月夜に閃く二振りの野太刀   作:刀馬鹿

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短め7700字数程度
賛否両論かもしれませんが……楽しんでくれたら






姉妹と黒い影

巨大な黒い影が、迫った。

遠坂凜という、小さな小さな獲物を逃がすまいと、両手を広げてその体で押し潰さんと、襲いかかってくる。

 

Eins,zwei,RandVerschwinden――――(解放、斬撃)!」

 

だが、凜がそれをさせなかった。

手にした歪な形の剣を振り抜き、輝く閃きが巨人を一刀の元に斬り捨てる。

すでに六体が、その閃きによって無に還されていた。

 

「へぇ―――」

 

その驚きの声は、間桐桜だった。

しかしそれも当然の反応だった。

黒い巨人は一体一体がサーヴァントの宝具と同等の存在であると言っていい。

故に、巨人は凜にとって一体であろうと、死を体現している存在である。

それをすでに六体無効化している。

それも悉くが一撃で消滅させられている。

更に今、崖を駆け上がりながら……

 

「!!!!」

 

短い呼気とともに振るった一撃で、七体目の巨人をかき消した。

 

「―――Es erzahlt―――Mein Schatten nimmt Sie(声は遠くに私の足は緑を覆う)

 

「しつこい! Gebuhr, zweihaunder…………(次、接続)!」

 

宝石の剣が、光を閃かせる。

無色の刀身が七色に……虹色に輝いてその剣身から桁外れの魔力を放出し……

 

Es last frei. Eilesalve――――(解放、一斉射撃)!」

 

大空洞を、まばゆいばかりの黄金で照らし上げた。

 

 

侵入を拒んでいる巨人の影を一掃して、凜は崖を駆け上がっていき、上へとたどり着いた。

眼前にいるのは間桐桜。

黒い少女は愕然としながら、自らと同じ場所まで上ってきた姉を見つめた。

自らと同じ高さに上ってきた相手を見つめながら、桜はそれでもつまらなさそうに見つめていた。

 

「へぇ……見た目はそんなに良くもないのに……。さすがは遠坂先輩といったところなんでしょうか?」

 

その呟きに呼応して、無数の影が立ち上がった。

数はまさに無限であり、無尽蔵だった。

たった一人……。

もはや邪神に成ろうとしている桜から見れば、ちっぽけな存在である凜に対して、過剰な力と言っていいだろう。

 

「あらま、すごい大盤振る舞いだこと。協会の人間が見たら倒れるわよ? これだけの貯蔵量を見たら、百年は一部門を永続させられるって」

「それを切り伏せている姉さんはなんなんですか? わたしが引き出せる魔力は姉さんの何千倍にもなっているのに。姉さんには一人だって、影を消すことなんて出来ないはずなのに?」

 

不思議そうにしながらも、その表情に曇りも焦りもない。

何故か余裕を崩さない桜に疑問を抱きつつも、凜は問答に応える。

 

「純粋な力勝負をしているのが、見てもわからないの? 呪いの解呪なんて私できないわよ? 影を作ってるあなたの魔力を、私の魔力で打ち消しているだけなんだけど?」

「それがありえないはずなんですけど? 姉さんがそんなに膨大な魔力を持っているはずがない。なのに……さっきから放っている光。あれはまるで」

 

セイバーの『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』ようだと……桜は疑問を浮かべた。

 

「その剣が原因なのはわかるのですけど……。セイバーの宝具をまねた限定武装?」

「え、ちょっとあんた……わからないの? 一体今まで何を習ってきたの、桜?」

 

さすがに今の侮辱とも取れる言葉には感じるところがあったのか、桜は不愉快そうに顔を歪ませた。

 

「けれど説明が付かない……」

「説明も何もないでしょう? コピーでもないし、影殺しの剣でもないわ。これはね、遠坂家に伝わる宝石剣……ゼルレッチっていうのよ」

「ゼルレッチ?」

 

本当に知らないのか、桜はゼルレッチの単語を、ただ言うことしかできなかった。

そんな桜の様子にばかばかしくなったのか、凜は一つ溜め息を吐いた。

 

「まぁ……要はあんたの天敵。今のあんたは魂を永久機関として魔力を生み出すことができる第三魔法の出来損ない。そして私は……無限に列なる並行世界を旅する、爺さんの模造品の第二魔法の泥棒猫よ!」

