月夜に閃く二振りの野太刀   作:刀馬鹿

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タイトル入れ忘れましたw
内容に変化はないのでw


対峙 士

走った。

燃えるように熱くなっている左の頬の痛みすら気付かないほど……ひたすら懸命になって。

さきほどのギルガメッシュとの戦闘で、大量の魔力を消費したはずなのに、自らの体は思い通りに動いてくれた。

その自分の体の異常さに気付くこともなく、士郎はただ走った。

そして……今までも十分に広かった空間が、さらに広がりもはや地の底であることを忘れてしまいそうになるほど広大な空間に躍り出る。

そしてそこに……黒い太陽がそびえていた。

 

十年前に見た、恐怖の象徴。

 

子供ながらにわかっていた、触れてはいけない物。

 

そして思い出す。

 

十年前の地獄の光景を。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

士郎は咄嗟に自らの口に手をやって、吐きそうになる胃液を強引に呑み込んだ。

呑まれてはいけない。

呑まれるわけにはいかない。

まだしなければいけないことが終えていない。

だから士郎は吐き気を呑み込み、何とか前へと進んだ。

そして崖の上……そこに、自分が求めていた人がいることに気が付いた。

 

桜!

 

大事な存在を見つけて、士郎は更に力を込めて走り出した。

崖を一息に登るかのように。

疲労もしている。

魔力も大部分を消費した。

にも関わらず士郎の足は、今まででもっとも速く動いたといって良かった。

だが……途中で気がついた。

 

何故自分よりも先に向かったはずの凜の姿が見えないのか?

 

そして更に気がついた。

崖を登った先にいる、自分にとって大切な人。

生き方を変えてでも……養父との大事な約束を破り、己自身さえも裏切ってなお、そばにいて欲しいと願ったその人が……

 

見知らぬ誰かに抱きついている事に……。

 

大聖杯という、巨大な魔法陣を腹に収めた巨大な岩。

その岩より吹き出ている黒い巨大な炎の柱が醜くて、その人物が誰か見ることは叶わなかった。

そして崖を登り切ったことで……その人物をようやく見ることが出来た。

 

なっ!?

 

その人物……桜が愛おしそうに抱きついている人物を見て、士郎は絶句した。

そこにいた人物は、紛れもない自分だったのだから。

髪の色も、肌の色も違った。

身に着けた衣服も当然、見たこともない物だった。

なのに何故かわからないが……その人物は紛れもない自分であると……。

 

わかってしまった。

 

 

 

「あは。来たんですか? 先輩?」

 

 

 

崖を登り切り、あり得ない人物との遭遇に愕然としている士郎に、桜がそう笑いかけた。

その笑みは自分に向けられているはずなのに……笑っているはずなのに。

その笑みには何の感情も込められていなかった。

 

「桜……」

「嬉しいです。逃げてしまったんじゃないかって心配してました」

 

 

 

――誰だ?

 

 

 

もう一人の自分にも驚愕したが……桜の笑い方には、士郎の背筋が凍った。

「別人」だった。

あまりにも変わり果ててしまった、その笑みを見て。

言おうと思っていた言葉も、言わなければいけない言葉も……。

全てが消し飛んでしまった。

そしてさらに気付いた。

気付いてしまった。

 

桜ともう一人の自分の先に……見知った人物が倒れていることに。

 

「遠坂!?」

 

倒れているのは、自分よりも先にここに来ていた凜だった。

少し距離があること、また黒い太陽の光も普通の光源ではないため明瞭に姿を見ることが出来なかった。

しかし遠目に見てもわかった。

 

赤い液体が……凜の体から流れていることに。

 

 

 

そしてそれと同じであろう赤い液体が……目の前に立っているもう一人の自分が握っている剣に、したたっていることに。

 

 

 

「桜……遠坂に何――」

「もう私の言うとおりにならない先輩なんていらないんです。今の私のそばには、こうして私のことだけを考えてくれる先輩がいるんです」

 

士郎の言葉を遮った様に、桜は言葉を続けた。

いや……もしかしたら遮った訳ではないのかも知れない。

夢を見ているように……桜は士郎のことを認識していながら、士郎のことを見ていないようだった。

ただ夢に出てきた人に話しかけるように……桜は更に言葉を紡いでいく。

 

「私を見てくれなかった……必要としてくれなかった先輩なんていらない。私にひどいことをした世界なんていらない。私は先輩と二人で……生きていくんです」

 

にっこりと……。

本当に嬉しそうに笑いかけてくる笑みは、本当に美しかった。

その喜びの感情と、美しさが……空恐ろしい物に感じてしまった。

先ほどまで感じていた、熱いくらいの痛みが消えていた。

周りはアンリマユが誕生しようとしている余波で、こんなにも熱いというのに。

 

士郎の体は凍えてしまうほどに寒かった。

 

 

 

誰だ!?

 

 

 

目の前にいる大切なはずの人がわからなかった。

 

もう一人の自分に、愛おしそうに抱きついていることも。

 

姉であるはずの凜が刺されて倒れたというのに……そんなことなど気付いていないというように……桜はもう一人の自分に抱きついている。

 

 

 

「でもおかしいな? 私のそばに先輩はいるのに……もう一人先輩が私の目の前にいる?」

 

 

 

「そいつは俺じゃない。別の知らない誰かだ」

 

 

 

初めて、もう一人の自分が口を開いた。

 

ずっと聞いていたはずの自分の声だと、何故かわかった。

 

だがどうしてか……聞き慣れているはずの自分の声とは……

 

 

 

とても思えなかった。

 

 

 

とてつもなく冷え切った……冷えた刃物のように、その言葉は冷えていて、鋭かった。

 

 

 

「なあんだ。なら別にこんな人、どうなってもいいですよね?」

 

「もちろんだ」

 

「なら……消えてください。先輩」

 

 

 

自分のことを認識してくれているのか?

 

認識していないのか?

 

 

 

それとも……本当に自分のことを、必要となくしてしまったのか?

