あれはダンデさんに会うよりもっともっと前。まだ10歳にもなってなかったと思う。家族で初めてイッシュ地方のライモンシティに行った時のことだ。あそこは巨大な遊園地があるので、たまの休みにと家族を連れてきてくれたのだ。
『お父さん、お母さん、どこ……?』
ところが遊園地で母とはぐれてしまった。父は別行動でポップコーンを買いに行っており、初めての場所で初めての外国、分からない言葉が満ちる場所で一人になったことでパニックになり、走り回って親を探して逆に自分がどこにいるのか分からなくなってしまった。
『うえぇぇん……。誰かぁ……。お父さんとお母さん連れてきてよぉ……』
壁際で座り込んで泣きじゃくっていたところに、遊園地のスタッフが声をかけてくれた。何を言っているかは分からなかったけど、服がスタッフのもので迷子センターのイラストが書かれた建物を指差していたので大人しくついていった。
『すみません、放送を聞いてきました、ここにうちの子がいるって……!』
館内放送が流れて15分ほどしてからだろうか、母ではなく父が迎えに来てくれた。母も私がいないとパニックになって遊園地を飛び出してバトルサブウェイの方まで探しに来てしまったらしい。母と合流した父が遊園地に戻って放送に気づいたということだ。
ただその時、異国の子どもを元気付けようと、遊園地の料理スタッフがたまたま昼時でまかないご飯が残っていたのを分けてくれていた。料理スタッフが必死の身振り手振りで『食べてごらん、おいしいよ』と示してくれたそれは今なら分かる、オムライス用のケチャップライスに唐揚げを乗せただけの余り物のご飯だった。それでも憔悴しきっていた子どもには人生で一番おいしい食事に思えたものだ。思わず顔を輝かせたらスタッフ達も喜んでくれたのを覚えている。
あの時の経験が料理人になりたいという夢を持つきっかけとなった。言語や文化の壁を超えて人を笑顔にできる『料理』を学んで、いつか同じように迷える誰かに食べさせてあげたい。その夢がガラルに来たことでより明確になったのは、嬉しい誤算としか言いようがなかった。
ここはナックルシティ。あれから無事にたどり着きポケモンセンターでポケモン達を回復させていると「ジムチャレンジ?」と優しいマダムに声をかけられた。毎年ジムチャレンジに挑む人と話すのが楽しみなのだという。
「まぁ、シンオウ地方からいらしたの。それは大変だったわねぇ。普段のご職業は? ……お料理を。素敵ね。ご専門は?」
いずれはガラルのカレーを扱う店を出したい、そしてポケモンバトルもやれる店にしたい、と話す。するとマダムは少し不思議そうな顔をした。
「確かあなた、シンオウにもそのようなお店があるのではなくて? 名前は……、そうそう『レストランななつぼし』。味にこだわりすぎのお店で、ポケモンバトルができると聞いているわよ?」
そう。その通り。シンオウにある『レストランななつぼし』は正にポケモンバトルもできるレストランなのだが、自分の夢とは相違点がいくつかある。一つは高級レストランなので万人向けではないこと。二つ目にバトルをしないと食事ができないということ。
マダムはご存知なかったが、シンオウには知る人ぞ知る『カフェやまごや』というバトルできる飲食店がもう一つある。店の在り方などはイメージに近いが、問題は商品がモーモーミルクただ一つきりだということ。店の規模など参考にならない部分が多い。帯に短し、たすきに長しだ。
「もっと気軽にというコンセプトをお持ちなのね。それなら、ブティックの隣にあるバトルカフェに行ってみたらいかが? マスターにお話を伺えば何か得られるものがあるかもしれないわ」
バトルカフェ? 確かエンジンシティにもあった店だ。経費削減のために入らなかった覚えがある。ここの他にシュートシティにも同じ店があるらしい。系列店があるほど人気店なら、たしかに経営のノウハウとか学べることがありそうだ。
「あぁ、それでも急いだ方がいいわよ? 初めての人はキルクスタウンに向かう水路で時間がかかるものなの。自転車がないなら手持ちになみのりができるポケモンが必要よ」
なみのりか。ルンパッパができるかもしれない。後で確認しよう。でも、もしかすると期間中に間に合わなくて必要なくなるかもしれない。そうならないことを願わずにはいられなかった。
「いらっしゃいませ」
バトルカフェにつき、入り口を開けると渋い男性の声が出迎えてくれた。店内はいくつかのテーブル席があり、入り口の向かいにはショーケース越しにマスターがいる。お客もそれなりに入っており、意外なことに男性客もそれなりにいる。
「ねえねえ、こっちのマカロンも食べてみなよ~」
「わ、私はいいです……」
「んもう、ウチらの前ではいいじゃん、スイーツ好きなんでしょ? それに今年は勉強優先でジムチャレンジ断ってるんだし、勉強には糖分が必要だぞ~?」
「うぅ、か、格闘ジムリーダーとして、あまり、その……」
女子学生達の可愛らしい声が似合う内装の店を進み、マスターの元へ。と、マスターの横でフワフワ浮遊しているポケモンがいる。見た目がまるでミルクのようなこのポケモンはもしかして……!?