 

そう言い放つとともに、宝石剣を閃かせる。

その軌跡をなぞるように光が放たれて、間桐桜を守る影を切断した。

それは確かに魔力同士の単純な力のぶつかり合い。

今の凜には、確かに間桐桜に匹敵するだけの魔力の貯蔵があった……ように思えた。

 

「……へぇ」

「近づくまでもないってことね。こっちはこんな形をしているけど飛び道具。引きこもっているあんたを、引っ張り出せるまで斬り続けてもいいんだけど……そんなことしたらその前にこの洞窟が崩れるかも知れないわね」

「斬り続ける? そんなことできるわけがない。姉さんにはこれっぽっちも魔力がない。その剣がなんなのかはわからないけど、もう次の攻撃が出来るなんて事が……」

「そう思うならそう思っていればいいわ。いいからかかってきなさい。あんたが何をしても私には届かないわよ。荒療治になっちゃうけど……まぁ、ちょっと強くなったからって、ワガママし放題のあんたにはちょうどいいかもしれないわね!」

 

さすがにここまで侮辱されては不快感が募ったのか、桜が顔を歪ませて詠唱する。

 

Es befiehlt―――Mein Atem schliest alles……(声は遙かに私の檻は世界を縮る)!」

Eins,zwei,RandVerschwinden(接続、解放、大斬撃)――――!」

 

目の前の光景が理解できなった。

ただがむしゃらに影達を使役して敵へと向かわせる。

その影を……その剣は問答無用で斬り捨てていった。

間桐桜は純粋に疑問に思い、剣だけに意識が傾いていた。

故に凜の額の汗に気がつかなかった。

一度剣を閃かせるたびに筋肉が切断されていく、宝石剣の代償。

 

貯蔵に関しては負けないだろうけど……私の体がどこまで持つかしらね!

 

迫り来る影を、光の閃きが両断していく。

この状況だけを鑑みれば、両者の力は拮抗しているように見える。

だが二人の力は互角ではなかった。

凜と桜。

この二人の戦力差はまったく変わっていなかった。

間桐桜の魔力貯蔵量はもはや無尽蔵にも等しい。

一生かけても使い切れないだけの魔力は正味無限といって何ら差し支えない。

 

「どうして? 私は誰よりも強くなったのに? 誰にも叱られることもないのに? どうしてそんな都合よく、私に迫ってこれるんですか?」

「だからあんたはバカなのよ! 出鱈目に貯蔵している魔力があっても、それを使うのは術者であるあんた自身。どんなに膨大な水があっても、はき出す蛇口が大きくなければ外に出せる量は変わらない。あんたの……間桐桜の魔術回路の瞬間最大放出量はせいぜいこの程度って事よ。だからどんなに魔力があっても、瞬間最大火力は、私と変わらないわよ! だから私が一度に使う量はせいぜいその程度でいい。それだけあっても使えないのなら、宝の持ち腐れ!」

 

その言葉を証明するように、光がまた閃いた。

同じだけの魔力量の影と、同じだけの魔力量の光ならば、確かに拮抗し対消滅するだろう。

だが、本来凜の魔力貯蔵量はこんなにあるわけがない。

ないはずの膨大な魔力を一瞬にして閃かせる矛盾を生み出しているのは……当然凜が持つ宝石剣にあった。

凜の魔力を増幅している訳ではなく、この大空洞に満ちている魔力(マナ)を集めて、宝石剣に載せて放っているだけなのだ。

人の持つ魔力(オド)と、大気に満ちる自然の魔力(マナ)

どちらが強大かなど、考えるまでもないだろう。

だが、大気に満ちる自然の魔力(マナ)とて無尽蔵にあるわけではない。

ましてや今の状況……この閉鎖空間である大空洞の内部の魔力(マナ)であればそれはなおさらと言えた。

故に、仮に大空洞に満ちる魔力(マナ)を利用しても一度しか、凜は桜の巨人の影を斬り捨てることは出来ない。

 

だが……もしも……

 

ここだけではない、もう一つの大空洞の魔力(マナ)を使うことが出来れば、もう一度影を斬り捨てることが出来る。

 

それが、もう一つ……さらにもう一つ……

 

その『もしも』という仮定を現実化させることが可能であれば……。

 

 

 

並行世界。

 

 

 