 

 

 

呆然と、突っ立っていた士郎のすぐ眼前に、一瞬にして間合いを詰めたもう一人の自分が……エミヤシロウが剣を振りかぶっていた。

 

 

 

――あ

 

 

 

あまりにも間抜けだった。

 

するべき事をしに来たはずなのに。

 

しなければいけないことをしに来たはずなのに。

 

何も出来ずに終わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「ったく。本当に世話が焼けるな……お前()は」

 

 

 

 

 

 

そんな声が聞こえたと己が認識する前に、士郎は強引に後ろへと引っ張られた。

襟首を問答無用で捕まれて、そのまま背後に向かって全力で跳んで逃げる。

敵……エミヤシロウは突然の乱入者である男、刃夜を警戒してか、それ以上追ってくることはなかった。

 

「ぐっ、ごほっ」

 

襟首を無理矢理捕まれた状態で刃夜が跳び退ったため、士郎は首を絞められたかのように咳き込んでしまった。

その行為に対して、命を助けてもらいながらも思わず恨めしそうな目線を刃夜に向けて……士郎は驚いた。

 

刃夜が、実に厳しい表情で、敵を見ていたのだから。

 

 

 

一体……

 

 

 

それはどちらに対して向けた表情だったのか?

それを聞きたい衝動にかられる士郎だったが……その前に、刃夜が視線を僅かに動かして、倒れている凜を一瞥した。

だがすぐに視線を戻して……溜め息を吐いた。

 

「驚いた。よもやこんな事になって様とは……色々と予想だにしなかったな。まぁそれも反動って事なのかも知れないけど……それが君の望みかな? 桜ちゃん」

「えぇ。これが私が望んでいたことです。姉さんよりも強くなって、大事な先輩が私のそばにいてくれる。これ以上何を望むんですか?」

 

何故今更そんなことを問うてくるのか?

本当に不思議そうに桜は首を傾げていた。

その言葉と態度が……更に士郎の心を抉った。

 

大好きだと言っていた()が地面に倒れているにも関わらず。

 

互いに思いが通じたと思っていた桜が……そう言ったことに。

もう壊れてしまったのではないかと……。

自分は遅かったのではないかと……。

そう思った。

それが絶望となって、士郎の意思の力を弱くした。

思わず顔を下げようとした。

その瞬間……

 

「あ~~~~~はっはっはっはっはっは!」

 

この場には全くそぐわない、大きな笑い声が響いていた。

本当に快活に、本当に可笑しそうに。

笑っていた。

手にした超野太刀から手を離して、腹を抱えて笑っていた。

一瞬どうしたのかと、心配するほどに。

そんな声だったから、思わず士郎は顔を上げて刃夜に……自らよりも少し先にいる男へと、視線を投じた。

 

「いやはや全く……。認めたくないというか、認めてしまったというか……。ま、これが人間って物だよな。くっくっく」

 

ひとしきり笑い終えてようやく落ち着いたのか、刃夜は目尻に浮かんでしまった涙をぬぐいながら、そう言った。

笑われたことと、言われた言葉。

意味がわからなかったのか、桜はいぶかしげな瞳をしながら、刃夜に問いかけた。

 

「どういう意味ですか?」

「いやなに。まぁ欲望に忠実っていうか……同じ穴の狢というか。俺が桜ちゃんに惹かれていたのは、この感情故にって事に気付いただけだ」

「感情?」

 

刃夜の言葉に驚きながら、士郎は目を見開いた。

惹かれていたと言うこと。

それはつまり、女として桜を見ていたということなのだろう。

その意外な事実に、士郎が驚いていると、桜も同じようにクスリと笑った。

 

「えぇ、私もあなたのことは好きでしたよ? でも残念ですが、私には先輩がいましたから」

 

そう言いながら、桜はそばにいるエミヤシロウへと抱きついた。

本当に幸せそうに、嬉しそうに……。

その桜の笑顔が、更に士郎心を掻き毟る。

 

絶望と、嫉妬で。

 

そんな桜に対して、刃夜は大げさに肩をすくめただけだった。

 

 

 

「おや、残念だ。振られてしまった」

 

 

 

残念といいながら、全く残念そうにしていない様子だった。

というよりも最初から叶うはずがないのだから、それも当然といえば当然だった。

 

何せ刃夜には、この世界で止まるわけにはいかないのだから。

 

そうこれは時間与えているだけだった。

 

今のこの状況下……あと少しでこの世全ての悪(アンリ・マユ)が生まれてしまうかも知れない状況下で、刃夜は無謀にも時間を使っていた。

 

だが無駄に使ったわけではない。

 

無駄なはずがない。

 

この問答は、刃夜が自らの後ろにいる男に対して送る……

 

 

 

この世でもっとも貴重な、時間の無駄遣いだった。

 

 

 

刃夜?

 

何故今そんな問答をするのか?

そう考えた瞬間に、士郎はようやく理解した。

 

この問答は、誰のために行っているのかを。

 

士郎も十分に理解している。

今は一秒だって時間を無駄にしている場合ではないのだと。

はっきり言ってしまって……本当に何も気にしないのであれば、刃夜は今この場で持てる力全てを使って相手を……桜を無視して先へと進むだろう。

刃夜がすべき事は、桜への説得ではない。

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)の誕生を阻止するために、力を使うのが本来の役目。

 

だが、刃夜はその役割に向かわずに、ここにいた。

何故か?

 

それは、この場にいる人間のためにという理由に、他ならなかった。

 

刃夜は確かに約束したのだ。

自分の目的を優先するが、それでも士郎と桜のために力を貸すと。

だからこれは、先ほど決まった役割ではなく、己がすると約束したことを果たしに来たにすぎないのだ。

 

そう……刃夜はきちんと、あのとき約束を果たしに来たのだ。

 

 

 

では……士郎(自分)は?

