月夜に閃く二振りの野太刀   作:刀馬鹿

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約定

それは……花見がお開きとなった夕暮れ時……。

 

黄昏時と言われる光と闇の間。

 

まさに逢魔が時の時間だった。

 

その時刻になって……動き出した存在がいた。

 

自らが作った絶対の戒律に従い……そのときを待っていたのだ。

 

しかも都合がいいことに、対象達はこの国の文化の一つとも言える宴会を行っていた。

 

宴会の後は気がゆるむ物である。

 

もちろん例外もあるが……それでも弛緩してしまうのは間違いない。

 

また標的も分散しており、各個確保が可能な状況だった。

 

何人か魔術に精通している存在がいるようだが、数は圧倒的にこちらが優位だった。

 

苦戦することもないだろう。

 

 

 

「だが相手は腐っても聖杯戦争を生き残った人物達だ。くれぐれも油断だけはしないように」

 

 

 

暗い部屋に響くその声は、小さいがそれでもその場にいる全ての人間の耳に届いていた。

 

若い男の声だ。

 

おそらく以前、薄暗い部屋で目深にフードを被っていた人物と話していた男だろう。

 

動きやすそうなシンプルな衣装を身に纏っていたが……傍目から見ても、その衣服が普通の衣服でないことが見て取れた。

 

また腰に携えた鞘に収まった二振りの剣が……普通でないことを見た目からして証明している。

 

 

 

何よりも……その身からあふれ出る威圧感が、その男がただ者でないことを雄弁に物語っていた。

 

 

 

皆がその男の言葉を聞き届け、静かに行動を開始した。

 

確認も健闘も必要がなかった。

 

彼らにとってこれから行われることはただの作業でしかないのだから。

 

故に互いを祈ることもしない。

 

なぜなら自分たちにはそれだけの力があるのだから。

 

全員がこの場から立ち去ったことを確認し、二つの剣を腰に携えた男が立ち上がる。

 

そして腰の剣に手をやり、静かに目を瞑り……姿を消した。

 

 

 

 

 

 

港街である新都のとある場所に身を隠していたそれらは、深夜の時間を待って行動を起こした

 

静かにいくつかの集団にわかれて行動を開始する

 

海へ向かう者

 

山へと向かう者

 

そして……大橋に向かう者

 

その大橋へと向かう存在は橋を渡り、今回まで調査を遅らせることになった人物の弟子の家へと向かっていた

 

深夜

 

日付が変わったその橋には、人はもちろん車すらも姿はなかった

 

人はもっとも少なくなった聖杯戦争直後よりも、多少なりとも増えた

 

だが百人単位の人が突然姿を消したその土地に、移住してくる様な者はそうそうおらず、以前よりも人はまばらだった

 

故に人影がないのは理解が出来る

 

大量の失踪事件が起こったこともあるこの土地で、好きこのんで深夜に出歩く人間はいなかった

 

だが深夜とはいえ車すらも通らないのは、あり得ないと言っていいだろう

 

だがそのことに彼らは疑問を抱かない

 

自らが行った工作の結果を驚く愚か者など、いるわけもなかった

 

ただ静かに淡々と……自らの役割を果たすために進んでいたそのとき……

 

静かにだが……はっきりと聞こえる声が響いた

 

 

 

「こんばんわ。いい夜ね」

 

 

 

誰もいるはずがないその場所で発せられたその声に、歩を進めていた人物達が足を止める

 

そして声がした場所

 

その方角へと……上へと目を向ける

 

そこは橋を支えるための鉄骨の上

 

その場に、鉄骨を染める赤よりも鮮烈な紅を身に纏い

 

 

 

それ以上に苛烈な意志を秘めた女性が……陣取っていた

 

 

 

彼らは多少の驚きを覚えつつも、動揺しない

 

当然だが声を発することもない

 

目深に被ったフードから僅かに視界の間に相手を視認するのみ

 

余計な事など一切しないと、ただ静かに予定外ではあるが想定していた人物との相対に、意識を向ける

 

 

 

「あら? 驚かないのね? まぁそれもそうよね。だってこの土地は私が管理している土地だもの。私が何もしてこない……な~んて、そんな甘い考え持ってるはずがないわよね」

 

 

 

そんな独り言のように紡がれた言葉と共に、彼女は虚空へと足を踏み出し、鉄骨の上から落下する

 

