一万字近く行ってしまった。楽しかった。でも難産でした。
これは何回かに分けて書くべきだったかもだけど、分けたく無いので繋げました。
取り敢えずこれで、生前(?)は終了です。もしかしたらマーリン視点があるかも。
更新についてはこれから本格的に不定期となると思います。学校が始まるので…。
さよならはまた会う為のおまじない。
聖杯の泥を被る意識の落ちた男。
────汚染。
まさにその一言でしか表現出来ない。聖杯の泥、ソレは男の全身を蝕み、精神を殺そうとする。抑止にとってはその男の力だけあれば充分なのだ。
死の淵にまで陥った騎士王の意思を侵す。只ひたすらに悪性情報を垂れ流す。世界中の不幸、無念、悲しみ、怒り、恐怖、死。これが情報の濁流となり、精神を壊そうとする。
それと同時に本来ヒトが知るべきではない、知恵を詰め込む。世界の成り立ち、真理、概念、構造、深淵、根源、裏側。抑止はその男に自身が知る限りの情報を圧縮もせずインストールする。
穢れた泥が騎士王の身体を構成していく。蒸発した眼球、背骨の見える背中、聞こえなくなった聴覚、炭化した両腕、潰れた内臓、動きの遅い心臓。それらの元の形に成り代わり、強制的な生命維持を為す。
世界は、ただ、この男が使えればいいのだ。故にココロが壊れても体は残っていれば問題ない。寧ろ、自我がなくなれば従順な道具が増えて万歳。だからこそムーンセル・オートマトンと言えるものまでぶち込み壊すつもりでやっていた。
しかし、世界の思惑とは反対に泥により生命活動が活発になっていくと、やがて男の自我はハッキリとしていく。
「―――かハァッ!」
死者蘇生。その光景を再現するかのように息を吹き返す男。自身に何か支障が無いか記憶を思い出す。
オーケー、俺はアーサー。転生して王になり、竜を討った後、マーリンと約束した。
特にヤバいところは無さそうだ、と検討をつける。そしてなぜこんな状態になっているのか考える。
すると、脳内に異常を感じる。
────幾億千。否、それ以上の思考を並列展開している。
前までの俺では無理だったであろう数、そして人としての限界を超えた思考回路。その感覚に酔っていると、数十万程の思考が、情報を提供してきた。
メインの思考であるオレは他の思考より随分と容量があるが、文学小説数十巻の内容を文字一つ余さず一瞬で叩き込んだ様な情報量に処理が遅れる。
知恵熱の様なものを起こしながらも、徐々に自身の処理能力が加速していることを感じる。そして、処理した情報から、今俺がどうなっている状況なのかを理解する。まとめるとこうだ。
世界から悪性情報と共に、さまざまな知識が与えられた。その内、元の俺の思考回路が無意識に解決手段を与えられた知識から探し出す。天文学的確率で奇跡的に対応知識にヒット。その結果、悪性情報の一つ一つを思考に変換していった。徐々に思考と泥の侵し合いは思考が逆転していき、体を構成していた泥を従える事に成功した、と。
俺はそれを理解した上でこう思った。
―――――それなんて増え鬼?
ただまぁ、無意識の思考に感謝だ。見えていなかった左目も再生しているので、ハッキリとした視界で自分の格好を見る。
鎧は所々黒い光沢を放っている。
ロンゴミニアドを抜く。──形が変えられる。元のランスの状態は黄金。スピアーの状態では真っ黒。禍々しい雰囲気がしている。
風の魔術で圧縮してプラズマを発生させる。──黒い風が吹き荒れ、黒雷が発生する。
アヴァロンを視覚化する。──翠の光が浮き上がり、黒曜の守りが目に映る。
エクスカリバーを抜く。──持ち手と鍔は黄金だが、刀身は黒に変化して、装飾が赤く発光している。
反射した刀身を覗けば自身の顔が映る。それは子供の姿ではなく、青年の姿になっており、右目は碧色。左目は濁った金色。
──────カッコイイ。
ソレは男の好みに突き刺さり、厨二病を再発、より加速させた。何より、実用性があるのがタチが悪い。泥の黒を纏った箇所は全て何かしらの性能が上がっている。それが男を助長させた。
男は調子に乗る。
見た目だけでも、黒閃ッ! できるじゃね?
