それはまさに……神話からそのまま出てきたかのような光景だった。
八人目のサーヴァントの背後に、無数に黒と金に光り輝く穴があった。
その穴からいくつもの武器が顔を覗かせて、二人を……士郎とアーチャーへと狙いをつけていた。
それがただの武器ならば、そこまで恐ろしい物ではないだろう。
だが、虚空より出現しているその全ての武器が、宝具であるというのならば話は別だった。
無数に……それこそ無限にあるのではないかと思えるほどの数が、まるで雨のように士郎とアーチャーへと襲いかかる。
それを二人は、手にした双剣で受け流すか、体全体で躱してしのぐ事しかできなかった。
だが手にした双剣も、宝具の投射攻撃にはそう何度も耐えられなかった。
真に迫っているとはいえ、手にした双剣は……贋作でしかない。
故に……
!!!!
いくつかの攻撃を防ぐことで砕け散ってしまう。
それは投影技術が士郎よりもより練度の高いアーチャーの双剣、干将莫耶でも例外ではなかった。
己がもっとも信頼する得物である、干将莫耶が幾度も砕かれたことに対する痛痒は、アーチャーにはない。
所詮は得物……道具でしかないためだ。
だが、相手の攻撃方法……無限とも思える宝具を投射する……には、驚いていた。
こいつは!?
宝具は英雄にとっての切り札だ。
複数の宝具を所持する英霊はいるにはいるが、こんな無限とも思える数を持つ英霊を、アーチャーは知らなかった。
「どうした雑種共。いや? 贋作屋共? 逃げてばかりでは話にならんぞ? 貴様らの逃走劇を見てやるほど、我は暇ではないのだがな」
二人に相対しているギルガメッシュは、開戦した場所から一歩も動いていない。
それどころか構えてすらいない。
隙だらけに仁王立ちしたままだ。
故にアーチャーは何度か弓を投影し、更に矢を……剣を投影して射撃を行った。
だが……
!!!!
撃ったそのすぐそばから、ギルガメッシュの周囲にとてつもない巨大な盾が瞬時に現れ、その事ごとくをはじき飛ばしていた。
それか虚空より現れた剣や槍、伝説の武具といって差し支えのない宝具が、その全てをはたき落とす。
もはや戦闘の体を要していない、一方的な蹂躙といって差し支えない、そんな戦闘だった。
アーチャーは何とか接近を試みようと、幾度壊されても双剣を矢を投影して、あらん限りの攻撃を相手へと向けるが、それでも接近すら出来ない。
厄介だな……
内心で毒づき、アーチャーは相手を睨み付ける。
だがそんな殺意の籠もった視線を向けられても、相手……ギルガメッシュはつまらなさそうな顔をぴくりとも動かさず、背後から大量の宝具を投射している。
雨のように降り注ぐ宝具を前に……むしろすぐに殺されないことを誇るべきなのか?
いや……
攻撃を行い、防御を行いながら……アーチャーの胸には疑問が渦巻いていた。
何故こちらがまだ死んでいないのか?
確かに敵は圧倒的な数の攻撃によって、こちらの動きを封じていた。
その数全てが、文字通り一撃必殺の攻撃だ。
おそらくまともに食らえば、サーヴァントであっても致命的な一撃を被ることになる。
致命的な一撃を、これほどまでの数を行うことが出来る相手をして、何故自分たちがまだ生きているのか?
それが……アーチャーには腑に落ちなかった。
何よりも納得できないのが相手の態度だった。
こちらのことを、虫けらにも思ってない目線は、まだわからないでもない。
あそこまで傲岸不遜な態度を見れば、あれがあのサーヴァントの素であることは何となく想像できる。
だが……その態度からにじみ出るのは、殺意でも憎悪でも敵意でもなく……何か別の感情が見え隠れしているのが、アーチャーはどうにも気になってしまった。
更に言えばもう一つ……気になることがあった。
!!!!!
