男の取り合いで負かした女が嫉妬に狂って悪戯してくる 作:あいだ子
第7話
青山
三年がいなくなると美術部は愛咲意外に部員がいなかったから、自動的に部長になった。
サッカー部の部長となった岸本と席が隣同士になり、声をかけられた。
男女問わず初対面の同級生からは怯えられるか、少なくとも顔色を窺うような態度を取られるのが当たり前の愛咲にとって、自然体で話しかけてくる岸本は珍しい存在だった。
直感的に同類だと思った。
常に舞台の上に立ち、他生徒から注目を集めることに慣れていて、愛咲と対等に話ができる。
その日から愛咲と岸本は良き友人となった。
廊下で遭遇したり学校の行事で話しているうちに、二年生の終わる頃には、もうすぐ付き合い始めるのではないかと、周りから勘繰られるようになった。
愛咲も満更ではなかったから、岸本から告白されたら受け入れるのだろうとぼんやりと考えていた。
しかし、三年に上がって状況は大きく変わることになる。
クラス替えしてすぐの頃は、岸本と同じクラスになれたのを喜んだ。
愛咲を中心にできあがった女子のグループと岸本他何人かの男子で放課後遊びに行き、進級早々クラスの最大派閥が誕生した。
順調な滑り出しかに思えたが、しかしそれは長くは続かなかった。
苗字が青山で、名簿番号が1番である愛咲の席は、教室の左前の隅っこに位置する。
岸本の席はというと、右隣の男子の列の最後尾。
問題は岸本の右隣の席の女子生徒、藤崎香澄の存在だった。
香澄は学年の女子生徒の間では悪い意味で有名だった。
男子としか話さないだとか、誰それの好きな男子が香澄のことを好きらしいとか、要は嫉妬する女子たちの攻撃の的になりやすい女子だった。
このクラスでも何人かの男子たちに話しかけられていて、愛咲の新しい友人で特に気の強い女子、
それを気にかける様子もなく、香澄は男子を侍らせているのだった。
きっかけが何かはわからないが、いつからか岸本と香澄が二人で話す姿が見られるようになった。
そのころから岸本は、愛咲たちと休み時間を過ごすことも減っていった。
愛咲が友人たちと教室の左前の一角を占領して話しているときも、教室の後方で交わされる岸本と香澄のやりとりに自然と目がいった。
その少し後だっただろうか。
帰りの会の直後に菱川
百花の本性を多少なりとも知ってしまった今なら彼女の意図も想像できるが、そのときは一体何が起きたのかわからなかった。
百花はグループの垣根にとらわれず、クラスメイト全員に好かれるような子だ。
その社交性は岸本を想起させるもので、愛咲も話していてストレスが溜まらない数少ない女子生徒だった。
そんな百花が、突然どもりながら香澄を二人っきりのカラオケに誘ったのは、きっとクラスの誰にとっても珍事だろう。
それに対して香澄は、多少の困惑は見せつつも承諾し、その日以降、香澄と百花の仲は傍から見ても近づいていた。
香澄はよく岸本と二人で話しているときに愛咲の方を見た。
彼女の勝ち誇ったような挑戦的な眼差しは愛咲のグループの女子たちを大いにイラつかせたが、当の愛咲は、子犬が吠えてきているくらいにしか思っていなかった。
吠えられることすらなかったそれまでの学校生活を考えれば、多少の退屈しのぎにはなるかもしれないとさえ思っていた。
香澄と岸本がデートをしたという話を聞いたとき、愛咲は香澄に制裁を加えることを決めた。
それは自分のためというよりは、グループの女子たちの不満を上手く発散させてやるためだった。
クラスの女子全員で香澄をシカトしよう、と愛咲が口にすれば、勝手にクラスの女子のネットワークを命令が伝播していく。
休日に言い出せば、月曜には総シカト体制が整っているというわけだ。
そうやって消極的に香澄をいじめ始めた愛咲だが、月曜の朝登校して教室に入ったとき、動揺しながらも瞳の奥に愛咲への
