月夜に閃く二振りの野太刀   作:刀馬鹿

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個人的にけっこう好きな話

一部分は自分でも驚くくらいによく書けたと思います(自画自賛)

まぁ気に入らない方もいるかもしれませんが、それでも個人的にけっこう気に入ってますw


旅立ち

異常が起きたのは、あと二時間ほどで日付が変わる、夜半時だった。

 

「!? これって!」

 

誰よりも早く異変に気付いたのは、聖杯であるイリヤだった。

居間でのんびりまったりとした時間を過ごしていた時のことだ。

和菓子の栗羊羹を食べながら緑茶をすすって……ここ数日の生活で、ずいぶんと日本の食生活に慣れたようだった……いた。

セイバーは黙々と藤村組から差し入れされたミカンを、こたつに籠もりながら食べ続けていた。

ライダーはいつものように居間にはおらず、桜の容態を見守っているため居間にはいない。

 

「どうしたイリヤ?」

 

空になってしまったセイバーの湯飲みに、新しく熱いお茶を注ぐ士郎が突然声を上げたイリヤへと、疑問の言葉を投げかける。

だが、誰もがすぐに異変に気付いた。

 

魔術を知り、その術を磨いている存在は……。

 

すぐにセイバーが異常に気付き、そしてライダーも気付いた。

他のサーヴァント達も同様で、誰もが何かしら問題が起こった事を認識した。

それはマスターである士郎や凜も同じ事だった。

 

「イリヤ、これは……」

「大聖杯が急に安定しなくなったみたい。どうして? 今朝見に行った時はそんな兆候全くなかったのに」

「イリヤスフィール。このまま行くと、どうなるのですか?」

 

さすがにミカンを食べている場合ではないと思ったのか……といっても、皮を剥いたミカンは全て平らげており、剥かれた皮の数はかなりあったが……セイバーが立ち上がりながらイリヤへと問いを投げかける。

第五次聖杯戦争を刃夜が強引な形で終わらせてから、それなりの日数が経過していた。

サーヴァントが五体も存在する状況でありながら、今の冬木は聖杯戦争が始まる前よりも穏やかな時間が流れていた。

そしてその穏やかな時間が心地いいと思っているサーヴァントは多かった。

何より、サーヴァントはこの生活の中でどうしても知りたいこと、やらなければいけないこと、そして……やりたいことがあるため、まだ消えたいとは誰も思っていなかった。

そのため、自らが存在するためにもっと重要な存在である大聖杯に異変があるというのは、十分に問題視すべき事柄だった。

 

「どうもしないわ。聖杯の中のこの世全ての悪(アンリ・マユ)はすでにジンヤが消してくれたし、魔力もあなたたちサーヴァントが現界するために使われた。けど、穴はまだ閉じられていない。穴が閉じることによって何か問題が起こるって事はないけど……けど」

「穴ってのは、その……第三魔法の目的のための穴だよな?」

「そう、その穴よ。そして魔力がなくなった今、あの穴を必要としてるのは、一人しかいない」

「刃夜か……」

 

今の大聖杯を必要としているのは、自らの肉体を現界させているサーヴァントを除けば、刃夜だけだった。

本来であれば、第五次聖杯戦争を強引に終わらせたその瞬間に、刃夜は聖杯へ飛び込むのがもっとも安全と言えた。

まだ刃夜としてもやることがあり、また荷物を置いてはいけなかった。

だから聖杯であるイリヤに毎日状況の確認と、報告を刃夜はお願いしており、今朝も当然異常がないと報告をしていたのだが……。

 

「閉じたらどうなるんだ?」

「おそらくだけど、ジンヤがこの世界から出て行くことができなくなるわ」

 

並行世界という存在を知りつつも、実際に経験のない士郎達には正直に言えばよくわかっていない。

だがそれでも、自分の世界に……故郷に帰れないと言うことがつらいということは、十分に理解できる。

 

「イリヤ。サクラに影響はあるのですか?」

 

異変を感じ取って、自らの主の容態を聞きに、ライダーが居間へと少々慌て気味にやってくる。

そのライダーに対して、イリヤははっきりと首を横に振った。

 

「おそらく問題はないわ。この世全ての悪(アンリ・マユ)がなくなったから。確かにサクラも聖杯の欠片を埋められたことで、聖杯として機能する。けど大聖杯の穴が閉じた程度では問題ないはず」

 

その言葉に、ライダーは心の底から安堵したようで、普段はほとんど動かさない表情に微笑を浮かべていた。

だがそれもつかの間だった。

大聖杯が不安定になったのは、おそらく刃夜も察しているだろうと、この場にいる誰もが信じて疑わなかった。

異世界から来た、あまりにも謎の存在。

生身の人間でありながらサーヴァントと互角に戦うことができ、魔術と系統は違えど術を使えて、挙げ句に料理のプロ。

そんなあり得ない存在だからこそ、通常大聖杯に異変が起こったことなどわかるはずもないはずなのだが……それでも誰も刃夜が気付いてないとは思わなかった。

だがそれでも異変が起きたのならば、確認には行かなければならないだろう。

 

「まぁたぶん気付いているでしょうけど、一応教えに行った方がいいんじゃない?」

 