合わせ鏡のように列なる『ここと同じ場所』に繋がる穴を開けて、そこからまだ使っていない『大空洞の魔力(マナ)』を引き出すことが出来れば……今の凜の攻撃回数に説明が付く。

 

「この感じ……聖杯と同じ歪み……。まさか姉さん……」

「ようやく気付いた。よそから魔力を引っ張ってきているのは、あんただけじゃないってことよ。けど一緒にしないで欲しいわね? 私のはそんな無駄に増えたわけじゃない。あくまで並行する大空洞から魔力(マナ)を拝借しているだけ。合わせ鏡に映った、無限の並行世界から斬るのに必要なだけの力を集めて……斬ってるだけよ!」

 

大聖杯と繋がる……膨大な魔力貯蔵庫を持つ桜が息を呑んだ。

 

「そんな出鱈目が……」

「わかったかしら? あんたが無尽蔵なら、こっちは無制限なのよ!」

 

宝石剣ゼルレッチ。

無限に列なるとされる、並行世界に路をつなげる『奇跡』。

この剣の能力はそれだけだった。

僅かな隙間……人など通ることなど出来ない、僅かな穴を開けて隣り合う『違う可能性の世界』を覗く礼装。

魔力を増幅する機能はなく、一度振るうたびに魔力を生み出す力も持ち得ない。

だがそれで十分だった。

今凜がいるこの大空洞の魔力(マナ)を使い切ったならば、隣り合った並行世界の大空洞から、まだ使われていない魔力(マナ)を持ってくればいいのだ。

それも使ったのならばその次の世界を。

それを繰り返していく。

並行世界に果てはなく、合わせ鏡と同じように、可能性は無限にあった。

故に制限は無い。

 

故に拮抗する。

 

魔術回路の性能が……最大瞬間火力が互角であるのならば、そこに矛盾は生じ得ない!

 

凜は走って、剣を閃かせてさらに桜との距離を詰めていく。

しかし突然に影が止まった。

ようやく敵の正体が理解した事による停止なのか……

 

はたまた別の何かか?

 

桜は顔をより一層歪ませながら、悠然と佇んでいる凜を……姉を睨み付ける。

 

「どれだけ影をけしかけても無駄よ桜。あなたが手に入れた力なんてその程度のものよ。これで少しは頭が冷えたかしら?」

「………ふざけないでください。不公平ですこんなこと。どうして……姉さんばっかり」

 

数拍の間をあけて……桜は凜に対してそう答えた。

その間に違和感を覚えながらも、凜は前へと進む。

当然だが、宝石剣が無制限に魔力(マナ)を供給できたとしても、一撃振るうたびにその代償が凜の体に傷を与えていく。

確かに魔力(マナ)は無制限かも知れないが、その魔力(マナ)を凜が無制限に放てるわけではない。

さらに迫り来る影を斬り捨てる度に、感じる痛みに歯を食いしばって耐えながら、凜は宝石剣を振り続けて……前へと進んだ。

その間も……無意味な……

 

 

 

本当に無意味な(・・・・・・・)慟哭にも似た桜の叫び声が、辺りを響かせた。

 

 

 

長い……長い間鬱積していた……唯一の肉親に対する恨み言。

 

 

 

「わたしは姉さんが羨ましかった。遠坂の家に残って……いつだって輝いていた。苦労なんて何一つ知らずに育った、遠坂凜が妬ましかった。恨めしかった。だから勝ちたかった。 一度でいい……たった一回でいいから、姉さんにすごいって褒めて欲しかった」

 

 

 

「……」

 

凜はその叫びに答えることなく、ただ迫り来る影を斬り捨てる。

妹の……桜の心の内を見続ける。

 

「私は違った。同じ姉妹で同じ家に生まれたはずなのに……私には何もなかった。虫蔵に押し込まれて、毎日毎日オモチャみたいに扱われた。人間らしい暮らしもなくて……優しい言葉なんて聞いたこともなかった」

 

「毎日死んでしまうかもしれなかった。死にたくなって鏡を見るのも毎日だった。でも、死ぬのも怖くて……一人で消えていくなんて嫌だった。だって私にはお姉さんがいるって聞いてたから。私は遠坂の子だから、お姉さんが助けに来てくれるんだって……ずっと信じていた。なのに……」

 

その憎悪に満ちた声は……果たして誰に向けられた物なのか?

