月夜に閃く二振りの野太刀   作:刀馬鹿

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今回でようやくこの作品の要素が出せました
それでも本編の桜ルートをなぞっていますが・・・・・・
まぁオリジナル要素にして最大の見せ場の前振りですね
納得のいかない人も多々いると思いますが、まぁアイディア提供者のTTの渾身のアイディアですので、可能ならば最後まで読んでからご判断ください

それでも納得できなかったら私の力不足でございますw

がんばるよ~


黒い巨人と黒い黄金

冬木の町を抜け、更に巨大な森を抜けて、俺は樹海の中にそびえ立つ、古城へとたどり着いていた。

 

……でか

 

イリヤに直接脳内に流されてため、ある意味で初見ではないのだが……実際に自分の眼で見ると実感という物がわいてくる。

百聞は一見にしかずとはよく言った物だと、この状況において実に下らないことを考えてしまう。

 

……本当にお姫様みたいな存在なんだな

 

気配を可能な限り殺しつつ、俺はその城へ潜入すべく森をからあたりを観察していた。

辺りに俺以外の気配は感じられなかった。

だがそれはある程度予想できていた事だった。

黒い陰として覚醒してしまった桜ちゃんは、サーヴァントに対して絶対的な力を持っている。

また黒いセイバーを従えていることもあり、事実上最強の存在と言っていい。

唯一のネックなのは俺の狩竜の存在だが、それも黒いセイバーを……サーヴァントをぶつけてくればそれで終わる。

 

そう、サーヴァントを……な

 

つまり……はっきり言ってこちらの状況は、詰んでいると言ってしまっても過言ではない。

むしろこの状況を考えるとはっきり言ってゲームオーバーと言ってもいいぐらいなのだ。

それでも諦めるわけわけにはいかない。

いくら考えがあったとはいえ、俺が桜ちゃんを力づくで止めることは出来たのは事実。

それをしなかったのは俺の責任。

更に言えば、イリヤを見殺しにするという選択肢は、俺には存在しない。

また狩竜がある以上、完全な負けにはなり得ない。

と、思っていたのだが……

 

……気配がずいぶん遠いな

 

辺りに気配がないことを確認して、俺は城の内部の気の気配を探ってみたのだが……よく知る気配が三つあった。

城門そばに二つに固まっているのと、二階の気配。

二つに固まっているのは気配から言って桜ちゃんと妖怪じじい。

二階にいるのは間違いなくイリヤだろう。

そして……それしか気配がなかった。

 

……油断なのか舐められているのか……まぁ半々か

 

先にも言ったが形勢は圧倒的にこちらが不利。

故に直々に見張ってなくても問題ないという事なのだろう。

イリヤのそばに小さな気配もあるので、おそらく監視の虫がこれだろう。

虫程度の監視ですませていたのが油断だろうが、こちらを舐めているのかはっきりとはわからない。

だが……

 

後悔させてやろう……その慢心を

 

残り少ない魔力を気配遮断のみに使用し、俺は気力で体を強化して一気に森から城へと駆け抜ける。

そしてすぐさま飛び上がり、イリヤが軟禁されているとおぼしき部屋の窓へつっこんだ。

 

!!!!

 

窓を突き破る破砕音が鳴り響き、俺はつっこんだ勢いそのままに、壁に垂直に着地して勢いを全て殺す。

それと同時にスローイングナイフを取り出して投擲し、監視の虫を瞬時に無効化し、地面に降り立った。

狩竜の長さが少々不安だったが……横も縦もずいぶんと広い部屋だったため、全く問題なかった。

 

外観だけじゃなく中身もでかいか……。まぁそれもそうだろうな

 

「――ジンヤ?」

 

窓を突き破った音に驚いたのか、それとも俺が来たことに驚いているのか、ともかくイリヤはびくっと体を縮こませた姿勢をしていた。

気配でわかっていたことだが、それでもこうして無事な姿を見るとほっとする。

が、イリヤの顔が直ぐに冷たい物へと変わる。

 

「呆れた。ジンヤだからさっき私が助けてあげたこともわかってるんでしょ? それなのにどうして来たの?」

 

冷たい顔に、冷たい声。

それはまるで、巨大な気配を従えて夜店の前に現れたときのように、実に無味乾燥な声と表情だった。

 

「わからなかった? サクラの事はわたしに任せてくれればいいの。これは私の役目。だから大人しく帰って」

 

おそらく、マスターとしてのイリヤしか知らなければ、俺もこのまま引き返していたのかも知れない。

だが昼間の……マスターとしてではないイリヤを、少しでも知っているのならば、この冷たい態度が、無理をしているのだと言うことがよくわかった。

故に……

 

「たわけ。そんな役割など知ったことか」

 

と、軽くイリヤの頭をはたいた。

すると痛みに頭をしかめた後に一瞬、ポカンとした表情をしていたが、直ぐにそれが怒りに染まる。

 

「な……ジンヤの無礼者! レディの頭を叩くなんて紳士じゃないわ!」

「そんなことは最初からわかってるわ。俺はただの定食屋の店主であって、己自身が紳士であると思ったことなど一度もないわ」

 

フン、と鼻息荒くそう返してやった。

今のイリヤの言葉と態度、そしてこのままでいることの意味がわかっているのに無理をしている態度が気にくわなかったので、イリヤの頭を叩いていた。

だが、それが間違っているとは思っていない。

どんな役割を与えられたかはわからない。

だが、死ぬことをただ受け入れるだけなんてこと……俺は正しいとは思えなかった。

 

「な、なによそれ! わたしは自分の役割を果たすためにサクラに付いてきたのよ! それが一番いい方法なんだから! だからジンヤに文句を言われることなんて――」

「たわけ! 先にも言ったが役割など知ったことか! 俺はただ自分にとって大事な友人が死にに行くのを黙ってみているのを許せなかっただけだ! それも本当は嫌なくせに強がって、役割という言葉を理由にして死にに行くなど俺は絶対に認めない。絶対につれて帰るわ」

「――! つ、強がってるってどういう意味!? わたしは嫌だなんて思ってないわ。この身は聖杯として作られたのだから、それを果たすのは当然よ! あいつらのために鍵になるのは、それは癪だけど、でも聖杯の力さえ使えればサクラだって」

「聖杯なんぞ俺はどうでもいい。前にも言ったな? イリヤはイリヤだと。イリヤが己自身でいたいというのなら、そんなことは放棄してしまえ。年上の俺が、そのときはどうにかしてやる」

 

どうにかしてやる……これほど無責任な言葉はないかも知れない。

圧倒的な戦力不足。

詰んでいるこの状況下。

それでもなお、俺はこの言葉を出すのに躊躇いはなかった。

友人が死にに行こうとしているのを、止める理由がどこにあるだろうか?

