月夜に閃く二振りの野太刀   作:刀馬鹿

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新らしい異常な日常


チチチチ

 

鳥の鳴き声が、耳朶を打つ。

それが呼び水となって……意識が浮上していく。

それに逆らいたいと願う体がいたが……それでもやることがあったため、士郎は意識を覚醒させた。

 

「……朝……か」

 

士郎はゆっくりと、布団から体を起こした。

そこはいつもの自室だった。

だが、いつもとは……今までとは違う朝だった。

士郎以外に人がいなかった昔とは違い、何人かがこの屋敷に住んでいた。

だが、それでも、士郎以外に台所に料理の調理に立つ人間は……いなかった。

布団から出て起き上がり、士郎は台所へと立って調理を開始する。

食材を切り、炒め、煮込んで、朝ご飯の用意を終える。

数は五つ。

ごく平凡な日本の朝食ができあがり、士郎は身に着けていたエプロンを外した。

 

「シロウ、おはようございます」

 

朝食が出来て呼びに行こうとしていた人物がやってきて、士郎は嬉しそうに破顔した。

僅かな日数ではあったが、自分の剣として信頼し、全てをかけてくれた存在と、一緒に朝食を食べられるのが……士郎は嬉しくてたまらなかった。

 

「おはよう……セイバー」

「シロー! おっはよ!!!!」

 

士郎の返事を喰い気味で言葉が飛んできた。

玄関から飛んできたその言葉は、士郎の言葉すらもかき消さんばかりに元気に溢れていた。

さらにそれだけでは飽きたらず、どたどたと、静謐な朝の空気をこれでもかとぶちこわしながら、その人物……藤村大河が、今の襖をスパーン!と開いた。

 

「おはよう! 士郎! セイバーちゃん!」

「藤ねぇ……」

「はい、おはようございます」

 

そんな姉貴分に士郎は呆れ半分、嬉しさ半分で反応しつつ、苦笑していた。

 

「もう、朝からうるさいわよタイガ。少しは落ち着いたらどうなの?」

 

呆れつつ小さくかわいらしくあくびをしながら、居間に入ってきたのはイリヤだった。

そのイリヤの物言いに、かちんときたのか、大河がぎらりとイリヤを睨み付ける。

 

「この悪魔っこ! いいでしょ別に! 朝から元気なのは健康な証拠でしょう!」

「タイガのは元気じゃなくてうるさいって言うの。これじゃシロウもいい迷惑でしょう? ねぇシロウ?」

「いや、別に迷惑ではないけど……まぁ少し落ち着いてくれとは思うかな」

「がーん。お姉ちゃん、捨てられちゃった……」

「シロウ、お腹がすきました」

「だな。でも待っててくれ、来てないから呼んでくる」

 

寸劇を手早く終わらせて、士郎は部屋を出て、離れへと向かっていく。

廊下を進み、まだ夜で冷やされた空気を感じながら……士郎は離れの部屋の扉をノックした。

 

「ライダーいるか?」

「はい、います。シロウ」

 

返事が返ってきて、士郎はやっぱりここにいたのか、と……自分の予想が正しかったことに苦笑した。

というよりももはや予想ですらないかもしれない。

ライダー(サーヴァント)がいる場所は、(マスター)がいる場所なのだから。

ノックの後、許可を取って部屋へ士郎が足を踏み入れる。

 

「朝飯が出来た、食べよう」

 

ベッドのそばに置かれた椅子に腰掛けている相手へと語りかける。

その相手であるライダーは……姿を変えていた。

黒くぴったりとしたスーツは、普通のGパンに黒いニットのセータ。

眼を隠すための眼帯が無くなって眼鏡をかけており……素顔が露わになったライダーは……

 

超弩級の美人

 

の一言ですら言い表せないほどに、美人だった。

 

「わかりました、いきましょう」

 

立ち上がり、ライダーが士郎に会釈して先に居間へと向かう。

気を遣ったのだろう。

士郎はそのライダーの気遣いに感謝しつつ、ベッドに横たわる大切な人……桜に笑顔でこういった。

 

「おはよう……桜」

 

だが桜は士郎の言葉に応えることはなく、規則正しく呼吸を続けて、眠りについたままだった。

 

 

 

刃夜が黒い聖杯の黒い陰を吸収して、第五次聖杯戦争が事実上終わりを告げてから、一週間日付が経過していた。

辛くも無事に事を成し遂げた士郎達だったが、その後が大変だった。

誰よりも状態が危うかったのは凜だった。

急所こそ避けられていたものの、重傷を負ったのは彼女だけだったからだ。

だがその傷も、本拠地である遠坂邸の工房で治療に専念したため、日常生活に支障がないレベルには回復した。

龍脈の上に建つ遠坂邸の主であるため、回復力は凄まじいものがあった。

その間アーチャーがそれはもうこき使われていたのだが……それはまた別問題。

桜はまだ目覚めていなかった。

黒い陰の影響か、それとも自分自身の問題なのか……それはまだわからないが、命に別状はないと、イリヤが断言した。

同じ聖杯としてわかることがあるのだろう。

臓硯が消え、慎二も入院しており、また聖杯の都合もあって桜は士郎の家の離れの部屋で面倒を見ていた。

セイバーは行く当てもないため、士郎の家で居候をしていた。

といっても、まだ完全に和解したわけではないので、以前に比べればまだぎこちなかったりするのだが、それでも互いを嫌い合っているわけではないので、関係は悪くはなかった。

イリヤもセイバーと同じで士郎の家に居候をしている。

魔術師が住む家であるにもかかわらず、開放的な空間である士郎の家が……衛宮切嗣が住んでいたこの屋敷に、何か思うところがあるのだろう。

さらに言えばライダーもこの家の住人だったりする。

といってもこれはある意味で当たり前と言えた。

桜がこの家にいるのだから。

つい最近……聖杯戦争が始まる前……まで一人で暮らしていたのが嘘のように、士郎の家は一気に居住人数が増えていた。

その際、当然士郎の姉を自負する大河があれやこれやと言ってきたのだが、そこは切嗣の知り合い……イリヤについては嘘ではない……ということでごり押しした。

また刃夜がある程度根回しをしていたのか、大河も渋々とその言い分に納得していた。

そんなこんなで、衛宮家は実に大所帯となってしまっていた。

そのため家計も火の車になっており……士郎が悲鳴を上げていたりするのだが、それはまたどうでもいいお話だったりする。

 

 

 

皆で朝食を終えて、士郎は桜の様子を見てからライダーに桜を任せて、商店街へと訪れた。

今日の夜に大事な用事があるため、その準備の食材の買い出しだ。

そしてふらふらと食材の買い出しで歩いていると……実に意外な人物に出会った。

 

