月夜に閃く二振りの野太刀   作:刀馬鹿

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一応、聖杯戦争は終えたのでうP
後は後日談書いて終了なので、ようやく終わりそうです
まぁその後日談も、まだ後二話は書くんですがね……

がんばりま~す


強奪と奪取

最初は何が起こったのかわからなかった。

帰りが遅かったことに対しての罰を、身をもって教えるつもりだった。

それこそ今までしてきたように。

その体に教えるつもりだった。

僕に逆らったらどうなるかということを……。

初めて僕に逆らったことを、後悔させるつもりだった。

そのとき、衛宮のことを引き合いに出した。

そこでいつもの桜に……僕が知っている桜に戻っていた。

 

僕が……■きな桜に……

 

ぼそりと桜が何かを口にした。

そのとき何故か部屋が一瞬光り輝いた。

そして……次に襲ってきたのは、熱い感覚だった。

ただ何か熱い感覚が右腕に走ったことだけしかわからなかった。

そしてその右腕に目を向ければ……そこにあるはずの手がなかった。

それを見た瞬間に……あまりにも激しい痛みが、体中を駆けめぐった。

 

「あぁぁぁぁぁっぁぁ!?!?!」

 

叫ぶしかなかった。

あまりの痛さに思考など定まるはずもなかった。

ただ、痛みに転げ回るしかできなかった。

そのときはまだ、僕の右腕を桜が切り落としたのだと、わからなかった。

けど直ぐにそれを、桜自身が教えてきた。

今度は腕ではなく、足を刺された。

痛みに痛みが重なり、もう何が何だかわからなくなってきていた。

そしてその痛みを与えた存在……自分の所有物だった桜へと目を向けて、僕は言葉を失った。

 

「さ、さく……」

「何ですか……兄さん?」

 

そこにいたのは、本当に桜だったのか?

誰よりも……それこそ衛宮よりも桜の体のことは知っていた。

 

もっと幼い頃のことも。

桜の肌が白いということを。

だというのに、その白い肌に何か……蠢く何かがあった。

そして背後に寄りそう、黒い化け物……。

 

肌に蠢く何かよりも……背後に寄りそう黒い化け物よりも……

 

桜自身が、僕の意識を麻痺させる……

 

 

 

だ、誰だ……こいつは……

 

 

 

冷たく見据えてくる、その瞳。

今まで自分を見てきた空虚な瞳ではない。

衛宮を見てきた信頼の瞳でもない。

本当に何もない。

 

無。

 

それを宿して見つめてきた桜の瞳は……あまりにも恐ろしく、何故か僕の心を突き刺した。

それがいったい何なのか知る前に……触手が振るわれた。

 

「あぁがぁぁぁあぁ!!!!」

 

 

痛い、痛い

痛い痛い痛い痛い!

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

新たな痛みにもだえるしかなかった。

そして痛みが、自らの危機を明確に告げてくる。

命の危機を……知らせてくる。

 

どうしてこうなったのか?

 

どうして桜が僕を攻撃してくるのか?

 

どうして桜が僕をいたぶっているのか?

 

恐怖と痛みで頭がどうにかなりそうになって……考えがまとまりそうにもなかった。

しかしそれも何度も繰り返されるうちに感じなくなり……ふと、これが現実なのか疑わしくなった。

 

そうだよ……。桜がこんな事するわけがない

 

ち、違う。こんなのあり得ない……これは夢、そう夢のはずだ……

 

現実逃避のように……僕は目の前の出来事を否定した。

だって桜がこんな目を僕に向けるはずがない。

十年以上一緒にいて、こんな目を向けてきたことはなかったのだから。

 

「こんなものね……、本当に、つまらない人」

 

先ほどとは違った瞳で、桜が呟き……僕は何かに抱えられた。

そして何故かものすごい速度で周りの景色が変わっていく。

部屋から外へ。

そして、桜の姿が見えなくなった。

身にのし掛かる何かがなくなったのと同時に、まどろみを覚えた。

 

あぁ、そっか……夢だったんだな

 

沈んでいくようだった。

それと同時に、痛みもなくなってきた。

それでこれが夢であると思えてきた。

 

そろそろ起きないと……

 

 

 

「寝るな」

 

 

 

そんな声が聞こえたのと同時に、口に何か液体を流され、無理矢理飲み込まされた。

それを飲むのと同時に、体から熱が消えていく感覚が消えていき、逆に体に力が満ちてきた……それと同時に体が何か勝手に動いていた。

 

「おぉ。自分でも試していたが、やはり他の奴でも大丈夫なんだな。さすがはモンスターワールドの回復薬。腐らないんだなぁ。一年以上年月経ってるはずなんだが……それとも何か他に要因があるのか?」

 

そんな声が聞こえてくる。

その声に導かれる様に目を開けると……そこには気に入らないあの男がいた。

 

 

 

「一体……何があったんだ?」

 

血に濡れた部屋。

しかし染まっているというほど大量の出血ではなさそうだった。

この場で誰かが大けがをしたのは間違いないのかも知れないが、それでも直ぐに処置をすれば死ぬことはない、そう思える様な様子だった。

しかしそれとは別の問題がある。

この場で誰かが誰かを傷つけたという事実。

そして間桐家の桜の部屋という現場を鑑みると、桜と慎二が当事者となり……そして桜が慎二を傷つけたのだと、何故か士郎はわかってしまった。

 

「おや、誰か来たと思えば衛宮の小倅か。しかし残念じゃが少々遅かった様じゃの」

 

突然声が響き、あたりを見渡す。

しかし部屋には誰もいなかった。

そしてその声を聞けば、不思議なことではなかった。

 

「臓硯! 桜に何をした!」

「何もしておらぬわ。不肖の孫が妹に手を出して返り討ちにあっただけよ。騒ぐことはなかろう。お節介な男が助けに入った様だが、果たしてあの深傷で死なずにすむのかどうか……」

 

呵々と、臓硯はおかしそうに嗤った。

下手な喜劇を見たのだとでも言う様に。

 

「しかし、慎二が痛みにのたうち回っている姿のおかげで桜が目覚めたのだから、役には立ったの」

「目覚めた……?」

「おうよ、桜を壊すのはわしにはできんからのぉ。わしは桜に嫌われすぎたのよ。お主か慎二……どちらかにアレを壊してもらわねばならなかった。桜が自らの陰を受け入れるために、絶望してもらわねばいけなかった。しかしわしの過ちを孫に押しつけるのは気が引けたの。精神力を見誤った。まさかここまで耐えきれるとは思わななんだ。あまり責め続けるのも考え物よの」

「て、てめぇ……」

 

体の中の何かが破裂しそうな感覚に士郎は陥った。

 

「欲を言えばおぬしに壊してほしかったじゃがな。それならばあやつも半端な覚醒ではなく、変わり果てたはずじゃった。まぁしかしそう慌てることもないかの。覚醒した以上、もう誰にもあやつは止められない。本能の赴くままに人を喰らい、暴食の限りを尽くして自ら滅びるじゃろう。わしの仕事はその後よ」

