「おーい、バイウールー、そろそろカレーできるぞー! どこ行ったんだー!? しかしひっどい吹雪だなぁ。ソニアの言ってた足跡は天気が回復したら探……!? え、人!? たたた大変だ死んでるのか!?」
グメェ、とバイウールーが首を横に振る。
「生きてるんだな!? じゃあ急ごう! 悪いけど二匹でテントまで運んでくれ!」
結論から言うと、あれはぬしポケモンではなくバイウールーというポケモンだった。フィールドワークに来ていたという少年に助けられ事情を説明し謝礼を払おうとすると「いいっていいって! それよりダイオウドウに追われたのに大きなケガもなくて良かったな!」と笑顔で言ってもらえた。いい人すぎる。
少年はカンムリ雪原にいるとても珍しいポケモンの生態調査に来たが、吹雪のためこの洞窟でキャンプしていたという。ようは似た境遇という訳だ。少し一緒にここで休ませてもらうために手持ちのポケモンを出したところ、コロトックがまたしても絡まれたのはソニアを思い出させた。
「ところであの野生のアブソル、よっぽどマフラー気に入ったんだな。首に巻いて離さないぞ」
そう。何の因果か普段の行いの賜物か、ダイオウドウから自分を助けてくれたのはアブソルだったのだ。白い体毛、引き締まった四つ足、顔の右側に紺色の角が一本だけ伸びているそのポケモンは、エンジンシティで買ったマフラーを器用に首に巻いたまま、今も逃げずに伏せの姿勢でこちらを見ている。その割には近づこうとするとウルル、と威嚇されるのだが。
「……そういやさっきチラッと見えたんだけど、あのアブソル首に大きな古傷があるんだ。それを見られたくなくてマフラー借りてるのかもしれないぞ。伝承通り災いから助けてくれたんだし、あげてもいいんじゃないか?」
アブソルの『わざわい』ポケモンとは、アブソルが現れると災いが起こると言われたからだ。その実態は角で災害などを察知し、先んじて人に知らせようとするからだと今では解明している。自分もそれで助かったのだ。命の恩人、いや恩ポケだ。
「俺はカレー食べたらここ離れるから、この場所でキャンプやってていいぞ。吹雪も落ち着いてきたみたいだし。……え、このカレー? 寒いとこなら絶対コレ! 体ポカポカ辛口スパイシーカレーだ! ……スパイスの成分? ビンのラベルに書いてあるから、好きなだけ見ていいぞ」
ありがとうと礼を言って別れた。初めて顔を見た時ダンデさんに似てると思ったけど、初対面の子にまで重ねてしまうとか失礼だ。そんなに会いたいのか、いや会いたいけど。
さて、残ったのはアブソルだ。カレーを食べに来なかったが逃げる様子もない。コロトック達を下がらせてから、ホテルでやったように自分の意思を正直にアブソルに伝えてみることにした。
ジムチャレンジの戦力として力を貸してほしい。可能ならその先シンオウ地方で店を開く時も一緒にいてほしい。もしそれらがダメでも、そのマフラーはあげる。
アブソルはじっと見つめながら話を聞くと、ゆっくりと立ち上がってついてこいと言うように洞窟から出ると、雪の上で四肢に力を入れ牙をむき出しにして戦闘態勢をとった。捕まえたければ力ずくでこい、ということか。グレッグルがずいっと前に出た。さすがは手持ちきっての戦闘好き。なおヨクバリスはまだ足りないのかさっきからずっと氷をかじっている。お腹壊すなよ。
「ウルルッ!」
「グレッ!」
アブソルが飛びかかり爪で切り裂こうとするのをかわし、どくばりを放つ。身をよじって回避したアブソルが後ろ足で雪を蹴り上げて簡易煙幕に隠れる。グレッグルの行動が一瞬鈍った隙に煙から飛び出しグレッグルの顔面を前足で打ち、付けていたピントレンズをどこかに弾き飛ばした。あれは『はたきおとす』の技だ。
「グレグレ……」
グレッグルは得意の『ちょうはつ』からの『ふいうち』に持ち込もうとするが、ちょうはつの視線を逸らされ回避される。仕方なく作戦を変更しどくばりを撃ち込もうと腕を振るうが、まるで最初からそう行動すると分かっていたかのようにグレッグルの手を頭の角で止めたではないか。驚くグレッグルに目にも止まらぬ早さで体ごと突っ込んだ。
「ウルルゥ!」
『みきり』からの『でんこうせっか』だ。一瞬ぐらりと揺れるグレッグルにアブソルが浅く息を吐く。だが、ニヤリと笑うのを見てアブソルは気づいた。身体をがっちりと掴まれていて動けない。『リベンジ』だ。