「キャスター?」

「あら、坊やじゃない。あたなも買い物かしら?」

 

フードを目深に被ったいかにも魔術師ですと喧伝するような衣装……ではなく、彼女もライダーと同じように現代に生きる者として、普通の恰好をしていた。

第三次聖杯戦争で穢された聖杯が浄化され、満ちた魔力でキャスターが聖杯に祈ったこと……それは

 

普通に生活を送りたい

 

というあまりにもありふれた願いだった。

だがキャスターこと、メディアの願いは、それこそがもっとも叶えがたく、もっとも願った祈りのような願い事だった。

受肉することも不可能ではなかったが、しかし他にも似たような願いを持つ者がいたので、受肉ではない方法で、現世にとどまることにしたのだ。

その方法とは簡単な話……魔力を自ら生み出す能力を、残ったサーヴァントに与えると言うことだ。

肉体を持たない英霊であるサーヴァントが現世にとどまるには、魔力が必要だ。

だが聖杯戦争のシステムの都合上、サーヴァントには自ら魔力を生み出す能力がなかった。

それを聖杯を使うことで得て、サーヴァント達は仮初めの二度目の人生を歩むことにしたのだ。

 

「キャスターも買い物か?」

「えぇ。宗一郎様の今日の晩ご飯を作るためにね」

 

晩ご飯って……まだ朝なんだけど……

 

時間はまだ九時だ。

朝と言うには少々遅いかも知れないが……少なくとも夕方でないことだけは確かだった。

昼ご飯はどうするのだろう?と疑問に思わなくもない士郎だったが……そこはあえて触れないことにした。

 

「良ければ俺が教えようか? 調理」

「!? け、結構よ。まだ諦めた訳じゃないわ」

「そうか、まぁ頑張って」

 

なにやらキャスターにはそれなりにプライドがあるらしく、士郎の誘いに若干悩みながらもそれを断った。

士郎は無駄と思いつつも、食材が無駄にならないことを祈ったのだが……この後食材がどのような姿に生まれ変わったのかは謎である。

 

「それじゃ私はこれで。すみません、葛木メディアなんですけども、宗一郎様のスーツを取りに伺いました」

 

く、葛木メディア!?

 

すぐそばのクリーニング屋の会話が非常に気になる士郎だったが……あえて触れずに士郎も歩き出した。

そして士郎は目当ての八百屋に来たのだが……

 

「ようらっしゃい! お、なんだ坊主じゃねえか」

 

そこにはねじりはちまきをして、実に快活な笑みを浮かべているランサーの姿があった。

 

「ら、ランサー」

「なんだ坊主、そんなに驚いた顔して? 俺の恰好なんか変か?」

 

変っていうか……似合いすぎなのがある意味で変と言えば変なんだけど……

 

今のランサーの恰好はあまりにも似合いすぎており、とても自分を一度殺した存在と同一人物とは思えなかった。

が、別に悪いことをしているわけでもないので、士郎は唖然としながらも買い物を済ませる。

 

「今夜はよろしくな坊主。飯、楽しみにしているからよ」

「期待に添えられるかどうかはわからないけど、頑張るよ」

 

奇妙な関係になったと思いながらも、士郎はランサーに買い取った食材分のお金を手渡してわかれる。

そして他の食材をもとめて、更に商店街をぶらつく。

 

 

 

このように、仮初めとはいえ第二の人生を歩み始めたサーヴァント達は……あまりにも異常なほど普通に生活をしていた。

セイバーは聖杯戦争が終わってからは、士郎の家の道場で祈るように、静かに正座をして何かを考えていた。

ライダーは桜が目覚めることを祈りながら、バイト先を見つけて、読書にふける。

アーチャーは凜にいいようにこき使われている。

ランサーはバイトをしまくって、本能の赴くままナンパをしまくっている。

キャスターはうさんくさい偽名を使いながら、実に幸せそうな日々を送っている。

七人中、五人ものサーヴァントが残っているのは異様の風景だろう。

というか魔術の人間からすれば、冬木市は半ば人外魔境と化しているといっても過言ではないだろう。

何せ本気を出せば一夜にして灰燼に出来る存在が五人も存在しているのだから。

だが当然当人達にその気はなく、聖杯戦争の剣呑がまるで嘘のように平和に暮らしていた。

 

 

 

こんなものかな?

 

士郎はかなりの量の食材を買い込んでいたが、どうやら満足のいく量が買えたのか、自らの家へと足を向ける。

その際刃夜はある店へ寄り道していくことにした。

しばらく住宅街を歩いていると見えてくる……長蛇の列。

僅かに湾曲した暖簾棒……となっている狩竜……がかけられた、自分と桜を手助けしてくれた存在、刃夜の店がそこにあった。

 

まさかとは思っていたけど……本当に暖簾棒にしてたんだな……

 

まだ聖杯戦争が始まる前に何度か料理を食べに来た事があった。

その際に湾曲した暖簾棒が変わっていると記憶に残っていたのだが……まさかあの怪物じみた長い刀を暖簾棒にしているとは、この列に並んでいる客は誰も思ってすらもいないだろう。

そうしている思わず刃夜が何を考えて野太刀を暖簾棒にしているのか、疑問に思っていると、店の扉が開かれて客が二名出てきた。

 

「ありがとうございました! もうそんなに日数無いですけど、また来てくださいね!」

 

さらに、実に好感の抱ける声と態度と笑顔で客を送り出す少女……美綴が顔を出した。

すると士郎がそばにいることに気付いたのか、美綴が士郎に話しかける。

 

「なんだい衛宮。衛宮も昼飯かい?」

「いや、俺は見ての通り買い物の帰り道だよ、美綴。店の手伝いか?」

「うん。ずいぶんとお客さんが来てるってのに、頼ろうともしないから頭に来て、勝手に接客してるのさ」

「勝手にって……」

 

実に朗らかな笑みでそう言ってくる美綴に内心で苦笑しつつ、士郎は微妙な笑顔で答えた。

 

「混むのがわかってるはずなんだけどなぁ……なんで私にも声かけてくれないんだろうなぇ?」

 

そう言いながらどこか寂しそうにしているのは、間違いないのだろう。

言葉に嘘はない。

混む原因が店の扉にでかでかと張り出されているのだから。

 

『ごめんなさい! 実家に帰るため閉店します。閉店当日まで店の料理半額キャンペーン』

 