アーチャーより離れた場所から、硬質的な破砕音が鳴り響いた。
戦闘中でありながらも、アーチャーは自身の欲求にあらがうことが出来ずに、そちらへと……士郎がいる方へと視線を向ける。
「くそっ!」
そこには悪態をつきながら、たった今砕かれた双剣を再度投影を行っている……
基本骨子を想定し、魔術回路が魔力を通して投影された剣が瞬時に姿を現し……顕れた剣を見て、アーチャーは目を細める。
士郎が投影した剣は、アーチャーが投影している干将莫耶と同じ物だったはずだった。
それはある意味で当然とも言えた。
何せ士郎はアーチャーが投影した干将莫耶に強く惹かれた物があったために、自らもまねをして、干将莫耶を投影していたのだから。
それとは別に、もう一つ決定的な理由があった。
その二つの理由があって、士郎の投影とアーチャーの投影は練度こそ違えど、同じ物であったはずだった。
だが、今士郎が投影した全ての双剣が、謎の黒い線がいくつも入っていた。
まるで魔術回路が双剣にもあるように、その漆黒の線は禍々しくこの暗闇の中でも埋もれることなく存在を主張していた。
また士郎の双剣は投影を行えば行うほど、その線がより禍々しさを増しているように、アーチャーには見えていた。
更に言えば黒い線は、砕け散った双剣であっても、その線だけは砕け散っていなかった。
直線に伸びており、幾重にも鋭角に曲がり、そして砕け散らない禍々しい黒い線。
それは士郎の左頬に出来た黒い痣と同じように、蠢いているようだった。
士郎は目の前の戦闘で精一杯なので気付いていない。
だが、その幾度も曲がるその黒い線が……何故かアーチャーの心に引っかかった。
まだだ!
それが士郎の気持ちだった。
まだ終われない。
まだ終わってはいけない。
だから雨のように降り注がれる宝具の弾丸を、自身が投影して手にした双剣を振るった。
しかしそれも何度かギルガメッシュの攻撃を防ぐことで、容易に砕けてしまう。
それでも士郎は諦めずに……ひたすらに投影を繰り返して、その攻撃を弾いた。
今の士郎を支えているのは、たった一つの想いだけだった。
それを形成するいくつもの想いもある。
だが何よりも重く、大きく……何よりも貪欲な欲求が、今の士郎を前へと進めませている。
まだだ!
それを果たすまでは諦めるわけにはいかなかった。
終わるわけには……いかなかった。
それぞれに思惑こそあれど、それでも誰もが一つの目的のために動いていた。
自分にとって、もっとも大切な目的のために。
それを果たすために……誰よりも己自身が果たさなければいけないことをするために、士郎はただ進むしかなかった。
その想いの一念で、士郎はただひたすらに投影し、攻撃を捌き、前へと進んだ。
そして徐々に……本当に僅かではあるが、少しずつギルガメッシュとの距離を詰めていった。
だがその僅かな距離も……
「ほう? 予想よりはやるではないか、雑種」
相手に踊らされていたのだと、悟る。
「贋作屋ごとき、この程度でいいと踏んだのだが……存外しぶといな。さすがは雑種といったところか?」
そう泰然と呟いた敵の言葉と共に顕れた、さらなる宝具の姿を見て、絶句した。
アーチャーも、その全ての宝具の格の高さに、息を呑んでいた。
「なんだその間抜け面は? この程度で折れているようでは、先が思いやられるぞ?」
言葉と共に、ギルガメッシュが右手を天にかざした。
その動きに応じるように、宝具が一斉に穂先を二人へと向ける。
「先にも言ったが、簡単にくたばるなよ? 贋作屋共。いや……偽物といった方が正しいか?」
偽物。
その言葉が何故か……士郎の心に引っかかり、その胸をかき乱した。
何故その言葉にそこまで感情が動かされたのか、この瞬間はまだわかっていなかった。
だが、その不快感が態度に出ていたのか、ギルガメッシュが士郎を一瞥し……鼻で笑った。
しかし僅かにではあったが……その態度にほんの少しだけ変化があったのだが、宝具に圧倒されていた二人は気付かなかった。
「行くぞ偽物ども。これに屈するようでは、しょせんはその程度であるということだ。早々に消え去るがいい」
