【完結】とある再起の四月馬鹿(メガロマニア) Ⅱ 作:家葉 テイク
2
『……っ、そう』
『魔女』は少しだけ言葉を詰まらせ、
『それなら────』
一瞬だけ、幸せそうな笑みを零し、
『──どうやって、わたしを超えるのかしら?』
そして、地獄のような冷たさでこちらを
──見下ろした。
その位置関係の変化に気付けたのは、幸いだったと言わざるを得ない。
気が付いたときには、俺達の周囲五〇メートルほどの空間は『魔女』の背後から伸びた亀裂により切り取られ、陥没が始まっていた。
「──なッ!?」
地面が完全に沈み込む前にすぐさま『亀裂』の翼を展開し、俺達はモノクロームの空へと脱出する。見下ろしてみると、俺達がさっきまで立っていた場所は巨大な亀裂
に飲み込まれているところだった。
……おそらく、亀裂を俺達の下に展開することで、亀裂の『奥』の空間に地面ごと俺達を引きずり込む算段だったのだろう。
「呑み込まれたらどうするつもりだったんだっ!?」
思わず吐き捨てるように言ってから、自分でも抜けた発言だなと思った。
仮にも相手と戦っている最中なのだ。攻撃に対して文句をつけるのは緊張感がなさすぎる。ただ、『魔女』の方はくすくすと笑って、
『あら、怖い? 安心しなさいな。この亀裂の奥は別に有害なわけじゃないわよ? ただ中にものを入れたまま閉じちゃえば、わたしがもう一度亀裂を生み出すまでそこから出られないだけ』
……閉じ込めたまま時間を稼ぐつもりってわけか……!!
でも、そうだな。相手は元は俺であり、レイシアちゃんなんだ。だから俺達を傷つけるような攻撃は絶対に『できない』。必然的に、行動は俺達を捕獲する動きになるんだ。
──とはいえ。
『殺されないから安心、なぁんて思っているようじゃ、心配の次元が五つか六つは低いわよ~?』
傷つけられないからといって安心できるような存在じゃないんだけどな、目の前の『魔女』は!!!!
まるで濁流のようにこちらへ伸びてくる亀裂を高速移動で回避する──が、その挙動がおかしい。
俺達の『亀裂』の場合は解除しない限り余波は生じないのだが、『魔女』の亀裂にそんな常識は通用しないようだ。普通に、躱した亀裂が地面に衝突して大小様々な瓦礫を撒き散らしてる。あの余波だけで、普通に
「チッ……確かスペックシートだけなら魔神以上なんでしたっけ? インフレ此処に極まれりですわ! 冗談じゃない!!」「同感! でも……向こうにも隙はあるはず!」
亀裂を回避しながら、俺達は大きく高空で旋回し、『魔女』の背後へと移動する。すると、亀裂の動きが明らかに鈍ったのが分かった。
……やっぱりだ。この亀裂はあくまで『魔女』の視界をもとに操作している。レイシアちゃんの
「それさえ分かれば……!!」
俺はレイシアちゃんに飛行の維持を任せつつ、さらに『亀裂』を展開する。
といっても、これ自体は別に攻撃の為のものではなく──
『へぇ、「残骸物質」。懐かしいわねそれ』
『残骸物質』──つまり障害物を生み出す為のものなのだが。
高次の何かを切断したことによる『断塊』を幾つかモノクロームの大地に突き立てると、戦場の見晴らしはかなり悪くなった。……よし、これで亀裂の動きは大分弱、
『……言わなかったっけ? 亀裂の中にある「瞳」の役割』
ズ、と。
そこで、確かに生み出したはずの『残骸物質』が透けるように消え失せてしまった。
……き、亀裂による切断ですら、ない……!?
『わたしの背後にある亀裂の役割は形あるものの切断。その奥にある瞳の役割は、形なきものの切断。アナタ達が高次の何かを切断した「チカラ」そのもの。……切断できないとでも思った?』
「…………馬鹿げてる…………!!!!」
そんなこと言われちゃったらもうなんでもありじゃないか!! 応用性は俺達よりも落ちてるんじゃないかと思ったけど、むしろ万能になってないか!?