そう言いながら居間に姿を現したのは、凜だった。

未だ眠り続けている桜の見舞いと、目を覚まさせる方法を模索するため、たまにこうして凜は衛宮家に顔を出していた。

何かしら研究でも行っていたのか、伊達眼鏡を掛けている。

 

「それは……そうだな……」

「急ごうシロウ。気付いていても気付いていなくても、ジンヤとはこれが最後になる可能性が高いんだから」

 

立ち上がってイリヤは士郎をそう急かした。

確かにイリヤの言うとおりだった。

もし仮に大聖杯の穴へと飛び込めば、どのような結果になろうと刃夜がこの世界からいなくなるのは間違いない。

今生の別れになる可能性は、決して否めなかった。

 

「最後……」

 

そのイリヤの言葉に、小さく言葉を呟いたのはライダーだった。

顔を少しうつむけて思案しながらぼそりと呟かれたその言葉に、士郎もイリヤも気付かなかったが……それとなく回りを見渡していた凜は、ライダーの様子に気がついた。

 

「見送りに行ってきたら?」

「? リン?」

 

考え事をしていたライダーは、咄嗟に凜が何を言ってきたのか理解できなかった。

その態度に凜は一つ溜め息を吐いた。

溜め息といっても呆れているような、負の感情から起因する物ではない。

どこか、しかたのない妹を諭すような感じの吐息だった。

 

「イリヤの言うとおり、おそらくあいつとはこれでお別れになるでしょうね。何か思うところがあるのなら行かないと、もう会える可能性は限りなく低いわよ?」

「しかし……」

「桜なら心配しないで。私がちゃんと面倒見るから」

 

見送ることの出来ない言い訳を、先に潰してしまう凜。

先回りされたことで、思わず目をぱちくりとさせてしまうライダー。

その仕草がかわいらしくて、凜は思わずぷっと一つ笑った後に、片目を閉じながら笑顔を向けた。

 

「私はもうこの前会った時にいろいろいってやったし、報酬ももらったからあの男に用はもうないから。だから何か思うところがあるなら、ガツンと言ってきて」

『楽しく話をしているところ申し訳ないが、刃夜が動いたぞ。皆の予想通り、大聖杯の異常に気付いているようだ。ものすごい大荷物で柳洞寺へと向かっている』

 

凜が衛宮家に来ているため、護衛としてアーチャーも来ており、定位置と言うべきなのか……屋根の上で周囲を警戒していた。

正直なところ何を警戒するのかと、言いたくなるのだが……アーチャーにはアーチャーなりに思うところがあるのだろう。

決してこの居間に……敷地に足を踏み入れても、家の中にはかたくなに入ろうとはしなかった。

 

「ですって。だから行ってきて」

「行きましょうライダー。私としてもジンヤには御礼を言わなければいけないこともあります」

「セイバー」

 

セイバーも用があるみたいで、立ち上がり士郎やイリヤ同様に、コートを羽織りながらそう言う。

ライダーも何人にも促されて決意が固まったのか、急いで自室……衛宮家は広いため、全員に個室を与えてもまだ余裕があった……の和室から上着をとってきて、皆で出掛けていった。

 

『本当に良かったのか? 君も行ってもいいのだぞ?』

『私があいつに会って何を言えばいいのよ? あいつとはこの前のイリヤの依頼と、その報酬関係の話で綺麗さっぱり清算されたわよ。少なくとも私の中ではね』

『そうか。君がそう言うのなら私は構わないが』

『そういうあんたはどうなのよ? アーチャー』

『私もあいつに言うことは何もない』

『そう』

 

全ての人間が出払った衛宮家で、凜は桜の部屋に足を運びながらアーチャーと念話をする。

実際、凜の中で綺麗に決着はついていた。

思うところがない……とは言いいきれないかもしれない。

狩竜を概念武装と勘違いしてしまったのが出会いだった。

その後は対して接点もなかったが、魔術師でもないはずの刃夜が聖杯戦争にマスターとして参加したことで、一変した。

そこからが本当に凜にとっては苦難というか……大変な事が多々起きることになった。

聖杯戦争を全く知らないはずの刃夜が、マスターとして参戦。

刃夜が契約したのはアサシンであるはずの佐々木小次郎。

契約した佐々木小次郎は、アサシンのクラスにもかかわらず、最優の騎士であるセイバーと剣技で渡り合うほどの技量を有していた。

マスターである刃夜もサーヴァントと同等の力量を有している。

刃夜と小次郎の二人組は、前衛特化とはいえ事実上サーヴァントが二体いるのと同じだった。

故に、凜は手ひどい目に何度も遭わされた。

不可思議な薬を飲まされて屈辱的?な気分も味わった。

だが……

 

「まぁそのおかげで……今があるのかしらね」

 

桜が眠りについている部屋に入り、桜の穏やかな寝顔を見ながら、凜は自身の耳にすら入らないほど小さく、そう呟いた。

イレギュラーな存在だったことは間違いなかった。

だけれども、そのおかげでこうして今という時間が……異常ながらに楽しく、穏やかな時間が流れているのもまた事実。

もしかしたら刃夜が介入しない方が、いい結果になったかもしれない。

もしかしたら刃夜がいなかったら、もっと悪い結果になっていたかもしれない。

たらればの話に意味はないと、凜も重々承知していた。

それでも夢想してしまうのだが……しかし凜としては今の時間はそう嫌いでかった。

魔術師として見れば、あり得ないことがあふれかえっている。

それでも今の時間は心地よかった。

結果論でしかないけれども、それでも刃夜がいたことで大団円とは言えないまでも、悪い結果にはならなかったのだから……。

後は……

 

