振り切った姿勢のまま、しばらく……刃夜も、小次郎も動かなかった。
振り終えた狩竜を、刃夜は何とか押さえ込むことが出来た。
だが、無理な体勢で振るったために、両腕が痛みを訴えていた。
仮に万全の体勢で振っていたとしても、狩竜での連続の電磁抜刀は、刃夜に負担を強いている。
だがそんな痛みなど……今はどうでも良かった……。
今の二人にとって、互いの存在以外……どうでもよかった……。
ただ静かに……二人は互いを想っていた。
やがてゆっくりと、刃夜は狩竜を降ろす。
互いのことを想っていながら、二人は互いを見ようともしていなかった。
「これしかなかった……」
まるで懺悔するように、刃夜はぼそりとそう呟いていた。
そして一言呟いたことで、まるで堰を切ったように、言葉があふれ出ていく。
「朝、お前と剣を振るい、何度も夢想していた。どうすればお前に勝てるのかと。だがそれはあくまでも俺の感情を綺麗な言葉にしていただけだった。どうすればお前を切れるのか? ただそれだけを考えていた。そして行き着いたのがこの技だった」
三段電磁抜刀。
これが小次郎を殺すために考え、何とか扱うことの出来た、技。
一振り目で間合いの全てを「
それを越えてきた相手を「
そして、返す刀「
名を
元々切れ味のいい狩竜を、気力と魔力で耐久力と切れ味を一緒に強化し、電磁の力で強引に断ち斬る力業。
とても技と言えた物ではないだろ。
それこそ、刃夜の目の前に立つ人物が放つはずだった技、燕返し。
三つの斬撃を完全に同時に放つ技。
気力も魔力も使わずに、ただ己の技のみで行う秘剣。
三つの軌跡を描く技ではあったが、この燕返しとはまさに対極といっていい位置にいる技といって良かった。
だが結果として……刃夜の力業である電磁抜刀が閃き、斬った。
神業といっても差し支えのない燕返しが放たれる前に、相手を斬る。
そのためには三手がどうしても必要だった。
無論結果だけを見るのであれば、間違いなく刃夜が正々堂々と勝負し、そして勝利を収めたことに違いはない。
まさに「
それを……刃夜自身が、納得ができていないようだった。
「お前と同じように、技を振るってみたかった。だがそれが叶わなかった。そして今この場で、お前に斬られるわけにもいかなかった。だから――」
「そこから先は言うな、刃夜よ……」
刃夜の言葉を遮って、ただ静かにそう呟いていた。
「もとより私に戦う意味などなかった。英霊としての誇りなどもない。前にも言ったとおり、私は佐々木小次郎であって、佐々木小次郎ではない、名もない男の亡霊。それが私だ」
「佐々木小次郎」という男がいた。
それは宮本武蔵という男の引き立て役として、人々に語られた架空の存在。
ここにいる佐々木小次郎という男は、名などなかった。
名もなく、ただ燕返しが使えるという、その一点のみで、この男はこの場に「佐々木小次郎」として存在していた。
その架空の存在の名を名乗り、この戦いに望んだ男の望みとは……果たして何だったのか?
無名のままただ剣を振るい続けて死した男が、唯一望んだこと。
それがたった今、満たされたのだ……。
無論、この男も殺されることを願ったわけではない。
偶発的に生み出すことの出来た秘剣といえども、それなりの自信はあった。
野太刀の長さと、その剣の驚くべき冴えから放たれる必殺の剣。
燕返し。
技量のみでこの技を破ることができる存在は……そうはいないだろう。
刃夜も、完全な技量のみで破ったとは言い難い。
だが……そんなことはどうでも良かった……
自らの剣技を全力でぶつけ合える存在との斬り合いこそが……もっとも望んだ願いだった。
そして現れたのが刃夜だった。
刃夜から見れば、この男は突然出現したと言っていい。
だが、この男からすれば……刃夜こそが、突然現れた異端だった。
仮に刃夜が現れなかったとしても、全力で戦う事が出来た可能性もあっただろう。
だが、違ったのだ……。
長さこそ違えど自らの得物と同じ野太刀をもつ男。
料理が得意で、好感の持てる男だった。
妖術と思えなくもない技を扱うも、剣に対する態度は真摯な物だった。
そんな自分が一人の人間として好いた男との斬り合いが……私がもっとも望んだ物だった……
その斬り合いの果てを、今の二人の状況が如実に語っていたが……それを改めて言うほど無粋ではなかった。
「無名のまま死んでいった私に、唯一あった願いが叶った……」
「亡霊にすぎない私の生に……意味があったのだ……」
何よりも望んだ斬り合いであり……意味であった……。
確かに刃夜は刃夜で思うことはあるだろう。
勝者だからといって、偉そうにしろとも、誇らしくしていろと……そんな無粋なことを言うつもりはない。
だがそれでも……男は誇って欲しかった。
胸を張って欲しかったのだ。
己と死合をした男に……。
その思いが伝わったのかはわからない。
だが、刃夜は……自らの血にまみれ、血を吐いてなお微笑む男の笑みを見て……一度目を瞑り、毅然とした態度と瞳で……男の思いに応えていた。
しばしの時間……刃夜はまっすぐと……
男の瞳を、力強い意思の籠もった目で……見つめていた。
「行け……刃夜よ……」
「……あぁ」
それ以上語ることはなく、刃夜は背を向けて、封絶と雷月を回収して……先へと向かった。
互いが互いを見ることはもうなかった。
男も刃夜の後ろ姿を見ることもなく静かに腰を下ろして……小さく息を吐いていた。
そして手にした得物を……漆黒に染まった野太刀を見て、心の中で礼を述べていた。
よくぞ持ってくれた……
もしも砕けていたならば、刃夜の技を見ることも叶わなかっただろう。
故の礼だった。
そして自らを斬った男の事を……刃夜との短くも想い出深い日々を思い出す。
その思い出が愛おしくもあり……
悲しくもあり……
嬉しくもあった……
男は再び小さく微笑み……
「……全く、呆れた男よな」
そう穏やかに呟いていた。
その呟きには色んな感情が含まれていたが……それは誰の耳にも届くことはなく……
その声が力を失う頃には……その場には誰もいなくなっていた……
ただ、紫に輝く淡い光の粒子の様な物が、蛍のように漂っていた……
やがてその蛍も……小さくなって……
淡く、霞のように……
消えていった……
後にはただ……痛くなるほどの静寂だけが……
残されていた……