うこと。

それを否定しようとするが、イリヤはその前に背を向けて歩き出していた。

先ほどの歌は歌わずに……。

冬空のした、先ほどまで二人で聞いていた暖かな歌は流れず、寒い風邪だけが音を奏でていた。

だけど、士郎の耳には、イリヤの言葉と歌が残っていた。

 

 

 

 

 

 

夜十時。

静まりかえった夜に、士郎と凜は深山町の中を歩いていた。

姿は見えないが、アーチャーもこの場に存在していた。

ある程度対策手段を得たために、臓硯探索を開始したのだ。

アーチャーしかいない布陣というのは、少々危なっかしい状況ではあったが、万が一の事を考えるとライダーを桜から離すことは出来なかった。

刃夜も用事があると言うことで、早くにでてしまっていた。

 

刃夜は何をしてるんだろうな?

 

不思議に思うが、それを問いただすのはためらわれた。

いつもでる前に挨拶をしていく刃夜の表情は真剣そのものだったからだ。

 

「ちょっと衛宮君。ぼ~っとしてたら危ないわよ」

 

先導する凜にそう注意されて士郎はいったん思考を中止して、見回りに専念しようとした。

だが、直ぐに異常に気付いてそれどころではなくなっていた。

 

町があまりにも静かすぎるのだ

 

夜といってもまだ十時。

寝静まるには早い時間だと言っていい。

聖杯戦争が始まって以来、人が出歩くことを控えているので、外に人がいないのはそこまで不思議ではない。

 

「ねぇ、あそこ街頭もついてないんだけど、前からそうだった?」

 

家にも灯りはなく、それどころか街頭すらも明かりがともっていなかった。

警戒を強めるために、アーチャーが現界して凜の前に立つ。

そうして三人は歩いて状況を確かめる。

否、確かめるまでもないだろう。

だがそれでも確認しなければならなかった。

しかしそれすらも確認する必要がなかったのだ。

 

何せこの一帯に人の気配すらもなかったのだから。

 

不法侵入を承知で、三人はとある民家に立ち寄った。

だがそこには誰もいる気配がなかった。

 

 

 

ドクン

 

 

 

荒らされた様子はなく、窓が割られると言った強盗まがいの不法侵入の形跡もない。

あるのはところどころにある黒いしみ。

ただそれだけだった。

そのシミを見ると……

 

 

 

ドクン

 

 

 

何故か全く関係のない映像(桜との情事)が、士郎の頭がよぎっていく。

初めて黒い陰を目にしたとき。

森で黒い陰を見たとき。

その気配と匂いが、何故か桜へと結びついてしまう。

 

 

 

『先輩……。もし、私が悪いことしたら、どうしますか?』

 

 

 

「衛宮君? どうしたの? 他に気になるところでもあった」

 

否定したくて、否定して欲しくて、士郎は必死になって思考を中断した。

黒いシミに呑まれたことにして、士郎達は分析を続けた。

 

「この辺一帯をすっぽりと覆って有機物だけ溶かして消化した。そんなところかしらね。救いというのもいやだけど、痛みも恐怖も感じなかったのは不幸中の幸い……なのかしら」

 

それはつまり痛みも恐怖も感じないほどの一瞬の時間で、あの黒い陰は捕食を終えたということに他ならない。

 

「問題なのはこれだけの規模の行為だって言うのに、魔力を感知できなかったってことね。これがあの黒い陰の仕業なら、この捕食の行為はあいつにとって本当にただの食事って事になるわ」

 

もはやただの人がどうにか出来るレベルの範疇を超え始めてしまっている。

敵は捕食を繰り返すたびにより強大になっていく。

それも捕食を止めようにも感知できないのであれば、対処することすらできない。

完全な静寂となった町中を、三人は歩いていた。

 

 

 

その三人を、遠目から見つめる一つの存在がいた。

 

「ふぅむ。加減を知らぬのも問題よな。よかれと思って放置しておったが……そろそろ手を出さねばならんようだのう」

 