っていうか、それってつまり『「魔女」の目に見えないもの』も切断できるってことで、つまりアイツがその気になれば『そのへん適当に』で俺達の能力を切断することで、飛行すら無力化できるってことじゃないか!?
『それと、いつまでも逃げてばっかりじゃいつまで経ってもわたしのことは越えられないわねぇ……?』
「……! 分かっていましてよ!」
楽しそうに笑う『魔女』だが、猛攻が休まることはない。
確かに、俺達の目的は『魔女』を救うことであって、このまま攻撃を避け続けているだけではそれは達成できない。むしろ、時間切れになって『魔女』が消えてしまえばその時点でゲームオーバーだ。
だが……あまりにも、戦いの次元が違いすぎた。
向こうは俺達を殺す気じゃないどころか、傷つけないように細心の注意を払っているにも拘らず、まるで付け入る隙が見つからない。今この時点で亀裂の奥に放り込まれていないだけでも十分健闘している──そう評価できてしまうくらい、彼我の力量差は明白だった。
それにそもそも、どうやって『魔女』を助けるかも俺達にはまだ皆目見当がついていない。
このまま俺達が同じ時空に一緒にいれば『歴史の過改変』が発生して『魔女』が消えてしまうというのは分かるのだが、じゃあどうやって『魔女』と別の時空に移動すればいいんだろうか。もしくは、『魔女』を別の時空へ移動させるか。
……無理じゃないか? だってそもそも、俺達がこの時空に来たのだって『魔女』が『召喚師と
俺達がどう立ち回ったところで、そのスイッチを押させることにはならないんじゃないだろうか。
『さあ! そろそろわたしの方もギアを上げていくわよ~!』
攻めあぐねている俺達に業を煮やしたのだろうか。
『魔女』は楽し気に笑いながら、さらに亀裂を振るった。余波だけでモノクロームの雲たちを吹き散らしながら、大量の亀裂が大空を埋め尽くすかの如く広がっていく。……いや、埋め尽くすかの如く、じゃない。
本当に、埋め尽くされている。
今まで白と灰の濃淡で表現されていたモノクロームの空は、亀裂の『黒』によって完全に覆いつくされていた。
……あれは、考えなくても分かる。
『範囲攻撃』だ。
こっちが躱しようのない攻撃を繰り出して、絶対に俺達を亀裂の奥へ引きずり込もうとしていやがる……!
「……! レイシアちゃん!」「分かってますわ!」
互いに呼びかけ合い、俺達は最大出力で『魔女』の亀裂に向かって『亀裂』を伸ばす。
通常の『亀裂』であれば、ただ奥に『亀裂』が伸びていくだけだろう。あの『魔女』の亀裂には、三次元的な奥行きがあるみたいだし。
だが……一一次元すら切断するスケールの『亀裂』であれば、一縷の望みがある。もしも『魔女』の亀裂の隙間ない攻撃に僅かでも間隙を生み出すことができれば、この攻撃を乗り越えることができる……!
……が。
『……
ゴキィィッッ!!!! と。
『魔女』の亀裂の中に入った瞬間、『亀裂』は三次元では説明できない角度にねじ曲がり、粉々に砕け散った。
『そもそも「なんとかできる」と思っている時点で、現状が把握できてないのよねえ。シレン、レイシアちゃん。理解が追い付かないなら分かるスケールで説明してあげる。アナタ達は今、全力全開のオティヌスよりも遥かに強い存在と戦っているの。能力の穴を突けば勝てるとか、どこかに勝利の抜け道があるとか……そういう「禁書目録」のルールは通用しないのよ』
「………………、」
それはつまり、俺達に勝ち目など存在しないということだった。
お前たちは、『
『魔女』の口から、確かにそう告げられたのと同じだった。
「…………なるほどな」
絶対に勝てない。
勝ち目がない。
そう言われて……逆に俺は、
『……あら、何か見つけちゃった?