と、赤いマジックででかでかと。

そのため普段以上に店が混んでいたのだ。

半額というよりも、刃夜の料理が食べられないことを惜しんだ客が多いようだった。

店の中からは実に楽しそうに料理を食べて笑顔になって、店主である刃夜に閉店を撤回するように頼んでいる常連の客がほとんどだった。

中には昼にもかかわらず酒を飲んでいるのもいるようだった。

実に心温まる喧噪が、店の中に響いていた。

 

「私にぐらい、頼ってくれてもいいのにさ」

「……そうかもな」

 

そんな寂しそうに言ってくる美綴に、士郎は何も言うことが出来なかった。

士郎は知っているからだ。

刃夜が帰る本当の場所を。

刃夜という存在が、どんな存在なのかを。

美綴に頼らなかったのは決して刃夜が美綴を蔑ろにしているのではないのだと知っていたが……それを自らの口から言うのは憚られて、士郎は口を紡ぐ。

 

「あ、そう言えばちょうどいいや、衛宮。ちょっと確認なんだけどさ」

「なにさ?」

 

そう言いながら顔を寄せてくる美綴の態度で、あまり周りに聞かれたくない話だと理解して、士郎も耳を寄せる。

 

「今日の夜ってさ……本当に私が行っていいの?」

「いいもなにも、刃夜が呼んだんだろ? それに対して雷画じいさんもいいっていってたから問題ないだろ?」

「そうかもしれないけどさ……。藤村先生の実家って……その、いいところなのはわかってるんだけどさ……。藤村先生の家だし」

 

おもしろい信頼のされかただなぁ……。さすが藤ねえ

 

「いわゆる……『組』の敷地に私が入っていっていい物なのかな?」

「大丈夫だって。刃夜の招待客なんだからどんと構えてればいいさ。美綴に対して変なことしてくる奴なんてそもそもあの家にはいないし、仮にいたらたぶん……雷画爺さんと藤ねえと刃夜に血祭りにされると思うぞ?」

 

実際士郎の言う通りだろう。

そもそも藤村組はまっとうな『極道』であるため、変な輩はいない。

組のお嬢様……とてもそうは思えない元気なキャラだが……大河の生徒であるということ。

雷画組長が認めた、刃夜の客人であるということ。

これで変なことなどしようものなら……血祭りですめばましな部類に入るだろう。

が、それでも、武芸百般に通ずるような普通よりも強い美綴といっても、そこはやはり女の子。

恐怖することはするのだろう。

 

やっぱり、これが普通の反応なんだよなぁ?

 

つくづく自分の周囲の環境が普通じゃないことを再確認し、士郎は心の中で妙に納得してしまった。

 

「あの、注文いいですか?」

「あ、はーいすいません。まぁ行くけどさ……なんかあったらフォローしてくれよな、衛宮」

「あぁ、わかった」

「オッケー。ならまた夜の送別会で会おう、衛宮」

 

店の中からの声で、美綴は接客に戻り店の中へと戻っていった。

接客中なのに長々話してしまったことに罪悪感を覚えながら、士郎は帰宅するために足を進めた。

美綴の言った送別会。

 

それは、この街を……この世界から旅立ってしまう青年、刃夜の送別会だった。

 

 

 

~一週間前~

 

聖杯戦争がなんとか事なきを得て終了させた俺は……この世界の俺にとっての家である、雷画さんから借り受けている店に帰った瞬間に、昏々と眠りについた。

それでも普段の鍛え上げた体を呪うべきか、喜ぶべきか……何とか朝に目を覚まして、俺は大恩ある雷画さんの元へと、報告に向かっていた。

 

「本日は突然の来訪にかかわらず、謁見の時間を設けていただき、ありがとうございます」

「堅苦しい挨拶は抜きだ、刃夜君。命を預けた仲だろう」

「それは……そうですが。その、若造にすぎない私が、こうも雷画さんの時間をとるというのは」

「構わぬよ。お主ほどの人間と会えてワシとしても嬉しい限りだ。さて……世間話をするために来たわけではなかろう?」

 

雷画さんの私室で二人きりで対面しているという、とてもありがたい待遇を受けている俺としては恐縮する限りだったのだが、俺は改めて座り方をただして……深々と頭をたれた。

 

「以前お話しさせていただいた際に、雷画さんの命、組の皆様の命を、勝手ながらお預かりさせていただきました」

「……ふむ」

「その命……お返しにあがりました」

 

預けられていた命を……返却することを告げた。

その意味するところにすぐに気がつき……雷画さんが、小さく息を吐いた。

頭をたれているため、俺には雷画さんがどのような顔をしているのかわからなかった。

だけど……それでも雰囲気がすごく穏やかだったので、きっと喜んでくれているのだと、俺は思った。

 

「見事だな、刃夜君」

「いえ……そのようなことは決して」

「いやいや謙遜することはない。少なくともお主は……ワシらの命の恩人よ」

「ですが……」

「そう卑下することはない。まぁそうはいっても、ワシには全てがわかっているわけではないからな。お主の気持ちを全て払拭することはできん。だが、それでも一つ言わせてほしい」

 

そこで言葉を切った雷画さんのその態度が、俺に顔を上げろと言っているのだと察して、俺は僅かに頭を上げて……雷画さんの顔を見つめた。

そこには、皺が深く刻まれていながらもはっきりとわかるほどに、微笑が浮かんでいた。

 

「ありがとう、刃夜君」

 

それは、本当に綺麗に俺の胸の中に溶けていった。

思わず涙ぐみそうになってしまい、俺はそれを隠したくて、再び頭をたれた。

そんな俺のへたくそな芝居などわかっているのだろうが、雷画さんはそれに触れようとはしなかった。

 

「そして、それに伴いまして……帰宅するめどが立ちました」

「……ほう」

 

こちらの報告は少々意外だったのか、雷画さんが意外そうに驚きの声を上げている。

俺は下げていた頭を上げて、まっすぐに雷画さんの目を見て……改めてお礼と共に、別れを告げた。

 

「今まで一年近くの間、本当にお世話になりました。まだやり残したことがあります故に、すぐには帰りませんが、近々この町を出ようと思います」

「……そうか」

 

前持った相談もないままに、急に別れを告げる身勝手さ。

それは身勝手であり失礼に値すると十分に理解していた。

だがそれでも余り余裕がないことは、十分に理解していたから。

イリヤにも確認をとっているので、多少なりとも時間があることはわかっているが、それでも余り時間はない。

だからこそ、俺は真っ先に告げなければいけない人に……報告にあがっていた。

 

「全く、お前さんにも困ったものだ」

「返す言葉もありません」

「何の理由もないままこの地を一時的に去れといい、それが終わったと思えば何の相談もなく帰るという……」

 

あ……あれ? 結構怒ってる?

