……俺は、迷っていた。
初めて来たシンオウ地方、空港までは順調だった。空港からスタジアムに向かう途中、見たことないポケモンを見つけて追いかけたのがいけなかった。
「リザードン、ダメか?」
空から降りてきた相棒に問うが、眉間にシワを寄せて首を横に振る。仕方ないことだ、リザードンだってシンオウは初めてなんだ。空から見たってここがどこだか分かる訳がない。
「ん? でもあっちに屋根が見えた? そうか、そこまで行けばなんとかなるかもしれないんだな! よし今すぐ行くぞリザードンって何で俺の服を引っ張るんだ! え? そっちじゃない?」
結局リザードンに乗って空を飛び、屋根の方に行く。ところがそこは廃屋か何かで人はいなかった。困り果てたところに、ガサガサという草むらをかき分ける音。ハイパーボールを構えたダンデの前に、年の近い子どもが飛び出してきた。
「――野生のトレーナーだな!?」
……それが、ダンデさんが自分にかけた初めての言葉だった。
「キキッ!」
ホシガリスに攻撃の指示を出すと、ガラル鉱山で出てきた野生のコロモリに飛び上がって噛みついた。コロモリは甲高い声で叫ぶとヨロヨロしながら飛び去っていく。ホシガリスはたくましい笑顔を浮かべてコロモリを見送ると、すぐさま木の実をくれとねだってきた。ふんぞり返ってるけど指示への連携はまだまだだし、第一木の実はバトル前にあげたばかりじゃないか。
「キキキィ……」
もらえないと人生、いやリス生が終わったような顔で落ち込むので見ていて辛くなる。こちとら料理人の端くれだ、飢えで嘆かれるのは辛すぎる。
「こんにちは、あなたのポケモン元気ですか? 疲れてるなら手当てしますよー」
鉱山を出てすぐのところにボランティアらしい人が立ち、トレーナーに声をかけていた。ガラルでは地域全体でジムチャレンジを応援するのが当たり前らしく、野生のポケモンが多く出る場所の近くには必ずボランティアがいて治療してくれる。なんてありがたいんだ、きずぐすりを買うお金が浮く。
「ターフタウンですか? ええ、この道をまっすぐ進んでいけば着きます。今の時期はとにかくジムに挑むトレーナーが多いから、町に着いたらすぐジムに予約いれた方がいいですよ」
そうか、開会式に参加したチャレンジャー全員がターフタウンに向かうってことは、ジムへの挑戦は順番になる。チャレンジャーは山ほどいても、ターフタウンのジムリーダーはヤローただ一人なのだ。
「ジムチャレンジ、頑張ってくださいね!」
礼を言って道を進む。野生のポケモンと遭遇したり休憩したりしながらいよいよターフタウンのスタジアムが見えた頃だ。
「わああぁぁあぁん!!」
けっこう近い所から子どもの悲鳴が聞こえてきた。横の小高い丘を見れば、白いユニフォームを着た子どもが泣きながら坂を駆け降りている。その後ろから白い毛玉が転がり落ちてくる。……いや、毛玉じゃない。モッコモコでフワフワな白い毛を持った、目の横で三つ編みに毛を束ねたおしゃれなポケモンだ。そいつが走ることを諦め、慣性の法則のままに坂を勢い良く転がり落ちているではないか。
「わあぁあウールーが止まらないよぉぉ!」
「グメェ~!」
あいつウールーっていうのか。ってぼーっとしてられない。子どもは今にも足がもつれそうだし、ウールーの速度は上がるばかりだ。声を上げながら子どもとウールーの間に入り込んだ。
「グメェッ!」
見事に腹に突っ込んできたウールー。さっき食べたボブの缶詰が胃を逆流しかける。肺にあった空気が全て鼻と口から出ていき、あまりの衝撃に自分が初めて友達に腹パンくらった時のことを思い出した。いやあれも辛かったよ、子ども心に。
「あぁっ!?」
ウールーの直撃を避け、すっかり腰を抜かした少年がさらに悲鳴を上げる。ねえ待ってこれ以上の惨劇が来るの? そう思って顔を上げると。
さらに二匹のウールーが、こちらに向かって転がり落ちてきていた。
やめてよ。もう無理だよ。一匹の衝撃ですでに意識が十年以上遡ったんだよ。二匹なんて、まだお母さんのお腹の中にいた頃に戻っちゃうよ。
ジムチャレンジはおろか人生を諦める羽目になると思わなかったため、精神への過負荷を避けるため思わず目を閉じた。さよならガラル、さよならカントリーロード。
「……っと、元気なウールー達だなぁ。はしゃぎすぎると危ないぞ?」
ジンギスカン鍋になると思い込んでいたが、いつまでたっても衝撃がこない。恐る恐る目を開ければ、どこかで見た男性が二匹のウールーを抱き抱えていた。嘘、あの衝撃を人間の身でいなしたの? この人実はメタモンなのでは?