「いいや」
別に俺は何かを見つけたわけじゃない。
今だって、どうすれば目の前の『魔女』を救えるのか、見当もつかない。だが……何も別に、俺が答えを閃かなきゃ終わらない類の問題じゃなかったんだよ、これは。
だって俺には──
「…………シレンは、気付いたんですのよ」
こんなにも頼もしい相棒がいるのだから。
「わたくしの堪忍袋の緒が、とっくの昔にブチ切れているってことに!!」
レイシアちゃんは俺に確認も取らず、むしろ『魔女』の方へ全速力の突撃を開始した。
『はあッ? 真っ向勝負? わたしの背後から伸びる亀裂は、真正面からの突撃には対応できないと……? そんな、人間の魔術師みたいな粗末なオチがあるわけないじゃない』
半ば呆れるようにして、『魔女』は無数の亀裂のうちの一本を俺達との間に移動させる。確かに、これで死角はなくなった。このまま突撃すれば俺達はあえなく亀裂の奥に呑まれるだろう。ただし。
「……逃げるのか?」
『…………あん?』
俺の一言で、亀裂の動きが止まった。
『いやいやいやいや。……逃げるとかそういう話じゃないでしょ。わたしは自分を終わらせたくてやってるの。それを止める為にシレンとレイシアちゃんは戦ってるわけで、わたしがそんなアナタ達を妨害することのどこが逃げてるって言うのよ?』
「そう言われたらそうかもしれないけど、でもそこまで必死になって言い返すってことは案外自分でもちょっとは逃げてる自覚あるんじゃないの?」
何せ、
いやいや、こういうところでムキになっちゃうあたりはやっぱり一五〇〇年経ってもレイシアちゃんだなあって思うよ。
『…………あ』
そういうわけで、俺達は己の失策に気付いて唖然とする『魔女』の目の前に佇むことに成功していた。
別にここから、俺達が『魔女』に勝てる一打を撃てるわけじゃない。
多分『亀裂』を直撃させようが『魔女』には傷一つつかないだろうし、次の瞬間には『魔女』の亀裂に飲み込まれておしまいだろう。
そう。
俺達は『魔女』に、絶対に勝てない。俺達は人間で、向こうは神々よりも奥に潜むとかいう未踏の領域に到達した存在なのだから、当然だ。
ただし、俺達はコイツに勝つ必要があるわけじゃない。というか、勝っても何の意味もないと言っていい。
だって、仮に『魔女』の上を行って別々の時空に移動して、その消滅を免れたとして。……それで『魔女』は救われるのか?
確かに俺達の手で消滅させることはなくなるかもしれないけど、『魔女』が自ら死のうと思うに至った寂しさや悲しさは何も解決していない。それは、ある意味で死なせるよりもよっぽどひどいバッドエンドだろう。
だから俺達が交わすべきだったのは、策の応酬なんかじゃなかった。
最初から──交わすべきは言葉で、その為の方法を考えるべきだったんだ。
何もかもを失って、世界に対して絶望している、たった一人の女の子に言葉を届ける為の方法を。
……で、幸いなことに俺達は、お互いの扱い方については世界で最も長けていると自負している。
世界最強の専門家が二人がかりでいるのだ。このやり方でどうにかならない方がおかしい。
「このクソお馬鹿…………」
レイシアちゃんが、唸るように低い声で言う。
「アナタの中にはシレンも混じっているんでしょう!? ならなんでわたくしの言うことを聞かないんですの! わたくしが! アナタに! 消えてほしくないと言っているのです!! ならアナタも一緒になって消えなくて済む、幸せになれる方法を考えるのが筋なのではなくて!?!?」
『はぁ!? 何その横暴理論!?』
ははは。レイシアちゃんらしい、論すら成り立ってないわがまま攻勢だ。
でも、俺達にはこれが必要だった。
レイシアちゃんが望み、それを俺が実現する。
多分それが、俺達が一番強く在れるやり方だから。
「お前だって、本当は期待していたんじゃないのか」
そう言いながら、俺は『魔女』のことを指さす。
その答えに至る為の材料は、既に揃っていた。
