男の取り合いで負かした女が嫉妬に狂って悪戯してくる 作:あいだ子
放課後になり、百花と香澄が先に教室を出ていった。
愛咲も香澄の家に向かうのは同じだが、二人と一緒に仲良く帰る姿などクラスメイトに見せられないから、彼女たちに少し遅れて駅へと向かった。
駅の階段を降りてホームに到着すると、二人ががベンチに座っているのが見えた。
友人同士にしては二人の座る位置は、間が開きすぎている。
今回百花が香澄を勉強会に誘ったせいで、もともとあった溝がさらに深まったに違いない。
勉強会を香澄の家で開くにあたって、香澄からは条件が課された。
必ず勉強を行うこと。
悪戯三昧になってテスト勉強が
学校では成績優秀者として名が通っているし、今年度は高校入試の年でもあるから、勉強だってちゃんとする。
しかし、悪戯が主目的であることに変わりはなかった。
不思議なのは、そのことを当然香澄も承知のはずで、にもかかわらず、彼女が予想以上にあっさりと勉強会を許可したことだった。
裸の写真の流出をそれだけ恐れている、ということだろうか。
良心の呵責を感じないわけではないが、それ以上に愛咲はのめり込んでしまっていて、今更止めようがなかった。
前の悪戯から少し期間が空き、その間に何枚もの香澄の裸体を描いてきたが、それだけでは発散しきれない情動が愛咲のみぞおちの辺りで肥大化していた。
それなのに、今ベンチに座って俯いている香澄の姿を見るだけで、期待に胸が高鳴り、
ホームを見渡すと、同じ中学の生徒が百花たちの他に何人か確認できたが、離れたところにいるから車両は別になりそうだ。
同じ中学の生徒には、二人と一緒にいるところをあまり見られたくない。
別の車両に乗っていこうか。
「——愛咲ちゃん、一緒に乗ろうよ」
百花たちのベンチの前を通過すると、すぐに百花に呼び止められた。
愛咲は立ち止まり、振り返る。
目的地が同じなのに、百花の提案を断るのは、さすがに意識しすぎているみたいで、愛咲は仕方なく頷いた。
まもなく電車が到着した。
席は十分空いていたが、愛咲と百花が並んで座ると、香澄は二人の前に立ち、手すりに掴まった。
愛咲たちとは仲良しではないという、周りへの無言の訴えのように、愛咲には感じられた。
百花が中心となって、学校の話題やテスト範囲のことをポツポツと話す。
香澄にも話が振られていたが、無視するか、一言二言そっけなく返すだけだった。
電車に乗っていると、向かいの人と目を合わせないように、目線が少し下がる。
そうすると、目の前に立っている香澄の脚に自然と目がいった。
スカート丈は膝より上ではあるが、決して短いというほどではない。
しかし、左肩に掲げるスクールバッグによって、いつもより少しだけスカートの布が引っ張られ、白い太ももが乗車してからずっと愛咲の動揺を誘い続けていた。
香澄の裸すら見ているはずなのに、日常の中に紛れ込んだ色香は、それとはまた異なる奇妙な感情を愛咲に抱かせるのだった。
ふと視線をあげると、向かいに座る制服姿の男子4人組が目に入った。
高校生だろうか。
学校の男子たちより体格が良く見える。
なんとなく違和感を覚え、さりげなく様子を窺っていると、彼らの視線が時折こちらの方を向いていることに気づいた。
愛咲は自身が目立つ容姿を持つことを自覚していたから、こういうことには慣れていたが、彼らはどうも愛咲を見ているわけではないようだった。
視線の先は愛咲の少し左。
ちょうど香澄のお尻があるあたりだった。
そのことに気づいた愛咲は、
バランスを崩した香澄は、そのまま愛咲の右隣へと腰を下ろす。
「痛っ。ちょっと! いきなり何するの、青山さんっ」
左手首をさすりながら香澄は抗議する。
「えっと。どうしたの、愛咲ちゃん?」
左側に座る百花も、突然のことに困惑している様子だ。
「べつに。ちょっと遊んだだけ」
愛咲はなんと答えて良いかわからず、言葉を濁した。
今の行動の意味なんて、正直なところ、自分でも理解できていなかった。
香澄のことは、自由に遊べる玩具としての価値は認めているし、裸を描きたくなる——要はヌードモデルとしての価値も認めている。
愛咲が香澄に興味を惹かれるのは、そういうモノとしての部分を評価しているからだと思っていた。
けれども、それでは辻褄が合わない。
香澄のことを彼らの視線から隠そうとする行為には、一体どんな意味があるのだろう。
それからなんとなく会話をする雰囲気ではなくなって、降りる駅に着くまで、三人は黙って電車に揺られ続けた。
香澄の家は、この前来たときと同じように、他に誰もいなかった。
香澄は慣れた様子で鍵を開けると、愛咲たちを中に招いた。
詳しい家族構成は知らないが、おそらく一人っ子で、平日の日中は親が仕事だから鍵を渡されているのだろう。
二階の香澄の部屋に入るとベッドに目がいったが、すぐに視線を逸らす。
「三人で勉強するには狭くない?」
愛咲がテーブルを指差す。