 

姿を表さない老人に対して、怒りが爆発的にふくれあがるが、その相手が目の前に出てくる事はない。

 

「マキリ五百年の宿願。ようやく手が届いたのだ。故にお主に殺される訳にはいかぬよ。しかし、かといってお主を殺すほど、私は恩知らずではない」

「恩知らずだと……一体どういう意味だ?」

「大恩よ。おぬしが桜を育てたのよ。耐えることしか知らなかったあの娘を、他者を欲することを教えたのはおぬしよ。感謝しておるのよ、わしは。此度の儀式、お主がいたからこそ、成功した。故に殺さぬ。おぬしには見事成長したアレの姿を見てもらわねばならんからな」

「臓硯!」

「もはや誰にも止められぬよ! 覚醒したアレは全てを奪うだろう! アインツベルンの聖杯を奪い、全てのサーヴァントを取り込み、門に至る鍵を奪う! 我がマキリの悲願! 第三法の再現が……ついに果たされるのよ!」

 

あまりにも耳障りな哄笑が響き渡った。

姿の見えない相手ではあったが、声がする以上何らかのつながりのある存在がいるはずだ。

それをつぶせば少しは怒りも治まるだろう。

一瞬士郎はそう考えた。

だが……それが意味がないと自ら気付く。

この場に臓硯がいるわけがない。

そして何よりも……気になる言葉を臓硯は口にしていた。

 

アインツベルンの聖杯だって……?

 

その言葉を頭に反芻したその瞬間……士郎は走り出した。

年寄りの戯れ言などどうでもいいことだった。

ただイリヤのことを考えて、士郎は自宅に向かって走り出した。

 

「そうだ、急ぐがよい! 桜はすでに黒化しておる! 今の桜であれば、イリヤスフィールを捕らえればすぐに飲み干すであろう!」

 

その声を聞き、更に士郎は急いだ。

脳裏に写るのは、自分のことを何度も助けてくれた白い雪の妖精の様な少女のことだった。灰色の空を睨みつけながら、士郎はひたすらに足を運び、走った。

 

 

 

少女は空を見上げていた。

ただ、その赤い瞳を灰色の空模様と同じように、暗い影を落として。

 

「……シロウが帰ってきたらいわないと」

 

その独白は、誰に聞かせるでもなく……誰に聞かれることもなく、虚空へと消えていく。

衛宮邸は静まりかえっていた。

士郎は桜を探しに行き、凜も探しに行ったのか姿を現さない。

ライダーとアーチャーは当然の様に姿を現さなかった。

そのため、この広い武家屋敷には、イリヤしかいなかった。

 

大空洞(テンノサカズキ)。二百年前に作られた、一番はじめの約束の土地。この感じだと、もう起動しているみたいね……」

 

冬木の街で行われる聖杯戦争は、五度目だった。

聖杯を降ろす場所は毎回違ったが、始まりの場所に還ってきていた。

この土地の四方の門を利用し、失敗するたびに次の門を利用するというサイクルを行っていた。

最初は柳洞寺。

二度目は遠坂邸。

三度目は丘の教会。

四度目は焼け野原。

そして五度目は……最初の土地へと戻ってきた。

始まりの土地。

聖杯戦争という儀式の根底を為すもの。

 

「英霊の魂で満ち足りていく聖杯。それを利用して門を開くのが、目指した奇跡だった。けれど……まさか、開けてもいないのに中に棲んでしまうモノがいるなんて」

 

イリヤはおかしそうに小さく笑った。

アインツベルンの悲願も何もなかった。

これから聖杯より生まれるものは、誰も望んでいない……望まれない災厄でしかない。

 

「……放っておけばいい。わたしの役目は開けること。閉じろなんてこと……誰もわたしに望まなかった」

 

仮にイリヤが動き、調停を行っても閉じることは出来ないとわかっていた。

聖杯としての能力は、もはや聖杯として生まれ、調整されたイリヤよりも、桜の方が上だった。

マキリの聖杯により開かれた門。

アインツベルンにより開かれる門。

間桐臓硯は同じモノを開いたつもりだったが、別物を開いていた。

しかしそれを正しく理解しているのは、聖杯であるイリヤと桜だけだった。

 

「間に合うかな……シロウ。間に合うなら……一緒に逃げてもいいかもしれないね……」

 

ぼんやりと、少女はただ言葉を紡ぐ。

迷っていた。

自らに課せられた責務、自らが望む欲求。

どちらを選択すべきなのか……。

けれどどちらにしろ結果は同じだった。

聖杯として門に向かっても、逃げても待っているのは死という現実。

どちらも結果が同じならば……果たして自分にとっての本当とはどっちなのか?

誰に問いかけるでもなく、ただ空を見上げて、少女は考えていた。

 

だから気付かなかった。

 

玄関をくぐり、ただいまといって帰ってきた人影。

ゆっくりと、足音も立てずに今から中庭に移動し、その人影はぼんやりと空を見上げる少女に手をかけようとして……

 

 

 

「ずいぶん遅かったわね。どこにいってたのかしら? 桜」

 

 

 

その動きを牽制する様に、その人影……桜に声をかけていた。

 

「姉さん」

 

声をかけられた桜は、一度イリヤから目を外して、中庭に佇んでいる凜を見つめる。

 

「イリヤから離れなさい。少しでも妙なことをしたら、容赦なく撃つわよ。セイバー、イリヤをお願い」

「はい、わかりました」

 

桜に向けられた、凜の人差し指。

彼女が得意とするガンドの魔術。

それが脅しではないことは、誰が見ても明らかだった。

そうして桜を牽制しつつ、凜はセイバーにイリヤを任せる。

力を失ったとはいえ、直感までもがなくなっているわけではないセイバーは、決して桜に対して隙を見せない様に、最大級に警戒していた。

そしてその直感が告げていた。

 

桜が……変わり果ててしまったということを。

 

「無駄なことなのに。まぁそれでリンがいいのならわたしは別に構わないけど」

 

イリヤはただ無感動にそうつぶやき、歩き出した。

セイバーとともに、二人から離れていった。

桜と凜。

二人の対峙を傍観するように……中庭の端へと移動した。

 

「……ここで待っていたんですね。姉さん」

「まぁね。私は士郎と違ってあなたを助ける理由がないからね。いよいよとなったらイリヤをさらいに来るのは、前科もあったから容易に想像できた。だからイリヤのいるところで待っていればいい」

 

凜が士郎と口にしたとき、桜が小さく身じろぎした。

まるで嫌悪すべき何かを……耳にしたとでも言う様に。

 

「ひどいなぁ……。姉さんはいつもそう。決めつけて私をバカにして……。汚れた私を見下して……。姉さん? 私はそんなに悪い子?」

 

感情のない、静かな声だった。

それに対して、凜も同じように無感動に、言葉を口にする。

 