「だって、本当に死にたいだけなら俺達を呼ぶ必要がない。お前の話しぶりだと、他の世界との『クロスオーバー』も観測できていたんだろう? なら、他の世界に行くことだってできたはずだ。この世界でお前を殺せる存在はいなくとも、別の世界にいるっていう、最強の『女王』なら、お前という概念ごと殺すことだってできるんじゃないのか」
『…………、それは、最期に貴方達に会いたかったから』
「いいや、違うな。半分は俺自身だから分かるよ。俺だったら、たとえ一時の記憶だったとしても、
『…………!』
「もしもやるなら、絶対に気付かれないよう細心の注意を払って振る舞う。バレた時点で召喚を終了して、『第二希望』のやり方で死にに行く。俺はそういう人間だ」「そんな自信満々に言われてもわたくしリアクションに困るのですが?」
……うっ。レイシアちゃんがそこはかとなく不機嫌に。……大丈夫だよシミュレーションであって別に俺がそういう自己犠牲をしたりする予定があるとかじゃないんだって気持ちがわかるってだけでさ……。
「そ、それに! お前は俺達を本気で捕まえるつもりもなかっただろ? 亀裂の奥にある瞳。アレを使えば、俺達は飛行すらおぼつかなくなってたんだから」
これらの矛盾を無理なく解決する仮説があるとすれば──それは、『「魔女」が本当は助けてほしいけどそれを言葉にできない』というものだけ。
……だからさ。
「いい加減に、意地を張るのはやめようよ。『それ』を言うのはきっと辛いと思うけど、苦しいと思うけど。……勇気を、出してくれ」
俺も、経験したから分かる。
希望を持つのは辛いことだ。苦しいことだ。怖いことだ。
もしも希望が叶わなかったら、そこに待っているのはきっと途轍もない絶望だから。でも、希望を持たなければ、前に進むことはできないのだ。
『…………、』
……伝えるべきことは、伝えた。
きっと、俺達の言葉は『魔女』に届いてくれる。そう信じて、俺達はただ『魔女』のことを見据える。
『…………おねがい、シレン、レイシアちゃん……』
『魔女』は──一五〇〇年孤独に苛まれていた一人の少女は、そこでようやく、くしゃりと表情を歪めて、きっと一五〇〇年ぶりの本音を口にしてくれた。
『わたしを、たすけて……』
ああ、本当にこういうところはレイシアちゃんみたいだなあ。
そして、我らがお嬢様に対する俺の返答はただ一つ。
「仰せのまま、」「当たり前、ですわっっっ!!!!!!」
…………。
そうだね、俺
さあ、一緒に救おう。
かつての俺達が救えなかった、もう一つの俺達を!
3
そもそも、『魔女』が助かるだけなら答えは簡単だ。
俺達は当麻さんの右手で召喚契約を解除されて元の時代に戻る途中で、『魔女』に横槍を入れられた。その結果留まっているだけなのだから、『魔女』がそれをやめれば俺達は元の時代に戻され、『歴史の過改変』もなくなり、『魔女』は消えずに済む。
だが、それだと『魔女』の現状は何も変わらない。待っているのはデッドエンドよりも悲惨なネバーエンドだ。
これを解消する為には、そもそも『魔女』が何に絶望し、何を取り戻したいのかを考える必要がある。
……そしてそれは、考える必要もないシンプルな答え。
『魔女』は、別にかつての己の半身を失ってしまったから死にたいわけではない。だって『魔女』は『魔女』として、一五〇〇年も生きてきたのだから。
寂しさの割合としては確かに最大だったと思うが、それでも『魔女』は生きることができていた。彼女が限界を迎えたのは、アレイスターをその手で殺めて独りぼっちになってしまった絶望からだ。『死ねない』という永遠への諦観からだ。
だから、自分が死ぬ為の方法を模索した。
多分彼女の目の前には幾つかの方策があったが──別に彼女は、死にたいわけじゃなかった。正確には、『この苦しみから逃れたい。逃れられないのならいっそ死にたい』が、『魔女』の望みだ。
「…………啖呵を切ったはいいのですが、どうしたらアナタが生きていたいと思えるようになるか、わたくしには分かりませんの……」