地面へと着地するその瞬間……まるで大地が静かに彼女を受け止めるかのように、緩やかに減速し、膝を曲げることすらもせずに着地した

 

 

 

「何をしに来たの? といっても答えてくれないでしょうね? でも容易に想像することが出来るわ」

 

 

 

反応がないため、独り言のように紡がれる言葉

 

一見隙だらけに見えるはずのその態度は、その実一切の隙などなかった

 

それに……それだけではない

 

異様な何かが……この場にいる

 

彼らの直感がそう告げていた

 

 

 

「でも、それを看過するわけにはいかないの。私はこの街を管理する遠坂の魔術師」

 

 

 

そう呟き、手にした宝石を握りしめて……鋭い眼差しを、侵入者へと向けた

 

 

 

「その街に無礼を働くというのなら……手加減なんてしないわよ」

 

 

 

苛烈なまでに戦意の籠もったその言葉を、敵へと放つ

 

その言葉には確かに殲滅するという……絶対的な意志が込められた言葉だった

 

だがそれも無理からぬ事

 

彼らの目的は考えるまでもない

 

己にとって大切な存在を奪いに来たのだ

 

ならばその相手に対して容赦する理由はない

 

十年という、長い長い時間を過ごし

 

短くとも、生涯今後経験することがないであろう、あまりにも濃密な数ヶ月間をかけ

 

ようやく結ばれた自分たち

 

ならばそれを守るのも当然だった

 

だがこのとき、あまりにも力が入りすぎていたため、その後のことを全く考えていなかった

 

行動しないという選択肢は存在しないが、それでもやり過ぎてもいけない

 

そのはずなのだが、頭に少々血が上っているためそこまで思考がまわっていない

 

 

 

その彼女に、冷水を掛ける言葉が、新たに発せられる

 

 

 

「血気盛んだな。というよりも盛りすぎている。肩に力も入りすぎだ。いや、戦うのならば皆殺し……という君らしいその選択肢を否定している訳ではないが。だが、今夜の後のことも考えた方がいいと、一応苦言をしておこう」

 

 

 

自分たち以外に誰もいないはずのこの場所に、新たに紡がれたその言葉

 

その言葉は相手のことを心配しつつも、多分にからかっている様な感情が含まれていた

 

だがそのことに気付ける余裕は彼らにはなかった

 

なぜなら熟練した隠密の熟練者たる彼らでさえ、第三者の存在が全く掴めないからだ

 

だというのに、目の前の敵は……そんなことは当たり前だというように、呆れたように溜め息を吐いているだけだった

 

 

 

「ちょっと、それどういう意味? これでも留学先だと慈悲深い優等生で通ってるんだけど?」

 

 

 

彼女は振り向くこともなく、ただそう言葉を口にした

 

 

 

「いや、そのまま意味だが? ケンカを売ってきた輩には考えることすらも忌避するほどに徹底的に叩くのが君の流儀だろう? 慈悲は確かに働くかも知れないが、働くのはその前後でしかない」

 

 

 

未だ姿を現さないその存在の言葉に、彼女は押し黙った

 

思い当たる節でもあるのだろう

 

まるで降参とでもいうように……というよりも諦めたとでもいうように……肩をすくめた

 

 

 

「相変わらず一言多いわね、あなた」

 

「相手によるさ。今は偶然……忠告しなければならないマスターと契約しているものでね」

 

「あら奇遇ね。私も偶然……一言多いのと縁があってね」

 

 

 

マスター

 

その言葉はただの言葉でしかない

 

だが、それがこの街で使われた場合は意味が変わってくる

 

そしてその言葉の意味を知っている彼らは戦慄し……必死になって否定した

 

 

 

そんなことはあり得ない……と

 

 

 

だが現実は違った

 

あり得ないことが……あり得ないはずの願いが叶えられたのだ

 

今のこの街では

 

彼らの必死の否定もむなしく、そのあり得ない存在が現界する

 

 

 

赤い、赤い……彼女を守るように後ろに現れたのは、自らの象徴たる聖骸布を身に纏った、弓兵だった

 

 

 

「全く。あなたにでられたら少し困るんだけどね? 一応秘密にしているのよ? 苦言を呈してくれるのなら、自らの行動も諫めるべきじゃないのかしら?」

 