 

 

 

それに気付いた瞬間に、士郎は己を殴りたくなった。

この場に刃夜がいると言うことは、驚くべき事にサーヴァントである小次郎に勝負を挑んで、勝ったと言うことになる。

同じ人間でありながら……超常の存在とも言えるサーヴァントに勝利したのだ。

それどころかこうして自分のことを助けに来てくれている。

先ほど命を救ってもらっただけでなく、こうして己が立つことを手伝ってくれた。

そして思い出した……

 

 

 

己が何を選択したのかを……

 

 

 

項垂れ、下に向けそうにしていた顔を上げて、立ち上がった。

 

何度も揺れ動いた。

 

それでも倒れなかった。

 

倒れるはずがなかった。

 

倒れる訳にはいかなかった。

 

多くの人の思いと願いを見捨てて、黒い太陽から逃げた。

 

それでも逃げることが出来ず、本当に綺麗な笑顔をした、父になる存在に命を救われた。

 

あれだけの災禍で、唯一助けられた自分は誰かのためにならなければならないと……正義の味方を目指した。

 

そんな自分を……壊れていると言っていい己を好きなってくれた人がいた。

 

愛する人が愛した己すらも裏切って、手にしたこの気持ち……。

 

倒れていいはずがなかった。

 

何もせずに諦めていいはずがない。

 

 

 

そうだ。俺は……

 

 

 

綺麗な月を見ながら誓った思い。

 

それを今度こそ守るために……士郎は立ち上がって、前へと進んだ。

 

そして、刃夜と並び立つ。

 

 

 

「ありがとう、刃夜」

「礼を言われることじゃない。最初の約束を果たしただけだ」

 

盛大に溜め息を吐きながら、刃夜は自らに対しての皮肉混じりにそう返した。

それに心の中で再度お礼を言って……士郎は、桜へと向き直った。

 

「桜」

 

名前を呼んだ。

しっかりとした声で。

声が聞こえたのが意外だったのか、桜は再び不思議そうな顔を、士郎へと向ける。

 

「おかしいです。先輩は私のそばにいるはずなのに、他人の声が先輩の声に聞こえる」

 

そう言いながら、桜はより一層エミヤシロウへと抱きついた。

抱きついてきた桜を守るように、抱きつかれた方とは反対側の足を一歩前に出して、少しでも士郎の声が届かないように邪魔をする。

だが、視線を遮るように桜の前に出ることはしない。

というよりも出来なかった。

あまりにも隙を見せては、斬られる可能性があったからだ。

だが、勝利を確信しているのか、エミヤシロウはそれ以外に何もすることはなかった。

その相手の……(自分)の態度がいらついたのか、士郎が舌打ちをしかけたがそれを思いとどまった。

今すべき事は嫉妬ではない。

見るべき相手はそいつではない。

語るべき相手はこの場でただ一人。

この状況下で嘘をつくことは出来ない。

言えるはずがない。

だからこそ、士郎は……心からの気持ちを、口にした。

 

 

 

「俺は桜が好きだ」

 

 

 

「はい、私も好きですよ先輩。独り占めにしたいくらいに」

 

どうやら夢の中でいるような気持ちで、桜は知らないはずの人である士郎と会話をすることにしたようだった。

そのあまりにも空虚な目が……虚ろにも見える瞳が痛々しかったが、それに歯を食いしばって耐えて、士郎は言葉を続けた。

一体どんな言葉で桜を止めるのかと、見守ることしかできない刃夜はただひたすらに、黙って士郎の言動を見守った。

 

のだが……とんでもない言葉を口にする。

 

 

 

「だけど……凜のことも好きなんだ」

 

 

 

……空耳か? とんでもないこと言わなかったか?

 

一瞬、自分の鼓膜に届いた言葉を否定したくて、刃夜は隙が出来るとわかっていながらそれでもなお欲求に逆らうことが出来ず、士郎へと視線を向けてしまう。

横に立つ士郎の瞳は……間違いなく真剣で真摯な瞳をしていた。

そんな瞳を見てしまっては、ここまできたらもう桜に対しては何も出来ないと改めて認識して、刃夜は再び相手へと視線を投じる。

 

「藤ねえが好きだし、セイバーも好きだ」

 

……狂った?

 

任せるしかないとわかっているのだが、こうも爆弾発言を続ける士郎に対して、刃夜は思わず失礼なことを考えてしまう。

だがその声が、態度に、士郎の万感の思いが込められていたため、刃夜は我慢して士郎の言葉を黙って聞いた。

 

「一成のことだって大事だし、美綴の事も好きだ」

「……やっぱり知らない人みたいですね。私の先輩はそんなことを言わない。私を傷つけるようなことなんて言わないもの。ねえ先輩」

「あぁ……」

 

士郎を見ながら不愉快そうに顔を歪めた後、すぐにそばのエミヤシロウに抱きついて、嬉しそうに顔をほころばせた。

だがそれでも士郎は、言葉を止めることはしなかった。

 

 

 

「でも違うんだ。他の人はもちろん大事だし、大切にしたい。もし俺が役に立つのなら手を貸したいとも思う」

 

 

 

必死だった。

ただ必死になって言葉を紡いだ。

今、この場で全てを打ち明けるように。

言わなければいけないからではなく、言いたいからこそ士郎はここで口を閉ざすことはしなかった。

 

 

 

「それでも最後にとるのは桜なんだ……」

 

 

 

自分の命なんて考えたこともなかった。

ただ助かってしまった自分が人のために何かをすることが当然だと思ったから。

だから士郎は正義の味方になろうと……あろうとした。

そんな自分を好いてくれた桜。

桜が好きだった自分を変えてまで、桜の味方でいると、士郎は誓ったのだ。

その思い……どうしようもないほど大切にしたと思う気持ちは士郎にとって、たった一人しかいなかった。

 

 

 

「俺にとって、桜以上に欲しい人なんていないんだ!」

 

 

 

その叫びは、むき出しだった。

 

 

 

「桜に変わる人なんて、俺には誰もいないんだ!」

 

 

 

むき出しだからこそ……力強かった。

 

 

 

 

「桜が好きだから……一番好きだから!」

 

 

 

だからこそ、心に響く力が……心に届く想いがあった。

 

 

 

「だから、そばにいて欲しいと思う! 一緒にいたいと思うんだ!」

 

 

 

その言葉は周りにいる人間全ての心に入り……揺さぶった。

 

 

 

「せん……ぱい?」

 

 

 

ぼんやりとしていた桜に変化が生じた。

 

