【完結】とある再起の四月馬鹿(メガロマニア) Ⅱ 作:家葉 テイク
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第三章 前人未踏の領域にて
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『さぁて、改めて』
女は、パンと手を叩いて話を仕切りなおす。
まるで友人のように親し気な態度で、目の前の『規格外』は呑気に自己紹介を始めた。
『アナタ達の主観だと初めまして。わたしの主観からしたら……久し振り。わたしは──そうね、此処はきちんとこう名乗っておこうかしら。「sd・a・qo・a・km・ei・wh・nu・yu・ux」ってね』
……………………。
それは、全く理解できない言語だった。
天使が扱う、いわゆる『世界のヘッダが足りていない』言葉とも違う。これは──どちらかといえば、『俺達の知らない言語』。正しく『異世界の言語』だった。
にも拘らず、
即ち、『
『そしてようこそ──前人「未踏」の境地へ☆』
黒と白、灰によって構成されたモノクロームマーブルの世界で、濁灰のドレスに身を包んだ『魔女』が両手を広げて歓迎のポーズをとる。
言葉遣いの砕けた感じも、これだけの大掛かりな──明らかに、『小説』の知識と照らし合わせてもこの『魔女』のやったことは規格外だろう──仕掛けの黒幕という印象とは不釣り合いだった。
どこかレイシア=ブラックガードに似た、しかし圧倒的に人間離れした気配の女。
それが、俺のこの『魔女』に対する最初の印象だ。
──それもそのはず。こいつ自身もまた、おそらく……他の世界と同じように『俺達』の未来の可能性の姿なのだから。
向こうからすれば、これほど変わり果てていても俺達は過去の自分に過ぎない、ということなのだろう。なんというか、非常に反応に困る話だが。
「アナタが、今回の黒幕ということでよろしいんですの?」
注意深く目の前の規格外を観察していると、レイシアちゃんが先手を打って口を開いた。
レイシアちゃんの方も『魔女』を警戒しているようだが、下手に動けない俺よりは行動的な態度のようだった。有難い。その分、俺は思索に耽ることができる。
対する『魔女』はにっこりと微笑んで、
『ええ、その通りよ。今回のアナタ達の時間旅行は、わたしが仕組んだもの。楽しんでもらえたかしら?』
「まぁ、それなりに。でも楽しんでほしいのなら最初から意図を説明しておくべきではなくて? 季節のイベントなら最初にそうと言ってくれれば、わたくし達も解決に必死にならず気楽に楽しめましたのに」
『うふふ、ごめんなさいね。わたしの登場は大トリにしておきたかったから。ホラ、一番の目玉は最後にとっておきたいでしょ?』
「…………そもそも、アンタは何のために俺達を色んな可能性の世界に飛ばしたんだ? いや、それ以前に…………アンタは何者なんだ?」
『うーん、また説明の難しそうな問い掛けねぇ。まぁ一個目の質問には追々答えるとして、二個目の質問に答えていこうかしら。なんだかラジオのパーソナリティみたいで楽しいわねこれ☆』
「なんか調子こいてるときのシレンっぽさがありますわね」「いや、こういう役に入り込むところはレイシアちゃんだよ多分」
『…………ふふ』
『魔女』は零すように小さく笑い、
『わたしは……そうねえ。「シレイシア」のバッドエンド。そう言った方が分かりやすいかしら』
……、……バッド、エンド?
『要領を得ないって顔してるわね。まぁ無理もないわ。アナタ達、基本的に死とは無縁のラッキーガールだもの。だから、アナタ達に訪れる最悪の結末は「ネバーエンド」なんだけどね』
「ちょっと。分かりやすく話しなさい。全然わかりづらいですわよ」
『はいはぁい。何ようせっかく超常存在っぽく登場したんだから、ちょっとくらい持って回った言い回しをさせなさいよ』
『魔女』はまるで機嫌が悪い時のレイシアちゃんみたいに不満げにぶつくさ呟きながら、
『簡単に言うと、わたしは「
……ああ~~!! あったあった! そういえばそんなこともあったね!
