【完結】届け、ホシガリスポーズ!   作:お菊さん

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ようこそ、初めてのガラルへ

 

さあ、あなたもやってみよう。

両手を固く握りしめたまま両腕を真っ直ぐ上に伸ばす。

ゆっくり手を下ろし始め、右の握りこぶしは右の頬に、左の握りこぶしは左の頬にくっつける。

そして渾身の大声で叫ぶんだ。

「――ホシガリス、ポオォズ!!」

 

 

 

 

 

 

届け、ホシガリスポーズ!

 

 

 

 

 

 

空港の搭乗ゲートをくぐり、生まれて初めてガラルの地を踏みしめた。

シンオウより温かく全体的に活気がある。あちこちから聞こえてくるガラル語に、改めて自分が本当にガラルに来たことを実感した。

 

シンオウ地方。ガラルとは土地柄も文化も言語も違う場所で、かの有名なカントーなんかとは同じ言語を使う。土地全体がやや寒冷で、最北端のキッサキシティにいたっては一年中雪が降る豪雪地帯だ。以前にはギンガ団という組織がひどいことをしていたが、チャンピオン・シロナ達によって組織は壊滅したと聞いている。

自分はそんなシンオウのノモセシティに住んでいる。近くにノモセ大湿原という有名な湿原があり、ポケモンと自然の保護及び研究が行われている。逆に言うと、それとジムしか名所のないめちゃめちゃ田舎だ。

 

 

 

 

「ようこそ、お客さん。空飛ぶタクシーは始めてかい? それならアーマーガアも始めてだね。見た目から凶暴に見えるかもしれないが、こいつは人懐こいから大丈夫さ。スピードはイマイチだが揺れは少ない、ゆったりした観光にはうってつけだよ」

 

ガラルに来たらまず探せと言われていた『空飛ぶタクシー』。空港を出てすぐに見つけた乗り場に近づいたら向こうから声をかけられた。黒光りする甲冑を思わせる羽をまとった鳥ポケモン、アーマーガアは主の言う通りだと言わんばかりに「カァ」と一鳴きする。ヤミカラスにどことなく似ているが、近縁種だろうか。

 

「それでどちらに? ジムチャレンジなら二日後開会式があって、その後から試合が始まるからそれまで観光? ……ほう、ラテラルタウンか。あそこには英雄の像があるからド定番だ。……ああ、人に会うのか。それでも見ていきなよ、かつてガラルを救った英雄達の像を!」

 

あれを見つけたソニア博士の本を読んだかい? などと続く運転手の会話を適当に相づちを打って聞き流していく。申し訳ない、観光に来たんじゃないし、歴史を知るために来たんでもないんです。

 

「また移動の必要があったらぜひこの番号にかけてくれ! スマホロトムに登録させとけば何かあってもすぐ呼べるからな!」

 

飛び去って行く運転手に頭を下げながら聞き慣れない言葉を反芻する。スマホロトム、スマホロトムか。……あいつ扇風機や冷凍庫だけじゃなくて、スマホにまで入り込んだのか。それにあの言い方だと、何匹もいるってこと? シンオウじゃあまり見つからないんだけど、やっぱり土地ごとの違いってあるんだなぁ。

 

 

 

 

 

「こんにちは。君、もしかしてマキシさんから連絡を受けた……?」

 

しばらく待っていると、近づいてきた人に声をかけられた。白髪の男性が黒と紫を基調としたユニフォームを着てこちらの様子をうかがっている。おかしいな、確かに自分はマキシマム仮面にここで人と待ち合わせるよう言われたけど、相手はジムトレーナーであってスポーツ選手じゃないはず。

 

そうそう、マキシマム仮面。有名な覆面レスラーでシンオウ地方ノモセシティのジムリーダー。水タイプのエキスパートにしてプロレスファンも抱える、我らがシンオウが誇るヒーローの一人。個人的なつながりはないけど、今回ガラルに来るために力を貸してくれた大恩人だ。

 

「私はレイジ。この街にあるラテラルジムのトレーナーだよ。シンオウと違ってこっちではトレーナーは公式戦の時、ユニフォームを着るルールがあるんだ」

 

