『いよいよ今年のジムチャレンジ、泣いても笑ってもあと一戦となりました! チャンピオンの座をかけて戦うのはこの二人! 一人目は現チャンピオン――』
ガラルで今年最も強い二人のポケモントレーナーが入場する。この試合が終われば、ジムチャレンジは終わるのだ。
『はい、こちらシュートシティのスタジアム前から中継です! ご覧下さいこの人の数! スタジアムの中も外も今日の試合を待ちきれない人々でいっぱいです! 誰かにインタビューしてみましょうか……、あっ、ジムチャレンジャーの方がいますね、でもガラルのご出身ではなさそう……。すみませーん! 少しよろしいですかー!?』
綺麗な女性がカメラマンを引き連れてすっ飛んできた。コワイ。生中継、何それ、あああ緊張して何言えばいいのか分からない!
『シンオウからいらしたんですか! アラベスクタウンジムで敗退、惜しかったですね! ぜひまた来年もチャレンジしてください! ガラルは待ってますよ~! ……はい、貴重な別の地方の方のお話でした! では次は~!』
インタビューから解放され千鳥足で歩いていると「良いコメントだったボルよ」とボール人間に誉めてもらった。何なんだろうかこのコスプレ。ちらっと見ると他のテレビ局の中継も入っているようだ。また捕まってたまるかと慌てて席へ向かう。
セミファイナル、つまりジムチャレンジャーの中で一番強いトレーナーを決める戦いが終わり、正真正銘最後のバトルであるファイナルリーグを見るためスタジアムは満員御礼だ。この戦いに臨むのはチャレンジャー代表を除くとジムリーダー九人。
ヤロー、セイボリー、クララ、ルリナ、オニオン、ビート、マリィ、マクワ、そしてキバナ。
チャレンジャー入れた十人を勝ち抜いたたった一人がチャンピオンに挑む資格を得る。その半数は一度は戦った相手だ。だが、彼らが試練としてのジムリーダーであったことを、試合が始まると嫌というほど思いしらされることになる。
「やれ、ルンパッパ! ねこだまし! ひるんだ隙を逃しちゃいかん! たきのぼりで打ち上げるんじゃ!」
ヤローさんがルンパッパを使った時は、同じポケモンを持っているのに全く違う使い方で正にトレーナーとしての差を突きつけられた。あまごいをしなくても先制をとって試合の流れを引き寄せ、たきのぼりにつなげている。そんな発想したこともない。
セイボリーさん、ルリナさん、オニオンさん、ビートさんもジムバトルとは違ったポケモンを使い、より思考の先を見据えた指示を出している。それらに感心し始めた自分自身に気付き、あっと小さな声を出してしまった。少し前までの自分なら何か吸収できるものはないかと探していたはずだったからだ。
「さぁやるよ、ドクロッグ! ドレインパンチで回復しながら反動で距離をとる! よかよ!」
スパイクタウンジムリーダーだというマリィさんも自分の手持ちと同じドクロッグを持っていた。動きのキレが別物だったがそれに嫉妬することもなく純粋にすごいと思える自分がいる。そのマリィさんは今年のファイナルリーグを勝ち、今からチャンピオンと戦うことになっていた。
「今年も素晴らしいバトルばかりですね。ダイマックスも落ち着いてますし」
「そうですね、おばあさま。あ、これが終わったらホップがカンムリ雪原で調べてきたことについてお話したいんですけど、いいですか?」
「ええ。あなたも彼もがんばりますね。無理はいけませんよ」
なんか聞いたことあるような声がしたけど、思い出せない。誰だったっけ。
「モルペコ! きばっとよ! オーラぐるま!」
マリィとチャンピオンの試合が目まぐるしく進む。彼女達の目には何が見えているのだろう。最後は互いにキョダイマックスのぶつかり合いになり、結果はチャンピオンの勝利に終わった。父がトレーナーを諦めた時の気持ちが今なら分かる。この頃にはすでに、他の観客のように純粋に楽しむことができていた。
『来年のジムチャレンジはどのようなドラマが待っているのでしょうか! 全てのジムチャレンジャー、そしてジムリーダー、チャンピオンに改めて拍手を!』
わあああ、と割れるような拍手。自分もまた笑顔で拍手を惜しむことはしなかった。この拍手は昨日までの自分、『ポケモントレーナー』の自分へ送る決別の拍手なのだから。
試合が終わっても、しばらく立ち上がることができなかった。終わった。終わったのだ。ジムチャレンジが、ガラルでの旅が終わったのだ。ダンデさんに会うという最大の目標を果たせないまま、明日の午後飛行機でシンオウに帰る。