「当然でしょう? この家を出た時点でどうしようもないほど大馬鹿者よね? あんたは間桐桜を守ろうとしていたあいつを、最後まで信じなかった」

 

断罪する様にばっさりと……凜は桜にそう言った。

その言葉にはさすがに桜は反応した。

それだけは認めざるを得ないと……自ら認めているようだった。

 

「最良だったなんてこと言わないでしょうね? 私たちは外に出るなといったの。それに異論があるのならまずは相談しなさいよ。それすらせずにあなたは出て行った。さすがに呆れたわ。だから他人につけ込まれるのよ」

 

その言葉に、桜はうつむく。

今までと同じように、堪え忍ぶように。

しかし……直ぐに顔を上げた。

 

「確かに……今まではそうだったかも知れない。けど、私はもう弱くないんですよ、姉さん。これからは私が先輩を守ります」

 

上げた顔の先にあったのは、底冷えする程に暗い瞳。

そしてその瞳に呼応するように、揺らめき動く桜の影。

それを見た瞬間に、凜は予想通りであると、看破した。

 

(……予想通りね。アーチャー。よっぽどの状況にならない限り出てこないで。貴方も取り込まれる)

(しかし凜……。アレを相手にするのは、君では危険だ)

(かもしれないけど、あんたまで取り込まれたら、こっちが危なくなる。だから動かないで)

 

絶対の存在であるはずのサーヴァントが使役できない。

それほど恐ろしい存在へとなりはててしまった桜。

今から始まる戦闘に、凜は身構える。

 

 

 

そのとき一歩……たったの一歩だったが、足を引いてしまった。

 

 

 

その焦りと恐怖が……桜の背中を押すことになるとは知らずに……。

 

「どうしたんですか? 怯える様に足を引くなんて……私が怖いんですか?」

 

自らの失態に舌打ちをするが、すでに手遅れだった。

当たり前だ。

今の凜の行為はただわずかに、桜の足を進ませただけ。

もうとっくに歩き出している桜が、止まるはずもなかったのだ。

 

「もう姉さんの言うことを聞く必要なんてない……だって……」

 

 

 

「私の方が、強いんだから……」

 

 

 

その言葉と同時に、揺らめいていた陰が躍った。

桜の足下にいる黒い陰が、中庭の地面を黒く染め上げていく。

そしてその泥の中から……黒い戦闘騎士が、姿を現した。

 

「セイバー、聖杯を捕まえて。少しなら手荒く扱っても構わないから」

 

黒い戦闘騎士は無言で桜の言葉に従った。

その己の半身ともいうべき漆黒の戦闘騎士を見て、セイバーは歯がみした。

変貌し、もはや別物と言ってもいいほどに穢れてしまった聖剣と、己の力。

疑う余地など、もうどこにもありはしなかった。

黒い陰に呑み込まれたサーヴァントがどのように成ってしまうのかなど、目の前の事実がそれを雄弁に物語っていた。

それに驚く暇を与えないとでも言う様に……

 

「っ!?」

 

黒い陰が躍っていた。

その触手の様な一撃を、凜は必死になって避けていた。

少しでも触れればそれで終わりだった。

サーヴァントですら呑み込み喰らう、黒い陰。

それに触れれば人の身がどうなるかなど……考えるまでもない。

 

「く、こんの!」

 

矢継ぎ早に幾度も繰り出される触手の攻撃を、凜は避け続ける。

そしてその攻撃を理解する。

黒い陰からの直接的なモノではなく、間桐桜が保有している魔術であると。

間桐の家の魔術は他者を束縛し、律する魔術。

しかし元々遠坂の家の人間である桜は、架空元素と虚数を起源とする影使いだ。

幸か不幸か……彼女はこの二つの力を有しているからこそ、黒い陰を具現化できていた。

 

「く、っ!」

 

身体能力を強化しても、焼け石に水だった。

凜はあっという間に追い詰められた。

魔力の絶対量が比べものにならなかった。

聖杯より供給されている桜の魔力は無限に等しい。

魔術師として優秀な凜だが、それでも人である彼女と、怪物になろうとしている桜とでは、そもそも比べようもなかった。

 

「魔術自体は単純だけど、あまりに量と数が……」

 

必死に避けて肩で息をしながら、凜は桜をにらみ据える。

勝ち目もなければ、逃げ道もありはしない。

桜がその気にあれば、この屋敷は瞬く間に陰に覆われる。

ただ桜は遊んでいるだけなのだ。

まるでもっとも欲しかった玩具を与えられた……子供の様だった。

 

「さぁ……もっと遊びましょう、姉さん」

 

そして……桜がその力を解放して、黒い陰がその全てを覆うまいと、凜へと迫った。

必死になり、凜も避けるが……圧倒的な物量の前になすすべもなく、呑み込まれる。

 

(凜!)

「でないで! アーチャー!」

 

陰に呑み込まれる一瞬前、凜の命令を無視して現界化しようとしたアーチャーを、凜が止める。

令呪こそ発動することはなったが、最初にかけられた凜の言うことに従うという縛りで、アーチャーは現界できず、そして凜は泥に呑み込まれた。

 

「っ―――ぁ、かっ――」

 

黒い陰の泥が、凜を包み体を束縛する。

瞬く間に魔術回路は犯される。

 

「なぁんだ? そこまでなんですか? 思っていたほど強くないんですね……姉さん」

 

囚われとなり、苦しげに顔を歪ませる凜を、桜は楽しげに見ていた。

 

「さ…………く……」

 

凜の苦しむ姿が見たいのか、顔は泥に覆われていなかった。

そのため何とか言葉を紡ごうとするが、直ぐにそんな力はなくなった。

それはそうだろう。

サーヴァントですらなすすべもなく敗北する黒い泥に、優秀な魔術師とはいえただの人間である凜が、勝てるはずもない。

 

「それじゃ、いただきます。楽しみだったんです。魔術師から……姉さんから魔力を食べるの」

 

ニタリと、桜は愉快そうに笑った。

そして凜を束縛する泥が、食事を始めたが……それは本当に一瞬だった。

 

「おいしい……。満腹にはほど遠いけど……。本当においしいですよ、姉さん」

 

後は魔力だけでなく、体も食べればそれで終わる。

そう、凜をこの場で始末しなければならないと、次は負けると……根拠はないが、そう桜は確信していた。

 

次に戦えば、自分が殺されると。

 

故に、桜が泥に命じようとしたそのとき……

 

 

 

緩く円を描きながら……一本の赤黒い野太刀が、凜の前の地面に突き刺さった。

 

 

 

そして突き立つと同時……つまり黒い陰の泥に触れた瞬間に、凜の体を覆っていた泥と、周囲の泥を吸収した。

 

 

 

泥を吸収した赤黒いその刀身は……まるで生きているかの様に、脈動していた。

 

 

 

野太刀に泥を吸収されたからか、桜からあふれ出ていた黒い陰が小さく震える。

 