「あんたが無事に起きてくれれば言うことないんだけどね……桜」

 

ベッドのそばに置かれている椅子に腰掛けて、凜は桜の……妹の柔らかな髪を優しくなでた。

その手が髪に結ばれているリボンに触れて……少々複雑な笑みを浮かべているが、その笑顔は誰に見られることなくただ静かに、凜は時間が流れるのを感じていた。

 

 

 

士郎達一行……士郎にセイバー、イリヤ、ライダー……は、大急ぎで柳洞寺の入り口とも言える参道へ走って向かっていた。

しかしいかんせん士郎の家から柳洞寺まではそれなりに距離がある。

そのため……四人は一種の強攻策をとった。

 

「……重くないか、セイバー?」

「問題ありません、シロウ」

 

サーヴァントであるセイバーに、士郎は横抱きにされていた。

イリヤは当然ライダーに横抱きにされて、運ばれている。

 

わかってるんだけど……自分よりも小柄な女の子に横抱きってのはちょっと……

 

サーヴァントであるセイバーに、そんなことを思うことは逆に失礼だとわかっているのだが、いかんせんセイバーの外見があまりにも美少女すぎて、屈辱的に思えてしまう士郎がいたりもした。

二月も終わり日が伸びてきたとはいえ、深夜といって差し支えのない時間は、とても寒くて、また静かだった。

だが不気味さは以前ほど感じられない。

そしてそれと同じく……以前ほど人の気配が感じられない。

深山町は以前に比べて住んでいる人が減っている。

だからこそ、余計に寒く、そして寂しいと感じてしまうようだった。

その寂しさの原因に歯がみする思いだった士郎だったが……その思いは目的の人物が山門へと繋がる坂道の前で、外国の人と見えているのに気配すらも感じられないほど気配の薄い男と、刃夜が話している姿を見て消え失せた。

 

「……なんて恰好してるんだ刃夜?」

 

柳洞寺の山門へと繋がる坂道の前で刃夜はキャスターと葛木と話をしていた。

当然といえば当然だが、キャスターもそれなりの美人な外国人のため結構目立つ。

が、間違いなくそれ以上に目立つのは刃夜だろう。

恰好……というよりも、荷物を見れば完全に夜逃げだからだ。

大きなリュックやバッグを複数担ぎ、細長い箱を肩から斜めに掛け、挙げ句に台車にも大量のリュックサックやバッグが置かれている。

さらには水の2Lペットボトル段ボールが二箱。

他にも諸々大きな荷物がこれでもかと詰め込まれ、紐で台車にくくられていた。

これでは夜逃げと間違われる……まぁ実際に消えるという意味では一緒だが……こと間違いなし。

時間も時間なので警察に見つかれば、職務質問されること請け合いだろう。

 

「その言葉、そっくりそのまま返すぞ士郎」

 

だが刃夜から見ても、士郎達もそれなりに異様な集団といえる。

何せ外国の美少女二人に美女一人と、日本の男子一人だ。

挙げ句唯一の男の士郎は、自分よりも小柄な少女に横抱き……所謂お姫様だっこ……されているのだから。

 

「私から言わせてもらえば、あなたたち全員が変なのだけれど?」

「やかましいわキャスター。葛木先生と楽しく新婚生活でもしてなさい」

 

変な恰好……というよりも夜逃げと思えるほどの大荷物……なのは十分自覚があるのだろう。

刃夜はあまり言い返すこともせず、苦笑してキャスターに笑いかける。

 

「葛木先生といちゃいちゃするのが楽しいんだろうが……変なことは考えるなよ? いくら柳洞寺の神殿といっても、回りのサーヴァント全員が敵に回ったらどうにもならないだろ? 大人しく生活することだな」

「言われなくてもわかってるわよ。私としても平穏無事に生活できるのならそれで構わないのだから。私の今の(・・)望みはただ一つ。宗一郎様と平和に暮らすことだけなのだから」

 

隣に葛木本人がいるため照れながらではあったが……それでも本人を前にして、そういい切れる位の間柄にはなったようだった。

葛木はキャスターの言葉を否定はしなかった。

元々気配も薄く、言葉も少ないためどんな気持ちかは想像するのは難しかったが……それでも二人はそれなりに仲良くやっていけるのだろう。

 

「世話になったな」

「俺はあなたたちに対しては、ほとんど何もしてませんよ、葛木先生。いい教師(・・)として、また仲のいい国際結婚の夫婦として、幸せに暮らしてください」

「……そうだな」

 

葛木と刃夜の会話はたったそれだけだった。

だがその言葉の中に、それ以上に意味のある会話だと言うことは士郎にもわかったが……意味まではわからなかった。

だがそれでも刃夜の様子を見る限りでは大丈夫であると、そう思えた。

 

「お、やっぱりいたか」

 