魂の出力的なモノを高速安定ラインに乗せようとしたんだけど、出力が強すぎて高速安定ラインどころか衛星軌道上まで魂の出力が乗っかっちゃいそうになったんだよね。結局、ステイル達の護符によって肉体の容量(?)的なモノがが拡張したお陰で何とか人間の枠内に収まったんだけど……。
『アレを、今話題の
『魔女』はまるで失敗談を語るかのように、苦笑いしながら言う。
『結果的に……わたしが帯びている理自体が、世界に根付く形で焼き付いちゃったの。ああ、
『魔女』は口元に人差し指を当てながら、
『アレイスター的には、わたしは魔神の反存在のようなものとして設計していたらしかったんだけどね。まぁそこは安定のアレイスター。いつもの大失敗で、わたしは魔神だの魔神の反存在だのといった枠組みにも収まりきらなくなっちゃったの。いやーあの時のアイツの喚きっぷりは面白かったわねー……』
「安定のアレイスター……?」
アレイスターってそんなダメダメなイメージないんだけど……。
そういえば魔神もけっこうアレイスターのことをナメてたけど、やっぱり『人間』以上の存在になるとアレイスターのことも大分穴だらけな存在のように見えるんだろうか。
『まぁ、魔神といっても所詮はバグった神格級だものね。オリジナルの「オーディン」と「オティヌス」なら、「オーディン」の方が普通に強いし。わたしはそんな枠組みを超えて、世界の法則の一部に食い込むに至っちゃった。色をベースに異界の理を管理する存在になったわたしは──「未踏級」へと成り果てた』
…………みとうきゅう。
「……って、なんだ……?」
また知らない用語が出てきた。クロノートだのなんだのも全然分からなかったけど、しんかくきゅうとかみとうきゅうとかもよく分からない。言葉の感じからして、『神格級』と『未踏級』ってことなんだろうけど……これもこの先の未来で登場する魔術用語か何かなんだろうか。
『あらぁ? シレンってば、電撃文庫のヘヴィユーザーだったわよね?』
──そこで。
『魔女』の言葉に、異なる色が混じりだす。それまでの超越者でありながらもあくまで『世界の枠内』に留まっていた言動から──そこからさらに外。『完全な外側』を意識した色へと、変わっていく。
『なら名前くらいは憶えてるんじゃないかしら? それとも、
それは。
『鎌池和馬一〇周年企画第三弾。「禁書目録」の流れを汲む正統派シリーズ。……なーんて、かまちーの作品なんて結局山場の味はだいたい同じなんだからどの作品も「禁書目録」の流れを汲んでるのにね』
記憶の扉が、開いていく。
前世の病室で、文庫本を手に取っていたあの日々の記憶が。
そう、あれは確か、小説を読み終えた後、巻末の関連作品一覧を眺めて──
『「未踏召喚://ブラッドサイン」』
そう。あの作品は、確かそんな名前だった。
『魔女』が色々と話してくれたお陰で、俺も記憶が刺激されて過去のことを思い出してきた。
読んだことはないが、色々と当時聞いたことはあった。一〇周年のクロスオーバー企画があったとか、そこで初登場してヒロインが無双しまくったとか。動画サイトに上がっていたPVの方は見たし、SNSでクロスオーバー企画めいたことをやっていたことも知っている。
そしてあらすじの方も、読んだことがある。思い出した。
なんでも、神々よりも奥に潜むという『未踏級』の召喚ができるようになった──という世界だったと思うが。だが…………、
「ありえない」
俺の口からまず最初に出たのは、否定の言葉だった。
だって、そうだろう。確かに、この『魔女』は俺達の体質が暴走したことによって生まれた存在なのかもしれない。結果的に魔神すらも超える力量の存在になったのかもしれない。
だが、だからといって『禁書目録』の世界の外の概念が登場してくるのはどう考えてもおかしい。それはありえないだろう。
『どうして?』
しかし『魔女』は、そんな俺のリアクションを楽しむみたいに妖しい笑みを浮かべてみせる。
『だって他でもないシレン自体、「この世界の外」から来ているじゃない?』
……それは、確かにそうだけど……。
『シレンは「読んで」ないから知らないでしょうけどね、実はこの世界と他の世界って、意外と「互換性」があるのよ☆ 「合コン」とか……あと、「ヴァルトラウテさん」の世界に当麻さん含め色んな世界の子が集合したこともあったっけね……。その時は、違う作品世界だっていうのにインデックスの魔術知識が大活躍したりしたのよ?』
互換性がある……っていうのは、そういうことか?