 

「―――」

 

イリヤが俺から視線を逸らした。

そのときの横顔は先ほどまでの表情と違い、きちんと感情があった。

それを見て、俺は自分の行動が間違っていなかったと、納得できた。

 

「……いいわ。仮にわたしがいやがっていたとして、どうするの? わたしたちではサクラには勝てない。逃げることも出来ない。虫一匹しか監視につけてないのは、城から逃げることが出来ないから。ジンヤだけならまだ見逃してもらえるかも知れない。けどわたしをつれて逃げるっていうなら、森からでることもできないわ」

 

確かに勝算も、逃走率も俺単体とイリヤを連れてでは勝負にもならないほど、確率が違う。

というよりも俺がこのまま一人で何もせずにすごすご逃げれば臓硯も桜ちゃんも何もしてこないだろう。

だが俺はイリヤを連れて戻すと内心誓ったのだ。

故に、他の選択肢など最初から存在しない。

 

「一人で帰るなんて選択肢を元々持ってたら、そもそも今この場にいねーよ、っと」

 

そう言い終えると同時に、俺は狩竜を担ぎながらイリヤを横抱きに抱えた。

さすがにここまでされたら俺の覚悟がわかったのか、イリヤは抵抗せずに小さく笑った。

 

「呆れた。何を言っても無駄なのね」

「あぁ。悪いが諦めて俺に連れて行かれてくれ、お姫様」

「……こんなの、うまくいくはずないのに」

 

横抱きにされたまま、俺の服を掴んだ。

その笑みをみれただけでも、来た甲斐があったというものだろう。

が、それで終わるわけにはいかない。

ここから無事に逃げ出し、森を抜けて士郎の家にまた戻らなければいけない。

 

「よし、では逃げるぞ。しっかりと掴まっててくれよ!」

 

左手でイリヤを抱きかかえたまま、俺は突き破った窓から飛び降りる。

そして着地と同時に気力と魔力で身体能力を強化し、一気に森へと駆け抜ける。

その時……

 

「■■■■■■■■■■!!!」

 

信じがたいほどの強烈な咆吼が、城より響いてきていた。

それと同時に放たれる、圧倒的な重圧の殺意。

 

予想通りかよ!

 

その咆吼を放った物の存在を確認し、俺は内心で盛大に舌打ちした。

ただでさえこちらは圧倒的に不利な状況だというのに、まだあちらには手駒があったのだから。

それも最凶最悪の狂戦士が。

 

「……やっぱり、まだとどめてたのね、サクラ」

 

追いつかれたくない一心で全速力で森を走っている俺の耳に、そんな声が入ってくる。

その声に含まれている感情に気付いて、俺は更に走る速度を上げた。

 

会わせたくないが……

 

おそらく、セイバー同様に変わり果てた姿になっているはずだ。

それ故に、今の姿をイリヤに見せるのは忍びない。

ひたすらに走った。

背後にその姿は見えない。

聞こえてくるのは巨大な足音と、それに付随する木々のおれる音。

こちらと違い、巨体である相手は木々を破壊しながらこちらを追ってきているのだ。

まさに破壊の化身そのものだ。

背後を振り向かずにひたすらに走るのだが……残念ながらそう簡単に逃がしてくれる相手ではないようだった。

 

「■■■■■■■■■■■■!!!」

 

何!?

 

信じがたいことに、先ほどまでの速度とは桁違いの速度で、相手が俺の横へとやってきた。

そして並走するだけに飽きたらず、その巨大な岩の様な剣を振りかぶる。

 

「イリヤすまん!」

 

走る勢いを何とか腕のクッションで殺しつつ、俺はイリヤを上に放り投げた。

それと同時に、右手に持っていた狩竜を鞘から抜ける分だけ抜刀し、両手で敵の剣を受け止める。

 

!!!!

 

すさまじい金属音と衝撃が一度に来たのと同時に、俺の体が吹っ飛んでいた。

あの力が振るわれたのだ。

吹っ飛ばない方がどうかしている。

というよりも吹っ飛ばずに完全に受け止めれば、俺の体がつぶされる。

進んでいた方向から急で強引な方向転換に、一瞬目が回った。

しかしそのまま呆けていてはまずい。

イリヤが殺される。

それをいいと判断する理由は俺にはない。

故に、直ぐに体制を立て直し、気力の足場を形成し、強引に空中で停止した。

 

「やだ……うそ……うそだよね、バーサーカー……?」

 

俺に放り投げられた事で地面に尻餅をついたイリヤが、涙ながらにそんなことを呟いていた。

 

「わたしだよ……バーサーカー。わからないの? ねぇ?」

 

イリヤは黒い巨大な存在を前にして、動きを止めて変わり果てた存在にただ話しかけていた。

変わり果ててしまった存在を否定したくて……弱々しく声を上げている。

その姿はあまりに痛々しかった。

まるで父親に捨てられてしまった子供のように。

俺は体勢を立て直しながら、その変わり果てた敵に目を向けた。

 

そこにいたのは、赤黒い肉体を持つ巨人だった。

 

もはや目も鼻も耳もなく……ただ殺意を放つだけの存在。

全身を黒い陰の泥に浸食されて、以前の姿は見る影もなかった。

もはや姿形が似ているだけの、全くの別の存在だった。

黒い陰に呑み込まれて、ただ破壊を生み出すためだけに存在する化身。

破壊の化身はこちらをどのように認識しているのかはわからない。

だが、はっきりとわかることは、あの破壊の化身にとって、目に映る物は全て破壊すべき存在でしかないのだろう。

その証拠に……

 

「■■■■■■■■■■■■!!!」

 

体すらも揺るがす咆吼とともに、目の前にいるイリヤ(存在)に対して、その巨大な岩剣を振り上げている。

 

「―――やだ、こんなのやだ! ねぇ、バーサーカー!」

 

懇願するイリヤの叫びすらも、その巨人には届かない。

その懇願に対する返答は、振り上げた剣を殺意を振り下ろすことで答えようとしている。

その前に、突貫してイリヤを救った。

唸りを上げて振り下ろされた岩剣が、体のぎりぎりそばを駆け抜けていく。

そのときの剣圧は、以前の頃よりも更に強大になっていた。

 

くっそ! 一度追いつかれたら面倒だな!

 

巨体故の加速するまでの時間と、巨体故の木々の障害でこちらが逃げ回るには余裕があるのだが、しかし一度掴まってしまうとこちらとしても逃げにくくなる。

俺一人ならばいざ知らず今はイリヤも一緒なのだ。

人一人を抱きかかえて逃げ出す暇を与えてくれるとは考えにくい。

かといってイリヤを一人で逃がしては、他の連中に捕らえられるだけだ。

 

……単身ってのはやっぱりきついもんだなぁ

 

衛宮家の状況よりも守る対象が少ないとはいえ、その分こちらも戦力が少ない。

というよりも……

 

予想していたことだが、まさか取り込んだサーヴァント全部使役してんのか?