言葉を言い終えたそのとき……ギルガメッシュがその天へと掲げていた手を振り下ろした。
それを合図に、宝具が一斉に士郎とアーチャーへと襲いかかる。
今まででも十分に異常な数の宝具であったというのに、それとは比較にならない数の宝具が二人を襲った。
更に言えば、先ほどまでとは圧力が……込められた魔力の量が違った。
双剣で捌くことの出来る数ではなく、仮に捌こうとしても双剣毎吹き飛ばされるだろう。
故にアーチャーは宝具が自分たちに襲いかかってくる前に、士郎を肩に担いだ。
「な、お前!」
「黙っていろ」
士郎を肩に担ぎ、士郎の反論を許さず……というよりも反論すらさせずに、走り出した。
だがそれは正解だった。
何せもはや投擲ではなく、それは爆撃に等しい攻撃と化していたのだから。
ギルガメッシュの攻撃は先ほどまでと重さが違った。
投擲速度を増しているのか、それとも魔力の量が増えたのか……もしくは恐ろしいことだが、より格の高い宝具を投擲しているのか?
原因はわからないが、その一撃は全てが必殺では生ぬるく、もはやたったの一撃で存在そのものを消し去るほどの一撃……存在の鏖殺といってよかった。
存在を、全てを否定する攻撃が、まるで雨のように降り注いでくるのは、もはや悪夢といって何ら差し支えなかった。
この攻撃を自分の力だけでどうにか出来ないことは、考えるまでもないことだったため、士郎は何も言わずにアーチャーの 回避に任されるままだった。
しかし、それも長くは続かなかった。
何せあまりにも数が多かった。
またこの地下の大空洞は、恐ろしいほどに遮蔽物がない。
仮に遮蔽物があったとしても、それすらも吹き飛ばすだけの威力を秘めた攻撃のため、気休めにもならないが、あるとないとでは大違いだった。
そして大空洞故のこの暗さも、動きづらさに一役買っていた。
しかし、それでもこうも爆撃による激しい明滅があると、どうしても視界が悪くなってしまう。
さらにギルガメッシュも、相手に向かってただ宝具を投擲するだけではない。
当然足止めのために使用することも出来る。
アーチャーが着地しようとするその数歩前に攻撃を行い、強制的に足を止められる。
アーチャーもサーヴァントであるため、この程度でやられるということはない。
だがそれも足手まといがないということと、さらに言えばあまりに圧倒的な数がなければという前置きがつく。
「ちっ!」
故にアーチャーは今まで隠してきていた、力を解放する。
I am the bone of my sword.
―――体は剣で出来ている
その詠唱とともに、風景が全て変わった。
暗い洞窟に僅かな灯火であった蛍火の様な光。
それが、揺らめくように消えていく。
Steel is my body, and fire is my blood.
―――血潮は鉄で、心は硝子
そしてそれが過ぎ去った後に見えるのは……果てのない荒野だった。
I have created over a thousand blades.
―――幾たびの戦場を越えて不敗
ただただ荒野だった。
だがその無限にも広がる荒野に……無限と思えてしまうほどに、剣が突き刺さっていた。
両手剣がある。
片手剣がある。
両刃の剣が、片刃の剣がある。
Unknown to Death.
―――ただの一度も敗走はなく
古今東西およそ世界の全てにあるであろう剣が、荒野に突き刺さっていた。
Nor known to Life.
―――ただの一度も理解されない
空は夕焼けのように紅かったが……その紅さは、美しさとは無縁だった。
Have withstood pain to create many weapons.
―――彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う
そもそもにして、空に見える巨大な歯車がいくつもある空が、美しいと言えるだろうか?
Yet, those hands will never hold anything.