それでも不思議と心が落ち着いているのは、昨日ポプラさんに夢への指針を改めて示してもらえたからだろう。料理人とポケモントレーナーの二つをどうするのか。自分が選んだのは料理人。その夢を叶えるためにこれから進むのだ。
「……もしもし。具合が悪いんじゃないなら、あなたもそろそろ帰られた方がいいと思いますよ」
はっと顔を上げると隣に座っていた人が声をかけてくれていた。見れば同じように残っていた客がスタッフに帰宅を促されている。
「大丈夫なようですね。良かった。では失礼します。……ローズ委員長の配下じゃないスタッフに声をかけるの、オリーヴ、無理」
お礼を言って立ち上がると、女性は足早に去っていった。最後の方は何を言ってるのか聞き取れなかった。何だったんだろう。
帰るために人もまばらになりかけているスタジアムの連絡通路を抜ける。と、観客にぶつかって転んでしまった。幸い互いにケガもなく謝り、立ち上がってふと強烈な違和感に気づく。
腰のモンスターボールが一つ足りない。
チェックするとシンボラーのボールがない。今のどさくさに紛れて腰から外れてしまったようだ。あちこち視線を動かすが見つからない。その時通路の奥からシンボラーの特徴的な鳴き声が聞こえた。慌てて駆け抜ける。そこには自分のボールから出ているシンボラーと、ボールを持ちながらシンボラーを優しく撫でている男性の姿が。それを確認した瞬間、心臓が止まった。
「やあ、すまない。君のシンボラーか? ボールだけ落ちてたから中を確認したんだ。安心してくれ、何もしてないさ」
菫色の長髪、蜂蜜色の瞳。紛れもない、ダンデさんがそこにいた。
「良い生育環境のシンボラーだ。毛……はないけどさわり心地がとても良い。自分に合うものを食べさせてもらってるんだな」
「□◇☆◎」
「そうかそうか、満足か。良い主に恵まれたな。さあそっちに戻るんだ。さっきから主人が固まって動かないぞ?」
動かないのではなく動けない。あれほど追いかけ、焦がれ、手を伸ばした人が、今ここにいる。絶好のチャンスだ。
あなたに忘れ物を届けるためにジムチャレンジに参加しました、ポケモントレーナーとして会うという約束を守りたくてここまで来ました、アラベスクタウンジムで負けたけど頑張ったんです。
「さあ、シンボラーのボールだ。大事なポケモンなんだろ? なくさないように気を付けてな」
喉まで出かかった、散々準備し練習したセリフを全て飲み込む。ダメだ。言うことはできない。もうポケモントレーナーじゃないのだから、夢を叶えていないのだから、ジムバッジ集めてバトルタワーに行けてないのだから、言ってはいけない。再会は、夢を叶えてから。だからこそ、こう言うのだ。
――ありがとうございます。ずっと前からあなたのファンでした。
この誰でも言いそうな言葉を聞いて、ダンデさんもまた誰にでもやっているであろう爽やかな笑顔を浮かべて「ありがとう」と返す。たったそれだけで。あれほど願った再会は終わった。ダンデさんの姿が完全に見えなくなったのを確認し、はああと息を吐いてずるずると座り込んだ。
「▲◇★▼○」
シンボラーが横に来て、小さく鳴き声を上げる。何となく言いたいことが分かった。そう、あの人に会いたかったんだよ。会えたけど会えたことにはしない。だけど、忘れ物を返さないと。
手紙を書こう。本来ならそれで済む話を未練と可能性にかけてここまで来て、結局そこまでだったんだ。だから手紙に全てを書こう。それと同時に今度こそ誓うんだ。店を開いてあなたを待つって。
「◎◎◎◎◎!」
シンボラーをボールに戻し、スタジアムを出るために駆け出した。手紙はガラルで出さないと国際料金がとられる。無駄なお金をかけるわけにはいかない。すぐにレターセットを買って手紙を書いてポストに出さなくっちゃ。あ、封筒は大きめでないと忘れ物が入らないよ。
さっき座っていた場所には小さな小さな水滴が一つ落ちている。最後に残っていた夢を自ら諦め、心から追い出した一滴の涙。だからもう迷わない。一つの夢を供養して、もう一つの夢に向かって走るだけなのだから。
「よう、お疲れダンデ」
「キバナか。君もお疲れ様」
シュートシティにあるバトルタワーの最上階展望台。まだまだ熱気冷めやらぬガラルを見守るダンデの元に、アポもなくキバナがやってきた。それは良くあることなのかダンデも気にせずあいさつをする。
「今年はマリィ君がファイナリストだったな。君は大丈夫か? ネットは荒れてないか?」
「予想範囲内の荒れ方だよ。今年のクジ運が悪いって擁護の声も多い。まぁ俺サマ初っぱなからチャンピオンだったからな、相手。負けるつもりはなかったがやっぱつえぇなアイツ。次やる時は対策完璧にしてぶっ倒す」