瞳が焦点を結ぶように……桜の目に意思が灯る。

 

 

 

「だから……俺は桜がほしい!」

 

 

 

ありったけの思いを言葉にして、ぶつけた。

 

それはむき出しで強固で、強引で……

 

だからこそ響く何かがあった。

 

 

 

「だから教えてくれ、桜。桜は俺が好きだって言ってくれた。桜が好きになった俺は……周りの人間は誰一人どうでもいいっていう人間だったのか?」

 

 

 

そんなはずがないとわかりながら、それでも士郎は桜へとそう問うた。

 

正義の味方を目指していた士郎を好きになった桜。

 

己以外の周りを憎んでいた桜が出会った、己以外の全てのために必死になっている士郎。

 

それは決して普通ではなかった。

 

何せ士郎にとって己がなかったのだから。

 

だがそれでも、桜は士郎に好意を抱いた。

 

他人のためにあそこまで自分を捨て身に出来るその強さに……憧れて。

 

そして同時に思ったのだ。

 

 

 

ほんの少しでいいから、自分のことを大切な存在として見てくれたら……と。

 

 

 

他の全てがどうでもいいと本心から思っているわけではない。

 

それでももっと自分を見て欲しいと思った。

 

だからこそ歪んだ。

 

黒くなった。

 

歪められてしまった。

 

故に、全てを壊してしまえと思ってしまった。

 

だがもし……もしも士郎が、自分のことをもっと大切にしてくれるのであれば?

 

そう心がゆらいだ。

 

 

 

「わ……私は……」

 

 

 

必死の言葉が届いたのか、桜が頭に手をやって痛そうにする。

 

どうすべきか自分でもわからなくなっているのかも知れない。

 

このまま全てを壊してしまえという思い。

 

もしも士郎が自分のことをもっと大切にしてくれるのであればという思い。

 

凜に対する自分の気持ち。

 

藤村大河や、他の人たちに対する気持ち。

 

それらがごちゃまぜになって桜の頭を駆けめぐっていた。

 

 

 

「そんな奴の言葉なんて聞き入れるな! 桜!」

 

 

 

桜が理性を……人に戻ろうとしていることに危機感を抱いて、エミヤシロウが投影を行い、士郎へと斬りかかった。

 

しかし当然だが……それを良しとしない存在がこの場にはいた。

 

 

 

「させると思うのか?」

 

 

 

手にしていた狩竜を宙へと放り投げて、背中のシースから封絶を抜剣し、刃夜がエミヤシロウへと襲いかかる。

 

二人が振るった剣がぶつかり合って交差し……激しい火花と金属音を辺りに響かせた。

 

 

 

「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえってな」

 

「どけ! 桜には俺が必要だ!」

 

「んなわけあるかよ!」

 

 

 

!!!!

 

 

 

その言葉に応じるように、刃夜の左腕の前腕が炎のような淡い光を放った。

それと同時に凄まじいまでの膂力が剣に加わり、エミヤシロウを強引に後ろへと飛ばしていた。

 

「なっ、この力は!?」

「炎王の獅子龍よりもらった力よ。力勝負で俺に勝てると思うなよ!」

 

エミヤシロウを二人から引き離し……そして刃夜もエミヤシロウの後を追って走り出す。

その刃夜の追撃に応じて、エミヤシロウは手にした双剣で刃夜の剣を迎え撃つが……それとは別に、背後に剣を投影して射出しようとする。

だが……

 

「させるかよ!」

 

刃夜がそう吠えて、エミヤシロウへと怒濤の剣戟を浴びせていく。

それは力による強引な連撃だった。

おそらく気力と魔力で強化された程度の普通の刀では、刀自体が折れるか曲がるか砕けるか……そのどれかだろう。

だが刃夜が今手にしている双剣は普通の剣ではない。

 

魔を斬り、魔を喰らう、封龍剣【超絶一門】。

 

意思を持った魔剣だ。

不思議な鉱石から作られているその双剣は、身幅も重ねの厚さも刀とは比べものにならない。

その耐久力を頼りにし、さらに炎王龍の力をもちいた豪剣だ。

さらに宙に投影された剣はその事ごとくを、紫炎の力を用いた爆発で、その全てを破壊した。

 

「お前は、一体!?」

「お前に名乗る名前はない! 怪物(モンスター)とでも呼べ!」

 

エミヤシロウを二人から引き離し、刃夜はそう叫んだ。

ここまで来ては、もう刃夜に何もすることは出来なかった。

黒い陰が浸食しているため、このまますんなりと桜を救うことは出来ないだろう。

その際士郎を守ることは出来ない。

だがそれは士郎が、自らの力で乗り越えなければいけない試練だ。

だから刃夜は、ただ信じるしかなかった。

 

 

 

後はお前次第だ、士郎。そして……

 

 

 

士郎の事を頭から切り離して、刃夜は目の前の存在……エミヤシロウへと意識を集中させた。

実際、片手間にしていていい相手ではないからだ。

聖杯が完成しようとしているためか、大空洞には今までとは比較にならないほどの魔力(マナ)が渦巻いている。

そのため刃夜もこの場で左腕にある力を使うことが出来ていた。

だというのに、目の前の存在……エミヤシロウは刃夜の猛攻に耐えている。

重さのある封絶の猛攻を、投影した対の剣でエミヤシロウは捌いているのだ。

それどころか、

 

「ふっ!」

 

エミヤシロウも、敵である刃夜が片手間で倒せる相手ではないということが、わかったのだろう。

呼気をはき出して、捌くだけでなく反撃をしてくる。

魔力も前よりも使えるようになった刃夜を相手に、全く劣っていない。

 

こいつ、出来るな!

 

それに気付いた刃夜も、もはや士郎のことを気にかけている余裕はなくなった。

引き離す必要性が無くなったため、刃夜は紅、紫の炎の力を使うのをやめて、全ての気力と魔力を、己の身体能力向上へと注いだ。

 

本当は出し惜しみしないといけないんだが……ここで倒れたら本末転倒だしな!