そんな声がこの場に響いたと同時に、近くの家の屋根から飛び降りてくる人物が一人いた。

冬の深夜という時間帯にもかかわらず、Tシャツ一枚に革ジャンという……余り暖かくなさそうな恰好をしている男、ランサーだった。

その肩には巨大なクーラーボックスが提げられている。

 

「ランサー。きてくれたのか?」

「俺も世話になったからな。帰るって事は知ってるのに、挨拶もなしってわけにはいかないだろう? それ、餞別だ」

「これは?」

「今肉屋でバイトしててな。店長に好敵手(友人)が旅立つからってんで、バイト代前借りさせてもらっていい肉持ってきた。道中調理して食え」

「気持ちはありがたい。だが……途中の言葉で少々気になる単語が……」

「いつか勝負しようぜ?」

「勘弁してくれ」

 

そう笑いながらも、刃夜としても悪い気はしていないのか、苦笑しながらもその笑みに嫌そうな感じは見受けられなかった。

別れというのは、当然ながら寂しい物だった。

だがそれでも、時間は待ってくれない。

だからもう一言二言、刃夜はランサーと葛木夫婦?と話して、参道へと足を踏み入れて……大聖杯へと繋がる洞窟へと向かう。

その後を、士郎達も続いていた。

 

「ごめんねジンヤ。毎日きちんと見てたんだけど。急に変わったみたいで」

「それについてはむしろこっちが申し訳ないって話だ。毎日すまなかった」

「いいよ別に。それに、ジンヤは私がいないとどうしようもないんだから」

「返す言葉もございません」

 

大空洞へと繋がる暗く長い坂道で……そんな会話が交わされていた。

真っ暗闇の中、急勾配の坂道を、器用にも台車で荷物を運ぶ様は少々滑稽と言えなくもなかった。

やがてそう時間が経たずに、刃夜達は最深部へと……先日の激闘の後が残る広い空間へとたどり着く。

 

「まだ大丈夫そうか?」

「今のところは大丈夫だと思う。けどさっき急変したのは間違いないから、いつもっと不安定になるかはわからないわ」

「とりあえず間に合えばそれでいいさ」

 

さすがに広い空間へとたどり着くと、近づいてくるわかれを思って、イリヤも口数が少なくなってくる。

寂しいのは刃夜も同じなのか、口を開かなくなり……五人は静かに、大聖杯の根本へと急ぎたどり着いた。

 

「さてと、わざわざ見送りに来てくれてありがとうな」

「それは、構わないけどさ」

 

根本にたどり着いて、刃夜は忘れ物がないか最終確認を行いつつ、わざわざこうして根本まで一緒に来てくれた士郎、セイバー、イリヤ……そしてライダーに礼を告げる。

士郎は何を言っていいのかわからなかった。

 

「よし……と。まぁ大丈夫そうだ」

 

荷物の点検を終えて、問題がないと判断したのか、刃夜は四人へと向き直って笑いかけた。

荷物の点検も終えたため、本当にもう別れの時が来たのだと、誰もがわかった。

 

「色々世話になった。別れ際に悪いが士郎、頼みがある」

「? 何さ?」

「悪いんだが急にいなくなった事、雷画さんと大河に謝っておいてくれ。そしてそれ以上に重々御礼を頼む」

「わかった」

 

その程度では雷画は怒ることはないだろうと思いつつ……士郎は素直に刃夜の頼みを聞いた。

むしろもう一人がどんな反応をするのかが心配だったが……しかし士郎からしてみれば刃夜には返しきれない恩があるので、断る理由はなかった。

 

「それと、これを綾子さん……美綴に渡しておいて欲しい」

 

そう言って士郎は一つの便せんを受け取った。

刃夜が美綴の事を名前で呼んだことで思わず面食らったが……それをきくことは出来なかった。

刃夜がすぐに別の対象に話しかけたことで、質問を拒んでいるのがわかったからだ。

 

「イリヤ。色々と面倒事を頼んですまなかった。それになにより、未熟な兄貴分で申し訳なかった」

「そうね、本当にジンヤには困った物だわ」

「すまん」

「でも……私の手助けがあったとはいえ、大聖杯を本当にどうにかしちゃうなんて……びっくりしたわ。だから、許してあげる」

「……恩に着る」

「……それは私もだよ、ジンヤ。あの宝石……大事に使わせてもらうね」

「……あぁ。存分に恩着せがましく、渡してやってくれ」

「えぇ、そうするわ。リンのリアクションを想像して、楽しむわ」

 

イリヤとは、他の人間がわからない会話をしていた。

ただ、全員それとなく状況を話し合って、全体像をぼんやりと共有しているので……イリヤが刃夜を手助けしていたことは知っていた。

 

「セイバーも世話になった。色々と納得してないこともあるだろうが、もう会うこともないだろう。まぁ俺が死んだと思って勘弁してくれ」

「確かに言いたいことがないとは言い切れませんが、それでも私としてもお世話になったので、気にしていません」

「ライダーも色々と手助けをしてくれて助かった。桜ちゃんと士郎の事を頼んだ」

「……わかりました」

 

手を差し出してきた刃夜の手を、ライダーは何故か一瞬間をおいてから手に取り、固く握手を交わした。

何か思うところがあるのかも知れない。

 

