男の取り合いで負かした女が嫉妬に狂って悪戯してくる   作:あいだ子

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第12話

 

 水曜に引き続き、木曜の勉強会も平和なものだった。

 このまま何も起こらずに今日と来週の月曜日を終えれば、きっと愛咲と香澄の接点は無くなる。

 香澄はそれを望んでいるはずで、愛咲にとっても、罪の上に成り立っているこの関係が自然に消滅するのであれば、その方が良いのでは無いかと考えるようになった。

 愛咲の意識の変化を引き起こしたのは、あの電車の中での出来事であることは間違いなかった。

 あれ以降、香澄に対する自身の感情に疑問を持ってしまった。

 香澄が男子高校生たちの視線に晒されるのを嫌った理由を深く掘り下げようとすると、良くない未来に繋がっている気がしてならない。

 これ以上はいけないと、思考にブレーキがかかる。

 気づけば今週の授業も、残すところ6時間目の体育のみとなった。

 

 

 トイレに行くから先に移動しているように千佳と結愛に伝え、心ここに在らずの状態で用を済ませ、たいして急ぎもせずに更衣に使われている教室にたどり着くと、もう女子たちはほとんど着替えを終えていて、続々と体育館へ向かい始めていた。

 愛咲はすでに準備が終わっていた千佳たちを先に行かせ、着替え始めた。

 予鈴が鳴り、そのころには部屋の中にいるのが愛咲一人だけとなった。

 どこを見るでもなくぼうっとキャミソールを脱いでいると、誰かが部屋に入ってくる音が後ろから聞こえた。

 忘れ物でもしたのだろうと、構わずに着替えを続けるが、その生徒はなぜか愛咲のすぐ隣の机に荷物を置いた。

 怪訝に思い、横を見れば、それは香澄だった。

 

 

「な、にしてんの、藤崎さん」

 

 

「なにって、着替えてるんだけど」

 

 

 動揺を押し殺して尋ねる愛咲に、香澄は何もおかしなことはないかのように振る舞う。

 

 

「他にも空いてる机あるのに、なんでわざわざ隣に来てんのって話」

 

 

「べつに。わたしの身体がだぁいすきな青山さんにサービスしてあげようかなって」

 

 

「なっ、バカじゃないの? 誰が藤崎さんの身体なんか……」

 

 

 香澄の馬鹿にするような物言いと、その発言があながち間違いでもないという事実に、愛咲は怒りと恥ずかしさを同時に覚え、上半身が下着姿のまま香澄の方を向いた。

 ちょうど香澄がインナーを脱ぎ終え、二人ともが、下はスカート、上はブラジャーといった状態で向き合うことになった。

 

 

「美術準備室のときも、わたしの部屋のときも、青山さんがわたしの身体に夢中になってたこと、気づいてないと思った?」

 

 

 香澄が愛咲の目を数センチ下から見上げた。

 その視線から愛咲は目を逸らせない。

 香澄が一歩距離を詰め、二人の胸同士が触れ合いそうなほど近づいた。

 そして香澄愛咲の目を見つめたまま、スカートジッパーをゆっくりとおろし、床に落とした。

 愛咲は思わず目線を下に向け、香澄の下半身を見た。

 上下ともに下着姿となった香澄は、愛咲の視線の動きを確認して満足したのか、着替えを再開する。

 

 愛咲は自分が試されたことをすぐに理解した。

 通常、体育の着替えのときにパンツとブラだけの姿になることはない。

 上下のどちらか片方ずつ着替えるのが定石だし、下を着替えるときはスカートを履いたままハーフパンツを履き、最後にスカートを脱げばパンツを晒すことはない。

 それを香澄は、愛咲を煽るためにあえてあんな風に……。

 

 愛咲が呆然としていると、香澄はさっさと着替えを済ませて出て行った。

 

 

「ふぅん。そういうことするんだ」

 

 

 誰もいなくなった教室で、愛咲は香澄が閉めていった扉を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 香澄の家に行く前に、愛咲は一度帰宅した。

 香澄にあれだけ煽られては、もう自制など効くはずもない。

 美術準備室での百花を参考に、愛咲は左手の中指と薬指の爪を深く切り、ヤスリで念入りに磨いた。

 自分の肌を試しに引っ掻いてみて、もう十分だと思ったところで香澄の家に行く準備を始める。

 いざ家を出ようとしたところで、なんとなく思い立って、愛咲はシャワーを浴びることにした。

 

 愛咲はいつもより丁寧に全身を洗った。

 歯磨きもした。

 制服ではなく、お気に入りの服を着た。

 まるで身を清めた後に正装をするような行動に意味などない。

 ただ、そういう気分になっただけだ。

 愛咲はそう自分に言い聞かせて、家を出た。

 

 

 

 

 

 香澄の家に着くと、昨日、一昨日と同じように、百花と香澄はリビングのテーブルに勉強道具を広げていた。

 愛咲は、ドアの近くで立ち止まる。

 不審に思った百花が愛咲に声をかけた。

 

 

「愛咲ちゃん、どうしたの?」

 

 

「今日は少し趣向を変えて——藤崎さんの部屋に行かない?」

 

 

 愛咲が口元に笑みを湛えながら、言った。

 百花が目を(みは)る。

 香澄は無表情で愛咲の方を向いた。

 

 

「えっと、それってつまり、そういうこと……だよね?」

 

 

 百花は具体的なことを明言せずに、愛咲の意図を確かめようとする。

 