「――グレッ!」
グレッグルはアブソルを腰から持ち上げ、自分の頭上を通して後方に投げ落とす。ナゲキというポケモンが得意とするともえ投げの要領だ。ギャンと甲高い鳴き声と共に距離をおくアブソル。格闘タイプの攻撃は悪タイプに抜群に効く。うかつに接近すると危険と判断したのか、隙を伺って間合いをとっている。と、くわえていた何かを目元に装着した。
「ンッパ!」
それはグレッグルからはたき落としたピントレンズ。さっき投げられた時に拾ったらしい。急所に当たりやすくなるアイテムだ。ルンパッパがさすが! と言いたそうにサムズアップをアブソルにした。当のアブソルは何とも言いがたい顔をしているが。
このアブソルの特性はおそらく『きょううん』。この特性だけで攻撃が急所に当たりやすくなる。ピントレンズもまた急所に当たりやすくなる道具なので、今のアブソルは本来よりも攻撃が急所に当たりやすくなっているということだ。
「グレ……!」
警戒するグレッグル、それでもリベンジ狙いで腰を落とす。それを見たアブソルは思いきって飛びかかり、鋭い爪で切りかかる。互いに長期戦はないと判断したのだろう。渾身の一撃だ。アブソルの爪はグレッグルの腹部を切り裂いた。グレッグルはよろよろと千鳥足になり、手を伸ばしてリベンジを発動しようとしたが、痛みが上回って仰向けに倒れてしまった。本当に急所に当ててきたらしい。さすがである。
「キリリ、キリ?」
戦闘が終わったと判断し、ずっと黙って見ていたコロトックがアブソルに声をかける。アブソルもそれに応え、何か会話をしているようだ。その間にルンパッパがグレッグルを助け起こしている。なおヨクバリスはふてぶてしい顔の眉間に深くシワを刻みながら両手で土を握りしめ、前屈みになったままピクリとも動かない。冷や汗が額を一筋伝っている。……やっちまったか。
「キキリ」
コロトックが荷物の側に行き、いつもポフィンケースを入れているポケットを手で示している。ポフィンか? 示されるまま取り出すと、コロトックはアブソルに目を向けた。なるほど、アブソルにあげればいいのか。ポフィンを二個取り出すと、皿に乗せてアブソルから少し離れた所に置いた。その間も警戒していたアブソルだが、ゆっくりと皿に近づいていく。
「バリスッ……! バッ……、バリ……ス……!」
ポフィンに向かって這いずって進もうとするヨクバリスをルンパッパとコロトック、そして弱っているグレッグルが三匹がかりで必死に止めている。おいおいホシガリスの頃はそこまでじゃなかっただろう。何がお前をそこまで食の権化へと駆り立てた。……顔の青さと冷や汗の多さから本気でまずいと判断し、胃腸薬をヨクバリスの口に叩き込んでおいた。
「…………。ウルル……」
アブソルはためらわずそっとポフィンを口にした。ん、と思う。ガラルのポケモンはポフィンを知らないことが多いので、ルンパッパも最初は警戒したのだがアブソルにその様子はない。もしかしてポフィンを食べたことがある?
そんな思考をよそにゆっくりとポフィンを食べ終わると、アブソルがとても静かで悲しい声を出した。その目が潤んでいるようにも見える。
……もしかしたらこのアブソルはシンオウからこの土地に来て、首の傷が原因かは分からないけど、ひどい形で捨てられたのかもしれない。それでも人間への情を捨てられず、もう一度と言う目の前の人間のことを見極めたかったのかもしれない。アブソルにとって、ポフィンは懐かしいものだったのだろうか。だからあんな声を出したのだろうか。
もしポフィンがアブソルの何かを変えてくれたとしたら、それは言語も文化も、そして種族も越えて、料理というものが一つの縁を結んでくれたのではないだろうか。そう思ったらまた涙腺が緩む。大人になると一度涙が出ると止まらなくなるから困る。目をこすっていたら、足元にすり寄る影。アブソルがこちらを見上げている。表情は柔らかく、触っても逃げなかった。
「バァリィスゥ!」
あ、ヨクバリスが元気になった。元気ついでにポフィンをよこせとジェスチャーで訴えてくる。芸達者になったな、お前。ちょうど良い、みんなでポフィンを食べよう。
さあ、ついに悪タイプを手に入れた。待っていろラテラルタウン。リベンジマッチだ。
今回もちょっと短め、アブソル加入回です。
アブソルかっこいいですよね!
次回はがっつりバトル回の予定です。