正直……つらい
ストレスでのどと胸が壊れるってこともあり得るみたいだ
まぁ死ぬ気はないのだが、心よりも体が持たないかもw
それでも書いていたい
故にがんばるよw
いつもどおり説明会ですが、それでも読んでいただければ、うれしいなぁ
何気なしに入れたスイッチだった。
昨夜の状況をニュースで把握でせねばならないと思いつけたその画面には……想像以上に恐ろしい惨状として、報道されていた。
チャンネルはどこを回してもそれしか報道されていなかった。
原因不明の失踪事件として、それは大々的に報道されていた。
居住者の行方が確認できない建物四十人を超えていた。
運良く捕食されなかった近隣の住民達は、誰一人としていなくなってしまった隣人の最後を知らなかった。
六十人を超えるその人間達は、捕食されたが故に当然二度と帰ってくることはない。
「……」
行方不明とされている人々の名前が画面に映し出されていた。
その名前を、士郎は胸に刻んでいった。
そしてその名前を……己にとって身近な存在の人々へと置き換えて……
「――っ!?」
一瞬吐き気を覚えて士郎は口を押さえた。
許せるのか?
自分に近しい人間が……大河が、雷画が、一成が、美綴が……捕食され行方不明として死んでしまう。
行ったあの黒い陰を……
過去の記憶で死んでいく人々の情景が、そのときの絶望に染まった表情が、脳裏に浮かぶ。
それを見過ごしてしまった己を……
だが、その苦しみすらも感じずに、行方不明の人間達は消えていった。
一瞬にして呑み込まれて、存在そのものを消化されたのだから。
本当に許すことが出来るのか?
そう、己に問うていたそのとき……
ブツン
少し大きな音を残して、テレビの電源が落とされる。
「馬鹿なことしてるんじゃないわよ。私たちに後悔をする資格があるとでも?」
先ほどまでは居間にいなかった凜がやってきて、テレビの電源を落としていた。
容赦なく、そして苛烈で逃れようのない事実を突きつける。
「……遠坂」
「ほら、お茶入れたわよ。イリヤが一人で作業するって言うから時間が出来たの」
そう言いながら凜はテーブルに湯飲みに注がれたお茶を置いた。
別に今それを呑む理由はなかったが、それでも頭を冷やしたかった士郎にはちょうどいいタイミングだったので、士郎はテーブルに着いた。
「ありがとう。いただくよ」
「ふん、別に構わないわよ。仕切り直しにはちょうど良かったからね」
鼻を鳴らして強気に横を向くその頬は少しだけ赤かった。
あまりにも不器用に気を遣う凜がおかしくて、士郎は思わず笑いそうになってしまった。
そのまましばらくは無言で時間が過ぎていく。
だがそこに居心地の悪さは感じられず、ひどく穏やかだった。
聖杯戦争の真っ直中であり、間桐臓硯の暗躍によって窮地に立たされているといっても差し支えない状況であるにもかかわらず、穏やかな時間が過ぎていく。
しかもこの場に同席しているのは士郎が憧れていた遠坂凜だった。
この状況がおもしろくて、士郎は思わず静かに笑ってしまった。
「何よ急に笑って? 言いたいことが有るならはっきりと言いなさいよ」
「いや、ごめん。ふと思ったんだけど、遠坂とこんな風に何もせずにいるなんて今までなかっただろ? ここまで話すようになったのも聖杯戦争がらみだったから、殺伐としているって言うか……」
「しょ、しょうがないでしょ、そう言う始まりだったじゃない。それとも今のこの状況で、次の試験の範囲とか、お気に入りの店の話しでもするの?」
「いや無理して話すことはないだろう。なんというか、油断ならない関係って思ってるし」
同士でありながら、最終的には敵になってしまう間柄。
そしてそれ以上に無関係な人々を守りたかったのだ。
だからこそ必死になって動いていた。
だというのに、こんなにもくつろいでいた自分たちに、士郎はおかしくなってしまったのだ。
「まぁでもそういう始まりだからこそ遠坂と知り合えたんだしな。そういう意味では良かったかもな」
心がゆるんでいるからか、聖杯戦争を言い意味で捉えていた。
聖杯戦争によってマスターとなった士郎と凜は、必要に迫られたとはいえこうして同盟を組んだ。
ただ遠くから憧れていただけの存在だった凜とこうして肩を並べられるのは、聖杯戦争によって知り得たからだった。
そう思っていたのだが……
「……それは違うわ。あなたはどうだか知らないけど、わたしは衛宮君のこと、ずいぶん前から知ってた」
驚きの告白に、士郎は目を点にする。
何故か照れくさそうにしている凜は、士郎から目をそらす。
「し、知っていた? 俺をか? なんでさ? もしかして一年の時にでも話したことがあったか?」
まさか凜が自分事を知っているとは思ってもいなかった士郎は当然のように、そう疑問を口にした。
すると凜は、更に照れくさそうにしながらうなずき、話を続けた。
「知ってたってのはわたしが一方的に知ってたってこと。……わたしにとっては衛宮士郎っていうあんたは、トラウマの一つになっているの」
「と、トラウマ!? なんでさ!?」
最後の一言に、士郎は本当に驚く。
あこがれの存在のトラウマになってしまっているのは、ショックだった。
更に言えば、聖杯戦争で知った凜の性格……三倍返しは当たり前、ケンカ上等……から鑑みても精神衛生上余りいいことではない。
「わたしが言いたいわよ、その台詞。……今から四年前のちょうど今頃だったかしら? あんた、どうしてだか理由はさっぱりわからないけど学校に残って、日が落ちるまでずっと走り高跳びしていた事があったでしょ?」
「……はい?」
あまりにも意外な話に士郎は先ほどとは別の意味で驚いた。
まったく同じ内容の話を、ついこの間したばかりだったからだ。
「あるけど……それがどうしたってのさ?」
「それを見てたのよ、わたし。ちょうど昇降口からでて直ぐのところでね。校庭の端の方でバカみたいに跳べないってわかりきってる高飛びを繰り返しているヤツを……わたしもバカみたいに眺めてたの」
そこで士郎は思わず疑問を抱く。
何故別の学校にいたはずの凜がそれを見ていたのかがわからないからだ。
それを察したのか、凜は慌てて言葉を続けた。
「いっとくけど偶然よ。生徒会の用事があって士郎の学校に行った日だったわ」
「なるほど、そう言うことか。一成と同じ学校だったって聞いてたし」
「そう、あいつとは小学校の頃から腐れ縁よ。そのときはわたしが副会長で、あいつが会長だったわ。四年間も顔を合わせて言い合っててわかったのは、どっちも気にくわない天敵同士だって事かしら」
……なるほど
この話でようやく士郎は凜と一成の間柄を理解した。
これだけ長い時間を共有していればそういう風になってしまうのも致し方のないのかも知れない。
「とにかく、あんたがバカみたいに跳べない高飛びをしているところをみちゃったのよ、偶然。話はそれだけ。わたしがあなたを知ったのそのときだけど、名前は知らないし、顔だって忘れてた。桜がこの家に通っているのを知ったのももっと後よ」
「どうしてそれでトラウマになるのさ?」
ただ士郎が跳べないはずの高飛びをみただけという、たわいもない日常の話だった。
それがどうして凜のトラウマになり得たのか?