それが怯えている事だと気付く前に……地面に突き立てられた野太刀の上に、一人の男が降り立った。

 

 

 

「待たせたな」

 

 

 

突き立った野太刀の上に立ったのは刃夜だった。

謝罪しながらも変わり果てた桜へ、油断なくにらみ据えている。

自らの黒い泥が怯えていることと、刃夜の登場によってもっとも楽しみにしていた時間を邪魔されたことに、桜は舌打ちした。

 

「兄さんを殺すのを邪魔して、姉さんを殺すのも邪魔するんですね。本当に……邪魔な人」

「おいおいひどい言われようだな? まぁそうかもしれないがな」

 

全長九尺以上の長さを持つ狩竜の上に立ち、刃夜は桜と会話していた。

狩竜を恐れてか、黒い陰は決して刃夜へと……狩竜に近づこうとはしなかった。

 

「おそ……ぃ……」

「しゃべるな。しばらく耐えてろ。アーチャー、出てくるな。今すぐ死ぬ様なことはない。しばし持つはずだ。それまで耐えろ」

 

気配でアーチャーが待機しているのがわかっているのか、刃夜はそう虚空に向かって言い放った。

さらについでにポケットの中にある、濃緑の色をしたものが入った小瓶を、凜のすぐそばに投げつける。

今にも死にそうな程に顔が真っ青な凜だが、生命力と魔力をごっそりと抜かれただけで今すぐどうにかなる事はない。

無論このまま放っておけば死を待つばかりだが、それでも今すぐという事ではない。

実際、今の状況で凜の介抱をする余裕は……刃夜にはなかった。

 

「貴方のその刀が、この子を怯えさせている様子から見て、本当だったんですね? その刀が、切り札になるっていうのは」

「言っただろ? こいつは平行世界の煌黒邪神龍に止めをさした、俺の自慢の野太刀。その黒い陰も相当強いってのはわかるが……それでも俺から言わせれば煌黒邪神に比べれば赤子同然だ」

「でも貴方自身もその邪神と闘っていた時ほど強くはない、と言っていましたよね?」

 

桜が妖艶に微笑むと同時に、イリヤを逃がすまいとイリヤのそばで佇んでいた、黒い戦闘騎士が動き出した。

セイバーとしての戦闘能力を有しているからか、怯えている様子は見受けられなかった。

しかし恐怖には感じているのだろう。

この場において絶対的な強者でありながら、黒い戦闘騎士の歩く姿には微塵も隙がなかった。

 

「その刀を取り込んだり、壊すのは難しいかも知れませんけど、使い手である貴方を殺せば……脅威にはなり得ませんよね?」

 

脇に控えさせた黒い戦闘騎士とともに、桜は刃夜にそう言いはなった。

言われた刃夜は特に怯えることも、構えることもせずに、狩竜の上に立ったままだ。

 

「その通りだが……殺せるかな? 俺を?」

 

しかし一触即発の気配を感じ取ったのか……脈動するだけだった刀身が、赤く光り始めていた。

その光を恐れる様に……黒い陰が再び怯えて距離を取る。

黒い戦闘騎士も、いつでも動ける様に身構えた。

陰が怯えていると言うことは、それとつながっている桜も少なからず恐怖を覚えていることは間違いなかった。

実際厄介なのは間違いないのだ。

煌黒邪神を取り込み、狩竜にどのような変化が起こったのか刃夜にも把握し切れていないが、それでも狩竜が黒い陰に対して有効であるということは、直感で何となくわかっており、さらに経験が証明している。

そしてその経験は、黒い陰とつながったことで桜も理解している。

だがそれでも彼女は勝てると判断した。

 

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)がいるのだから。

 

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)はセイバーから戦闘能力と聖剣を、黒い陰にて染め上げて生まれ出でた戦闘機械とでもいうような存在だった。

絶対的な魔力を有していたセイバーだったが、未熟な士郎がマスターであったため、十全に力を発揮できなかった。

というよりも、セイバーの消費魔力量に、セイバー自身がついていけなかったのだ。

竜の因子を有しているとはいえ、それが生前と同じように能力を発揮できなかった。

 

しかし今は違う……。

 

黒い陰から供給される魔力は無限に等しい。

そして戦闘能力……すなわち理性というセイバーがいなくなったため、純粋に戦闘のみを考える。

 

仮に相手が元仲間であったとしても、その剣が鈍ることはない。

 

理性と欲望に別れたとでも言うべきか……理性が別れたため、ある程度の思慮などはなくなったと言うべきだろう。

しかしそれを補って有り余るほどに、魔力が増えている。

 

失ったものがありながらも、それを超える力を手に知れたのだ。

 

それこそ……この場にいる全てのサーヴァントよりも強いだろう。

 

強さだけで言えばだが……。

 

 

 

「本当に……俺を殺せるか? 桜ちゃん。お前ごときが?」

 

 

 

その言葉とともに刃夜の姿が消える。

消えたことに一瞬瞠目する桜だったが……その瞬間には黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)が動いていた。

桜の前に立ち、その漆黒に染まった聖剣を振るう。

するといくつも火花が飛び散り、黒い陰で覆われた地面に、いくつものナイフが落ちた。

 

「ほぉ? さすがはセイバー。理性をなくしたとはいえ、その戦闘能力は健在か」

 

その声が耳元から聞こえて、桜は驚愕に目を剥いた。

弾かれる様に振り返ると、そこに得物を持たずに佇んでいる刃夜がいた。

いつの間にか後ろに回り込まれたことに驚きながらも、陰を使役し攻撃するが、再び姿を消すことで刃夜はそれを回避した。

そして直ぐに刃夜は狩竜のそばに現れ、その刀身を手で掴んで地面から抜き、宙に放り投げて柄を握った。

今の一瞬で太刀の上から自身の背後に回り込んだ事に、桜は悔しそうに顔を歪めた。

 

下手をすれば今ので殺されたことが……わかっているからだ。

 

「確かに桜ちゃんの方が強いかも知れないが、強さだけが全てを決める訳じゃない」

 

その台詞に桜は思わず黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)に刃夜を攻撃させようとしたが、この場を終わらせる人物が……間に合った。

 

「桜!!!!」

 

士郎が……帰ってきた。

中庭の様子を見て、士郎は一瞬目眩を覚えた。

しかしそれを何とか気力で振り切り、士郎は真っ青な顔の凜へと走った。

 

「おい遠坂! しっかりしろこのばか!」

 

倒れている凜を抱き上げて、凜の頬に触れる。

その頬は生きているのが不思議なほどに、冷たくなっていた。

 

「余り動かすな士郎」

 

凜と士郎を守る様に前に立ちながら、刃夜は士郎に静かにそう告げる。

普段通りに振る舞えないと言うことが、今の状況を物語っていた。

 

 

 

 

「先輩……何で姉さんを介抱しようとしてるんですか?」

 

 

 

聞き慣れた声で、あまりにも聞き慣れない冷たい声が……士郎の耳に届いていた。

振り向き……変わり果ててしまった桜を見て絶句した。

 

