月夜に閃く二振りの野太刀   作:刀馬鹿

43 / 69
これにてようやく第三部終了

やっとこさ戦闘前まで来れました


静かな夜

「さて、まずは確認しましょう」

「確認? なんのかしら?」

「こっちの戦力と、相手の戦力の確認ね」

 

聖杯戦争とアンリマユの話を聞いて、そのまま作戦会議へと相成った。

しかしまだ全員が全員、うち解けた訳ではない。

敵の敵は味方という、実にぎりぎりなラインでの共闘だ。

少し前までは完全に敵同士だったのだから、簡単に信頼する方が難しいだろう。

ましてや遠坂凜とキャスターは、嫌い合うのは当然と言える。

遠坂凜はこの地に代々いる魔術の家系だ。

キャスターは聖杯戦争とはいえ、自らの土地を荒らした存在でもある。

簡単に割り切れるはずもないだろう。

と思っていたが……

 

「キャスター、あなたの力を使えば判断できるんじゃないの?」

 

……ほう

 

今キャスターと話を進めている様子からは、まだ慣れてはいないようだが、それでも敵意を抱いている様には見えなかった。

さっぱりしているというべきなのか……というよりもおそらくやらなければいけないことの重要性をわかっている様だ。

 

さすがは遠坂凜というべきか……

 

「ある程度は可能ね。けど使い魔を潜り込まそうとしても、全てがことごとくつぶされているわ」

「それもそうでしょうね……」

 

まぁ、あっちはやばいメンバーだからなぁ

 

使い魔がどの程度の存在かは謎だが、敵のサーヴァントが豪勢すぎる。

一人謎の奴がいるが、それでもあの雰囲気と存在感から言って、雑魚でないことはわかる。

あいつらを相手に、ただの使い魔ごときが突破できるとは思えない。

 

「となると、あんたの話を信じるのなら……」

 

敵の陣営の戦力を見ているのは俺しかいない。

俺に話を振ってくるのは当然だった。

 

「バーサーカーに、黒いセイバー、八人目のサーヴァント。これが俺が視認したサーヴァントだな。どれも一筋縄ではいかないだろう」

「視認した……っていうことは……」

「……俺はそう考えている」

 

俺の言葉の裏も読み取り、遠坂凜が深々と溜め息を吐いた。

それも仕方のないことだろう。

黒い陰に吸収されたサーヴァントは、例外なく強力になっている。

元々最強レベルな存在と、最凶だった存在が同時に敵になった。

頭が痛くなるのも道理だった。

 

まぁ……俺は歓喜に震えているんだがな……

 

「八人目のサーヴァントってのは意外ね。まさかまだいるんじゃないでしょうね?」

「いないと信じたいが……保証はないな」

 

七人のマスターと七人のサーヴァントによる聖杯戦争。

その根底が八人目のサーヴァントによって崩されたのだ。

最悪、もっとマスターとサーヴァントがいても、不思議ではない。

 

「いない保証はないが……それでも行くしかないだろう。それにいない可能性がある」

「それはそうだけど……。いないって考え方は楽観的すぎない?」

「確かにそうだ。だがもし仮にもっと多くのサーヴァントを従えているのならば、こちらに総戦力で攻めてこないのがおかしい。それをしないのはそもそもこれ以上サーヴァントがいないのか、御し切れていないのか……あるいは何かしらの理由があるのかという話になる。ならばこちらとしてもどうにか出来るかも知れない」

「それはそうかもしれないけど……」

「仮にもっといたとしても、こちらとしては行くしかないのだ。俺たちの敗北は文字通り人類の破滅だ。別段博愛主義者ではないが……それをよしとするわけにはいかない。それに……知り合いの女の子を、怪物にするのは忍びない」

「……そうね」

 

遠坂凜も同じ気持ちなのだろう。

いや、こいつはむしろその気持ちは、更に一入と言っていい。

実の妹がそんな悪魔になることを、喜ぶ奴はそういないだろう。

 

しかし……解せんな……

 

遠坂凜には数がいない、御し切れてない、行くしかないと理由をつけて納得させたが……

俺自身が誰よりも納得していなかった。

八人目のサーヴァントが、どれほどの戦闘能力を有しているのかは謎だ。

佇まいから察するに、ただ者ではないことだけはよくわかったが……見た感じ武芸者には見えなかった。

圧倒的なまでの王気(オーラ)こそ放っている物の、それだけだ。

肌に突き刺さる様な、ひりつくような鋭さは感じられなかった。

無論隠しているだけの可能性もある。

しかし、相手を見た感じ……そんなことをする様なタイプには思えなかった。

だがそれで相手が弱いと断じることは出来ない。

宝具という未知の能力があるからだ。

そして宝具があるからこそ……不思議でならなかった。

 

何故攻めてこない?

 

はっきり言って、臓硯側がこっちを倒すのは容易だ。

最強の二つの駒を用意しており、触れたら一発で呑み込まれる黒い陰の黒い泥。

そして八人目のサーヴァント。

戦闘能力に黒い陰による面制圧。

負ける要素を、見つけることの方が難しいというのに……。

 

 

 

攻めてこないのは驕りか? それとも……攻めてこない理由(・・)があるのか?

 

 

 

攻めてこないのは不気味だが、こちらとして好都合なことなので、話を先に進めることにした。

時間がないのは事実なのだ。

思案するのは後でいい。

 

「こちらの戦力は俺、遠坂凜とアーチャー。ライダーにランサー。イリヤ。キャスターは万全じゃない以上この家で後方援護を担ってもらう。そして……士郎、お前はどうする?」

「え? 士郎って……」

「俺も行く……」

 

俺たちの作戦会議が始まった辺りから、目を覚ましたことは気配で察していた。

こちらに確かな意思を持って近づいてきているのなら、おそらく問題ないのだろう。

 

……確かに頬に黒い痣の様な物があるな

 

遠坂凜が言っていた通り、居間の襖を開けて姿を見せた士郎の左頬には、痣があった。

まるで蠢いている様に、痣が脈動しているのも感じられる。

そしてその痣から、魔力を感じられる。

 

黒い陰の力を、魔力にしたかの様な……そんな魔力が……

 

何だこれ?

 

疑問に思うが、推論しかできないのだが現状だった。

倒れたタイミングがあれなので、不安はつきないが……

 

大丈夫そうに見えなくもないかな?

 

士郎の今の様子。

そしてその瞳に宿る確かな意思。

それらを見れば問題はなさそうだが……後ろから刺される可能性もないとは言い切れない。

しかし俺はあえて大丈夫だと結論づけた。

 

「あんた、起きて大丈夫なの?」

「ありがとう遠坂。それでも……今は寝ている場合じゃない」

 

倒れたにもかかわらず、自分で起きてきた士郎の身を案じるが、確かに寝ている場合ではないので、遠坂凜も戻れとは言わなかった。

 

「よう坊主。また会ったな」

「!? ランサー!?」

 

新たな来客の姿を確認して、士郎が目を見開く。

それに対してランサーは先ほどと同じように、敵意を全く感じさせない快活な笑みを浮かべながら、士郎に対して挨拶を交わしている。

 

「な、なんでランサーが?」

「そこらの事情も話す。そしてこれから俺たちが為さなければいけないことも話すからとりあえず座れ。立ったままってのも間抜けだろう」

 

俺の言葉に逆らうことなく、士郎は会議の輪に加わった。

そして先ほどイリヤから聞いた話をかいつまんで説明する。

さすがに士郎も敵の正体を聞いて唖然としていた。

そして……それ以上に臓硯に対して怒りを覚えている様だった。

 

「桜……」

 

自らの生き方を変えてまで守ろうとした相手が、怪物になろうとしている。

怪物へと変貌させようとしている存在が、憎くてしょうがないのは当然だった。

だが、それでもこの言葉を、俺は士郎に突きつけなければならない。

 

