男の取り合いで負かした女が嫉妬に狂って悪戯してくる 作:あいだ子
百花とのカラオケ以降、香澄は青山
休み時間になると愛咲の周りにその友人たちが集まる。
中心にいつも愛咲がいることから、愛咲が会話を回していると思っていたが、良く見ていると案外彼女の口数は多くなかった。
百花と話しているときはなんともなかったが、左隣の岸本と休み時間に話していると、愛咲が時折こちらの方に視線を寄越していることに気がついた。
香澄が今まで相手にした女子たちは、あからさまに敵意を滲ませていたが、香澄を見る愛咲の表情は、ただただ冷たかった。
これまで勝手に嫉妬する女子たちを半ば下に見ていた香澄も、愛咲に対しては、目が合うと背筋に冷たいものが走るようだった。
百花とは香澄が思っていた以上に仲良くなった。
同性の友だちとは仲良くなれないと決めつけていたが、ただの食べず嫌いだったのかもしれない。
百花は人当りが良く穏やかな話し方をするが、決して風見鶏というわけではなく、自分というものをしっかりと持っている。
クラスの頂点に君臨する愛咲とその友人たちのグループにも物怖じすることなく話しかけるし、大抵は陸上部の子たちと一緒にいるが、彼女らの誘いを断って香澄と遊びに行くこともあり、集団への帰属意識がそれほど高くない。
香澄と気が合うのはそういった部分なのだろう。
百花とは物理的な距離も縮まった。
彼女と仲良くなるにつれて、香澄に触れてくることが多くなった。
同性の友だちなどいなかった香澄は女子同士の正しい距離感を知らなかったから、初めはそういうものだと納得していたが、クラスの他の女子や廊下ですれ違う女子たちを見ると、やはり百花の距離は近かった。
とはいえ距離が近い女子二人組を見ることが全くないわけではなく、香澄は友人関係にもいろいろあるのだなと、中学三年になってようやく学ぶのだった。
百花のことは気に入っているし、仲が深まるのは香澄も歓迎するところだが、距離が近いことで生じる弊害には少しだけ辟易していた。
百花は香澄が岸本と話すことをいまだに良く思っていないようで、ことあるごとに咎めてくる。
香澄が愛咲に目を付けられないように忠告してくれているのだとわかってはいるのだが、他人に配慮して特定の誰かとの関わりを控えることをナンセンスだと思ってしまう。
彼を避ける必要が生じるまでは避ける必要はないと、百花の忠告は聞き流すことにしている。
香澄と話す岸本の目に熱が帯び始めたのは、ゴールデンウィークが明けてすぐのことだった。
男子の恋心は長期休みの後に加速する傾向がある気がする。
心理学も統計も知らないが、香澄の体感ではそれは正しかった。
岸本とは気が合った。
スポーツ少年かと思いきや、意外に読書家で、好きな作家が必ずしも一致するわけではなかったが、それもまたお互いの視野が広がるようで、香澄は嬉しく思った。
岸本を狙っているらしい愛咲は、香澄が知る限り岸本とはたまに話す程度で、そのことは香澄に少なくない優越感をもたらした。
もう愛咲に注意を払うことなどどうでもよくなっていた。
付き合いたいというほどの積極性は無いが、付き合っても良いかもしれないと香澄が思えたのは、岸本が初めてだった。
岸本との仲はどんどん良くなり、このまま行けば付き合うんだろうな、という暗黙の共通理解が二人の間にはあった。
一方、岸本との仲と反比例して、百花と話す機会は減っていった。
どうもそれは、単純に岸本と話す時間が多くて百花と話す時間が取れないというだけではないようだった。
岸本がいないときでさえ、どういうわけか百花は香澄に対してそっけない態度を取るようになり、香澄はそれを寂しく思った。
五月の中旬の日曜日、香澄は岸本と二人で映画を見に行った。
有名なアニメ映画で、漫画やアニメに疎い香澄でも十分に楽しめる内容だった。
映画館で映画を見たのは久しぶりだった。
普段映画は動画配信サービスで一人で見る香澄にとって、周りに人がいる状況は受け入れがたいものだった。
わざわざデートの雰囲気を悪くすることもないから、映画館が苦手なことは付き合ってから教えてあげようと、香澄は心に留めた。
翌日、朝教室に入ると、一瞬空気が止まったような錯覚を覚えた。
百花は先に来ていて、席に座って陸上部の女子たちとおしゃべりをしていた。
香澄はその後ろの自分の机にスクールバッグを下ろし、椅子に腰を下ろしながら百花に挨拶をする。
しかし、百花からは挨拶が返ってこない。
「百花?」
香澄が呼びかけるが、百花は反応せず前を向いたまま。
この距離で聞こえないはずないのに。
百花と話していた陸上部の二人は気まずげに顔を見合わせ、自分たちの席に帰っていった。
教室がいつもより静かに感じた香澄が周囲に目を向けると、女子たちが一斉に目を逸らした。
ああ、始まったんだ、と確信に近い予感を香澄は覚えた。
習慣とは恐ろしいもので、動揺しながらも読みかけの小説をバッグから取り出し、机の上に置いた。
ふと教室の前の入り口に目が行く。
色白の綺麗な顔の女が美しい姿勢で教室の中に入ってくる。
香澄にはその光景が、スローモーションのように感じられた。