「私も出て行きたなかったのだが……忠言するしかなかったのさ。血の気の多いマスターを持つと苦労が絶えないものさ」

 

「ほんっとに……一言多いわね。場合によっては考えるわよ?」

 

 

 

未だ繰り返されるあり得ない会話

 

だがそれはあり得ないことではない……紛れもない現実

 

絶対の力を有した存在と契約を交わした

 

マスターとサーヴァント

 

 

 

「OK。付き合ってもらうわよ? アーチャー。でもやりすぎないようにね。あっちにばれたらそれはそれでややこしいことになりそうだから」

 

「君にそれを言われるのは少々不本意だが……あぁ、無論だとも。サーヴァントはマスターに従うものだ」

 

 

 

そしてこの場所で、今夜冬木で起こる戦いの火ぶたが、斬って落とされた

 

 

 

 

 

 

「来たわね」

 

城の主はただ静かにそう告げた

 

それはただの確認

 

それは絶対の自信の表れ

 

いや、もはや信じるということではなく、確定事項と言って良かった

 

確かに今は聖杯戦争が起こっていない……つまり大聖杯に魔力が満ちていないため、最強状態にはほど遠い

 

また自らも聖杯としての肉体を捨ててしまったため、以前の自分から見れば、天と地ほどの差があるだろう

 

だがそれがなんだというのか?

 

自らの最強の領地に土足で入り込み、また今の生活全てを壊しに来た存在に対して、容赦も温情も与える理由は微塵もない

 

 

 

「お嬢様」

 

「イリヤ……」

 

 

 

また己にはこうして仕えてくれている家臣がいる

 

忠臣にして、家族にして、大切な存在が

 

ならばこの城を守る事に躊躇う理由などありはしない

 

 

 

「わかっているわ。容赦なくためらいなく、殲滅しなさい」

 

 

 

「はい」

 

「うん」

 

 

 

忠臣二人は主の命に応えるように、静かに自らの任を果たすべき場所へと向かっていく

 

その姿を見守りつつ、主はただ静かに戦意を昂ぶらせていた

 

領地であるこの森と城で、負ける理由はありはしない

 

自らの事を心配する理由はない

 

すでに敵は己の領内へと無遠慮にも入り込み、こちらを目指している

 

僅か数名程度

 

確かに侵入するためにいくつかの術式を行使していたが、その程度では自らの秘術から隠れることなど、出来るわけもなかった

 

ずいぶんと舐められたものだと思いつつも、油断はしない

 

驕りもしない

 

隔絶たる差を見せつけるだけの事

 

自らが何をしでかしたのかという、愚かな所業の代償を、それらの無礼者自身を対価にして、支払わせるのみだった

 

だが心配する事柄はあった

 

自らの不出来な弟のことだった

 

 

 

だが、弟は己のすべき事を理解している

 

 

 

命すらも投げ出す覚悟で、聖杯戦争を切り抜けたのだ

 

そしてその後の生活でも……日々成長しているのが見て取れた

 

それでも不安はつきない

 

だが……奮闘するべき理由があるのだから、おそらく大丈夫だろう

 

 

 

私はお姉ちゃんだもん……

 

 

 

本当は弟を守らなくっちゃいけない……

 

 

 

 

 

 

だけど……心配だけど、見守ってあげることも必要だよね……

 

 

 

 

 

 

不出来な兄貴分には手を貸したというのに、不公平かも知れない

 

だが……彼はたった一人だった

 

たった一人で……全ての難題をこなして見せた

 

他の誰もがマネできないことを、全てやってのけた

 

もちろん助けてもらっていたことも事実だろう

 

相棒がいたことも事実だった

 

だが、相棒を失い一人になっても

 

相棒を斬り捨てても

 

人を斬っても

 

彼は止まらなかった

 

 

 

止まれない理由があったから

 

 

 

兄貴分はきちんと己のすべき事を全てやってのけたのだ

 

 

 

なら……弟分も、己の生涯をかけてすべき事ならば

 

 

 

己がすべきなのだろう

 

 

 

手助けはしないが、それでも祈る事はしておいた

 

見守ることしかしないと決めたばかりだが

 

それでも祈るくらいであれば、構わないだろう

 

どうか不出来な兄と姉が助けた

 

 

 

弟が無事に過ごせることを

 

 

 

小さな雪の精霊の様な少女である主は、そう静かに祈った

 

 

 

 