完全な静寂の町を眺めて、老人は嗤った。

それは心が壊れている証。

これほど凄惨な町をみて嗤うことが出来るなど、人であるはずもない。

 

「それにそろそろ、仕上げに取りかからねばならんのう」

 

嘲笑。

これから自らが行うことを心の底から楽しんでいる。

そんな表情だった。

 

 

 

三人はもはや何もすることが出来ず、早々に探索を打ち切った。

どれほどの範囲を黒い陰が吸収しているのか確かめる事も重要だったかも知れないが、それ以上に黒い陰の残滓に当てられて体力を消耗しないように努めることにした。

 

「お帰りなさい。町の様子はどうだった?」

 

衛宮家へと帰り三人を出迎えたのは、居間に残っていたイリヤだった。

その場に桜の姿はない。

 

……桜は……客間で寝ているはずだ!

 

先ほどの最悪な想像を捨てるように、士郎は必死になってそう自らを言い聞かせた。

そんな士郎に気付かずに、イリヤと凜は会話を続ける。

 

「もう手遅れだったわ。桜は?」

「ちゃんとベッドで寝てるし、起きた様子もないわ。ライダーを使役していないから、魔力も温存できているんじゃないかしら?」

「そう、だといいけど。でも警戒だけは解かないで。あの子、次に暴走するとしたらそのときはもう最後になるはずよ」

 

淡々と、凜は実の妹の死刑宣告を刻んでいく。

あれほどの廃墟を見ても、凜は必死になって普段通りの自分を演じていた。

むしろ実の妹を殺すという冷徹な魔術師としての自分を出すことで、自分を保っているのかも知れない。

 

「それとあいつは?」

「ジンヤならまだ帰ってきてないわ。どこで何をしているのか聞いてないけど」

「またか。あの男、今の状況がどれだけやばいか理解してないわけないはずなのに」

 

唯一あの黒い陰をどうにか出来るであろう刃夜は、協力体制を取った後も基本的に一人で行動を行っている。

何も手が出せない状況のために、より刃夜に対するいらだちを隠せない凜だった。

だが、それでどうにか出来ない相手であることを凜も理解できているのだろう。

溜め息と共に怒りをはき出した。

 

「もう寝るわ。イリヤは?」

「わたしも休むわ。何かをするって気分でもないし」

 

おやすみなさいと言い残して、イリヤは和室へと戻っていく。

 

「今夜はこれでお開きって事ね。衛宮君も休みなさい……って衛宮君? どうしたの? 顔真っ青よ」

「な……なんでもない」

 

必死になって振り払おうとしているのに、士郎にはどうしても振り払うことが出来なかった。

それを表に出さないように必死になっているのだが、うまくできていなかった。

それでもどうにかごまかして、凜と士郎は別れてそれぞれの寝室へと向かっていく。

 

体が重い……

 

障気に当てられたか、体がひどく重かったために、士郎は欲求に逆らうことなく布団に倒れ込んだ。

目を閉じて眠ろうとするも、目をつむればどうしても思考の隙間に割り込んでくる……最悪の想像。

 

くそっ!

 

イリヤのこと。

黒い陰のこと。

 

そして……桜のこと。

 

日に日に自由がきかなくなり、日常生活にも支障を来し始めてしまった桜。

刻印虫によって体を蝕まれていき、体の魔力を失っていく。

 

だから……桜のせいじゃない

 

刻印虫を植え付けたのは間桐臓硯。

故に桜のせいではない。

間桐臓硯さえ倒せば桜は自由になるが、そう簡単にしっぽを出す存在ではない。

今の士郎に出来ることは、魔力を与えることだけだった。

何度も、何度も……何度でも桜を抱いて魔力を与え続ければ……

 

大丈夫……な、はずだ……

 

なんの確証もない言葉。

その「大丈夫」という言葉が、どういった意味での言葉なのか、士郎は自分でもよくわかっていなかった。

 

「先輩……起きてますか?」

 