……『合コン』とか『ヴァルトラウテさん』とかの意味は、良く分からないけど。
ああいや! 『ヴァルトラウテさん』の方は聞き覚えがある! 確か、『小説』のあとがきで言及があったと思う。北欧神話を舞台にしたお話だったはずだ。
『他にもいろいろあるわよ? 全く別の世界との交差。「バーチャロン」なんかは大分ディープに交わってたわねえ。あとは「俺妹」とか「デュラララ」とか……あ、
『魔女』は、パン! と手を合わせて、本当にただのオタクが話をするみたいに言う。だが……その話の内容は、あまりにも異様だ。
世界の中にいながら、世界の外側の視点を持つ。……そのことが、これほど『異形』に映るのか。俺も…………傍から見れば、こんな風に映っているのか。
《……シレンは
そんな俺の内心の不安を宥めるように、レイシアちゃんが言う。
……ならいいんだけど……にしても、そういう意味でも目の前の『魔女』は異常だ。確かに、他の可能性の俺達も達観したようなことは言っていたが……それでも、世界を作品として俯瞰するような言動はなかった。俺だって、もうこの世界で生活して長い。『小説』の知識を参照することはあっても、この世界自体を作品として扱うことはないし……気分的に、あまり作品の話をメインでしたくはない。自分の生きている世界が『創作物』である……みたいな話は、考えても気が滅入るからだ。
だが、この『魔女』にそういう精神的ストッパーがない。この世界がもとをただせば創作物であるということに、何の躊躇いも感じていない。むしろその中に生きているということを、楽しんでいる節すらある。
『……おっと、ちょっと引いちゃったかしら。ごめんなさいね。同じ視座を持っている人と話すのは久しぶりだったから、つい。……でもシレン自身、心当たりはあるんじゃないかしら? 「真なる外」から引き寄せられたアナタを基点にして、他の世界の法則が多少流入していること。オブジェクトなんかはその最たる例でしょうね。他にも、いつかの四月馬鹿だと「インテリビレッジの座敷童」の世界の「パッケージ」が出てきていたけど』
オブジェクト。
…………あ、ひょっとして能力開発のときに出てくるアレ!?!?
『……ま、この場での知識は多分ぼやけちゃうし、シレンはおとぼけだから向こうに戻っても気付けないとは思うけど』
あの作品は知っている。『新約一巻』では序章で登場したし……漫画もアニメもやっていた。電撃文庫ファンとして、小説を読んだこともある。何せ再読したのも大分昔の上に、こっちに来てからはずっと『とある魔術の
『特に、「ヘヴィーオブジェクト」の世界はこの世界ともわりと密接でね。クウェンサーちゃんなんて学園都市にピンで遊びに来たこともあったわねぇ……。お相手は「アイテム」の子達だったけど。確か、当麻さんが逆に「ヘヴィーオブジェクト」の世界に行ったこともあったわよ?』
「そ、そんなことが……」
多分……メタ的には番外編コラボとかそういう事情なんだと思うけど、そういうのも『実際にこの世界で起きうる』ってことなのか、これは。
そして、そんなことが簡単に起こりうるくらい……『世界と世界の交差』は珍しいことではない、ということは。
『ようやくわたしの言っていたことも現実味が持てたかしら? アレイスターの失敗により、わたしの──いえ、アナタ達の抱えていた
……そして突き破った世界の壁の向こう側で、異なる世界と接続してしまった。
『接続した「未踏召喚://ブラッドサイン」の世界の
『まぁ、第三の召喚儀礼すら出来上がっていない世界じゃ、誰からも召喚されることなんてないんだけどねー』と適当そうに言う『魔女』。そこでふと──『召喚』という言葉が引っかかった。
そういえば、当麻さんと結婚した世界線の俺達が、俺達が『召喚』されていると言っていたような気がする。その時は他に色々と気になることが多すぎて流していたけど……そういえば、俺達はどういう原理であの世界に送られてきたんだ? 肉体を持たず、魂だけの状態で……。