 

雷画さんの言葉に怒りの感情が多少なりともこもっていることが十分感じ取れたので、俺は内心で焦った。

無論怒られるかも知れないことは十分理解していたし、当然だとも思っていた。

だがそれでも、雷画さんが怒るというのは少々意外に思えてしまい、焦った。

 

「こうも無礼を働かれては……ただですむとはおもってないだろう?」

「もちろん覚悟の上です。私に出来ることがあるのであれば……何なりとお申し付けください」

「……言ったな?」

「……はい?」

 

俺の言葉の後に呟かれた「言ったな?」という言葉には今までと一転して、実に茶目っ気があることがわかって……俺は思わず目が点になってしまい、雷画さんを見たのだが、そこには実に悪戯心溢れる笑みを浮かべた雷画さんがいた。

 

「では、お主に命じよう」

「何なりと」

「大河を押さえ込んでいたワシの気苦労を少しでも知ってもらうために……お主の送別会を行う」

 

「……はい?」

 

その言葉の意味がよくわからず、俺は今度こそ間抜けな声を上げてしまう。

いや、大河を押さえ込むのが大変だというのはそれはもうすごいよくわかった。

わかりきっていた。

 

しかしそれが何故送別会?

 

その俺の間抜けな声を聞いて、雷画さんは小さくガッツポーズをしていた。

その姿は……まさに大河に似た雰囲気で……

 

あぁ……血のつながりを感じるわ

 

と、妙に納得してしまう俺だった。

 

「無論お主の送別会だ。お主は客として扱われることだ」

「で、ですが……」

「反論は認めんぞ?」

 

実に茶目っ気たっぷりにそう言ってくるものだから、俺としても強く反論が出来ない。

ので仕方ないので、今回は客として扱われることにした。

 

その瞬間……

 

 

 

スパーン!

 

 

 

「おじいちゃん遅い! いつまで待たせるの!」

「……大河」

 

組長の私室の襖を、礼儀正しさの欠片も感じさせず、扉を開けてきたのは言わずもがな、大河だった。

どうやら俺が来たのを知って、待機させられていたような言いぐさだが……

 

「おじいちゃん……約束したよね?」

「……何をだ?」

「鉄さんが来たら、何で私を士郎の家に行かさなかったのか、理由を教えてくれるって!」

 

あぁ……そう言うことになっておいででしたか……

 

先ほどの雷画さんの言葉に、この大河の言葉で合点がいった。

そら大変だっただろう。

何せ相手が大河だから。

飢えた獣を手懐けるのがどれほど大変かなど……考えるまでもない。

 

「っていうか、その話……私が士郎の家に来ないように言ったのは、鉄さんだって聞いたけど、どういうこと! 話してもらうわよ」

 

うわ……めんどくさい……

 

が、何とかうまく説明しないと、大河にも悪いし、協力を約束した二人の義理立てにならない。

俺は何とか智恵を絞って考えるが、すぐに浮かぶのなら苦労はしない。

 

『封絶……りゅ――』

『自分で考えてもらいたいものだな。前にも言ったがこんな事で竜人族としての知識は関係ないし、頼られても困るのだが……』

 

裏切り者!

 

持参した得物の封絶に内心で毒づきながら、俺はどうにかして大河を説得した。

といっても魔術関係の事は言えないのでぶっちゃけかなり苦労した。

だがかといって大河をやきもきさせたのは事実なので、俺は魔術のことを言わずに、何とか説得する方法を考える。

するとやはり言える範囲のことで言うのであれば、臓硯を悪者にするしか方法がなかった。

 

「桜ちゃんのおじいさんが、桜ちゃんを無理矢理嫁がせようとしてたぁ? 本当なの?」

「無理矢理だったし、桜ちゃんがいやがってたからな。俺と士郎がそれに協力したのさ。大河は姉貴分であると同時に教師でもあるから、もし桜ちゃんの居場所を知ってた状態で桜ちゃんの家族に居場所を聞かれたら、答えないわけにはいかないだろう?」

「まぁそうだけど……」

 

嘘は言ってないという、実に強引な理由でどうにかした。

無理矢理黒い陰に嫁がせる。

それを匿うために士郎と共謀したという……実に本当の様で嘘のような嘘をついた。

といってもいやがっていたことは間違いなかった。

 

「でもこうして鉄さんが来たって事は、嫁ぐって言う話は無くなったってこと?」

「あぁ。相手が桜がいやがったことに相手が激怒して、間桐慎二に暴行を加えたようだ。その現場には俺も出くわして、間桐慎二は病院に連れて行った」

 

正しくは、一応応急処理をした後に、病院の前に切れた腕毎投げ捨てておいたのだが……そこは言わない。

意識がまだ回復してないが、腕を繫ぐ手術もうまくいったらしく、命に別状はないらしい。

 

「それに伴って相手が行方不明になったみたいだ。間桐臓硯も行方不明のままだから、相手に何かされたのかも知れないな」

「それって……警察に届け出た方がいいんじゃないの?」

 

もっともで……

 

おそらく間桐慎二が大けがをしたのは大河も知っているのだろう。

間桐慎二に続いて、祖父である間桐臓硯まで行方不明となっているのであれば、警察に届け出ない方が不自然だ。

 

普通の世間一般から見ればだが

 

といっても、警察に届け出たところで、相手である黒い陰はすでに狩竜の中。

間桐臓硯も虫の本体を消滅させてあの世にいっている。

どうにも出来ない。

 

「届け出ることも考えたのだが……ショックで桜ちゃんが寝込んでしまってな。警察沙汰にすると大事になりそうなので、その辺は桜ちゃんの事を考慮してまだ(・・)、届け出は出さない方針だ」

 

状況を見て警察に話すかも知れないよ~という意味合いを含めた意味で、「まだ」と言っておく。

実際はすることは永久にないのだが……そこはそれ、これはこれ。

 

「まだ話が無くなっただけで油断は出来ない。けど警察への通報についてとか、その他諸々の処理は……まぁ後は士郎がどうにかするだろう」

「? そこで何で士郎が?」

「そこはまぁ……男と女って意味だよ、大河」

「!?」

 

今の男と女という意味で大河に雷画さんも意味がわかったらしく、すごく興味を示した。

雷画さんはともかく大河の食いつきはすごかった。

ので、俺は話を逸らすためにこれ幸いにと、士郎と桜ちゃんの逃走劇と、それに伴う情事を話せる範囲で喧伝しておいた。

これによって士郎が後々偉い大河にからかわれたり言われたりするだろうが……そこは甘んじて受け入れてもらうこととする。

 