「四年越しの復讐かしら? 一年前、桜が弓道部に入部したから、暇さえあれば弓道場をのぞいてたの。そしたらたまたま部員でもないヤツがやってきて顔を見て直ぐにわかったわ。あのときの大馬鹿野郎だって」
「……」
確認の仕方に非常にもの申したい士郎だったが、不機嫌になり始めた凜の言葉を遮るのは気が引けたため、黙っていた。
「見て直ぐにわかったことにショックを受けたのよ、わたし。学校は違う、名前も知らない……それにバカだってずっと思ってた見知らぬ他人を、三年越しでも直ぐに判別できたことに。そこでようやくわかったの。わたしはあいつにダメージを喰らってたんだって……三年経ってようやくね」
一度、遠目で見ただけの存在を一目で判別できたこと。
それはすなわち印象に残っていたからに他ならず、それが自分が傷ついたと言うことで有ればなおさらだった。
「わたしは……あのバカみたいにずっと走ってた誰かを羨ましいって思ってたのね……」
それは……心からの言葉だったのかも知れない。
ただただ、ひたすらにがむしゃらに……走り続けることをした少年のことが、凜は羨ましいと思ったのだ。
「なんでさ? そいつバカだったんだろ? 遠坂がうらやましがる理由なんてあるのか?」
「そうね、羨ましいって言うのは語弊があるかも知れないわね。負けたって思ったの。そいつが少しでも跳べるかも知れないって思って走ってたなら良かったんだけど……そいつは自分でも無理だって言うことを理解してた。何をしたって跳べない、無駄だってわかってるのに、ずっとそれを繰り返してたの。まるで無駄でも挑むことに何か意味があるんだって、信じてるみたいに……ね」
何かに挑み、破れるのか打ち勝つのかはわからない。
だが、そのときの士郎は敗れるとわかっていながら、ただひたすらに飛び続けたのだ。
「そんな無駄なこと、わたしには出来ないわ。昔からでね。事の正否を測って、出来ないことだってわかったらすっぱりと手を引くのよ。出来ないことはやらないし、力不足で残念だって思うこともないわ。冷めてるって言うのかしらね。ひどい人間なのよ、わたし。綺礼は非道ではなく機械的だって言ってたけどね」
そういう表情に陰りはなく、己を卑下している様子はなかった。
そうして冷静に自分を測ることの出来る己に自信と誇りを持っているのだ。
「でもできないからかしら、時々思うの。事の正否なんて考えないでただひたすらに何かに打ち込むって事が出来たら……それはどんなに純粋な事なんだろうって。だから、そんな風に迷っている子供の頃に、自分とは正反対のヤツといきなり出会ったらショックでしょ? だから、トラウマ。あの日、真っ赤な夕暮れの仲でバカみたいに走ってそいつはわたしにとって……」
もはや凜の顔は真っ赤だった。
頬が赤くなっているのは凜も自覚していたが、それでも話したい気分だった。
凜自身も気付いていないだけで疲弊していたのだ。
だからかもしれない。
普段は決して口にすることはないような言葉を、口にする。
「敵とかじゃなくて、そういうのがいてくれて嬉しかったわ」
夢見るような表情で、そうつぶやいていた。
思わず、士郎はその表情に一瞬見とれてしまう。
しかしそれも直ぐになりを潜めた。
「はぁ、つまらない話したなぁ。いろいろあったから弱気になっているのかしら」
休憩は終わりというように、凜は席を立つ。
そのまま自分の湯飲みを片付けて、居間をでる。
「部屋に戻るわ。あなたも万が一に備えてほどほどに修練しといて」
居間をでる出口で、凜は立ち止まり士郎へと振り返った。
「……桜の様子はどうだった?」
小さく、しかし確かに聞こえる声で、凜はつぶやいた。
魔術師としては優秀であっても、まだ魔術師にはなりきれていないのがはっきりとわかる言葉だった。
「大丈夫そうだ。熱はあるようだけど、前に比べたときに比べれば大丈夫だ。それに桜も大人しくしてるし……前は無理して家事をしようとしてたけど、大人しく寝ているみたいだし、あれなら直ぐに治るはずだ」
桜の様子を見に行っても、魔術的な診察の出来ない士郎の言葉だった。
しかしその士郎の希望は、凜から直ぐに否定されてしまった。
「それは当然よ。あの子、もう自分じゃ立つことも出来ないんだから」
「……ぇ?」
自分じゃ……立てない?