そんな『魔女』の隣で。
レイシアちゃんは、肩を落としてそう言った。
……うむ。本当に、あんな啖呵を切ったあとだというのに清々しい落ち込みっぷりである。
でもまぁ、そうなんだよな。魔女の寂しさを埋められるようなもの、今の俺達にはどう頑張ったって出せないもんな……。
……ああ、こういうときには自分の不勉強が呪わしい。『未踏召喚』の小説を読んでいれば、ワンチャン『未踏級』を人間に変える方法とかが出てきたかもしれないっていうのに。
いや、そんなものがあれば『魔女』の方が自分から使うか……。
『……、いいのよ、レイシアちゃん。わたし、アナタ達に救ってくれるって言ってもらっただけで、十分救われてるから、』
「だァからそういうことを言われると余計に諦めきれなくなるんですのよ!! 半分わたくしの癖になんでそんなことも分かりませんの!?」
『は、はァ!? わたしはアナタが気に病まないようにと思って気を遣って……!!』
あー、喧嘩が始まってしまったー。
しかしこうして見ると、絶妙に俺っぽさとレイシアちゃんらしさが混ざってる気がする。本当に、俺達が溶け込んだ存在なんだなあ……。
そこで。
気が抜けたせいか、本当にふと、俺は疑問に思った。どうでもいい疑問だ。どうでもいい……はずなのだが、この硬直状態においてはどんな疑問でも手がかりにしたい。その思いで、俺は口を開いた。
「……そういえば、なんで今は自分達の身体なのに、他の時代ではその時代の肉体に俺達の魂が入ってたんだ?」
それは、ある意味当然の疑問。
今までの俺達は、いつもその時代の自分達の身体の中に入っていた。そしてもともとの身体の持ち主は、幽体離脱した状態で対応してくれていた。
おそらくこれは俺達が幽体離脱の技術を持っていたからできたことで、多分それがなければ
『うん? それは……逆召喚だからね』
『魔女』は何でもないように言って、
『そもそも、召喚っていうのは無からクリーチャーとかを出すようなものではないの。召喚師は依り代という召喚用の人員を核にして、
……そうか。
その時代の俺達を依り代にすることで、俺達の魂を『召喚』していたわけだ。そしてその召喚契約は上条さんの右手によって殺されたから、今の俺達は生身の身体に戻ってきている、と。
《シレン? 何か思いつきまして?》
《うん。……多分、これが一番俺達らしい》
レイシアちゃんに答えて、
「それなら──俺がお前を『召喚』するよ」
俺は確信を持って、『魔女』にそう提案した。
「俺が召喚師になって、レイシアちゃんの身体を依り代にして、『魔女』を召喚する。『魔女』は元は俺達だから、属性は同じ。こうすればお前を俺達の『中』に取り込める」
『それは……確かにわたしとアナタ達なら人工霊場を無視した長期召喚……縫界召喚も可能かもしれないけど、その契約は……』
「ああ。俺達が死ねばお前はまた一人になってしまう。それじゃあ長い目で見れば同じことだ。……でも」
……ここから先の提案は、必ずしも正しいとは言えないかもしれない。
でも俺は、コイツを死なせることが正しい選択だとはどうしても思えなかった。確かにネバーエンドなのかもしれないけど、それはバッドエンドじゃないと思ってほしかった。
「……今度は絶対に、寂しい思いはさせませんわ」
レイシアちゃんが、俺の言葉の続きを繋ぐように言う。
相変わらず、何の根拠もないただのビッグマウス。だが……
「『アナタの時』は、きっとちゃんとしたお別れもできなかったのでしょうね。最期の挨拶もできないでお別れなんて、きっと辛かったでしょう。でも、今度はきっと違います。たとえ一万年だろうと一億年だろうと、アナタの悠久の旅路の道標になる想い出を!」
思えば『魔女』は、別離そのもので摩耗したわけではなかった。
なんだかんだで一五〇〇年も生きたのだ。それなりに人生だって楽しんでいたはず。だが、彼女は自分の拠り所となる大切な存在と、きちんと納得のいく別れができなかった。
