青い空、白い雲。絵に描いたような晴天。漂うのはカレーの匂い。ワイルドエリアのうららか草原は本日も平和である。だが、ここにある一つのテントでは主とポケモンがそろってごくり、と唾を飲み込んでいた。
紅色の雲をまとった、巨大なカレー。
キョダイパウダーで作ったカレーを見て即断する。これは、店に出すもんじゃない。
ラテラルジムクリアの翌日。再びエンジンシティに戻り、そこからワイルドエリアでキャンプをしていた。今日は一日ここでカレーの研究をして過ごす予定だ。ジムチャレンジの最中ではあるが、ポケモン達を休ませる必要があると判断したからだ。
オニオンさんとのバトル。全員が全力を出して、かろうじて掴んだ勝利だった。もう一回同じメンバーで戦ったら間違いなく負ける。オニオンさんの手持ちを知ってて、アブソルがいたから勝てた戦いだった。
『ゴーストの弱点、あくタイプばっかり捕まえて行けば楽に勝てたのに』
本来はそうすべきなのは分かっている。その時の手持ちで勝てないならメンバーを整えて挑み、勝つ。今回はあく、次のジムはまたポケモンを調整して挑む。それなら勝てるが、それは理想論だ。そこにかかる費用と捕まえたポケモンをすぐに懐かせる才覚とタイプや特性が分かる知識があれば、できるだろう。
自分はそこまでのトレーナーではないし、そこまでになるには時間がなさすぎる。
第一に、道中もトレーナーに負けたりバイトをしたり、オニオンさんのジムチャレンジでもリトライしたりと順調とは言えなかった。このペースだと次のジムが一発で勝てても次の次までしかいけない。ジム攻略の準備に時間がかかるなら次が限界だ。
第二に手持ち。確実に勝ちたいなら、ヨクバリスとコロトックを外すべきだろう。もっと戦闘に特化したポケモンを探して捕まえる必要がある。それこそシロナさんのガブリアスやダンデさんのリザードンのように。じゃあ入れ替えるヨクバリスとコロトックは逃がすのか? それは嫌だ、でも何匹も育てる金も環境もない。それを打破する方法も、またない。
「キリリ?」
カレーを食べる手が止まっていたのか、コロトックが声をかけてきた。見ればみんな心配している。キョダイマックスカレーを食べるのに躊躇してると思われたのだろうか。確かに躊躇しても仕方がない威圧感ではある。ごめんね、考え事してただけと告げると安心したのか食事に戻っていった。……やっぱり今のメンバーを替えたり逃がしたりはしたくない。この先お店を開く時にも一緒にいてほしい。
だからとダンデさんに会わずに帰るつもりはないし、この先のジムチャレンジを諦めるつもりもない。でも、今のままで次のジムに勝てる可能性は限りなく低い。オニオンさんとのバトルは、それを痛感させられた一戦だった。だったら何ができる。同じ負けるにしても、やるだけのことをやってからじゃないと踏ん切りがつかない。
『ポケモンセンターに技を思い出させてくれるスタッフさんがいるよ』
前にどこかの町で聞いたことは引っ掛かっていた。ポケモンの思い出し技。ポケモンは戦いの中で複数の技を習得していく。でも、十や二十の技の中から一つを指示されてとっさに使おうとすると、なかなか思い出せない場合があることが研究で明らかになっている。基本的に四つまで、四つまでならスムーズに行使できるのだ。その普段は覚えさせてない技を思い出させるのが思い出し屋である。
それと、わざマシンとわざレコード。前にここでゴーストとあくタイプを探して戦ったりした時に、少しだけ手に入れた分がある。これらを駆使してある程度対策された技に変える必要がある。後はフェアリータイプの調査。シンオウにはフェアリータイプはほとんどいないので全く知らない。どこかで知識を得ないと有効打すら分からない。
『トップトレーナーというのは絶え間ない努力、神に愛された才能、そして天に祝福された運の三つを持ち合わせた人間なんだ』