凜の立てないという言葉に、士郎は言葉を失ってしまう。
心の整理がつく前に、凜は更に言葉を続けた。
「魔力も体力も普段よりはかなり多めにある。だけど体はひどいものだったわ。昨夜何があったのかはわからないけど、手足の筋肉がずたずたになってたわ。それこそ……一度死んでるんじゃないかって思うくらいにね」
「でも……外傷はなかったはずだ」
いくら士郎が素人といっても、外傷があるかないかは見れば判断できる。
しかしそれも凜は否定した。
「外見だけは綺麗にしてあるだけよ。体内の刻印虫が食い千切ったのか、他に原因があるのかはわからないけど……もしかしたら心まで壊れているのかも知れない。一応聞いておくけど……桜、あなたのことはわかった?」
最後に紡がれた言葉は、まるで自分は桜にわかってもらえなかったという言葉に取れた。
確認するのを一瞬恐れた士郎だが、それでも聞かないわけにはいかず……。
「まさか、遠坂のこと、わからなかったのか?」
「いいえ、ちゃんとわたしだってわかってたし、姉さんとも呼んだわ。でも、あの子が見ていたのはわたしじゃなくてあの子にとっての遠坂凜だった。初めましてとか、もっと早く合いたかったとか、本音を立て続けに言われたときにはさすがに殺気立ったわ」
顔を逸らしながら、凜はそう冷たく言い切った。
その言葉には、本当に殺そうと思えるほどに、感情がなかった。
「つまり、わたしは士郎と違って最後まであの子を守ってあげることは出来ないし、その気もないわ。今話した通り、わたし出来ないことはしない主義なの。わたしが遠坂凜である以上、無理だと判断したら桜を殺す。はじめからそう言う約束だったから念を押す必要もないと思うけど、一応宣言しておくわ」
冬木の監督者として、人を襲う獣のような魔術師は排除する。
それは桜が助からないかも知れないと知ったときに、凜が紡いだ言葉。
「感想はいいわ。あなたの考えはわかってる。言われたところでわたしも自分の考えを曲げる気はないの。臓硯を倒すと言うことにおいては私たちは味方だけど、桜に関しての意見は真逆のまま。臓硯を倒せばそんな必要もなくなるしね」
臓硯によって命を握られている桜。
桜が自由になるには、間桐臓硯を殺して桜を自由にするしか方法がなかった。
だが……
「でも衛宮君。もしも臓硯とあの黒い陰が全く関係のないものだったら……あなた、どうするの?」
「……」
何も言えず、士郎は口を閉ざすしかなかった。
それは、凜の眼光があまりにも鋭くて、甘い考えは言葉にすることが出来なかったからだ。
「いよいよとなったらわたしは桜を殺す。それがわたしにとってもあなたにとっても、最良の方法。それを……よく考えておきなさい」
本当にそれは最良の方法なのか?
今までの生き方を捨ててまで守りたいと思った女性も守ることができず、自分だけが生きていく生に、士郎は耐えきれることが出来るのか?
だが……それ以上に士郎は恐れていた。
自分の今の考えが、真実であるかも知れないことに。
何も言葉を返さない士郎を無視して、凜は居間を去っていた。
――――――――――――
体はぼろぼろで、頭もぼんやりとしているはずなのに、どうしてか桜には声がよく聞こえていた。
聞きたい事ではなかったというのに……。
「……それは違うわ。あなたはどうだか知らないけど、わたしは衛宮君のこと、ずいぶん前から知ってた」
今桜が横になっている部屋と居間はそれなりに距離があり、またドアなどの隔たりも有るため、通常であれば聞こえるはずもない。
だが何故か居間の会話を桜は聞けていた。
そもそも居間の会話が聞こえてくることの不思議な事などどうでも良かったのだ。
ただ聞いていたくなかった。
手を動かすことも出来ないため耳を塞げず、足も動かないため居間に言って会話を止めることも出来ず、ただ聞くことしかできなかった。
「それを見てたのよ、わたし。ちょうど昇降口からでて直ぐのところでね。校庭の端の方でバカみたいに跳べないってわかりきってる高飛びを繰り返しているヤツを……わたしもバカみたいに眺めてたの」
唇を噛みしめる。
満足に動かすことも出来ない指で、シーツを掻き毟る。
淡々と語られる思い出。
四年も前の話……夕暮れの校庭であった、何気ない日常。
その思い出を、凜はさも自分だけの思い出であるかのように語っていた。
自分だけが知っていたことであると……。
そこに別の人間がいることすらも気付くことはなかったというのに、凜はただ過去の思い出に……美しい思い出に浸るかのように語っていた。
「やめて……お願い、やめて……」
自分にとって大切な物を取らないで欲しかった。
だが当然その声は居間に届くはずもなく、自らも聞こえない程度の声量で、絞り出すかのように言うしかできなかった。
凜の思い出話は続いていた。
桜にとってもっとも恐れていた事を、凜は何気なしに行っていく。
桜を置き去りにして……。
唯一姉より勝っていたはずの
いやだ……こんなの望んでない!
桜の想いの強さ故か……はたまた別の何かか?
動かすことは出来ないはずだった両手を動かして耳を塞いだ。
これ以上聞いてしまえばおかしくなってしまう。
思ってはいけないことを思ってしまう。
戻れなくなってしまう……
そう直感しての行動だったのかも知れない。
しかしその行動には意味はなく、耳を塞いでも声は届いてしまう。
そして……
「いよいよとなったらわたしは桜を殺す。それがわたしにとってもあなたにとっても、最良の方法。それを……よく考えておきなさい」
一番聞きたくない言葉を、一番言ってほしくなかった
そうして静かになった。
だが決して静まりかえってはいなかった。
桜の嗚咽の声が暗い、暗い部屋に響いていた。
悲しくて、悔しくて。
卑怯だ……
泣きながら桜はそう思っていた。
そんなわかりきった事を、士郎に押しつけてしまうのか?