レイシアちゃんと、俺と。そして多分、最後の友人だったアレイスターと。……おそらく緊急事態だった俺達はともかく、引き際を任せておいて別れに失敗しているあたりアレイスターって本当にダメダメのカス野郎なのかもしれないが……。
でもきっと、納得のいく別れならば違うと思う。
レイシアちゃんは──俺は、お互いが死んでしまったとしても、それで崩れ落ちてしまうほど脆くない。
勝手に俺が死のうとしていたあの時とは、事情が違う。ちゃんと納得いくまで一生懸命生きて、お互いにきちんとお別れをした後なら……きっと片方がいなくなっても、強く生きていける。そんな想像は、なるべくならしたくないけれど。
俺達がそうなら──きっとこの目の前の、有り得たかもしれない『俺達』だって同じだろう。
確かに、
それだけの積み重ねが、俺達にないからだ。
塗替さんのときと同じ。でも、それはこれから積み重ねていけば変わってくる。俺はレイシアちゃんにそれをやってみせたし、レイシアちゃんも俺にそれをやってみせてくれた。
今度はそれを、二人がかりで、一生かけてやろうってだけの話だ。
『…………ふふ』
そんな俺達を見て、『魔女』は小さく笑い、
ビキィ!!!! と、モノクロームの空にヒビが入った。
「……んな!? これ……もしかして『歴史の過改変』が……!?」
ヤバい、もう本格的に猶予がないんじゃないか!? 早いとこレイシアちゃんの身体を依り代にして『魔女』を召喚しないと……!!
『ううん。違うわ。これは、わたしが無理やり止めていた時間の流れを動かしたの』
「……えっ何それ」
何それ。初耳なんだけど。
『一時的にね、時間の流れをちょっとだけ「切断」して余剰領域に滑り込んでいたの。そうすると元に戻すまで世界の時間を停滞させることができるのね。まぁ、本当に止めてるわけじゃないから「改変」自体は起こっちゃうんだけど』
『魔女』は適当そうに言い、
『それを、やめたの。「切断」していた時間の流れは元通り。それに伴って世界も元の形を取り戻そうとしているわ』
「でも、元の時代に戻ったら、俺達の記憶はぼやけちゃうんだろ!? いやまた説明すれば全く同じ結論に至るとは思うけど……一旦歴史崩壊のリスクをなくすってこと?」
『いいえ。これでアナタ達とは「お別れ」よ』
そこまで言って、『魔女』はにっこりと微笑んだ。
『あと一〇〇年でお別れするか、今お別れするか。わたしにとってはそんなに変わらないことよ。だったら今お別れしちゃった方がいいじゃない? 「未踏級」を体内に収めるとか正直どんな副作用があるか分かったものじゃないし』
「で、でもそれじゃ何の解決にも……!」
『解決なら、したわ』
『魔女』の背後に浮かび上がっていた無数の亀裂が、徐々に閉じていく。
『寂しい気持ちはあるけれど。悲しい気持ちもあるけれど。そうね、ずうっと前に教えてもらったのに、長いこと生きていたから忘れていたわ。…………
それは。
俺が、レイシアちゃんに伝えて。
レイシアちゃんが、俺に伝えてくれた言葉。
『本当に……ず~っと悩んでいたのが馬鹿みたい。こんなに簡単に解決するなら、もっと早くにアナタ達に会いに行くんだった』
『ほら』と『魔女』は言い、
『有言実行。「お別れ」よ? わたしがこの先の未来にも希望を持てるような最高のお別れ、してくれるんでしょう?』
…………クソみたいな無茶ぶり。
それは、この先ずっとかけて見つけていくつもりだったのに。
やれやれ……。
「……ほかの世界の俺達にも謝っておくんだぞ。さんざん迷惑かけたんだから」「……っ、今回みたいな生き死にがかかったものでなければ、またいつでも呼びなさい! 暇なら付き合ってあげますわ!」
『…………うん!』
世界に走る亀裂が広がっていく。
モノクロームの大空がひび割れ、その向こうに青々とした蒼穹が広がり──
『またね。シレン、レイシアちゃん』
…………
少し引っかかるものがあったが、確認するような暇はなく。
直後、暗転。