「桜……その顔……」

 

首筋に蠢く、得体の知れない刺青の様な黒い模様。

それが令呪であると……何故か士郎は理解した。

そしてその背後に付き従う様に揺らめく、黒い陰。

それを見て、士郎は臓硯の言葉を肯定するしかなかった。

 

あの黒い陰が桜であるという事を。

 

目の当たりにし、見たこともない桜の冷たい表情と黒い陰。

士郎の体は震え上がった。

黒い泥の飛沫を浴びたときに感じた、あまりの憎念。

それが目の前に存在していた。

もっとも愛する女性として……。

 

「よっぽど急いできたんですね、先輩。けど慌ててはいるみたいですね? 私の部屋……見たんじゃないんですか?」

「!?」

 

その言葉で、士郎は自分が想像していた事が、事実であることを知らせた。

それを問い詰めたい衝動に駆られるが、それを耐えて士郎は口を開く。

 

「それはいい。桜が落ち着いてから話をする」

 

そう、今は桜と話をするべきだと、士郎は思った。

臓硯の言葉通り、確かに桜は変貌してしまっていた。

だが、桜は桜のままであると、士郎は信じていた。

しかし話をすれば大丈夫であると……いつも通りになれると……

 

そう信じていた。

 

「いいえ、私は話なんてしたくないし、先輩とも話したくないんです。しゃべるのは私だけです。先輩も姉さんも……兄さんも町の人たちも、もう……」

 

 

 

「私を叱る事なんて……出来ないんだから」

 

 

 

その言葉を聞いて……士郎の脊髄に、鋭いナイフが突き刺さったかの様な間隔に陥った。

感情なく人を喰らってきた存在。

人間を殺し、喰らった黒い陰。

喉がひからびる様だった……。

目も痙攣し、視界が歪んでいく……。

 

士郎が恐れる理由は、黒い飛沫を浴びた事による、本能的な恐れもあった。

 

膨大すぎる魔力に呑み込まれたわけでもない。

 

もっとも大きな原因は……桜だった。

 

 

 

桜が本気で……士郎に殺意を抱き、向けてきている。

 

 

 

「いつもそうだった。先輩は私を守ってくれるって言ったのに……私だけを見てくれなかった。でもよかった……。そういう先輩だったから私は欲しかった……けど……」

 

 

 

思考が崩れていく様だった。

そして士郎は思ってしまった。

もっとも思ってはいけない、事を……。

 

 

 

アレは……桜なのか?

 

 

 

あまりに自分の知る桜と違いすぎて、士郎はそれを受け入れることが出来なかった。

思考が停止していく感覚。

これ以上知りたくないと、見ていたくないと……そう思ってしまった。

 

「私といると苦しいんですよね? だから殺してあげます。これ以上先輩に先輩を裏切らせないために……。そして……私だけを見てくれる先輩を……」

 

意味のわからない事を呟きながら、桜はその影を躍らせる。

刃夜を、凜を、そして士郎を……全てを呑み込まんとその影が波の様に躍ろうとした。

そのとき……

 

 

 

「そこまでにしなさい。余計なことをしている余裕はないでしょ、サクラ」

 

 

 

この場を終わりにする事の出来る少女の言葉が、その泥を止めた。

 

「……どういう意味ですか? イリヤスフィール」

「言ったままの意味よ。今この場でシロウにリン、それにジンヤと戦ったところでただの八つ当たりにしかならないわ。ただの時間の無駄遣いなら、このあたりにしておけばいいんじゃない?」

「!? イリヤスフィール!」

 

セイバーの制止の言葉を無視して、イリヤは桜へと歩み寄っていく。

 

「サクラの目的はわたしでしょ? なら大人しく一緒に行くから、行きましょう」

「……本気ですか? 私が欲しいのは、貴方の心臓だけ。それを貴方がわからないわけがない。私と一緒に来ると言うことは、殺されると言うことくらい……わかっているでしょう?」

「そんなのわかってるわ。けどどっちにしたって殺されるなら抵抗するだけ無駄よ。けど正装はここにはないわ。だからサクラが後継者として門を開くっていうのなら、わたしの城まで取りに行かないといけないわ」

「それは俺が許さない」

 

桜へ歩み寄りつつ、一緒に行こうとするイリヤに、刃夜がそう声をかける。

先ほどまで肩に担いでいた狩竜を下げ、両の手で握りいつでも振るえる様に、構えていた。

そんな刃夜に対して……イリヤは静かに微笑した。

 

「いいんだよジンヤ。これはわたしの役目。聖杯として機能するために生きてきたわたしがすべきこと。だからジンヤが気にする必要はどこにもないの」

「……わかった」

「!? 刃夜!」

 

イリヤの言葉に悔しそうにしながらも刃夜が肯定した事に、士郎は驚きの声を上げる。

しかしそれに取り合うことなく、刃夜は再度言葉を紡いでいる。

その言葉は……あまりにも場違いな言葉だった。

 

「イリヤ、出前は何がいい?」

 

誰もが聞き間違いかと思った。

それもそうだろう。

何せ刃夜の顔は今にも敵に向かって斬りかかりそうなほどに、真剣な表情をしているからだ。

その顔で出前なんて……あまりにも変な言葉だった。

それが何を意味するのか、わかったものが果たしていただろうか?

しかし、言われた本人のイリヤは、おかしそうに……だけど寂しそうに笑っていた。

 

「なら、最初に刃夜が食べさせてくれた唐揚げがいいな」

 

そう、呟いていた。

 

「了解した」

 

刃夜はそう言って、戦闘態勢を解除した。

それを見て、桜もこの場で三人をどうにかする気は失せたのだろう。

桜は忌々しげにイリヤを見つめて、黒い陰を引かせていた。

 

「……自分で探す手間が省けるから、貴方の口車に乗ってあげます。どんな思惑を抱いていても無駄ですから」

 

刃夜に士郎、凜に興味が失せたとでも言う様に、桜は背を向けて去っていく。

その背中に……士郎は呼び止め声を上げる。

 

「桜!」

 

「もう、こないでください。私に先輩なんて……私だけを見てくれない先輩なんて、もう必要ないんです」

 

「!?」

 

必要ないと言われて、士郎は息を呑む。

ある意味で殺意を向けられた時よりもきつかったかも知れない。

そんな士郎に対して背を向けたまま顔も見ずに……桜はイリヤとともに去っていった。

 

「じゃあね。今まで楽しかったよ……お兄さんに、お兄ちゃん」

 

刃夜と士郎に向けて、ただ一言……イリヤはそう言って桜とともに歩いていった。

そして黒い戦闘騎士も影に呑み込まれる様に消えて……まるで今まで何事もなかったかの様だった。

 

「馬鹿野郎!」

 