―――故に、その生涯に意味はなく
そしてその丘に立つ、全ての剣は……まるでその主を象徴するように……
全てが贋作だった。
So as I pray,
―――その体はきっと、
だが、これこそがアーチャーの英霊としての力であり……象徴だった。
UNLIMITED BLADE WORKS.
―――剣で出来ていた
固有結界。
術者の心象風景を具現化して、現実に浸食させて世界を形成する結界。
大禁術と言われる魔術。
「これは……」
辺りの風景が一変し、士郎は思わず驚いて口を開けたまま、その風景を見つめた。
そしてあまりにもすんなりと心に入って来てしまうその風景に驚いた。
まるで……この風景を知っていたと……
そう思えてしまった自分に。
「ほぉ?」
アーチャーの固有結界に反応を示し、ギルガメッシュが攻撃の手を止める。
それによって爆撃とも言えた攻撃が一度止まった。
そのためアーチャーは、足手まといの士郎を自身の後ろへと放り投げた。
「いてっ」
呆けた状態で投げられたため、まともに受け身をとることが出来ず、士郎は顔面から地面につっこんでしまった。
そのため、それなりに痛い思いをしたため、文句の一つも言いたくなるのだが……そんな場合ではなかったため自重した。
というよりも……この風景に気をとられてそんな場合ではなかったのだ。
無限に広がる荒野に、無限に突き刺さっているのではないかと思われる、この荒野が……士郎の心を大きくかき乱していた。
知らないはずの風景、見たことのないはずの風景だというのに……。
そしてそれと同時に、心のどこかで何かが違うと……叫んでいるようだった。
攻撃の手を止めてギルガメッシュが、辺りをひとしきり見渡して……
「くはっ」
一言息を吐き出して……嘲笑った。
「くははははは!」
手で目を覆い、まるで目も当てられないと言わんばかりに……ギルガメッシュが大いに笑った。
彼はその眼で見たのだ。
アーチャーのこの風景の意味を。
「予想はしていたが……これほど滑稽だとは思わなかったぞ、贋作屋」
ひとしきり笑い終えて落ち着いたのか、ギルガメッシュが指の隙間から相手を……アーチャーを見つめる。
その眼に宿る感情は……実に下らない物を見る、ただの侮蔑の感情しか含まれていなかった。
「何を思って固有結界を発動させたのかは知らないが……まぁよい。付き合ってやるのも一興だが……」
その言葉と共に……先ほどまでとは違い、ギルガメッシュのすぐそばに、虚空へと通じる空間が拓き……
黄金の柄が、その空間よりつきだしてきた。
ゾワッ
それを見た瞬間に二人は……背筋が凍る感覚を味わった。
二人して全くその剣が理解できなかったのだ。
全形がまだ姿をあらわしていなかったのもあったが、それは全く解析出来ないものだった。
士郎だけでなく……サーヴァントであるアーチャーですらも。
そしてそれが振るわれた時の光景が……何故か二人にはわかってしまった。
壊滅
それを体現する宝具であると。
「ふっ!」
その剣を見た瞬間にアーチャーは背後に剣を投影した。
また自らも干将莫耶を投影して、最速でギルガメッシュへと突貫した。
さらに剣の丘より飛来した無数の剣が、ギルガメッシュを突き殺さんと、飛翔していく。
その全てを……
「だが、ここまで贋作を
「茶番は終わりだ。本物を見て……疾く消え去るがいい」
ギルガメッシュは打倒した。
前方より飛来したアーチャーが投影した剣は、同じ数の宝具が飛来して、全てを粉砕した。
迫り来るアーチャーには、さらに今までの数倍におよぶ数の宝具が飛来して、足を止める。
そして周囲の丘より飛翔してきた剣は……その全てが、周囲に顕れた盾がはじき飛ばした。
士郎が咄嗟に干将莫耶を投影して投げようとするが……時はすでに遅かった。
姿を現した剣が回った。
それは果たして剣なのか?