 

黒い泥に呑み込まれそうになったセイバー。

それを救った際に戦闘能力を失っていた。

そのセイバーの戦闘能力のみを抽出したかの様な存在の漆黒の戦闘騎兵。

戦闘騎兵に倒されたバーサーカー。

亡骸で呑み込まれたはずのバーサーカーが、黒い泥によって更に凶悪な戦士として、今俺の眼前にいた。

つまりあの黒い泥に呑み込まれた存在は、桜ちゃんの支配下に置かれると言うこと。

そしてそれはつまり……今こちらには存在しないサーヴァント全てが桜ちゃんの支配下にいる可能性もぬぐえないと言うこと。

 

セイバーにバーサーカー、最近見かけないランサー……そして……

 

しかし今は考えている場合ではない、とにもかくにも逃げの一手!

 

「イリヤつかまれ! 舌噛むなよ!」

 

抱きかかえたイリヤにそう叫び、俺は再び走り出した。

状況が悪化の一途をたどっている。

正直泣き出したい気分だった。

しかしそうもいってられない状況だろう。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

再度咆吼を上げる、黒い巨人。

そしてこちらに向かって突進してくる。

この咆吼は獲物を奪い取られた事に対する怒りなのか?

それともただ、吠えているだけなのかわからない。

その速度は先ほどよりも更に速くなっているようだった。

だが、どうであろうとこちらが足を止めるわけには行かない。

止めればそれはすなわち死を意味する。

 

「……」

 

腕の中で悲しげに物言わぬイリヤ。

慰めの言葉も思い浮かばず、そして思い浮かべる余裕もなく、ただ俺はひたすらに両足を必死に動かすしか方法がなかった。

 

どうすればいい!?

 

逃げる以外に選択肢がない。

狩竜解放の暇をくれるほど、今の相手は甘い相手ではない。

黒い戦闘騎兵が相手ならばまだやりようがあったのだが、亡骸で吸収されたにもかかわらず、セイバーよりも完璧な状態で使役されているバーサーカーを相手するのは無理がある。

さらに言えばぐずぐずしていたら他のサーヴァントが出てくる可能性もある。

行き当たりばったりかも知れないが、それでも動かないという選択肢はあり得なかったわけだが……

 

どうす!?

 

どうすべきか悩んでいたそのとき、前方に巨大だが鋭く長い戦意を感じ取り、俺は思わず停止していた。

俺と同じ気配を背後の黒い巨人兵も感じとったのだろう。

足を止めて新たに現れた第三者に警戒心を露わにしていた。

 

「雑種風情に、狂犬がどのような滑稽な踊りをするのか試しに来てみれば……ただ走り回るだけの逃走劇とは、実に下らん」

 

そんな声が響くと同時に、その存在が現界した。

隠そうともしない巨大な王気(オーラ)

おもわず傅いてしまいそうな程の、圧倒的なカリスマをその身から放っている。

黄金の鎧に禍々しい黒の装飾が施されたその姿は、醜悪でありながらもどこか気品の様な物を携えていた。

得物を持たない丸腰であり、更に言えば腕を組みこちらを見据えるだけの姿勢に、脅威は感じられなかった。

だが……

 

何だ……こいつは……

 

それでもなお、あまりに強大な気配を放っている。

それこそ背後で停止している黒い巨人兵よりもよほど強大な気配。

俺の剣士としての本能が告げている。

 

こいつは、あまりにも危険な存在であると。

 

こいつそのものにはそこまでの脅威は感じられない。

なぜなら殺意……というよりも戦意の様な物が感じられないからだ。

だがそれでもあまりにも圧倒的な存在感を放っている。

この状況下で現れたこともあり、どう考えても一般人ではない。

何もないところから突如登場したことも考えれば、現界したと考えるのが妥当。

故にサーヴァントだと思われるのだが……

 

セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、バーサーカー、アサシン……。七つのクラス以外に聖杯戦争に参加しているサーヴァントっているのか?

 

士郎のセイバー。

遠坂のアーチャー。

イリヤのバーサーカー。

桜ちゃんのライダー。

柳洞寺のキャスター。

未だ正体不明のマスターのランサー。

そして小次郎。

これで出そろっているはずのサーヴァント以外にも、サーヴァントという超常の存在がいたのには驚きだった。

驚きと同時に……疑問が生じる。

 

二対一……なのだが……

 

背後の黒い巨人兵。

そして前面に新たに現れた黒と金に覆われた謎のサーヴァント。

だが、前面にいるこのサーヴァントからは、まるで戦意が感じられない。

まるで見物に来たと言わんばかりの傍観ぶりだ。

 

「どうした、雑種? その長い剣は飾りか? それを使えばそこな狂犬も黙らすことができよう。その喜劇。ぜひとも我に見せて、楽しませよ。それが貴様の役割だ」

 

……何を言ってるんだこいつは?

 

と思わざるを得ないが、その台詞とその態度から、どうやらこの場では俺とやり合うつもりはないらしい。

それは吉報であり、凶報でもあった。

 

最悪だ……

 

逃げ道を塞がれて、俺が生きるには背後の黒い巨人兵を倒すしか道はなくなった。

というよりも、逃げようとしたら最悪こいつも攻撃してくるかも知れない。

となると俺がこの場で黒い巨人兵と戦うしか選択肢はない。

だが勝算はない。

それでも挑まねばならない。

世はまさに不条理の塊だった。

 

……まさに桜ちゃんの人生と同じということか

 

望む望まないにかかわらず、魔術師の家系に生まれた。

そして一子相伝という魔術師としての決まり事に従い、遠坂凜の父親は間桐の家に桜ちゃんを養子として出した。

それからの人生は、彼女にとって何ら望みのない日々だったのだろう。

それでも死ぬことも出来ず、彼女はただ命があるが故に生き続けた。

家の決まり……であるからこそ、彼女は間桐の後継者としての生を全うすることを決めつけられた。

イリヤも同じように……アインツベルンの決まりに従い、生きてきたのだろう。

先ほど言っていた彼女の「自らの役割」という物がどういう物かはわからない。

だが……それでも……

 

 

 

人には意思って物がある……

 

 

 

桜ちゃんにも、イリヤにも……当然、俺にも。

 

桜ちゃんはただ、己を救ってくれた存在であり、自らが好きになった士郎とともに生きていたいと。

 

イリヤは、自らの役割であると理解しながらも、それを完全に受け入れているわけではない。

 

ならば、それが叶う様にして上げたいと……そう思うのは俺の傲慢さなのだろうか。

 

いや……傲慢と言うよりもわがままだろうか?