とか、
泥自体はいくらでもあるんだから、リアル多重影分身で経験チートキタ!
と、思っていた。
しかし、次に情報統合用の思考から伝えられた情報によりその気分は一気に落ち込む。
“過去、一万年以上昔に遡り、星外から訪れた対象を撃破する必要アリ”
その情報とともに伝えられた説明が脳内に広がる。対象の個体名はセファール。破壊した分だけ取り込み、強化して神々諸共文明を破壊しようとしている。強化限度は在らず、抑止力も星の外から来た外敵のため、手を出せない。どんな魔術も無条件で吸収される。また、知性の存在しない生物を巨大化させ、凶暴化させるなんて能力もあるらしい。
本来なら、オリュンポスの神々が力を合わせればなんとか打倒できるレベルではあったものの、物の見事に敗北し、相手の強化率もえげつない事となっている。
また、過去の文明破壊により連動した現代の消滅が行われない様、文明破壊されている過去の世界の時間を限りなく遅くし、留めているという。
ならなぜ始まっていないはずの後の時代があるかというと、鶏が先か卵が先か、といったメビウスの輪の様な終わらない概念にたどり着くため、今は省略する。
つまり、引き伸ばしている過去の滅亡を防ぐためにセファールとやらを倒す必要がある、と。
────ざけんなコラ。完全にヴォーティガーンの上位互換じゃねぇか。しかもすでに十分強化済み。
因みにエクスカリバーは効くらしい。元々、そいつら対策に作られたものだという。
ただ、本当に物理攻撃かエクスカリバーしか通らないのでゴリ押ししかないらしい。被害は考えず、全力でやれと抑止力も許可が降りている。
対策を立てようとすると、転送が始まる。
―――――おい、待て待て待て、
作戦がまだ考えられちゃいない、という声を残して、時間を跳んだ。
──────────────────
地表が燃えている。
世界が燃えている。
文明らしきものは全て踏みつぶされた。
知性あるものは隷属さえ許されなかった。
早すぎる、と予言者はおののいた。
戦うのだ、と支配者はふるいたった。
手遅れだ、と学者たちはあきらめた。
でも、少しぐらい残るだろう、とアナタたちは楽観した。
――――――
──────────────────
赤い、赤い死んだ大地。
そこに一人、知性体が存在する。──過去に跳んできたアーサー王だ。
彼は世界から受け取った情報と大幅に違うことに気づく。
―――時間を遅くし、被害を留めている? これの何処がだ。すでに手遅れにしか見えない。
そしてすぐに納得する。
そりぁ世界も焦るわけだ。いくら時間遅くしてもちょっとずつ進んでいくんだからな。じわじわと終わりが近づき、タイムリミットがすぐそばである事に冷や冷やしてたんだろう。
神秘の濃度に少し息が詰まるが、インストールされた知識をのぞいている思考により対処法が伝えられ、すぐ様適合する。
──────周りには、炎、血、剥き出しの大地。全て赤い。所々に前世よりも近未来的な機械の部品などが転がっている。
いくつか拾って脳内で思考に検索をかける。すると何件かヒットする。その知識をより読み解く。
──伝承の書庫
──ギリシャ神話の真実。
本来のギリシャ神話では史実とは違い、宇宙から飛来した鉱石やエネルギー資源を加工して、文明都市として発展し栄えていた。
また、神々はソレらを自身の核と共に体を作ることで、機神として存在していた。
大まかにはこう記されている。
嘘だろ、ロボット大戦かよ。イメージ壊れたわ。
物凄いカルチャーショックを、受けていると、大きな地響きが鳴る。
大地が唸る。グラグラと言った地震などと言う生易しい物ではなく、ガガガガッという風な地割れとでも言うべき衝撃波。咄嗟に震源の方角を向く。
オイオイ…
「───────嘘だろ…」
向き直った方角にいたのは正しく巨神。
遠目からでも千メートルはある巨体、そいつが神々を相手に破壊を行なっている。
──破壊対象がソレであることを理解する。
根源に接続して、自身の座標をズラす。
目の前に映るのは全貌の一部、足の指の先だ。顔を見ようと上を見上げる。一キロほど先にある顔の瞳はこちらを覗いている。
背筋にゾッとしたものが走る。
後ろの神々を庇うためにアヴァロンを展開する。
「────
相手の蹴りに対応する様に黒曜の守りが形成される。――パキ、と亀裂が入る。
は、意味がわからない。
泥によって侵されつつも強化されたアヴァロンの守りが易々と壊された。
そもそもアヴァロンとは六次元までのあらゆる干渉を遮断するものである。ソレが元の状態での出力だ。この時点でも破る様な化け物はいたが、基本的に無敵状態だった筈だ。
ただ、このアヴァロンは泥に侵されて強化されたものであり、その強化率は実に二乗。三十六次元の隔たりを持った守りだ。それを破った。
何の能力も使用していない物理攻撃でだ。
世界三十六個分の壁を、物理で破る? 頭おかしいんじゃないか?