刃にあたる部分が三分割された筒状の何かだった。
その三分割された刃が廻り……全てを切り裂く刃が生まれた。
それが魔力によってさらに威力を増して……その剣は全てを壊す一撃を生み出す。
英雄王ギルガメッシュ。
彼は世界が一つだった時代の王である。
故に彼は全ての財を……宝具を所有していた。
宝具の原型をといった方が正しいが。
そんな彼が唯一持つ……彼だけの宝具。
絶対の一。
その真名は……
「
それは全てを引き裂いた。
荒野も。
突き刺さった剣も。
紅い空も。
固有結界全てを……。
そしてその一撃は、世界を引き裂くだけで、とどまる攻撃ではなく……
二人であり……一人で
牙を剥く……。
「ぐっ!」
その攻撃を回避する術がなかった。
全力で走っていた時に行われた攻撃であるが故に、どうにもすることが出来ず、アーチャーにはただ一つしか行動することが出来なかった。
「
アーチャーが持つ最強の防具。
花弁の様な七枚の光の盾が……彼の眼前へと展開された。
二人を……一人で
それは一枚の花弁が、城壁に匹敵するほどの堅牢さを秘めていた。
だがそれも……相手の攻撃が悪すぎた。
「ぐっ」
展開を終えて、瞬時に数枚の花弁が破壊される。
元の洞窟に戻った暗い中で花弁と攻撃が……力がぶつかり合う衝撃と光が、辺りを照らしていた。
次々に破壊されていく花弁を……アーチャーの後ろ姿を見つめた。
力と力がぶつかり合う衝撃と暴風が吹き荒れる中で……彼を見つめた。
固有結界を唯の一撃で破壊しただけで飽きたらず、今なお牙を剥く敵の攻撃を前にしてなお、平然と立ち向かっている、アーチャーの背中を。
赤い外套をはためかせて、力の風に圧されることもなく……立っている。
その背中を見て……士郎の中の何かが弾けた。
「……―――るな」
ぼそりとそう呟くと同時に……体の中に力を感じた。
ドロドロとして、醜く、香りがあれば臭うであろう……
そしてそれが士郎を前へと進ませる。
視界が燃えるようだった。
体にありったけの力を注ぎ込んで……その力の全てを右手へと集約し……
それを投影した。
士郎が今見た盾を解析し投影した……四枚の花弁。
それはまごうことなく盾として、二人を守った。
完全に破壊されかけていた、アーチャーの『
「貴様……」
破壊されかかっていた『
固有結界に『
もう弓矢を投影することすらも叶わないだろう。
故にアーチャーはただ見ていることしか叶わなかった。
己の前へと進んでいく……
まずい……
だが、それもすぐに終わりが来ようとしていた。
未熟な士郎が投影した盾は、アーチャーの『
故に、固有結界を切り裂き、更に『
だが、次の瞬間……アーチャーは真に瞠目した。
まだだ!
ただその一念だけだった。
まだ、終われない!
やるべきことがある。
やらなければいけないことがある。
どうしても……伝えなければいけない想いがある。
ようやく固まったその強固な意志が……士郎を……
そしてその意志に呼応するように……士郎の中で渦巻く何かが……
士郎へと力を注いでいく。
これじゃダメだ!
