十年前、シンオウ地方。
『皆様、大変お待たせいたしました! いよいよエキジビションマッチが始まります! 今回は共に若くしてチャンピオンの座についた、天才同士の対決となっております!』
スタジアム中に歓声が響く。誰も彼も、瞳を輝かせてトレーナーの入場を待っている。隣に座ってるお父さんはすでに涙を浮かべながら『シロナ』と書かれたうちわを握りしめている。そんな父を母が般若の形相で眺めている。
『まずは我らがシンオウが生んだ才媛! 考古学者でありながらチャンピオンの座を守る、シンオウ最強のトレーナー、シロナァァッ!!』
大歓声と共に入ってきたのは長い金髪を揺らす女性、シロナ。隣からうおぉという嗚咽が聞こえてきた。これはお父さん、一ヶ月は家事全部やらされるな。
『対するチャレンジャーはガラルが産んだ奇跡の少年! 公式戦デビューの年にチャンピオン就任、以後防衛成功記録を更新中! ガラルポケモンリーグ委員会委員ローズ氏も見守る中、入場するは、新進気鋭の若き天才、ダンデェェッ!!』
おおお、と会場が沸き上がる。シロナの相手にとって不足なしと判断されたからだ。わざわざガラル地方から応援に来た人たちもいるらしく、聞き慣れない言葉も耳に届く。
「まぁ、カワイイ顔した男の子ねっ! あなたより少しだけ年上ってとこ? ……あら? そんな驚いた顔してどうしたの?」
――あのダンデさん、さっきまで一緒だった。
この返答を聞いてポカンと口を開けていた母を、今でもよく覚えている。
ガラルに着いて二日目。ラテラルタウンを出てエンジンシティへ。レイジさんが呼んでくれた空飛ぶタクシーでたどり着いたそこは、ラテラルタウンと違って都会だった。田舎者の自分にはラテラルタウンの方が落ち着く。
「いらっしゃいませ」
トレーナーグッズ専門店に入る。そういえばさっき昇降機に乗ってみたが、思ったより勢いがあってびっくりした。吹っ飛ばされるかと思った。
「カレー鍋ですか? こちらのキャンプセットの中に入ってます。テント、鍋、調理器具一式、寝袋、あとウチのイチオシ、トロッゴン製石炭ですね。着火しやすいのでこれがあればカレーがすぐに適温になりますよ!」
手痛い出費だ。社会人トレーナーは親からの仕送りなどないので、自分の財力でジムチャレンジをしなくてはならない。特に自分のような他地方の人間は帰りの交通費もバカにならないので、節約しなくてはならないところにコレである。
「ジムチャレンジ期間のホテルですか? 確かにスボミーインは無料提供されますが、毎日律儀に戻る人は少ないですよ。基本的に道中でポケモンを捕まえたりバトルしながら進むので、キャンプで寝泊まりしながら町から町へ移動しますね」
そりゃそうだ。自分も一度だけジムバッジを集めようとしたことがあるが、ジムからジムへの道中出会うポケモン、トレーナーなどとの戦いを経て強くなるのは大切なこと。キャンプのための金を浮かせてホテルから最短距離でジムを巡ってもいいが、ポケモンの成長は間違いなく阻害されるだろう。
「お買い上げありがとうございました!」
爽やかな笑顔の店員に見送られ、重たくなった荷物を見る。大丈夫、シンオウに戻ったらこのキャンプセットで湿原キャンプしよう。そうすれば無駄にならない。そうさ、未来への投資だと考えれば大して高い買い物じゃない。うん。……うん。
「いよいよ明日、ジムチャレンジの開会式だ! 望遠レンズは持ったかい? お気に入りのジムリーダーを間近に見るチャンスだよー!」
露店のおじさんが声を張り上げている。そうだ、明日だ。明日からとうとうジムチャレンジだ。このジムチャレンジ中にダンデさんに会えなければ、ほぼ自分の望みは絶たれることになる。
「キリリ!」
「グエロッ」
町中の公園、人気の少ない場所でポフィンケースを取り出した。そしてコロトックとグレッグルをボールから出す。前祝いだ、作っておいたポフィンをあげて士気を高めてもらおう。蓋を開け、一つ取り出してグレッグルに。
「グエグエ」
ニコニコ笑いながらポフィンをかじる。次はコロトックだとケースの中に指を入れるが空を切る。あれ、落としたかな。地面を見ても落ちていない。
「キリ、キリリリ!」