そんな士郎の思考を遮るかのタイミングで、廊下から声が掛けられる。

 

「起きてる。入ってくれ、桜」

 

横たえていた体を起こしてそう声を掛ける。

まともに働いていない頭も疲労も棚に上げても、今は桜の顔を見たかった。

襖を開けて入ってきた桜は、いつも通りの桜だった。

 

「ごめんなさい、物音がしたから先輩が帰ってきたと思って、来ちゃいました」

 

そう控えめに入ってきた桜の様子はいつも通りだった。

引っ込み思案で気が利き、言いたいことを我慢して、それでも一生懸命に笑っている……士郎にとって大事な存在。

高校に入ってから急に綺麗になって、二人で向かい合っていると抱きしめたいほどに可愛く、守りきると誓った少女。

 

「その……ただお休みなさいって言いに来ただけなんです。先輩のおかげで調子もいいのでよく眠れそうです」

 

いつも通りの……桜だ

 

士郎から見て、桜は本当にいつも通りの桜だった。

だが、どうしても不安をぬぐい去ることが出来ずに……士郎は思わずこう問うた。

 

「桜……ちゃんと寝てたか?」

 

己の無力さと、町の状況。

それらがない交ぜになって心も体も疲れていた。

そんな弱さがこぼれて出てきた言葉。

それに対して桜はかげりのない穏やかな笑みで……

 

「はい、ぐっすり眠れました。怖い夢を見ちゃったけど、寝付くまで先輩がいてくれたので、我慢できました」

 

怖い夢。

それはどういう内容で怖い夢なのか?

本来で有ればそれを聞かなければいけない。

だがどうしても士郎は聞くことが出来なかった。

その代償……代用行為とでも言うものか、士郎は桜の手を取って抱きしめて、そのまま抱いた。

 

それは今までの互いを大切に思うが故の行為ではなく

 

獣じみたように荒々しい物だった

 

魔力を与えるという名目で、不安をごまかすかのように

 

そうして不安をぬぐおうとすればするほどに何度も何度も

 

その行為が逆に、自らの考えが正しいと認めてしまっているということに気付いたのは、桜の重さを感じながら落ちるように眠ったそのときだった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

出来た……

 

深夜、俺はいつもの習慣として柳洞寺へと赴いてから、小次郎と剣の練習と仕合を行っていた、武家屋敷跡に訪れてとある剣技を開発していた。

 

野太刀を相手に勝つための剣技……というよりも技である

 

 

 

間違いなく……あたることになるだろう

 

 

 

もはや確定事項と言っていい。

そしてそれを他の連中に任せるつもりはない。

 

本当に、おもしろい展開というかなんというか……

 

波瀾万丈ってのが実にぴったりな状況と言っていいだろう。

料理屋で一年近く呑気な生活を行っていたのが本当に遠い昔のようだ。

 

そう思うほどに……

 

 

 

俺はそのときを心待ちにしていた……

 

 

 

これが今の俺に出来る精一杯……だな……

 

何とか形は出来たので、後は練度を増すだけなのだが、()がいる可能性がある以上、夜とはいえ余り手の内を見せるのは好ましくない。

 

一応成功したからよしとするか……

 

とりあえずそう結論づけて、俺は振ったままの姿勢で固まっていた体を戻し、狩竜を宙へと放り投げる。

その間に普段とは違い、帯で腰に装備していた夜月と雷月を取り外し、帯も取る。

更に狩竜の鞘を組み立てて、落ちてきた狩竜を納刀した。

 

『相も変わらず、おもしろいことを考えるというか、実行するというか……』

「おもしろいか? 俺から言わせればモンスターワールドのモンスターの方がよほど興味深かったぞ?」

 

俺の練習風景を見学していた封絶からの言葉に、俺は俺の素直な感想を述べる。

火を吹いたりする竜や、雷をはく獅子がいるのだからよほど笑えた物だったが……。

 

まぁ俺の場合は人間の戦闘に置いてはキチガイじみた人間を結構知っているしな……

 