 

 

「さてと……面倒なことになっちまったなぁ……」

 

 

 

粗野にそして……至極めんどくさそうに

 

それはそう呟いた

 

本当にめんどくさいと思っているのだろう

 

だが不思議なことに、それは今から来る何者かに向けた物ではなく

 

森の奥深くに陣取っている、主に向けられた物だった

 

正しくは主自身に向けたわけではない

 

主のことは気に入っているのだから

 

 

 

「何もしないって訳にはいかないよなぁ?」

 

 

 

がりがりと、頭を適当に掻きながらそう呟く

 

遙か上空より見据えるその先にいる主のために

 

彼は小さく指だけを動かした

 

たったそれだけだ

 

そして、その指の動きで生み出された何かが……彼が見据えるその先へと向かっていく

 

 

 

「さてと……俺はどうするかね?」

 

 

 

ぼそりと呟かれたその言葉は、遙か上空に吹く風に飛ばされてすぐに消えていく

 

春になったとはいえまだ夜は寒い

 

更にその場所が建設途中のビルに設置されたクレーンの上であれば、なおさら寒いだろう

 

だが彼は寒さなど気にもせず、一つ溜め息を吐いて……遙か下へと目を向ける

 

そこには、数名の存在が自らが今住処としている場所へ、進んでいる姿があった

 

秘匿のために術を行使し、更に用心深く人に見つからないよう……標的である己に気付かれないように、慎重に歩を進めている

 

その様子は確かに熟練の動きであり、間違っても素人ではないことはすぐに見て取れた

 

だが……彼が納得できる者でない事は想像するまでもなかった

 

そのことに一つ溜め息を吐いて……

 

彼は虚空へと姿を消した

 

 

 

ま、最初の約定通りに動くしかないんだけどな

 

 

 

内心で小さくそう呟いて、彼は下に赴いていった

 

 

 

 

 

 

 

「来たわね……」

 

山奥の柳洞寺の一室で、そんな言葉が呟かれる

 

昼間来ていた普段着とは違う……彼女にとっての正装姿だった

 

それだけでも十分に意気込みが見えるという物だろう

 

最初の約定に従い、無作為に無遠慮に……吸い上げることはしなかった

 

だが、知人達に協力を仰ぎ、知り合いの者達からそれなりの力をもらっていた

 

長い時間をかけて溜められたその力

 

 

 

自らの望みを壊しに来る無頼者に対して、その力を振るうのに何の躊躇う理由があろうか

 

 

 

静かに立ち上がり、扉へと向かったその時だった

 

自室の引き戸を開く前に、引き戸の先より声がかけられる

 

 

 

「行くのか、キャスター」

 

 

 

いたことに多少なりとも驚きつつも、それでも問われた内容については驚くことはなかった

 

その程度の事は見抜けるであろう人物であることは、わかっているのだから

 

 

 

「はい宗一郎様。私たちの生活を脅かす無礼者を放置するわけには参りませんから」

 

 

 

心からの本音

 

それだけはさせるわけにも、するわけにもいかない

 

だから彼女は自らの主に心配なきようにと、言葉をかけるつもりだった

 

しかし

 

 

 

「そうか、では行くとしよう」

 

 

 

その前に、自らも参戦するとそう告げられてしまった

 

一瞬きょとんとするが、それでも慌てて引き戸を開いて、後に続いて止めようとする

 

 

 

「いけません、宗一郎様。宗一郎様の実力は知っています。けどもしもの事が――」

 

 

 

「それはお互い様だキャスター。それに……」

 

 

 

「それに?」

 

 

 

 

 

 

「お前が行く場所に、私がいかないわけにはいかないだろう」

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

その言葉で、何も言えなくなってしまった

 

そんな言葉を言われてしまっては、断ることなど出来るわけがなかった

 

ならば己自身が……連れ合いとして、どうするかなど、考えるまでもない

 

 

 

「ありがとうございます、宗一郎様」

 

 

 

礼を告げて二人は歩いていく

 

 

 

しかし……一つ注意しなければいけないことがあった

 

 

 

「約定以外にも、守らねばいけないことがある」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

「迎撃することは構わないが、殺すことは禁止だ。私はただの教師だ。そして私たちはただの仲のいい連れ合いにすぎない。手は抜かんが、迷惑をかけるぞ、キャスター」

 

 

 

 

 

