男の取り合いで負かした女が嫉妬に狂って悪戯してくる   作:あいだ子

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第5話

 

 

「あのね、香澄。今日放課後なんだけど……青山さんが香澄に、美術部の部室に来て欲しいんだって」

 

 

 音楽の授業が終わって教室へ向かう途中、久しぶりに百花に声をかけられた。

 更衣室で喧嘩したとき、百花は彼女自身の意思で香澄を無視していると言った。

 そのことから、香澄の行動のいずれかが知らずのうちに百花を傷つけることになったのではないかと思う。

 愛咲(あさき)の主導するシカトに乗っかる形になったが、それは百花が愛咲に無理に従っているわけではないということだ。

 百花自身の意思だと面と向かって言われたことは、香澄にとってはどちらかと言えば良いことだった。

 自分が認めた友だちが少なくとも他人の言いなりになる有象無象の女子とは異なると知れたのだから。

 また元通り仲良しに戻れるかもしれない。

 嫌いな相手に、さっきみたいに肩が触れ合う距離で囁いたりはしないだろう。

 愛咲ともちょうど話し合いたいと思っていたし、タイミングバッチリだった。

 香澄は事態が好転し始めるのを感じた。

 

 

 

 

 

 放課後になった。

 愛咲との話し合いが終わったら教室に寄らずに直で帰りたかったから、香澄は帰り支度を始めた。

 必要なものをバッグに詰めていると、愛咲が先に教室を出ていくのが見えた。

 支度が終わり香澄もいざ美術部部室へ向かおうとしたとき、百花に声をかけられた。

 

 

「あ、香澄もう行くの? 一緒にいこ?」

 

 

 百花の距離感はよくわからない。

 喧嘩中だと思っていたのに、まるで何事もなかったように話しかけてくる。

 

 

「行くって、百花も来るの?」

 

 

「うん。私も話したいこととか……したいこととかあるし」

 

 

「わかった。じゃあ行こっか」

 

 

 美術部の部室は旧校舎にある。

 旧校舎は特別教室棟を経由して行くことになるから、普通教室棟からだと結構な距離を歩くことになる。

 中学一年の頃に部活動見学でいろいろ回っていたとき、美術部だけやたらと孤立してると思ったものだ。

 旧校舎では他に茶道部や華道部などの部室もあるが、一階の特別棟からもほど近い場所に位置していて、旧校舎の中でも奥の方に押しやられている美術室と比べればアクセスは良い。

 愛咲は毎日この長い道のりを歩いているのか。

 

 

「そういえば香澄ちゃん、今日あんまり岸本と話してなかったね」

 

 

 旧校舎に入ったころ、唐突に百花が言った。

 

 

「あ、うん。ちょっと考えることあったからぼうっとしてたのかも」

 

 

 岸本と関わることに最初から反対していた百花には、告白をされたことはなんとくなく言い出しづらかった。

 それに考え事がたくさんあったのも本当だ。

 

 

「香澄ちゃん……」

 

 

「なあに?」

 

 

「香澄ちゃん……」

 

 

「どうしたの、百花」

 

 

 百花は浮かない顔をしている。

 どうしたのだろう。

 無視し続けたことに罪悪感を覚えているとか?

 

 

「あのさ、百花は結局なんでわたしを無視してたの? わたし、女子の友だちっていたことないから、自分の何がダメだったのか全然わかんないんだ。仲良くなりたいって思ったの百花が初めてだから、わたし百花との関係は大事にしたいよ。だから、教えてくれる?」

 

 

「……ごめんね香澄ちゃん。悪いのは香澄ちゃんだけど、本当は私が良くないんだよね」

 

 

「ねえ百花、どうしたの? なんか変だよ、さっきから」

 

 

「うん。なんかいろいろ不安なんだ。今でも迷ってるの。でも私も香澄ちゃんともっと仲良くなりたいって思ってるよ。――旧美術室、着いたね」

 

 

 いろいろと思うところはあるようだが、仲良くなりたいという言葉が聞けて良かった。

 その部分さえ二人の意見が一致していれば、もう一度仲良くなれるはずだと香澄は思った。

 

 

「失礼しまぁす」

 

 

 摩擦の大きい木の扉を開けると、絵の具の匂いが鼻腔を刺激した。

 中を覗き込むと、部屋の中央に置かれたキャンバスの前に青山愛咲は立っていた。

 

 

「えっと、青山さん一人?」

 

 

 取り巻きたちがいるかもしれないと思っていた香澄は拍子抜けする。

 

 

「美術部はあたし一人って知らなかった?」

 

 

 一人、を違う意味に取られ、喧嘩腰とも取れる質問が返ってくる。

 愛咲が一人で美術部をやっているのは知っていた。

 職員室の隣に各部活の集合写真が飾ってある。

 他の部活が大勢で笑顔を浮かべて写る中、一人の少女がキャンバスに筆を走らせる姿を撮ったっだけの写真は、一際目を引いた。

 しかし、わざわざ愛咲に言うようなことでもない。

 香澄はさっそく本題に入ることにした。

 

 

「わたしが呼ばれたのって、やっぱり岸本君のことでしょ? 青山さんがどうしたいのか、教えて欲しいなあ。じゃないとわたし、このまま岸本君と付き合っちゃうよ?」

 

 

 煽りを織り交ぜてみるが、愛咲の反応は薄い。

 

 

「へえ、藤崎さんってそういう感じなんだ。思ってた以上に生意気そう。まあそんなに焦んないでよ。美術準備室に移動するからついてきて」

 

 

 ここよりさらに奥まった場所に移動することに、香澄は躊躇する。

 昨日のトイレでの出来事がフラッシュバックした。

 

 

「ま、待ってよ。話し合いならここでもできるじゃん」

 

 

「準備室でお茶を入れてゆっくり話し合おうって言ってんの。菱川さんも一緒に三人でさ」

 

 

 百花がいるなら昨日みたいなことにはならない。

 2対1の状況で暴力をふるってくることはないだろうと少し警戒を解く。

 

 愛咲が先導し、香澄は美術準備室に足を踏み入れた。

 美術室の半分くらいの大きさで、棚に道具がたくさん置かれている。

 奥に置いてあるテーブルを見ると、確かにティーポットやカップなどの普段からここでお茶を飲んでいる名残が見受けられた。

 部員が一人ということのアドバンテージを取って、部室を私物化しているのだろうか。

 

 香澄に続いて百花が部屋に入ってきてドアが閉められた。

 カチャン、と音がする。

 

 

「百花、なんで鍵かけたの?」

 

 

 嫌な予感がする。

 ふと、昨日の、特別教室棟への渡り廊下を歩く百花の姿が脳裏によぎった。

 2対1なら安心できる。

 それは確かにそうだ。

 でも、もしその前提が間違っていたとしたら。

 

 百花が近づいてくる。

 香澄は身構える。

 しかし百花は香澄の横をただ通り過ぎて部屋の奥へと入っていった。

 それでもまだ安心はできない。

 香澄は鍵を開けるためにドアの方へと歩き出した。

 

 

「か、鍵はかけなくてもいいよね」

 

 

 そう言いながらドアノブの鍵に手を伸ばしたそのとき、後ろから香澄の両脇の下に腕を入れられ、羽交い絞めにされる。

 

 

「なっ、百花っ。何してんの!?」

 

 

「ごめんね、香澄ちゃん……」

 

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