 

わがままなのは間違いないだろう。

 

そうでなければ今……俺はこの場にはいない。

 

 

 

どうにかするしかないか……

 

 

 

自らのわがままを押し通し、俺はこの場にいた。

 

そしてわがままを貫き通さねばならない理由が俺にはある。

 

故に……ここで下がるわけにはいかなかった。

 

 

 

どこまでやれるかはわからないが……

 

 

 

殺るつもりでやらなければ敗北は必至。

 

故に、俺は覚悟を決めて、狩竜を鞘から抜き放った。

 

「……ほぉ」

 

俺を見て何を思ったのかわからないが、黒に染まった金色のサーヴァントが声を漏らしていた。

だが、それはもはやどうでもいいことだ。

戦意も殺意もないのは確かだが、こいつが後ろから襲ってこない可能性がないとはいいきれない。

それでも俺は今はこの場で相手にすべきは、黒い巨人兵であると理解し、相対した。

 

「■■■……」

 

俺の意思を感じ取ったのか、黒い巨人兵が小さくうなり声を上げる。

敵の戦意に応える様に、俺は狩竜の折りたたみの鞘をたたんで、腰に縛り付ける。

 

『仕手よ……いけるのか?』

『すまん封絶……。俺がいいというまでしばらく黙っていてくれ』

『……死ぬなよ』

 

封絶には申し訳なかったが、今は思念ですら会話をする余裕はない。

以前、黒い取りに強化される前の状態でも、俺は一対一でこの存在と相対したことはない。

実力だけではどうしようもない存在だ。

いわば暴力そのもの。

もはや概念的とも言える相手に、俺は今から立ち向かわねばならないのだ。

 

行くぞ……狩竜!

 

浅く息を整えて、俺は一瞬だけ呼気を鋭く吐いて……狩竜を振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

時刻は少しさかのぼり、刃夜がイリヤを助けるために飛び出して少ししての衛宮家。

最初こそ疾風のように飛んでいった刃夜にあっけにとられていた一同だったが、凜が衰弱していたことも相まって、一度居間へと移動した。

居間に士郎、凜、セイバー、アーチャー、キャスター、葛木、そしてライダーが一同に会していた。

誰も言葉を発せないような状況だった。

何せ事態が事態とはいえ、元々敵同士だ。

刃夜という存在がいたからこそ、この場にこれだけのメンバーが集っているのであって、そうでなければ相容れない存在同士なのだ。

特にキャスターとセイバーなどが顕著だろう。

だが互いに今は力が出せないということと、更に言えば黒い陰が覚醒してしまったこともあり、争う様なことはなかった。

しかしそう時間も経たないうちに、

 

「やっぱり誰かしら援護にいくべきじゃないのか?」

 

士郎がそう告げた。

士郎の正直な気持ちで言えば、いてもたってもいられないというのが本音だろう。

桜もイリヤも、士郎にとっては大切な存在なのだ。

確かに自分だけでは足手まといになるかもしれない。

それでも何か出来るのではないか?

そう考える士郎だったが……。

 

「やめておいた方がいいわよ、坊や」

 

意外にも、士郎に否定の言葉を投げかけたのは、柳洞寺の魔女、キャスターだった。

 

「あれはサーヴァントですらどうしようもないほどの、怪物よ。この場にいる誰が行ったとしても、とてもではないけど相手になる様なものじゃないわ」

「怪物だって!?」

 

自らの最愛の人を怪物呼ばわりされて、士郎が声を荒げようとする。

それを凜が手を挙げることで制止した。

今この場で争っている場合ではないということもあったが、それ以上に凜はキャスターがどのような見解を示しているのか、興味があった。

 

「怪物ね……。あれは神代の魔術師であったあなたから見ても、そういう存在なの?」

「そうでもあって、そうでもないと言えるでしょうね。私が生きていた時代にはあれ以上に強力な怪物は、それこそいくらでもいたわ。けれどあれは、それとは一線を画した真に怪物よ。何をどうすればあんなのが生まれるのか、聞かせて欲しい位よ」

 

魔術か何かで桜の姿を見たのか、キャスターは本当に恐ろしいものを見たという様に、自らの体を抱いていた。

魔力が十分ではないキャスターに取って、襲いかかられたらただ喰われるしかないため、恐怖に感じるのは無理もなかった。

 

神代の時代に生きていた魔術師のキャスターがここまで恐れるなんて……本当に、一体どうなっちゃったの、あの子は……

 

凜としても、桜の豹変ぶりは見た。

そして直にその恐ろしさをかいま見た一人として、恐怖に感じていた。

だがそれ以上に、憤りも感じていた。

刃夜に対して……そして、桜に対して。

 

けど、それとこれとは話は別だわ……

 

正直に言えば、凜も今すぐ刃夜の後を追って行きたかった。

だが、それをすべきではないと、魔術師としての凜が判断し、必至にその思いを自制した。

 

「ダメよ士郎。行きたいのは私も山々だけど、今動くのは出来ないわ」

「遠坂!?」

 

凜に制止され、士郎は再び声を上げた。

だがまだ敵とも知れないキャスターに言われるよりも、味方である凜に言われた方がより感情がむき出しになっている。

 

このまま放っておいていいのかと?

 

そういう思いが込められていた。

それは凜も同じだった。

だがそれでも、今は動くことが得策だとは思わなかった。

 

「少し冷静になりなさい。確かに数の上ではこちらが有利かも知れない。けどサーヴァントの天敵とも言えるあの黒い陰を、あの子は完璧に使役している。そりゃ、魔術師としてまだ未熟なあの子が使役してるだけ隙もあるけど、けどサーヴァントをぶつけたら相手の手駒にされて更にこっちが不利になる。かといって生身の人間である私やあなたが行ってなんになるの? 足手まといになるだけよ」

「けど遠坂!」

「だから落ち着きなさいって。行かないとは言っているけど、何もしないとは私は言ってないわよ?」

「? それはどういう意味――」

 

凜の意外な言葉に、士郎はきょとんとした顔をする。

喜怒哀楽が激しい士郎に内心で苦笑しつつ、凜はざっと辺りを見渡す。

 

「アーチャー。まずあなたは今まで通り見張りに徹して。突如出てくる可能性もあり得ないことはないけど、それでも今まで以上に厳しく監視して」

「了解した」

「ライダー。あなたは何でまだ残っているの? マスターに……桜についていくのが本来の姿じゃないのかしら?」

 

桜の魔力がもう消えないことを、知っているのかライダーは常に現界し、今もこの今の場にいる。

そして本来であれば凜の言うとおり、マスターである桜のそばにいるべきが、サーヴァントとしての本来の姿であると言えなくもない。

だがライダーには自らのマスターにお願いされた、願いがあった。

 

「……私はこの場に残り、彼を守ります。それがマスターの望みですから」

「わかったわ。なら、衛宮君はあなたにお願いしていいかしら?」

「もとよりそのつもりです」

「え? ライダー? それっていった――」

 

一体どういう事なのか?