ひがみかって? 否定はしない。迷惑料というか、方々に心配させたツケってことで

 

「そっかぁ……桜ちゃん、よかったねえ」

 

ある程度説明をし終えると、大河が嬉し泣きをし始めた。

ここで本気で泣いて喜ぶこいつが、本当にいい人間なのだということがよくわかる。

桜ちゃんの家庭事情については詳しくは知らないだろう。

だが、間桐慎二については大河もある程度は知っているはずだ。

更に言えば、桜ちゃんの交友関係なんかも知っているのかも知れない。

だからこその、このうれし涙なのだろう。

 

そのいい人間をだましていることになるんだが……そこはもうしょうがないか

 

大河に魔術関係の話をしたらどうなるかわかったものではない。

魔術関係というのは裏の裏の世界の話だ。

とてもではないが話していいものではないだろう。

ましてや俺は大河と親しくしているが、それでも他人でしかない。

士郎と大河の関係について、俺がどうこういっていいはずがないのだ。

言うとしたら士郎が判断してこそだろう。

 

「まぁわかりました。完全に納得は出来ませんが……それでも事情はわかりました」

「肉親の間桐慎二に暴行を加えるような奴だったからな。大河も危険だと判断したのだ。許してくれ」

「……鉄さんがそういうなら、まぁ危なかったのかも知れないわね」

 

俺の腕前をそれとなく理解している大河だったため、危なかったことについては納得してくれたようだった。

雷画さんはある程度俺の話で、無理があることを理解している様だったが……俺と士郎を信頼してくれているのか、何も聞かないでくれた。

 

こんなにいい人なのに……ちょっと迷惑かけることになるんだよなぁ……

 

ならないように努力するため、左腕の能力すらも行使して全力で盗んでくると、改めて俺は『とある計画』の練り直しを、決意した。

 

「それでも! 士郎の家に行けなかった間私が悶々とさせられたことに変わりはない!」

「……まぁそうだな」

「ので!」

 

立ち上がり、咆吼を上げながら俺にビシリと人差し指を突き出してくるタイガー。

実に無駄で元気な仕草だったが……顔が実に憤怒で溢れているので、この後に続く台詞はあまりいい予感がしない。

 

「おいしいご飯を食べさせてもらう! それで帳消しにしてあげる!」

 

 

 

やっっっっっっすいなぁぁぁぁぁぁ。おい

 

 

 

大河なりの優しさなのだろう。

だがそれでも料理で片付けるというのも……その、若い女性としてそれはどうなんだろうか?

といっても俺よりは年上なんだが。

 

「送別会でも鉄さんの料理が食べたい! それだけじゃたりないから出前を要求する!」

「……雷画さん?」

「……許可しよう」

「うぉっしゃぁぁぁぁ!」

 

天高く、虎吼える冬木……

 

意味のわからない言葉が浮かんでしまったが……まぁいい。

それに大河の願い事を聞くのも悪くはない。

心配をかけさせたのはもちろんだが、大河にも俺は色々と世話になったのは事実だ。

 

それ以上に世話した記憶があるけどな……

 

主に出前的な意味で。

 

「妙なことになってしまったが……まぁ良いだろう。刃夜君、よろしく頼む」

「了解いたしました」

 

士郎と桜ちゃんについては実に無理矢理だったが……まぁ多少なりともどうにかなったので、俺はそれで良しとしておいた。

といっても、雷画さんはほとんどわかっているのだろう。

それでも俺を信頼してこれでいいとしてくれた。

そのことに感謝の念しかなかった。

 

恐ろしい御仁だ……

 

しかし嬉しいことだがやることが増えてしまった。

かなり大事な用事の一つはこれで終えたが、それでもまだやることは多々ある。

藤村組から出て様々なことに準備をするために、俺は頭の中で今後の計画を練った。

 

 

 

とある計画はさっさとやることにした。

とある計画といってもたいしたことはない。

おそらくこの世界から出るための条件である大聖杯の門。

アレが実はまだ完全にしまっていない状況だった。

というよりも閉じているのだが、何故か閉じきっていないという……イリヤとしてもよくわからない状況になっているようだった。

だが、締め切ってない門から俺が出て行って門が閉じたとしても、サーヴァント達の存続には問題ないらしい。

その辺は申し訳ないが門外漢なので、イリヤや遠坂凜と言った連中に任せることにした。

その世界の裂け目とも言えるその穴に入るのが、おそらくこの世界からでることになるのだが……なんかあまり考えたくないが、嫌な予感がするのだ。

 

帰れない的な意味でな……

 

想像もしたくないが……またぞろ変なところに行くという、強い予感があった。

ので、俺はそれに抗うために、準備を進めることにしたのだ。

携帯食料の購入、食材の種の購入、文明の利器の購入……および入手である。

入手については犯罪だが、「悪いことではない」という方便で、とあるところから失敬することにしている。

他にも細々したものを購入する予定だ。

 

生きるために手段はある程度選んでられないからな……

 

次に和食屋(二号店)の閉店及び、閉店セールだ。

今まで俺の料理を食べに来てくれていたお客様に、最後のご奉仕をしなければいけない。

また仕入れ先の方々にも挨拶回りをしなければいけない。

 

どうすっかな? 割引しするとして……日本円があっても無駄な可能性もあるから、懐すっからかんにするか

 

さらにイリヤの体のことや、またそれをどうにかするに辺り、とある人物への依頼と報酬を用意すること。

これはすでに問題がないと確信している。

 

持ってて良かった、モンスターワールドの物品

 

異世界産ってのでかなりいい物だろうが、あいつにとってはその中でも一級品に欲しい物だろう。

 

そして何より、重要な約束が待っている

 

これをどうにかしないことには、俺は帰ることは許されない。

どうすべきか、何を話すべきか……それを考えながら、俺は色々しなければいけないことの準備を進める。

 

 

 

 

 

 

奴らを……解放せよ!