 

「行こうよ、藤崎さん」

 

 

 愛咲は百花には答えず、笑みを貼り付けたまま香澄にお願い(・・・)をした。

 香澄は目を伏せる。

 

 

「——いいよ」

 

 

 

 

 

 香澄は黙って前を歩いた。

 その後ろを少し間を空けて歩く愛咲は、表面上は平静を装いながらも、心の内は揺れていた。

 体育の授業の前に挑発され、それに乗せられるように、勢いのままここまで来てしまった。

 本当にこのまま、三度に渡って香澄を、己のほしいままに辱めても良いのか。

 まだ引き返せるのではないか。

 ぐるぐると思いを巡らせているうちに、香澄の部屋の前に到着する。

 香澄が中に入り、愛咲たちが入る前にドアを半開きにし、その隙間から顔を覗かせた。

 

 

「部屋には来ないと思ってたから、いろいろ散らかってる。片付けるから少し待ってて」

 

 

 香澄越しに見える部屋の中は、それほど物が散乱しているようには見えなかったが、香澄の基準ではアウトのようだ。

 はやる気持ちを一度落ち着けたかった愛咲にはちょうどよかった。

 

 ドアが閉まり、廊下に百花と二人きりになった。

 視線が交差する。

 

 

「やるってことだよね?」

 

 

 百花が小声で問うた。

 

 

「……百花はどうしたい?」

 

 

 重大な決断を他人に任せることなど、いつもの愛咲ではあり得ない。

 香澄と関わると、これまで隠れていた優柔不断さがそこかしこで顔を出す。

 そんな自分が情けなくて、愛咲は苦笑した。

 

 

「私は……やりたくない。ううん、本音を言ったらやりたいけど。でも、香澄ちゃんともう一度仲良くなりたいから。そのために、私はやらない」

 

 

 百花の意見は、当たり前のことではあるが、百花本位の意見だ。

 刹那の欲求を心の奥底に押し込み、友人関係という長期的な利益を望む。

 愛咲からすると――おそらく香澄からしてもだが――再び友だちに戻ろうなんて虫の良い話だ。

 けれど、このままブレーキを踏まずに行けるところまで行くよりは、よっぽど現実的で、道徳的だ。

 気に食わないのは、その意見の中に、愛咲と香澄の関係が考慮されていないことだった。

 このまま何も起こらぬまま勉強会が終われば、香澄とはもう関わることはなくなるだろう。

 なぜなら、この関係は、百花が香澄を襲うことに乗り気だったからこそ、築かれたものだ。

 今日を逃せば、百花の意志は余計に頑なになり、きっともう愛咲の誘いには乗ってこない。

 そうなったら最後、香澄に悪戯をする機会は、愛咲が直接香澄を誘いでもしない限り生まれないし、話をすることすらなくなる。

 

 と、そこまで考えて、香澄との繋がりが途絶えることを恐れている自分に気づき、愛咲は愕然とした。

 そんな自分を否定したくて、作戦の中止を百花に伝えようと口を開けたとき、ちょうど部屋のドアが内側から開けられ、愛咲は口を(つぐ)む。

 姿を現した香澄は、制服を脱いで部屋着に着替えていた。

 お見舞いの日と同じ、タオル地のグレーのショートパンツを履き、上は白いゆったり目のTシャツ。

 そして、あの日と同じ部屋。

 否応なしに悪戯を連想させる組み合わせだった。

 その姿を見て呆けていた愛咲に、香澄は(いぶか)し気に眉を(ひそ)めた。

 

 

「入らないの? それとも——今更怖気(おじけ)付いた?」

 

 

 虚をつかれた。

 部屋に愛咲たちを()れることの意味を香澄が勘づいていないとはさすがに思っていなかったが、まさかこんな風に、ともすれば悪戯を受け入れているようにも取れる挑発までしてくるなんて。

 心臓が大きく跳ねた。

 背筋がゾクゾクしている。

 さっきまで抱えていた葛藤など、もうどうでも良い。

 愛咲は部屋の中へと一歩を踏み出した。

 

 ベッドの中ほどに腰掛けた香澄に続いて、愛咲は枕元に腰を下ろした。

 ドアの方を見ると、まだ百花が部屋に入ってきていないことに気づく。

 

 

「百花?」

 

 

 彼女が香澄との仲をこれ以上悪化させないように踏みとどまっていることを知りながら、愛咲は百花に呼びかけて、部屋の中に(いざな)った。

 

 

「もう手遅れだよ、百花」

 

 

 香澄が低い声で言った。

 

 

「え?」

 

 

 百花は香澄のただならぬ様子に身を震わせ、困惑の声を上げた。

 

 

「百花が今日何もしなかったとしても、何かをしたとしても、わたしたちの関係は変わらない。もう元には戻らないんだよ。部屋に入らないことが罪滅ぼしになるとでも思ってるの? そんなわけないじゃん。この()に及んで、まだ仲良しこよしのお友達に戻れると思ってるなら、病院に行った方がいいよ」

 

 

 香澄の淡々とした非難を受け、百花は黙り込む。

 俯き、そして、部屋の中に入り、ドアを閉めた。

 

 

「じゃあ、やる」

 

 

 ドアノブを掴んだ状態で愛咲たちに背を向けたまま、百花は絞り出した。

 そんな百花の姿を見て香澄が薄く笑ったのを、愛咲は横目で捉えていた。

 

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