冬木の管理人である遠坂の人間としての責任というのであれば、一人で行えば良いはずではないのか?
たった一人の味方である士郎までも凜は自らと同じ立場にしようとしている。
だがそれは致し方ないことだった。
それほどまでに桜の体は限界だった。
それこそ少しでもたがが外れてしまえば堕ちて行ってしまうほどに。
憎い……
身勝手とわかっていた。
だけどそれでも桜は抑えられなかった。
士郎に桜を見捨てさせようとしているその行動を行う凜が、桜は本当に憎く思ってしまった。
そして、それに対してなんの反応も起こさなかった、士郎にさえも。
「姉さん……」
当初こそ死んでしまえばいいと思っていた自分の気持ち。
間桐桜が死ねば衛宮士郎が救われることは桜もわかっていたことだった。
だが、それでも憎いと思い、涙を流す。
いやだ……こんなのいやだ……
もう何かを諦めることは出来なかった。
一人になることも耐えられそうにない。
わたしは消えたくない……
暖かさを……士郎の温もりを知ってしまった。
温もりを知ってしまったからこそ、他人がそれを当たり前のように享受しているのが憎かった。
だから……
「だって……わたしは何も悪くないんだから」
桜自身もこんな状況を望んでいたわけではない。
悪いのは他の人たち……
誰も助けてくれなかったから、こうなってしまったと、自分を肯定してしまう。
誰も何もしてくれないのなら、それは肯定と同じこと……
養子として出され、過ごしてきた長い間に、心が歪になってしまった。
誰もわたしを罰する事なんて、出来るはずない……
だがそれも致し方ないのかも知れない。
人は……決してそんなに強くはないのだから。
「死なない……。姉さんの思い通りになんて……」
実際に桜は強大になっていた。
油断や慢心があったとはいえ、英雄王ギルガメッシュを屠り喰らったのは事実なのだ。
実際問題として、桜を殺すことは困難だった。
しかし本人が戦闘に向かない性格だったが故に、その力を使えていない制御装置のような者となっていた。
だが……
殺されるぐらいなら……わたしが逆に……。相手が誰であろうと……
凜だけではない。
その黒き感情の矛先は……。
たとえ、先輩でも……わたしを殺そうとするならもう我慢しない……
わたしの■■■りにならない先輩なんて……
このまま遠くに行ってしまうなら……
いっそこの手で……
「っか、はぁ……」
おぞましき想像を血に変えて、桜は何度もはき出した。
いいこともわるいことも曖昧になってきている自分がいることには気付いていた。
だがそれでも桜にはもうわからなかった。
己が誰なのか、己がいつまで正気でいられるのか、あやふやで気が狂いそうだった。
「こんにちは。まだ自分は残ってるサクラ?」
気がつけば、サクラのベッドのそばに、銀髪の少女がいた。
奇しくも同じ場所、同じ時間に人でありながら人でない二人の少女がいた。
器となるべく育てられた少女。
「セイバー、バーサーカー、アサシン。まだ全員取り込んでいないのにもう満ち足りてる。どこでそんな魂を取り込んだのサクラ?」
魂の器。
それは聖杯へといたる……否、聖杯その物になる器。
イリヤと自分が、サーヴァントの魂を取り込み頂へと至るためへの器であると、桜は祖父に聞いていた。
「あなた、これから自分がどうなるかわかってる?」
「……どうなるんですか?」
なんの感情も表さない表情。
その表情が、桜の頭をさまさせた。
己とは違い、最初から器として作られ育てられた少女。
イリヤは……わずかな間だけ、口を閉ざして……こういった。
「死ぬわ。絶対に助からない」
二人の少女は、同じ運命をたどることになってしまう。
逃れ得ぬ死という結末に。
――――――――――――
「はぁ」
士郎は外を歩きながら小さく溜め息をついていた。
体はまだだるく重かった。
寝込んでしまっている桜のために昼食を作り始めなければいけない時間だったが、頭を休めるため、少し散歩を行うことにしたのだ。
あまりにも無防備な状況だったが、食材の買い出しもかねてと理由をつけて出てきたのだ。
護衛を頼もうと思った刃夜は何故かどこにもおらず、一人で出歩くことになっていた。
わかっていたことだった。
猶予なんてものは、もとより雨が降っていた日からなかったことを。
問題を先送りにすることは出来ないと言うことを、士郎も重々承知していた。
どうすればいい……
当てもなく歩いていると向いた先は公園だった。
桜の味方になると覚悟を決めて、桜を抱きしめた公園。
あのときから決めたはずだった。
桜だけの味方になると。
だが……それが揺らいでしまっている自分がいることに、士郎は気付いていた。
「衛宮士郎。話がある」
「!?」
突然の声。
一瞬辺りを見渡そうと首を巡らせかけるが、士郎はそれを行うことが出来なかった。
己の首筋に、小さな小さな……虫がついていることに気付いたからだ。
むろんただの虫ではないことは、士郎も直ぐに気付くことが出来た。
そしてその虫の正体……つまり裏にいる存在を士郎は当然のように、直ぐに理解した。
だというのに、その虫から発せられた言葉は、あまりにも意外な言葉だった。
「お主に話がある」
「何?」
意外な言葉だったが、話があるという言葉を信用することは出来た。
何せ今士郎の首元には虫がいるのだ。
殺そうと思えばすでに死んでいることは士郎も理解できた。
しかし話し合いの場が罠でないという保証はどこにもない。
どうする……
今この状況に陥って、士郎は自分の愚かさに唇を噛んだ。
