男の取り合いで負かした女が嫉妬に狂って悪戯してくる   作:あいだ子

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第一章
第2話


 

 

「ふ、藤崎さん、今日二人でカラオケ行かない!?」

 

 

 授業が終わり、前の席に座る菱川(ひしかわ)百花(ももか)がこちらを振り向き、教室中に聞こえるくらいの声量で言った。

 百花とは同じ小学校出身だったが、中三で前後の席同士になるまでは、ほとんど話したことがなかった。

 クラスでは一番良く話す女子だが、香澄にとって彼女は友だちと呼べるほど親しくはない。

 

 急に大声で話しかけられ、香澄は面食らう。

 二人でということは菱川さんのグループの子たちは来ないってことなのかな。

 でもそれって、どういうつもりなんだろう。

 香澄は首を傾げた。

 

 

「あ、ごめんね急に。って言ってもわたしからしたら急じゃないんだけどね……。つまり、私ね、小学校の頃からずっと藤崎さんと仲良くなりたいなあって思ってたんだよね。でもほら、藤崎さんに話しかけるのって空気的に難しかったっていうか……。だから、仲良くなるなら今年しかないかなあって」

 

 

「えっと……そうなんだ。いつもの、陸上部の子たちはいいの?」

 

 

 言い訳をするようにつらつらと言葉を重ねる百花に圧倒されながら、香澄は疑問を口にした。

 いつも百花が帰りの会の後に陸上部の女子たちと部活に向かっているのを、香澄は知っていた。

 

 

「今日部活休みなんだよね。――やっぱりだめ、かな?」

 

 

 香澄が考え込んでいるのを否定と捉えたのか、百花は自信なさげに瞳を揺らした。

 

 

「あっと、ごめん。そうじゃなくて、遊びに誘われたのが久しぶりで少し戸惑っちゃった。――いいよ、カラオケ」

 

 

 その答えに百花は安心したように表情を緩めた。

 

 

 

 

 

 香澄は百花と並んで街の中心へと向かう大通りの歩道を歩いた。

 学校の帰りにクラスメイトと寄り道をするのは初めてだった。

 席が近くなったクラスメイトとは、話しかけられれば男女問わず会話をするが、香澄にとって彼らは、ひとたび学校を出れば何の関わりもない他人であり、そのことを寂しいと思ったこともなかった。

 こうして百花と友だちのように街を歩きながら会話をするのは、新鮮な感覚だった。

 

 カラオケ店に着くと、百花が受付に一直線に向かい、香澄はそれについて行った。

 香澄は店のシステムのことなど何もわからなかったから、黙ってやり取りを聞いていた。

 途中会員カードを作るか聞かれ、どうせ何回も来ないからと、作らないこと伝えた。

 香澄は何事も必要が生じるまでは必要ではないと切り捨てるタイプだ。

 後で必要になるかもしれないポイントカードなどは、その店に通い詰めるようになってから作れば良いと思っている。

 学校の男子はそういうさっぱりとした香澄の性格に、外見とのギャップを感じるようだ。

 どうも、可愛いものが好きでぬいぐるみを集めているような少女趣味の女の子とでも思われているらしかった。

 

 途中、百花にドリンクバーについて教えてもらいつつ、二階のカラオケルームに入った。

 初めてのカラオケで緊張し、一曲目は声が震えていた香澄も、百花に褒められて自信をつけ、二曲目以降は気分よく歌うことができた。

 交互に数曲歌い、香澄が歌い終わったところで、新しい曲のリクエストが途切れた。

 

 

「ちょっと休憩しない?」

 

 

「いいよ」

 

 

 ちょうど香澄も疲れを感じ始めていた頃合いだったから、頷いた。

 百花はグラスのオレンジジュースと氷をストローでぐるぐるとかき混ぜている。

 曲のリクエストが途絶えた画面は、コマーシャルに切り替わり、女性アイドルグループが曲の宣伝を始めた。

 それを鬱陶しく思ったのか、百花はリモコンを操作して、無音にする。

 

 

「藤崎さんってさ、かわいいよね」

 

 

 脈絡なく百花が言った。

 かわいいと言われ慣れている香澄も、突然のことで面食らう。

 部屋の静寂も手伝って、なんだか気まずい空気だ。

 

 

「えっと、ありがとう……?」

 