何らかの神秘が関わるのであれば、納得はしないが理解はできた。──関わってないのだ。理解もクソもあるか。
驚愕しているメイン思考の合間に他の思考が神々へ退避する様に声を上げる。神々は自身の及ばないものと理解したのか、納得しきれない顔で転移した。
守りが完全に砕ける、その直前に俺自身も後退する。
勝ち筋を掴もうと思考から情報を供給する。直後、知らなければ良かった、と言う情報が出てきた。
──技能の書庫
スキル──『遊星の紋章』
自らの手で破壊した生命、建造物、概念を霊子情報として吸収し、巨大化していく。現質量と同じだけの量吸収することで生命力が上昇し、さらに前の構造体一回り大きな構造体(16、32、64、128、256、512、1024…)に達した時、次の段階に移行したとして能力値の桁が一つ上がる。
―――――第七段階(1024m)でAランクの2000000倍に相当する。
絶望かよ。見たところ丁度第七段階のところだわ。
ただ、重力などの影響からこれ以上上昇し続けることは基本的にないらしい。
──クソかよ。つまりは最終形態ってことじゃねぇか。
足元から、巨大化した昆虫類、植物、魚、動物が飛んで襲いかかってくる。千を優に超えるそれらに若干の気持ち悪さを感じて
根源接続、直死の魔眼──限定解除。
頭が痛くなるが、すぐに情報処理を思考で分けて行う。
泥によって形成された左目の色が濁った黄金から、透き通った蒼にかわる。原型の右目は変えられない。そのため、左の視界に集中すると、幾つもの線が巨大した生物たちに映る。
ただ一つ巨神、否──セファールには映らない。
――――何となく分かってた。
それを横目に、左手で風の魔術を襲ってきた生物の数だけ発動する。風刃がピンポイントで左目の視界に映る巨大化した生物の線をなぞる。
直死。魔眼の名の通り、万物の死の概念を視界に写す。線となって見えるそれは寿命とでも言い換えることができ、なぞれば対象を殺す。
正しく敵が神であっても、生きているならその線をなぞることで殺すことが可能だ。
目の前に意識を戻す。
当然、線をなぞった巨大生物たちは次々に生き絶えていく。
再び、セファールに目を移す。矢張り、死の線は視えない。それは、セファールが単純に死の概念を持たない者であることを示している。
死の概念がないなら殺せない、それは道理だ。なら、どうすれば良いのか?