無理をしてでも刃夜に護衛を頼むべきであったと。
だが、刃夜がいた場合臓硯はこのように接してこなかっただろうことは想像に難くない。
何が出てくるかはわかないが、士郎はあえてその提案を受けることにした。
罠であることは間違いないが……それでも臓硯と一対一で話し合える機会はもうないはず
更に士郎達には余裕がない。
すでに桜は限界が近い。
むしろ限界を超えているかも知れないのだ。
ならば一対一の状況でなんとしても臓硯に刻印虫を取り除かせなければならない。
「わかった」
そう告げると、虫は何もすることなく小さな羽を動かして士郎から離れていった。
道案内も兼ねているのかも知れない。
その虫は士郎の視線の高さでゆっくりと道を進んでいく。
士郎はなるべく自然体を装いながら虫の後をついていく。
だが、ある程度道が進めば目的地がどこなのか、士郎にも理解できた。
間桐邸。
魔術の名門であり、聖杯戦争を始めた始まりの御三家の一つ。
慎二と桜の家であり、間桐臓硯の本拠地。
その家を見上げる士郎の瞳には、確かな決意があった。
一面の曇天の薄暗い空の下で不吉な気配を放つその家に、士郎は臆さずに足を踏み入れる。
一年ぶりの来訪だった。
あの頃は士郎も間桐家が……桜が魔術師だと知らずに平和に暮らしているときだった。
うろ覚えの記憶で廊下を歩き、居間へと向かった。
「来たか衛宮の小倅」
踏み入れた居間にいたのは間桐臓硯ただ一人。
だが油断は出来ない。
どこに虫が潜んでいるかもわからない状態だからだ。
更に言えば
さすがにこの状態で無策に飛びかかるほど、士郎もバカではなかった。
だがこの場に虫も黒いセイバーも見あたらないと言うことは……
話があるってのは本当なんだな
「む? なんじゃ、わしとは挨拶もするきにならんのか? ずいぶんと嫌われてしまったようじゃのう」
士郎が静かに部屋を見渡して状況を確認していると、臓硯はそんなことをつぶやいていた。
殺意がないことはその態度でわかったが、同時にバカにされていることもわかった。
それもそのはず、臓硯にとって士郎は文字通り小僧以下でしかない。
油断こそすれ、本気になる理由など一つもないのだ。
「話し合いに応じたのであればおぬしからも話があるのだろう? ならば座るがいい。立ち話ですませることでもなかろうて」
「何を言ってるんだ? おまえとの話なんてそれこそ立ち話ですませる程度だろう」
理性を総動員して、士郎は必死になって飛びかかりたい衝動を抑えた。
今この場で本能に従って動いてメリットはない。
むしろ犬死にするだけだ。
だから敵意をむき出しにしながらも、決して軽はずみな行動はしなかった。
桜の体をあんなふうに変えてしまったヤツを相手に……気を許せるわけがない!
臓硯が行った話し合いという言葉。
だが話し合いにならないのは士郎が一番よくわかっていた。
何せ士郎の要求はただ一つ……
「臓硯。話し合いになんてならない。俺から言うことは一つだけだ。今すぐ刻印虫を取り除いて、桜を解放しろ!」
臓硯が断るのは明白だった。
だがそれでも言わずにはいられなかった。
戦力的に劣っているわけではない士郎達だが、いかんせん時間がなかった。
桜の命も心も……もう長くない。
だからどうしても言わずにはいられなかったのだ。
臓硯が桜を解放しさえすれば……
解放すればそれで士郎にとっての願いは叶う。
そう思っていた。
だが……
「開放か。ふむ……。いやそうしたいのはわしとしても山々なのじゃがな。残念じゃがもはやわしではどうにもできんのだ」
そんな士郎の希望を打ち砕く言葉を、臓硯は無念そうに口にしていた。
「……何?」
「わしがどうしたところであそこまで育ってしまってはどうしようもない。桜はすでに聖杯と成ってしまった。今すぐ刻印虫を取り除いたところで、アレが自滅することは避けられぬ」
どうにも出来ないという事実。
それは桜があまりにも成長しすぎてしまったと言うこと。
聖杯として。
だがそれをまだ完全に理解していない士郎には臓硯の言っている意味がわからなかった。
「桜が……聖杯だって?」
「さよう。全ては我らマキリの悲願にして、真の不老不死たる魂の物質化のため。十年前の戦いの折、わしは
「埋め込んだ?」
「十年前の聖杯戦争の終わり。お前の父、衛宮切嗣が聖杯戦争によって完成した聖杯を破壊した。戦いはそこで終わった。だが一時とはいえ聖杯と完成したのだ。その破片をわしが拾い、桜に埋め込んだのよ。砕けたとはいえ完成した聖杯をそのまま捨て置くのは惜しかろう」
怒りを超えた驚愕が、士郎の頭を冷やしていく。
つまり桜は桜であって聖杯でもあるという事実。
養子とはいえ、孫である桜に臓硯は聖杯のかけらを埋め込んだのだ。
「だがわしもそこまで外道ではない。
生物として埋め込んだ聖杯のかけら。
マキリの悲願として用意された桜という聖杯。
その聖杯に埋め込んだかけらというのは……
「生き物……。それってまさか」
「そうよ、聖杯を触媒にして生み出したのだ。元が聖杯の刻印虫を埋め込んだ肉体は魂を受け入れるための聖杯となった。故に儀式が完成されたとき門となって道をつなげる道具。アインツベルンが作り上げる聖杯の真似たが、いかんせんわしには彼奴らほどの技術はない。そのほとんどが自己流となってしまった」
カカッと臓硯は愉快そうに笑っていた。
その仕草が、己のしたことを……桜をただの道具と断定した老人に士郎は虫酸が走った。
アインツベルンの……真似事だって?