珍しいコロトックの激しい声を受けて顔を上げれば、コロトックが鋭い腕で何かを押さえつけていた。灰色の毛が生えたソレは、押さえつけられるがままにピクリとも動かない。
「キリリ! キリリリ!」
声を聞けばだいたい分かる。どうやら捕まえたそいつがポフィンを盗んだらしい。それを見つけたコロトックがとっさに押さえつけたのだ。自慢じゃないが料理だけではなくポフィン作りにも自信がある。今回作ったオボン味ポフィンはコロトックの大好物で、だからこそ怒り心頭、命令も無しに動いたのだろう。
怒るコロトックを見て、グレッグルが半分くらい食べかけのポフィンをコロトックに差し出そうとしている。大丈夫だグレッグル、気持ちは嬉しいが毒タイプのお前が食べたポフィンをあげたらコロトックが瀕死になる。だから安心して全部食べてくれ。
「グレ……」
申し訳なさそうにゴクンと飲み込み、コロトックが押さえつけていた下手人をグレッグルが持ち上げる。ようやくこそ泥の顔を見ると。
ほおぶくろをパンパンに膨らませたまま長い尻尾を丸めた灰色のポケモンが、キラキラと輝く瞳をこちらに向けていた。
「キキキィ……」
口の回りにポフィンの食べかすを付け、ほおぶくろから少しずつポフィンを飲み込むたびに味に感動しているのか体がブルッと震えている。最初は輝いていた目もしだいに恍惚に満ちた濁った目に変わってくる。なんだこいつ、泥棒のくせにちょっと嬉しい反応をするじゃないか。思わず照れてしまった。
「…………」
まずい、コロトックがシザークロスの構えをしてる。目が尋常じゃないくらい鋭い光を宿してる。――主ともども殺す気だ!
「キキィッ」
気がついたらほおぶくろの中身がなくなったようで、両手でほおぶくろを優しく撫でながら満ち足りた表情を浮かべている。そのポーズが妙に印象に残った。と、次の瞬間そいつはグレッグルの腕から飛び出すと、一直線に旅の荷物の中に飛び込んだではないか。ポフィンを取り出す時にチャックを開けたままだったのが災いした。
「キリリリィ!」
「グレ、グレェッ!」
シザークロスを発動する寸前、グレッグルがどうにかコロトックを羽交い締めにする。あ、危ない、そのまま発動したら例のこそ泥がミンチになる上に公園中に荷物が散乱してしまう。もう一度キャンプセットを買うのは勘弁願いたい、余分な金はないんだ! 助かったぞグレッグル!
「キキッ」
リュックからお騒がせポケモンがピョコンと顔を出す。残念だな、鞄の中にはさっき買ったキャンプセットに付随しているカレールーくらいしか食べ物はない。だからお前がいくら探してもポフィンはないのだ、ざまあみろ! と笑おうとした顔がひきつった。
……そのポケモンが手にもっていたのはカレールーではなく、空のモンスターボールだったのだ。
「キッ!」
待て待て待てこっちは金欠だからたくさんのポケモンを育てることはできないしこのジムチャレンジ期間も最高六匹まででどうにかやりくりしないといけないうわあぁあアイツ自分でモンスターボールのスイッチ押して中に入ったぁー!
ピコン、ピコン、ピコン、……パチッ。
お決まりのゲット成功を示す音を鳴らし、モンスターボールは非情にも泥棒の住みかとなってしまった。一瞬の出来事にコロトックもグレッグルも、そして自分も固まって動けない。しばらく放心した後、ゆっくりと顔を見合わせると、はぁ、と悲しいため息をもらす。
「グレ……」
コロトックを解放したグレッグルがモンスターボールを拾ってきてくれる。今回の旅、金銭的事情はあれど確実にジムチャレンジをクリアするために手持ちを増やしたいと思ってたのは事実。とんでもない形ではあるが記念すべきガラルゲット第一号とさせてもらおう。
「キリ! キリ! キリー!」
コロトックが両腕で腹をかき鳴らし、かなりパンクな感情を訴えてくる。ごめん、食べ損なったポフィンはホテルで作り直して改めて食べよう。
「キキーッ!」
その瞬間ボールから飛び出し喜び勇んで駆け回る謎のポケモン。そんなに気に入ってくれたのか。こいつがやったことは泥棒だけど、その反応は料理をする者には効果バツグンなのが辛い。結局我慢の限界を超えたコロトックのうたうを受けて爆睡した新しいポケモンを連れて、ホテル・スボミーインに向かうことにしたのであった。
そのうちバトルも書いてみたいですね。
ジムチャレンジ始まったら挑戦してみたいなぁ。