諦めろ、と言うものは残念ながら此処に居なかった。
────物理的に壊すしかないでしょ。
正解です、と本人の脳内で難解な問題が解かれた様な衝撃が走る。間違っています、そう突っ込むものも居なかった。否、本人も分かっているのだ。諦めるしかないであろうことも。
────それでも、約束のためにはやるだけやるしかないだろう。
その一心で、アーサーの精神は成り立っていた。そんな極めて不安定な精神状態の中、自身が感謝をしていることに気づく。
幾多の試練を、倒すべき強敵を、守るべき約束を、こんなオレに与えてくれて、有難う。
それは転生によって形成されていた精神の裏側で、元から存在している元来の英雄としての素質。本来のアーサーの気質であった。聖杯の泥により、二つの精神は溶けて、混ざり、合わさって固まっていた。
やがていつかは気づいていたことではあるが、ここにきて正しく、本来の意味で俺がアーサーであると言う決定的な自己証明が完結する。
己がアーサーである、と言う自覚をはっきりと持った俺はいつも通り、エクスカリバーを手に取る。
此方に興味を失せていたセファールは、既に後ろを向いて文明の破壊を優先している。
「──ねぇ、こっち向いてよ」
少しアーサーの口調に偏りながらも今までより言葉を発する口に、理解する。なんだ、体の持ち主を待ってたのか。
セファールが意識を少しこちらに向けたことを感じる。
多重泥分身──なんて、
自身の体内で圧縮している泥に生命力を与えた上で、アーサーを型取り、分身を増やしていく。
その姿はアルトリアオルタの男性化。俺の姿を黒の方に全振りした様な見た目。分身はそれぞれ同時に、セファールの体を転移しながら斬りつける。
微々ながらダメージは与えている様だ。泥で模した黒い聖剣はその効果を発揮している。
セファールは鬱陶しそうに、全身を払う。当たったそばから壊される前に泥に戻し再供給する。吸収なんてされたらたまったもんじゃない。
そのうち全ての分身がなくなる。セファールの意識は再び俺に当てられる。その巨大な口が動き出す。
『貴殿らは愚かだ。他を退けて己をばかり優先する。故に星を出る前に我らがその文明を破壊しにきた』
発生した風速何千kmもの空気の揺れを魔術で抑えながら、音の波を知識と照らし合わせ翻訳する。
「そうかもしれないね。ただ、それは君らも同じだろ? 俺は多少知識を持ってるからわかるけど、少なくとも君の星だって世界の管理者に関わるものじゃないだろ? なら、自らの考えで俺らと言う他を破壊して、自己を保とうとする君達も変わりないと思うけどね」
『…そうか、しかしそれでも尚我らは止まらない。それが星からの命令であり、悪しき文明を破壊することが我らの存在意義である』
「…そう」
「──じゃあ、戦おうか。
これは、自分の存在意義を守るための争いだ。この世界をタダで譲るわけにはいかない」
そして戦いは始まる。
魔力──装填。
エネルギー転換。属性:闇、光
―――光と闇が両方そなわり最強に見える。
最強を体現した聖剣は対星外存在を発揮して、開幕を合図する。
「────エクスカリバー」
矢張り、開幕ブッパに限る(尊敬)。
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削る、削る、削る。
質量を、体力を、エネルギーを。
殺す、殺す、殺す。
死角を、油断を、痛みを。
高める、高める、──昂める。
集中を、威力を、────精神を。
己の変化に応じた固有結界を何度も発動する。
エクスカリバーを放ち、固有結界で自身の目の前とセファールの目の前をつなぐ。直撃、軽傷。
固有結界からフェンリルを呼び出し、光と同じ速度で攻撃の影響がない範囲まで離脱。部位欠損。
吹き飛んだ下半身を再生するために限定発動。再生時間2秒。再生完了。
長時間の発動はしない。奴はこれを破ることができる。────アヴァロンを破りかけたのだから。
一切の隙を見せず、小回りの攻撃を繰り返して確実に追い込む。三分の一ほど、削れただろうか。その時に、奴は重い腰を上げて、本気を出し始めた。
セファールは右手に拳を構えて――、打撃。