 

今やっていることが二人に対しての約束であるのならば、後に控えている自分の役目は、己がもっともしなければいけない役割だ。

 

自分にとっての、大事な人を守るという……役割。

 

しかしそれに気をとられては、目の前の相手に斬られてしまう。

実に面倒な状況だった。

 

本当に、世話が焼けるな! お前らはよ!

 

内心で舌打ちをしながら、刃夜はただがむしゃらに目の前の敵に……エミヤシロウに剣を振るった。

 

 

 

 

 

 

「私……わたし、わたしは……」

 

士郎の言葉が突き刺さった。

誰も助けてくれなかった。

父親も。

母親も。

姉も。

 

先輩(士郎)でさえも……。

 

やっと振り向いてくれたと思った。

大事にしてくれると思った。

なのに状況がそれを許してくれず……士郎は桜のことよりも、周りとの共闘を選んでしまった。

選ばざるを得なかったことは、桜にもわかっている。

それだけあの黒い陰は脅威だったのだから。

それでも自分をもっと見て欲しかった。

 

貪欲で身勝手な感情……嫉妬と独占欲であっても、そう思ったのだ。

 

だが士郎が言うとおりなのだ。

自分が好きになった人が……士郎がどういう人間だったのかというのは、桜が一番よく理解していた。

ずっと見ていたのだから。

見つめ続けていたのだから。

相反する二つの想いに心と頭が痛みを訴えて……桜を正気へと戻そうとする。

 

「……桜」

 

士郎は痛みに苦しんでいる桜を注意深く観察しつつ、ゆっくりと歩み寄った。

桜が痛みに苦しんでいる今こそ、桜との距離を詰めて己がしなければいけない役目を果たす。

そう思ったのだが、しかしこの場には士郎と桜以外にももう一人……

 

正しく言えばまだ人ではないが、意思が存在していたことを、士郎は失念していた。

 

 

 

!!!!

 

 

 

濃密な空気を切り裂いて、桜の体にまとわりついている黒い陰が……士郎へと迫った。

 

「!?」

 

注意深く観察していたことで、何とか躱すことが出来た。

攻撃があったことに驚いたのだが……すぐに納得できた。

 

そうか……焦っているのか?

 

桜の体にまとわりついている、黒い陰の一部。

黒い太陽の中で、自らの体を形成している存在、『この世全ての悪(アンリ・マユ)』。

受肉がもうすぐ終わろうとしているのだ。

それはまさに、邪神の誕生に他ならない。

人間のみを殺す、獣。

世界の全てから悪と見なされた存在は、その全ての力を使って、この世全ての人間を殺すのだろう。

だが、それも体がなければ出来ない……生まれることが出来ない。

肉を持ったサーヴァントという存在にならなければ、その願いを成就することが出来ないのだ。

故に、それを邪魔しようとしている士郎が、許せなかったのだろう。

桜は『この世全ての悪(アンリ・マユ)』にとって必要な本体なのだ。

だがもしも桜が、黒い陰を必要ないと感じてしまえば、どうなるのか?

今の桜は揺れ動いている。

 

もしかしたら自分が望んでいたものは、すでにあったのではないのかと?

 

そう思ったのだ。

桜との繋がりが弱くなろうとしている状況は、黒い陰にとってもいい状況ではない。

だから桜を惑わそうとしている士郎へ、直接的に攻撃をしてきたのだ。

 

「私は……先輩と一緒にいたくて……。先輩にもっと私を見て欲しくて……。私……私は……」

 

ぶつぶつと、痛みに耐えながら呟く言葉は、痛々しいまでの感情が込められていた。

何よりも、今の姿があまりにも痛々しかった。

頭も心も傷ついて、悲鳴を上げているのに……それでも自分にとって大事な事を整理するように言葉を紡ぐその姿は、見ている方が耐えきれずに目を背けてしまうだろう。

 

だが、士郎は目を背けることはしなかった。

 

出来なかったのだ。

 

してはいけなかった。

 

 

 

桜……

 

 

 

うわごとの様に、呟いている桜の姿を……士郎はしっかりと見つめた。

 

こんな事にしたのは……

 

こんなことになってしまった……

 

桜をこれほど追い詰めてしまったのは自分なのだと……。

 

そして……桜が一人で出て行って……

 

士郎の家にやってきたあのときに、士郎が桜を止めていれば……

 

 

 

黒い陰に呑まれてしまった桜を恐れずに、ぱかんと叱っていれば、こんな事にはならなかったのかもしれないのだと。

 

 

 

そう思った。

 

どれだけ泣かせてしまったのかもわからなかった。

 

自分が知らないところで、泣いていたのかもしれない……いや、泣いていたのだろう。

 

助けを求めていることすらも気付かずに、笑っていたのは自分だけで、それでも自分のそばにいたいと思って、ずっと一人で泣いていた。

 

 

 

士郎の前だけで笑えていた少女は……その実ずっと泣いていたのだと……。

 

 

 

だから士郎は、歩き出した。

 

 

 

同調、開始(トレース・オン)

 

 

 

この場で必要な得物は、武器ではない。

 

投影するのは『この世全ての悪(アンリ・マユ)』をぶっ飛ばすために必要な得物。

 

 

 

「私……私は……先輩に……。先輩に! 先輩……どこですか!?」

 

 

 

やがて痛みに耐えきれなくなってきたのか、桜の顔がより一層歪んだ。

 

それと同時に陰の動きが活発になる。

 

おそらく桜の中で、激しい何かが起こっているのだろう。

 

これ以上桜に辛い思いをさせるわけにはいかなかったが、それでも士郎は叫んだ。

 

 

 

「ここだ桜! 俺は今、お前のそばにいる! 今からお前を――」

 

 

 

それ以上しゃべらせはしないと、黒い陰の触手が激しくのたうち、士郎へと迫った。

 

何とかそれを躱しながら、士郎は更に桜へと歩み寄っていく。

 

いくつも迫る黒い陰の触手を全て捌くことは出来ず、士郎の体に傷をつけるが……それでも士郎は前へと進んだ。

 

 

 

「今からお前を助けにいく!」

 

 

 

それ以外の選択肢など無かった。

 

そのために色んな人に助けてもらったのだから。

 

殺すわけがない。

 

殺していいわけがない。

 

士郎も……凜も……

 

 

 

桜のことが、大好きなのだから!