 

という実に下らない心境で、俺はるんるん気分で、冬木の新都のとある場所を訪れていた。

ちょめちょめと左腕の力すらも利用して、とある帳簿の記入の変更を行っていた。

 

一つ減らして、こっちは六箱……いや、十箱頂戴しよう……。故障が少ない回転だから一つで大丈夫……やっぱり二つで

 

『悪党から犯罪品を盗む……。いくらやっていることが世のためとはいえ……さすがにこれを霞龍が知ったら泣くんじゃなかろうか?』

『やかましいわ。生きるために必要なことなので聞く耳持たぬ』

 

ちょめちょめと帳簿の改竄をして、俺は予定通りの物を入手した。

というよりも予定外の物もちょめちょめする。

 

ハーフムーンクリップがあるからそれももらって……だとするとせっかくだし普通のももらっておくか

 

予定よりも手持ちの鞄がずっしりと重くなったことを実感して……匿名で警察に通報した。

このことで新聞を騒がせることになるのだが……まぁそこはどうでもいいので俺は心の中で合掌しておいた。

 

色んな意味でな……

 

 

 

 

 

 

実家に帰るために店をたたむことになったと、仕入れ先にお詫びとお礼を言いに行った。

行く先々で別れを惜しんでくれて、本当に申し訳ない気持ちで一杯だった。

故に半額セールのことも伝えておいたのだが……そのおかげで俺はえっらいめに合うことになった。

まぁそこはいいだろう。

嬉しい悲鳴という奴だ。

また暇を見つけては藤村組の連中に差し入れを持っていった。

すると料理争奪戦になるからちょっとおもしろかったりする。

またその場合は大河の分と、組の連中とは別にしてもっていかないと大変な目にあうのだが……その分量が半端無いことになって料理するのが大変だった。

 

まぁ喜んでくれたのだから……そこはよかったのだが……

 

しかし面倒だったのが、構成員の連中にえっらい絡まれて帰るのが大変だった。

中には弟子にしてくれとか、剣を教えてくれとか……世迷い言をほざいてくる奴がいたので、そいつらにはとりあえずデコピンをしておいた。

ここまで別れを惜しんでくれるのは、本当にありがたいことなのだろう。

 

俺はそんな立派な人間じゃ、ないんだけどな

 

思うところがあり、俺はそれを全て受け入れることは出来なかったが、それでもその事を嬉しく思った。

 

「刃夜君」

 

そして帰ろうとした帰り道……結局ばれて雷画さんに説教を喰らいました。

完璧に隠蔽したと思ったのだが……どうやら逆に完璧にやり過ぎてばれたようだった。

まぁでも、許してはくれたみたいだったが……申し訳なかった。

 

 

 

 

 

 

「すまなかったな、遠坂。無理をして起きてもらって」

「別に……ある程度回復してたから動く程度なら問題ないわよ」

 

ある程度の片付けが終わり、中休みの間に俺は見舞いもかねて遠坂凜の家に上がり込んでいた。

無事なのは知っていたし、回復しているのも知っていたが、それでもやはりまだ本調子ではないようだった。

それでも普通に喋れるようには回復しているので、さすがは地元に根付いた魔術師というところなのだろう。

 

「それで、お見舞いの品はありがたく頂戴するけど……ただお見舞いに来たって訳じゃないんでしょ?」

 

ちなみに見舞いの品はお昼のおかずだったりする。

 

「ひどいやつだな。俺が純粋に見舞いに来ないことが前提とは」

「あなたと私……そこまで仲が良かったかしら?」

 

にっこりと……満面の笑みを浮かべているにもかかわらず、その顔は全く笑っていなかった。

怒っているというか……今の俺の台詞が気にくわなかったのだろう。

思い当たる節……小次郎と俺で遠坂とアーチャーを圧勝、黒い泥に呑み込まれかけたのを助けたがその場では放置、大聖杯の根本で完全に放置……が多すぎて、何も言い返せなかった。

護衛兼小間使いのアーチャーが遠坂の後ろで、やれやれといった感じで小さく溜め息をついていた。

しかしその恰好が……実に笑えなかった。

 

……いや、俺はこいつが誰だかわかってるからまぁわかるんだが……他の連中が見たら笑うんじゃ無かろうか?

 

アーチャーの今の恰好は……もちろん戦装束ではなかったのだが、黒い綿パンに濃い灰色のシャツを着ていて、実に様になっていた。

だがその上に身に着けている物が、もう笑うしかないというか……笑えないというか。

 

エプロンって……お前……

 

真っ白な、フリルが大量についたエプロン。

それをまぁ実に屈強な男が身に着けている物だから……非常にシュールだ。

しかもそれが妙にはまっているのだ。

ギャグに見えるというか、もう可笑しすぎて逆に笑えなかった。

 

「……」

 

俺の視線に気付いたのだろう、アーチャーが俺を一度見て……目をそらしながら苦笑していた。

どうやら彼自身も自分のことに納得しているようで、心底納得はしていないようだった。

もしかしたら遠坂凜が着ろと命じたのかも知れない。

俺は武士の情けで、何も見なかったことにした。

 

「まぁその通りだ。見舞いに来たのは一応事実だが、それは本題ではない」

「そうでしょうね。見舞いのお重以外にもなんか色々と持ってきているみたいだし」

 

そう俺は見舞いの料理のお重以外にもいくつか手みやげを持ってきていた。

手みやげと言うよりも、前払いの報酬といった方が正しいのだが。

回りくどいことをしている時間もあまりないので、俺は早速本題に入ることにした。

 

「お願い事を一つしたいと思ってな」

「お願い?」

 

「イリヤの体の事だ」

 

俺のその言葉に、遠坂は実に苦々しい表情を浮かべた。

おそらく遠坂もある程度わかっているのだろう。

というよりも俺よりもわかっていると言っていいだろう。

 

何せ本物の魔術師なのだから

 

俺みたいに呪術をある程度しか修めていない輩が相手では太刀打ちも出来ないだろう。

まぁそれでも聖杯戦争の仕組みを考えれば、イリヤの体がどんなものなのかは予想できる。

 

「聖杯戦争の聖杯として作られたイリヤの体。それを何とかしてくれないか?」

「なんとかって……実に適当なこと言ってくるわね?」

「すまないな。言ったと思うが俺は並行世界の人間だ。裏の住人ではあるが、魔術方面は得意じゃない。だが、わかっているんだろう遠坂」

「……」

「今のままでは、おそらくイリヤはそう長くない」

 

魔術方面に詳しくない俺でもわかっていたこと。

それはイリヤがこのままでは、そう遠くない将来に死んでしまうことだ。

悲しいが、間違いないことだった。

 

「まぁ間違いないでしょうね」

「だろうな」

「でも、何で私に頼んでくるのかしら? それにそれはイリヤが望んでいることかしら?」

「俺が独断でやっていることだからな。イリヤが本当に望んでいるのかはわからない」

「だったら……」

 

「だがそれでもだ、遠坂。俺は命の恩人であり、色々と助けてもらったイリヤを、死ぬとわかっていて見過ごすことは出来ないんだ」

 