「すみません、助かりました。おかげで怪我人無しですわ。本当に本当にありがとうございます」
そう言って目の前の男性、ヤローさんは深々と頭を下げる。まだ小脇に二匹のウールーを抱えたままである。
「ジムチャレンジのためにウールーを集めていた最中でしてね。これで全部です。あなたのど根性も見せてもらいました。ジムチャレンジ、楽しみにしとりますよ」
これお礼ですわ、とげんきのかけらをもらった。そのままヤローさんは自分の腹に食い込んでいたウールーをひっぺがし、腰を抜かして泣きじゃくる子どもをなだめに行く。……ジムチャレンジにウールーを使う? またあの体当たりされるの? シンオウのものとだいぶ違うなこの土地のチャレンジは!
とんだ大波乱があったものの、無事にターフタウンに着いた。スタジアムに行って申し込みをする。すでに大勢のチャレンジャーが見える。これは明日になっても無理かもしれない。ところが。
「ヤローさんから聞いています。ウールーがお世話をかけたそうで。特例で明日の朝一番にお受けしますとのことですので、明朝にいらしてください」
なんと、情けは人のためならず。ありがたい。今日しっかりと準備して挑ませてもらおう。
「当日こちらでチャレンジャーの確認をしたらあちらから入り、ジムごとに異なるミッションに挑戦してもらいます。ミッションをクリアしたら一度手持ちのポケモンの回復などをし、スタジアムでジムリーダーとのバトルです。勝てば一つ目のジムバッジを進呈します。なお、勝つまで次のエンジンシティでのチャレンジに挑むことはできません。他に質問はありませんか?」
一番気になってたことを聞く。
「……ジムミッションの内容は言えませんが、その、ウールーを体当たりさせることだけは絶対にありませんよ。あなたのような大人はともかく、子どもにそれやったら傷害罪になりかねませんし」
じゃあ何に使うの、ウールー。
受付を終え、買い物をすませた夜。ターフタウンの丘や遺跡の周りにはいくつものテントが設営されていた。自分のような朝にチャレンジする者がホテルに帰らず残ったからだ。
「キリリ、キリリー」
十年来の相棒、コロトックが腹を腕の鎌でこすり、ゆったりしたメロディを奏でている。コロトックは仕事のパートナーでもあり、食材を切ったり店で一曲奏でてくれたりするデキるやつだ。その素晴らしい演奏を聞いてホシガリスはニヤニヤしながら舟をこいでいる。あいつ夢の中でも木の実を食べてるに違いない。
「グレグレ」
一方のグレッグルは明日ポケモンに持たせる道具のチェックを手伝ってくれている。好戦的な性格でありながら自分なんかと一緒にいてくれる貴重な仲間だ。バトルしなくてもサンドバッグさえあれば満足するらしく、店の裏でよくサンドバッグ相手に暴れている。この二匹がいなければ自分はここにいない。それだけは間違いない。
「すぴー……すぴゃー……」
寝入ったホシガリスを無視し、荷物をまとめながら明日の試合の注意事項を思い出す。ポケモンは最大六匹まで使用可能で、入れ替えも自由。回復も適宜可能で持たせる道具は一匹につき一つ。それと気になることを聞かれた。
『ダイマックスはさせますか?』
ダイマックス。軽く聞いたところによると、ポケモンを巨大化させるバトル形式らしい。だからこそシンオウのようなジム内でバトルではなく、スタジアムに移動してのバトルになるとのことだ。巨大化ってどういうことだろう。
実はダンデさんに会いたいなどと言いつつ、ガラル地方の試合は見たことがない。テレビで放映されなければ基本的に他の地方の試合なんて見ることはないし、テレビで流すのはそもそも自分達の土地の試合だ。そういったよその試合を流す衛星番組は高いから契約してない。
そもそも一年前まで自分はトレーナーですらなかった。子どものときにトレーナーを夢見てあっさり現実を突きつけられ、今や料理人になりたての大人にすぎない。ノモセジムを攻略するのに一年かかったのだ、自分に相変わらず才能がないのは誰より分かっている。
「あっ、流れ星! ねがいぼしのかけら、落ちてないか探しに行こうよ!」
どこかのテントから聞こえた声にうながされ、見上げた黒い空を横切った銀色の光。ダンデさんに会えますように。三回早口で唱えてポケモン達をモンスターボールに戻し、寝袋に入ってランプを消した。
ヤローさんの口調は難しいですね。
ちなみに主人公のコロトックは戦闘が得意という訳ではないですが、代わりにシザークロスでニンジンのみじん切りができるスゴイやつです。