香澄が岸本に告白されたという知らせを、百花が美術部の部室まで持ってきたのは、6月に突入したばかりの木曜日のことだった。
それを聞いても愛咲は驚かなかった。
香澄と岸本のクラスでの雰囲気を見ていれば、近いうちにそうなるだろうと思っていたからだ。
岸本と付き合えなかったのは少しだけ残念に思ったが、それよりも香澄との睨み合いが二人の交際を機に終わってしまうことの方がつまらなかった。
絵を描くこと以外で学校の退屈さを忘れることができたのは、香澄いじめが初めてだった。
だからだろうか。
百花の話すとんでもない計画に乗ることを決めたのは。
魔が差したのだ。
当初の計画では、スマホで香澄の恥ずかしい姿を撮影し、写真をばらまくと脅してヌードデッサンをするつもりだった。
しかし、計画通りには進まなかった。
愛咲が香澄のパンツを脱がすのに躊躇したとき、彼女は慈悲を乞うような切なげな表情で愛咲を思いとどまらせようとした。
その仕草に嗜虐心を煽られ、愛咲の中で何かがプツンと切れた。
事態はそこからさらに悪い方へと転がり、百花が香澄を指で弄り始めると、愛咲はそれを固唾を呑んで見守った。
準備の万端さから察するに、百花は初めからそうなることを想定していたのかもしれなかったが、愛咲にとっては完全に想定外で、その光景に最初から最後まで圧倒された。
土日の間中、気を抜けば香澄の悶える姿を想像していた。
クロッキー帳に落書きでもして気を紛らそうと思っても、すぐに香澄の姿が頭に浮かんで、愛咲の手は気づけば香澄の裸を描こうとした。
月曜の朝、普段通りを装いながら香澄が登校してくるのを待つ。
しかし、朝の会が始まっても香澄は教室に姿を見せなかった。
担任の中年の男教師が香澄の欠席をクラスに言い渡すと、愛咲は右後ろを振り向き、百花と顔を見合わせた。
百花は黙って首を振る。
欠席の理由は百花も知らないようだ。
「このまま不登校になったりして」
「だったらいいけど」
「いやいや、殴ったのはやりすぎたんじゃない?」
「えー、でもあいつの態度が悪いじゃん。どー考えても」
一時間目の歴史の授業が終わり、休み時間になると、グループの結愛と千佳が二人で気になる話をしていた。
「それって藤崎さんのこと?」
愛咲が尋ねると、千佳は焦ったような様子を見せる。
「あ、えっと……」
千佳は隣の結愛に視線を送った。
「先週トイレで藤崎に会ったから軽く脅してやっただけ」
結愛はぶすっと唇を尖らせて答えた。
「軽く? さっき殴ったって聞こえたけど」
愛咲は目を細めて結愛を見た。
「横っ腹をちょっと殴ったかもね。でもこれで大人しくなるなら万々歳じゃん?」
人に暴力を振るったと言うのに、結愛は悪びれもしない。
金曜に美術準備室で愛咲と百花が香澄に対して行ったことは常軌を逸しているが、結愛もたいがい頭のねじが外れているみたいだ。
「結愛、思いっきり殴ってたでしょ……」
千佳が呆れた風に言った。
そういえば、香澄の制服をめくり上げたときに右の脇腹に薄く痣のようなものが見えたのを思い出す。
香澄の身体に傷が残ったら勿体ないと愛咲は思った。
放課後、美術室に向かう愛咲を百花が呼び止めた。
香澄の様子を見に行こうという誘いだった。
「菱川さん、陸上部は行かなくていいの?」
「今日は休むことにする。香澄が心配だもん」
「心配って……十中八九あたしたちが原因でしょ。行って何するわけ? 学校に来るように説得でもする? 加害者のあたしたちが?」
「うん、そうなんだけど……。金曜はさすがに私もやりすぎちゃったかなって」
「はあ? 爪整えて、ローションまで持ってきといて、やりすぎちゃったはないでしょ。完全に最初からヤる気の人の装備だから」