『おや、ようやく気づいたかしら? そうよ。わたしは
…………『
「二つの概念の境……いや、関係性を操ることができる……ってことか? それで、召喚師と
『ご明察☆』
『魔女』はこくりと頷くが……とんでもない話だ。
それはもう、
『実を言うとね、
……道理だと思う。
「で、いい加減一つ目の質問に答えてくださらないかしら?」
そこで、レイシアちゃんは心底つまらなさそうに話を切り出した。
「アナタが失敗したわたくし達の成れの果てというのは分かりましたわ。失敗してもなおこれほど規格外というのはわたくし達らしいですけれど、そんなアナタがわたくし達をここに『逆召喚』した理由は今もって不明。……まさか世間話の相手が欲しいからとかなハズがありませんものね」
……確かに。
此処は孤独な世界のようだが、そもそも『魔女』は召喚師と
わざわざ、『現在の俺達』を狙って呼び出す理由がない。……此処まで提示された情報から考える限りでは。
『ん~、レイシアちゃんはせっかちね。もうちょっとお喋りを楽しまない?』
「お生憎様。わたくしまだ若いので、オバサンみたいに長話は趣味ではありませんの」「ちょっとレイシアちゃん! 相手の思惑も分からないんだから、あまり刺激しすぎない方が……」
思わず制止した俺だが、対する『魔女』の方は気分を害した様子も見せない。
むしろからっとした調子で、
『あっはっはっは!! いいのよぉシレン。レイシアちゃんってばこういう子だもんね。あー…………懐かしいわ。本当に……本当に、涙が出るくらい…………懐かしいわ』
笑いすぎたからだろうか。『魔女』は目尻に浮かんだ涙を少しだけ拭って、すっと俺達の方を見据える。
エメラルドグリーンの瞳がじっと俺達を視界に収め、自然と体が強張るのが分かった。
『……、アナタ達に、もう一度だけ会いたかったの』
『魔女』は寂しそうに、それだけ言った。
悲しそうに揺らぐ瞳で、しかし精一杯の笑みを浮かべていた。
『だからわたしのところに辿り着くように仕向けたかったんだけどねー……何せ時間がかかるから。ホラ気付いてる? 今までアナタ達が通ってきた可能性の世界って、だんだんと「未来」に進んでたの』
「……え、そうなんですの?」
レイシアちゃんが意外そうに言うが、俺も意外だ。知らなかった。でも……言われてみればそうなのかもしれない。
最初は今年の冬。次に高校生くらいで、その次は大学生、教師になって最終的には若奥様だもんな。まぁ、途中から年齢とか今どのくらいの時期かとか聞かなかったからよく分かんないけど。
『ゴルフとかと同じよ。いきなり遠くに飛ばそうとすると、誤差が大きくなっちゃうでしょ? だから細かく刻んで、安全にこっちに送り届けようとしたんだけどね』
「……ならどうして、わたくし達と当麻の接触を妨害しようとしたんですの? アレは明らかに作為的でしたわよね?」
『そりゃ、サービス精神よ! せっかく色んな可能性の世界に連れて行くんだもの。さっさと当麻さんに触られちゃったら、すぐにわたしとご対面で、アナタ達は楽しくないでしょ? ほら、わたしってエンターテイナーだから。アナタ達にも楽しんで欲しかったのよ』
なんかそれっぽいなあ……。自分をエンターテイナーと自称する無根拠に自信が旺盛な感じ、まさしくレイシアちゃんって感じの無軌道さだし。
……しっかし、
「なんだか回りくどいね。そんな風に時間旅行を俺達にさせなくても、俺達のところに転がり込んでくればそれなりに楽しかっただろうに。なんかアレイスターみたいだ」
こう……暗い奥の方でデンと構えてる感じとかが特に。
と、そんな感じで何気なく言った言葉だったのだが、『魔女』の方は想定外の印象だったらしい。今日一番の『嫌そうな顔』をして、
『うぇー……アイツ……? ……、……まぁ、なんだかんだでアイツとは一番付き合いが長かったし、いつの間にかやり口が似通ってきてたのかも……』
……?