 

「藤崎さんと岸本って仲いいよね」

 

 

 百花は低いトーンで言った。

 

 

「どうだろ。隣の席だからよく話はするけど」

 

 

「岸本、女子に人気あるの知ってるよね?」

 

 

 百花はグラスの中の氷をストローでつつく。

 うつむいていて表情は窺えないが、話の方向性は見え始める。

 いわゆる牽制、というものだ。

 香澄はこれまでにも何度か似たようなシチュエーションを経験している。

 そのおかげか、切り抜ける術も知っていた。

 その男子に対して恋愛感情は一切無く、告白されても絶対に断ると明言することが、香澄のこれまでの経験上、最も効果的な対応だ。

 それでも百花の溜飲が下がらないようなら岸本とはこれ以降話さないようにすれば良い。

 そうすれば自然と関係は消滅し、百花も安心するだろう、と香澄は算段を立てた。

 

 しかし、香澄は今、いつも以上にプレッシャーを感じていた。

 カラオケに誘われて密室でこのような話を切り出されたのは初めてで、いくら慣れているとはいえ多少の恐怖を感じてしまうのは、仕方のないことだった。

 

 

「岸本君かっこいいからね。サッカー部のキャプテンだし、頭もいいって聞いてるよ」

 

 

 ここで興味がないアピールをしようと無理に岸本を貶すのは悪手だ。

 香澄は以前それをやって、好きな人のことを悪く言うなと怒られたことがあった。

 

 百花の様子をちらと横目で見ると、氷をつつく勢いが増したように見えた。

 褒めすぎただろうか。

 香澄は不安になった。

 

 

「あのね、ちょっと言いにくいんだけどね、岸本とはあんまり仲良くしない方がいいかもしれない」

 

 

 百花が顔を上げて香澄を見た。

 その目を見て、あれ、と香澄はひっかかる。

 百花の表情は想像していたよりも攻撃的ではなく、むしろ香澄を本気で気づかっているかのようだった。

 

 

「それって、他の女子が嫉妬するからってこと?」

 

 

「他の女子というかね、青山さんが……」

 

 

「えっと、青山愛咲(あさき)さん?」

 

 

「うん。青山さん、岸本のこと好きらしくて、クラスの女子全員に牽制してるんだよね」

 

 

 香澄は普段あまり女子と話さないせいで、女子のネットワークに出回る情報には疎い。

 女子グループのカーストとも無縁だ。

 そんな香澄でも、青山愛咲のことは中学1年のころから知っていた。

 容姿は抜群に良いが、その反面、性格に難あり。

 彼女の周りにいる女子生徒は、友だちというより取り巻きや子分に近い。

 そんな風にクラスの女子を従え、文字通りカーストのトップに君臨する女王だ。

 女に生まれると、この女とは同じクラスになりたくないと思う相手が学年に一人はいるもの。

 他人への興味が薄い香澄でも、女特有のその感覚を持っていて、その相手がまさに青山愛咲その人だった。

 縄張り意識からくる本能的な忌避感だろうか。

 

 

「そうなんだ。でも直接言ってくるまでは気にしないでおこうかな。岸本君って女子に人気があるだけあって話しやすいし、話しててふつーに楽しいんだよね。――でもよかった。てっきり菱川さんが岸本君のこと好きで、私に釘を刺すためにカラオケに誘ったのかと疑っちゃった」

 

 

「そんなことしないよ。――でもほんとに気を付けた方がいいよ。青山さん、結構激しい人だからね。いじめとかの噂は聞いたことないけど、気に入らないことがあると、周りを使って何が何でも自分の思い通りにしようとする人らしいし」

 

 

「へえ、そうなんだ。気を付けるね」

 

 

 香澄は百花と遊ぶのを悪くないと思い始めていた。

 自分のことを心配してくれる女子の存在は貴重だ。

 

 終了時間を知らせる電話が鳴り、香澄と百花は部屋を出た。

 カラオケ店から出て、二人で帰り道を歩く。

 小学校が同じだけあって、百花とは家が近かった。

 慣れないことをして精神的な疲労が溜まっていたからか、おしゃべりをする気分にはならなかった。

 百花も帰りは終始口数が少なかった。

 香澄にしては珍しく、また遊ぶ約束をして百花と別れた。

 

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