女はゆっくり香澄の方へと顔を向ける。
香澄と目が合うと、青山愛咲は僅かに口の端を上げた。
ついに愛咲主導のいじめが始まったと身構えていた香澄だったが、クラスの女子から総シカトされるだけで、何日待ってもこれといって直接的な攻撃を受けることはなかった。
もともとクラスの女子とは百花とおしゃべりをするか、百花を介して陸上部の女子たちと話をするかくらいだったから、無視されたところでほとんど害はない。
それに最近は岸本と話すことが多く、百花との会話もだいぶ減っていた。
岸本とは今でも話をする。
もしかしたら愛咲は、女子全員で香澄を無視すれば岸本と話すのを控えてくれると思っているのかもしれない。
だとすれば完全に目論見は外れている。
今もってなお、香澄は岸本と関わるのを自重する必要性を感じていなかった。
百花にはあれから何度も声をかけているが、完全に無視を決め込まれている。
百花が黙って愛咲に従っているのは、どうも腑に落ちない。
カラオケで仲良くなって以降に接してきた印象では、香澄の中で百花は、自分の意に沿わないことはしない女だった。
百花は陸上部仲間と一緒にいることが多いが、そのグループだけに留まることはなく、愛咲のグループとも良好な関係を保っているし、一人でいるのも苦にならないタイプだ。
愛咲はそんな百花でも従ってしまうほどの影響力があるのだろうか。
今日から体育の授業はバスケットボールが始まる。
香澄の運動神経は可もなく不可もなくといったところだ。
運動ができる人は純粋に憧れる。
例えば百花は陸上部で短距離をやっているし、運動が得意だ。
今日のバスケだって、身体能力の高さが必ずしも球技の才能に直結するとは限らなくても、香澄よりは活躍するだろう。
そういえば青山愛咲はどうなのだろう、と香澄はふと気になった。
愛咲は美術部に所属している。
他人の所属する部活動に興味などない香澄でも、あれほど目を引く容姿の女が全校集会で度々コンクールの表彰をされているのを見れば、嫌でも記憶に残る。
文化部とはいえ、この前まで体育の授業で行っていた器械体操では、手足の長さのおかげか、クラスの誰よりも綺麗に見えた。
それを踏まえると運動神経は悪くなさそうだ。
授業が始まり、二人一組でパスの練習をすることになったが、香澄は当然のごとくパートナーがおらず、先生と真面目にパス交換をする羽目になった。
彼女は生徒を褒めて伸ばすタイプらしく、香澄のパスが少しずつ上達するのを大げさに褒めちぎった。
気分は悪くない。
自分は褒められて伸びるタイプで、この教師とは相性が良いかもしれないと香澄は思った。
パス練習が終わると、二つのコートに別れて試合を行うことになった。
香澄は人数が足りていないチームに配属された。
百花たち陸上部のチームだった。
試合が始まってすぐに、バスケというスポーツが団体競技であることを否応なしに実感させられた。
コートのどこにいても仲間からボールが来ることは無かった。
先生とのパス練習で上達したせっかくのスキルも、披露する場がない。
香澄はそのことを少しばかり残念に思った。
そろそろ授業も終わりだな、と舞台の横の掛け時計をちら見して、再びコートに目を戻すと、相手チームの女子によって弾かれたボールが香澄の元へ転がってきた。
それを拾い、ゴール下に目を向けると、ちょうど良い位置に百花がいた。
香澄は練習を思い出しながら、ボールをワンバウンドさせて百花に送る。
ほんの少しだけ逸れた軌道。
でも手を伸ばせば容易に届く距離。
それを百花は腕を上げる仕草すらなしに、ただ見送った。
誰にも触れられなかったボールは体育館の壁に当たり、少し転がって、やがて止まった。
——そこまでやるんだ。
それはショックというより、落胆だった。
束の間生じた重い沈黙は、先生の吹いた試合の終わりを告げる笛の音によってすぐにかき消された。
更衣用の教室で制服に着替える途中、香澄は終始百花の様子を窺っていた。
パスを無視したことに対して、さすがに何かしら思うところがあるのではないかと期待してのことだった。
しかし、百花は香澄を気にするそぶりは一向に見せない。
「百花ってその程度の人だったんだね」
失望が香澄の口を割って出てきた。
離れた位置で着替える百花にも聞こえる程度の声量で。
それはつまり、部屋の中にいる多くの女子生徒たちにも同様に聞こえるということだった。
おしゃべりをしていた女子たちも口をつぐむ。
静寂の訪れた教室で、百花は一人何も起きていないかのように着替えを続ける。
そっちがその気なら、と香澄もムキになって言葉を重ねる。
「クラスのボスの言いなりでわたしを無視なんかして、自分が情けないと思わないの? 百花っ!」
ダン、と大きな音が鳴る。
百花が勢いよく机を叩いた音だ。
「私は私の意志で香澄を無視してるのっ。青山さんなんてどうでもいい!」
百花は香澄に向かって怒鳴りたて、着替えの袋を持って教室を出ていった。
なんとなしに愛咲の方に顔を向ける。
愛咲はいつも通りの冷たい視線で香澄を一瞥し、興味を失ったように着替えを再開した。