レイジさん。確かに待ち合わせの相手の名前だ。生まれも育ちもガラルだけど縁あってマキシマム仮面と知り合いだったらしく、今回のジムチャレンジをフォローしてくださるのだ。そんな大切な人をジロジロ見てしまったことを詫びる。

 

「いいんだよ。土地が違えば文化も違う。さぁまずは私の家へどうぞ。ガラル以外の土地からのジムチャレンジャーは珍しいから、今から色々教えてあげよう」

 

そう。わざわざ遠いシンオウからここガラルに来た理由。それはここで行われている年に一度のジムチャレンジに参加するためだ。

 

 

 

 

レイジさんの家にお邪魔し、お茶をいただいてから本題に入る。まずレイジさんが渡してくれたのは白い封筒に入れられ、厳重に封がされた手紙。

 

「これが推薦状だ。いくらマキシさんがジムリーダーでも他地方だからね、推薦状は作れない。だから私名義で作っておいたよ。これをエンジンシティのスタジアムにいる受付に渡せば申請完了になる。なくさないように……って、10歳の子どもならともかく、君のような大人にわざわざ言うことではないね」

 

そう。自分は23歳、立派に仕事をしている大人だ。ノモセの近くにある飲食店スタッフとして、店長の手伝いとして日々料理を作っている。結婚はしてないけど独り暮らしをしてて、今も職場には長期休暇を取ってここに来ている。……ジムチャレンジ期間が終わったらシンオウに帰らなくてはならない。

 

「次にユニフォームだけど、チャレンジャーには無料で一着おそろいのユニフォームが配られる。……これだね、白いやつ。それとは別にガラルの各ジムはジム専用のユニフォームを販売してる。大人の君なら分かると思うけど、ジムの運営資金のためであり、同時に宣伝のためでもある。君が望むならウチのラテラルジムユニフォームをあげようか? ゴーストタイプのジムらしい配色だろう?」

 

なるほど、ユニフォームの真ん中にプリントされているマークはジムのロゴなのか。俗に言う人魂の形をしていたのはゴーストタイプだからか。この人には大変助けられている。ユニフォームはありがたく着させてもらうことにした。

 

「開会式には白い方を着るルールだから、公式戦の時からそっちを着るように。次にタウンマップは持ってるかい? ……なかったか。それならあげるよ。持っていきなさい。それとこれも。チャレンジャーに渡されるバッジホルダーだよ。ジムからもらったバッジはこれにはめておくようにね。それとスマホはあるかい? ……ロトム? ああ、入って無くても失格とかにはならないから大丈夫さ」

 

良かった。スマホにロトムが入ってなければならない、なんてことになってたらお先真っ暗だった。

 

「多少不便だけど活動できないことはないと思うよ。そういやシンオウにはそもそもロトムはいるのかい? ……いるけどスマホには入ってない。ふぅん、やっぱりポケモンは同じでも生態は違うんだねぇ」

 

レイジが「なぁ?」 と声をかけるとポケットからスマホが飛び出して「ロト!」と電子音で応えた。さすがはゴーストタイプ使い、当然ロトムも持っていたか。そんな視線を感じてか「スマホロトムはバトルに使わないよ」と教えてもらう。一切バトルはせず、日常のパートナーなんだそうだ。ガラルすごい。

 

「こちらから渡すものはこれで全部だけど、エンジンシティで買い物しておくものを教えるよ。バトルじゃなくてジムチャレンジに必要なものさ。本当は自転車が欲しいけどそれは無理だろう。となると必要なのは――、カレーだね」

 

……カレー?

 

「カレー知らないのかい?」

 

いやいや知ってる。良く知ってる。トレーナースクール生人気給食トップ10に入るみんな大好きカレーライス。でも何で今、カレー?