しかしその静けさを、士郎が声を張り上げて破った。

頭に来たのだ。

何よりも己自身に。

黒い飛沫を浴びたときの恐怖と、桜から向けられた殺意に震え上がって何も出来なかった自分に。

桜の手を引くことも……兄と呼んでくれたイリヤに、あんな寂しげな表情をさせてしまったことに。

そのまま後を追う様に走りだそうとする士郎を、刃夜が止めた。

 

「バカ! 今お前が追って何になる!」

「だけど刃夜!」

「たわけ! イリヤに助けてもらった命を、直ぐに捨てるつもりか!」

 

 

 

走り出そうとする士郎を、俺は止める。

このまま行ったところで、死にに行く様なものだ。

それこそあの黒い戦闘騎士に無惨に一撃で葬られるだろう。

何とかはったりでどうにか凌ごうとしたのだが、それも叶わず結局イリヤに助けられてしまった。

 

「助けてもらった……?」

「当たり前だろう? さっきの状況はそれこそ本当に絶体絶命だったぞ。相手が桜ちゃんでなかったり、またセイバーが完全に取り込まれていたり、もしくはイリヤが行ってくれなかったら、俺達は死んでいた」

 

桜ちゃんの背後を取れたのは、全く殺意を抱かずに近づいたからこそ出来た事だった。

いくら「霞皮の護り」で気配を完全に遮断したとしても、人を一人殺そうとした場合、おそらくセイバーが気付いていただろう。

理性がないからこそ、背後に忍び寄ったのがはったりであると、黒い戦闘騎士は桜ちゃんに伝えることが出来ず、また桜ちゃんもそれがはったりであるとわからなかった。

良くも悪くも、桜ちゃんが戦闘に置いて完全な素人だったからこそ、俺達は今この場にいられるのだ。

 

「とりあえず凜の治療を士郎はしていてくれ。アーチャーは凜の護衛。ライダーは士郎の護衛だ。ついでに、この二人の護衛も頼みたい」

「二人?」

「全く、とんでもない状況になっているわね」

 

刃夜の言葉に導かれる様にして姿を現したのは、ローブに身を包んだ魔術師のサーヴァント、キャスターだった。

そしてキャスターが現界するのと同時に、屋敷へと静かな男性が足を踏み入れていた。

 

「キャスターに……葛木先生?」

「あの黒い陰が活発的に動ける様になった以上、本拠地を捨ててでも逃げてくる必要性があると思ったんでな。そして今日桜ちゃんが一人で出て行った時になんか嫌な予感がしたんでな。いくつか仕事をしてきてその一つが、二人を護衛してここまで連れてきたことだ」

「桜が一人で出て行ったって……」

 

俺の言っている意味が一瞬わからなかったのか、士郎が一瞬いぶかしげな表情をするが、直ぐにどういう事かわかったのか、俺につかみかかってきた。

 

「出て行ったって……刃夜、まさか!?」

 

出て行ったと、まるで見ていたかの様な言葉であると気付いて、士郎が怒りを露わにしながら、俺の胸ぐらを掴む。

実際俺は桜ちゃんが出て行く前からアーチャーを脅した。

避けるのも反撃するのも容易だったが、士郎の気持ちは十分にわかったので俺は、あえてそれを受け入れた。

 

「なんで! 何で桜を止めなかったんだ!?」

「それは私も……聞きた……わね……」

 

弱々しい声だったが、それでもしっかりとした口調で、下の方から遠坂凜の声が上がってきた。

先ほどまで黒い泥に侵されてだいぶ危ない状況に陥っていたが、アーチャーが現界して先ほど投げつけたモンスターワールドの回復薬を飲ませたようだ。

呑んだ瞬間に元気よく体を動かしていたので大事ないのだろう。

空になった小瓶を握りしめながら俺を睨んできていた。

小瓶を投げつけてきそうなほど、お怒りのようだ。

 

しかし本当にすごいなモンスターワールドの薬。あれほどの危篤状態に近い衰弱していた遠坂凜がここまで回復するとは……。というか、賞味期限とか大丈夫なのか?

 

場違いなことだが、そんなことを考えてしまう。

間桐慎二の時も思ったことだが、一年近く経っているのに腐る気配がまるでないのだ。

 

モンスターワールドの世界の素材だからすごいのか……それとも何か別の要因があるのか……?

 

と、考えていたのだが、そんなことを考えている場合ではないので、俺は眼前の士郎に目 を向ける。

 

「止めて止まると思うか? 士郎が止めたのならいざ知らず、大して仲の良くない俺から言われたところで止まるはずがないだろう?」

「けどあんたなら、力ずくで止めることも出来たはずよ? しかも私が出てこない様に、アーチャーに脅しをかけたってのは、どういうこと?」

 

そう、桜ちゃんを止められるとしたら士郎と凜以外にいない。

アーチャー、セイバー、イリヤでは止めたところで言うことは聞かないだろう。

実力行使をすれば、下手をすれば今の桜ちゃんでは殺してしまいかねない。

何より……

 

「では逆に聞くが、止めてどうするんだ?」

「え……」

「あんた、何を言って?」

「今の桜ちゃんは確かに暴走しているかもしれない。だが、士郎をきちんと士郎と認識し、遠坂凜をきちんと認識していた。なら、まだ手遅れではないだろう」

 

一時は記憶の前後がなくなっていたという話だったが、先ほどの態度を見ればその点では問題ないと考えていい。

時間的なリミットは早まってしまったかも知れないが、心と体のリミットは多少伸びたかも知れない……というのが俺の正直な感想だった。

 

「け、けどこのままじゃ」

「今まではあの黒い陰を自分と認識していなかった。それ故に無作為に人々を襲っていたというのがあるはずだ。しかし意識がはっきりしたのなら、彼女の性格から考えて、街全体を呑み込もうとすることはおそらくないはずだ。その証拠にイリヤを連れて行って素直に帰って行った。そこにつけいる隙がある」

 

本能の赴くままに人々を喰らっていたのだろう。

それもある意味で仕方がない。

最初から黒い陰を宿していたのなら、気付かないわけがない。

つまり間桐臓硯はどうにかして、あの黒い陰とリンクをつなげたということになる。

そして今黒い陰として覚醒してしまったが……それは逆に言えば好都合でもあった。

 

「いつからあの妖怪じじいが桜ちゃんに手を加えていたのかはわからないが、話を聞く限りでは今回の桜ちゃんの覚醒はあいつも予想外だったはずだ。つまりほころびがないとは言えない状況だ。それに膿を出し切った方が、桜ちゃんとしてもいいはずだ」

 

間桐家にて臓硯が士郎に話していた言葉。

あの話が嘘であることも否めないが、そう感じられなかった。

老獪が服を着て闊歩している様な妖怪じじいのため、演技であることもあり得るが、それでも全てが嘘であるとは思えなかった。

そして、それが仮に嘘だったとしても、桜ちゃんが多少なりとも改善されたことは事実だった。

それに……

 

「膿を出し切るって……」

「あの妖怪じじいの教育がまともであると思うか? 更に言えばあの性格ひん曲がりまくってる兄貴。それであそこまで普通の女の子たり得たってのは、相当の我慢をしているはずだ。それは士郎……お前に対してもだ」