『それもそうかもしれないな。この世界には獣はいてもモンスターはいないようだしな』

「いたら大騒ぎというか、それこそ軍隊が何度出動していることになるか……」

『軍隊?』

「銃ってのはすでに知っているよな? といっても粗悪なトカレフとかしか知らないだろうが。銃の使用や、装甲車や戦車の使用を前提とし、集団での行動を主とする国家防衛のための機関のことだ」

 

全ての武装をしまい、俺は武家屋敷の縁側で封絶を会話を楽しんだ。

その胸の内に宿した、どす黒い感情を隠すかのように……。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

また、怖い夢を見ている……

 

士郎の腕の中で眠っている桜は、そんな他人事のような感覚で、その夢を第三者のように見つめていた。

ひたひたと歩いていくそれは、歩くたびに人を捕食し喰らっていく怖い物だった。

見たくないと思いながらも、何故か目を背けることも出来ず、桜はその夢を見続ける。

それはまっすぐに導かれるように、新都へと向かっていった。

 

ドコヘ向かっているんだろう?

 

行き先も定まらずに歩いているようには見受けられなかった。

そうして見ていると、何故か親近感を抱き、恐怖が薄らいでいっていた。

毎日見ていたために見慣れてきたのだろう。

だがそれ以上に桜はこう思ったのだ。

その黒い何かは悪い心を持っておらず……

 

食事の仕方が私たちと違うだけ……

 

だと。

 

「       」

「       」

「       」

 

道を歩いていると、夜中にもかかわらずバカ騒ぎをしている若者を見かけた。

そちらの方へと……食べ物の方へとそれは向かっていき、喰らった。

ここ最近で食事のこつをつかんだのだろう。

その手際は実に無駄のない物であり、無駄なく食すように……心も体も余すことなく食していた。

その食事風景に、普段とは違い喜びの感情が強く表れていたことに、桜は気付いていた。

喜ばしいことがあったのは桜自身も同じであり、そんなところにも親近感を覚えてしまう。

 

初めて……先輩から求めてきてくれた……

 

士郎から必要とされること、士郎の望みを叶えること。

それが桜の幸せの一部だから。

だから桜にとって今夜はとても喜ばしいことだった。

その喜びを……

 

 

 

「ほぉ、精が出るな? 今夜は普段の倍を食す気か?」

 

 

 

とても恐ろしく、怖い人に出会ってしまった。

それが恐ろしいことは黒い何かにもわかったのだろう。

黒い何かが怯えているはずなのに、何故かその夢を見ている桜も恐怖を覚えていた。

そして怯えながら逃げる。

その姿には桜は見覚えがあった。

 

『いまのうちに死んでおけ、娘。なじめば死ぬことも叶わなくなるぞ?』

 

自殺をしろと忠告しにきた、金髪と赤目の青年だった。

ひたすらに逃げる。

夢を見ているはずなのに、何故か桜は恐怖し、逃げるたびに息苦しくなっていく。

だがそれは逃げているのではなく、誘い込まれたが故の逃走劇。

その逃走劇も路地裏に追い込まれたことで終わりを告げた。

 

「聖杯の出来損ないになるのではないかと期待したのだが、よもやアレに至るほどになるとはな。惜しいと言えば惜しいが……」

 

降り注ぐ、死の雨。

降り注いだその滴は全てを切り裂くほどの威力を有し、黒い何かをずたずたに引き裂いた。

 

「選別は(オレ)が行う。適合しすぎた己の不運を呪うがいい」

 

青年がそう口にする。

だが黒い何かは……夢を見ているはずの桜は激痛に思考を奪われていた。

夢のはずなのに。

その場にいないはずなのに……。

まるでその黒いなにかとつながっているかのように……。

 

 

 

「どうして……?」

 

 

 

夢の中で声を出す。

その声は、黒い何かのどこかから、発せられたかのように思えた。

 

「まだ生きているのか? 醜いぞ娘。(オレ)が直々に手を下すのだ。疾く消え去るのが礼であろう」

 