咄嗟に投影した、アーチャーの『
これではまだ無理だった。
まだ足りなかった。
この攻撃を防ぐには力が足りなかった。
だが、止まってはいけないという想いと、伝えなければいけないという想いが……
一つの奇跡を生み出した。
「ふざけるな!」
吠えた。
負けないように。
負けないために。
そしてその渾身の想いを、目の前の……自らを先へと進ませてくれる盾へと注いだ。
蠢く感情が……蠢く力が……。
花を咲かせる。
「
吠えた。
その慟哭にも似た叫びに応じて……四枚の盾にさらに、一枚の花弁が追加される。
それは先ほどまでの光の花弁と異なる……全てを呑み込むような黒き花弁だった。
四枚の光の花弁に、一枚の黒き花弁の花。
まるで、桜の花のようだった。
しかしそれは美しさとは無縁な、醜悪で醜い花だった。
そして驚くべき事に……その黒き花弁が、全ての攻撃をはじき飛ばした。
「何?」
これにはさすがにギルガメッシュも眉をひそめた。
自身の最大にして最強の攻撃である『
そして、その一撃もすでに放出の限界が近づき、やがて止まった。
最後まで、その黒き花弁はこの場にあり続けた。
力を減退させられたとはいえ、『
辺りが静けさを取り戻すかに見えたその時……猛然と走り出す足音が響いた。
「うおぉぉぉぉぉ!」
士郎が、自らの黒き花弁を突き破って、ギルガメッシュへと詰め寄った。
そして走り出したと同時に……士郎は……
投影を始めていた。
『■■の剣■■■■……』
ただ自らの想いを形にする。
『血潮■鉄■、■を■■……』
自らの覚悟を形にする。
『幾たびの戦場を越えて■■……』
それは醜く、暗い感情の体現とも言えた。
『ただの一度も■■■……』
だが、それは誰もが持っている感情。
『ただの一度も■■■■……』
必要であり、無用でもある……そんな感情。
『■は■■の■■剣……』
ある意味で人間を人間たらしめている感情なのかも知れない。
『■の■と■■を■に、■■の剣を■■■……』
その感情が……今士郎が抱いている想いがどうなるかはわからない。
『故■その生涯■、■■剣■■■にあり……』
士郎が正義の味方をやめたように、変わってしまうかも知れない。
『その■はきっと……』
だが……それでも士郎は前へと進んだ。
『■い■■■で出来ていた……』
その想いを形にして……。
両手に手にした、形になったそれを……士郎は眼前に立った男へと突き立てた。
突き刺したその何かが、ギルガメッシュの背後に突きだした。
それはかろうじて剣とわかるものだった。
色も形も明確に定まっておらず、見ているだけで醜悪と感じられる物だった。
だが……それは強固だった。
強く、強く……
力強い決意が、確かにあった。
「お前の言うとおり、俺は偽物なのかもしれない」
養父に命を救われて、その姿に憧れた。
自分もそうなりたいと願った。
それが唯一の感情だった。
自分が今まで掲げてきた理想は……借りた物。
すなわち自分が描いた想いではなかったのかもしれない。
ただ一人だけが生き残った事実があった。
この身は誰かのために使わなければならないのだと、脅迫観念に突き動かされていた。
破綻していると気がつくこともなく、走り続けていた。
誰もが幸福であって欲しいと……そんなおとぎ話の様な物を信じていた。
だが……今ならばわかる。
自分の理想を捨ててまで抱いた想いがあった。
その想いだけは……
「桜にいて欲しいと……俺の隣にいて欲しいと思う気持ちは……。これだけは絶対に、本物だ!」
吠えた。
この場にいない誰かに届くようにと……。
今からそれを伝えに行くと、気持ちを固めるように……。
その言葉を聞いて……ギルガメッシュは再び嘲笑った。
「本物だと? この程度の覚悟で?」
胸を貫かれてもなお、その声は明瞭に辺りの空気を震わせた。
腰だめに構えた剣で突き刺した体勢であったため、士郎にギルガメッシュの顔を見ることは出来なかった。
だが、何故か剣を手放してギルガメッシュの顔を見ることは出来なかった。
まだ顔を上げるべきではないと……魂がそう訴えかけているようだった。
「本物とは、すべからく他者を引きつけ魅了し……導く物であることだ。この程度の物で本物などと……よくぞ言えたものよ」
そこまで言われて、ようやく士郎は剣を引き抜き……一歩下がって敵を……
英雄王と相対した。
戦いではなく、向き合う者として……。
一切眼を逸らすことなく、士郎はギルガメッシュと相対した。
「貴様のその本物と宣うそれが、見る者を魅了し、導くと……そう言うのだな? 小僧」
「……あぁ」
逸らすことは許さないといっている相手の目を、逸らすつもりなど毛頭ない士郎が、にらみ返した。
しばし二人はにらみ合っていたが……やがてギルガメッシュが見下すように顔を上げ、道を空けた。
「ならば行くがいい、小僧。貴様があの小娘をどう諭すのか……見物というものよ」
そう言って再び小さく笑った。
士郎はギルガメッシュには目もくれず……背後のアーチャーへと声をかける。
「……大丈夫か、アーチャー?」
「……貴様に心配をされるとは、私も焼きが回ったらしい。大部分の魔力を消費したので何も出来ないだろう。私はここで一度休むとしよう」
そう言い終えると、士郎の返事を待たずにアーチャーは姿を消した。
そのアーチャーの態度に内心で毒づきながら、士郎は先へと走り出した。
ギルガメッシュもそんな士郎を見送ることは、当然することはなかった。
くはっ。なんとまぁ……醜い小僧よ
士郎が走り去ってしばらくして、ギルガメッシュは苦笑した。
いや、あの小娘の相方と思えば……似合っているのかもしれないのか?