瞳をギラギラと輝かせるライバルを見ると思わず「なら俺でその対策試してみるか?」と言いたくなるのをぐっとこらえる。今日はさすがにダメだ。変にここでキョダイマックスしたら大騒ぎになる。キバナもそれは分かっているのでダンデをあおることはしない。
「ところでよぉ、今年のジムチャレンジ、お前の真似してオリジナルポーズしてた奴がいたんだってよ。知ってるか?」
それはこの前直接会いに行ったシンオウのトレーナーのこと。実際のところ今日まで忘れていたのだが、朝たまたまニュースの生放送にそいつが映ったのだ。ビートのところで負けたと言っていた。自分のところにも来ていない。つまり、バトルタワーでダンデと再会するプランは失敗したことを示す。なら、果たして直接会えたのか。気になってしまったので、わざわざ聞きにきたのだ。
「ああ、あれのことかな? よそから来たトレーナーがやってたやつだろ? ヤローさんのとこの試合を全部チェックした時に見たな」
「え、お前また全ジムチャレンジャーのバトルチェックしたのかよ? 何試合あると思ってんだ……」
「未来のチャンピオンがいるかもしれないんだ。苦になどならない、むしろ毎年の楽しみなんだぞ。今年ファイナル出た子はやっぱり最初から光ってたしな。……本当はスタジアムで直接見たいが、俺が動くと色々問題になるって言われてる」
「あったりまえだ。フットワーク軽すぎるのも問題だぜ。忘れもしねぇ、去年それやろうとしたお前をなぜかキルクスタウン近くの氷山の上で見つけた時は心臓止まるかと思ったんだぞ!」
軽口を叩きながら心では違うことを思う。やっぱり会えなかったんだな、と。
「話を戻そう。それは――」
ダンデは両腕を上に伸ばすと、拳を握って自分の頬にくっつける。それは紛れもなくあのポーズで、キバナは思わず間の抜けた表情をしてしまった。
「あれ? 君が言ってるポーズって、このポーズじゃなかったか?」
「あああいやいや、それだよそれ! お前がバッチリ知ってるから驚いただけだ。それバズったりしてねぇのによく知ってたな」
「俺も不思議なんだ。そのジムチャレンジャー、はっきり言ってトレーナーとしては凡庸だったんだが妙にこのポーズが心と記憶に残ってな。まるであのチャレンジャーから誰かへの、自分を見つけてくれというアピールに見えたんだ。言い換えるならメッセージかな」
「メッセージ?」
「届け! ホシガリスポーズ! ……って俺には聞こえたんだよ」
キバナは小さく口を開く。しかし、開いた口は何の音も作らないまま閉じられた。
「さっきからどうしたキバナ。口をパクパクしたり、動揺したりして。君らしくないぞ?」
「……いや、柄にもなくセンチになっちまってな。良かったなぁ、届いてて。確かに届いてたぞ、ダンデに」
あさっての方向を向いてボソボソと呟くキバナ。ダンデはそんなライバルの様子にさらに不安になっていく。
「キバナ……。きちんと三食食べているか?」
「いきなりどうした」
「睡眠は? 休養は? ネットでの心無い書き込みによるストレスか? 寝具は良いものを使っているか? 自慢じゃないがハロンタウンのウールー毛を使った掛け布団は最高だぞ。今度送ろうか?」
「それ地元特産品の宣伝じゃねぇか。何だいきなりどうした、俺サマの母親にでもなるつもりか?」
「君の心身が健やかになるためならそれでも構わない」
「冗談に決まってるだろ!?」
ぎゃいぎゃいと話すうちに、あっという間にシンオウのトレーナーの話題など流れていく。キバナもまた、自然と忘れていく。別に珍しいことではないのだ、夢破れて去っていく人間など。この世界では日常茶飯事。むしろ相手に届いていただけあいつは幸せだと言えるだろう 。
翌日、ダンデはたくさんの郵便物の中から見慣れない封筒を見つけた。その手紙の住所はシンオウで差出人に覚えはない。だが、差出人の名前の下に書かれた言葉を見て目を見開いた。
『十年前のシンオウでお会いした『野生のトレーナー』より、ホシガリスポーズを添えて』
一番悩んだ話でした。
当初の予定ではここでダンデさんに忘れ物を渡すつもりでしたが、
先に読んでチェックしてくれる通称編集さんが「渡せない方がいい」とアドバイスをくれて、書いてみたら確かにこっちの方がしっくりきましたね。
みんな幸せエンドも個人的には大好物ですが、大人ってハッピーエンドになることはほとんどない。
辛口エンドとなりました。
次が最終話です。どうぞ最後までお付き合いいただけれましたら幸いです。