「すまないな刃夜。出来れば桜からも礼を言わせてほしかったんだけど……その……」

「わかってる、まだ目覚めてないんだろう。気にしなくていい」

「すまん」

「謝る必要はない。というか……それについて謝らなければいけないのは俺の方だ」

「……何でさ?」

「ひょっとしたら桜ちゃんが目覚めないのは、俺のせいかもしれない」

「へ?」

 

この場にいない桜の代わりに礼を述べる士郎が、刃夜の言葉で目を丸くする。

気持ちはライダーも同じなのか、純粋に疑問の目を刃夜へと向ける。

イリヤはそれとなく察しているのか……その瞳を、視線を、刃夜が手に持った超野太刀へと向けていた。

 

「桜ちゃんは一時的にとはいえ、この世全ての悪(アンリ・マユ)と繋がっていた。いわば分身というか子供というか……まぁそんな感じの存在になった」

 

追い詰められ、耐えて、それでもどうにもならなくなったとき、何かが破裂する。

臓硯によって間桐桜の爆発は黒い陰とのリンクが、破裂の選択肢の一つとなってしまった。

だが本来、その選択肢が選ばれる事は限りなく低いはずだった。

しかし皮肉なことに……何も望まず、ただ耐えることしか知らなかった桜に、欲望が、欲求が芽生えた事で、その選択肢を選ばせてしまった。

間桐臓硯すらも予想外なことに……その破裂が起こった。

 

「その親玉を全て吸収したのがこの煌黒邪神龍を封印?した狩竜だ。そして封印した……喰らったということは、この世全ての悪(アンリ・マユ)は、弱体化しているとはいえ煌黒邪神龍と相対したということになる」

「……つまり?」

「わからないか士郎? 間接的にとはいえ、桜ちゃんは邪神と相対したといっても過言じゃないんだ」

「!?」

 

その意味するところをようやく察して、士郎は息を呑んだ。

刃夜の言葉を完璧に信用するのであれば、黒い陰……この世全ての悪(アンリ・マユ)を更に凶悪にしたのが、煌黒邪神龍という存在だ。

あの相対しただけで背筋が凍り、心が止まるほどの恐怖を呼び起こさせる存在。

相性の問題があるとはいえ、戦えば命はない絶対的な存在であるサーヴァント。

しかしサーヴァントすらも超えた存在と、過去の刃夜と……桜は相対したことになる。

純粋な敵として。

だが、この場合……桜の方がひどい状況であるといえる。

何せ、刃夜は完全に戦闘を行える存在に対して、桜は戦闘技能を持っているだけの女の子だ。

人を殺すどころか、手を上げる事すら躊躇うような性格だ。

精神的にも性格的にも攻撃的でない存在が、完全に自分のことを殺しに来た神と相対するなど……普通に考えて精神が持つはずがない。

更に言うのであれば、刃夜自身何度も言っていることだが、煌黒邪神龍と相対した時の刃夜は、自分自身であって自分自身でない時なのだ。

しかもモンスターワールドで相当の修行を積んでいる。

どちらがよりひどい状況下など……考えるまでもないだろう。

 

「だから、もしかしたら狩竜が近くにいる……同じ世界にいるから目覚めているのを拒否しているのかも知れない」

「それは……」

 

ない、とは言い切れるはずがなかった。

この場の誰にも。

刃夜の狩竜が煌黒邪神龍を一部とはいえ解放し、狩竜が禍々しい超野太刀へと変貌した姿を、実際に見ているのはイリヤだけだ。

だが、その姿を見るまでもなく、刃夜が手にしている野太刀が普通じゃないことは、誰もが理解している。

何せ、刃夜にはこの世全ての悪(アンリ・マユ)を実際にどうにかしてしまったという実績がある。

ちなみに余談だが……凜がある程度体の回復を終えてから大聖杯の様子を調査しに、イリヤと共に何度かこの場に足を運んでいる。

大聖杯がどのような状況になったのかは、イリヤの次に詳しいと言っていいだろう。

 

「……何とかしてあの刀、解析できないかしら」

「あれは、私の力を持ってしても解析出来ないぞ、凜。というよりも、あの野太刀はもはや武器としての野太刀とはほど遠い存在だ。それにあの男が素直に貸すとは思えない。盗むなりするにしても……持ち主の実力を考えてみろ?」

「無謀ね。でも……気になるわ」

 

と、実に不毛な会話をしていたりする。

 

「まぁそうじゃないかも知れないし、そうかもしれない。俺としても余り詳しいことはわからないんだ。それにどちらにしても俺はここで消える。……ちょっと無責任かも知れないが、そこは許して欲しい」

「……そんなことは」

 

ない……と、素直に言い切れない自分がいることに、士郎は少し驚いた。

どれほど世話になったのかわからない相手に。

刃夜がいなければもっと悪い結果になったかもしれない。

いい結果になったかも知れない。

そう思ってしまうし、何より桜が無事に目覚めて欲しいと思う。

桜の眠りに対して、刃夜が原因であるのであれば、どうにかして欲しいと願う。

だが刃夜を引き止めることは出来ない。

してはいけないと……自分でもわかっていた。

 

だがそれでも……士郎は「己」の願いを強く欲求していた。

 

一生をかけても返せないであろう、恩があるはずの刃夜への恩義よりも……桜に目覚めて欲しいと、そう願った。

そんな士郎の感情がわかったのか、わかってないのかわからない。

だが刃夜は本当に少しだけ顔を歪めた士郎を見て、どこか羨ましそうに笑みを浮かべて、一言こういった。

 

「ここから先は、お前がしなければいけない事だ」

 

ここから先とはどういう事なのか?