容赦なくその青年は巨大な刃物を用いて、黒い何かを両断しにかかる。

死ぬのは黒い何かのはずなのに……何故か夢を見ている桜の脳裏に、走馬燈のように日々の情景が流れ出す。

ずっと閉じこめられて来た。

衛宮家にいてもそれは同じこと。

だがそれでも桜は幸せだった。

士郎が自分を見てくれなくても、それでも衛宮家にいれば、自分でいられる気がした。

騒がしい大河と、大好きな士郎と自分がいる。

士郎と二人で作った料理が並ぶ朝食と夕食の時間。

それが何よりも愛おしかった。

そのはずだった。

 

それなのに……

 

ここ数日で激変した衛宮家の状況。

先輩と自分以外にも大勢人間がいて、誰もが士郎との時間を邪魔をする。

そして士郎も人がいいというか、無視できない人間のために、自分以外の存在にも目を配る。

 

そして少女は……口にしてはいけない言葉を口にした……

 

 

 

 

 

 

「わたしは……――――」

 

 

 

 

 

 

その言葉は風に乗って本人にさえ聞こえていなかった。

だがそれを望み、それを渇望した……。

 

そして……目覚めた……。

 

 

 

「ぬ?」

 

金髪の青年が異変に気付いたが、そのときにはすでに遅かった。

足下より急速に広がった黒い泥沼に、足を取られていた。

 

「貴様!? まさかここまで!?」

 

足を取られたときにすでに終わっていた。

逃げ場もなく、一瞬にして呑み込まれていく。

その様子を……痛みが少し引いた桜は、呆けたように見つめている。

そして先ほどの食事よりも少し時間を掛けて捕食を終える。

だが今の傷で空腹を覚えたのか、それは再度歩き出した。

 

クゥクゥおなかがすきました……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ぅ……」

 

眠りから目を覚まし、士郎はまぶたを開いた。

時計を見れば時刻はすでに七時を少し過ぎたところ。

昨日は寝坊してしまったが、今日はほとんどいつも通りの時間に起きることが出来ていた。

だが体のけだるさは最近感じる物よりも重いものだった。

その体の重さの原因を直ぐに思い出して……士郎は自己嫌悪に陥った。

 

……いくら何でも、あんなあたるかのように

 

不安を紛らわせるために行った行為。

不安が理性を破壊して、本当に獣じみた行為となってしまった。

桜のことをほとんど気遣わず、ただ己のしたいようにしてそのまま果ててしまった。

 

……はぁ

 

さすがにまずいというのは鈍感な士郎にも直ぐにわかった。

しかしそれで時間が巻き戻れば苦労はしない。

 

トントントントン

 

更に居間の方から包丁を入れる音が聞こえてくれば、起きないわけにはいかなくなってしまう。

 

「桜、そろそろ朝飯が出来るから起きよう」

 

隣で寝ている桜の体に手で触れたときだった……。

まだ寝ているために冷えているはずの桜の体が、異様に熱く感じられたのだ。

 

「桜?」

 

寝ている桜へと目を向ける。

何故今まで気付かなかったのかと思えてしまうほどに、桜の体は異常に熱を帯びていた。

 

「桜!?」

 

昨夜の罪悪感は吹き飛び急いで桜の容態を確かめる。

そして布団をはぎ取り……絶句した。

 

「……な」

 

桜の体。

昨夜何度も触れたその体が……まるで剣に貫かれたかのような痕が、体中に浮き出ていたからだ。

いくら力尽きたと言っても、桜が布団からでていないことは知っていた。

 

なら、この赤い痕は一体……

 

「桜!?」

 

思考を中断し、士郎は桜の意識を確かめる。

だが、その表情は苦しそうにうめくだけで、目を開こうとはせず……士郎を見ようとはしなかった。

熱をはかってみても、かなりの高熱であることが伺えた。

いてもたってもいられず、士郎は直ぐに着替えて居間へと急ぐ。

 