「えっ! 勉強するの?」
百花が驚きの声を上げた。
「そりゃあ、するでしょ。勉強会なんだから」
「そ、それはそうなんだけど……。——うん、そうだよね。私たち勉強するために集まったんだよね」
百花が自分を納得させるように
「じゃあ、下のリビングでやろうよ」
香澄が口を開く。
彼女が能動的に発言をするのは、ずいぶん久しぶりに感じた。
「いいんじゃない? それで」
同意する愛咲を、香澄が真意を確かめるようにじっと見つめる。
「なに?」
「ううん、なんでもない。じゃあ、ついてきて」
一階のリビングにはL字型の4人座れるソファに、3人分の勉強道具を広げても大丈夫そうな正方形のテーブルがあった。
愛咲は百花と同じ辺に座り、百花を挟んでもう一方の辺に香澄は座った。
テーブルはソファよりもだいぶ高く、座ると天板の下に膝が入る。
愛咲の家のリビングにあるのは膝の高さくらいの低いテーブルだったから、レストランのようで新鮮だった。
考えてみれば、この高さの方が圧倒的に作業がしやすい。
テーブルが低いと前屈みになってしまい、勉強には向いてないし、絵だって描きにくい。
低いテーブルはリビングのテーブルとしては定番だと思っていたが、愛咲はその存在意義に疑問を抱いた。
愛咲がさっさと教科書や問題集を広げ始めると、百花と香澄もそれに続いた。
3人はしばらく無言で勉強を進める。
一区切りついたのか、百花がシャーペンを置いた。
「——ねえ二人とも。勉強会ってもっとこう、和気
「さぁ? あたし勉強会なんてしたことないし」
「そういうものなの! わからないところを教えあったり、お菓子食べたり、面白い動画をみんなで見たりするのが勉強会なの!」
「それ遊んでるだけでしょ」
愛咲は呆れてため息を吐く。
「そうだよ? 勉強と遊びを同時にやるのが勉強会なんだから。ね、香澄ちゃん」
「知らない。わたし友だちいないし。唯一友だちだと思ってた子にも裏切られたし」
香澄は百花を一瞥もすることなく、問題を解く。
冷たくあしらわれた百花は、何も言い返せないようだった。
「教えるくらいなら、してあげてもいいけど? この中で一番成績いいの、あたしでしょ」
百花の言う通り、わざわざ香澄の家に来てまで黙々と勉強をするのもおかしな話だ。
裏の目的である香澄への悪戯も、今日は気分が乗らない。
電車で余計なことを考えたせいだ。
それならばいっそ、健全な勉強会に励んでみるのも良いかもしれないと、愛咲は譲歩した。
「——青山さんって、前回の定期テスト何位だったの?」
いつの間にか香澄が手を止め、愛咲を見ていた。
普通の学友のような質問に、愛咲は虚をつかれる。
「え、っと学年5位だけど」
「へえ。得意科目は?」
「テストの点数で判断するなら国、英、社あたりが得意なんじゃない?」
「ちなみにわたしも学年一桁常連だから。理系科目得意だし、わからないところあるなら、わたしが教えてあげるけど? ちょうど青山さん、今数学やってるみたいだし」
香澄が急に饒舌になったのは、どうやら愛咲が教える側というところに引っかかりを覚えたかららしい。
香澄の成績は良い方だろうとは思っていたが、愛咲とそれほど変わらないくらいだとは思ってもいなかった。
一学年300人以上いる中で一桁の順位を取ると、風の噂でその生徒の名前は広がっていくものだ。
常連ならなおさらで、3年生にもなると一桁に常に入ってくるメンバーは、たとえ関わりがなくとも大体覚えている。
それなのに、香澄の話はこれまで聞いたことがない。
友だちがいないと、自分から喧伝でもしない限り、広まっていかないのかもしれない。
「学校指定の問題集でわからないとこなんて無いから」
「わたしだって青山さんに教えてもらわなくても自分で理解できる」
「あのー、私はわからないところとか、教えてもらいたいなあ、なんて」
二人が睨み合っていると、百花が割って入った。
こんなつまらないことで喧嘩したくもなかったから、香澄から視線を外し、百花に答える。
「ま、べつにいいけど」
5時を回ったところで、勉強会は終了となった。
愛咲が百花に英語を教えたり、香澄がいやいやながらも数学を教えたりすることが何度かあったが、ほとんどの時間はそれぞれが勝手に勉強した。
意外にも、家で一人で勉強するときよりも捗った。
他人が近くで勉強している状況というのは、競争意識なのか、それとも強迫観念なのか、自身の勉強意欲を高める効果があるようだった。
帰り、一人電車に揺られて、明日以降のことを考える。
勉強会はテスト期間中ずっと続く。
今日が水曜日で来週の月、火が試験だから、勉強会はあと木、金、月の3回だ。
今日は変なことは何もしなかったが、次はどうなるかわからない。
悪戯なしで3人の関係が成り立つのであれば、このまま何も起こらない方が良いのかもしれない。
少なくとも香澄にとってはその方が良いに決まっている。
帰りの電車の中で、愛咲は小さくため息を吐いた。