思考の数千個が一時的に使用不可になりながらでも、勘に任せて長距離を転移することにより何とか回避した。
その挙動はギリギリ目で追う事ができた。ただ何秒経っても衝撃波や音は来ない。突き出した拳の先に目を移していく。
──空間が歪んでいた。
…成る程。アレは何処かへ跳ばされる代物だ。
まあ、
──────そうじゃなきゃ。
驚きはするが、もはや諦める理由にはならない。純粋にその対策を考えつつ、これがAランクの二百万倍かと納得する。
セファールは此方を振り向き、再び正拳突きをする。
──体感速度0.000000001倍。
そこは時間停止と同じレベルの世界。水の中を歩く様に、セファールの拳の上を走る。
擬似停止世界で十数年が経過する。
未だに全神経を注ぎ続け、空間の歪みを避け続けながら漸くセファールの顔面に到着する。
──体感速度1倍。
いきなり加速した時間に全思考で追いつきながらも、俺はその体勢から勢いを加速させて巨大化させたエクスカリバーの黒い複製で大きな瞳を力任せに抉る。
瞳の水晶体部分が突き刺さった時点で、セファールは目を瞑る。完全に手出しできなくなる前に、刺し切る。
思考で適応させてノーリスクで使える様になった転移で距離を取り、手を握りながら体感速度を調整する。
「──何度か繰り返そうか」
怯んだセファールに目を向ける。怒号を上げながらこちらに振り向き、右手で目を押さえて、再生させながら逆の左手で攻撃しようとする。
再び時間を停止することで、拳の上に乗ろうとする。しかし、強烈な衝撃で、跳ね返される。空間の歪みに巻き込まれることだけは必ず避けるため、固有結界でセファールの背後に繋ぎ、そのまま吹き飛ばされる。
急いで破裂した全身の修復に泥を回す。
「…どうやら奴さんも馬鹿じゃないみたいだね」
全身の周りを高密度の純粋なエネルギーで纏い、触れたものの力を数百倍にして跳ね返している。
残念。このままじゃあ、触れることはできない。エクスカリバーで無理やりこじ開けることもできるけど、セファール自身にはほぼダメージを与えられないし、すぐにエネルギーで固め直される。
──久しぶりに、剣術を使うか。
技術次第で、魔法にも至ることのできる剣術。それならばあのエネルギー密度も斬るに至ることができるだろう。
──体感速度0.000000000000001倍。
もっと思考速度を加速させ、エクスカリバーを握る。
左の拳がまた、迫ってくる。
────避けはしない。
真正面から受け止める。ただ、その手に剣を持ち、自身の最適解と思える動きを再現する。
動く。修正。動く。修正。動く。修正。
幾度となく繰り返していくトライアンドエラー。
体感で数年が経ち、ある一瞬。軌跡に乗った気がした。その感覚を探し続ける。
数千、数億と言う時の中、ひたすら追いかけ続ける。それだけの時間を用いてようやく、常用することができる様になった。
その頃になると、自身の動きがどの様にすれば世界から抵抗を受けにくいか無意識に理解して、動きの最適解をも、適応させていた。
自身の理想に辿り着き、体感速度を数段下げてていく。
異様に動きやすい。それは最適解の影響であった。
行動全てが最高効率を叩き出す。それにより、未だ時間を遅延させた中であっても普段通りの様に挙動できる。
未だ目の前にあるエネルギーの壁を纏った巨大な拳。
エクスカリバーを腰に構え、抜刀。
秘剣────燕返し
時間が止まった中で、エネルギーの壁を突き破りつつ、その巨大な拳を迎え撃つ切先の壁が出来上がる。
──体感時間1倍。
セファールの左腕が消し飛んだ。
反動で仰反るセファールを尻目に整った時間感覚を合わせる。それでも、異様に行動の効率が良い。
――まるで、反射神経に全てを任せている様に。
その感覚に少し戸惑っていると、決定的なダメージを負ったセファールが、右腕で地面を穿つ。衝撃は地殻に伝わり、地面が破壊される。
何をしているのか理解できない。
そう考えていると、思考がこう訴える。自己強化ではないか、と。重力と言う制限下でも、一時的であれば無理ではないらしい。
何を目的にしていたか分かり、それを止めようとセファールの元に転移で移動しようとする。
しかしその頃にはすでに吸収を終えている様だった。
第八形態──飛び、第十形態。