自らを喰らって、雑種でありながら使役しようとしてきた小娘。
黒き聖杯に適合してしまったために、羽化しようとしていた小娘。
その小娘に呑み込まれてしまったギルガメッシュは見てしまったのだ。
知ってしまったのだ……。
小娘が本当に望んでいることを……。
その想いを見た後にギルガメッシュは思ったのだ。
思ってしまったのだ。
……友よ……
無塵へと消えて行く中で、ギルガメッシュは唯一の友のことを思い出していた。
神の手によって作られ、地上へと送り込まれた泥人形。
最初こそ知性もなく、言葉も知らなかった野の獣と何ら変わらなかった存在だった。
だがそれが一人の女性と出会い、やがて容姿と知恵と理性を手に入れた。
その後、暴政の限りを尽くしていた一人の男と出会い……対峙した。
互いに全てを出し切った、互いに全てをぶつけ合った。
天と地が裂けるのではないかという、死闘があった。
そして二人は互いの全てを理解した。
死闘の末に互いを認め合い、二人は無二の親友となった。
彼はギルガメッシュのことを誰よりも理解していた。
ギルガメッシュも、誰よりも彼のことを理解していた。
二人は冒険をした。
苦楽をともに分かち合って。
その泥人形は、ギルガメッシュのことを本当に理解していた。
故に、世界の終わりまでそばにいることを誓った。
だがその誓いは程なくして破られ、二人は引き裂かれてしまった。
泥人形でありながら、人でありたいと……神に忠告されても人の振りをしていた友。
忠告を聞かないこと、また命を背いていたこともあり、彼は土塊へと還されてしまった。
人の身でないとわかっていながら、人でありたいと願い続けて、最後には土塊へと還されてしまった。
その様は……まさに『道化』であった。
友よ……我も演じられただろうか?
小娘の願いを知り、さらに手駒にされようとした時に思ったことは、まさに己が『道化』にならされようとしているという事だった。
何も見ようともせず、ただひたすらに自分の欲望のままに行いをする桜を見て……その結末を彩る存在へと、成ろうとしていた。
故に彼はその役目に甘んじた。
人の身でありながら、人でなかった存在が……再び『人』になろうとしている、その愚かな振る舞いを……
懐かしく感じながら……
『道化』として……
暗い洞窟の天井を見上げて……ギルガメッシュは静かに目を閉じた。
やがて黒と金の粒子は、霞へと……消えていった。
堕天を包む黒き花弁《ファーレン・デマ・メラン・ペタロ》
ぶっちゃけ、単語をギリシャ語に変換した物をつなぎ合わせただけです
文法もくそもあったもんじゃないw
漢字は百歩譲っていいとして・・・・・ギリシャ語の方はださいと言われても反論できません
いいアイディアあったら、くださいw
次回はこの小説のオリジナル要素がようやく登場!
楽しみにしてくれたらうれしいです