そう問おうと口を開いた士郎の頬に、凄まじいほどの熱が宿った。

それが士郎の口を塞ぎ、士郎の顔を歪ませる。

そしてそれだけに至らず、体にも突然燃えるほどの灼熱が体を駆けめぐり、士郎の体がゆらいだ。

 

「ちょ、士郎!?」

 

崩れかけた士郎の体を、ライダーがいち早く察知して、その体が倒れきる前に支えた。

だが今の士郎はそれどころではなかった。

頬が燃える様な感覚を、味わっていたのだから。

 

「な、なによその黒いの!?」

 

凜が何かに驚いている事だけは士郎にもわかったが、それでもそれ以外は何もわからず、士郎の意識は焼けただれる頬の痛みで強制的にシャットダウンされていた。

 

 

 

 

 

 

言峰が気にかけていた雑種がどのようなものか試しに来てみれば、確かにそこそこおもしろそうな雑種よな

 

それが縦横無尽に飛び回り、逃げまどいながら、赤黒い野太刀の狩竜を振りかぶり、必死になって黒い巨人兵の相手をしている刃夜を見た、ギルガメッシュの感想だった。

目の前で繰り広げられている剣戟。

お世辞に言っても綺麗とも美しいとも言えない、非常に泥臭い光景だった。

何せ完全にヒットアンドアウェイの戦法だ。

一撃を与えては、即座に逃げる。

しかもその逃げ方も本当に死に物狂いだ。

気力と魔力の足場を形成し、縦横無尽に地を宙を駆けめぐって、決して止まらない。

それはある意味で当然といえる。

擦るどころか、剣圧と風圧に巻き込まれただけで、吹き飛ばされて体勢を崩される。

体勢を少しでも崩せば、それで刃夜の命は死へ叩き込まれる。

故に、刃夜はなりふり構わずに動いて、黒い巨人兵を翻弄していた。

 

「■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

自らよりも小さな存在である刃夜に翻弄されて、黒い巨人兵が吠える。

死の風と化している岩剣が、凄まじい風切り音を響かせる。

間合いはほぼ互角だったが、細身の分狩竜の方が軽い。

得物の長さとその軽さが、かろうじて刃夜に黒い巨人兵を翻弄させるだけ(・・)の状況を作ることに一役買っていた。

 

「――!!!」

 

もはや声を上げる余裕も呼吸すらも出来ず、刃夜はただひたすらにその赤黒く光り脈打つ狩竜を振りかぶる。

その光に呼応するかのように、刃夜の身体能力が更に上昇しているようだった。

黒い陰の分身とも言える黒い巨人兵と、ギルガメッシュに反応しているのかも知れない。

しかしいかに身体能力を強化しても、黒い巨人兵に傷を負わせることが出来ない。

元々鋼のようだった肉体が、黒い泥によって更に強化されているのだ。

サーヴァントと対抗できる刃夜とはいえ、残念ながら腕力不足と言えた。

狩竜を完全解放出来たならまた状況も変わっていただろうが、そんな余裕を黒い巨人兵が与えるわけがない。

自らを殺すことの出来る武器が使用される状況を、黙ってみているわけもない。

故に、今は拮抗し半ば膠着状態へと陥っている。

しかしそれもそう長くはない。

何せ刃夜は自らの気力と魔力をどんどんと消費しているのに対して、黒い巨人兵の力はほとんど無尽蔵だ。

力尽きることなどあり得ない。

そのため、どれだけ見ていても結果は分かりきっていた。

このまま何の打開策もなく、状況に変化すらも起こらなかった場合、やがて刃夜の体力が力尽き、殺される。

それは傍観者として観察しているギルガメッシュが気付かないはずがない。

本来であれば、早々に刃夜に対する興味を失い、気まぐれのように刃夜に対して、自らの宝具達を放てば、それで全てが終わる。

 

英雄王ギルガメッシュ。

 

世界最古の英雄であり、古代ウルクの王。

半神半人の存在であり、かつてこの世全てを支配していた人類最古の英雄王。

彼は前回の聖杯戦争にてアーチャーとして召喚され、最後まで生き残ったサーヴァントの一人。

聖杯が現れる間際、セイバーのマスター、衛宮切嗣がセイバーに令呪を持って命令した「聖杯の破壊」の際に、破壊された聖杯の真下にいたために、聖杯よりあふれ出た黒い泥(・・・)を全身に浴びた存在。

黒い陰の元とも言えるその黒い泥は、当然サーヴァントにとっては死を与える劇物であり、またこの世の存在にとっても災禍以外の何物でもない。

本来であればその際に、ギルガメッシュは終わっていたはずだった。

 

だが、その場にいた存在がギルガメッシュであったことが、あり得ない結果を生み出す。

 

自らを天上天下に唯一の王であると称し、傲岸不遜で唯我独尊の存在。

その(オレ)という自我は、実に「英雄王」と称して何ら差し支えのない、強烈な意思を持っていた。

驚くべき事に、ギルガメッシュはそのあふれ出た黒い泥を自らの意思を持って飲み干し、受肉……つまり肉体を得て、第四次聖杯戦争より十年間、この世に存在し続けていた。

 

このような茶番、終わらせるのは容易いが……

 

彼は人類最古の英雄王であり、そしてこの世の全てを支配していた王。

彼のバビロニアの宝物庫には、この世全ての財を収納していた。

神をも唸らせる美酒を。

誰もが心奪われる財宝を。

そして……伝説の武器すらも……。

ギルガメッシュは全ての宝具の原点となる武器を所有している。

ギルガメッシュの死後、集められた宝物が宝物庫より解き放たれ世界中に散らばり、優れた武器であるが故に、後の英雄達に使用された。

戦神オーディンが自身の加護の証とした剣、グラム。

聖騎士、ローランが所有していた「決して折れない」という逸話を持つ不滅の聖剣、デュランダル。

ペルセウスが所有した女怪殺しの神剣、ハルペー。

それら伝説の英雄達が所有し、愛用し、担い手であった武器の原点。

アーチャーとして召喚されたのは、それらの武器を弾丸の様に射出し、相手を無数の宝具で突き刺し、吹き飛ばす戦法が、彼の戦術だからである。

全ての宝具の原点を所持しているということは、彼は全てのサーヴァントの天敵となりうる存在である。

何せ相手の知名度が高ければ高いほど、その英霊の弱点である宝具を放てば、それで勝負がつくからである。

弱点がわからなかったとしても、弾丸の雨のように射出される武器全てが宝具なのだ。

その威力は、推して測るべくもない。

故に、刃夜が必死になって相手をしている黒い巨人兵も、ギルガメッシュがその気になれば数秒で終わらせることが出来るのだ。

しかし、それを彼はしなかった。

本人が思っている様に、このような状況を終わらせようとすれば出来たのだが……ギルガメッシュの視線は、動き回る刃夜の目を、追っていた。

 

雑種ごときが、ずいぶんと強烈な目をしている……

 

黒い巨人兵に挑んでいる刃夜の瞳は、まさに鋭い刃のように研ぎ澄まされ、そして苛烈な迄の意思を宿していた。

自らの状況が決していい物ではなく、このままでは確実に死が訪れるとわかっているにもかかわらず、刃夜はそれでも生き抜くために必死になって行動していた。

泥臭くも、前を向き目をそらさない姿勢が、ギルガメッシュの琴線に触れていた。

その生き様と在り方に、興味を抱いていていた。

故に、ギルガメッシュは刃夜を殺さない。

ただ傍観者として、刃夜と黒き巨人兵の斬り合いを、静かに見据えていた。

 

 

 

 

 

 

その斬り合いがどれほど続いただろうか?