それがわかっているのか、それともわかっているが考えないようにしているのか……?

士郎は刃夜が何を言っているのかわからず、きょとんとしてしまう。

そんな士郎に対して、刃夜は少々呆れそうになってしまうが……それを態度には出さなかった。

何せ認識してないだけで、士郎はそれをきちんと認識したらやり遂げると、知っているからだ。

刃夜から見れば、この中で最大の功労者は間違いなく士郎だった。

士郎が桜を呼び戻せたからこそ、最初の約束を……二人を助けるという約束が果たすことが出来たのだから。

だから、これが最後の手助けだと思いながら、刃夜は助言を……容赦のない事実を、士郎へと突きつける。

 

「俺は並行世界の人間で、悪人殺しの人殺しだ。自らの意思で人を殺すための技を磨き、自らの意思で他人の命を奪った」

「……」

「人助けのためとはいえ、その行為は殺人以外の何物でもない。だから俺は間違いなく地獄へと落ちるだろう。その覚悟もある。力がおよばずに、恨みを持った人間に負けて捕まり、拷問されて殺されるかもしれない。その覚悟もある」

 

「だが……桜ちゃんにはそれがあるかと言われれば、ないだろう」

 

自らの意思で人を殺した刃夜。

桜も最初こそ夢の中の出来事のように人を殺していたが……それでも人殺しをしたのは事実であり、また最後の方は自らの意思で殺そうとした人物が何人かいる。

一人を除き、誰も死んでいないため殺人未遂ではあるのだが……人に刃を向けて命を奪おうとしたという事実に代わりはない。

 

それに何より……百人近くの命を奪ったという、逃れられない事実が、桜にはあった。

 

「両手では数え切れないほどの人を殺したという事実。しかもその殺した相手が、自分にとって何の関係もない、赤の他人。それも……何の罪も犯していない一般人。この罪の重さは、お前にも……そして俺にも理解できないだろう」

 

刃夜の方が人を殺した数は多いだろう。

だがそれでも、何の罪もない人間を……悪事を働くことなく真面目に生きて、普通に暮らしている人間を殺したことは一度もない。

そんな相手を嬉々として殺すような存在は、もはや快楽殺人者以外の何者でもないだろう。

もちろん、桜も快楽のために殺した訳ではない。

そうしなければいけない理由があった。

殺して、魔力を吸収しなければ、自分が死んでいたのだ。

だがそれでも……自分が無関係のただの人を殺したという事実は覆らない。

 

「だがそれでもお前達は選択した。自分たちが生きるために、他者を押しのけてでも自らが生きると。ならば、その責任だけは絶対に果たさなければならない」

 

他人の命を奪った。

そうしなければいけなかったとはいえ、その事実は変わらない。

だから……

 

「その罪をどう償っていくのか……お前達がどう考えるかは任せる。償わないという選択肢を取ることもあるかもしれない。だが……償うにしろ償わないにしろ、絶対に命を投げ出す行為だけは許されない」

 

命を投げ出すということ。

それはすなわち自害という行為に他ならない。

自ら命を絶つ。

それは普通の人間ですら忌避される行為。

それを桜が……生きるために他者の命を喰らった存在がすることは、この他者全てを完全に否定することになる。

 

 

 

「桜ちゃんは優しい子だ。目が覚めたら自分の行為できっと苦しむだろう。以前の彼女なら……もしかしたらそれでも何とか自分を殺して、何とかなったかも知れない。あの老害のじじいのくそったれた修行もあって、自分を殺すことになれている」

 

 

 

自分を殺すと言うこと。

 

その行為は果たして、何を意味するのだろうか?

 

人というのは個人だ。

 

最後に残るのは個。

 

つまり「己」自身である。

 

その唯一であり絶対でもある「己」を殺すと言うことは……果たして一体どういう事なのだろう?

 

どれだけ……苦しいのだろうか?

 

いや、もしかしたらもう「苦しい」と認識すらも出来ないのかも知れない。

 

何度も殺すうちに、その行為に慣れてしまう。

 

人というのは「慣れ」の生物だ。

 

だからどんな行為でも慣れてしまう。

 

その行為が……必要に迫られてしまったら……。

 

そして殺す行為に慣れすぎて……何かが崩れていく。

 

当然だろう。

 

唯一の存在である「己」を殺すことをしているのに、何も崩れないはずがない。

 

壊れないはずがない。

 

「己」を殺すことの代償は、紛れもない「己」自身なのだから。

 

 

 

「だが……お前という存在が出来たことで、自分を殺すことも難しくなってしまった」

 

 

 

慣れていた世界に……「己」を殺すのが当たり前の状況下で変化が訪れた。

 

桜にとって「衛宮士郎」という存在は、救いでもあり……劇薬でもあった。

 

自分を殺すことに慣れすぎて、何をしても何を見ても、ほとんど何も感じなくなってしまっていた。

 