「てめぇ。桜の体を聖杯に仕立てて……人間を材料にして聖杯の模造物を作ったって言うのか!?」
「実験……そうさな、言うなれば実験じゃよ、小僧。次につなげるための実験であり、更に言えば
臓硯の言葉に嘘はない。
嘘がないが故に、士郎は全身の毛が逆立つほどの憎悪を臓硯へと抱いた。
自分にとって大切な存在を、臓硯は本当に道具としか見ていないのだから。
「試作品……だって?」
「左様。桜はそのために捧げられた娘。間桐に娘をやるというがどういう事を意味するかなど、遠坂とて承知のはずよ。彼奴もわしも目的は同じじゃからな。不老不死を手に入れるのであれば、鬼にもなろう」
「不老不死だって? そんな馬鹿な理由で桜に
「無論だ。もとより聖杯戦争はその
悲願。
何かを望むと言うこと。
御三家が目指したと、臓硯がいう不老不死。
遠坂凜が言っていた根源への到達とは果たして本当に不老不死なのか?
だがそんなことは士郎にとっては本当にどうでもいいことだった。
「だが運命とは皮肉なものよ。はじめから適応しない聖杯だったはずの
勝てるはずがない、勝てるはずもない。
そうわかっていても士郎は我慢ができなかった。
臓硯の戯れ言につきあうほどの精神力は今の士郎にはなかった。
「ふざけるな! 何が聖杯だ! 人間を犠牲にしただけのものを偉そうに聖杯なんて――」
殺されても不思議じゃない状況だというのに、士郎はために溜めた怒りを拳に乗せて、臓硯へと踏み込んだ。
だが、それを止めたのは残酷なまでの現実だった。
「いや聖杯だとも。そもそもにして聖杯を作ることを役目としているアインツベルンからして、今回の聖杯には人間を使っておるわ」
にたりと妖しく笑いながら、臓硯はたった一言で、士郎の動きを封じてしまった。
「人間を……使っている?」
アインツベルン、聖杯、人間。
その要素がそろい、最後の一押しとなった臓硯の言葉。
わかりたくもないというのに、その人間というのが誰なのかがわかってしまった己自身が、憎らしく思えた。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
聖杯として作られたアインツベルンのマスター。
母体の中にいたときに、魔術的に改良された人間であって人間でない存在。
「そうよ、おぬしが今匿っておるイリヤスフィールが聖杯そのものよ。しかし同類にされてはわしとて困るぞ? 何しろアインツベルンはわしよりも遙かに質が悪い。アインツベルンの聖杯がどのようなものなのかは本人に聞くがよい」
振り上げた拳が静かにおろされていく。
後悔の念が怒りを超えてしまったために、士郎は臓硯に対して何もすることが出来なかった。
「さて今度はこちらの番よ。おぬしを呼んだのは他でもない、あの陰について相談したい」
小僧でしかない士郎の言葉に対して臓硯が何故相手をしたのか?
それは協力を仰ぎたいという姿勢からでた物だった。
士郎の話に最後までつきあった後で己の欲求を口にした。
だがその臓硯の言葉を聞いて、士郎は疑問を浮かべた。
陰について、相談だって?
陰と臓硯が言ったのは、黒い陰のことであると理解できた。
だが言っている意味が理解できなかった。
「何を言ってやがる? アレはあんたの仲間だろう? 俺たちに仲間を倒せって言うのか?」
「そうよ! そのとおりよ! 話が早くて助かるわ。あの陰をどうにかしてもらいたいのよ。そのためにはおぬしの力が必要なのだ、衛宮士郎」
「本気か!? 仲間なんだろう?」
アインツベルンの森にて遭遇した黒い陰と
同じ目的で同じ場所にいたためにそう誤解してしまうのも無理はない。
だが……実体は違う。
「仲間というが、手を貸しこそすれアレから手を貸してもらったことなどありはせぬ。第一意思疎通が出来るものか。わしはただアレが暴走せぬよう道を整えていただけに過ぎぬ……がそれも昨夜までよ。先も申したであろう? もはやわしではどうにも出来なくなってしまった、と」
ドクン
先も申したであろう?
その言葉の対象が誰だったのか?