 

 

 

「せん……ぱい……」

 

 

 

ようやく、桜の意思が勝ったのか……桜がはっきりとした意思を持って、士郎へと視線を向ける。

 

そして気付いた。

 

大好きな士郎が、傷だらけで埃だらけになっている姿を……。

 

 

 

「あ――」

 

 

 

傷ついた姿と、血の匂い・

 

それを起因に溢れる記憶が、桜の脳内を駆けめぐった。

 

ただ自分にとって都合のいい士郎を招いた。

 

自分の我儘を聞いてくれるだけの存在を招くために、桜はあらゆる物を利用した。

 

あらゆる人間を喰らった。

 

兄を刺した。

 

あらゆるサーヴァントの意思を奪い、使役した。

 

そして大好きな姉を……殺させてしまった。

 

 

 

「だめ……です。私はもうこの子から離れられない……。それに、もし戻れたとしても……。助けてもらっても……」

 

「? 桜?」

 

「助けて……どうするんですか? 私は……一杯ひどいことをしたのに。たくさんの……人を殺しちゃったのに」

 

 

 

もう後戻りをすることは出来ないだろう。

 

到底償うことが出来ない大きな罪を、すでに桜は背負ってしまった。

 

桜の意思でなかったとしても、人の命を奪ったという事実は、生涯桜の心の中から消えることはないだろう。

 

黒い陰から解放されたとしても、桜の中には罪が残り続ける。

 

それを……士郎は……

 

 

 

 

 

 

!!!!

 

激しい剣戟が、火花を散らした。

交差する対の剣が幾度もぶつかり合って、無骨な金属音を辺りに響かせていた。

 

「はぁぁぁ!」

「づぁっ!」

 

対の剣を振るうのは、互いにこの世界に本来招かれざる者達。

二人はそれでも、己が与えられた役割を全うするため、相手を押し通してでも役目を果たすために、相手を否定する。

一人は全てを殺して、一人を肯定するために。

一人はこの世の全てを否定して……先に進むために。

それぞれの目的のために、剣を振るう。

 

……強い

 

幾度も剣を交えて、刃夜は相手に……エミヤシロウの強さに驚愕していた。

見た目こそ、アーチャーに似た士郎(・・・・・・・・・・)と言った感じなのだが、士郎とは強さが比べものにならなかった。

 

驚くべき事に、刃夜と斬り結んでいながら、未だに得物を破壊できていない。

 

封龍剣【超絶一門】によって、アーチャーの干将莫耶を破壊したことがあったが、今はそのとき以上の力で封龍剣【超絶一門】を振るっているのだが、破壊できるどころかヒビすらも入る様子が見られなかった。

また、剣を交えているとすぐにわかるが、相手であるエミヤシロウの筋力、瞬発力、体力、全てにおいて驚くべき水準だった。

投影こそ、刃夜が行えないように猛攻撃を行っているためにしてこないが、それでもエミヤシロウの実力はアーチャー以上といって、なんら問題のないものだった。

 

!!!!

 

一際大きな音が鳴り響いて、二人は互いに離れた。

互いに相手を一瞥し……エミヤシロウが大きく舌打ちした。

 

「何なんだお前は? 何故俺の邪魔をする?」

「邪魔をするに決まってるだろう? 俺が手助けすると言ったのはあそこにいる二人だ。その二人の邪魔をするのは俺が容赦はしない。例えそれが、エミヤシロウ……お前であってもだ」

 

気配からいって、目の前の存在が士郎であることは、疑いようがなかった。

見た目も、肌の色、髪の色などが違ったが……それ以外はほとんど士郎そのままだった。

 

 

 

だがその眼……全てを捨てているような、感情の見られない瞳が、士郎と決定的に違っていた。

 

 

 

こいつは一体……

 

 

 

「邪魔をしないでくれ。怪物(モンスター)。俺は桜の下にいかなきゃならない」

 

律儀というか……本当にそう呼ぶのね

 

刃夜が言った怪物(モンスター)という言葉を素直に言ってくるこの感じは、実に士郎そのものといって良かった。

だからこそ気になった。

何故これほどまでに、エミヤシロウの瞳に色がないのかが……。

 

「さっきも言った、邪魔をすると。お前が一体どういう存在なのか俺にはわからないが、二人にとって悪影響を及ぼすのなら全力で止める」

「お前……」

「お前が未来の存在なのか、それとも俺と同じで並行世界の住人なのかは知らないが……この世界、この時間において、士郎という存在はあそこにいるあいつだけだ。断じてお前じゃない」

 

剣先をエミヤシロウに向けて、刃夜はそう吠える。

未来と並行世界。

この二つの言葉に何かしら反応すると思っての言葉だったのだが……ある意味で一番聞きたくない言葉が、返ってくる。

 

 

 

「別にお前の存在などどうだっていい。俺には桜さえいればそれでいいんだから……。だから……邪魔をするっていうのなら、お前を殺す」

 

 

 

そう言って、エミヤシロウは手にした対の剣を構えて……刃夜へと突進してきた。

黒く黒く……ただ黒色でしかない、不気味な剣で。

その剣が刃夜へと迫って……刃夜はその剣を受け止める。

色もなく、感情もなく……ただただどす黒い一つの意思だけが込められた剣だった。

その剣と今のエミヤシロウの言葉で……刃夜はある程度エミヤシロウの正体を看破した。

 

看破できてしまった。

 

 

 

桜だけ。そしてお前を殺す……ね。なるほど……そういうことか……

 

 

 

剣でエミヤシロウの剣を受け流しながら、刃夜は内心で溜め息を吐いていた。

士郎ならば絶対に言わない言葉。

正義の味方を目指していた少年が、言ってはならない言葉。

 

相手の存在の全否定。

 

そして唯一存在を肯定する桜という存在。

このエミヤシロウは、もしかしたら……

 

 

 

士郎の未来の姿の一つ……なのかもしれないな……

 

 

 

他の全てを否定して、桜だけを肯定する。

それは、本当の意味で……桜だけの味方になるという意味である。

他の全てを……他人を否定して。

そして思う。

 

この士郎はこの世界の士郎の一つの可能性ではないのかと?