殺しすぎたのだ……「己」自身を。

 

だが士郎は違った……桜が最初に見た時から「己」が存在しなかった。

 

だからこそ、惹かれてしまったのもあったのかも知れない。

 

 

 

あったはずのものを、殺すしか選択出来なかった少女

 

 

 

「己」を殺した

 

 

 

「己」が殺した

 

 

 

「己」を殺して、殺して……殺して……

 

 

 

殺し尽くした「己」の後に残されたのは、あるはずの物がない抜け殻のような「己」の存在

 

 

 

殺しすぎて……壊れかけていた少女

 

 

 

 

 

 

壊されて……壊してしまった

 

 

 

救われて……託されて……

 

 

 

壊れたままだった

 

 

 

壊れてしまったことに、気付かないまま……

 

 

 

「己」があるはずだというのに「己」がいかれている事に気付かない……気付くことが出来ない存在

 

 

 

それでも、「己」以外の誰かのために、「己」を捨てて……「己」を使っている少年

 

 

 

もしかしたら、それこそ「運命」だったのかも知れない

 

 

 

二人が出会って、惹かれたのは……

 

 

 

命を運ぶという言葉のとおり……二人は互いに、互いの命を運んできたのだ

 

 

 

 

 

 

「己」という……

 

 

 

 

 

 

「命」を……

 

 

 

 

 

 

「自分を殺すことが出来なくなった故に、もしかしたら自害をするかもしれない。気付いていないかも知れないが、俺がお前を止めたあの夜……桜ちゃんは起きていたんだ」

 

刃夜のその言葉に、士郎は息を呑んだ。

呑むしかなかった。

 

刃夜が士郎を止めた夜。

 

その夜は、士郎が桜を殺して、正義の味方を貫こうとした日……

 

 

 

その夜浮かんでいた、月と同じくらいに……綺麗な月が浮かんでいたあの日に……

 

 

 

全てを託してくれて、死んでしまった恩人と裏切って……

 

 

 

己を殺して……桜の味方になると……

 

 

 

覚悟を決めた日だったから

 

 

 

「人のためならば……桜ちゃんにとって大事な存在であるお前になら殺されてもいいと思えてしまう……。あの子はそういう娘だ。だがその対象が自分になったら……どうなるかはわからない」

 

 

 

人のためなら命すらも投げ出せると言うこと。

 

それは己よりも自分にとって大切な存在の方が上であるということに他ならない。

 

己自身よりも。

 

 

 

「これから先、桜ちゃんがどうなるかは俺にもわからない。たぶん、最悪の事態にはなっていないはずだ。それでも、これからの日々で、桜ちゃんがまた変貌しないとも限らないし……自害しないともいえない」

 

 

 

それを止めるのは誰なのか?

 

誰が止めるべきなのか?

 

それは言うまでもないことだろう

 

 

 

「俺もお前も……桜ちゃんも、絶対に命を投げ出してはいけない存在となった。だが、お前については余り心配していない。だから、桜ちゃんを「生きる」という地獄の苦しみから逃さないように……しっかりと守って、離すんじゃないぞ」

 

 

 

それが士郎がすべき事

 

桜が自分の罪の意識に踏みつぶされそうになっても、支えてみせる

 

いつかきっと……自分のことを許せるようになるまで

 

 

 

故に、士郎はしっかりと己の役割を認識して……はっきりと刃夜に対して頷いた

 

 

 

「わかった。俺が頑張る。桜が……どんなに投げ出しても、俺が止めてみせる。繫いでみせる。桜が……自分を許せるようになるまで……。桜が自分のことを、好きになるまで」

 

 

 

嘘偽りのない覚悟を感じ取って、刃夜は苦笑した。

 

きっと二人して困難な道を征くのだろう。

 

あの雨が降った日に……誰もいない公園で桜を抱きしめたときのように。

 

その困難な道をどう乗り越えていくのかは、刃夜にはもうわからない。

 

更に言ってしまえば、どうでもよかった。

 

もう自分がすべき事は終えたのだ。

 

ならば……二人のことは二人がどうにかするだろう。

 

刃夜自身、己自身も未熟者であるが故に、自分のことで精一杯なのだから。

 

だから……その自分が行うことをするために、刃夜は大聖杯へと向かった。

 

 

 

「達者でな」

 

 

 

「あぁ……。ありがとう、刃夜」

 

 

 

そして刃夜は歩き出す。

 

そのとき……ライダーが何か口を開こうとしたが、言葉が見つからなかったのか、そのまま口を閉ざしてしまう。

 

その気配を明確に感じ取ったのか、刃夜は一度小さく吐息して、苦笑した。

 

 

 

「気苦労が耐えない状況だろうが、ライダー。それでもお前は桜ちゃんに似て、自分を殺しすぎている気がするぞ?」

 

 

 

背を向けたまま、振り返りもせずに刃夜はライダーに向けてそう言った。

 

 

 

「俺はどうしても帰らなければいけない理由がある。だがその理由に負けないくらいに……俺は自分の世界に帰りたいという欲求がある。やらなければいけないことの他にも、やりたいこともいっぱいある」

 

 

 

その発言にこの場にいる一同は全員が驚いた。

 

そして気付いた……。

 

刃夜も若者であるということを。

 