それほど長い時間でないことは確かだが、それでも当人達に取っては……それこそ死線に直に触れそうなほどに接している刃夜にとっては、永遠とも言えるほどの長い時間を感じていた。

状況は刻一刻と、悪化の一途をたどっていた。

気力と魔力を使用しての身体能力の強化は、黒い巨人兵に拮抗できるだけの力を刃夜に与えるが、代償として当然のように体力を奪っていく。

日頃尋常でない訓練を行っている刃夜ではあるが、当然無尽蔵の体力などあるはずもない。

また、まだ魔力の扱いについても気力ほどなれているわけでもない。

それ故に体力の消耗はより激しいものとなっている。

 

だが、それでも刃夜は諦めることはしなかった。

 

 

 

まだだ……

 

 

 

自ら果たさねばならない責任に対する気持ち。

置き去りにしてきた人物に対する贖罪。

そして純粋に死にたくないという、生物として当然の欲求。

 

 

 

死ねない……

 

 

 

当然、それらの理由はあった。

またこの世界にて出会った人たちの恩義に対する責務や、救いたいと思った人物に対する思い。

それもあった。

そうでなければ、雪の精霊の様な少女のために、単身この場に訪れることなどなかっただろう。

 

だが、今彼が……刃夜が、その長大な超野太刀である狩竜を振るう理由は、それとは別にあった。

 

 

 

死んでたまるか……

 

 

 

全てが己に取って大事な願いであり、気持ちだった。

それこそ切って捨てるなどあり得ないと言っていい。

だが、それすらも覆い尽くし、退けるほどのどす黒い感情が……刃夜の体を突き動かしていた。

 

それこそ……今の黒い巨人兵を覆う泥よりも、より純粋で貪欲で、醜悪な想いによって……

 

 

 

■■までは!

 

 

 

その醜悪な想いに反応するかの様に、手にした狩竜の刀身より黒い触手の様な黒い影が伸びて、刃夜の手にからみついていく。

刃夜の意思を助長するかの様に、刃夜の意思を尊重するかの様に。

 

刃夜の意思を……悦ぶかの様に……。

 

黒い影はまるで、刃夜を追い立てる様に、刃夜の意思を黒く染めていく。

 

否、それは正しくはない。

 

気付かぬうちに抱いていた気持ち。

 

蓋をしていた、目を背けていた、気付かない様にしていた……。

 

その想いに対して、ほんの少し素直になる様に背中を押しただけに過ぎなかった……。

 

 

 

!!!

 

 

 

一際大きく空気が震えた。

空気の震えで、木々が振動する程の衝撃。

気力と魔力を使用し、木々も足場に使用していた刃夜が、黒い巨人兵の一瞬の隙を突き、狩竜が届く範囲に何とか潜り込み、大地を踏みしめてその刃を振るった。

気力と魔力、そして……黒い影によって強化された刃夜の剣が、防御をした黒き巨人兵をほんの少しだけ、下がらせることに成功した。

 

「■■■■■■■■■■■■」

 

自らよりも遙かに小さく、そして弱いはずの存在にわずかながらも体を押されたことで、黒き巨人兵が一度刃を納めて、刃夜を観察する様に動きを止めた。

渾身の一撃を与えて、互いの動きが止まり、互いに互いを牽制し出す。

動きのない膠着状態へと陥った。

しかし、戦闘が一度止まったにもかかわらず、狩竜の黒い影の浸食は止まらなかった。

 

■■■

 

黒い影よりもたらされる、負の力、負の感情。

本来であれば拮抗することすらも難しい、黒い巨人兵と戦えるだけの力を刃夜に与えている。

解放することすらも難しいはずのその力は……導かれる様にその力を発露させている。

浸食する様に……ゆっくりと……。

 

それが思考を狭めていく。

 

その負の衝動に……闘争本能に全てをゆだねようとしてしまう気持ちを、刃夜は必死になって抑えつけていた。

 

 

 

■■■何故拒む?■■■

 

 

 

今全てを忘れて暴走してしまえばそれで全てが終わってしまう。

 

終わらせることが出来る。

 

全てを。

 

今も昔も、未来さえも。

 

全てが終わる。

 

そう思う気持ちを、ひたすらに否定し続ける。

 

 

 

■■■お前が望んだことだろう?■■■

 

 

 

……落ち着け

 

 

 

全てを終わらせることが出来る。

 

救いたいと思った命も……助けたかった人の気持ちも……。

 

そして……己のすべきことさえも。

 

それを是とするわけには、行かなかった。

 

 

 

■■■「■■したい」のだろう?■■■

 

 

 

しかしそれをあざ笑うかの様に、黒い影から流れてくる負の感情が、刃夜の自制心を蝕んでいく。

やがてそれが手だけでなく、体にも変化を与えていく。

いくつかの太い血管が、ふくれあがり肉を盛り上げる。

目が赤く染まり……その顔に獰猛な笑みが浮かび上がってくる。

その変化を敏感に捕らえ、黒い巨人兵が再び突撃しようと身構えたそのとき……

 

意外な事が起こった。

 

 

 

「ふん。下らん。貴様の抵抗はその程度か?」

 

 

 

今まで傍観者として、観察に徹していたギルガメッシュが言葉を放っていた。

それも……刃夜に向けてである。

声をかけられたこと、そしてその声に込められた何かが気になって、刃夜はおもわずギルガメッシュへと目を向けていた。

 

「雑種は雑種なりにやるべきことがあろう? それをするために、貴様はここにきたのであろう? ならば、それを全うせずに狂うのは、この(オレ)が許さん。最後まであがけ、雑種」

 

どういう意味だ?

 

突然放たれた言葉は、実に尊大で傲慢な物言いそのものだった。

だが、確かな意思を持って紡がれたその言葉が、呑まれかけていた刃夜の意識を繫いだ。

暴走しそうになっている刃夜の意識に、疑問が生じた。

 

……助けられた?