 

「なのに姉さんは来なかった。私の事なんて知らないで、いつも綺麗に笑ってた。惨めなわたしのことなんて気にしないで、遠坂の家で幸せに暮らしていた。どうして? なんで? 同じ姉妹で同じ人間なのに……どうして姉さんだけがずっと笑っていられたんですか?」

 

その怨嗟の声は、姉である凜に向けられた物ではなく……

 

 

 

世界と己自身に向けられた……出口のない懇願だった(・・・)

 

 

 

「人間を辞めた? 当然じゃない。私はもうずっと前から、人間扱いなんてされてなかったんだから。目も髪の色も、姉さんとは変わってしまった。細胞の隅々まで、マキリに染められてしまった」

 

「十一年……十一年です。マキリの教えは鍛錬なんて言えたものじゃない。あの人達は、私の頭の良さなんて気にもしていなかった。体に直接刻んで、魔術を使うためだけの道具に仕立て上げられた。苦痛を与えれば与えるだけ、いい道具になるって笑ってた」

 

「食事にも毒を盛られた。ご飯を食べることも怖くて、痛い物でしかなくなった。虫蔵に放り込まれれば……息を吸うことさえも、お爺様の許可が必要だった」

 

鳴いていた。

 

泣いていた。

 

泣いて縋っている少女()を、凜はただ口を閉じて斬り捨てた。

 

「狂ってた。でも懇願すれば懇願するだけ、あの人達は私の体を喜んでいじり回した。だからただ黙っているしかなかった。耐えるしかなかった。私に出来ることはただ、こうやって自分の痛みをぶつけることだけだった」

 

「けど……それは私のせいなんですか? 私をこういう風にしたのはお爺様で、間桐に売り渡したお父さんで……助けに来てくれなかった、姉さんのせいじゃない。私だってこんな化け物になりたかった訳じゃない。みんなが私を追い詰めるから……こうなるしかなかった」

 

虐げられた痛み。

 

誰も頼ることが出来なかった苦しみ。

 

それを……

 

 

 

「……へえ? それで……だからどうしたの?」

 

 

 

かわいそうだったね……と。

 

つらかったね……と。

 

凜は一切慰めの言葉をかけなかった。

 

 

 

「そう言うこともあるんじゃない? 泣き言を言ったところで今更変わる訳じゃないし、化け物になってしまったのも事実でしょ? それに……今は痛みなんてないんでしょう?」

 

 

 

冷酷に、冷徹に……凜はその事実を口にした。

自らの叫びを否定された。

怪物となった……なってしまった自らを肯定された。

 

そうなったのはお前が弱かったのが原因であると。

 

いつも、いつだって……潔癖で完全であった姉が、誤魔化すことなく、誤魔化すことの出来ない真実を口にする。

 

「姉さん……。あなたがそんな人だから……」

 

影が沸き踊った。

絶望と呪いを具現化した影が、凜へと躍り込む。

 

「私からも一つ言わせてもらうわ。苦しいと思ったこと、私はなかった。たいていのことはさらっと受け流せた。どんなこともたいていうまくこなせたわ。だからあんたみたいに追い込まれなかったし、追い込まれている人間の悩みなんて興味もないわ」

 

「そういう性格なのよ。あんまり他人の痛みがわからない。だから正直に言っちゃうとね桜。あんたがどんなに辛い思いをして、どんなにひどい毎日を送っていたのかはわからない。悪いけど……理解しようとも思ってないわ」

 

簡潔にして明瞭な言葉だった。

嘘を決してついていなかった。

苦しみを訴えてきた妹に対して、事実だけを口にした。

 

「けどね桜……。そんな無神経って思える人間でも……私は自分が恵まれているなんて、思ったことはないわ」

 

事実だからこそまっすぐに……。

精一杯の気持ちを込めて、間桐桜という妹を見つめた。

 

「?」

 

理解が出来なかった。

今、あの姉はなんといったのかが。

 

「……そんなことをいうんですね」

 

ふざけているとしか思えない言葉だった。

 

「恵まれていない? 姉さんが?」

 

一度も振り返ることもしなかったのに。

輝かしい才能と幸福を振りかざして生きてきたくせに。

 

「よくも、そんなことを……」

 

持っていて欲しかった……それすらも持っていなかった。

 

だから彼女は……桜は決断した。

 

 

 

あの女を……許さないと。

 

 

 

そう思った。

 

そう……思っていた(・・・・・)

 

だが……凜はここにいたってようやく、違和感に気がついた。

 

 

 

……桜?