父の言葉がよみがえる。今ならより分かる、それがどれだけ恵まれたことか。それを持ち得ない自分でもやるだけやって、それからシンオウに帰ろう。何かしら動かないと、ダンデさんに会うこともきっとできないから。
よし、気合い入れよう。キョダイマックスカレーを一口。うーん、インパクトと食べたことのない味はポイント高いけど、それだけ。やっぱり店には出さない方向で。
一日キャンプで過ごし、夜はスボミーインでゆっくり静養した翌日。本屋とCDショップの併設された大型店舗で目当てのものを見つけた。ガラルカレーの歴史の本とレシピ本。あと、かつてフェアリージムリーダーだったポプラさんの名バトル集DVD。
「お買い上げ、ありがとうございました」
ずっしりと重たくなった荷物に満足する。これは今必要なものと、未来に必要なもの。ジムチャレンジが終わったからって全てが終わる訳じゃない。そのためにこのガラルでできることを、後悔しないためにやれるだけやっておきたい。……ガラルに未練を残さないために。
「キリリリ」
いつの間にかボールから出ていたコロトックが一度腹を鳴らす。それは勇壮だけど、どことなく悲しいメロディ。さすが相棒、分かっている。それは激励だ。『後悔だけはするな、きっとダンデさんに会うために』。すっからかんになった財布を握り、コロトックとハイタッチ。その足である場所に向かった。
「これに決めるロト?」
ポケモンセンターにあるパソコンと融合したロトム、通称ロトミ。そこにアクセスするとポケモンの力を借りて仕事をしたい企業からの求人ならぬ求ポケ情報が見られる。それがポケジョブ。ポケモン達も少し成長できるし賃金ももらえると聞いたので、今回はこれを利用することにしたのだ。
「選んでるのはターフ農場の収穫手伝いだロト。むしタイプを募集してて七匹まで一緒に手伝いに行けるロト。じゃあ、行ってくるロト!」
手持ち全部をパソコン転送してもらう。期間は一番長い一日を選んだ。久しぶりに手持ちが一匹もいなくて心細くなるが、そうも言ってられない。自分は自分でキルクスタウンにある『ステーキハウス おいしんボブ』で日雇いしてもらい、肉の大切さをこんこんと説かれながらバイトした。
「だから、今年は僕の方針に文句を言わない約束でしょう? 今もジムチャレンジは順調です。だから僕のスタイルに口を出さないでください」
「何言ってるのさ、口を出してるんじゃないよ。助言をしてるの。もう少しジムトレーナーにレベル高いポケモンを出させても大丈夫なんだって。ネズくんが降りてからジムチャレンジ七番目を担当するの、初だろう? 去年はあたしがやったし」
「そうですよ、そうですけど現状で問題ないって言ってるんですよ」
本日の昼は一時間だけ貸し切りとのことで、なんとこの街のジムリーダーが女性と口論しながら食事してる。岩がどうとか氷がどうとか運営がどうとか。あの女性、何者なんだろう。
翌日ロトミからポケモン達を受け取ると、賃金と共にレトルトカレーをもらった。気前良いな、ガラルの企業。それともう一つびっくりしたことが起きたけど、それは後で確認しよう。
と、急にスマホが着信を告げた。相手は『防波亭』だ。電話に出ると、急いで来てほしいとのことで飛んでいってみる。
「ごめん、急遽ヨロイ島に行ってほしいんだ。マスタード道場の女将さんにお弁当30個頼まれてて、運べる人がいないのよ。てことで前払いとチップと君の分のお弁当とカレーに使うしっぽのくんせい。……もちろんヤドンのしっぽだよ。ヨロイ島にはたーっくさんヤドンいるから、君にも損はないんじゃないかな? んじゃ出前よろしく~!」
……調子いいなこの人!
でもヤドンのしっぽは気になる。前金もたんまりもらったし、現地の人にもヤドンのしっぽの流通聞いておきたい。ええい仕方ない、いざヨロイ島へ!
原作主人公が快進撃を続ける裏には、きっとこうやって立ち止まったり悩んだりする人がいたと思うんです。
大人であればあるほど縛りが増える。
ヨロイ島が終わったらクライマックスも近くなります。
そこまでお付き合いいただけますと幸いです。