もはやわしではどうにも出来なくなってしまった
ついいましがたの会話のため、士郎も覚えていたが……頭が理解を拒んでしまう。
「おぉすまんのう、説明がたらんかった。まずあの陰が何で有るかを説明せねばな。アレは聖杯の中身……といって差し支えなかろう。願いを叶える願望機と言われておるが、我らが目指したのはそんなものではない。聖杯もまた手段よ。御三家が目指したのは完成された聖杯によって外に通じる【
「……まて、つまり聖杯って」
「知れた事よ。魔術師にとって根源に通じることが目的じゃろう? だがわしはそんなものに興味はない。アインツベルンと手、聖杯の完成を目指した者どもよ。魔術師として根源を目指しているのは遠坂ぐらいのものじゃろう。まぁよい。聖杯とは願望機へとつながる孔よ。あの陰はそこから漏れてしまっているものよ。本来の聖杯……イリヤスフィールならばこのような事態は起こらなかっただろうよ。あの陰は模造品の責任よ」
臓硯が言葉を……真実を口にするたびに士郎の胸が締め付けられていく。
知りたくもない、真実を……明かしてしまう。
「身内の恥を晒すのははばかられるが致し方あるまい? 聖杯として成長したまでは良かった物の門を閉めることができんようだ。その不始末で己が壊れるのは構わぬが、人様に迷惑を掛けてしまうのはいただけまいて。困った物じゃ。これではわしが作った聖杯が原因で、町中の人間を殺してしまいかねん」
身内の恥といいながら、まるで人ごとのように臓硯は首を振っていた。
それに怒りを覚えても何ら不思議はないというのに……相反する二つの思いで、士郎の頭は支配されていた。
真実を知りたいと思う気持ちと。
真実を知りたくないという気持ちで。
「なら……あの黒い陰は……」
言葉にしたつもりはなかった。
だがそれは現実として空気を振るわせて、臓硯の耳へと届いた。
「気付いておったのだろう? なにしろアレは桜の陰。身近にいたおぬしならば、アレと桜が似ていることに気付いておらんはずはない」
告げられてしまう、残酷なまでの真実。
目眩がする。
だが、それを……その残酷なまでの真実から目を背けるわけにはいかなかった。
とうに気付いていた。
だが否定していた……否定していたかったのだ。
なぜならそれを認めてしまえば……
無辜の民を夜な夜な喰らい続ける、絶対の悪であるとなってしまう。
「桜は……それを……」
「いや桜は知るまい。アレは桜という孔を通して現れておる。あのような形を得るはずはないのだが、孔を通してこちらに出現するときに桜を原型にしておるのだろう。聖杯は桜が封じておる
桜自身が知らないというのは士郎にとって幸運であり不幸でもあった。
桜に罪が及ばないわけではない。
だがそれでも本人が知らないということは、本人が意図してやっている訳ではないということ。
だがそれは慰めにもならなかった。
「止める方法はただ一つ。桜の無意識を利用して聖杯がこちらへと来ているのであれば、桜自身を止めればよい」
単純にして明快な手段。
そしてなによりも確実な方法。
しかし止めると言うことはつまり……
「桜を説得しようと試みたのだが、あの陰はわしが近寄ることをどうもよく思っていないようでな。意思こそないもののあの陰は桜でもある。桜が嫌悪している対象はあの陰も嫌うのは道理じゃ。わしでは桜に近寄ることさえ出来ん」
「……じゃああんたは桜に近寄れないのか?」
「そうよ。おぬしは桜がわしの手駒と考えておろうがそれは違う。
今の臓硯が桜に手出しできないと言うことは朗報といって良かった。
それが真実であればだが。
ならば後は体内の刻印虫さえどうにかすれば何とかなる……そう一瞬思考するが……。
「……まて、今あんたは桜に何もしてないってのか?」
「うむ。しておらんが?」
「なら……今桜が苦しんでいるのは……」
「それは
「な……ならこのままだと……」
「聖杯であることに耐えきれず壊れるであろう。いや、桜の意識がなくなれば
あらゆる願いを叶える聖杯。
それを可能とするエネルギー。
その膨大な力を受けるというのがどういう事なのか?
「理解したか? わしを倒しても無駄なのだ。聖杯が起動すれば桜の精神はたやすく呑み込まる。
「……四日だって?」
「それでたすかるか同化を判断するのはおぬしだがな。わしは今の桜がどういった容態かを知らぬ。今朝の
持つわけがない。
いや、体が持っても心が持たないかも知れない。
そして今の話が本当であれば体も持つかも怪しい容態だった。
無言でいる士郎の苦渋に満ちた表情からだいたいのことはわかったのだろう。
臓硯は士郎の言葉を待たずに話を続ける。
「なるほどのぉ。しかしその間に他の人間がどうなるかの? 昨夜消えたのは……いや食われたのは果たして何人か? 今宵食われるのは何人になるかの? 否、この町全ての人間が食われるまで、後何日あると思うかね?」
臓硯の言葉は士郎の頭に入ってこなかった。
相手が愉しんでいるのか、嘆いているのか……その判別さえも出来ず、士郎の頭は動いていなかった。
臓硯の刻印虫さえどうにか出来れば問題が解決できると信じていた。
だがそれももはや不可能であると目の前の妖怪は言った。
聖杯戦争が終えるまで耐えるのも手であると代替案を出されたが、それまで桜が耐えられるわけがない。
黒い陰が桜の分身とも言える以上、殺してしまっては桜にどのような影響が有るかわからない。
何より……聖杯戦争が続く限り、町の人々は食われ続ける。
「どうすれば……」
桜を救えるのか?
動かない頭で必死になって士郎は考える。
しかし、考えるまでもなかったのだ。
「簡単な話よ。おぬしが桜を殺せばよいのだ」
一つの明確な事実を、臓硯ははっきりと士郎に突きつける。
必死になって考えないようにしていた方法。
それを臓硯はなんのためらいも無しに口にする。
「そうじゃろう? 先もない
頭の次は視界が歪み、何も見えなくなってくる。
「わしや遠坂の娘では感づかれよう。だがおぬしならば
肺が麻痺したのか、息苦しくなってくる。
「万人のために悪を滅ぼす。わかっているのだろう? おぬしが
もはや考えることさえ、出来なくなってしまっていた。
その後士郎はまるで力の入らぬ木偶人形のよう足取りで、部屋を後にした。
床を踏む足も、壁に寄りかかる手も、確かな感触など何一つとしてなかった。
まるで出口のない悪夢の中にいるかのように。
「おぬしならば間違えることはあるまい。残念じゃが運命であったと諦めるしかあるまいて」
まるで幽体のように、気力のない体と、まったく考えと思いが定まらぬ状況で、士郎はただ歩くしかなかった。
「しかし小僧。おぬしには礼を言わねばならんじゃろう。
家を出て、士郎は無意識のうちに家路についていた。
桜の待つ家へ、崩れ落ちてそのままうずくまってしまいそうな体を無理矢理動かす。
交差点にさしかかり、後は坂を上れば衛宮の家に着いてしまうところまでさしかかった。
いつまでも家を留守にするわけにはいかなかった。
臓硯との密会という行為は事情があったとはいえ、あまり褒められたことではない。
故に他の人物に気付かれる前に帰る必要があった。
しかしそれでも士郎の足取りは重かった。
家に帰ると言うことは決断しなければいけないと言うこと。
その決断というのが……
『否、この町全ての人間が食われるまで、後何日あると思うかね?』
決断の内容が頭をよぎり、士郎は口元を抑えて吐き気をこらえた。
桜の味方であると決めた士郎。
どんな風になっても桜を守ると決めた。
養父との約束も捨てて、正義の味方ではなく、桜の味方になる。
だがそれはすなわち……
多くの命が失われてしまった、十年前の地獄を繰り返すと言うこと。
それだけは……出来ない……
衛宮士郎ではなく、
それは、自身を否定することに他ならないことだからだ。
あの日見た悪夢を覚えている。
あの日見捨てた人々を……忘れるわけがない。
あの惨劇の中、他の全ての人間を見捨ててただ一人生き残った士郎。
知りながら何もしないというのは黙認に他ならない。
『今宵食われるのは何人になるかの?』
知っていてなお、原因を放置するというのであれば、それは見殺しにすることと何ら変わりない。
『だが今までの自分を否定して一人のために生きるというのなら……それは必ずお前自身に返ってくる』
『……あなたはサクラの味方ですか、士郎? 例え……何があったとしても』
夜、ライダーに問われたときに応えられなかった答えを、今士郎は決断しなければならなかった。
たった一人を守るのか?