 

「ああ、ジムからジムへ移動する時大抵キャンプで食べるのがカレーなんだ。ポケモンも大好きだよ? 一緒にカレーを食べたイーブイがブラッキーに進化するなんて話もよく聞くし」

 

ポフィンは。 シンオウでポケモンとの絆を上げるって言ったらポフィンである。その文化は存在しないのか。せっかくポフィンケースと小鍋も持ってきたのに。

 

ちなみにポフィンはポケモン用の焼き菓子で、見た目は人間が食べるマフィンのような物。ただその生地に煮詰めた木の実を使うため、その木の実の出来に味が左右される。煮詰めるのが上手い人が作ったポフィンは高額だが買い手は多く、特にコンテストやポケウッドに出るポケモン達がコンディションを調整するために食べるのだ。

 

「ポフィンはないなぁ。木の実は人の敷地でなかったら自由に取っていいから作ることはできると思うよ。ただ、ワイルドエリアではカレーを何人かと作る方が効率がいいから覚えておくといい」

 

ワイルドエリア? その問いにレイジは含みを持たせた笑顔を浮かべ「その時になったら説明されるよ」とだけ告げる。今は入る資格がないらしい。どんな所なのだろう、ワイルドエリア。

 

 

 

 

「ということで、ここでできる説明は終わりかな。開会式は明後日だから、今日はラテラルジムが抑えてるホテルに泊まりなさい。明日エンジンシティに行って必要なものを買って受付をすませる。いよいよその次の日が開会式。そこから君のジムチャレンジが始まるんだ」

 

そこでレイジは一度呼吸を整えると、「最後に二ついいかな」と前置きした。続きを促す。

 

「マキシさんに聞いてるんだけど。君のジムチャレンジの目的がチャンピオンになることじゃなくて……、前チャンピオンのダンデに会うことだってのは本当かい?」

 

うなずく。

 

「そうか。今のダンデがいるバトルタワーに行くにしても実績が必要だから、ジムチャレンジで手っ取り早くその実績を作るんだね?」

 

うなずく。

 

「その……。どうしてダンデに会いたいのか、聞いても?」

 

申し訳ないが、言いづらい。別にやましいとか悪いことをするためとかじゃないのだが、涙を誘うような動機でもなければこれが本当に正しいのかも分からない。はっきり言えば、手紙でも済むようなことなのだ。

ただ、どうしても。どうしてもポケモンバトルという形を取りたかった。どうしてもトレーナーとして会いたかったのだ。

答えに窮していると「無理には聞かないよ」と気をつかってもらってしまった。

 

「最後の二つ目だけど。君のポケモンを見せてくれないかな。この歳までトレーナーをやってると、ポケモンを見ればある程度の人となりは分かるからね」

 

うなずいて腰に手を伸ばし、二つのモンスターボールを投げた。

 

「グレッグルと……、ええと、こっちのポケモンは? ガラルでは見たことないポケモンだね」

 

一匹目はグレッグル。どくづきポケモン。青い体、さらしを巻いたような胴、人のような二足歩行。ノモセ大湿原のマスコットポケモンでもある。

そして二匹目はこおろぎポケモン、コロトック。赤茶色の体にナイフのような二本の腕、こちらも虫でありながら二足歩行。確かにガラルにはいないポケモンだ。

 

「ふーむ、なるほど……。こっちのコロトック、特に君に懐いているね。付き合いも長そうだ」

 

その通り。コロトックは十年前からの付き合いだ。グレッグルは一年前に捕まえたので、確かに懐きは差が出ている。こればっかりは仕方ないことだ。

 

「ありがとう。もう私から言うことはないよ。ダンデはバトルタワーのオーナーになってからも度々他の場所で目撃されているらしい。君の目的が果たされるといいね」

 

ありがとうございます。お礼と共に、マキシさんに託されていたノモセ名物を渡す。湿原で土産物販売されている『グレッグルまんじゅう』だ。15個入りで、とても精巧なグレッグルの顔の形をしたまんじゅうに紫いもあんがぎっしり詰まっている。食べたときに口が紫色になる様子が毒の再現そのままと言われる、ある意味有名なお菓子だ。

 

「……素敵なお土産ありがとう」

 

明らかにひきつったレイジさんに向けて、グレッグルがとびっきりのウインクとサムズアップをかましていた。

 

 

 

 




主人公の性別はあえてぼかしてあります。
原作も男女選べるので、読み手の方に好きな性別を想像してもらえれば良いと思ってのことです。

また、レイジさんは原作ラテラルジム(盾)にいるNPCですが、この方だけオリジナル設定を付けさせてもらいました。公式設定ではないのでご容赦ください。

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