「俺に対しても……」

 

自分が我慢をさせていた、というのはある程度覚えがあるのか、それともここ最近気付いたからわかるのか、ともかく士郎の手の力が弱まったところで、俺はその手を払った。

 

「全てに大して我慢していた娘が、初めて身につけた力を認識し、その力の解放を覚えて少し調子に乗っているだけだ。ならそれを正してやればいいだけの話だ」

「か、簡単に言うわね」

「簡単にしたいからな。はっきり言って、こちらの方が数は多いが、あっちの方が単体での戦闘能力は遙かに上だぞ? 狩竜があるが、俺もこいつを全力で使えるのは1回が限度だろう。故に、敵の黒いサーヴァント全部にやるわけには行かないしな」

 

はっきり言って、これが一番簡単な方法だ。

実行可能ならばという前提が着くが、仮に出来たとしたらそれで全てが終わる。

しかしそれは夢物語でしかなく、当然実行不可能な事だった。

だが、それでもあの黒い陰をどうにかするには、狩竜をどうにか制御しなければ成らない。

だがその前にやることが一つ……。

 

「とりあえず行ってくるかな」

「行くって……どこに?」

「イリヤを連れ戻しに……出前にな」

 

 

 

「どういうことだ?」

 

はっきり言って、士郎には意味がわからなかった。

先ほどイリヤが去り際に言った言葉が、まさかそのままの意味だとは思わなかったからだ。

 

「先ほどの状況では俺一人でどうこうできる状況じゃなかった。だからイリヤが助けてくれた。だが連れ去ったことで桜ちゃんも油断している可能性もある。故に連れ戻す。このまま放っておけば確実にイリヤが殺される」

 

そう、それは誰もが容易に想像できたこと。

聖杯として機能するということを、士郎は先日イリヤに聞かされた。

凜は始まりの御三家の娘であり、優秀な魔術師であるためある程度予想は出来ていた。

そして刃夜は先日士郎とイリヤの話を盗み聞きしていたので、知っている。

黒い陰として覚醒してしまった桜が、今のこの状況でイリヤを連れ去った理由など……ど考えるまでもない。

 

聖杯として、イリヤを利用するということ。

 

それはすなわち、人間としてのイリヤの死を意味する。

 

「け、けど刃夜。仮に連れ戻しに行っても取り返しに来る可能性が……」

「ないとはいえない。だが、桜ちゃん自身の体のことを考えると、余り時間的余裕はないはずだ。臓硯の思考を鑑みるに、イリヤで試験をするつもりだろう。挑戦する事が何度も出来るのは悪い事じゃないから」

 

もしくは二つの聖杯で何かをしようとしているのか……というところだろう。

何を臓硯が企んでいるのか、わかるものはこの場にはいないが……当然誰もがろくでもないことに使おうとしていることだけは、考えるまでもない。

しかし、イリヤを連れ戻すと言うことは……。

 

「……あの黒いセイバーと戦うと言うことか?」

 

士郎が、そう疑問を口にした。

その言葉を聞いて、セイバーが口惜しそうに顔を歪めていた。

それは当然だろう。

文字通り自らの写し身が漆黒に染まり、変わり果てた姿で桜に付き従っているのだ。

そこにあるのは絶対的な服従のみ。

騎士の誇りも、王としての名誉も何もなく、ただただ純粋なその戦闘能力を使役させられているだけなのだから。

 

黒い陰から人々を救うと約束した己自身を、責めるかの様に。

 

「戦いになるか。俺が全力で挑んでも、あれの相手は困難この上きわまりない。黒い陰にバックアップでも受けているのか、出力なんか以前と比べものにならないぞ。アレを相手にするなんていくつ命があってもたりないわ」

 

肩をすくめながら、刃夜はそう事実を口にしていた。

実際、理性がないという欠点を補って余りあるほどの魔力を黒い戦闘騎士は有していた。

 

「それはそのとおりね。アレに挑むのははっきり言って裸で龍に挑む様なものよ。アレは本当に規格外。下手をすれば生前のセイバーを超えているかも知れないほどに」

 

刃夜の言葉にキャスターが同意した。

神代の魔術師である彼女にこそわかるものがあるのだろう。

その手で自らを守る様に、体を抱いており本当に恐怖している様子だった。

 

「な、ならどうやって奪い返すんだ?」

「これは勘だが……桜ちゃんは力に目覚めたばかりで、制御がうまくできてないと考えられる。それもあれだけ強大な力ならなおのことだ。さっき遠坂を襲っていた時もずいぶんと数に任せて攻撃していた。更に言えば攻撃していたのは触手攻撃のみ。となると近寄らなければ何とかなる」

「いや……セイバー呼ばれたら終わりじゃ……」

「理性がないのがみそだな。アレは本当に人形のようなものだ。命令がなければ動くこともないだろう。つまり桜ちゃんに見つかりさえしなければ何とかなる」

 

刃夜の言うことに思うところもあるのだろう。

皆それ以上言葉を続けようとは思わなかった。

 

「それじゃ、イリヤを殺させるわけにもいかないし、行ってくる」

 

切り札である狩竜を折りたたみの鞘に収めつつ、刃夜は戦闘準備を行う。

その脈動する様に不気味に光り輝く赤黒い刀身が鞘に収めて、それを手に刃夜は走り出した。

黒い陰に呑み込まれる様にして消えていったイリヤを助けるために。

 

 

 

■――ア――■ァ……アァア――

 

まるで黒い炎のようだった。

贅を尽くして作られた空間を、貪り、喰らうかのように、その炎の蹂躙される。

目的もなく、定まりもない喘ぎによって、崩壊していく。

 

ア――■――アァ……アァ■――あ、――ア……

 

その黒い炎は触手だった。

実像を持たぬはずの黒い陰は、影を落とす主人の苦悶によって動き、蠢き、床を壁を……破壊していった。

 

は……あ――アァ……アァァァ―――

 

喘ぎに乗って乱れ狂う黒い闇の炎。

広間にただ中に立って、体を丸め、苦しげに喉を掻き毟るごとに、古城の内装が崩されていく。

 

■あ―――あぁ……アァ

 

広間はすでに黒で塗りつぶされている。

その中央に佇み、苦しみ、痛みにもだえる女は王であり奴隷であった。

イリヤスフィールを連れ去り、彼女の本拠地である古城に来てそう時間は経っていない。

その間……間桐桜の変貌が最終段階へと向かっていく。

黒い陰と一体化している桜にとって、今のこの世界は文字通り異世界だった。

黒い陰は文字通りこの世界に相容れない存在である。

それと一体化している桜は、存在しているだけで世界から否定され続けている。

痛み、苦しみ、破壊衝動のみに染められていくだけならばまだ耐えられた。

痛みや事故をさいなむ苦しみは、桜にとって幼少時より耐え続けていたものであり、いわば馴染みのある物だ。

しかし、存在その者を否定されるというのはあまりにも未知な物だった。

 

ア――アァァ、ああああ!!!!

