男の取り合いで負かした女が嫉妬に狂って悪戯してくる 作:あいだ子
香澄は火曜日からちゃんと学校に来た。
休んだのが一日だけだったから、クラスメイトたちには別段欠席の理由を疑われていない。
愛咲は香澄との約束通り、いじめをやめるようにグループの女子たちに言い渡した。
納得のいかない様子の子も何人かいたが、そのすぐあとに香澄が岸本とは付き合わないらしいという噂が広がり、彼女たちの溜飲も多少は下がったようだった。
その噂には愛咲自身もホッとしていた。
香澄と岸本が付き合う事に、心の奥底ではやはり嫉妬していたのかもしれない。
百花との関係は以前とたいして変わらない。
グループが違うからそれほど関わりはないが、多少話す機会は増えたかもしれない。
一方、家を訪ねたのを最後に、香澄との接点はなくなった。
結局のところ、香澄との間にあった縁は、百花がいてこそ成り立つものだったのだ。
美術部の部室での件も、お見舞いの件も、言い出したのは百花だった。
しかし、今のところ百花には、また3人で
愛咲が香澄のシカトを初めてから一ヶ月ほどの間、絶えず漂っていた教室のピリピリした空気は、今はもうほとんど感じられない。
多くの女子たちは安心していることだろう。
愛咲のグループの子たちからも、刺々しさは消えてきている。
そんな中、愛咲だけが、この平和を疎んでいた。
香澄との冷戦が幕を閉じ、またつまらない日常に戻ってしまった。
ふとしたときに香澄と視線が交差することはあれど、そこから何かに発展しそうな予感はなかった。
愛咲は、やり場のない不満をぶつけるように、クロッキー帳に香澄の裸体を描くようになった。
しかし、スマホに入っている写真を模写してみても、カメラと人間の目の違いからか、どうもしっくり来ない。
記憶を頼りにするにも、思い出すのは香澄の後ろから見た肩越しのニッチなアングルばかり。
思えば、愛咲は人物を描くことにそれほど執着したことはなかった。
全身を描いたときのデッサンの歪みを見て、人体のバランスの難しさを改めて思い知らされた。
描けども描けども、満足のいく絵はできあがらず、解消しきれない不満は
「百花、話があるんだけど」
6月に入り、前期の中間試験が迫った頃、香澄を追って教室を出ようとしていた百花を、愛咲は呼び止めた。
「愛咲ちゃん。どうしたの? ——あっ、香澄ちゃん待って!」
立ち止まって愛咲に応対する百花を置いて、香澄は振り返ることなく歩いていく。
「まだ藤崎さんに付きまとってんの? あれからずっと無視されてるのに」
前は百花が香澄を無視する側だったのに、今は立場が逆転していた。
めげずに声をかけ続ける百花の根性は見上げるほどだ。
香澄は一度こちらを振り返り怪訝そうな顔をして、階段の方へと曲がっていった。
香澄からしたら愛咲と百花の組み合わせには悪いイメージしかないだろう。
香澄を追うことは今日は諦めたようで、百花はこちらに向き直り、愛咲に恨めしげな視線を向けた。
「——はあ、行っちゃった。愛咲ちゃんのせいだからね」
「もしかして、また友だちに戻れるとでも思ってんの? 絶対無理でしょ」
「無理じゃないよ! だって最近少しずつだけど、また話してくれるようになったし……」
「ふぅん」
「——それで、話っていうのは、なにかな?」
「あー、えっと、ここだと話しにくいし、サイゼ寄ってかない?」
「えっ、うん、大丈夫だけど……」
愛咲が寄り道の誘いをしてくるのが意外だったのか、百花は困惑気味に頷いた。
サイゼに着いて、愛咲たちはドリンクバーとデザートを注文した。
ドリンクサーバーでアイスティーをプラスチックのコップに入れ、ガムシロップをふたつ持って席に戻る。
百花はりんごジュースにしたようだ。
アイスティーにガムシロップを入れ、ストローで混ぜていると、百花が口を開いた。
「——どんな恐ろしい話を切り出されるんだろう。怖いなあ」
「いや、あたしの印象どうなってんの」
「うーん、女王様みたいな感じかな」
「なにそれ」
「ほんとはどんな用事なの?」
「えっと、あ、あのさ……また三人で集まらない?」
愛咲はもう十分に混ざっているアイスティーを尚もかき混ぜながら、俯き加減に言った。
「——やっぱり、そういう話だよね。愛咲ちゃんが私を誘うとしたらそれしかないとは思ってたけど……。私が今、香澄ちゃんとの関係を必死に修復しようとしてるの知ってて言ってるんだよね?」
「それはどのみち無理でしょ」
「無理じゃ……ないと思う」
百花自身、可能性が薄いと感じているのか、語尾が萎んでいく。
あんなことをした後でまた友だちになってくれるとしたら、香澄はきっと菩薩か何かだ。
「べつに三人で集まるからといって、そういうことをするとは言ってないんだけど」
「じゃあ何するの?」
「テスト週間だから、藤崎さん
「香澄ちゃんの家を指定してる時点であやしい……。絶対またそういう展開になるんでしょ?」
「それはわかんないけど……百花はさ、したくないの?」
香澄のことを好きでもない自分がこれだけ欲求を溜め込んでいるのだから、百花はきっとそれ以上だと、愛咲は思っている。
今日声をかけたのだって、百花だったらきっと乗ってくるだろうという、ある程度の勝算があったからだ。
でなければこんな恥ずかしい提案を愛咲からするはずがなかった。
「——ああ、もう! 我慢してたのに。愛咲ちゃんが言ってこなかったら我慢できたのに! こうなったらもう、そのことばっか考えちゃうんだからね? 蜘蛛の糸が垂れてきたら誰だって掴んじゃうんだからね? 私が暴走しちゃうのの半分くらいは、絶対愛咲ちゃんが原因だと思う!」
もっともな話だ。
前回も愛咲が百花を唆したせいで、お見舞いが悪戯へと変わってしまったのだから。
「共犯者の存在って、犯罪への心理的なハードルを低くするのかもね。あたしも百花のおかげで歯止めがかかんなくなってる自覚あるし」
「最低の関係性だね……」
デザートが運ばれてきて、愛咲たちは静かに食べた。
注文したバニラのアイスクリームは、夏が近づいて暑くなり始めたこの季節に程よい清涼感を愛咲に与えた。
それほど差もなく二人は食べ終わり、無言でドリンクを飲む。
そのとき、ストローから百花の唇を伝って、透明なりんごジュースが一筋こぼれた。
濡れた唇を見て、香澄の部屋での出来事を思い出す。
百花はそれをナプキンで拭き取った。
二人の共通項と言えば香澄であり、百花といれば話すことは自然と香澄関連になる。
しかし、香澄の話題となると、この時間帯のレストランにおいては、どうしたって不適切なものになる。
愛咲と百花は香澄の身体に関する話を少しだけして、すぐに二人して後悔した。
最後に、勉強会の約束を香澄に取りつける役割を百花に任せ、愛咲たちは店を出た。
夜、お風呂から上がって部屋でくつろいでいると、スマホが通知音を鳴らした。
見ると、百花からメッセージが届いていた。
『明日からOKもらったよ!』
もっと渋られると思ったが、意外にあっさりと上手くいった。
愛咲は、久しぶりに気分良く寝られそうだと、口元を綻ばせた。