 

だからこそこのエミヤシロウは、今この場に存在しているのだろう。

未来からなのか?

並行世界からなのか?

はたまたその両方か?

それはわからないが、おそらく黒く染まった桜が望んだ存在が、このエミヤシロウという存在なのだろう。

そしてその黒く染まった桜の……この世界の桜の召喚に応じたということ。

それはつまり……エミヤシロウにとっての桜という存在は……。

 

 

 

本当に……損な役回りなことだ……

 

 

 

もはや気を使う必要もないため、刃夜は盛大に舌打ちをした。

それが挑発に思えたのか、エミヤシロウが更に攻撃の速度を上げてくる。

それは速く、鋭く……なによりも力があった。

 

だが……

 

 

 

これじゃダメだな……

 

 

 

刃夜はエミヤシロウの力をそう断じた。

エミヤシロウを看破して、刃夜は自身の目の前に、紫炎の力を用いて自分とエミヤシロウを巻き込む形で爆発を起こす。

それによって二人はその爆風に吹き飛ばされて、再度距離をあける。

意図的に生み出した、この空間。

刃夜は一度力を抜いて、語りかけた。

 

「確かに……お前は強いな、士郎」

 

今の目の前にいる相手が士郎ではないことは、刃夜は十分に理解していた。

同じ姿をした、他人であると……。

だがそれでも、刃夜はあえて目の前の存在が士郎であると思って、言葉をかける。

 

「なにさいきなり?」

「お前がどんな生涯を送ったのかは、俺にはわからない。アレがお前になるんだから……よほどのことをしてきたのだろう」

 

今の士郎はただ他の人間よりも『魔術』という力を持った程度の存在でしかない。

魔術さえなければ一般人と言っていい。

その士郎がエミヤに……アーチャーへとなるというのは、果たしてどれほどの修練をおこなったのか、刃夜もある程度はわかる。

 

だが、ここまで変わり果ててしまっては……もはや別の何かと言っていいだろう。

 

 

 

「おそらくお前は全てを捨ててきたのだろう。他の存在全てを」

 

 

 

「だから速い。勢いがあって力もある……だが……」

 

 

 

もしかしたら自分もこうなってしまったのかも知れない……と、刃夜は自分の過去を思い返していた……。

 

 

 

己が剣と包丁……二つを持つことを決めた、あの日の事を。

 

 

 

その時の想いを捨てずに来たからこそ……今の自分があることを、再確認した。

再確認させてもらった。

それについて、刃夜はエミヤシロウに心から感謝した。

だからこそ……

 

 

 

この剣を持って……お前を斬ろう……

 

 

 

 

刃夜は封絶を背中のシースにしまい……右手を左腰の柄へと伸ばした。

刃夜の始まりの剣。

 

 

 

夜月へ……。

 

 

 

『よいのか?』

 

『あぁ。お前に斬らせる訳にはいくまいて。これは俺が背負うべき責任だ』

 

『……優しいな、仕手よ』

 

 

 

刃夜の胸中を察してか、封龍剣【超絶一門】は、ただ一言、刃夜に対してそう言った。

 

だが、刃夜はそれに答えない。

 

無視をしたわけではない。

 

答える資格がないのだと……そう思ったから。

 

 

 

封絶からの言葉に。

 

 

 

封絶もそれに対して何も言わず……静かに自らの仕手を信頼し、口を閉ざした。

 

夜月を抜刀し、構えて……刃夜は口を開いた。

 

 

 

「お前には、決定的に『重さ』がない」

 

 

 

「なに?」

 

 

 

「全てを捨ててきた。だから速くもある、勢いもある。だがお前には重たい気持ちを……想いを、捨てずに抱えて生きてきた、重さがない。だからお前の剣は、決して俺には響かない……届かない! だからこそ……あの二人にも届かない!」

 

 

 

二人という言葉で、エミヤシロウは桜の身に何が起こっているのかようやく気がついた。

それが自身の危険であることが十分に理解できているのか、エミヤシロウの瞳に焦りと怒りが灯った。

 

「邪魔をするな!」

 

更に魔力を使用したのか、先ほどよりもさらに速度があがった双剣が、二つの閃きをいくつも放ってくる。

刃夜はその攻撃に対して、一本の夜月でその全てを悉く受け流した。

 

「こいつ!」

 

先ほどよりも速さも鋭さもなくなったというのに……刃夜が自らの攻撃を全て流していることに、エミヤシロウは驚いた。

だが、刃夜はそのエミヤシロウの驚きに何ら反応を返すことはなく……気持ちを固めていた。

 

 

 

おそらく、お前が元の場所に戻ったところで……もうどうにもならないのだろう……

 

 

 

もしも、エミヤシロウが未来か、並行世界から喚ばれたのに応じて、この場に召喚されたというのであれば……おそらくこのエミヤシロウのそばにいた大切な存在は、もうどこにもいないのだろう。

 

そうでなければ、この場の召喚に、応じる理由がないからだ。

 

 

 

せめてもの手向けだ……!