「俺たちは戦って勝つしかない。そして勝利する方法は二つだ。『この世全ての悪(アンリマユ)』とやらが出てくる前に桜ちゃんを殺すか……『この世全ての悪(アンリマユ)』とやらが出てくる前に、大聖杯をどうにかするかだ」

「……」

「しかしどちらにしろ、相手の妨害がないわけがない。となると桜ちゃんを殺すのも容易ではない。こちらに余力などあるわけがないのだから……必然的に殺すつもりで戦わなければいけない」

 

最初から殺すつもりではないが……それでも最悪の場合の覚悟をして置かなければ……

 

桜ちゃんを救うために俺も士郎に協力してきたのだ。

それは今になっても変わらない。

だが、それでも最悪の場合は……俺は桜ちゃんを殺してでも『この世全ての悪(アンリマユ)』とやらが出てくるのを阻止する。

先にも言ったが俺は博愛主義者ではない。

自分にとって大切な物を守るためには……最悪の手段も肯定するしかないのだ。

 

殺しの戒めがある以上……なんとしても避けたいがな……

 

桜ちゃんを殺せば、どうあがいても士郎から恨みを向けられるのは仕方のないことだろう。

それは俺の本意ではない。

約束を破ることもしたくない。

だから全力は尽くす。

 

「殺す……ね。あんたがあの黒い陰をどうにか出来るって言葉、どこに行ったのかしら?」

 

突っかかってくるなぁ……

 

遠坂凜がジト目でそんなことを言ってくる。

今は真面目な話をしているので、余りふざけた様子は見受けられないが……それでも一言言いたかったのだろう。

遠坂凜にはさんざん辛酸を舐めさせた自覚があるので、俺としても余り強く言い返すことは出来なかった。

 

「無論不可能だと思っていない」

「!? あんた、正気なの?」

 

先ほどイリヤの話を聞いたにもかかわらず、まだどうにか出来ると言っている俺を、信じられない物を見る様な物を見る目を、遠坂凜が向けてくる。

他も気持ちとしては似た様な物なのだろう。

全員の視線が俺に向けられていた。

 

「正気だ。『この世全ての悪(アンリマユ)』とやらの話を聞いた後でも、俺は狩竜による討伐が不可能だとは微塵も思ってない」

 

確かに話を聞いてきついとは思った。

少なくとも本当に誕生してしまったのなら、魔力(マナ)が十全に扱えない俺では、どうあがいても太刀打ちできないだろう。

だが出てくる前の段階でなら、狩竜が黒い泥を吸収できることは証明されている。

そしていつの時代の話は知らないが、それでもしょせん『人間』の憎悪のみを体現した邪神でしかない。

それならば……人間のたかだか数千年程度の時間しか内包していない存在が、数千年よりも遙かに昔から存在し、憎悪を呑み喰らってきた存在が、負けるはずがない。

俺が扱えるのかはどうかはわからないが、少なくとも生まれる前ならばどうにかなるだろうと、確信にも似た気持ちが俺の中にはあった。

 

「なら……なんで?」

 

しかし煌黒邪神龍のことを知らないため、この場にいる全員がいぶかしげな視線を俺に向けてくる。

また、黒い陰がどうにか出来るにもかかわらず、何故桜ちゃんを殺すのかという疑問もなくはないのだろう。

俺はそれに対して、包み隠さず自分の気持ちを伝える。

 

「悪いが、今の状況は以前よりも悪化している。敵は数も力も増しているため、俺としても万全の状態で、こいつをあの黒い陰にぶち込める自信がない。それに……さすがに出てきたら俺もどうにか出来ると思えない。士郎には悪いが、最初に明言したとおり、俺は最終的には藤村組の連中、雷画さんに大河、そして……美綴に被害が及ぶと判断したら、容赦なく桜ちゃんを殺す」

 

自分の目的の次に大事なのが、桜ちゃんと士郎なのだ。

ならば取捨選択するのならば、どちらを取るかなど……悪いが考えるまでもなかった。

 

「……あぁ、わかってる」

 

ほう? 存外落ち着いているな

 

それが俺の台詞を聞いて戻ってきた士郎の返事に対する、俺の感想だった。

だが諦めたわけではない様だった。

先ほど居間に入ってきたときよりも、俺の説明を聞いた後の方が、より確かな意思が士郎から感じられたからだ。

 

「アンリマユってのが出てきたら、もう本当にどうしようもない。そいつを外に出さない様にするしかない。なら一番確実な方法をとるしかない。けど……戦うにしても、桜の居場所はわかるのか?」

 

……それはあるな

 

戦う覚悟は出来ても、それでも戦う相手が見つかっていないのではどうしようもない。

また時間的猶予はない。

黒い陰がいつ生まれるかもわからないのだから。

かといって分散して探そう物なら各個撃破されてしまう恐れもある。

が、それは杞憂だった。

 

「それについては考えるまでもないわ。アンリマユの誕生を間近に控えた今の状況で、ゾウケンがいる場所は、大聖杯のところ以外にあり得ないわ。霊脈の大元。三家によって選ばれた始まりの土地。柳洞寺の地下に広がっている大空洞に、アンリマユとゾウケンがいるわ」

 

柳洞寺の地下に大空洞?

 

柳洞寺が龍脈の上にあるのは知っていたが、その下がまさか空洞だとは思いも寄らなかった。

しかし合点がいく話でもある。

大聖杯と言う物がどういった物かはわからないが、それでも魔術が絡んでいる以上、魔法陣などが描かれていても不思議ではない。

描かれていなかったとしても、何かしらの媒体が必要なのは間違いない。

そしてその媒体について、完全にメンテナンスが不要などということもないだろう。

となれば人目に付かず、かつ作業を行える様なスペースがなければ話にならない。

しかしこの世界にきて直ぐに地形確認を行ったが、そんな物は見あたらなかった。

地面から上を見て何もないのならば、地下にあっても不思議ではない。

 

「では居場所については問題ないな。では士郎に遠坂凜。この中で桜ちゃんに直接関係があるのは俺たちだ。そして、桜ちゃんに対しての俺の気持ちは先ほど話したとおりだ。それで……士郎は?」

 

おそらく遠坂凜の方針は、今も変わっていないだろう。

というよりも、アンリマユとか言う存在が出てきてしまうかも知れないとわかった以上、更に容赦なく桜ちゃんを殺しに行くだろう。

となると、この場で覚悟を決めなければいけないのは、士郎のみだ。

最悪の未来を……受け入れることが出来るのか?

その士郎の意思を確認しなければならない。

 

「俺は……それでも桜を救いたい」

 

痣の様なものの痛みと、変わろうとしている桜ちゃんに対して何か思ったのか、その表情は十分に苦渋に満ちていた。

でもそれでも、士郎は何の臆面もなく、そしてゆらぐことなく、そう口にした。

 

「俺は桜を助けることで戦いを終わらせる。俺は、俺にとっての正義の味方になるって決めたんだから」

 

強い意思が感じられるほどきっぱりと、士郎はそう宣言した。

 

「桜を生かすってことは、桜以外の人間を殺すことになるのよ? それでも?」

 

そしてその言葉に、冷静に言葉を返すのは遠坂凜だった。

自分の妹が絡んでいるというのに、それでもこいつは遠坂の人間であろうとしている。

その胸中がどんな思いで渦巻いているのかはわからない。

そして、今こうして士郎に確認の言葉を投げかけているのも……もしかしたら自分に言い聞かせているのかも知れない。

 

「まだそうと決まった訳じゃない。桜を助ける方法だってあるはずだ」

「どうだかね……。それに桜はすでにもう何人も殺しているわ。それでも……人殺しを助けることがあんたの正義なの? 士郎」

 

誰もが明確に言葉にしなかった事実。

誰もがわかっていながらあえて言わなかった。

黒い陰にのっとられていると言えなくもない。

臓硯に操られているかも知れない。

でもそれでも……桜ちゃんは間違いなく多くの人間の命を奪った。

その事実を、言葉で投げかけられて士郎は苦しそうに顔を歪める。

俺も同じ人殺しである以上、この言葉に対して何も言うことができない。

だがそれでも士郎は……

 