 

その苦しみを、痛みを、そして否定され続けるその未知にあらがうために、乱れた。

自己を見失い、正気を捨て、目に付いた全ての存在を否定した。

 

苦しい―――と……。

 

自らの不遇と、自らに無関心な周りに、無理解な世界に訴える様に……。

 

「ふむ。存外に間桐桜であり続けようとしておるようじゃが……そろそろ頃合いかの」

 

その姿を見つめる、一つの影。

間桐の老魔術師、間桐臓硯である。

眼下で苦悶する桜を見守っていた。

その視線には確かな愛情があった。

そう……間桐臓硯は間違いなく間桐桜を愛していた。

実験作と扱っていた桜が間桐臓硯の思惑を超えて成長し、渇望した「不老不死」を授けてくれるのだから。

そんな存在を愛さないわけがない。

どんなに桜があがこうと問題なかった。

どれほどの力をつけようと、多くのサーヴァントを使役しようと、理性を残していようが関係なかった。

間桐桜と間桐臓硯の運命はすでに十一年前に決まっている。

間桐臓硯はただ目覚めるだけで間桐桜を完全に殺すことが出来るのだから。

 

「ほ! 助けてくださいおじいさまとな? よい。良いぞ桜! 世界そのものに否定される圧迫は、さぞ苦しいであろう! だが思い出せ! 十一年にわたる壺毒の日々を! 何千という責め苦に耐え、何万という虫に体を預けた! その程度の痛みなど造作もなかろう! そのように育てたのだ! そのように鍛え上げた!」

 

うめき声にしか聞こえない桜の声。

間桐臓硯には桜の声が聞き取れる様子だった。

苦悶にしか聞こえず、ただ暴れているだけの様子は、それこそ必死に、命乞いをしているのだろう。

 

「無論助けるとも! おぬしはワシの作品! 最後まで見届けよう! だが助けられるのは肉体のみよ。十一年の鍛錬においても、おぬしの精神だけは鍛えられなかった。受け入れることで苦痛から逃れたお前ではその怨嗟に耐えることはできんじゃろうて。だが安心せい! 肉体の頑丈さだけはワシが保証しよう! 耐えろ! いや、耐えられる! お主の肉ならば間違いなく復讐者(アヴェンジャー)を纏うであろうて!」

 

笑う。

嗤う。

嘲笑う。

間桐臓硯は本当に愉快そうに嗤っていた。

それこそ隙だらけ、油断をしている、そう言って良かった。

だがそれも無理からぬ事。

普通に考えれば勝敗は決したと言って何ら差し支えない状況だ。

未だほとんどのサーヴァントが残っているが、それも黒い陰の前には有力な力なり得ない。

またすでに取り込んだサーヴァントを使役するだけでも、十分に勝算はあった。

更に正規の聖杯を手に入れて、もはや臓硯の行く手を阻む物はいない……はずだった。

 

「む?」

 

実に愉快そうに、愉悦に嗤っていた臓硯の笑みが消える。

自ら付き従った聖杯の元に監視のために忍ばせていた虫の反応が消えたのだ。

監視役のため戦闘能力こそ皆無だが、生半可な潜入では虫の目を欺くことは難しい。

それをこうまであっさりと消したことに、臓硯は感嘆し……そして嘲笑った。

 

「ほ、よもやまだ逆らうつもりでおるとは思わなんだ。何を考えているのかわからんが……さすがに少々面倒じゃのう。そんなに死にたいというのであれば、殺してやるのが情けというものかのう」

 

あまりに規格外な男の存在。

宝具に等しい概念武装の様な物を所持しているが、発動に時間がかかることを考えれば脅威に成り得ない。

故に放置してもいいと考えていたのだが……さすがにここまで邪魔をされては目障りに思えてくるのも、当然といえた。

更に臓硯から言わせれば聖杯を助けたことは滑稽にしか思えなかった。

何せあの娘は逃げ出せない宿命にあるのだから。

森から連れ出し、逃げおおせたとしても、最後には聖杯の地、全ての根源の心臓部に訪れるしかないのだから。

 

「故に見逃しても良いかと思っておったのだがの。出番じゃ桜。イリヤスフィールが連れ出された。あの娘がいなくなればお主を救う手だてがなくなる。苦しみから逃れたいのであれば、蹂躙し連れ戻すがよい」

 

そう告げ、高らかに嗤いながら臓硯の気配は消えていく。

それに呼応する様に、荒れていた黒い炎が水を打った様に静まり……その黒い沼より、二体の闇が出現した。

 

……………………

 

少女に苦悶はなかった。

痛みになれたわけではない。

ただ……

 

……そう……また邪魔するんですね、あの人は……

 

暗い喜びと、真っ黒な憎悪、そして……破壊衝動が……痛みを凌駕しただけのこと。

 

「自分で切り札に成るなんて言っておきながら、一人でつっこんでくるなんて……馬鹿な人。そんなに食べて欲しいなら……食べてあげますよ」

 

真っ白な指が上げられ一つの方角を指し示す。

その先には巨大な城門があり、侵入者が通り、今必死になって逃走している方角。

 

「いって。そして殺してきて。私の邪魔をする人は……誰であろうと許さない。相手が誰であろうと構わないわ。肉片にして上げてきて」

 

一つの影がその声に呼応し、咆吼を上げて黒い突風となりて、疾走する。

その姿を……桜はおかしそうに嗤って見つめていた。

 

「まぁ……今の貴方には相手が誰かを判別することも出来ないでしょうけど。ねぇ……バーサーカー」

 

クスリ、と……彼女は小さく笑った。

黒い陰を纏い、彼女は漆黒の戦闘騎士とともに、瓦礫と化した広間を後にした。

 

 

 




刃夜が登場するシーンで鬼武者のネタぶっこもうかとおもったけど、さすがに怒られると思って自重しましたw
わかる人とは俺話で盛り上がれる自信があるwww


いやぁ長かった
お待たせしてしまって申し訳ありませんでした
まだ全部は上げられません
誤字脱字とか、まだいくつも気に入らない点があるので

が、聖杯戦争は終えてますので、もうゴールは確実に見えてます
このまま

や~めた

にはならないのでそこは大丈夫ですw
一番長く感じた説明会と、イリヤの聖杯戦争の仕組み説明がやはり一番書いててつまらなかったですw
全力で書きましたが、まぁ気に入らない人もいるとは思います
それでも読んでいただけたらなぁと思います
また近々あげます

とか言いながら発売してたの知らなくて今日あわてて買ったラノベ読んだけどねw
その恋と、その未来。
でないとか言っておきながら出てたよ
超うれしい!
最終巻読み終えてしんみりしちゃったよ
高校卒業ねぇ……
もう10年も前かい

あの頃よりは、大人になれたのかなぁ・・・・・・

本当に、大人って何でしょうね?
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