愛咲が呆れた視線を投げると、百花はきまり悪そうに身をよじらせた。
「うっ、それはそうなんだけどね、終わってから頭が冷えたというか……」
「あーはいはい、藤崎さんで性欲を発散して冷静になったってわけね」
「か、香澄ちゃんがかわいいのがわる……違う違う、香澄ちゃんは悪くないんだ。悪いのは私たち……」
「あのさ、あたしたちって言うけど、あそこまで事態を悪化させたのは菱川さんだからね? ヌードデッサンするって計画だったのに、急にあんなことしてさあ、ほんと何してんの?」
「そ、そうだけど、香澄の身体に夢中になって止めようとしなかった青山さんも共犯だからね」
「む、夢中になんかなって……! はあ……もうなんでもいいや。べつに責任逃れするつもりなんかさらさらないっての。止めなかったのは事実だし。――行ってもいいよ、藤崎さんち」
「ほんと!? じゃあ、帰り支度するから待っててくれる? 愛咲ちゃん」
「何急に下の名前で呼んでんの?」
「だって私たち共犯者だから」
「まあいいけど、百花」
愛咲はいつも下りる駅の二つ手前の駅で下りた。
知らなかったが、百花と香澄は同じ小学校出身らしい。
一度も行ったことは無いけど家のある場所は知っている、と言って百花は愛咲を先導した。
「百花さあ……小学校の頃から藤崎さんのことストーカーしてたわけ?」
「ストーカーなんてしてないよ。帰りに声かけようか迷いながら香澄ちゃんの後についていってただけ」
「いやそれ完全に……まあいっか。で、声かけられずに中学三年まで遠くから見てたってわけね。そこまでくると、逆になんで中三になってから声かけようと思ったのか不思議なんだけど」
愛咲は右隣を歩く百花をちらりと盗み見る。
香澄以外の人間には初対面でも物怖じしないのに。
香澄をどもりながらカラオケに誘った百花が頭に浮かんだ。
「三年になってクラスが同じになって、それで席が前後になったからっていうのもあるんだけどね、その時点ではまだ、ただのクラスメイトのまま接するつもりだったんだ。でも岸本が香澄ちゃんと仲良くなり始めて、すぐ後ろから聞こえてくる二人の仲良さげな会話に、もう居ても立っても居られなくなって……。香澄ちゃんもなんで岸本なんかと……。あっ、ごめんね。愛咲ちゃんも岸本のこと好きだったよね?」
「まあ、そんなとこ」
正直なところ、愛咲は周りが思うほど岸本に入れ込んでいるわけではない。
好きかと言われれば否定はしないが、それは少女漫画のような燃えるような恋ではなく、流れに身を任せて行き着いた先が交際ならそれも悪くはない、といった消極的な感情だった。
学校での愛咲は、もっぱらそうやって周りが想像する自分を演じて過ごしている。
愛咲が唯一積極性を見せるのは、あの旧校舎の美術室にいるときだけだった。
百花が、ある一軒家の前で立ち止まる。
車二台分のスペースの屋根付き駐車場があるが、今は一台も駐車されていない。
百花が
しかし、応答はない。
「親は仕事でいないにしても、香澄ちゃんは家にいるはずだよね……」
百花は空の駐車場を見ながら言った。
愛咲が目線を上げると、二階のカーテンが微かに動いたのが見えた気がした。
「百花さ、家に
「えっ、これ以上罪を重ねるの?」
百花は信じられないようなものを見るような目で愛咲を見た。
百花にだけはそんな顔を向けられたくなかったが、言葉を飲み込み、さっさとやるように催促する。
少し待つと、玄関の扉が開き、部屋着姿の香澄が姿を現した。
グレーの部屋着っぽいショートパンツから伸びる香澄の白い脚を見て、あの日の香澄を思い出してしまい、愛咲は目を逸らした。
香澄は門のところまで来て、鍵を開け、二人を中に入れると、再び鍵を閉めた。
何も言わずに玄関に戻っていく香澄に、愛咲と百花はついて行った。