 

 

「……そうだ。例え桜が人でなくなってしまったとしても守る。俺を必要ないって言われても、それでも俺は桜を守る。例え桜が自らを否定したとしても、俺が守るんだ。俺がやりたいのはそれだけなんだ。誰かの味方をするのは、そう言うことだろ?」

 

 

 

……見事だ

 

自らの気持ちを、臆すことなく胸を張って、士郎はそう告げた。

深夜に部屋に忍び寄って、包丁で殺そうとした時とは違う。

本当に覚悟を決めたのだろう。

例え桜ちゃんが壊れてしまっても、こいつは守るとそう言った。

そして……人殺しであると認識もしている。

それでも守ると誓ったのだ。

ならばもう心配することもないのかも知れない。

その覚悟を感じ取ったのか、遠坂凜は驚いた様に目を見開き、そして直ぐに閉じて……呆れていた。

 

「何の臆面もなく言い切ったわね……あなた」

 

その遠坂凜の言葉に、士郎はただ静かに頷くだけだった。

 

「まぁ言っても無駄だとは思ってたけど……これほどとは思ってなかった。正直……負けたわ」

 

最後の方に呟いた言葉は、小さすぎて士郎の耳には入らなかっただろう。

何せ聴覚を鍛えた俺ですら、ぎりぎり聞き取れた位なのだから。

その負けたという意味がよくはわからないが……それでも、こいつも自分の中での何かに決着をつけて、腹をくくった様だった。

 

「そこまで言うなら口出ししないわ。納得いくまであがいて見せなさい」

 

先ほどまでの緊張あるやりとりはドコヘやら、遠坂凜が実に苛立たしげにそう呟いている。

その態度に士郎も何か言いたそうに口を開くのだが……

 

「とりあえず作戦会議を続けましょう。そしてもう時間がないのは間違いない。準備が整い次第……乗り込むわよ」

 

士郎の言葉をこれ以上聞く気がないのか……それとも聞きたくないのか、遠坂凜が問答無用で話を進める。

士郎としては何か言いたいこともあるのかも知れないが、時間がないのは事実なので大人しく黙った。

 

「乗り込むってのは賛成だが……俺の契約相手はどうするんだ?」

 

遠坂凜の台詞に、ここまで黙っていたランサーから疑問の声が上がる。

しかしランサーのマスターになることが出来るのは、今現在契約を結んでいない俺とイリヤのみだろう。

遠坂凜はアーチャー。

葛木先生はキャスター。

士郎は一応セイバー。

サーヴァントは自分でも魔力を生成出来る。

しかしその魔力生成に必要なわずかな魔力だけはマスターから供給してもらわなければならない。

ましてや宝具を使うとなると、莫大な魔力が必要になる。

その場合でもマスターからのバックアップが必須になるという。

そうなると戦闘中にマスターの魔力も使われてしまうことになる。

俺の相手は間違いなくあいつだ。

余力などあるわけもない。

となると必然的にマスターは……

 

「……」

 

黙っている白い雪の精霊の様なイリヤになる。

そしてイリヤも頼まれることがわかっているのか……他の誰よりも速く口を開いた。

 

「わたしは誰とも契約をしないわ」

「……イリヤ」

「わたしのサーヴァントはバーサーカーだけだもの……」

 

その言葉には……何の感情も込められていなかった。

怖いくらいに……無味乾燥だった。

だがその異常なまでに何も感じられないことが……雄弁にイリヤの心境を物語っていた。

間違いなく最強と言って良かった。

気力と魔力を併用した俺の狩竜の一撃でも、かすり傷一つつけることが出来なかった。

おそらく、今の俺の実力ではどうあがいても、殺すことが出来なかっただろう。

あれほどの存在をどうやって従えていたのかはわからない。

だが今朝、森でバーサーカーの姿を見たイリヤの姿は……まさに親からはぐれた子供の様だった。

それだけ大切な存在だったのだろう。

そして……俺が感じた以上に、イリヤはバーサーカーのことが大切だったはずだ。

俺が全てを知り得ているわけではないのだから。

 

……これからやることは卑怯以外の何物でもないが

 

それでもやるしかなかった。

俺がしなければいけないことを、成すために。

 

 

 

俺がやりたいことを……やるために。

 

 

 

相も変わらず、俺も外道だな……

 

今に始まったことではない。

故に、俺は青臭い感情を呼気とともにはき出して……イリヤに話しかける。

 

「だからこそだ……イリヤ」

 

誰かが口を開く前に、俺は自らが動く。

己のワガママをするためにお願いするのを、他の人間にやらせるわけにはいかないのだから。

はっきり言って……俺がやりたいことは完全にワガママだ。

相手が……臓硯がどのような布陣をしてくるかはわからない。

だが、もし仮にこちらの人数が多い状態で遭遇したのなら……あいつに限って言えば総攻撃すればそうそう苦戦することはない。

だがそんなことは俺がさせない。

あいつを……■すのは他の誰でもないこの俺だ。

これだけは……何があっても譲れなかった。

 

「どういう意味かしら、ジンヤ?」

 

先ほど同様……何の感情も込められない、実に悲しい瞳を俺に向けてくる。

俺はその瞳をしかと受け止めて……言葉を返す。

 

「イリヤにとってバーサーカーが大切なのはわかる。イリヤの気持ちを完全に理解できないが故に、どれほど大切なのかはわかりかねるが。そして、他のサーヴァントに浮気をしたくないという気持ち……俺はわかる」

「ならどうして、そんなことを言ってくるのかしら?」

「だからこそ……他人の手に譲るのはしないほうがいい。大切であればなおさらに」

「……どういうこと?」

「バーサーカーをあのままにしていいのか?」

 

俺のこの言葉に、イリヤは一瞬目を見開き……そして少し目を細めて、俺を睨んでくる。

そこには確かに憎悪が込められていた。

俺はそれも先ほど同様に受け止めて……更に言葉を続けた。

 

「黒く染まったバーサーカーが、本意であの姿にいるとは思えない。まさにただの怪物となってしまったあの姿を、望んでいるわけがない」

 

森で戦った感じを鑑みるに、完全に黒い泥に意識を上書きされている。

バーサーカーの意識を完全に塗りつぶされたか、それとも残っていても……自由に出来ないか。

どちらにせよ、あの状況を好ましく思っているわけがない。

 

「……」

「だから、解放してやるべきだ……。誰の手でもない、イリヤの手で……」

 

状況的に仕方がない面もある。

だがそれでも、イリヤ自身を納得させなければいけなかった。

そうでなければ……あの怪物となってしまった存在を相手に、勝てない可能性も出てくるのだから。

 

「……ずるいわ、ジンヤ」

「……すまんなイリヤ。だが今言った言葉は、本当に思っていることでもある」

 

そう、これは偽らざる俺の本音。

だが結果は同じでも、その目的も、感情も全くの別物。

実に醜い感情だ。

だが、なんと言われようと……俺は誰かに譲る気はなかった。

 

だからこそ、ランサーと契約をするわけには、いかなかった。

 

そんな俺の感情を見抜いているんだろう。

少し憎悪と嫌悪の籠もった目を、向け続けている。

しかし今も言ったが、あの姿のバーサーカーをそのままにしていいとは思っていないので、俺はその視線から目をそらすことはなかった。

少しだけ見つめ合っていたが、やがてイリヤが先に目をつむり、うつむいた。

顔を見ることは出来ないが、それでも膝に置かれたその小さな拳を握る姿は、何かに必死に耐えているのがよくわかった。

苦渋しているのも。

やがて、イリヤは顔を上げて……ランサーへと顔を向けた。

 

「……いいわランサー。あなたと契約するわ」

 