 

それは約定とは違う、一人の男との約束

 

別段どちらも明確に誓ったわけではない

 

だがそれでも世話になった人物がわざわざそういってきたのだから、聞き届けないわけにはいかないだろう

 

宗一郎の言葉でキャスターも同じ人物を思い浮かべて、一つ嬉しそうに微笑んだ

 

 

 

「わかりました、宗一郎様」

 

 

 

お互いにやるべきこと、守るべき事を確認し、二人は外へと出た

 

 

 

夜の闇に紛れてくる、愚か者達を、迎撃するために

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深山町の大通り

 

その場に数人の人物が静かに進んでいた

 

深山町の奥にある、とある屋敷

 

そこにいる最終にして最優先目標が存在している

 

そのためか、他の場所へ向かった部隊よりも人員が多かった

 

 

 

また、先頭を進むのは腰に二つの剣を携えたあの男だった

 

 

 

静かに歩を進める部隊だったが……その歩にはかすかな動揺があった

 

だがそれも無理からぬ事だった

 

今自分たちが進んでいる道

 

そこは住宅街であるこの町において大きな通りになる

 

本来このルートではなく、別のルートにて目的地へと向かうつもりだった

 

それも一つの部隊ではなく、一人一人が別々の道を通って

 

だが不思議なことに、何の神秘すらも感じないはずのこの町で、何故か当初予定していたルートは悉く通行が出来なかったのだ

 

見えない何かに……阻まれているかのように

 

人が少なくなったとはいえ、無人という訳ではない

 

だからこの深夜に複数人数で固まっていればそれだけ目立つ

 

工作をぬかりなく行っているが、それでも気付かれる可能性は出来る限り下げておきたい

 

だが、それは叶わぬ願いだった

 

なぜならこの町は、今まさに一つの大いなる神秘によって、守られているのだから

 

町は静かに、音一つあげることのない見えない旋風に包まれて、この道以外の進入を阻んでいた

 

その唯一の進入路の先

 

そこに一人の騎士が存在した

 

紺碧と白銀の鎧を纏う、汚れなき理想の具現。

 

 

 

絶対不落にして真の守り手

 

 

 

その姿を目にして、彼らは止まった

 

止まるしかなかった

 

 

 

「……貴様らが何者であるのか、その是非は問わない」

 

 

 

騎士……というのは語弊があるかも知れない

 

大通りの真ん中に立っているのは、普通の服を着た可憐な少女一人なのだから

 

だが、なぜか……その少女が絶対的な存在であり、騎士であると……

 

そう思わずにはいられなかった

 

騎士は動かない

 

ただ、静かに言葉を紡ぐ

 

 

 

「立ち去れとは言わない。ここより先は我が友の住処。そして……わが信念の是非を問いただす場所でもある」

 

 

 

紡ぎ出されたその言葉は……実に穏やかだった

 

だが穏やかであるからこそ、その言葉に何かしらの想いが込められていたのかがわかった

 

だがそれだけしかわからなかった

 

当たり前のことだが、初対面である無礼者には、その想いを知るよしもなかった

 

 

 

「この先には、未だ答えを見つける事が出来ていないが、諦めた訳でもなく、放棄したわけでもない……未だ抗い続ける我が友がいる」

 

 

 

最初は自らの理想の果てを……答えを見せてくれるのではないかと期待した

 

だが彼は選択した

 

自らの理想とは真逆といっていい願いを

 

それは騎士を落胆させるには十分だった

 

だというのに、こうして仮初めの第二の生を受けて……彼女は士郎の家で生活をしていた

 

それは……是非を問うためだった

 

 

 

己と……友人に対する是非

 

 

 

どちらが正しいのか?

 

騎士は、己が聖杯に賭ける望みが間違っていると思ってはいない

 

だが……友人の行いは、彼女を迷わせるには十分だった

 

 

 

「その場所へ向かうというのであれば、容赦はしない」

 

 

 

全てを守りたいと……目に写る人だけではなく、全ての人を守りたいと願った少年

 

 

 

その願いが、あまりにも昔の自分に似ていたから

 

だから少年に期待した

 

だが、その真逆の選択肢を、少年は選択した

 

世界全てを守りたいと願った少年は……たった一人の少女の手を取ったのだ

 

 

 

それも、自らの手を血で汚すとわかっていたにもかかわらず……

 