イリヤは全てわかっているだろう。

自分がそう長い時間生きることは出来ないのだと。

だがそれでも生きたいと望んでいることは間違いなかった。

俺はイリヤを助けにいった時の気持ちを、知っているから。

だから助けたかった。

だが俺にはその力も知識もなく……ましてやそれ以上に時間がなかった。

だから、信頼も出来て魔術方面でもっとも頼りになると思われる、遠坂にお願いに来たのだ。

 

「あなたがイリヤを助けたい理由はわかったわ。でも……なんで私に頼むのかしら?」

「理由としては俺の知り合いの中で、もっともまっとうな魔術師がお前だけだからだ」

 

俺の魔術師の知り合いなんて、数人しかいない。

士郎に桜ちゃん。

一応……魔術を知っているという意味で……間桐慎二。

イリヤ。

あとは目の前にいる遠坂凜くらいのものだ。

 

「私としても思うところはあるから別に構わないのだけれど……それでも簡単じゃないわ」

「無論その通りだろう。どういった方法をとるのかはわからないが、難しいことだけは考えるまでもない。だが技術的な面では問題ない」

「どういうこと?」

「キャスターにもすでに協力の約束は取り付けてある」

 

魔術師のサーヴァントであるキャスターの協力はすでに取り付けているのだ。

英雄と語り継がれ、聖杯戦争に参加できる魔術師の実力は計り知れないだろう。

実力においてはおそらくこれ以上の協力者は他にいないだろう。

ちなみに協力を約束した理由としては、この生活の今後に関わる可能性があったため、キャスターから志願したくらいだ。

大聖杯という大元がどうなるかわからない状況のため、その聖杯の状況をほぼ完璧に把握できるイリヤという存在の役割は計り知れないからだ。

 

だが……実力はあってもどうにも出来ない問題がある

 

その点が俺が遠坂凜に協力を依頼している理由となっている。

その理由も、キャスターにすでに協力を得ているという言葉で、遠坂凜も理解したようだった。

実にめんどくさそうな顔を、俺に向けてきた。

 

「あんた……本当にむかつくわね」

「失礼だなぁ。まぁその通りかも知れないけど」

「当たり前でしょう。キャスターがすでに協力するって言っているのなら……私がしなければいけないことは、材料なんかの調達って事じゃない」

 

まぁそれくらいしかないわな

 

そう……目下その材料調達こそが、唯一にして最大の問題点だった。

キャスターは実力はあっても、遠くには行けないのだ。

大聖杯から余り離れた場合、どのような弊害が起こるのかがわからないからだ。

いけるかも知れないが……それでも今のキャスターに葛木先生のそばを離れろと言うのは、少し酷という物だろう。

イリヤ本人に調達をお願いすることも、選択肢にあがりかけたが……今回の聖杯戦争の結末が、アインツベルンという魔術の大御所が納得しているとは思えない。

下手をすれば斬り捨てられる可能性もある。

となると消去法で適任者は唯一……遠坂凜と言うことになる。

魔術の世界には疎いが、俺も裏の世界の住人だ。

それがどれだけ面倒かと言うことは、考えるまでもないだろう。

しかし……その難しさこそが、俺が遠坂凜に今回の頼み事をする理由でもある。

 

「相当難しいのは間違いないだろう。だが、難しさが……俺がお前にこのことを頼む理由になる」

「……どうういうこと?」

 

言っている意味がわからないのだろう。

遠坂が実にいぶかしげな顔を俺に向けてくる。

アーチャーもよくわかってないのだろう。

同じような表情を俺に向けていた

 

「難しい事柄なら報酬もそれ相応の物が必要だ。が、俺は正直この世界の現金は、あいにくと大した持ち合わせがない」

 

というか、もういなくなることがわかっているのであっても無駄なので、料理半額キャンペーンなんかで、それなりに溜めていた金はどんどん減っていっている、というよりも減らしている。

必要な物はほとんど買いそろえたし、入手した。

後は雷画さんと美綴に対して御礼が出来る金額があれば正直、どうでも良かった。

 

「だったら何を対価に支払うのかしら?」

「言っただろ、遠坂凜? 俺は異世界から来たってな……」

 

異世界から来たことは重々承知しているのだろうが、それが何故報酬の話になるのかわからないのだろう。

更に遠坂凜はうさんくさそうな顔を俺に向けてくる。

その遠坂凜に対して……俺は不敵に笑いながら、こういった。

 

「お前の魔術は金を食うだろう? 何せ宝石を使った魔術だ。安くはないはずだ」

「えぇ、まぁそうね。結構な金額になるわ」

 

 

 

「そんなお前に……『異世界の人間』の俺からの報酬。わからないか?」

 

 

 

その言葉でようやく、俺が何を報酬としているのか気付いた遠坂凜が目を剥く。

アーチャーもそれでわかったらしく俺の脇に置かれている包みに、目を向けている。

遠坂凜も同じように、俺の脇に置かれた包みに目を向けていた。

その予想通りの反応に、俺は思わずニヤリと笑った。

 

「ま……まさか、その包みの中身って」

「あぁ。俺がこの世界に来る前にいた世界の宝石だ。この現代社会の世界の魔力(マナ)が仮に1としたら……そうだな、500位はありそうな世界の「宝石」が、俺が対価に出せる報酬だ」

 

この報酬は遠坂凜としては喉から手が出るほど欲しい物だろう。

何せ魔力(マナ)が有り余っているといっていい世界、モンスターワールドの世界で採掘できる宝石……正しくは鉱石かも知れないが。まぁ希少という意味では同一だ……は、この世界から見たらあまりにも異常な物だろう。

何せ、モンスターワールドの世界の宝石は、それ自体が魔力(マナ)を保有しているのだ。

しかも保有している魔力(マナ)の純度が桁違いだ。

これを魔術によって自分色に染めることは、そう難しいことではないだろう。

何せ魔力(マナ)は無色であり、純粋な力の塊だからだ。

となると、これほど貴重な報酬は……文字通り、この世界のどこを探しても存在しない。

そして俺が今回持ってきた報酬の宝石は以下の通りだ。

燕雀石(マカライト鉱石)輝竜石(ドラグライト鉱石)霊鶴石(カブレライト鉱石)緋鷹石(エルトライト鉱石)雲鳩石(メランジェ鉱石)をそれぞれ数個持ってきた。

 

「見せてもらってもいいかしら!?」

「あ……あぁ、もちろんだ」

 

目の色が変わった……半ば血走っている……遠坂凜に若干引きつつ、俺は包みに入った鉱石関係を渡した。

その包みを開いて……遠坂凜は目を見開く。

そして鉱石を一個一個吟味しながら見て……再度包みに包んで胸に抱いた。

 