その表情には、先ほど同様に何の感情も映し出されていなかった。

努めてそうしているのかも知れない。

だが、諦めているわけでも自棄になっているわけでもない。

その瞳は真剣そのものだったから。

ただ、ただ淡々と……己が成すべきことをすると、そう覚悟している様な、そんな表情だった。

その思いを、ランサーも感じ取っているのだろう。

いつも浮かべている、粗野で好戦的な笑みは消えて……イリヤと同じように真剣な瞳を、イリヤへと向けている。

 

「……悪いが俺は回りくどいことが嫌いでな。これだけははっきりと言っておく」

 

ランサーから放たれたその言葉は、イリヤと同じように……静かだがはっきりとした意思が込められていた。

聞き逃すことも聞き漏らすことも出来ないほどに……強い意思が。

 

「いいんだな? 殺すことになるぞ」

 

バーサーカーを黒い泥から解き放つ方法は、おそらくない。

俺が狩竜を万全に使いこなすことが出来るのであれば、話は違ったかも知れないが、たらればの話に意味はない。

そして仮に万全に使えたとしても、あれほど変質してしまっているため、黒い泥だけを吸収したとしても、意識が残らない可能性も大いにあり得る。

つまり……あそこまで乗っ取られてしまった以上、バーサーカーを救う方法はない。

いや、あるのかもしれない。

けれどそんな余裕はなく、また……イリヤが望まない気がした。

その俺の予想に違えることなく、イリヤはきっぱりと……こういった。

 

「構わないわ」

 

ただ一言。

それだけだ。

ただその一言が……実に痛々しく感じられる。

ランサーはイリヤの言葉を受け止めて……一度うつむいて、小さく溜め息を吐いていた。

溜め息なのに、何故か不快感は覚えなかった。

それはおそらく、その溜め息が他人にではなく、自らに向けられた溜め息だったからだろう。

 

「契約を結ぶわ。手を出して」

 

イリヤに言われ、ランサーが手を伸ばした。

イリヤも同じように手を伸ばし、その指先に触れた。

触れあった瞬間にわずかに魔力が漏れて光が瞬き……直ぐに治まった。

 

「これで契約は完了ね。よろしくね、ランサー」

「うそ。いまので終わったの? 契約の詠唱も無しに?」

 

あまりにもあっけなく終わる契約行為に、遠坂凜が驚きの声を上げる。

その遠坂凜に対して……イリヤは少し大げさに溜め息を吐いた。

 

「終わったわよ。わたしは聖杯の鍵でもあるから、直ぐに契約も終わるわ。まぁ……マスターとしても優秀だし、当然の結果ね」

 

最後の台詞は、実にニヤニヤと笑みを浮かべながら、そう遠坂凜にほくそ笑んだ。

先ほどまでの雰囲気を一蹴しようとしたのか、実にからかい混じりに言っている。

その笑みにカチンときたのか、遠坂凜が顔を不愉快そうに歪めた。

 

「私だってそれくらい出来るわよ! あまり舐めないで欲しいわね」

「へぇ? あんなに間抜けな声を上げていたのに? とてもそうは思えないわ?」

「あったまきた! イリヤ、表に出なさい! その自信、完膚無きまでにたたきつぶしてあげるわ」

 

さきほどまでのシリアスさはドコヘやら。

そんなどたばた喜劇が開催されそうになる。

が、そんなことをしている時間はない。

 

「落ち着け二人とも、今はそんな場合じゃないだろう」

 

ランサーの契約から始まったどたばた喜劇なので、俺が止めるのは少し抵抗があったが、それでも二人は特に異を唱えることなく、半ば上げていた腰を下ろした。

だがこれで最低限の準備が整ったと言っていい。

 

「とりあえず最低限準備は整った。後は敵の対策についてだ。これについてはもう本当になりふり構っていられない。全員、隠し事無しで自分の能力を、全部さらけ出してもらうぞ」

 

俺のその言葉に誰もがうなずきこそしなかったが、否定をする奴はいなかった。

積極的に自分の力を別の存在に教えたくはないが、それでもさらけ出すしか方法がないとわかっているのだろう。

また聖杯も半ば使えない様な物であるとわかってしまったのだ。

隠し立てする理由もなかった。

 

と、思っていたのだが……

 

「そのことだけれど……」

「ん?」

 

一言もしゃべらない葛木先生の隣で、同じように静かにしていたキャスターが、小さく手を挙げる。

何を言い出すのかわからないので、全員がキャスターに視線を投じた。

 

「提案と言うか……お願いというか……。私は――」

 

そのときのキャスターの言葉はあまりにも衝撃的だった。

他にも全員の切り札、能力をさらけ出して……ある程度の作戦を立てた。

そして戦闘準備を整えていると……日が暮れ、夜が更けるまで時間が掛かってしまった。

 

だが、それだけの時間をかけたのは無駄ではなかった。

 

 

 

何とか……なるかも知れないな……

 

 

 

各々が得物の準備をしている中、俺も準備を進める。

といっても、普段から手入れを行っている得物達に、不備などあるわけもない。

俺は静かに得物達を整えて、身につけるだけで準備を終える。

持って行く得物を全て身につけて、俺は一人……庭に出ていた。

 

月が出ているな……

 

夜空にはすでに月が出ていた。

雲がかかることもなく……太陽の光を反射して、白く冷たい光を大地に降り注いでいる。

何も変わっていない。

人がどのような状況に陥ろうとも、自然はそのままであり続けるのだろう。

人だけが消えた世界で。

 

さすがにそれはな……

 

人間が完全な善性であると思ったことはない。

そもそも生物である以上、ある程度の悪性を備えていなければ生きていけるわけがない。

それでも他の生物に比べて人という生物は、実に奇怪な存在だろう。

思考という唯一の武器を駆使して、ここまで繁栄したのだから。

単一の種族がここまでに。

そしてその思考を使って……行き着き生み出した怪物を倒しに行く。

 

無事に扱えるといいのだが……

 

右手に持っている狩竜の様子を見ながら、俺は少し不安に思う。

使えないことはないだろう。

魔力が溜まりやすくなっている状況で、俺の左手に眠っている神器も活発に動き出している。

また、狩竜に眠る煌黒邪神龍の力も、黒い陰に反応しているところを見ると、ある程度の指向性があるので、それをうまく誘導する。

それらを加味すれば、多少なりとも使うことは出来るだろう。

だが、これこそぶっつけ本番に近い。

一度多少なりともセイバーの時に使用したが、あのときとは比べものにならないほどの負荷が俺を襲うだろう。

 

しかし、やらねばならない

 

俺がこの並行世界にきて得た知り合いのためにも。

俺自身が成し遂げたいことのためにも。

 

「お前はどうなんだ? セイバー」

 

 

 

気付かれていたか……

 

庭に出た刃夜を物陰から様子を見ていたセイバーは、刃夜に言い当てられたことを別段不思議に思わなかった。

戦闘能力が抜け落ちてしまっている自らの力では、刃夜を出し抜くことなど出来ないとわかりきっていたのだから。

だから刃夜に名を呼ばれた時には、すでに刃夜のそばに歩み出していた。

 

「さっきの作戦に何か不満でもあったのか?」

「……そう言うわけではありません」

 

顔すらも向けず、頭上の月を見上げたまま問うてくる刃夜に一瞬むっとする。

だが、怒ったところでどうしようもないので、セイバーは息を一つ吐き出して、問いをかける。

 

「不満はありませんが……あなたは本当にそれでいいのですか?」

 

セイバーには刃夜という存在がわからなかった。

アサシンという、聖杯戦争における戦闘能力においては最弱であるはずの存在のマスター。

しかしその二人組は、何をとっても普通ではなかった。

アサシンでありながら、最優であるはずのセイバーである自分と互角以上に斬り結び、そしてそのサーヴァントのマスターであり、人間であるはずの存在すらも、自分と互角に斬り結ぶことが容易に想像できる実力を有している。