 

 

 

「はぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

エミヤシロウが、その双剣を持って、刃夜へと突貫した。

 

時間がないのはエミヤシロウも同じ事。

 

このまま刃夜の妨害が続けば……桜が己を取り戻してしまう。

 

 

 

(エミヤシロウ)を必要としなくなってしまう。

 

 

 

故に、エミヤシロウはぼそりと……突貫と同時に呪文を唱えた。

 

すると手にしていた双剣が大きく形状を変化させた。

 

より鋭く。

 

より長く。

 

より強固に。

 

刀身がまるで、鳥の羽のような形状になった上に巨大化して、刃夜へと振るわれる。

 

刃夜もただ待っているわけではない。

 

己も自らの力を全て振り絞って……走った。

 

そして気と魔力……更に夜月の刃に込めた力、刃気も解放させて……

 

 

 

絶対の得物で……絶対の一撃を見舞う。

 

 

 

桜の望みに応じたという事実。

 

そして、応じたが相手が悪く敗れてしまうという事実。

 

その二つを手向けとして……

 

 

 

 

 

 

介錯……つかまつる……

 

 

 

 

 

 

「づぁっ!」

 

 

 

裂帛の声を放ち、二人が互いの剣を振るって……すれ違った。

 

交差した際に甲高い何かを断ち切るような……

 

硬質だが、澄んだ音が……響いた。

 

そしてその音に導かれるように……

 

結果が訪れる。

 

 

 

「……ぐっ、ごふ」

 

 

 

手にしていた逆立つ剣ごと、胴体を袈裟斬りされたエミヤシロウが、その口から赤い血を吐き出して、膝を突いた。

 

その傷はどう見ても致命傷だった。

 

それこそ特殊な何かが無ければ、命は助からないのが断言できてしまうほどに。

 

振り終えた姿勢のまま、刃夜はしばらく残心をしていたが……やがて夜月を血振りして、静かに鞘に収めた。

 

封龍剣【超絶一門】は何も言わない。

 

仮に何かを言ってきたとしても、刃夜は応えることはしなかっただろう。

 

今この場で別の存在に意識を傾けることはできなかったために。

 

振り返ることもしないが、それでも刃夜は士郎を……エミヤシロウへと意識を向けていた。

 

 

 

「ぐっ、かはっ」

 

 

 

一度突いた膝を上げようとするが、それは叶わなかった。

 

それどころか、エミヤシロウはそのまま地面へとうつぶせに倒れてしまう。

 

だがそれでも……エミヤシロウは、桜へと顔を向けていた。

 

 

 

「さく……ら……」

 

 

 

もはや口を動かすことも難しいだろうに、エミヤシロウはそう小さく呟いて……右手を桜へと伸ばす……。

 

求める様に。

 

慈しむように……。

 

焦がれるように……。

 

だがそれもすぐに終わり……士郎のなれの果ての男は全身の力を失い、魔力の粒子となって霧散していった。

 

体の気配が消えたことでようやく刃夜は後ろを振り返り……魔力の粒子が霧散し、消えていく様を視界に納めて、静かに眼を瞑って黙祷した。

 

その胸中に何が渦巻いているのかはわからない。

 

刃夜はただ静かに……眼を閉じてその場に静かに佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

「それでもだ桜! それでも生きて欲しい。俺と一緒に生きていって欲しい!」

 

 

 

士郎は真っ向から受け止めた。

 

 

 

桜を愛するという事を。

 

それを自分の命をかけて行うと。

 

桜の全てを受け止めるという気持ちに嘘はなかった。

 

その気持ちとは別に、それでも桜自身が行わなければいけない事もあった。

 

士郎は、厳しいと思いながらも……それでも士郎はそれを告白した。

 

 

 

「だけど、奪ったからには責任を持たなきゃいけない。罪の重さも、罰の重さも、俺にはわかってやれない。けれど、それでも一緒に背負って生きていく事は出来る」

 

 

 

多くの罪を犯した。

 

多くの人の命を奪った。

 

「気にしなくていい」と……

 

「桜が望んでしたことではない」と……

 

そう断ずるのは簡単だ。

 

だが、それは士郎が許さない。

 

多くの人を見捨てた……殺してまで生きてきた己自身。

 

そのために正義の味方になろうとした。

 

それを捨てて、士郎は桜とともに生きていきたいと願った。

 

士郎自身、人を殺したのだと自分で思っているから。

 

 

 

それにもしも人々が桜の罪をしり、桜を糾弾しても……

 

 

 

もしも桜自身が、自らの罪にさいなまれて、自らの命を絶とうとしても……

 

 

 

士郎がその全てから、桜を守る。

 

 

 

これから生きていく上で、桜に問われる全ての事柄から、桜を守る。

 

 

 

罪が償えるのかどうかはわからない。

 

 

 

偽善なのかも知れない。

 

 

 

それでも喜びも、悲しみも、怒りも……全てを分かち合って生きていきたいと……。

 

 

 

士郎は心からそう思った。

 

 

 

「せん……ぱい……」

 

 

 

士郎が投影した得物を見て……桜が目を見開いた。

 

投影された得物がどのような物であるのか、曲がりなりにも聖杯と繋がった桜は瞬時に理解した。

 

そして本当に士郎が自分を助けようとしているのだと……

 

 

 

このまま死なせるつもりは(逃がさない)ないとわかって……。

 

 

 

桜は泣いた。

 

ひどい人だと思いながら……。

 

そしてそれ以上に大好きだと……、本当に好きなんだと……。

 

嬉しくて、涙を流した。

 

 

 

「一緒に帰ろう、桜」

 

 

 

その涙の意味をきちんと士郎は理解して、投影した得物を……剣を振り上げた。

 

あの日の夜……迷って全てを投げ出して、終わらせようとしたあの日の夜とは違い……

 

その剣を握る力に無駄な物はない。

 

手にした剣は間男(アンリ・マユ)から、桜を取り返すための剣。

 

桜の命を奪うための物ではないのだから……。

 

 

 

「いくぞ、桜」

 

「はい」

 

 

 

振り上げた剣……『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』を士郎は一息で……桜の心臓へと突き立てた。

 

 

 

契約破りの短剣、『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』。

 

桜の命を傷つけることなく、彼女を縛りつけていた黒い陰との契約を破壊した。

 

その瞬間に、黒い陰が桜の体から霧散して……桜は生まれたままの姿になって、地面に崩れ落ちる。

 

 

 

「!? 桜!」

 

 

 

色んな意味で慌てた。

 

意識を失ってしまい、倒れてしまうことも。

 

何よりも、服を着ていなかったことに。

 

だがそれでも、否、だからこそ生まれたままの姿の彼女が……いつも身に着けているリボンをしている桜が、今こうして自分の腕の中にいる喜びを噛みしめた。

 

 

 

「帰ろう桜。俺たちの家に……」

 

 

 

士郎は本当に大事な人を……その両腕で優しく抱きしめた。

 

 

 

 

 

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