「ほ……本当にこれを報酬でくれるの?」

 

もう手放す気は無いって体勢で、よくぞそんなことを……

 

目一杯の力で抱きしめているのが、非常によくわかる。

俺としても今回の報酬は刀の鍛造士として、思わないところもなくはなかったが、それでもイリヤの命が買えるのならば安いと思って、ほとんどの鉱石を報酬として差し出した。

微妙にけちかも知れないが、氷結晶は一つも報酬に入っていない。

常温でも溶けずに無くならない氷というのは……俺の中では相当貴重だからだ。

 

「無論だ。更に言えばそいつは前払いだから、依頼を受けてくれるのであれば、それはすでにお前の物だ」

「!? 前払いって……」

「俺がこの世界に長くいないってのも理由の一つだが、それ以上にお前さんの事を信頼しているとも言える」

 

投げ出す奴ではないということは、士郎と桜ちゃんの接し方を見れば十分に理解できる。

それに前払いにすることで、こいつは意地でも俺からの依頼を成し遂げてくれるだろう。

それでも万が一ということがあるので……俺は更に保険もかけておくことも忘れない。

 

「それは前払いだが、それとは別に成功報酬も用意してある」

「!? 何ですって!?」

「イリヤに渡してあるから、成功したらイリヤにもらうといい。そしてその成功報酬は……魔力(マナ)の純度から鑑みて、今渡した報酬とは比べものにならないくらいに貴重な宝石だ」

 

ちなみにイリヤにはただ単に、遠坂が欲しがる物を預けておくから、なんか困ったことがあったらこれで脅せばいい……と、伝えて渡した。

もしかしたら俺がどういう理由で持たせたのかはわかっているかも知れないが……そこはもう気にしないことにした。

 

「!? これより上があるの!?」

「あぁ。モンスターワールドでも相当貴重だったし、魔力(マナ)の保有量と純度から見ても間違いない」

 

成功報酬はピュアクリスタルと呼ばれる鉱石だ。

非常に硬度があって、綺麗に光り輝いている鉱石だ。

仮に価値のわかる奴に売った場合……一世代は間違いなく遊んで暮らせるだろう。

しかもピュアクリスタルはより宝石に近いものだ。

これを使えば相当な魔術を使用できるだろう。

どう扱うかは遠坂凜次第だが、はっきり言って報酬が不足すると言うことはないだろう。

 

「受けてもらうということでいいか?」

「……これだけの物見せられたら断る方がどうかしているわよ」

「……そんなにすごいのか?」

「すごいとか言う話じゃないわよ。こんな宝石見たこともないわ。これは相当貴重よ。それこそ……魔術師なら、殺してでも手に入れたいと思えるくらいにね」

 

物騒だが……そんなにか?

 

俺にはそこまでの実感がなかった。

ぶっちゃけ……モンスターワールドで日常的に使われている上に、俺自身も日常的に使っていたので、そこまで貴重に思えないのが本音だった。

 

いかにモンスターワールドが異常だったかって事がよくわかるな

 

モンスターワールドでは気にせず自分で採掘しては、そのたびにひたすら鉄を打っていただのが……そう考えるとラオシャンロン戦で使用した、刀の影打ちもこちらの世界で売ったら相当儲けられたかも知れない。

 

まぁ刀を金儲けの道具にするつもりは全くないが……

 

まぁどちらにしろ、たられば等に興味はない。

遠坂凜に依頼を行うことが出来た。

それで良しとしておこう。

 

「では長居するのもアレだしな。イリヤのこと、よろしく頼んだぞ」

「えぇ。報酬が破格って言うのも理由にあるけど、私としても放置する気はなかったから」

 

本当にこいつ……お人好しというか何というか

 

裏の裏の住人なのだから、ぶっちゃけ自分ないし身内以外はどうでもいいと思うのが普通なのだが……桜ちゃんに対して、冷酷になろうとしてなりきれなかったこいつらしい。

だからこそ、こいつは士郎も面倒を見てあげたのだろう。

魔術師として大成しようとしているのだろうが……こいつのこの「味」がなくなるのであれば少々残念だが……。

 

直感だが……それはないな

 

おそらくこいつはこいつのまま、魔術師として大成するだろう。

そんな気がした。

ならば……こいつに任せれば問題ないだろう。

 

そして……もう一つ。きいておかなければな……

 

「後一つ……ききたいことがある」

「何かしら?」

「あの後……言峰綺礼はどうなった?」

 

聖杯戦争が終えて、遠坂凜が目を覚ましてからすぐに、俺は遠坂凜に最後に立ちはだかった聖杯戦争の監督役……言峰綺礼について報告をしていた。

その報告を受けて、遠坂凜はすぐにアーチャーに探索をさせたのだが、大空洞を含めて探索した結果、影も形もなかったという。

 

「あれから探索もしたし、教会にも報告したけど影も形も見つかってない。完全にあいつは姿を消したわ」

「……そうか」

 

あの状況下であの男は一体どうやって逃げ延びたのか?

それとも死んだのか?

もしくは消滅したのか?

何も掴めていない状況だった。

血痕は見つかったらしいが、それだけだった。

 

「それもこっちで続けるから、安心して。私としても、あいつがどうなったか知りたいから」

「そうか……。ではよろしく頼む」

 

俺はそう言って別れを告げる。

出来れば魔術の関係でこいつにも色々と話を聞きたかった気がしないでもないが……まぁそんな余裕はないので、諦めるとしよう。

少々後ろ髪引かれる思いで、俺は遠坂邸を後にして……店で悲鳴を上げた。

急な店じまいに伴った半額セールというのは……少々やり過ぎたかも知れない。

別に金には困っていないし、この世界の貨幣はもう使うことはないだろうからすっからかんになっても構わないのだが……人手不足というのはきつい。

 

『くそう! 小次郎がいれば衣食住と朝の斬り合いでさんざんこき使えたのに!』

『美綴に頼んだらどうだ?』

『……お前、わかってて言ってるだろ、封絶?』

『どうだかな』

 

実に無責任なことを言ってくる封絶に半ば八つ当たりをするが、意味もない。

美綴も勝手に手伝ってくれて正直大変ありがたいし、結構美綴目当てで来る奴も多いので、それはそれであり……無論、聖杯戦争が終わってからの接客は激務なので、バイト代は渡している……なのだが、それでも美綴に俺から頼むのは少々不誠実に思えた。

ので必死になって捌くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

これが、聖杯戦争を終えた冬木の……刃夜がいた僅かな日数の日常だった。

 

 

 

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