自らのサーヴァントと協力をしていたとはいえ、バーサーカーと斬り結んでいた姿を見たときは絶句した物だった。

聖杯を巡る敵であった。

だが、その立ち居振る舞いと、剣を振るう姿を見て敵でありながら、好感の持てる存在だった。

だが、刃夜は無辜の民から魔力を吸い上げているキャスターと、同盟を結んだ。

セイバーとしては、完全に無関係な存在である民から魔力食いを行ったキャスターは、許せない存在だった。

そのキャスターと手を組んだ。

だが、キャスターと手を組んだと言っているにもかかわらず、この男は何もしようとしなかった。

また自分が黒い陰に呑み込まれようとした時に、助けに来てくれた存在でもある。

そして今も……怪物になろうとしている桜を、助けに行こうとしている。

しかしそれでも、最悪の場合は己の意思を優先させると言っていた。

己のために動いているのだけはわかる。

だが、それでも自らの意思を曲げない様にしている。

 

わからない……この男がなぜこんな立ち回りをしているのか……

 

先ほどの会議で、刃夜が聖杯が目的でないことを再度明かした。

そしてこの聖杯戦争を早期に終結させなければ、怪物が生まれ出でてしまうこともわかった。

集結させる一番の簡単な方法は、聖杯となってしまっている桜を殺すこと。

だが、目の前の男は最終的には桜を殺すといいながら、それでも出来る限り桜を生かそうと、会議でも発言をしていた。

はっきり言って、訳がわからなかった。

セイバーとしては、思うところが多々あった。

 

セイバーの本名をアルトリア・ペンドラゴン。

イングランドの大英雄であり、アーサー王だ。

選定の剣を岩から引き抜いたことで、一人の少女アルトリアが、アーサー王としてブリテンに君臨していた存在だった。

だからこそ彼女には……アーサー王として、桜の存在を許容することは出来なかった。

確かに同情すべき点はある。

だがそれでも桜は黒い陰として、無辜の民である冬木の民を喰らい、命を奪った。

その存在を救いに行こうとしているのが……セイバーには耐え難かった。

しかも、その桜を救うことを一番に考えているのが、自らのマスターであり、正義の味方を志していた、士郎なのだ。

士郎にはセイバーは心の奥底で期待していたのだ。

自らのことを顧みず、ただ人のために何かを成そうとするその心。

それは自らが以前追い求めた夢に似ていた。

共感したのだ。

だからこそ、士郎に従っていた。

サーヴァントとしてではなく、一個人として。

その道を……自らが追い求めてもたどり着けなかった理想を見せてくれると、思っていたのだ。

しかし士郎は変わった。

自らの理想を捨てて、己にとって大切な存在を選んだ。

罪人となってしまった……人殺しとなってしまった彼女を。

だからこそ、セイバーは士郎と話をしようとは思わなかった。

 

「その言葉、そっくり返そう。お前はいいのか?」

「……どういう意味です?」

「前にもこの家で言ったはずだ。士郎と話せばいいだろうと? 話してないのか?」

 

その問いに、セイバーは答える言葉を持たなかった。

話さなかったのだから。

期待していた分だけ裏切られてしまった反動が大きく、話をすることが出来なかった。

また黒い陰として、幾人もの民の命を喰らった桜を守ろうとしている士郎に、とてつもなく裏切られた思いを抱いたのだからなおさらだった。

そんなセイバーの気持ちを理解しているのかは謎だが、刃夜は一つ息を吐くと再び言葉を紡いだ。

 

「人殺しを助けようとしているのが気にくわないのか? なら俺もお前も……間違いなく同じ穴の狢だろうが?」

「――!? 貴様! この私を愚弄するのか!?」

 

同じ人殺し。

それはセイバーの誇りを逆なでにする言葉だった。

王として、自国の民のために命をかけて、幾度となく戦ってきた。

確かに人を殺したことは事実だった。

だがそれも、降りかかった火の粉を払うための必要なことだ。

少なくともセイバーはそう考えていた。

実際その通りなのだろう。

防衛のための戦争(人殺し)と、自らの飢えを満たすための食事(人殺し)

確かに志にずいぶんと違いはある。

時代の違いについても、考慮しなくてはいけないのかも知れない。

 

けれど……

 

「愚弄なんてしちゃいない。自分にとって大切な存在のために、自らが命をかけて戦ったのなら、それは誇っていいことだと俺は思う」

「なら――」

 

 

 

「だがそれでも……人を殺したという事実に一切代わりはない」

 

 

 

静かだが、容易に反論が出来ない何かが込められている言葉だった。

その言葉に何かを感じたのか……セイバーも反論をしなかった。

言葉に乗っていた感情を感じ取ってしまったから。

とても複雑な、感情を。

刃夜は月を見上げていてセイバーには、刃夜のその表情をうかがい知ることは出来なかった。

 

「まぁ、それで納得できるわけないか。だから前にも言ったはずだ。士郎のことを見てみろと」

「……何がいいたい?」

 

以前士郎が投影の魔術訓練を影から見守っていたときに、刃夜に声をかけられた。

そして気になるのならば話をしたらいいのでは? とそう言われた。

しかしそれでもセイバーは、士郎と話をすることはしなかった。

 

「何が言いたいと言われてもな。正直この前と大して変わらん。士郎を見てみればいい。前に話したときよりも、より人間になったあいつをな」

「士郎が……人間に?」

「というと語弊があるかも知れないが、まぁ俺から言わせればそう言うことだ」

 

見上げていた顔を戻し、刃夜がセイバーへと振り向き……セイバーの目を静かに見据えた。

その目にセイバーは、何か不思議な魅力を見た。

悲しそうな、泣き出しそうな……そんな瞳に。

 

「あいつは人間になろうとしている。自分の欲望に忠実でありながらも、それでも理性的に意思を持っている人間に。それがお前さんにとって足りない物何じゃないか?」

「どういうことだ?」

「さぁな。お前のことを大して知らない俺が、完全にわかるわけないだろう。だが……賛成こそしなくとも、反対をしなかったのが、如実に語っているんじゃないか?」

 

刃夜の言うとおり、セイバーは桜を救出に行くことに賛成こそしないものの、反対もしなかった。

自らの力を取り戻すという理由もある。

それでもセイバーは反対しなかった。

 

それは……何故なのか?

 

「まぁ、何となくわからんでもないし、何度も言うのは面倒だし、俺としても偉そうに説教できる立場じゃないからな。一応俺の考え方ってことで、もう一度同じことを言っておくよ」

 

刃夜はただ静かに、セイバーに向けて……こういった。

 

「人間ってのを、見るのがいいんじゃないか? ある意味で一番人間の男らしい理由で動こうとしているんだからさ。士郎が」

 

最後に、皮肉そうに刃夜は笑った。

一人の女のために、自ら死地へと赴こうとしている士郎に対しての、刃夜なりの感情表現だったのかも知れない。

そして、その皮肉そうに笑ったその笑みに……何か別の感情が見え隠れしたことに、セイバーは気がついた。

しかしそれを読み取る前に、刃夜は顔を背けて歩き出した。

その刃夜を追うことはセイバーもしなかった。

 

……シロウを……見てみる

 

ただ刃夜に言われたことが妙に胸に残っていた。

しかし直ぐにわかることもなく、セイバーも刃夜と同じように月を見る。

それで何かがわかるわけでもなく、セイバーはただ静かに……月を見つめているだけだった。

 

 

 

同調開始(トレースオン)

 

土蔵から、淡い魔力の光が立ち上る。

淡い光を放っているのは、一人の青年の両の掌。

十年間。

ひたすらに、ただひたすらに正義の味方を目指し続けて……夢を、養父を裏切った、一人の青年が磨き続けた魔術()

その力を手に、青年は……士郎はその両手に対の剣を投影した。

干将莫耶。

中国の名剣の一つであり、制作者の夫婦の名をつけられた剣。

互いに引き合うという性質を持つ夫婦剣だ。

アーチャーがよく使用していたため、その使用現場に居合わせた士郎が投影を行ったようだった。

凜のスパルタによる訓練のおかげで、実戦に投入しても差し支えないレベルにまで上昇した、士郎の投影技術。

実際、今投影した干将莫耶は、それなりの鋭さと頑健さを持ち合わせている物だった。

しかし、アーチャーが投影した物には遠くおよばず……そして、士郎にもわからない変化が起こっていた。

 

(……何だこの黒い筋は?)