そこで、ちょっと違和感を覚えた。付き合いが長い……って? 今の時点で俺達はアレイスターとの付き合いゼロなんだけど……。
というか、そうだ。『いきなりの時間移動は誤差が大きくなるから細かく刻んだ』って、要は『魔女』のいる時間軸が俺達の時代から見て相当未来ってことだよな。少なくとも、若奥様時代の俺達よりも。
ってことは、この『魔女』っていったい何歳なんだ……?
「……アナタ、いったい何歳なんですの?」
『うん? まー今ざっと一五〇〇歳くらいかしら』
せ、一五〇〇!?!?!?!? そんなに!?!?!?
『これでも魔神連中よりはずっと若いわよ? でもまぁ、その魔神達も大分前に会えなくなっちゃったし、知り合いはみーんな死んじゃったわねー』
それは……。
そうか。『魔女』の言っていたバッドエンド……そしてネバーエンドっていうのはこういうことか。
確かに、知っている人たち、大切な人たちがいなくなった世界でずっと生き続けるのは……寂しいだろうな。俺はそれでもレイシアちゃんがいればいいと思うけど……『魔女』は、一人ぼっちだもんな。
…………。
「そんなに長いことアレイスターと一緒にいて……ってことはつまり、アナタ……アレイスターエンドのわたくし達なんですの? そりゃ確かにバッドエンドですわ……」
『ちょちょちょ!? ちょっと待ってくれる!? アイツみたいなクソカスをわたしの相手役に認定しないでちょうだい! それホント国辱レベルの罵倒よ!?』
…………そ、そこまで……? アレイスター、そこまで言われるほどダメなヤツなの……?
『まったく……。わたしは当麻さん一筋ですぅー。ファーストキスもまだなくらいウブな女の子なんだから……』
「……一番遅れてますわね。『冬』のわたくし達ですらファーストキスは経験しているというのに……」
『うるさいわねー! いいでしょ別に! わたしが一番純情なの! 清楚なの! ヒロインレベルMAXなの!』
あ、なんかこの拗ねてる感じ、痛いところを突かれたときのレイシアちゃんっぽい。
色々と属性モリモリになっても、こういうところは変わらないんだなー。
《……妙に女々しいところはシレンそのままですわね》
《ええ!? そこに俺らしさを感じるの!?》
それはかなり心外だよ!?!?
…………ん?
……いや……待てよ。何か妙だ。今の会話……ただのじゃれ合いみたいだったが、一つだけ完全におかしいポイントがあった。
なんだ……何がおかしかった? 俺は、どこに違和感を感じた?
『ま! そんなつまんない話は置いといて! お喋りの続きをしましょ。まぁお茶菓子とかは出してあげられないけど……』
時間旅行。
エンターテイメント。
ファーストキス。
『冬』の時点……。
『こんな人生だもの。話のネタには事欠かないからね。あと昔のことはやっぱり忘れちゃってるから、アナタ達の思い出話も聞かせてくださいな』
「……嘘を、吐いているな」
俺は、気付いてしまった。
『魔女』の言葉の矛盾に。
そもそもなぜ、『魔女』は俺達を色んな可能性の世界に飛ばしたのか。
エンターテイメントと言うが、ただそれだけの理屈なら俺達が当麻さんと接触するのを無理やり止めようとするだろうか。むしろ俺達はそれによって黒幕の悪意を邪推してしまったわけだし、エンターテイメントに殉ずるならもうちょっと他にやり方があったはずだ。
そして彼女の言が嘘であるとするなら、何故『魔女』は俺達に嘘を吐いたのか。他に真実の意図があるにも拘わらず、俺達にそれを悟らせずに他の可能性の世界を巡らせ、そして最終的に俺達と出会って……何をするでもなく会話に興じている。……まるで、時間を潰しているみたいに。
そうだ。
最初から、『魔女』の言動には違和感があった。これほど大掛かりな仕掛けを施しているにも関わらず、着地点がささやかすぎるのだ。ただ俺達と話をして悠久の時を楽しみたいだけなら、向こうの方から出向けばいい。
まさに俺達がやったように無数の可能性を巡ってもいいだろう。時間を潰すだけなら、それこそ他の世界に遊びに行くのもアリのはずだ。わざわざ今の俺達を時間旅行に巻き込んでからお喋りをする理由が、この壮大な仕掛けに対してあまりにも薄すぎる。
……そして。
これまでの可能性は、どれもぶっ飛んでいたが……どれも例外なく、『冬』の俺達……上条当麻とのファーストキスを経験していた。
だからてっきり、俺はあの『冬』は俺達がどんな未来を迎えても経験する『ルートの分岐点』のようなものだと考えていた。
だが、そうではないとしたら?