 

本能に動かされるままに、暴れそうになっていた意識を強制的に黙らせるほどの威圧を持って放たれた言葉。

この言葉が、自らを助けてくれたことがわかった刃夜だったが、その理由がわからなかった。

雰囲気から察するに、この謎の存在とも言えるサーヴァントが、自分の味方をする理由がないからだ。

そして黒く染まっているその恰好。

どう考えても黒い陰に吸収されたのは明白だ。

ならば傍観などせずに、最初から刃夜を攻撃してしかるべきなのだ。

さらにいえば今も攻撃をしないどころか、刃夜の意識を助けた上に、まるで黒い巨人兵を牽制するように威圧の込めた眼差しを向けている。

ある種の三すくみの様な状況になったその時……新たな乱入者が、この場の沈黙を突き破った。

 

 

 

 

 

 

「はっ。久しぶりに出てみれば、とんでもねぇことになってやがるな、えぇ? 坊主」

 

!? この声は!?

 

黒い巨人兵と黒く染まった金色のサーヴァントと、三すくみのような状況に陥り、場が痛いほどの静寂に包まれていたその時、そんな声がこの場を木霊した。

そして現れる……招かれざる来客。

見た目で判断するのであれば、取り込まれていないことは間違いなく朗報だが、それでもこいつがここにいる理由がわからない。

これほど異様な状況に陥っている聖杯戦争において、未だマスターの存在がわかっていない青い槍兵。

俺が聖杯戦争を知るきっかけと、始まりを告げた紅の槍を持つ男。

 

「ランサー!」

 

現界したそのサーヴァントは、紅の槍を右手に持ちニヤリと……好戦的な笑みを浮かべている。

ランサーの登場に、黒い巨人兵と黒に染まった金色のサーヴァントが、それぞれ違った視線を向けている。

一方は新たな乱入者に対する警戒。

他方はまるで興味がないという、侮蔑にも似た視線。

そして刃夜は、新たな乱入者に対する警戒と、困惑。

未だ存続していたことと、この混沌とも言える場に登場した理由がわからなかったからだ。

 

……どうでる?

 

この場において、新たな登場人物であるランサーがどう動くのか……それが今のこの場の状況を左右することになる。

声を掛けてきたということは、不意打ちをするつもりがないということは間違いなかった。

ただ殺すつもりなら声など掛けずに、その血のような色をした呪いの槍を振るえばいいだけの話だ。

だが味方である証拠もなければ理由もない。

黒く染まった様子は見受けられないので、まだ黒い陰に吸収されている訳ではないことは何となくわかった。

だがマスターがまだ判明していないために、この英霊がどのような理由でこの聖杯戦争に参加しているのか、わからない。

しかしそのランサーは刃夜にニヤリと、実に好戦的な笑みを浮かべるだけで、殺意を向けてくることはなかった。

そしてその笑みを殺意と戦意でさらに歪めて……黒い巨人兵へとその視線を向ける。

 

「それで……これは一体どういう状況なんだ、坊主」

「……一体何をしに来たんだ?」

「説明してやりたいが、そんな場合でもなさそうだし、こちらとしても時間がねえ。さっさと片づけてお前の陣地へ帰るぞ」

「それはどういう――」

 

ランサーの言葉の意味がわからず、刃夜は疑問を口にしようとするが、その前に黒い巨人兵が動き出した。

豪腕より振るわれる黒き岩剣。

刃夜はそれを避けつつ、ランサーの様子をうかがっていた。

すると先ほどの言葉が嘘ではない様に、黒い巨人兵に向かってその紅の槍を構えた。

 

少なくとも敵の敵は~って状況なのは間違いなさそうだな

 

味方と決まったわけではないが、少なくとも黒い巨人兵……間桐臓硯の陣営でないことを確認し、刃夜はランサーに対する警戒を一時的に解いた。

先ほどまで確実に死ぬことがわかっていた状況から、一筋ではあるが光明が見えてきた状況だ。

しかし……それも敵が本格的に動き出すないし、もう一人の敵が動き出せば直ぐに戦況は変えられる。

 

俺一人ではなくなったことで、こいつがどう動くか……

 

ランサーが黒い巨人兵とやり合っている中、刃夜は動くことはせず全体を見渡せる位置に立っていた。

黒い巨人兵、ランサーそして……ギルガメッシュが見える位置に。

そして気付いたことが一つあった。

 

……気のせいではないな。ランサーがずいぶんと希薄な感じだな

 

ランサーの気配の薄さに、刃夜はようやく気がついた。

そしてさらに気付いた。

ランサーがまるで攻勢にでようとしないことに。

岩剣を振るう黒い巨人兵と戦闘を繰り広げながらも、ランサーは完全に防戦一方……というよりも戦闘を長引かせる様な戦い方をしている。

以前一度とはいえ刃を交えたことがある刃夜からすれば、違和感しか覚えないような戦い方だった。

気配の薄さに戦い方。

そしてこれに気付いたことで、刃夜は確信した。

ランサーからはランサーだけの気配しか感じられないこと。

これが決定打となった。

 

なるほどね

 

状況を再確認し、刃夜は思わぬ援軍によってゆるんだ気を再度引き締めた。

好転しているように思えたのは一瞬でしかないことを再認識したためだ。

 

なんでかは謎だが……ランサー、主従契約を解除したな

 

それがランサーの気配しかしないということと、戦い方から導き出した、刃夜の推論だった。

そしてそれは的を射ていた。

ランサーは現在、サーヴァントにとって生命線である、マスターとの契約を解除した状況だった。

それはすなわち、肉体を持たない霊体であるサーヴァントにとって、致命的な状況だった。

サーヴァントは元が英霊であるため、よほど能力の低いサーヴァントでなければ、単体でも圧倒的な実力と、魔力を有している。

しかしサーヴァント単体では、現界し続けることはできない。

マスターの魔力供給によって現界を行っていることは事実だが、マスターの魔力供給は強力な霊体であるサーヴァントから見れば、雀の涙程度でしかない。

だがその雀の涙がなければサーヴァントは存在を維持できない。

自ら魔力を生み出すことが出来ない様にされているためである。

生物であればエネルギーの供給さえあれば、魔力を……生命力とも言える……生成できる。

だが肉体を持たない霊体でしかないサーヴァントは、その魔力の生成を単体では行うことが出来ない。

それ故にマスターと契約を行う。

契約を結ぶことで、サーヴァント自身が魔力を自ら生み出すことが出来るカラクリなのだ。

そしてその契約を、ランサーは解除している。

このままでは消えるのも時間の問題といえた。

 

俺の陣地に帰るってのは……文字通り死活問題なのか

 

マスターとの契約を解除したならば、新たな契約を結ばなければいけない。

故にマスターがいる衛宮家へと向かうと言っているのだろう。

つまりそれはこちらの陣営に入ると言うこと。

しかし疑問が一つ生じる。

 

……元のマスターはどうなった?

 

ランサーと契約を結んでいたマスター。

未だ正体の知れない存在。

そのマスターと契約が解除されたのは……何故なのか?