 

 

それでもなお……迷いながらも少年は選択したのだ

 

己にとって、もっとも大切な存在を

 

 

 

ちゃんと見てやれよ

 

 

 

そう言った男がいた

 

人でありながら、生身でサーヴァントに拮抗しうる男が

 

友人の少年と、その男の言葉に感化されたのかも知れない

 

だから見てみることにしたのだ

 

 

 

個と全

 

 

 

己と世界

 

 

 

 

 

 

そのどちらが正しかったのかという……その末路を

 

 

 

 

 

 

それを見るために、今騎士はこうしてこの場にいた

 

どのような最後になるのかはわからない

 

己と同じように……裏切られるかもしれない

 

復讐者に、全てを奪われるかも知れない

 

「己」達がそうしたように、あらがえない巨大な何かに飲み込み食われるのかも知れない

 

それを見届けなければならない

 

だが……

 

騎士は少年にとって、今は師と言えなくもないが、その全てを手伝うわけではない

 

いくつかの困難は、己の手で切り抜けなければ……答えを得ることもなく、またそれを示せるわけでもない

 

だから騎士はあえて

 

 

 

「ふっ!」

 

 

 

この場でもっとも実力を有している、二本の剣を腰に携えた存在が決死の覚悟で突貫し、自らの背後に走り去っても、何もしなかった

 

 

 

背後の気配がいぶかしげに思ったようだったが、それも騎士は黙殺した

 

悲しいことだが、今のこの状況がいつまでも続くとは誰も思っていなかった

 

今のこの状況は、一人の少女が自らの聖杯を使って願い続けている奇跡にすぎない

 

だからもし……この先聖杯に何かが起こった場合

 

 

 

五人の英雄達は、この世界から姿を消すだろう

 

 

 

消えるというのは、本来正しい表現ではないのかも知れない

 

何せ真実の意味で、五人の英雄達はこの世界に存在しているわけではないのだから

 

だから本来、友人である少年を守るほうが正しいのかも知れない

 

確かに今騎士は少年の家で、師の様な立ち位置で、少年の相手をしていた

 

おそらく、今通り過ぎた存在は、少年よりも実力は上だろう

 

 

 

下手をすれば殺されるかもしれない……

 

 

 

だから自らの行為は矛盾しているのかも知れない

 

殺されてしまえば、自らが望む決断の末路を見ることは叶わない

 

しかし逆を言えば殺されてしまえば、その程度であったという判断をすることが出来る

 

意味があって意味がないような……

 

 

 

まるで泡沫の夢であるかのような、この儚い時間が終わってしまう

 

 

 

矛盾している

 

決断の末路が知りたいと願いながらも

 

こうして手助けをしていながら、わざと試練を与えて

 

 

 

それなのに終わって欲しくないと願ってしまう

 

 

 

矛盾だらけの思いだった

 

 

 

 

 

 

こんな私を見たら、あの男は笑うだろうか?

 

 

 

 

 

 

ふと、この奇跡を生み出した男の事を思い浮かべる

 

あまりにも意味のわからない男だった

 

行う行動も

 

行った結果も

 

成しえた奇跡も

 

なにもかもが型破りだった

 

自らの願いを優先するといいながら、こうして夢のような奇跡を成しえた男

 

そし、この世界から消えていった存在

 

ふと、そんなことを考えてしまうが、それが無駄なことであるとすぐに気づき、静かに目を瞑った

 

 

 

おそらく、この悩みすらもあの男ならばしないだろう

 

 

 

自らがしなければいけないこと、したいと思ったことを優先して行った男なのだ

 

自らの世界に帰りたいという願いを

 

自分にとって大切な人を手助けしたいという願いも

 

矛盾していることだったかもしれない

 

だがそれでもあの男は全てをとって離さなかった

 

やりたいことをすべてやってみせたのだ

 

 

 

なら私も、自分がしたいようにしてみよう

 

 

 

友を守りながら、それでも全てを手助けしない

 

もし負けてしまい、この儚い時間が消え去った時は……

 

 

 

素直に呪ってあげましょう……

 

 

 

自分らしからぬ思考に、騎士は静かに微笑んで……その見えない剣を握った

 

 

 

 




予定通りというべきか・・・・・・予想通りと言うべきか

次の話は二話分割になりました~

のでおそらく後二話でおわりま~す

よろしく~
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