といっても……刃夜のやりたいことというのは……

 

 

 

「とりあえずあの二人を絞めて……、料理スキルが上がったから何かしら自分の世界に応用できないか考えて……あぁ後魔力運用が俺の世界だとどうなるのか考えないと。さらにそれに伴った鍛造の技術の向上かなぁ……」

 

 

 

と、ぶっちゃけた話、余りやることが変わっていなかったりする。

 

だが……それでも刃夜も「人」であるため、やりたいことや、願い事は、当然のようにあったのだ。

 

 

 

「人殺しだからって、俺は生涯の全てを贖罪に捧げるつもりはない。忘れることは絶対にしないし、償うことをやめることはありえない。だが、それでも俺は俺が自分の信じた大切な心に従って、自分の好きなこともして生きていく。それだけだ」

 

「……何故私に?」

 

「別に? ただ……何かしら思うところもあるのかもしれないが、それでもせっかく擬似的にとはいえ第二の人生を歩めそうなんだから、少しは楽しめと思っただけだ」

 

「楽しむ……ですか……」

 

「ま、するもしないもお前の自由だけどな。あ……でも」

 

楽しむとは、何か自分が心地よいと思う事だ。

刃夜が見ている限り、ライダーが余り楽しそうにしている姿を見たことはなかった。

唯一の例外を除いてだが……。

 

「?」

 

「あまり綾子さんをいじめるなよ?」

 

「……嫉妬ですかジンヤ?」

 

「……さぁ、な」

 

その言葉には、ジンヤもちゃかすようなことも、誤魔化すようなこともしなかった。

誤魔化せるはずがないのだ。

自分ですぐに失言であったと、ライダーは気がついた。

 

 

 

「……すみません」

 

「いや……こっちもすまなかった」

 

 

 

士郎に預けた手紙があったが、それでは不十分だと十分に理解しているのだろう。

実に苦々しい表情をしていた。

 

 

 

『引き留めませんし、私も縋りません』

 

 

 

無理なく、自分の中で綺麗に決着をつけて、でもそれでもまだ割り切れていなかった

 

だというのにそれを出すまいと必死になって……そう言ってくれた人がいた

 

 

 

戒めすら破り、約束すらも守れない……か……。本当に、外道だな俺は

 

 

 

最低限の約束は果たせた

 

それしか慰めるものがなかった

 

あれほどの娘から好意を抱いてもらえたというのに

 

己は最後の別れすらも……満足にすることが出来なかった

 

 

 

まぁ……でも……

 

 

 

後ろを首だけで振り返り、刃夜は見送りに来てくれた人々を見た

 

自分のしたことが無駄ではなかったと……

 

自分でも何かしら役に立てたのだが、自分を納得させるために

 

 

 

ちっさいな、俺も

 

 

 

自分の矮小さに気付いて、自嘲気味に笑った

 

そして思い出す……

 

この場で斬った人物のことを……

 

 

 

殺す……か……

 

 

 

 

 

 

『貴様は、まだ生まれてもいない存在を、この世から消滅させる……殺すのだ』

 

 

 

 

 

 

己が殺されたこと……斬られた事については、何も言わない男だった

 

格闘技の実力と、その思考

 

相当の修練と、相当の何かを抱えてきた男なのは容易に想像できた

 

心臓に黒い陰の何かがあったため、おそらく普通の人でないことは間違いなかった

 

だが……人であったことは疑いようもない

 

たとえ、己が殺されたことにすら頓着しない、壊れた存在だったとしても……

 

 

 

約束も、戒めも守ることが出来なかった

 

 

 

だがそれでも止まれない理由がある

 

止まってはいけない理由がある

 

だから刃夜は、後ろ髪を引かれる思いであったが……進むしかなかった

 

 

 

逃げていると自分でもわかっていた

 

 

 

理由があるからこそ……やらなければいけないからこそ、刃夜は帰るために動いてきた

 

 

 

帰るために、多くのもの(・・)を捨ててきた

 

 

 

だが、今その大義名分すらも、ゆらいでしまっていた

 

 

 

己自身がどうすべきかわからない……

 

 

 

そんな状況だった

 

 

 

それでもなお……帰りたいと思っている「己」がいたこと

 

 

 

その意味に……刃夜は気付いていなかった

 

 

 

 

 

 

破戒してなお、それでもそう欲求した「己」自身の、欲求の意味を

 

 

 

 

 

 

その意味に刃夜が気付くのは……

 

 

 

 

 

 

『give another chance(棒読み)』

 

 

 

『もっと頑張れ愚息(溜め息混じりに)』

 

 

 

 

 

 

という、無慈悲な言葉で……

 

 

 

 

 

 

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

怒り心頭になり、気付くのは本当にしばらく先となる……

 

 

 

 

 




ステイナイトにおける刃夜君(主人公)の出番はこれにて終了

お疲れ様でした~

まぁ主役であって主役じゃないってくらいに

何話か大して出番がなかったけどねw

ちなみに主人公がいなくなってもまだ何話か続きます

たぶん……後二~四話くらいでしょうか?

内一話は私の好みで分割されるだけだから実質後三話くらいの予定です

増える可能性がなきにしもあらずですが……

近いうちにあげられるようにがんばります
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