男の取り合いで負かした女が嫉妬に狂って悪戯してくる 作:あいだ子
「おじゃまします」
家の中に入って愛咲は挨拶をする。
「今誰もいないから」
香澄が感情の読めない声でそう言うと、隣で百花が唾を飲む音が聞こえた。
二階の香澄の部屋に無言で案内され、愛咲と百花はベッドに座った香澄とテーブルを挟んで向き合うように、カーペットの上に座った。
沈黙が落ちる。
それに耐えきれなくなったのか、百花が口を開いた。
「か、香澄ちゃん。あのね――」
「――よく来れたね。わたしにあんなことしといて」
香澄が百花の言葉を冷たく遮った。
「ごめんね……」
「ごめんねで済むわけない。わたしに……わたしを使って欲望を満たすなんてっ。自分が何したかわかってんの、百花っ」
「ごめ……あっ、えっと……。わかってる」
再び静寂が訪れた。
今度は愛咲が口を開く。
「あのさ、まず聞きたいんだけど、藤崎さん今日なんで休んだの?」
性的ないじめを受けたから休んだと愛咲たちは勝手に推測しているが、香澄本人からはまだ話を聞いていない。
百花は香澄がこのまま不登校になることを心配して愛咲を誘ってここまで訪ねてきたが、ただの風邪の可能性だってある。
「――じゃあもし青山さんがわたしにあんなことされたとして、今日学校に平気な顔して来れた?」
愛咲は想像した。
美術準備室の床に愛咲と香澄が向かい合って座っている。
お互いに一糸纏わぬ姿で、手を伸ばせば触れられる距離。
香澄は教室でよく見せる挑戦的な目で愛咲をじっと見つめてくる。
彼女の右手が愛咲の投げ出した左脚の太ももに触れ、ゆっくりと円を描きながら愛咲の中心へと向かってくる。
そしてついに――とそこで、愛咲は頭を軽く振り、イメージを頭の外へ追いやった。
「いや、あたしに聞かれてもそんなの想像つくわけないでしょ。ていうかそんな仮定の話は置いといてさあ、藤崎さんが休んだのが実際にあたしと百花のせいなのかを答えて欲しいんだけど」
「そんなのっ」
香澄はそこで言葉を切り、考え込むように俯いた。
そして顔を上げ、愛咲を見る。
その瞳は弱々しく揺れていた。
「わかんない……。朝起きたら学校行きたくないなって思って、気づけばママに嘘ついてた。熱っぽいから学校休むって。クラスの女子からシカトされたり、嫌がらせされたり、お腹殴られたり。全部平気だと思ってたけど、そうじゃなかったのかな……」
素直に愛咲に答える香澄を意外に思う。
ここに来るまでに想定していた香澄の態度は、怒りのまま愛咲たちを
「え、待って。殴られたって誰に? 香澄ちゃんに傷をつけるなんて許せないっ」
百花が憤る。
「百花がそれ言っちゃうんだ……。名前はわかんないけど、二人のうち片方はちかっちって呼ばれてた。たぶん青山さんの取り巻……友だちだと思う」
愛咲は今日学校で結愛と千佳から聞いた話を思い出した。
「それやったの結愛と千佳だと思う」
「まさか愛咲ちゃんが命令したのっ?」
百花が鼻息荒く愛咲ににじり寄る。
「信じろとは言わないけど、あたしじゃないよ。あたしがやったのはシカトと……美術室のあれだけ」
愛咲は香澄の目を見て答えた。
「うん、まあ、それはそうなのかな。美術準備室でお腹の痣を見られたときの反応からして、青山さんは関係ないのかなって思ってたし」
「ふぅん。――それで今痣はどうなってんの?」
愛咲が尋ねると、香澄は服をまくり上げ、自らチェックを始めた。
あんなことがあったのに躊躇なくお腹を見せる香澄に、愛咲の方がどぎまぎしてしまう。
香澄の白いお腹に目を奪われていると、隣から百花の唾を飲む音が聞こえ、愛咲は我に返った。
「うーん、まだ残ってるけどもうほとんど見えないかなあ」
香澄は服の裾を下ろし、ベッドに倒れ込んだ。
その拍子にまた裾がめくれ上がり、ちらりとへそが見えた。
寝転がって膝を立てるものだから、ショートパンツから太ももが覗く。
数日前に襲われた二人を前にしているというのに、その自覚が全く感じられない無防備な姿だ。
心がざわつく。
愛咲は努めて冷静な声で香澄に問いかけた。
「藤崎さんさ、もしあたしが、もう藤崎さんのこといじめないって約束したら……また学校に来る?」
香澄は寝転がったまま、愛咲を流し見た。
「青山さんが譲歩してるみたいになってるの、納得できない。いじめられてるのはわたしなんだからね? それにさあ、あの結愛とかいう暴力女はどうするの? 青山さん一人がやめたところでなんの解決にもならないよ。——そもそも岸本君の取り合いをするんだったら、最初っから他の子巻き込まないで、青山さんとわたしだけで決着つければよかったんじゃん」
香澄の声がだんだんと熱を帯び始める。
「じゃあ言わせてもらうけど、藤崎さんがあたしの方を生意気な目で見てきたせいで、あたしのグループの子たちの抑えが効かなくなったって知ってた? あたしがシカトを指示してみんなの溜飲を下げなかったら、確実に今頃もっとエスカレートしてたから」
愛咲が言い返すと、香澄はベッドから起き上がった。
「そんなの知らない。グループの他の子のことなんて興味もない! わたしは青山さんしか見てなかった! 青山さんがいじめをやめるかどうかなんて、しょーじきどうでもいい。約束するんだったら、青山さん以外の子がわたしをいじめるのをやめさせてよっ。わたしと青山さんの喧嘩でしょ? そしたら明日からでも学校に行ってあげるから!」
香澄は愛咲に向かって激しく不満をぶつけた。
その内容に愛咲は疑問を抱く。
「えっと……それってあたしからいじめられるのはいいって言ってるように聞こえるんだけど」
「ち、ちがっ……。わたしをいじめるなら、正々堂々と青山さん本人が相手してって言ってるの!」
香澄の言うことは明らかにおかしかった。
いじめに正々堂々も何もないだろう、と。
ただ、なんとなくわかったのは、香澄が愛咲を意識しているらしいということだ。
直接手を出した結愛や千佳をどうでもいいと切り捨てるのに、愛咲には敵対関係を望む。
その事実は愛咲の心に小さな火を灯した。
美術準備室での一件以来、ここ数日悶々としていた愛咲にはそれだけで大きな動機となった。
愛咲はにやりと口の端を上げる。
「そんなに言うなら結愛たちにいじめをやめるように言ってあげる。あたしも、もう藤崎さんをいじめるのやめるし」
「じゃ、じゃあ青山さんはもう、わたしに酷いことしないんだ?」
香澄が瞳を揺らす。
愛咲にはそれが、どこか物欲し気な表情に見えた。
「えー? いじめはしないって言ったけど、悪戯は別の話でしょ。ねえ百花?」
二人の口論を黙って聞いていた百花は、突然話を振られ困惑する様子を見せるが、すぐに顔を赤らめ、香澄の身体を嘗めまわすように眺め始めた。
「あ、そ、そうだよね。悪戯はいじめじゃないし。そうそう、悪戯はいじめじゃない。香澄ちゃんを愛でるためにすることだもんねっ」
香澄は百花の好色な視線から逃れるように身じろぐ。
愛咲と百花は示し合わせたように立ち上がり、テーブルを回り込んで、愛咲はベッドの頭側へ、百花は足側へと移動した。