 

っとに……次から次へと……

 

援軍ではあったが、不明な点が多すぎて気が滅入りそうになる刃夜だったが、直ぐに意識を戻した。

この状況下で油断などしている余裕はありはしないのだから。

と、刃夜が再度戦闘へと意識を向けたそのとき……黒い巨人兵が動きを止めた。

 

「? 何だってんだ?」

 

相手が動きを止めたことで、ランサーも動きを止める。

何の前触れもなく、また戦闘による駆け引きでもない、本当にただの停止。

戦闘態勢を維持しながらも、ランサーはいぶかしげな表情を、黒い巨人兵へと向け続ける。

そして黒い巨人兵の停止に伴い、仁王立ちしていたギルガメッシュが、道を譲る様に身を一歩後退させた。

 

「行くがよい、雑種」

「……何?」

 

刃夜には言っている意味がわからなかった。

ランサーの状態をこの二人が把握しているのかは謎だが、どちらにしろ圧倒的に有利な状況なのは、わかりきっていることである。

であるにもかかわらず、ギルガメッシュはすこし苛立たしげに続けた。

 

「どうやらあの出来損ないの準備が出来た様だ。貴様らに構っている暇はないとな。故に行くがよい」

 

出来損ない? 準備が出来た?

 

言葉を続けられても余り意味のわからない内容のため、刃夜としては疑問符を浮かべるしかなかった。

しかしこの状況下では、相手の気が変わらないうちに逃げるのが最善手といえた。

 

「ランサー。敵対する気はないんだよな?」

「あぁ。そういう状況じゃねぇみたいだしな」

 

ランサーの言葉が本当かはわからない。

何せ刃夜は最初の夜に会って以来、ランサーの姿を見てすらもいないのだから。

しかし戦闘でわずかとはいえ刃を交えた存在であり、何となく嘘を吐く様な相手であることはわかっていた。

そのため、刃夜は完全に気を抜くことはしないように心がけ、狩竜を納めた。

 

「イリヤ……行くぞ」

「……」

 

戦闘している間も、ただ静かにバーサーカーを見つめていたイリヤは、刃夜の呼びかけに応えなかった。

今も、足下の黒い泥に沈んでいく様に消えていく、自分と契約をしていた自分の知らない存在に、悲しげな表情を向け続けている。

刃夜はただ黙ってイリヤを横抱きにして、走り出した。

そして、ギルガメッシュの横を通り過ぎたとき……

 

 

 

「――――――。――――」

 

 

 

? 何?

 

自ら高速で走り出したため、ギルガメッシュの独り言を完全に聞き取ることは出来なかった。

だが、離れていくギルガメッシュの背中に見え隠れする感情は、何となく刃夜にも見えた。

しかしその感情はあまりにも複雑すぎて……刃夜には完全に理解することが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

イリヤ、ランサーとともに……といっても魔力消費を抑えるためにランサーは霊体化していたが……来た道を走り、俺は何とか無事に衛宮家へと戻ることが出来た。

あの完全に優位な状況で敵から引いた以上、襲撃があるとは思えなかったが、ある程度警戒しながらだが。

それでもまだ時間的には遅くなく、昼頃には何とか帰還することが出来た。

 

……まだ昼前なんだな

 

体験したことがあまりにも生と死の狭間だったので、正直もっと時間が経過している物と思っていた。

そしてある程度気を抜いていい状況に陥ったためか、急に腹が減ってきた。

 

……そういや朝飯もろくに食ってないんだよな

 

朝から本当に余り精神的によろしくない日だ。

苦手なことをしなければいけなかったし、変異した知人にはったりしたり、正真正銘の怪物と斬り結んだりと……本当によく死ななかった物だ。

 

……古龍との戦いのおかげかもな

 

怪物相手はモンスターワールドで、経験を積んでいたのが役に立っただろう。

また魔力による恩恵もあったので、今俺の命はあるのだろう。

 

なにより……こいつのおかげか

 

鞘に収められた狩竜にそれとなく視線を向ける。

敵対者がいないためか、狩竜は再び眠りについたかの様に沈黙している。

しかし黒い巨人兵との戦いで俺が死なずにすんだのは、間違いなく狩竜の……煌黒邪神龍の力のおかげだろう。

黒い意識に塗りつぶされそうになったが、これもモンスターワールドの経験のおかげで何とかなった。

 

まぁ、敵に塩を送られたのもあったがな

 

何故あの黒金のサーヴァントが引いたのか?

あいつにはしっかりと自我があった。

バーサーカーと黒い戦闘騎兵しか見ていないので何とも言えないが、仮に黒い陰に呑み込まれたとしても、意識は残るのかも知れない。

だが、あのサーヴァントはそんな感じはしなかった。

黒い陰に呑み込まれてなお、それでもあのサーヴァントは自らの意思を自らの意思でもって手放していない様に見受けられた。

 

それに最後の言葉……

 

聞き取れず、またその背中から見えた感情も複雑すぎて俺にはわからなかった。

だがそれでもなにか……何かの目的のために存在している様な、感じだった。

 

まぁ……いい

 

とりあえず俺は思考するのを放棄した。

いろいろな要因が重なったとはいえ、あの状況からイリヤを救出し、生きて帰ったのは我ながらよくやったといっていい。

俺はとりあえず衛宮家に入ろうとしたのだが……その前に虚空へと声をかける。

 

「ランサー、いるんだろ? なら魔力を消費するかも知れないが現界してくれ。気配で掴んでいると思うが、この士郎の家には残ったほとんどのサーヴァントがいる。一応協力関係にある。お前も敵対するつもりはないんだろう? なら武器は現界しないで俺についてきてくれ」

「あいよ」

 

俺の言葉を聞いて、ランサーがめんどくさそうに応じる。

戦闘の意思を全く見せないほど弛緩した姿勢。

そして血の様な槍を持たず、俺の後ろに現界した。

 

「イリヤ。士郎の家に戻ってきたから、降ろすぞ? いいか?」

「……うん」

 

まだ完全に呑み込んだ訳ではないのだろうが、それでもイリヤは反応し俺の腕から降りる。

こんな状況でどう声をかけていいのか俺にはわからなかったので、なにも言わずただゆっくりと歩いた。

イリヤの歩調に合わせて。

そんな俺たちをどう思ったのか知らないが、ランサーがやれやれというように、一つ溜め息を吐きながら俺たちに続いた。

アーチャーが何か仕掛けてくるのか少々不安だったが、俺とイリヤと一緒に歩いていることで一応大丈夫だと判断したのか、何もしてこなかった。

 

 

 

こうして、イリヤの救出を無事に終えて帰ってきた。

 

そしてついに……終わりの始まりが、近づいてきていた。

 

それを誰もが確信に近い気持ちでいながらも、まだ口に出せずにいた。

 

 

 

 

 




最終決戦まであと少し~

でもまだ後日談が書き終わらんw
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