それともその一人を見捨てて他の人間を助けるのか?
要するに、誰の味方をするのか?
たったそれだけの事だった。
だがたったそれだけのことが……
とてつもなく重かった。
――――――――――――
えげつねぇ……
それが間桐家のリビングにて、士郎をストーキングして会話を聞いていた俺の素直な感想だった。
いつものように美綴の家で護衛を行っていたらのこのこと出歩いている士郎を見つけた俺は、一人で無防備に出歩いている阿呆をしかりつけようと後をつけたのだ。
そうしたら俺が接近する前に何か見知らぬ虫にとりつかれて身を固くしたのだ。
……接触してきた?
臓硯の腕ならば士郎を殺すのは造作もないはずだ。
にもかかわらず殺すことなく士郎に接触したのは何か話をすると言うこと。
当然その真意はあの妖怪じじいが未熟者の士郎を何かに利用しようとしているのだろう。
どんな話をしてくるのか……興味があるな
何か情報を仕入れれば良いと思い、魔力を使用して「霞皮の護り」にて気配遮断、透明化を行い、士郎の後に続いて間桐家に侵入した。
気付かれることはないだろう。
魔力も戦闘に使わないのならばそれなりの容量を補充できている。
そうして話を聞いていると……どんどんと危ない真実が明かされていく。
それは士郎にとってもっとも知りたくない真実だっただろう。
しかしあの黒い陰の正体が桜ちゃんとはなぁ……
俺……というよりも狩竜を警戒しての事だろう。
俺に向かってくることはなかったあの黒い陰。
何度か接触したにはしたが、それは基本的に戦闘時だったため、そこまで気を回している余裕はなかった。
そうして驚いている間にも臓硯の話は続いていく。
「あの陰をどうにかしてもらいたいのよ。そのためにはおぬしの力が必要なのだ、衛宮士郎」
……こいつ
次々明かされていく真実と、そして自分では絶対に臓硯に叶わないために、士郎はただ黙って臓硯の話を聞くしかない。
それが、臓硯にとってどれほど好都合であるかに気付きながらも。
いや、今はそんな余裕はないか……
士郎の顔色はもはや蒼白と言っていいほどに血の気が失せていた。
その士郎の様子に気付いているのだろうが、臓硯は変わらずまるで愉しむかのように、話を続ける。
「簡単な話よ。おぬしが桜を殺せばよいのだ」
確かに今の話を聞けば、それがもっとも確実な方法であることは間違いなかった。
黒い陰となって夜に徘徊し、生きとし生けるものだけを喰らい消化する桜ちゃん。
黒い陰に今現在、こちらの有効打は狩竜のみでそれを扱えるのは俺のみ。
俺自身も未だ狩竜を完全に扱えているわけではない。
そうなるとこちらに黒い陰に対抗する手段はほとんどなくなってしまう。
「しかし小僧。おぬしには礼を言わねばならんじゃろう。
よくもまぁ……いけしゃあしゃあと……
この饒舌に語る妖怪じじいを今すぐ切り捨てたい衝動に駆られるが、それも無意味な事はわかっていた。
否、はっきり言って現段階で俺がこいつを殺すことは出来ないのだ。
不殺の戒めをのぞいたとしても、現時点ではこいつを殺すことは出来なかった。
だが……こいつは必ず報いを受けさせてみせる……
不殺の戒めが合ったが、それでもこいつは殺したいほどにおぞましい存在だった。
なんとしてもこいつの思い通りにはさせはしないと、俺はいまこのばで誓った。
――――――――――――
去ったかの
士郎ともう一つの何かの気配が完全にいなくなり、臓硯はその顔に醜悪な笑みを浮かべる。
確かに士郎と己しかいないはずの部屋に、何かの違和感を覚えたのだ。
だがそれでも臓硯はそれに気付いてないふりをして話を続けた。
そして一瞬だけ戦意と殺気を感じ取り、内心でほくそ笑んでいたのだ。
手にした力は最上級のようじゃが、使い手がまだ未熟よの
経験と勘で、臓硯は刃夜が侵入してきたことを完全に把握していたのだ。
そして刃夜の同行すらも一手として使用することを画策していた。
くくく、さてあの不可思議な小僧はどう動いてくれるかのぉ
薄暗い部屋で一人邪悪に笑う、その姿は……
紛れもなく醜悪だった。
ストック切れる……
すいません、次話は未定です
なんとか、今まで通り
「原作を知らない人にも意味がわかって読める作品」
で完結目指します
目標は最後の連戦だ……
そこで書きたいシーンがいくつもあるのだよ
だからおいらがんばる