 

投影された剣を見て、士郎はそう内心で呟いた。

夜と言うこともあり、土蔵の中もかなりの暗さになっているため、よく見ることが出来なかったが、それでもはっきりと……干将莫耶の剣身部分に、何か黒い筋の様な物が幾本も走っていた。

黒い筋が幾本も剣身に走っており、実に醜悪な姿に変わっていた。

 

まるで何かに迷っているかの様に……。

 

自らが生み出した剣に、いぶかしげな表情を浮かべる。

士郎があぐらをかいて座っている床には他にも何組か、同じような剣が転がっていた。

何度か行ったが、どう頑張ってもアーチャーが投影した干将莫耶にはならなかった。

 

(でも……失敗している感じじゃない。何んなのさ? これ?)

 

更に不思議なことに、成功しているとは言い難いはずの投影が、今までとは比べものにならないほどの精度を誇っていた。

劇的に投影の魔術があがる様なことはしていないはずなのに。

自らの体に、蠢く様に魔力が充満していることも、士郎にとっては不思議でならなかった。

その蠢きが、体に熱量と、頬に痛みを与えていたが……何故か怖くはなかった。

 

「痛みますか? 士郎」

 

突然虚空より響いた声。

しかし声で誰かがわかっていたため、余り慌てる必要はなかった。

声がした方に、士郎は振り向く。

するとそこには士郎の予想通り、ライダーが静かに佇んでいた。

 

「ライダー」

「私はあなたをずっと監視していました。私はサクラよりあなたの守護を任されましたから。主であるサクラの命令には従います。ですが……それも出来なくなってしまいました」

「? どういう意味――」

 

ライダーの言葉に疑問を覚えて、問いかけようとしたが、その前に士郎自身が回答を導き出した。

桜の命令と、桜が主であるという言葉。

つまり……

 

「あなたたちがサクラの下へ行こうとするのなら……せめてあなただけでも、サクラの元へ行くのを阻止します」

 

桜を主としているライダー。

令呪がなくなったにも関わらず、彼女が桜のために動くのは、桜自身を慕っているから。

そして桜のことを大事に思っているから。

何よりも……桜を怪物(自分)にしたくないから。

だから桜が苦しむ様なことを、ライダーは望まない。

ライダーが士郎を止めようとする理由。

それを理解した。

何よりも桜を大事にしてくれているということを。

それが士郎には嬉しかった。

けれども……止まるわけにはいかなかった。

 

「あんたが桜を大切にしてくれているのがわかる。俺が桜の元に行ったら桜が苦しむから、こうして止めようとしているんだろう?」

 

変わり果ててしまった、変わり果てようとしている自分を見られたくない、見て欲しくない。

その気持ちを誰よりも理解しているから。

せめて士郎だけでも行かせまいと……こうして士郎が一人になる瞬間を狙っていたのだ。

ライダーが桜を大切に思っているからこそのこの行動について、士郎はただ感謝の念を伝えることしかできなかった。

 

「……それがわかっているというのに、行くというのですか?」

「当たり前だろう? これは俺がやらなくちゃいけないことだ。最後まで桜を守る。最後まで……どんなことがあっても、桜を選ぶ」

 

迷いながら、道を踏み外しそうになって……そして今も悩んでいた。

それでも……さんざん悩んでも士郎の思いは変わらなかった。

人を殺してしまったという事実を、凜から突きつけられても、変わらなかった。

揺るがなかったと言えば嘘になる。

何せこの身は幾年も「正義の味方」を目指していた存在。

人において、最大の禁忌とも言える行為を、そう簡単に許容できるわけがなかった。

 

けど……それは俺も同じことなんだよな……

 

十年前。

冬木を襲った、第四次聖杯戦争による大火災。

その唯一の生き残り。

助けを求める声を、目を、祈りを……全て振り切って士郎は生き延びた。

切嗣の助けを借りて。

助けを請う人々の願いを捨てて、士郎はただ生き残るために逃げた。

それを人殺しと言うのは、普通に考えればおかしいことだろう。

何せ幼少時の士郎に、そんな力などあるわけがないのだから。

けれどそれでも……人を見捨てたことに代わりはなかった。

例えそれが、無理だとわかっていても……。

何もせず、ただ黒い太陽(アンリマユ)から逃げたことに代わりはない。

 

人を見捨てたという事実は……消えることなく士郎の胸に小さな残り火として、くすぶっていた。

 

その思いは消えることなく、今でも心の中で燻っていた。

 

桜の味方になると誓った、今でも。

 

むしろ誓った今だからこそ、その思いがより強くなっているのかも知れない。

 

辛かったからこそ、目を背けたい出来事だからこそ……その事実から目をそらさずに生きてきた。

 

だからこそ、正義の味方を目指した。

 

人々を見捨ててしまった……贖罪として。

 

けれど自分は出会ってしまった。

 

見つけてしまった。

 

気付いてしまった。

 

己よりも……己の願いよりも大切な人を。

 

気付いてしまってからはもうダメだった。

 

揺れ動きながらも、確かに自分ははっきりと、自らの意思を持って……言える。

 

 

 

桜が……欲しいと……。

 

 

 

「……いつぞやの回答ということですか? 今の言葉は?」

 

刃夜とともにイリヤを助けに行った夜。

その夜、今と同じように二人になった状況で、ライダーに投げかけられた問い。

 

何も出来なかった。

 

イリヤを助けに行ったはずなのに、あの小さな少女の手を引くことすらも出来なかった、自分自身。

 

圧倒的だった狂戦士(バーサーカー)を、いともあっさりと倒してしまった、自分のサーヴァントの力の化身。

 

黒い戦闘騎士に敗れた狂戦士(バーサーカー)との戦いに巻き込まれて、吹き飛ばされた。

 

刃夜と黒い戦闘騎士との戦いの余波で、黒い飛沫を浴びた。

 

その飛沫を浴びたことで、意識を失ってしまった自分。

 

本当に何も出来なかった。

 

ただ、己の無力さを噛みしめることしかできなかった、あの日。

 

そこに追い打ちをかける様に、士郎の覚悟を問いただしてきたライダー。

 

あのときは何も答えることが出来なかった。

 

 

 

責任は取りなさい。犠牲者は一人っていう形でね

 

 

 

以前共同戦線を決別したとき凜に言われた、責任の形。

 

それすらすることができそうにない……するわけにはいかない己自身。

 

つくづく何も出来ないのだと、ただそれだけを認識することしかできない。

 

 

 

でも……それでもどうしてもしなければいけないことがある

 

 

 

これだけは他の誰にも出来ないし、譲るつもりもなかった。

 

これを他の誰かに任せてしまっては……それこそ桜にも、そして正義の味方から桜の味方になった自分すらも、裏切ってしまうことになる。

 

だから、これだけは何があってもやると、士郎は誓っていた。

 

 

 

「あぁ、そうだ、ライダー。桜を助けるために……あんたの力を貸して欲しい」

 

 

 

そのためには、桜の前にたどり着かなければならない。

 

五体満足なんて贅沢は言わない。

 

この身はただ……今その瞬間のためだけにある存在なのだから。

 

片手一本でも、片足一本でも捧げてでも……士郎は桜の前にたどり着かなければならない。

 

けれど自分一人では出来ないから。

 

たどり着ける訳がないから。

 

だから、士郎は周りの力を借りてでも、桜の元にたどり着いて、成さなければならないことをすると、誓っていた。

 

その覚悟がライダーにも伝わったのか……ライダーは口元に手を当てながら静かに微笑んだ。

 

 

 

「いいでしょう。あなたを信頼し、一時の主として認めます」

 

 

 

目を隠しているにもかかわらず、その笑みは士郎の心に非常に強い印象として残った。

 

今まで仏頂面と言っていいほどに、感情を顔に浮かべなかったライダーが、初めて見せた隠すことのない笑みだったから。

 

 

 

それぞれが自分が行うべき準備を終えて……自然と、外へと集まった。

それぞれがそれぞれのやるべきことを把握し、俺たちは衛宮家の庭に集合した。

それぞれ普段手にして慣れた得物と、新たに得た得物を携えて……。

 

「それじゃ、行くわよ!」

 

準備を終えて、遠坂凜の号令の下、俺たちは柳洞寺の大空洞へと向かう。

それぞれ思うところもあるだろう。

そして各々が胸の内に秘めた思いもばらばらだった。

だがそれでも、今はどうしてもやらなければいけないことのために、こうして団結している。

 

呉越同舟とは違う……かな?

