アーカディア帝国はクーデターによって崩壊した。五百年という途方もない時間を、外には侵略、内には弾圧という形で力を揮い続けた報いを受けたのだ。
抑圧からの解放としての暴力が、栄華を誇った街を炎の海が包み込み、沈んでいく……。
民を苦しめた重税、男尊女卑の風潮、貴族と平民の格差――間違いなく世界の五分の一を支配した帝国の内情は、腐敗としか言いようのないものだった。
「……だから、滅びるのは必定なんだ。歴史的にそうだし、周辺の国々を見ていても、それはきっと自明の理なんだよ」
一組の幼い男女が、燃え盛る帝国領土を見下ろしていた。
「ですが、これで私たちの仕える国はなくなってしまいますわよ?」
「そうだね、これから新しい王朝が誕生するだろう。民衆がそれについていくだけの善政を敷けるか……それによって僕たちも身の振り方を考えなくちゃいけないだろう」
「それまではいかがなさいますか?」
「しばらくは首謀者のアティスマータ伯に付くことになる、と考えてる」
空に目をやると、一機の黒い<機竜>が幾百もの帝国保有機を撃墜させている。その様を見て、少年は続けた。「あの<黒き英雄>が一番の被害者だろう。変革を望み、それを現実のものとしたにもかかわらず、おそらく彼の境遇ゆえに馬鹿を見る」
黒い機体で空を駆け巡る様は疾風であった。力の限り帝国の<機竜>の包囲網を突破し、あるいは各個撃破を続ける。機体の高い性能と、操縦者の高い技術が、敵にとって望まぬ結婚を遂げてブーケを投げてくる。受け取ってしまったものに与えられるのは敗北だった。
少女は、少年に対しては心配の色を見せるが、街を見渡す時には心底無関心そうな瞳をしていた。「……そういえば、アティスマータ伯の御令嬢が帝国側に引き渡された、という報告を盗み聞いたのですが」
「盗み聞きとは少し感心しないが、まあ、隠密行動は君の十八番だからね――で?」
「ここで彼女を救出すれば、革命政権に恩を売れるのではと」
「うん、それは僕も考えたんだけど、今回はあまり動かない方がいい。君の<機竜>は主には陸戦用だったね?――僕のは陸空両用だが、正直この混乱の中で離れて行動するのは得策じゃないだろう」
「二人で一緒に行動をした方がよいと?」
少年は頷く。「僕ら二人のことを考えれば最善だ。御令嬢の身柄を奪還したとて、こちらが媚びを売るという目的があるのは見破られるだろう。人道的にはあまり採りたくない選択だが、クーデター派が奪取するのを待つしかないよ」
第一、そうするだけのメリットがないと思っていた。彼らは十二歳にして帝国内部の治安維持――そう呼べば聞こえはいいが、実情は反国家思想や貴族や皇族に対する敵対の意思があるとみなされた者を暗殺する役割だった――を任せられていたが、それらの情報は内務省の人事関連の資料をクーデター派が所有していることから彼らに筒抜けであることが予想された。つまり、体制が変わり、少年少女は旧帝国内で暗殺の実行部隊として処断されるのがオチ……今更媚びを売って忠誠を誓ったところで無意味に終わる可能性が極めて高い。
「それに、正直僕の機体を解放するというのは少しばかり躊躇せざるを得ない」
「……確かに、あの兵装では民間人を巻き込むのは必至でしょうね」
そうだ、と彼は百六十センチの身長を悠々と超える刀に手を添える。
「あの<黒き英雄>でさえ、その正体はいずれ歴史の影へと葬られ、その名が知れ渡ることなく、二つ名だけが教科書や試験でご対面ってところだろうね。本名が明かされたところで、後世の学生たちは暗記する人物の名が一つ増えるだけだがね」
「そうですわね」口元を手で押さえて上品に笑う少女。
「人々の滾り、迸り、沸騰する血液が冷めるまで、ここにいよう、夜架……」
「御意にございます、慶――」
……それは、一つの国の滅亡であった。それは、一つの国の始まりであった。
伝説を刮目した民衆は、瞳に映った眩い輝きの感覚を忘れないうちに、自らの手で歴史を動かしていかなければならない。この革命には民衆の暗黙の協力があって、帝国内の秩序を完全に崩壊させることに成功した。だが、行動してしまった以上、王制が存続するにせよ、廃止されるにせよ、新たに確立される秩序に、民が王のために犠牲になってはならないと、またその逆も然りだと、そう声を高々に叫ばなければならない。自由と権利を望んだ者には義務と責任を負わねばならない。
――しかしながら、伊集院慶という少年は、ここで完全なる勝利を経たクーデター派や民衆が肥大化し、自由と権利に対して負うべきモノをおざなりにする可能性を懸念していた。
ここで勝ち過ぎてはならない。
完封してしまえば、新体制は自制という概念を失うだろう。そうなった時、その体制は旧体制と何ら変わらぬものに成り下がる。
言わば少し距離のある所から戦火を見ていた二人は、最悪の場合に備えていつでも新体制を見捨てられるようにしていた。戦線に加わってしまえば、仮に腐敗した政府となっても、それを守るために戦わねばならないのだ。
そんなのは御免だ、と傍観を決め込むことにした。彼らが刀を手に取るのは、周りの人や――そして究極的には隣に立つ異性を守るためなのだから……。
「銀河英雄伝説」のヤン・ウェンリーのような達観した思想を書いてみたかったというか、影響されて、「最弱無敗の――」に取り入れれば、戦争ものとして書いてみたら面白いだろうなという企画です。
12歳のくせに、っていう面は彼が小説や思想書、娯楽本などジャンルに問わずに読み漁ってりゃそうなる、って思っただけです。アーカディア帝国内は書物の検閲とかありそうですよね。どれほど偏ったものを読んでいようと、その量が膨大になれば核心を掴むのも容易でしょう。
機会とやる気があればまた書きます。
タグはすいません、続編とか書ければそのあたりちゃんと弁解しようかと……。