────8192m。負傷部分もすでに回復。能力値はエゲツナイ事になっているだろう。その姿で油断なく此方を睨みつける。
どうやらこれで終わらせるみたいだ。
セファールが巨大な拳を引き絞る。その腕には魔術などではなく神秘そのものが纏っている。
固有結界、完全展開。
──
「────ガーデン・オブ・アヴァロン」
星見の塔、その頂点にある聖杯、流れ落ちる黒い水。満点の星空。白と黒の花。堕ちた赤い惑星。差し込む太陽光。
その王である俺に、心象世界の効果がかかり続ける。超速修復。高魔力増強。斬撃威力強化。属性攻撃強化。聖剣の効果増強。
醒めろ、
目の前の敵に全てをぶつけてくれる。
「──闇黒と極光は混じり、一閃して異端を撃つ。
是は世界を救う戦いである。
────
生き残った神々は見た。
巨大な拳と、光と闇の斬撃が互いに拮抗し、のちに斬撃が勝利する全景を。
セファールと呼ばれる巨人が完全に消滅する有様を。
それは多くの伝承に残ることとなる。実在したか分からない。それでも世界を救うと言うシンプルな内容が多くの人に知られ、始祖の英雄として有名となった。
魔術師の中には呼び出そうとしたものもいた。
名前を知ろうとしたものもいた。
痕跡を見つけようとしたものもいた。
しかし伝承以外でそんなもの見つからない。見つかるわけない。
なぜなら、アーサー王伝説の主人公が本人だから。
当然、伝承とアーサー王伝説は別物であるというのが共通認識である。だって、知らない人から見てつながる点がないんだもの。
──────────────────
泥を制御し、消滅した右腕を再生させる。固有結界を解除して、世界に呼びかける。すると、俺の目を閉じるのと同時に元の時間軸に戻るのを知覚する。
寝転がっている様だ。
目を開ける。目の前にはマーリンが映る。頭の後ろに感じる柔らかさから膝枕をしているらしい。
「なんだか久しぶり、だなぁ」
「ふふ、そうかい? 私からすると一瞬だったけどね」
そりゃ実際に戦ってた時間はそんなに無いだろう。ただ、思考の加速で時間感覚が揺らいでるだけだ。
そんなことを考えてると、頬に水滴が当たる。目を向けるとマーリンの涙が落ちてきた様だ。
「泣かないで、くれ」
「そんなこと言われても、止まらないよ。──これが悲しいって感情なんだね。…全く、本当に全く。約束通り帰ってきたのは嬉しいけど、すぐにバイバイなんて、ぐすっ――――寂しいじゃ無いか」
足元から黄金の粒子となり消滅が行われている。
セファールの件は緊急の依頼で、世界に受けた依頼自体はまだまだあるらしい。こっちこそ泣きたくなるぜ。まあ、そんなカッコ悪いところは見せられない。
「ごめん。最後に、色々伝えたい事があるんだ」
「ひぐ、うぅ。ゔん」
「キャメロットの後継はモードレッドに任せた。モルガンとも仲良くやってくれ。円卓の騎士には本当に助かったと、国民には今まで世話をかけたと、
──そして、マーリン。今までこんな俺を育ててくれてありがとう」
「ひぐ、ゔん!──うん!」
「あと、これ、伝えるのが少し恥ずかしいけど…
好きだったよ、マーリン。」
「ゔぅん! 私も大好き! もぅ、ばかぁ。もっと早く言ってくれればよかったのにぃ!」
「──そうか。ごめん、両思いだったんだな。良かった。これ、俺の魔力の結晶から作ったんだ。指輪、もらってくれるか?」
「…絶対、スンッ…外さないから」
愛されてたんだなぁ、俺。
…そろそろ時間か。
最後に、マーリンの顔に手を添える。
────嗚呼、本当に色々あったけど、楽しかった。
「──我が人生に、一片の悔いなし。…
「うん、──
黄金の粒子が空へ飛んでいく。その下には、白い少女、マーリンが座っている。
いずれマーリンは立ち上がり、キャメロットへと歩き出す。
伝言を伝えた後、自分は旅に出よう、そう考えるとなんだか爽快感が湧き出てくる。
ひとしきり泣き、涙はいつのまにか、消えていた。
大地を踏みしめる。
一歩、一歩、確かにと。
アーサーの消えた場所には、花が咲き乱れている。
風が舞っている。
彼女の旅立ちを後押しするように。
この世界のブリテンは緩やかに衰退を辿りました。それでも、みんな幸せだったそうです。
おしまい。