 

どうもずいぶん似ているが……違うと信じたい。

少なくとも何人かは、桜ちゃんのために動いているのは間違いない。

俺もその一人だ。

そして桜ちゃんだけじゃなく、守らなければいけない人たちがいる。

 

何より……果たさねばならないいけないこともある。

 

 

 

さて……果たして成功するか……

 

 

 

俺は今宵の得物達の様子を確かめながら、先日、廃屋になった武家屋敷で何とか完成させた技を頭の中で再度イメージする。

対抗するにはこれしかないと思い、何とか成功させたが、それでも不安はある。

そもそも制御がかなり難しい。

ある意味では苦手な呪術に近いと言ってもいい。

しかしこれ以外に思いつかなかった。

気力と魔力を総動員してなお……勝てるという確信が持てないという……。

 

本当に、化け物だ……

 

苦笑するしかなかった。

あれほどの化け物のあいつに……。

その化け物とのこの後行うことを考えて、心から歓喜している己自身に。

 

何も考えずに振ればいい……か……

 

弟子の一人にそう伝えた言葉。

出来なくはない。

実際その状況に陥ったのならば、考える余裕などありはしない。

思考をしながら剣を振るって対抗できる相手ではないのだから。

けれど、その場に行くまでには想像してしまう、夢想してしまう。

 

その瞬間を……

 

正直な話、歓喜で狂いそうだった。

 

未熟だな……俺も……

 

手にした得物を握りしめながら、頬が笑みで歪むのが止められなかった。

その笑みを空いている片手で隠す。

しかし、それでも笑みを抑えることは出来なかった。

 

 

 

楽しみだ……

 

 

 

暗く、黒く……実に醜い感情で胸がいっぱいだった。

 

だが、それが楽しみでしょうがなくて……俺はただ静かに嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

星を祭る祭壇。

それほどまでに神秘的と言えなくもない空間だった。

天と地をつなげるほどに燃えさかる炎。

揺らめく炎が空洞を焦がし、照らし……硬く覆い被さっている天蓋である地面を灼いていた。

 

だが、この空間を神秘と言うには、あまりにも黒すぎた。

 

燃えさかる炎の色は黒く、暗い。

にもかかわらず空洞を照らすという不気味な炎。

空気は濁っており風もないがために、辺り一帯の空気はひどく澱む。

壁である地層より滲む水は、全てが毒に染まっていた。

 

 

 

その炎の中心地……その手前に一人の少女が佇んでいた。

 

 

 

闇の陰を……黒い陰をそのまま身に纏ったかの様な、衣服の様な陰を纏う少女。

 

服の様な陰には縦にまっすぐ伸びる、いくつもの赤い陰があった。

 

そしてその赤い陰が、浸食するように少女の白い頬を赤い紋様の陰で染めている。

 

 

 

奇しくも、士郎の左頬の黒い痣と同じように、少女の頬を染めていた。

 

 

 

髪の色も変わり、白い髪が炎の熱気に揺れている。

 

目もうつろになり、姿形だけを一人の少女に似せたと、いってもいいかもしれない。

 

だが容姿も、雰囲気も……まるで全てが逆転したかの様なその姿は、あまりにも痛々しく見えた。

 

 

 

その少女を……桜を以前の桜と認識できるのは、髪を結っているリボンだけだった……。

 

 

 

「桜。返事をせぬか桜?」

 

変わり果ててしまった桜しかいないはずの地底で……しわがれた声が響く。

桜しかいないはずの地底。

桜の気配しか感じられない、地の底の呪われた祭壇。

その祭壇に立つのは確かに桜のみだった。

だが、はっきりと……そのしわがれた声は、この地底の澱んだ空気をわずかに震わせる。

 

しかしそれは不思議なことでも何でもなかった。

 

桜しかいないはずの地底で響く、老人の……間桐臓硯の声。

それは桜の内より発せられた声。

桜の身の内側に潜みし、醜悪な存在の思念と肉体。

自らの魂を封じ込めた小さな虫に宿り、桜の心の蔵に巣くう生への渇望者。

心臓に巣くった疑似神経体の虫。

それが、間桐臓硯の本体であり……正体だった。

 

「どうした桜? 答えぬか?」

 

身のうちに巣くう虫が、苛立たしげに声を上げる。

臓硯は桜の不手際に、確かな怒りを感じていた。

刃夜がイリヤを救出しにきた際、何故仕留めなかったのかと?

バーサーカーを放ったまではまだ理解できた。

黒い陰の黒い泥によって強化されたサーヴァントが、いくら人外じみた怪物(モンスター)の様な力を有している存在であったとしても、勝てるわけがない。

だから桜の采配に任せた。

にもかかわらず桜はイリヤを取り逃がした。

何の成果も得られずに、取られたものを取り返されただけだった。

変質する己の体に耐えていたという言い訳もあるかもしれない。

だがそれでも、あのときあの不確定要素の塊とも言える存在の刃夜だけでも、始末しておくべきだったのだと、臓硯は思っていた。

故の怒り。

故の叱責。

しかしそれでも桜は……返事をすることなく光の宿らない瞳を、虚空へと向け続ける。

 

「……よもや、壊れたか?」

 

苛立ちと怒りを含んでいた声に、いぶかしげな感情が宿る。

幾体ものサーヴァントを従えているにもかかわらず、桜は刃夜とイリヤを見逃した。

普通に考えれば邪魔な存在を、つぶせるときにつぶしておいて損はない。

それをしなかったことに苛立ちと怒りを覚えていた間桐臓硯だったが……文字通り命を握っている絶対的な支配者たる自分に、返事すらもよこさないことが、桜の意識が壊れたためだと、臓硯は考える。

 

(……無理もないかのう。これほどの念をあびておるのじゃから)

 

祭壇より巻き起こる黒い炎。

余波でしかないその炎より放たれる思念は、まさに全てを焼き尽くす炎そのもの。

いくら強いといっても、ただ一人の人間にすぎない孫娘が、耐えられるはずもなかった。

 

「あっけなかったの。もう少し保つかとおもうたが……これがこやつの幕引きか」

 

臓硯は本当に……心底残念そうに、そして心底嬉しそうにそう呟いた。

自ら育て上げた間桐の後継者。

自ら犯し、侵し、嬲った少女の最後。

らしくもなく、臓硯は桜の過去を振り返り……ありもしない顔に笑みを浮かべる。

 

初日はさんざん泣きわめいた。

 

しかし次の日にはすでに壊れかけた。

 

ただ虚ろなまま、自らの分身である虫に嬲られるままだった。

 

だがそれでも少女は……幼き桜は耐えた。

 

心の蔵を握られているが故に、逆らうことが出来るはずもなかった。

 

だがそれでも少女は壊れず、自分に許される範囲で、己であり続けた。

 

士郎の家に通うという……己に。

 

逆らえないと知ってなお、それでも自らの思いを無意味に主張する桜を、臓硯は心の底から愛おしく思った。

 

そして、何よりも……第六次で行うはずだった自らの悲願を、実験作でありながら成就しようとしている。

 

そして……これから自らが成るであろう存在への期待。

 

これほどの功績を作り上げた存在である桜が壊れたのを悲しまないほど、臓硯は壊れていなかった。

 

狂っている愛ではあった。

 

醜悪な愛だった。

 

それでも臓硯は間違いなく……桜を愛していた。

 

 

 

「体がまだ変わりきっておらんのが少し残念じゃが、贅沢はいえんの。この肉体。消えてしまったお主の代わりにワシが引き継ごう。さらばだ……桜! よくぞワシを愉しませた!」

 

 

 

そして心の蔵に巣くった虫が動き出した。

 

黒い陰に覆われた桜を支配しようと。

 

だが……それは叶わぬ願いだった。

 

桜はまだ……生きていたのだから。

 

 

 

「その必要はありません、おじいさま。私は大丈夫です」

 

 

 

自らの胸に手を当てて……その指を血で染めながら、肉体へと抉る込ませる。

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

何をするのか?