 

 

 

今の言葉はかなり辛辣であるといって良かった。

 

何せ救いの手を求めて伸ばされた手を、払ったに等しかったのだから。

 

にも関わらず、桜に変化はない。

 

むしろ何か……時間を稼いでいる様な……

 

 

 

何かを待っているかのような……

 

 

 

そんな空白と独白だった。

 

悲鳴と怨嗟の叫びも……まるで自らの心の中を整理しているかのような……

 

 

 

そんな気がしてしまった。

 

 

 

そのときになって、凜はようやく先延ばしにし続けていた決意を固めた。

 

とっくの昔に固めていなければいけなかった……固めていたはずだった一つの意思。

 

士郎を待っていたのだが、それも限界になってしまった。

 

だから彼女は……

 

 

 

「桜」

 

 

 

本当に何気なく名前を呼んだと言うように……凜が桜の名前を呼んだ。

 

そして呼ぶと同時に……宝石剣を投げた。

 

最大の得物である、宝石剣ゼルレッチを。

 

まるでキャッチボールをするとでもいうように。

 

そして……言葉を紡いだ。

 

 

 

「――――Welt Ende(事象、崩壊)

 

 

 

その呪文とともに、辺りが光に包まれる。

 

人の手では届かない奇跡を体現した宝石の剣が、崩壊の力で辺り一面を照らして、全ての影を打ち消した。

 

そして走った。

 

一直線に……間桐桜へと向かって。

 

桜は突然の閃光にひるんでいた。

 

いかに強大な力を持っていても、桜は戦闘に置いては素人だ。

 

故に、この絶対の隙を凜が見逃すこともなく、倒すことが……殺すことは簡単だった。

 

あっさりと間合いを詰めて、凜は背中に隠していたもう一つの短剣を握りしめた。

 

桜が走ってくる凜に気付いたが……すでに遅かった。

 

確実に殺せた。

 

これで全てを終わらせると……凜は短剣を突き出そうとした……。

 

だが……その瞬間……

 

 

 

間近に桜の顔を見て……自らの敗北を悟った。

 

 

 

 

 

 

はぁ……バカだな私……

 

 

 

 

 

 

そう、最初から敗北が決まっていたのだ。

 

 

 

()に、桜を殺すことは出来ないと……当たり前のように感じてしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

私も士郎のこと言えな―――!?

 

 

 

 

 

 

人のことは言えないと……。

 

自らも桜のことが大事で大好きでどうしようもないのだと、改めて認識した……。

 

そう感じたその瞬間に凜は見た……。

 

 

 

桜がその呆けた顔に……実に狂喜じみた笑みを浮かべた事に。

 

 

 

本当に嬉しそうに、本当に狂おしいように……。

 

 

 

その視線はもう凜を見つめていなかった。

 

 

 

凜の背後……。

 

 

 

凜の顔など見えていないと……その先の何かに目を向けていると気付いたそのとき……

 

 

 

 

 

 

!!!!

 

 

 

 

 

 

己の体に灼熱が走った。

 

 

 

「……え?」

 

後一歩。

 

たった一歩だった。

 

だがその一歩は踏み出されることなく……凜は自らの体が力を失ったことに気がつき……

 

遅れて自分が地面に倒れたことを知った。

 

 

 

一体……何が……

 

 

 

薄れ行く意識の中、必死になってうつぶせになった己の頭を動かして、自らの背後へと目を向ける。

 

 

 

「あぁ……先輩。やっと……来てくれた」

 

 

 

恍惚とした声を上げながら、倒れた凜に目もくれずに、桜は背後の存在へと歩み寄って愛おしそうに、その存在に抱きついた。

 

 

 

 

凜が何とか目を向けたその視線の先にいたのは……

 

 

 

 

 

 

無造作に下ろされた白き髪。

 

浅黒い肌。

 

体を覆う衣服は、黒き外套。

 

そして唯一覗かせる肌には……

 

 

 

首から伸びた赤黒い、脈動する紋様が浮かんだ青年が……

 

 

 

 

 

 

エミヤシロウがそこにいた。

 

 

 

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