魔女は、あえてあの『冬』を基点にした可能性の系統樹のみを俺に見せてきた。
あの時間旅行は無数の可能性の分岐を俺達に経験させていたように見えて……実は大きなくくりでは、『別の支流』を意図的に隠した時間旅行だったんだ。
そんなことをして、『特定の因果』だけを俺達に経験させた状態で、特に何をするでもなくおしゃべりに興じていた理由。
……これは、俺の想像だ。
でも、もしも俺がこの『魔女』のようになって、一五〇〇年も孤独に過ごしていたならば。
傍らにレイシアちゃんがいなかったならば。
…………きっと。
『…………アレイスターは、この間逝ったわ』
ぽつりと、『魔女』は涙を流すように言葉を漏らした。
そのエメラルドグリーンの瞳は、悲しそうに揺れることはあっても、雫をこぼすことはなかったけれど。
『いいえ、正確には、わたしが殺した。大悪魔コロンゾンの肉体を乗っ取ったアレイスターは、人間の寿命を超えていたからね。「未踏級」たるわたしにしか、アイツを殺すことはできなかったし……アイツは生きることに疲れていた』
言葉を吐くたびに、一五〇〇年の時間が進むようだった。
見た目は俺達とそう変わらない少女のような若々しさなのに、そこで言葉を区切る頃には、『魔女』の姿は今にも朽ち果てそうな老婆くらいにも見えた。
『わたしね、死ねないの。「未踏級」になったわたしは幻想殺しでも魔神でも殺せないし……そもそも「とある魔術の禁書目録」の外にあるパワーバランスの頂点だからね。
だから、『魔女』は考えたのか。
『わたしは異界の理を色の形で管理する未踏級。わたしは世界の法則と同じ強度を持っているから、通常であれば世界の法則を削れるような規格外……あの「女王」でもなければ殺せない』
「……通常であれば、ということは、例外があるということですの?」
『そ。たとえば、
…………理屈は、理解できる。
自分を歴史から消してしまえばいいっていうのは、確かにその通りだ。自殺のスケールとしては、あまりにもデカいが……。
『歴史ってね、操作しすぎると壊れちゃうのよ。ちょうど動かしすぎたゴム紐がちぎれちゃう感じかしら。そうするとその歴史は空白地帯となって、どこからも観測も干渉もできなくなっちゃう。……だから、
『魔女』はそう言って、言葉を区切った。
つまり……それこそ、今回の時間旅行の真の目的。
自分と相反する可能性を俺達という『分岐点』に取り込ませて、『異なる未来の因果』の塊を作り出した。
「……
俺は呻くしかなかった。
『魔女』は異界の理を司っている。そして俺も、歴史を歪め、均す体質を持っている。分岐点としての俺ならともかく……『異なる未来の因果』を帯びた状態でこの二つの法則が激突すれば、その歴史っていうのはおそらく、絶えず改変と修復が繰り返されることになるだろう。
その状態でずっと時間が経っていけば……『歴史を改変しすぎる』、という事態に発展するんじゃないだろうか。
「ふ……ふざけるんじゃないですわよ! アナタの自殺に、わたくし達を巻き込むって言うんですの!? そんな後味の悪い役回り勘弁ですわ!」
『むー……だから黙ってたのに。あーあ、シレンはこういうときだけ冴えてるのよねぇ。気付かなければ帰してあげた後、ひっそりと消える予定だったのよ?』
『魔女』は額に手をやってやれやれとばかりに嘆息する。
『……で、どうする? わたしとしてはこのまま時間が来るまでお喋りして、終わりにするつもりだけど。まぁ安心して。歴史の空白化は、必ずしも世界の崩壊を意味しないわ。外部から観測できなくなるだけ。それにアナタ達も、元の時代に帰ればここでの出来事は忘れちゃうわ』