「じ――!」

「はい氷枕。それと氷嚢。体拭いたりする新品のタオル数枚一式」

 

そう言って扉を開けた瞬間に刃夜から袋が投げられる。

一瞬驚くがそれでもそのままではまずいので直ぐに立て直して、士郎は何とか刃夜から投げられた物を受け取った。

 

「反射神経が甘いぞ~。剣を磨くならその辺も磨け」

 

料理の盛りつけをしながら、刃夜はそんなことを言う。

何故桜の容態がまずいことを知っているのか? 氷枕と氷嚢の準備が終えているのか? 聞きたいことはいくらでもあったが、それは今の状況ではどうでもいいことだった。

 

「おかゆは後でつくる。まず桜ちゃんの容態をきちんと把握してこい。体も拭いた方がいいんじゃないか?」

「! すまない刃夜!」

 

もっともなことを言われて士郎は慌てながら自室へと戻っていく。

刃夜のことよりも桜の方がよほど重要なことだった。

この騒ぎで凜も低血圧ながら起き出して、刃夜に言われて士郎の援護へと向かった。

士郎と凜は二人で桜の看病を行った。

体に出来た、無数の傷のような赤い痕。

それがいったい何なのかわからなかった。

それを見ないようにするためか……士郎は必死になって桜の看病を行った。

 

が……

 

 

 

『あのね衛宮君。桜が心配なのはわかるけど、今から着替えさせるんだけど? 男のあんたがいたらいつまで経っても着替えが出来ないでしょ?』

 

 

 

という、至極当然のことを言われて、士郎は桜の寝室である客間からたたき出された……文字通り。

 

……遠坂のやつ

 

遠坂の乱暴な退去方法に少し不満を覚えながらも、士郎は納得していた。

確かに士郎と桜は恋人関係であり、夜の営みもするほど深い関係にある。

が……

 

勝手に着替えさせるのは、まずいよな

 

意識がない、つまりは相手の承諾が取れない状況で、勝手に着替えさせるのはまずいという至極当たり前の回答へと至る。

さすがに士郎もそこまでバカではなかった。

だが、それを言われるまで気付けないほどに士郎は動揺していたのだ。

 

落ち着け……状況を整理するんだ

 

深呼吸して、士郎は心を落ち着かせる。

しかし状況が急変したわけではない。

敵の捕食は規模が拡大はしたが、行動そのものに変化はない。

昨夜一緒に寝ていたはずの桜が、体中に赤い痣を残していることぐらいだった。

 

どうしてあんなのが……

 

体中に刻まれているのか?

桜の心配をしている。

ただそれだけが士郎の頭を支配していた。

否、支配させていた。

他の事を……考えないですむように。

 

そうしてどれほどの時間が経過しただろうか?

時計が十時の時刻を刻もうとする最中……

 

「お待たせ、桜が目を覚ましたわ」

 

なんでもないことだというように、凜が居間へと入ってくる。

 

「遠坂、桜の容態は?」

「それは直接本人に聞けば? 目も覚ましているんだから会話くらいは出来るでしょ」

 

何故か不機嫌にしている凜には気付かず、士郎は席を立ち桜の待つ客間へと足を向ける。

そうして桜の容態を確認すると、意識ははっきりとしており、そこまで問題が有るようには見受けられなかった。

昨夜の行いもあって、桜が言うには体内の魔力容量にも余裕が有るらしい。

ならば栄養のあるものを食べれば問題はないだろう。

そう言い残して士郎は居間へと戻りテレビをつけて……

 

 

 

深い暗闇を知ることになった。

 

 

 

 

 

 




途中で出てきたイリヤが歌いましたが、著作権関係が怖かったので歌詞に関しては全カットしました
ドイツの民謡の歌とかなのかなぁ? よく知らないのだが……
Die Jungfrau auf der Lorelei調べてみたらこれが曲のタイトルっぽいが……
無学な作者には全く解りません

暇つぶしになれば幸いです

あ、一時間後におまけがありますので朝になったらまたみてくださいw
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