「私のマホミルですよ。もしかしてマホミルを見るのは初めてですかな?」
これがマホミル……! 覚えておこう。とても可愛いミルククラウンの容姿をしたポケモンに笑いかけた後、こちらの事情を簡単に説明する。マスターは「なるほど」と言うと、店の奥から系列グループのパンフレットを持ってきてくれた。マクロコスモス・ライフという巨大企業の一部門が支援しているようだ。
「このお店のコンセプトや年間計画、経営方針なんかが載ってますよ。大企業の下でお店を開くんじゃなくて個人経営なら勝手は違うと思いますけど、こういう知識はあって損はないですからね」
なるほど。今の仕事先では経営についても学ばせてもらってはいるが、他の経営方針を知るのもまた勉強。ありがたくもらっておくことにした。
「それと、うちのコーヒーはヨシダ珈琲さんから、スイーツはアウローラさんから卸してますから、気になるならそちらにも話をうかがってみてください。これは個人的な教訓ですが、飲み物をバカにしちゃいけません。メインとデザートは良くても飲み物が貧相だとリピーター減りますからね」
うげっ、と心に言葉が刺さった。カレーならミネラルウォーターと子ども用にミックスオレがあればいいか、と簡単に考えていたためである。図星とはこのこと。マスターは意地の悪い顔をする。
「間違っても、ミネラルウォーターとミックスオレだけなんてダメですぞ?」
思わず「ひぇっ」と声が出た。
「兄者、今日の我らが王の予定は把握済みですか?」
「もちろんです弟よ。エレガントな我々に抜かりなどあるはずがありませんよ」
強烈な個性を主張する髪型をした赤と青のスーツを来た二人組を三度見しながらナックルシティを出た。ラテラルタウンへは六番道路の遺跡を抜けて行く。高低差のある道をひいひい言いながら進むと、一度見たことのある景色が広がっていた。ラテラルタウン。ついにここまで来たのだ。
「はい、それでは明日の午前の部でお受けします。健闘を祈っています」
ジムに行って予約をすると、翌日に受けられるとのこと。ターフタウンの頃よりずっと早くなった。それだけまだバウタウン以前をクリアできていないチャレンジャーがいるということ。自分はまだ大丈夫、今回も全力を尽くそう。
……そう、心のどこかで『大丈夫』と。思い込んでいたのだ。
翌日になり、ラテラルタウンジムのミッションがスタート。乗り物に乗ってピンボールのようにジム内を縦横無尽に動き回り、行き着く先でポケモンバトルをして先を急ぐ。
「おめでとう、きみの勝ちだ。あれからルンパッパも手に入れたんだね。いよいよ次はオニオンくんとのバトル。気合いを入れていくんだよ」
フワライドとゴーストを繰り出したレイジさんの激励を受けてジムミッションクリア。スタジアムに移動し、観衆の見守る中。
――オニオンに、敗北した。
主人公敗北でした。
才能のない普通の人を描く以上必ず訪れる壁なので、どう書いていくか悩みましたがまずは一言で。
才能や努力の限界がある日目の前に現れて、そこから動けなくなるのって、本当に怖いですよね。