 

そう問おうとした臓硯の混乱は極地に達した。

 

狂乱といっても良かったかも知れない。

 

そして、恐怖を覚えた。

 

自らの肉体の心の蔵に指をめり込ませて、神経も心臓すらもずたずたにしながらも、桜は何の苦痛も感じていないのか涼しげに嗤いながら……

 

一匹の小さな虫を、引きずり出していた。

 

 

 

「――っ!?!?」

 

 

 

恐れた。

 

ただそれだけしかあり得なかった。

 

自らの肉体を抉り、心の蔵を貫きながらも、桜はただ嗤っていた。

 

 

 

「な……なにを……」

 

 

 

声に反応する様に動く虫。

 

否、声を出すことで動いているのだろう。

 

桜はただその小さな小さな虫を、光のない目で見つめた。

 

祖父である存在。

 

祖父と名乗り、自らを嬲った存在。

 

祖父であったという存在を……観察する様に、じっくりと見つめていた。

 

 

 

「やってみたら簡単でしたね。驚きました。私、おじいさまはもっと大きいんだと思っていました」

 

 

 

その言葉は半分正しく、半分異なっている。

 

元はこれほどの矮躯ではなかった。

 

第五次聖杯戦争の折に、顕現した聖杯の欠片を桜に埋め込む際、絶対的な支配者として自らの体をその聖杯の欠片に埋め込む必要があった。

 

心臓に巣くうのであれば、それよりも小さくなければ入ることが出来ない。

 

絶対的な支配者となるために、それは必要なことだった。

 

必要ではあったが……大きな誤りでもあった。

 

 

 

それが過ちである気付く、この瞬間まで。

 

 

 

「ま、待て! 待つんじゃ桜!」

 

 

 

命という絶対的な切り札を有していた自分が、何故このような状況に陥っているのか?

 

目的を隠すことはしなかった。

 

絶対者である自分に、桜が逆らうことなど出来るはずもなく、また逆らうこともなかったからだ。

 

少女はいつか、間桐臓硯に喰われる肉の器にすぎなかった。

 

 

 

こうして……桜が間桐臓硯を殺そうとするそのときまでは……。

 

 

 

「違う! お主の意識があるのならばそれでよい! お前にわしがとりつくのは最後の手段! お前の意識があるのであれば門はお主の物! わしは間桐の血統が栄えることが望みよ! この聖杯戦争の勝者となるのは間違いなくお主だ! ならばそれでよい!」

 

 

 

小さく、ぴちぴちと……囀るようにその虫は動いていた。

 

指先でつまめる、その小さな醜悪の塊を見つめながら……桜は嗤った。

 

 

 

「待ってくれ桜! ワシはお主のためを思ってやってきたのだぞ!? その恩を忘れてワシを――」

 

 

 

「さようなら、おじいさま……。もう消えていただいて結構です」

 

 

 

桜は指にわずかに力を入れて……虫を小さくつぶした。

 

それで終わりだった。

 

あまりにもあっけないほどに……終わった。

 

たった一つ見落としたがために……臓硯の願いは地に落ちた。

 

育てすぎてしまったのだ。

 

少女の闇を。

 

気付いていなかったが故に、臓硯にはどうすることもできなかった。

 

少女に植え付けた……自らが孕ませた闇を、育てすぎてしまった。

 

それが全てだった。

 

祭壇の黒い炎が、一際大きく揺れ動いていた。

 

自らを体現する少女が自立したことを……喜んでいるかのように。

 

 

 

「……」

 

 

 

桜は自らの指先に吐いた自らの血とは別の血液を静かに見つめ続けた。

 

見つめ続けて……頬を歪ませた。

 

 

 

白い頬を染めている赤い紋様の陰が歪んだ。

 

 

 

その笑顔は、紋様の歪みと相まって……醜悪だった。

 

 

 

「ふふ……ふふふ……。あはははははは――」

 

 

 

何の感情も込められていない空虚な声。

 

揺らめく黒い炎がそれに合わせて揺れ蠢く。

 

桜はただ自らの醜悪さに気付かずに……ただただ嗤っていた。

 

 

 

ひとしきり嗤い終えて……桜は目の前の祭壇より巻き起こっている黒い炎に手を広げて、恍惚とした笑みを浮かべた。

 

 

 

ひどく歪みながらも……純粋な思いが写った、そんな笑みだった。

 

 

 

 

 

 

「待っていてくださいね……先輩」

 

 

 

 

 

 

愛おしそうに。

 

狂おしそうに。

 

病めるように。

 

少女は笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

暗い。

 

暗い。

 

真っ暗な空間。

 

否、少しだけ灯りがあった。

 

床が、天井が、壁が……。

 

うっすらと緑色の淡い光を放っている。

 

しかしそんな星明かりにも見たぬ様な光では、とても明るさを届けられない。

 

それほど広大な空間だった。

 

風もなく、音もしない。

 

まるで大気そのものがないのではないかと……そう疑えてしまうほどに。

 

だが……かすかな風切り音がしている。

 

あまりにも鋭く小さな音であるために、そばでなければ聞こえないほど、かすかな風切り音だ。

 

しかしその風切り音を発している存在のそばに、行こうとする者は誰もいないだろう。

 

いけば真っ二つにされてしまうとわかっていて、近寄ろうとする者はいない。

 

閃きにしか見えぬその軌跡は……あまりにも醜い色をしていた。

 

漆黒の刀身に、赤い筋が幾重にも走る長尺の刀身。

 

その刀身が淡い緑色に照らされて……実に不気味な色彩を放っている。

 

そしてその不気味な刀を振るう男もまた、不気味だった。

 

ただひたすらに、無心に……。

 

刀を振るうことしか知らんとでもいうように……ただ刀を振るうことしかしていない。

 

刀が空気を切り裂く音と、体裁きの動きの音だけが、停滞している空気を、わずかに震わせている。

 

その動きと剣の軌跡には、以前にはなかった力があった。

 

鋭い剣閃に……確かな力強さを感じられた。

 

かといって、力任せに振るっているのでは、断じてなかった。

 

鋭かった剣にさらなる力量が加わり……より相手を殺すことが可能になった剣と成っている。

 

以前にはなかったその力。

 

それに慣れるために……ならすために、ただただ無心になって剣を振るっていた。

 

 

 

早く来い……

 

 

 

否、無心という訳ではなかった。

 

剣を振るっているその表情には、確かな感情の込められた表情が……笑みを浮かべていたから。

 

狂喜の笑みを。

 

 

 

早く来るがいい……我が宿敵よ……

 

 

 

笑顔を浮かべながらただ剣を振るっている男……小次郎は、ただただそのときを待ちこがれていた。

 

全てを賭けて剣を交える存在が、自分の元に訪れる……その瞬間を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、夜が更けていった。

 

そして終わりが始まろうとしていた。

 

 

 

一つの物語が……幕を閉じるまで、そう長くはない。

 

 

 

 

 




今年はこれで終了となります
今年一年も、お世話になりました
まだ書き終えていないのでまだあげませんが……そう期間を空けずにあげたいと思ってます

そして可能であれば、また来年もよろしくしていただければ幸いです

活動報告をあげるかもしれませんが、とりあえず

今年もお世話になりました

よいお年を

そして来年もよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。