「なんだよ、その前振り」
我ながら……笑っちゃうくらい、『前振り』だよな。それ。
「しょ~~じき、わたくしはアナタのことなんかどうでもいいですわ。だってわたくしにとってのシレンは『此処』にいる一人だけ。未来の可能性は、参考資料ではあってもわたくしにとっては同じ経験を共有する他人でしかないのですから」
レイシアちゃんは、そう言いながら一歩進む。
「──ですが、勝手に諦めて『自殺』しようとするお馬鹿を見ると、黙っていられませんの。同族嫌悪で」
……その言葉を聞いて、俺もまた一歩進む。
「俺も、特に思い入れなんかない。悲しいとは思うけど、具体的にどうしてあげればいいのかなんて分かんないし。でも」
そのエメラルドグリーンの瞳を。
寂しそうに揺れる眼差しを見据えて、言う。
「──自分の心に嘘を吐いて逃げようとしている馬鹿を見ると、黙っていられないんだ。同族嫌悪で」
我ながら、おかしくなってくる。
これほど、同族嫌悪を抱いているのに……。
「やっぱりこの人はレイシアちゃんの成れの果てだね」
「いいえ、やっぱりコイツはシレンの成れの果てですわよ」
だってこんなにも……。
「「──救われない姿が、認められない!!!!」」
バッドエンド?
ネバーエンド?
そんなの知ったことか。
破滅を迎えてしまった、たった一人の少女を、救いたい。
それが俺達の、始まりだったんだから!!!!
| ■異世界のシレイシア図鑑⑦(続き) |
|---|
| 『 |
| 『現在のシレンとレイシアが最も到達する可能性の高い未来』。 魔神を超え、シレンの性質ゆえに世界の壁すらも超え、色の形で世界の理を管理する『未踏級』へと到達したシレイシア。 既に一五〇〇年ほどの長きを生き、既知の人間はアレイスター=クロウリー以外は全員他界した。 レイシア(冬)を含め その外見は、安楽椅子に腰かけた貴婦人。手足を覆うロンググローブとタイツはかつてと同じように白黒のコントラストが映えているが、身体の中心へ向かうにつれて色の境界は曖昧になり、身に纏うナイトドレスは濁った灰色のような混沌の色彩となっている。 金色の長髪は同じだが、肩にかかった部分のカールはなく、全体的に緩くウェーブがかかっているのみ。瞳の色は眩いばかりのエメラルドグリーンをしている。 背後からは数千もの『亀裂』が空間自体に走っており、その奥には真っ暗な空間が広がっている。その中には無数のエメラルドグリーンの瞳が浮かび上がり、こちら側のほうをじいっと見つめており、安楽椅子の立てる音に連動して『亀裂』と共に伸縮・明滅する。 戦闘の際には主に背後に浮かび上がった『亀裂』やその奥に潜む『瞳』を用いる。触手のように自在に伸縮する『亀裂』は触れられるものを切断し、その奥の『瞳』は触れられないものを視ることで切断する。 また、世界と世界の境を曖昧にすることでゴム紐の理論で説明される歴史の『外』へ飛び出すことができ、これによって別側面を含めた世界の可能性全体を俯瞰、干渉することができる。この能力によって観測した世界の可能性の中にレイシアとシレンを送り込んだのが、今回の異世界旅行の正体。 その目的は、己の可能性の消滅。 数多の可能性の因果を取り込んだ、現在の自分への分岐点である『現在のシレイシア』と接触することで疑似的に『立て続けの歴史改変』を引き起こすことで、自分が存在している世界の側面自体を空白にし、己の司る理ごと自分の存在を抹消しようとした。 |